野生の科学」としての神話の論理

「野生の科学」としての神話の論理
~中南米先住民のコスモロジー~
蛭川 立
(明治大学・情報コミュニケーション学部
/科学コミュニケーション研究所)
蛭川 立
もともとは理学系。現在、南米先住民などの神話的宇
宙を研究中。メソアメリカ考古学はちょっと専門外。
(写真:メキシコ、ユカタン、トゥルム遺跡)
2012年、人類は滅亡??
「2012」予告編
古代マヤの聖なる予言??
• 2012年12月21日・・・
• 惑星は直列しません
• 皆既日食は起こりません
• 世界は終わりません(たぶん・・・)
現代の神話
太陽系は2万6000年周期でプレアデス星団を
中心に回転している。2012年の12月にはア
ルキオーネを取り巻く「フォトン・ベルト」という
高エネルギー領域に完全に入り、2000年か
けてその中を通過する。 地球は磁場を失い、
地上には太陽風や宇宙線が直接降りそそぐ
。それを生き延びた人類のDNAが特殊な変
異を起こし、「高次元」の存在に「アセンション
」する。・・・(異伝多数・かなり意味不明。)
質問9-6) 「フォトンベルト」や「反地球(対地球)」ってあるんですか?
答え) ありません。
(中略)皆さんも、見聞きしたことをそのまま鵜呑みにしてしまうのではなく、
言われていることが妥当なのかどうかを検討してみたり、いろいろな意見を
比べてみたりして、納得できる説明になっているかどうかを、自分自身でしっ
かり考えてみる習慣をつけるようにしてください。
国立天文台WEBサイト http://www.nao.ac.jp/QA/faq/a0906.html
メソアメリカの文化
• アメリカ大陸の先住民文化は、比較的均質
• アメリカ大陸の先住民文化の中でも、メソアメ
リカ文化が最も「高度な文明」を発展させた
• 数学的な宇宙論を好み、近代科学を先取りし
ていたところもある
– 合理的な数学の体系
– 精密な観測にもとづく天文学
→科学の思考は西アジア・ヨーロッパだけで発生した
ものではない
マヤ文化圏
Coe et. al. Atlas of Ancient America
「Caracol(天文台)」
チチェン・イッツァ遺跡(ユカタン、メキシコ)
Sharer & Texler The Anicient Maya
「Caracol(天文台)」
チチェン・イッツァ遺跡(ユカタン、メキシコ)
古代マヤにおけるプレアデス星団
•
•
•
•
「ガラガラヘビのシッポのガラガラ」座とされた
四月の日没後に西に沈む
続いて、五月には太陽が天頂を通る
そして、雨季がやってくる
(ユカタン半島北部の場合)
→「フォトン・ベルト」などという話はどこにも出て
こない!
Lacandon-Mayaの人たち
(San Christobal de las Casas, Chiapas, Mexico)
マヤ数字
Coe (2005) The Maya
0、1、5の三種類の数字だけで無限の数を表せる20進法
ただし、自然数しか表せない
表記法
アラビア数字
インド数字
72063
७२०६३
ローマ数字 ↂↂↂↂↂↂↂMMLXⅢ
漢数字
七万二千六十三
マヤ数字
ゼロ記号と位取りはインドとマヤで独立に発明された
マヤの暦法・時間的世界認識
• ツォルキン暦(神聖暦)
20日×13(ヵ月)=260日
• ハアブ暦(世俗暦)
20日×18(ヵ月)+5日=365日
• 52年に1回一致する
365×52=18980=260×73
※時刻制度は不明
「13の月の暦」
• 一年=((7×4=28)×13=364)+1=365日
• マヤ暦とは直接関係なし
• いろいろな地域と時代で考案
日
k'in
年
1
0.003
20
0.055
360
0.986
7200
19.713
144000
394.259
2880000
7885.179
57600000
157703.573
winal
= 20 k'in
tun
= 18 winal
k'atun
= 20 tun
b'ak'tun
= 20 k'atun
piktun
= 20 b'ak'tun
kalabtun
= 20 piktun
kinchiltun
= 20 kalabtun
1152000000
3154071.463
alawtun
= 20 kinchilyun
23040000000
63081429.254
ハアブ暦
1年=(20×18=360)+5=365.000日 (閏なし)
天体観測と数学のつじつま合わせ
• 太陽年
• Haab暦の一種:365.2421日 (実際は365.2422日)
• 3845年に931日のうるう日を入れる
• 現行のグレゴリオ暦:365.2425日
• 400年に97日のうるう日を入れる
• 朔望月 29.5302日 (実際は29.5305日)
• 朔望月×149=4400=20×20×10+20×20
• 金星の会合周期 584.00日 (実際は583.92日)
• 584×5=2920=365×8
特定の数に対するこだわり
• 4、9、13・・・数学的要請
• 5、20・・・・・・生物学的要請
マヤの破壊・再創造の神話
三個目の太陽が終わると、地上は大洪水に
襲われた。古い創造主から生まれた双子の
英雄は地下世界の王に殺されるが、そのうち
のひとりが唾液で王の娘を妊娠させ、新しい
双子の英雄が生まれる。この双子は怪物を
退治し、地下世界の王を殺し、殺された父を、
トウモロコシの神として復活させ、天に昇って
新しい太陽と月となった。トウモロコシの神も
夜空に昇って三つの玉座をつくった(オリオン
座の三つ星)。(これまた意味不明・・・)
2012年世界滅亡説の根拠
• 二つの恣意的な仮定がある
– 暦の最大サイクルを1piktunとする
– 1piktunを13bak’tunとして計算する
• すると、このサイクルは5125.366年になる
• 現在のサイクルの開始は西暦紀元前3114年
9月6日ごろ
• 次のサイクルが始まるのは、西暦で2012年
12月23日ごろになる
考古学的・地質学的な証拠
• 5125年おきに生物の大量絶滅が起こった痕
跡はない
• 最大のalawtun周期は6308万年になる
• ユカタン半島(!)に小惑星が衝突したのは
6550(±30)万年前らしい(中生代と古生代の
境界)
• 大量絶滅には周期性があるか?
– 2800万年( ±200万年)説はよく語られる
– 6200万年( ±300万年)説もあるが・・・
大量絶滅の原因は複数?
・地球外の要因・・・小惑星の衝突、ガンマ線バーストなど
・地球内の要因・・・火山、人為的な環境破壊(!)など
話を元に戻すと・・・
• 終末予言は古今東西、無数にみられるが、い
まのところすべて外れている
• 神話的世界で語られる世界の始まりや終わり
などは、「神話的時間」の中での出来事であ
って、「科学的時間」とは混同されるべきでは
ない
• 「神話的宇宙」と「科学的宇宙」は別物
• 現代のスピリチュアル系予言も、現代の神話
として解釈すべき
古代マヤ人の空間的世界認識
• 地面は平らな四辺形で、四方を四色の神が守る
• 天上にも地下にも同じような平らな世界がある
• 世界樹(ワニともみなされる)が軸になって多層世
界を支えている
• 死者の魂は天の川または洞窟・井戸を通って地下
世界に行き、その後世界樹を通って天上の花園に
行く
→正確な天体観測をしていたのに、なぜこんなに「原
始的」な世界観しか持てなかったのか?
二重論理(バイロジック)
• ゼロと位取りを使った合理的な数の体系
• 正確な天体観測と正確な暦法
→科学の起源
• 平らで層状の宇宙(空間的誤認?)
• 破壊と再創造を繰り返す世界(時間的誤認?)
→科学以前の迷信?
→両者は矛盾せずにひとつのコスモロジーを形成
二重論理(バイロジック)
• 科学の論理
→物質の世界、外宇宙の精緻な観測
→数学的言語で記述される
→近代科学の基礎となる
• 神話の論理
→精神の世界、内宇宙の精緻な観測
→象徴的言語で記述される
→近代科学による扱いが遅れてきた領域
→人類学と心理学の発展による再評価
→もうひとつの科学(「野生の科学」)
構造主義
• 初期の人類学は神話的コスモロジーを、科学
以前の未開な思考(疑似科学?)と見なして
いた
• 神話や儀礼の精密な比較研究が進むにつれ
て、その構造もまた高度に抽象的な数学(群
論など)によって記述できることが発見される
(・・・が、それはとても難しい理論なので、続き
は、また・・・)
告知
2010年10月・・・
整数に美を求め続けた
もうひとつの文明・・・
それは、近代科学を生んだ
ヨーロッパ文明だった
シリーズ化の熱い要望に応えて・・・
あの音楽がまたやってきます
星界の音楽 Part2
音楽:清田愛未
お話:蛭川 立
司会:郡 正夫
TISF/東京科学フェスティバル
(日程、会場は調整中・・・)