在宅神経難病患者に対する心理的支援の方向性 ―臨床心理士・保健師の立場から― 立命館大学大学院 先端総合学術研究科 博士課程 神戸学院大学 学生相談室 臨床心理士 前川 智恵子 1 心理学的行為に対する見解 「心理学的行為が心身の健康に対して有益であることを 示す根拠は、認知・行動療法などの一部の例外を除い て、現時点では不明確であり、その害については検討 すらほとんど行われていない」(中島、 2008) 「現状の〈個人性〉からのアプローチを旨とする伝統的 方法論だけでは、そもそも限界があり、そのことがま すます色濃く露呈されていると思われる。そうした時、 臨床心理学の原点に戻り、範囲と限界への冷徹で均衡 ある洞察を深めるか、それとも〈個人性〉だけではな く、社会、関係構造をも包摂した大局的な知見へと視 野を広げ、さらには隣接領域との学問的〈共生・共 存〉の道へと方向転換していくのか。おそらくこうし た局面に遭遇することになるのではないか」 (大森、 2005) 2 日本心理臨床学会倫理網領および 日本心理臨床学会会員のための倫理基準 日本心理臨床学会倫理網領(制定:平成10年9月21日) [援助・介入技法] 第4条 会員は、臨床業務を自らの専門的能力の範囲内で行 い、対象者が最善の専門的援助が受けられるように常に努め なければならない。 日本心理臨床学会会員のための倫理基準 (制定:平成10年9月21日) [援助・介入方法] 第4条2 会員が対象者として行う心理療法、カウンセリング 等の援助的活動は、所定の臨床の場においてだけ行うべき職 業的行為であって、会員は、原則として、私的な場所又は公 開の場でこれを行ってはならない。 第4条3 会員は、現に臨床的関係をもっている対象者との間 では、私的交際を避けなければならない。 3 臨床心理学モデルの限界点 非日常を扱う個人還元論的な心理面接の意義 を把握し、有用性を理解しつつも、難病領域に 関しては、日常的な家族全体の療養生活に視点 をおきながらの面接や危機介入の必要性を考察 するに至った。 クライエントの立場からは「日々の個人的体験 の中から、生活世界を捉えていく私たちにとっ て、非日常性を突き付けられた時の困惑や混乱 は想像に難しくない」(大森 2005)という臨 床心理士サイドからの意見も存在する。 4 脊髄小脳変性症の患者である「亜也さんの日記」 とその母親である「潮香さんの手記」 ・木藤亜也(1986) 1リットルの涙 難病と闘い 続ける少女 亜也の日記. エフェー出版. ・木藤潮香(1989)いのちのハードル「1リット ルの涙」母の手記.エフェー出版. *今回、抜粋・記載したページ数については、 幻冬舎文庫によるものである。 5 日記・手記からの抜粋 「亜也P170.山本先生と出会えて幸せだと感謝している。身も心も 弱りきって打ちひしがれている時、いつも助け舟を出してくれる先 生! 外来でたくさんの患者さんがいても、昼ごはんも食べずに、 じっくり話を聞いてくれる。そして希望と光を与えてくれる。 〈医者をしている限り、亜也ちゃんを見捨てないからね〉という一言 が、どんなに心強いか・・」 「母親P67.家族や友達との明るい話題の花が咲き、腹の底から 笑うことができたそんな時、亜也のエネルギーはひき出され、創 造力が刺激され、積極性も増し、活動意欲がわく。一時であっても、 亜也は生き生きとした表情となった」 「亜也P120.たんぽぽの会(障害者の仲間)のメンバーは、昼は 働いているので、夜集まって『地下水』という、ガリ版刷りの雑誌を 作っている。夏休みで家にいると電話したら、さそってくれた」 6 生活・家族に対する不安 緊急時の不安、家族の生活設計に対する不 安とあせり、病気による経済的出費、病気 の遺伝、家族の健康状態に対する心配、見 通しが立たない不安、定期受診の大変さ 「病気に対する相談相手がいない」 「要介護3」 「要介護2」 7 病気に対する苦痛 専門医にかかり治療を受けたい、体が思うよ うに動かない苦痛、慢性的な疲れ、病気の受 容の大変さ、病状の悪化 「要介護2」「要介護4」「要介護3」 「筋萎縮性側索硬化症」「神経線維腫症」 「多系統萎縮症」「悪性関節リウマチ」 「パーキンソン病関連疾患」 「原発性肺高血圧症」「脊髄小脳変性症」 「ウェゲナー肉芽腫」 など 8 生きがいの低下 これからの人生に希望を持てない、生活を送る上での 楽しみがない、社会とのつながりを感じない、生きて いることがつらい、自分を支えてくれる人がいない、 外出する気力がない 「一日中ベッドで過ごし、排泄・食事・着替えにおいて 介助が必要」「老人ホーム等施設入所」 「入院中」「在宅での医療処置あり」 「特発性慢性肺血栓塞栓症」 「特発性大腿骨頭壊死」 「脊髄小脳変性症」 「多系統萎縮症」「神経線維腫症」 「筋萎縮性側索硬化症」 「パーキンソン病関連疾患」「ウェゲナー肉芽腫」 「特発性間質性肺炎」 9 コミュニティ心理学 コミュニティ心理学の領域では、「さまざ まに異なる身体的―心理的―社会的―文化的 条件を持つ人々が、だれも切り捨てられる ことなく、共に生きることを模索するなか で、人と環境の適合性を最大にするための 基礎知識と方略に関して、実際に起こるさ まざまな心理社会的問題の解決に具体的に 参加しながら実践と研究を進める心理学」 (山本和郎、1986『コミュニティ心理学-地域臨床 の理論と実践』東京大学出版会) 10 コミュニティの心理臨床家 コミュニティの心理臨床家は、waiting‐mode (来談者がサービスを求めてくることを受動 的に待っている)から、seeking-mode(自 分の方から相手の生活の場に入れてもらい、 そこで一緒に考え、援助する)への転換を図 る必要がある。 専門家は、コミュニティの資源となる人々 (他領域の専門家、キー・パーソン、ケア・ ワーカー、ケア・テイカー、ボランティアな ど)と連携し協働していかなくてはならない。 出典:Korchin、S.J. 1976 Modern Clinical Psychology 11 文献 井上芳保 編(2003):「心のケア」を再考する 現代書館 木藤亜也(1986): 1リットルの涙 難病と闘い続ける 少女 亜也の日記 エフェー出版 木藤潮香(1989): いのちのハードル「1リットルの涙」 母の手記 エフェー出版 大森与利子(2005): 臨床心理学という近代 雲母書房 鑪幹八郎・名島潤慈 編(2000): 新版 心理臨床家の手 引き 誠信書房 12
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