先進国の農業保護における 関税依存度の決定要因

作 山 巧(農林水産省国際部)
2010年7月17日
日本国際経済学会関東支部大会

課題の設定
◦ 問題の所在
◦ 先行研究との関係


関税依存度の定義と指標
関税による保護の決定要因
◦ 説明変数の定義と予想符号

回帰式の推計と検証
◦ 推計式とデータ
◦ 回帰式の推計結果
◦ 関税依存度の寄与度分解

結論と今後の課題
2

貿易理論の処方箋
◦ 関税撤廃と一括補助金による所得再分配が、経済厚生を最
大化するための最適な組合せ(補償原理の適用)
◦ 先進国による農産品の関税撤廃で日本が得る純利益は24
9億ドルと先進国中で最大(Tokarick, 2005)

現実の貿易政策
◦ 関税が多用され、特に日本の農業分野で顕著
◦ 関税を撤廃し直接補助金で所得補償するとの提案に、農水
省、財務省、農業者が否定的(経済財政諮問会議の議論)

関税撤廃と補助金の組合せを最善とする「理論」と、
非効率な関税保護に固執する「現実」とのギャップ
3

農業保護に関する政治経済学的な研究
◦ 先行研究(理論・実証)の大半は、保護水準の決定要因を対
象とし、保護水準と自由貿易からの乖離を同一視
◦ 保護の形態(関税vs.補助金)の決定要因に関する実証分析
は、Ederington & Minier(2006)のみ(一国全体を対象)

保護の形態に関する研究の必要性
◦ 欧州諸国を中心に、関税から補助金による保護への転換が
進み、保護水準と自由貿易からの乖離とは一致しない
◦ 補助金で同等の保護が可能にもかかわらず、日本が非効率
な関税保護に固執する理由の解明が必要
4


OECD事務局の「PSEデータベース」を活用
関税による保護:内外価格差による市場価格支持
◦ MPSi=Σj{(PDj-PWj×ERi)×QPj}

補助金による保護:直接支払い
◦ DPi=ΣjDPj+ΣkDPk

農業保護の総額:生産者支持推定額(PSE)
◦ PSEi=MPSi+DPi

農業保護の水準:パーセントPSE
◦ %PSEi=PSEi/(PVi+DPi)×100

関税依存度:農業保護総額に占める関税保護の割合
◦ TDi=(MPSi/PSEi) ×100
5
80
70
ノルウェー
スイス
60
韓国
アイスランド
保 50
護
水 40
準
(
% 30
)
日本
EU
20
カナダ
10 豪州
米国
0
0
20
NZ
40
60
80
100
関税依存度(%)
6

歳入確保(revenue consideration):政府の視点
◦ 補助金は支出をもたらすのに対して、関税は歳入を増やす
◦ 財政赤字下や所得税の徴税費用が高いと関税を選択

不完全情報(optimal obfuscation):有権者の視点
◦ 補助金に対する関税の追加的な厚生損失は1人当たりでは
僅かであり、直接的な所得移転ほど保護費用が目立つ
◦ 保護の費用に対する認識が不十分であれば関税を選択

関税集合財(lobby coordination):社会全体の視点
◦ 関税は非排除性・非競合性を有する集合財でただ乗りが発
生するのに対し、補助金は対象者の選別が可能な私的財
◦ 利益集団の競合が激しければ、補助金による厚生損失が関
税による厚生損失を上回るため関税を選択
7
説明変数
定 義
符号
歳入確保 政府債務比率(GD)
仮説
所得税依存度(IT)
政府金融債務総額のGDPに対する比率
+
所得・利益収益のGDPに対する比率
-
不完全情 高等教育修了率(ED)
報仮説
25~64歳年齢層における高等教育修了
者の同年齢層人口に対する比率
-
人口千人当たりの新聞購読者数
-
関税集合 国政選挙投票率(VR)
財仮説
農業生産集中度(PC)
国政議会選挙における投票率
+
農業生産額1位品目の農業生産総額に
対する比率
-
制御変数 貿易依存度(TR)
財・サービス貿易額のGDPに対する比率
-
1995~2000年は1、それ以外は0
-
新聞購読率(NS)
UR合意ダミー(D)
8

回帰式-国別効果を考慮した単一方程式モデル
◦ TDit=a+ai+b1GDit+b2ITit+b3EDit+b4NSit+b5VRit+b6PCit
+b7TRit+b8Dt+eit

対象国
◦ 豪州、カナダ、アイスランド、EU、日本、韓国、NZ、ノル
ウェー、スイス、米国のOECD加盟の10か国・地域

対象年
◦ 最長で1991~2006年(複数の回帰式を推計)

推計方法
◦ パネルデータを用いた最小二乗法
9
(*は10%水準で統計的に有意な係数)
推計式1
推計式2
推計式3
推計式4
135.33*
106.37*
133.91*
93.50*
政府債務比率
0.19*
0.17*
0.39*
0.16*
所得税依存度
-0.01
不完全情報仮
説
高等教育修了率
-1.46*
関税集合財仮
説
国政選挙投票率
-0.47*
農業生産集中度
-0.06
-0.21
制御変数
貿易依存度
-0.43
-1.54*
-0.62*
UR合意ダミー
-1.09
定数項
歳入確保仮説
1.61
-1.39*
サンプル数
肉別効果のモデル選択
自由度修正済み決定係数
-0.98*
0.02
新聞購読率
推計期間
-1.72*
-0.28
-0.40
91-05
91-06
97-04
91-06
150
160
80
160
変量効果
変量効果
固定効果
変量効果
0.24
0.21
0.86
0.22
10
(単位:ポイント/年)
関税依存度 政府債務比 高等教育修 貿易依存度 残差(RE)
(TD)
(TR)
率(GD)
了率(ED)
豪州
-5.27
-0.20
-0.77
-0.13
-4.16
カナダ
-0.56
-0.28
-1.11
-0.37
1.20
アイスランド
-1.26
-0.22
-1.18
-0.33
0.46
EU
-1.84
0.14
-0.60
-0.54
-0.84
日本
-0.18
1.28
-1.32
-0.22
0.09
韓国
-0.33
0.23
-1.19
-0.68
1.30
NZ
-0.58
-0.38
-1.03
-0.08
0.90
0.06
0.22
-0.51
-0.04
0.39
スイス
-1.96
0.19
-0.62
-0.59
-0.94
米国
-1.96
-0.14
-0.66
-0.13
-1.03
ノルウェー
寄与率分解の定義式:
ΔTDi=ΔGDi+ΔEDi+ΔTRi+ΔREi
11

結論
◦ 歳入確保仮説(政府債務比率)と不完全情報仮説(高等教育
修了率)は支持され、関税集合財仮説は支持されない
◦ 日本の高い関税依存度は、政府債務比率の増加に起因

政策含意
◦ 自由貿易の受益者でなく政府が補償財源を負担するため、
歳出の競合によって財政制約が補助金への転換を阻害
◦ 関税収入に依存せず、関税撤廃に伴う所得補償ための安定
的な財源の確保が必要(例:長期補償基金の設置)

今後の課題
◦ 理論モデルと説明変数との対応関係の強化
◦ 説明変数としてより適切な近似変数を模索
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