本文 - J

小児耳 31(3): 238
243, 2010
第5回
日本小児耳鼻咽喉科学会
ワークショップ
扁桃の免疫機能と病態
扁桃と Epstein-Barr virus(EBV)感染
山 内 一 真1),山 中
昇 2)
1) 社会保険紀南病院耳鼻咽喉科
2) 和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科
キーワード EB ウイルス,メモリー B 細胞, a5b1 インテグリン,口蓋扁桃,口蓋扁桃摘
出術
ると融解感染にて EBV の複製がおこり,感染
はじめに
B 細胞は死滅し,増殖したウイルス粒子の一部
EBV ( Epstein-Barr virus )はヒトガンマヘ
は唾液中に放出され新たな宿主へと感染し,一
ルペスウイルスの一つで,バーキットリンパ腫
部は再び扁桃 B 細胞に感染するというライフ
の原因ウイルス,すなわち腫瘍ウイルスとして
サイクルを示す1)。このライフサイクルにおけ
初めて同定されたウイルスである。他にも頭頸
る扁桃の役割としては 1.EBV 感染の場,2.
部領域では悪性リンパ腫や上咽頭癌といった悪
EBV 放出の場,そして 3.EBV 感染 B 細胞の
性腫瘍への関連が指摘されている。一方,一般
リザーバーであることが挙げられる。
に健常成人のほぼ全員が EBV に感染している
. EBV は扁桃 B 細胞向性
にもかかわらず生涯疾病を発症することがない
ことから,宿主と EBV の間には共存関係が成
扁桃(Tonsil),末梢血(Peripheral blood),
立しており,何らかの原因でこの共存関係が破
リンパ節(Lymph node)それぞれから B 細胞
綻することで EBV 関連リンパ腫が発症するも
を分離し, in vitro で EBV に感染させ,その
のと考えられている。本稿では EBV が執拗に
感染頻度を調べてみると扁桃 B 細胞では 80 
扁桃 B リンパ球に感染するメカニズムを示し,
以上であるのに対し,末梢血 B 細胞では 40 
EBV 感染における扁桃の役割について考察す
足 ら ず , リ ン パ 節 B 細 胞 で は 10  程 度 で あ
る。
り,扁桃 B 細胞で有意に高い結果が得られた
(図 1 )。このように EBV は扁桃由来の B 細胞
. EBV のライフサイクル
に好んで感染するという性質があることがわか
EBV は扁桃陰窩より侵入し扁桃 B 細胞に感
る。
染する。 EBV 感染 B 細胞は全身循環に入り,
では何がこの感染頻度の差につながっている
我々は EBV 感染を左右する
潜伏感染という形態を保っているが,再び扁桃
のであろうか
へホーミングし,特異的な外来抗原刺激を受け
B 細胞上の因子が重要であると考え,次の 3 つ
社会保険紀南病院耳鼻咽喉科(〒646
8588
( 238 )
和歌山県田辺市新庄町46番地の70)
― 40 ―
小児耳 31(3), 2010
扁桃と EBV 感染
かった。一方, EBV の感染頻度で見た場合,
末梢血( PB )ではナイーブ B 細胞に比べてメ
モリー B 細胞の EBV 感染頻度は有意に低いの
に対し,扁桃(Tonsil)ではナイーブ B 細胞と
メモリー B 細胞とは同等に EBV に感染すると
の結果が得られた(図 3)。これらの結果より,
扁桃メモリー B 細胞に EBV が高率に感染する
のは, CD21 や各 HLA が高率に発現している
ためではないということがわかる。
( B)
CD62L
CD62L は NALT 由来,特に扁桃メモリー B
細胞に特徴的なマーカーで,扁桃にホーミング
する際に必要なレセプターであることが知られ
ている。実際に扁桃,末梢血,リンパ節から分
離 し たそ れ ぞ れの メ モ リー B 細胞 ( CD19 +
CD27 +)で CD62L の発現率を見てみると,
扁桃では 80 以上,末梢血とリンパ節では 20
前後であった(図 4a)。これは前述の図 1 で
見られた各臓器由来のメモリー B 細胞の EBV
感染頻度の差異と非常によくにたパターンであ
図
扁桃,末梢血,リンパ節由来 B 細胞の EBV 感染
頻度。文献 2)より。
り , メ モ リ ー B 細 胞 上 の CD62L 発 現 頻 度 と
EBV 感染頻度は一見強く関連しているように
見える。しかし,扁桃メモリー B 細胞を抗
の因子に注目した。まず一つ目は EBV が B 細
CD62L 抗体で処理した後に EBV に感染させ
胞内に侵入し感染する際に利用する B 細胞に
た場合の感染頻度をみると抗 CD62L 抗体の濃
発現するレセプターである CD21 と HLA 。つ
度をかえても(110~11,000)未処理(un-
いで扁桃を含む NALT 由来 B 細胞に発現して
treated )と同様 80 程度の感染頻度を維持し
いるホーミングレセプターである CD62L 。最
ていた(図 4b)。これはホーミングレセプター
後 に EBV が 上 皮 細 胞 に 感 染 す る 際 の レ セ プ
である CD62L をブロックしても EBV の感染
ターとして同定された接着因子である a5b1 イ
頻度は変化しないことを示しており, CD62L
ンテグリンである。
は EBV 感染のレセプターとして作用している
( A)
CD21 と HLA
わけではないということが示唆される。
扁桃から単核細胞を分離し(TMC),フロー
( C)
a5b1 インテグリン
サ イ ト メ ト リ ー で CD21 ( 図 2A ) あ る い は
扁 桃 (図 5a ),末 梢 血 ( 図 5b ),リ ン パ 節
HLADR, DP, DQ(図 2C)の発現を検討した
( 図 5c ), 各 臓 器 由 来 の メ モ リ ー B 細 胞 上 の
ところ,ナイーブ B 細胞とメモリー B 細胞と
a5b1 インテグリンの発現を調べたところ,低
の間でこれらの発現頻度に差は認められなかっ
発現群と高発現群の 2 峰性の分布が認められ,
た。また末梢血中の単核細胞(PBMC)に関し
扁桃メモリー B 細胞において高発現群が高頻
て も 同 様 に CD21 ( 図 2B ), HLA DR, DP,
度に認められた(図 5a )。図 5d は a5b1 イン
DQ(図 2D)の発現を検討した結果,やはりナ
テグリン・シグナル伝達系を示しているが,こ
イーブ B 細胞とメモリー B 細胞とでは差がな
の系が活性化すると最終的にはアクチン脱重合
― 41 ―
( 239 )
小児耳 31(3), 2010
図
山内一真,他 1 名
扁桃,末梢血におけるナイーブ B 細胞あるいはメモリー B 細胞上の CD21, HLADR, DP, DQ の発現頻
度。文献 3)より。
( Microtubal formation ) が お き る。 こ の 現 象
発現に注目し, EBV 感染頻度との関連につい
を種々の処理をした扁桃メモリー B 細胞でみ
て扁桃あるいは末梢血由来のメモリー B 細胞
たのが図 5e である。 EBV 感染( EBV )もし
を用いて検討した。 CD40L と aIgM 刺激によ
くは a5b1 インテグリンに結合する糖タンパク
り b1 インテグリンの発現が誘導されることが
である Fibronectin で処理した場合(Fibronec-
知られているが,扁桃メモリー B 細胞では未
tin ) で は Microtubal formation が 認 め ら れ た
処理ですでに高率に b1 インテグリを発現して
(図 5e 中の矢印)のに対し,mock(無処理),
いるため CD40L と aIgM 刺激によってその発
denatured EBV ( UV で不活化した EBV の感
現率は上昇しない(図 6A )。同様に扁桃メモ
染), h.i. EBV (熱で不活化した EBV の感染)
リー B 細胞の EBV の感染頻度も未処理と比較
では認められなかった。これらの結果から,
して CD40L と aIgM の刺激で上昇しない(図
EBV 感染が成立することによって a5b1 イン
6D)。一方,末梢血メモリー B 細胞では未処理
テグリンシグナル伝達系が活性化されることが
では b1 インテグリンの発現頻度は 20以下と
示された。
低いが CD40L と aIgM 刺激によって 60 以上
次いで, a5b1 インテグリン発現の指標とし
にまでインテグリンの発現頻度が上昇する(図
てそのサブユニットである b1 インテグリンの
6B , C )。同様の現象が EBV 感染頻度にも見
( 240 )
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小児耳 31(3), 2010
扁桃と EBV 感染
図
扁桃および末梢血由来ナイーブ B 細胞あるいはメモリー B 細胞の EBV 感染頻度。文献 3)より。
.
共存と破綻
EBV がヒトに感染した場合,宿主では EBV
を排除する反応,つまり抗体産生や細胞性免疫
が働く。しかし,したたかな EBV は排除され
ずに一部が宿主の中で生き続けることができ
る。これが潜伏感染と呼ばれるものである。潜
伏 感 染 に お い て EBV は LMP 2 も し く は
LMP 2 と EBNA 1 という蛋白しか発現して
いない。つまり EBV は蛋白発現を必要最小限
に抑えることで宿主免疫機構から逃れるのであ
る 。 一 方 , EBV が 活 性 化 し た B 細 胞 で は
図
( a ) 扁桃,末梢血,リンパ説由来メモリー B 細
胞における CD62L 発現と EBV 感染頻度。( b )
抗 CD62L 抗体処理による扁桃メモリー B 細胞の
EBV 感染頻度の変化。文献 2)より。
LMP 1 , LMP 2 ,加えて種々の EBNA が多
く発現しており容易に宿主免疫のターゲットと
なってしまう4)。健常者では潜伏感染したすべ
ての EBV は排除できないとしても EBV が活
性化した B 細胞をきちんと排除することで
られ,未処理の末梢血メモリー B 細胞では
EBV と共存しているのである。
EBV 感 染 頻 度 が 20  程 度 で あ る の に 対 し ,
しかし,表 1 からもわかるように, EBV 関
CD40L と aIgM 刺激により 70 近くまで上昇
連 疾 患 に お い て は EBV 感 染 B 細 胞 で 各 種
した(図 6E )。以上より EBV が好んで扁桃メ
EBV 由 来遺 伝子 が発 現し ,そ れに伴 い EBV
モリー B 細胞に感染するのは a5b1 インテグリ
由来蛋白が数多く発現しているという特徴があ
ンが高発現していることに由来することが示さ
る。つまりこれらの疾患では EBV 由来蛋白を
れた。
発現した B 細胞を宿主免疫が制御できない状
― 43 ―
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図
山内一真,他 1 名
扁桃( a ),末梢血( b ),リンパ節( c ) 由来メモ
リー B 細胞における a5b1 インテグリン発現。
( d ) a5b1 インテグリン・シグナル伝達系。( e )
各種処理による扁桃メモリー B 細胞におけるア
クチン脱重合。文献 2)より。
態に陥っており,共存のバランスが崩れた状態
であるといえる。原因としてはマラリアや
図
HIV 感染,それに伴う宿主の免疫異常,特に
扁桃および末梢血メモリー B 細胞における b1 イ
ンテグリン発現と EBV 感染頻度。文献 2)より。
自然免疫の関与が示唆されており5),現在,多
くの施設で研究が進められているが, EBV 関
与されるという点に注目すると,何らかの予防
連疾患発症を抑える有効な手段は確立されてい
策も計画的になしえないかとの疑問が浮かび
ない。
上がってくる。本稿で述べてきた, EBV が執
小児における EBV 関連疾患として重要なも
拗に扁桃 B 細胞に感染すること,扁桃が EBV
のに免疫抑制剤投与に伴う移植後リンパ増殖性
の 感 染 の 場 , 放 出 の 場 , さ ら に は EBV の リ
疾患(post-transplant lymphoproliferative dis-
ザーバーとしての役割を果たしているというこ
PTLD)がある。先のマラリアや HIV
とを考慮に入れると,免疫抑制剤を投与する前
感染の場合と異なり,計画的に免疫抑制剤が投
の扁桃摘出術(扁摘)によって,後の EBV 関
order;
( 242 )
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小児耳 31(3), 2010
扁桃と EBV 感染
表
EBV 関連疾患における EBV 由来遺伝子発現。文献 4)より。
PATTERN OF
EBNA1 EBNA2 EBNA3 LMP1 LMP2 EBER
LATENCY
Type 1
+
-
-
-
-
+
Type 2
+
-
-
+
+
+
Type 3
+
+
+
+
+
+
Other
±
-
-
-
+
+
DISEASE
Burkitt's lymphoma
Nasopharyngeal carcinoma, Hodgkin's
disease, peripheral Tcell lymphoma
Lymphoproliferative disease, Xlinked
lymphoproliferative disease, infectious
mononucleosis
Healthy carrier
EBV denotes EpsteinBarr virus, EBNA EpsteinBarr virus nuclear antigen, LMP latent membrane protein, and
EBER EpsteinBarr virusencoded RNA. A plus sign indicates that the gene is expressed in the disease, a minus
sign that it is not expressed, and the two together that the gene may or may not be expressed.
連疾患発症を抑える効果があるのではないかと
考える。今のところ, PTLD に対する扁摘の
有効性を示すデータはないが,今後,エビデン
スの蓄積が期待されるところである。
ま
と め
EBV の扁桃 B 細胞向性とそのメカニズムに
関して実験データに基づき述べた。 EBV のラ
イフサイクルを考える上で扁桃は重要な臓器で
あり,我々耳鼻咽喉科医は EBV 関連疾患にお
ける扁摘の効果について考えていく事が今後重
要なのではないかと考える。
文
1)
the immune system. Nat Rev Immunol Oct; 1(1): 75
82, 2001
2) Dorner M, Zucol F, Alessi D, et al: beta 1 integrin
expression increases susceptibility of memory B cells
to Epstein-Barr virus infection. J Virol 84(13): 6667
6677, 2010
3) Dorner M, Zucol F, Berger C, et al: Distinct ex vivo
susceptibility of B-cell subsets to epstein-barr virus infection according to diŠerentiation status and tissue
origin. J Virol 82(9): 44004412, 2008
4) Cohen JI: Epstein-Barr virus infection. N Engl J
Med 343(7): 48192, 2000
5) Yamauchi K, Haas F, Haussmann U, et al: TLR7 or
TLR9 mediated NFkappaB activation promotes
latency of MHV68 in primary and malignant B cells.
2nd Swiss Workshop in Fundamental Virology, Bern,
Switzerland, 2010
別刷請求先
献
〒6468588 和歌山県田辺市新庄町46番地の70
Thorley-Lawson DA: Epstein-Barr virus: exploiting
社会保険紀南病院耳鼻咽喉科
山内一真
Immunological function and pathophysiology of tonsils
EBV preferentially infects NALToriginating memory B cells at the
portal of entry to establish viral persistence
Kazuma Yamauchi1), Noboru Yamanaka2)
1) Department of Otorhinolaryngology, Social Insurance Kinan Hospital
2) Department of Otorhinolaryngology Head and Neck Surgery, Wakayama Medical University
Key words: EBV, memory B cells, a5b1 integrin, palatine tonsil, tonsillectomy
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