第8講 「福祉コミュニティ」の考え方

福祉社会学会第二回大会
自由報告第三部会第一報告
(2004年6月27日)
岡村「福祉コミュニティ」論の
内在的課題
富山大学教育学部
平 川 毅 彦
Ⅰ.「福祉コミュニティ」研究のむなしさ
・「福祉コミュニティの概念」は「厄介な代物で、幾通りにも解
釈され、立場が異なると、その理解もまるで違ったものにな
る」(牧里、1994、p.82)。
・Hillery(1955)がCommunityの定義をめぐって整理した時の
ように、各研究における定義上の「共通点」を見つけ出しても
あまり生産的な議論にはならない。それどころか、
Wolfensberger(1980)がNormalization概念について論じた
ときと同じように、「福祉コミュニティ」もその出発点について
の充分な議論が行われないまま、いわば「世間の手垢に塗
れた」ものとなっていることが判明する 。
本報告の目的
 1974年に出版された岡村の『地域福祉論』に
「福祉コミュニティ」の出発点を求め、数々の
「前提」「仮定」にもとづいて形成された「岡村
理論」と、その「地域社会」における実践手段
としての岡村「福祉コミュニティ」論の内在的
課題の幾つかを明らかにすることで、福祉と
地域社会とをめぐる議論を少しでも生産的な
ものへと向ける 。
Ⅱ.岡村「福祉コミュニティ」論の特徴
(1)生活者一人ひとりという「個人」から出発し、
社会との「主体的関係」から生じる「生活問
題」解決という「社会福祉独自の視点」。
(2)奥田道大らによる「社会学的地域類型」(奥
田、1971)の批判的摂取 と「社会福祉のため
のコミュニティ論」。
(3)ノーマライゼーション概念の展開とも連動
(平川、2002)
「社会関係の主体的側面」(当事者の
視点:「整序」の必要性)
「主体」
(わたし)
(a)経済的安定
(b)職業的安定
(c)家族的安定
(d)保健・医療の保障
(e)教育の保障
(f)社会参加ないし
社会的協同の機会
(g)文化・娯楽の機会
生活者(当事者)の視点と特徴
(1)生活とは個人と制度との間の社会関係
であり、
(2)その社会関係は複数であるため、
(3)個人は、そうした社会関係を統合する
主体(主体性の原理)
(4)しかも、個人の生活は休むことができ
ない(現実性の原理)
生活困難の解決・修復
 個人の「一人ひとり」の生活困難(社
会関係の不調和・社会関係の欠損・
社会制度の欠陥)に着目し、これを
「自己修復」するための援助を行なう、
という「福祉」の視点。
→それを「観察」する「社会学」の視点
との違いは明確。
Ⅲ.「2本立てのコミュニティ論」
(1)生活困難をかかえる福祉当事者個人
への個別的援助の場としての地域社会
→「福祉コミュニティ」(福祉組織化活動)
(2)そうした援助の効果を高める条件とし
て、あるいはそうした援助が必要となる
生活困難を「予防」する場としての地域
社会
→「地域コミュニティ」 (地域組織化活動)
社会福祉のためのコミュニティ論
★「地域コミュニティ」の問題点
「一つの地域社会」に「一つのコミュニ
ティ」(住民の共通感情)
「人々の関心の多様性」に基づいて、同じ
「地域社会」の中に、多数のコミュニティ
が存在する、 と考えたほうが現実的。
生活問題解決のための「コミュニティ」
と「地域コミュニティ」は別物

普遍的人権意識に支えられた「地域コミュニ
ティ」に対して、生活問題をかかえるという少
数者の「共通の関心」によって構成され、その
問題解決のために直接作用するコミュニティ
によって、あるいはこうしたコミュニティを作り
上げることによって、彼/彼女らの生活問題
解決のための福祉的援助ははじめて実効性
を持つ 。
Ⅳ.福祉コミュニティの論理構造
◎「福祉コミュニティ」の意味
「生活上の不利条件をもち、日常生活上の困
難を現に持ち、または持つおそれのある個人
や家族、さらにはこれらのひとびとの利益に
同調し、代弁する個人や機関・団体が、共通
の福祉関心を中心として特別なコミュニティ集
団、……。これをいま『福祉コミュニティ』とよ
ぶならば、……『地域コミュニティ』の下位コ
ミュニティとして存在し、両者のあいだに密接
な協力関係のあることが望ましい。」(岡村、
1974、p.69)
福祉コミュニティの構成
 現実的または可能的なサービス受給者
ないしは対象者 →「第一の構成要素」
 生活困難の当事者と同じ立場に立つ同
調者や利害を代弁する代弁者 →「第二
の構成要素」
 各種のサービスを提供する機関・団体・
施設 →「第三の構成要素」
「福祉コミュニティ」の機能
(1)対象者参加
(2)情報活動
(3)地域福祉計画の立案
(4)コミュニケーション
(5)社会福祉サービスの新設・運営
(岡村、1974、pp.88-101)
Ⅴ.岡村「福祉コミュニティ」論の内在
的課題
(0)「社会構造」ではなく、「個人」から議論を起こして
いること。
(1)地域社会や家族による伝統的な福祉的機能の弱
体化を前提としていること。
(2)従来の福祉に関する専門家や専門機関が「当事
者」を中心として再構成されることが求められている
こと。
(3)インフォーマルな構造を持つ「福祉コミュニティ」と
フォーマルな福祉制度との関係性の問題。
(4) 「当事者」を中心とした「福祉コミュニティ」と「外社
会」との紛争対立と課題解決の方向性が不明確。
岡村「福祉コミュニティ」論の内在的課
題(続)
(5)岡村「福祉コミュニティ」の核となる「当事
者」は単数型であり、複数の当時者から構成
される「自助団体」を「福祉コミュニティ」として
社会学的に把握しようとすると論理的に無理
が生じる。
→個別問題解決方法としての岡村「福祉コミュ
ニティ」と「地域社会の一類型」としての「コミュ
ニティ」との分化が不完全。
「共感」という魅力

福祉コミュニティ調査は、当事者を社会研究の「専
門家」へと導く。また、社会福祉の研究者であれ、そ
して社会学者であれ、彼/彼女らには、生活問題を
かかえた当事者と同じ視点に立つことが要請される。
対象から学ぶだけでなく、内省の機会を、また共感
の感覚を福祉コミュニティの調査から得ることができ
る。そして、このような調査から得られたデータと、そ
の調査活動を通じて育まれた「専門家」によって、福
祉コミュニティ、及び福祉コミュニティ論の検証はで
きるようになる。
「共感」という課題

とはいえ、「専門家となった当事者」は「当事者」のま
まで留まることができるであろうか。当事者と同じ視
点に立った専門家は、自身の所属する学問領域の
「専門家コミュニティ」に所属し続けることが可能だろ
うか。福祉コミュニティについての研究は、当事者と
専門家との間で迷いつづける境界人、という「同一
性の感情」によって初めて可能になるであろう。そし
てこれこそ、岡村「福祉コミュニティ」論の魅力である
と同時に容易な解決を許さない内在的課題である。
文献
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井上英晴,2003,『福祉コミュニティ論』,小林出版
岡村重夫,1974,『地域福祉論』,光生館.
奥田道大,1971,「コミュニティ形成の論理と住民意
識」,磯村英一他編『都市形成の論理と住
民』,pp.135-177,東京大学出版会.
平川毅彦,2000,「福祉コミュニティ論の再検討」,中田
照子・大和田猛・大曽根寛編,『社会福祉政策と実践
―介護保険制度を見すえて』,中央法規,pp.289-315.
平川毅彦,2002,「ノーマライゼーション概念の展開と
課題―グローバリゼーションとの関連において―」,
平川毅彦・津村修 世話人,『グローバリゼーションと
医療・福祉』,文化書房博文社,pp.44-65.