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旅と移動
元都市民俗学者が
宮本常一から学んでいること
20100710生活学カフェ
森栗茂一(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)
森
1954年
1954年
1903年
1995年
1995年
1999年
2000年
2002年
2003年
2005年
2008年
2010年
2011年
栗
の
軌
跡
神戸市長田区長屋生まれ
大教大院修論「沖縄の鍛冶屋」Dr鳥越憲三郎指導
『河原町の民俗地理論』 1993年『都市人の発見』
『夜這いと近代買春』『不思議谷の子どもたち』
1月17日が瓦礫撤去→仮設ふれあいセンター・地蔵盆
(特)神戸まちづくり研究所
「神戸アジアタウンのケガレとハレ」『祝祭の100年』
阪急彩都まちづくり大賞銀賞
今和次郎賞『河原町の歴史と都市民俗学』
住民協働型コミバス住吉台くるくるバス開通
交通工学研究会技術賞
神戸市温暖化防止実行計画、淡路島未来特区
交通基本法(2007年活性化再生法)
災阪
山の神
↓
沖縄の鍛冶屋
↓
河原町
都市民俗学
ジェンダー
水子
朝
岡和
康崎 脇
二春 田
日 晴
子
宮
田
登
神
大
震
迷いの中の通奏としての生活学
復興まちづくり
コミュニティづくり
協働型地域交通計画
鳥越憲三郎 鳥越皓之
協働型低炭素
社会づくり
宮本常一が撮った昭和の情景(上下巻)
「旅の中でいわゆる民俗的な
ことよりも、そこに住む人た
ちの生活について考えさせら
れることの方が多くなっ
た。・・・・・・民俗的な調査も大
切であるが、民衆の生活自体
を知ることの方がもっと大切
なことのように思えてきた」
(『民俗学への旅』)。
「そこに住む人たちの本当の
姿を物語るのは話の筋ー、つ
まり事柄そのものではなくて、
事柄を包んでいる情感である
と思う」(『民俗学への旅』)。
宮本常一が撮った昭和の情景(上下巻)の例
巻 頁 交通写真
視点の特徴
上 18 木橋
木の吊橋に自動車用
の木製補強轍
上 136 草屋根の 正装と笑い声
(2009)
バス停
撮影日
場所
1955・8・28 鳥取県日原
町高津川
1961-825
愛媛県大洲市
肱川町八重栗
上 243 名倉中 大きな風呂敷包みを背負った 1961・ 愛知県
学校前 和服姿。名鉄バスのわかりや 1・20 設楽町
バス停 すい○表示。
上 243 名倉中 自動車なき土道に[注意一生
1961・ 愛知県
学⇒大 けが一秒][良い子は道へとび
1・20 設楽町
蔵寺
ださない、道であそばない]
上 447 森林 貨車に土管,U字溝など何でも運 1964・ 青森県
軌道 ぶ。荷物の上に男5人乗り込む。 7・28 下北郡
風呂敷背負い頬被りの女4人が乗
川内町
り込み、2人が乗り込み交渉中。
畑
『新版大東京案内』(今和次郎編 1929年)
市電は交通機関界の老いた横綱である。」のに対し「俗称圓
太郎と呼ばれる市営の乗合自動車は、大正十二年の大震災
に直後に圓タクの最も圓タクらしい現れは東京駅や丸ビル
付近、銀座界隈または新興の新宿界隈で、うろうろしなが
ら客をひらはふとしてゐるその光景だ。その非統制的な光
景は、最近の東京街上の刺激的なものの尤なるものであら
う。」「正に速度(スピード)の時代へ、機械の時代へであ
る。
大震災以前に注 大震災以後に
目した交通
注目した交通
理由
今和次郎
市電
円タク
スピード
森栗茂一
自家用車
コミュニティバス つなぐ、
ふれあい
『宮本常一著作集15 日本を思う』
見知らぬ家に泊まったとき、宿銭をもとめられたことはなかった
し、お返しを要求されたこともなかった。「いつお世話になる
かもわからないから」というのが、人々の持っているいつわら
ぬ気持であった。
=相身たがい、お互い様 10、16頁
『宮本常一著作集18 旅と観光』
道は・・・もともと広場として利用せられたものである。宿場や市
場の町では、道の幅が広くとられている。その道を利用して市
もひらけば、盆踊りなども踊ったものである。・・・道があり、
両側の家の子供たちが出てきて遊ぶ。家の中では、親たちが子
供のために感心を持ちつつ仕事をしている。そこに親としての
安心があった。
105頁
徒歩時代には山中の交通は意外なほど発達していたものである。
そしてそういう道を通る人を相手にするためにも、山中の人は
住んだ。
旅に学ぶ 125頁
宮本常一著作集18 旅と観光
城下町の文武宿=文芸武芸を志すものが広く各地の有志を訪れて
情報を交換し、人に接することによって体験によって技能をみ
がいていった。・・・幕末から明治維新にかけての各地の志士の
交流にも影響がある?と推測⇒高梁の花屋(油屋)河井継之介
がきたという 147頁 人に逢う旅
急ぐときはバスの便を借り、風景の心にとまるところではバスを
捨ててあるけばよい 261頁
なぎの日に男たちが旅に出る話
周防大島から出稼ぎと思って、大阪、東京にいた
「とうとい」と思う眼「したしい」と感じる眼
下巻解説松山巌