Ⅱ 課題研究の概要 - 愛知県立旭丘高等学校

Ⅱ 課題研究の概要
B 列挙した中から一つを取り上げ(上の表の数字に
○をつける)、問題化した理由、およびグローバル
本年度、本校におけるSGH事業の課題研究の指導
化の進行を前提とした解決への道筋について、あな
は、課題研究推進チームの伊藤元裕、中西優徳、服部
たの考えを述べよ。(800字以内)
誠、日比澄夫の4名の地歴公民科教員が担当した。
テーマは「共生と調和のグローバル時代を目指して−
「SGHゼミ生 小論文審査 解答例」
アジアから世界へ−」である。
A
・食の安全への不安と国内農業の衰退
1 方針とゼミ生募集
・所得格差の拡大
(1)グローバル人材とフィールドワーク先
・雇用の流動化と非正規雇用の拡大
グローバルな人材とは何か。ただ英語が話せて、外
・教育や経済での競争の激化
国人とコミュニケーションが取れるという人間のこと
・小さな政府志向による社会福祉の後退
ではない。国家を越えてモノやカネ、ヒトの移動が活
・流入する外国人労働者との軋轢
発になっている現在、そのためにさまざまな軋轢が生
・偏狭なナショナリズムの高揚
じるようになった。グローバル化に適合するために
・雇用の不安定化、教育費の高騰と少子高齢化の進行
は、互いの国の文化、歴史、政治、経済、社会などに
・高度人材の国外への流出
ついての深い知識を持ち、相手の立場を理解した上で
・国際的金融権力によるリスク拡大 など
互いの主張を展開し、妥協点を探ることのできる人材
が求められている。そうした人材を育てるためには、
B 「食の安全への不安と国内農業の衰退」の解答例
実際に他国の人との間で、現在の課題となっている事
冷戦終結後、アメリカ発のグローバリズムが世界的
柄の解決に向けての議論をする活動が重要となる。こ
な潮流となってきた。そこでは、各国が関税を撤廃
の活動の相手として、平成26年度、本校では韓国を選
し、規制緩和をおこなうことで自由貿易をさらに推進
んだ。
し、互いの利益を拡大しようという主張がなされてい
韓国は日本の隣国であり、格差の拡大、競争の激
る。
化、少子高齢化など、日本と同様の課題を抱えてい
こうした経済のグローバル化は、国際的な貿易競争
る。また、歴史や領土問題では対立が生じており、解
を激しくし、強い産業には有利でも、弱い産業にしわ
決の糸口がなかなか見出せない。こうした問題につい
寄せが来ることは避けられない。日本や韓国は情報機
て、将来、グローバル人材を目指す高校生同士が議論
器や自動車産業などの輸出力で経済を支えてきた国で
をすることは、グローバルな課題解決のための、もっ
あり、反面、農業には国際競争力がない点で共通して
ともふさわしいプログラムであると考えられた。
いる。さらなるグローバル化の進行は日韓両国の農業
課題研究推進チームでは、定員30名でSGHゼミ生を
を衰退させ、食料自給率をいっそう低下させる心配が
募り、本年度の活動のゴールとして、冬休みに韓国を
ある。
訪問し、韓国の高校生と意見交換会を実施することを
戦後の日本と韓国が自由貿易体制のおかげで経済発
目指すことにした。そして、それに備えて知識を獲得
展を遂げたことを考えるならば、農産物の関税撤廃は
し、自分の意見を持てるようにするために、校内での
やむを得ない流れかも知れない。その中で自国の農業
講義・討論、講演会、国内巡検などを実施する計画を
を守るには、自国の食文化の中に農業を位置づけて支
立てた。
えてゆくことが必要だ。アメリカは大量生産された食
料を大量消費するアメリカ流の食文化の拡大こそが互
(2)ゼミ生募集
いの利益になると考えている。そのため、食料に対す
SGHゼミは年間を通しての活動となるため、生徒に
る各国の厳しい安全基準すら非関税障壁であると主張
はかなりの負担を強いることになるが、1年生、2年
し、アメリカの基準を国際的に適用して食料輸入を拡
生を対象に募集をおこなったところ、定員を上回る応
大することを求めている。これに対し、日本や韓国は
募があった。そのため、小論文による選考試験を課す
規制緩和によって大量に流入する安価な農産物に対
ことにした。
し、その安全性を問題にしてきた。食べ物に対する眼
差しが、アメリカとは異なるのである。
「問題」
コメをベースに季節感あふれる地元の新鮮な食材を
A 1990年代からのグローバル化の進行で、日韓両国
用いて作られる和食と、冬に備えて地域で共にキムチ
に共通した解決すべき問題として、どのようなこと
を漬けるキムジャン文化が世界無形文化遺産に指定さ
が生じているかを列挙せよ。
れた。安全な食べ物、伝統的な食文化に対する理解を
−3−
深め、韓国人が自家製のキムチにこだわり、日本人が
定した。ゼミは毎週開き、2回を1セットとし、第一
メダカの住む棚田で作られたコメにこだわれば、それ
週に社会科教員による講義とワークショップ、第二週
は安い外国産食料の流入に対し、それぞれの国の農業
に生徒同士の討論をおこなうこととした。討論には名
を守る力になり得る。グローバル化に欠かせないの
古屋大学大学院に通う韓国人留学生に加わってもら
は、国際的なルールと各国の流儀をいかに両立させる
い、韓国人の視点で意見を述べてもらうことにした。
かという知恵なのである。(800字)
1年間のゼミの内容は次のとおりである。
1 5/13(火)
「小論文審査講評」
講義・グローバル化とは何か(ポスト
冷戦とグローバリズム)
a グローバル化によって生じた問題と、グローバル
化を妨げている問題を区別すること
Aの出題で、多くの生徒が指摘したのは歴史認識問
題、領土問題であった。しかし、これらは1990年代以
降のグローバル化の進行で生じた問題ではない。グ
ローバル化とは、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自
2 6/3(火)
講義・日韓関係史(古代∼日本敗戦)
3 6/10(火)
討論・歴史問題
4 6/17(火)
講義・在日コリアンと民族差別
5 6/24(火)
討論・外国人労働者と移民
6 7/1(火)
講義・アジア通貨危機後の韓国経済
(グローバル化への対応)
由に行き来する現象であり、それにはメリットもあれ
ばデメリットもある。そのデメリットは何かを尋ねて
いるのがAである。
歴史認識や領土をめぐる日韓の対立は、1950年頃に
7 7/9(水)
討論・新自由主義をどう考えるか
8 10/7(火)
講義・韓国における競争の激化と格差
の拡大
は起きている。それが近年になってクローズアップさ
れるようになった原因には、日本政府が植民地支配に
9 10/14(火)
大をどう考えるか
対して曖昧な態度を取りつつ日韓関係を構築してきた
ことと、韓国の民主化により、植民地支配の被害を
10 10/21(火)
被った人々が声をあげるようになってきたことなどが
指摘されている。いずれにしても、これらは健全な日
韓関係を築くための障害ではあっても、グローバル化
によって新たに生じてきた問題ではない。
講義・韓国戦後史と日韓関係+韓国の
文化と社会
11 10/28(火)
討論・儒教と韓国文化
12 11/4(火)
講義・ハングルの仕組み+意見交換会
準備
SGH事業では「グローバル化」という言葉がキー
ワードである。この言葉を曖昧にとらえていると、A
討論・教育における競争激化と格差拡
13 11/11(火)
の出題でつまずいてしまう。
韓国語の自己紹介+模擬討論(日本
語)
14 12/2(火)
意見交換会準備
小論文のお手本は新聞の社説である。自分の主張を
15 12/10(水)
模擬討論(英語)
叙述して読む人を説得するためには、論理の組立てが
16 1/13(火)
意見交換会まとめ
17 1/20(火)
討論・歴史問題
かを考える。そういう書き方をした人とそうでない人
18 1/27(火)
年間反省
とでは大きな差がついている。個人の印象や感情を吐
19 2/3(火)
討論・格差問題
b 小論文と作文は違う
大切となる。まずは下書き用紙に箇条書きでよいから
論点を記し、それをどうやって並べたら説得力がある
露する作文とは違うのである。
異なる国や地域に住む人たちがわかり合い、共通の
また、韓国人留学生は、指導委員をお願いしている
課題を克服するために協力しようとする時、必要なの
名古屋大学大学院教育発達科学研究科の久野弘幸先生
は言葉の力である。まずは日本語で人を説得すること
に紹介してもらうことにした。多くは名古屋大学大学
ができなければいけない。
院で学ぶ方たちである。
講義は約40分でおこなった。生徒は5人で一つのグ
2 年間の事業内容
ループを作り、講義後のワークショップで、次回のゼ
(1)ゼミ
ミで討論をしてさらに深めたいことは何かを話し合
ゼミは、生徒たちにグローバル化の進行で生じてい
い、その時間の最後にグループごとに発表をさせた。
る問題、日韓関係、韓国の歴史や文化などについて知
これにより、次回の討論でのテーマが決定された。ま
識を与え、問題解決のために討論をさせる場として設
た、討論の際の対立軸がはっきりするよう、テーマの
−4−
内容を深化させ、次回のゼミの冒頭で発表する生徒を
とった。ここで的確な質問ができるよう、生徒たちは
募った。
事前に講師の著書を分担して読み、内容の発表会をお
討論は2つのグループを合わせて10人でおこない、
こなった。これにより、充実した座談会の時間を過ご
ここに司会役の教員と、アドバイザーの韓国人留学生
すことができた。
が加わった。初めの頃は日本と韓国とで立場や考え方
が異なるテーマが多く、対立軸がはっきりしていたこ
(3)大阪巡検(7月12日(土)・13日(日)、1泊2日)
ともあり、生徒対韓国人留学生という形で討論が進ん
大阪巡検では、1日目に生野コリアタウンと大阪人
だが、次第に日韓両国が抱えている問題にテーマが移
権博物館、2日目に国立民族学博物館を訪問した。こ
ると、韓国での状況を留学生に質問をするような形式
の巡検の目的は、多文化共生を実現するためにはどう
になっていった。
すればよいかを考えることにあった。グローバル化の
ゼミについての生徒の反応は次のようなものであ
中でヒトの移動も激しくなり、日本でも、外国人労働
る。
者や移民の受入れをめぐって議論が起きている。異な
「講義の内容はとても勉強になったし、討論も非常に
る文化が接触した際に生じる、マイノリティに対して
有意義なものだった。日韓の難しい問題について、こ
の偏見や差別の問題は根が深い。ニューカマーと呼ば
んなに深く考えたり人の意見を聞いたりしたのは、私
れる人たちとの関わり方を考えるには、オールドカ
にとって初めての経験だった。参考になった文献など
マーと称される在日コリアンの人たちとの関係を見つ
お互いに紹介し合ったりすれば、もっと知識を深めら
め直すことが肝心である。
れると思う」
巡検では、生野コリアタウンで韓国文化に接し、多
「韓国巡検を含め、訪問先で学ぶための基礎的な知
民族共生人権教育センターの文公輝氏から在日コリア
識、考え方が身についたので、とても役立った。韓国
ンの歴史・社会・文化、および差別と共生に向けての
人留学生との討論は双方に利益があったので、今後も
ヒント、昨今、問題となっているヘイトスピーチの実
続けてほしい」
態について講義を聞くことにした。
「SGHの土台とも言えるものが作れた。討論をおこな
また、大阪人権博物館では、在日コリアン、沖縄、
うにあたり、班内で意見を深めるのがすごくよかっ
アイヌ、被差別部落などの展示を見ることで、差別の
た」
裏には異なる文化や職業に対しての偏見が存在するこ
中には「もっと時間が欲しい」「留学生の数を増や
とに気づかせようと考えた。
してほしい」という意見もあった。
国立民族学博物館では、韓国の文化・社会について
学ぶとともに、異文化との接触による固有文化の変容
(2)第1回教養講座(7月4日(金))
について着目させることにした。また、移民の受入れ
京都大学名誉教授・橘木俊詔氏 をきっかけとした多文化共生のあり方についてヨー
「格差社会の現状と課題」 ロッパの事例を俯瞰し、日本で構築されつつある移民
社会に対し、どのような対応が必要かを考えさせよう
グローバル化に伴い、日本と韓国に共通した問題と
とした。
して浮上しているのが格差の拡大である。日本企業が
国立民族学博物館では、現代韓国研究の第一人者で
安い労働力に惹かれて生産拠点を海外に移す中、国内
ある太田心平准教授の講演を聞いた。ここでは、日本
では正規雇用と非正規雇用の二極化が進行して所得格
人と韓国人の考え方の相違を理解し、違いを前提とし
差を広げた。さらには教育費の高騰が低所得者層の子
て協同関係を構築することの大切さについて学ぶこと
どもたちに十分な教育を施す機会を奪い、貧富の階層
になった。
固定が起きている。こうした現象がさらに進めば、日
巡検では、「ワークシートを使った個人の学び→話
本社会は分断され、貧しい人たちの労働生産性が低下
合いによるグループ内での共有化→発表による全体で
するのみならず、社会保障費の拡大や治安の悪化など
の共有化」という流れを重視した。宿舎での夜のミー
のさまざまな問題が生じてくる可能性がある。
ティングでは、グループごとに気づいたこと、差別が
グローバル化の負の側面を克服するためには、どの
起こる理由についての話合いをおこない、発表をさせ
ような方策が考えられるか。日本の格差研究の第一人
た。また、2日目は民族学博物館で印象に残ったもの
者である橘木氏を招いて話を聞き、グローバルな人材
について、一人一人発表をしながらバスで名古屋に
になるために必要な多角的な視点に立った問題解決能
戻った。
力を身につけさせようというねらいで実施した。
生徒の反応は次のようなものである。
毎回の教養講座では、講演のあと、座談会と称し、
「文さんの講演では、在日コリアンの生の声というも
講師を囲んで生徒たちが自由に質問をおこなう時間を
のが聞けて、深く印象に残ると同時に考えさせられ
−5−
た」
高度な技術が求められる。その場で対応することがで
「ヘイトスピーチの詳細を知ることができてよかっ
きればそれに越したことはないが、本校生徒であって
た」
もそこまではなかなかできないことである。そのた
「在日コリアンの人たちがどんなところで生活し、ど
め、自分たちで実際に討論をしてみて、出されそうな
んな文化を持っているのかは全く知らなかったので、
意見を予想して討論の方向性を考えることが欠かせな
話を聞くことができてよかった」
い。討論会実行委員会の生徒たちが7月からこの作業
に取り組み、作成したのが次のような流れである(詳
(4)学校祭討論会(9月26日(金))
細は巻末資料参照)。
本校の学校祭では体育館と小体育館の2会場で討論
会がおこなわれる。このうち体育館では、現代社会の
(1)格差は必要悪なのかどうか
抱える課題をテーマに取り上げ、その解決策を考える
(2)格差の存在が経済効果をもたらすことはあるのか
ことが目指されている。しかしながら、生徒の予備知
(3)格差が拡大すると少子高齢化が進むのか
識の不足という背景もあり、出される意見が幼かった
(4)競争や格差は活力をもたらすのか
り、堂々巡りをしたりという問題点が指摘されてき
(5)格差是正の政策は必要なのか
た。そのため、2010年度から改革に取り組み、生徒に
=以上の討論を通じて、「結果の格差」はやむを得な
知識を提供するレクチャーをおこないつつ、討論をす
いとしても、「機会の格差」はまずいという意見が
る形式が模索されてきた。この形式は、2011年度から
大勢を占めると予想した。
は愛知県教育委員会のアクティブチャレンジ事業の指
(6)格差是正のためにはどのような方策があるのか
定を受けたこともあり、その後も継続されてきた。
(7)所得の再分配以外で格差是正の方策はないか
しかし、レクチャーと討論の組合せという形式は、
=以上の討論で、雇用の二極分化が現在の格差の原因
一定の方向性のもとで討論を促すことにつながらざる
であることが指摘されると予想した。
を得ない。そのため、討論に参加する生徒には「出来
(8)雇用の二極化を解消するためにはどうすればよいか
試合」のような印象を与えることになり、自分の意見
=非正規雇用を禁じて正規雇用を義務づければ、企業
が討論会の中で十分に評価されないという不満を招く
は採用を控えて逆に失業者は増える。非正規雇用を
ことにもなった。また、そういう声が漏れ伝わること
認め続ければ雇用の格差は拡大する。この矛盾が指
により、準備や運営での大きな負担を乗り越えて実施
摘されると予想した。
している討論会実行委員会の生徒たちは、士気を低下
(9)何かうまい方法はないか?
させることになった。
=ここでオランダ型のワークシェアリングの考えを紹
こうしたことから、学校祭討論会をSGH事業の一環
に位置づけて実施するかどうかは議論の余地があった
介する。
(10)オランダ型ワークシェアリングについてどう思う
が、昨年度までのアクティブチャレンジ事業の経緯も
あったことから、今年度の体育館の企画は、SGHゼミ
か?日本でも可能だと思うか?
=オランダ型は政労資の信頼関係を前提とするので、
の生徒たちを中核に立案・運営されることになった。
政治不信があれば実現が難しい。いかに信頼を醸成
するかが大切であるということを指摘して終わる。
A テーマ設定と準備
テーマはグローバル化の進行によって生じている問
B 当日の動き
題から選ぶ必要があり、格差社会現出の背景となって
2時間半の枠を講演75分、討論75分に分けて実施し
いる雇用格差の問題となった。また、生徒によるレク
た。討論では意見がよく出たものの、残念ながら時間
チャーの負担を軽減し、しっかりした知識を提供する
が足りず、実行委員がもっとも力を入れていたオラン
目的で、その部分を研究者による講演に委ね、その後
ダ型ワークシェアリングの是非に関する討論にまでた
に討論をおこなう流れを考えた。講師には『働き過ぎ
どり着かなかった。この点で、生徒たちは消化不良の
の時代』の著書であり、過労死問題の専門家である関
思いを持つことになった。
西大学名誉教授・森岡孝二氏を依頼した。講演タイト
討論は生き物であり、あらかじめ考えていたように
ルは「グローバル時代の働き方」である。
は動いてくれない。また、無理に誘導しようと試みて
討論の際、どんな意見が出るのか出たとこ勝負とい
も、それは参加者の反発を招くことにもなる。大人数
うスタンスでは、当日の話合いは成り立たない。突飛
での全体討論は難しく、シンポジウム形式がよいと思
な意見は打切りを迫り、議論を深める意見が出るよう
われるが、生徒には一人一人に発言して欲しいという
に促してゆかなければならない。参加者が600人にもお
強い思いがあり、落としどころが難しい企画である。
よぶ討論会では、司会者にファシリテーターとしての
ただ、高校生がこういう堅い討論会を続けてゆくこと
−6−
には大きな意味がある。後掲の「活動の記録」で紹介
のいずれかだ。かたや人類の4分の1が飢え苦しむ世
しているように、討論会実行委員を務めた生徒たちは
界、かたや全ての人々が健康的な環境のもとで豊かに
雇用問題について深く学び、自分たちの考えを構築し
なるチャンスを与えられる世界。かたや敗者や弱者の
ている。生徒の学びの場として評価をすることが重要
ことを思いやることのない弱肉強食の世界、かたや強
であろう。
者や成功者が責任を自覚しグローバルなビジョンを
持ってリーダーシップを発揮する世界だ」。
(5)東京巡検
これにより発足したのが、グローバルコンパクトで
(9月30日(火)・10月1日(水)、1泊2日)
ある。途上国に対する搾取を排除し、企業活動は人
東京巡検では、1日目にJETRO・アジア経済研究
権、労働権、環境、腐敗防止のためにおこなわなけれ
所、2日目にグローバル企業に対しての訪問をおこ
ばならないとし、賛同の署名を促した。署名をした企
なった。グローバル化は多国籍業によって推進されて
業は自社での取組みの報告が義務づけられ、守れなけ
おり、企業の動向を知ることは大切である。
れば除名される。CRSの国際版であると考えられ、世
アジア経済研究所では安倍誠氏の講義を聞き、経済
界で1万2000社、日本では180社ほどが署名してい
の観点から日韓関係を俯瞰し、関係改善の糸口につい
る。アジアでの署名数トップは中国、次いで韓国であ
て学ぶことになった。また、日本経済がアジア諸国と
る。
の深い関わりの中で発展していることを実感するた
生徒たちには、以上の観点から訪問企業を選ぶよう
め、膨大なアジア関係の書籍を所蔵する研究所の図書
に指示をしたが、選ぶためのヒントとして、次のよう
館を見学した。
な企業のリストを示した。
グローバル企業の訪問は生徒を5人ごとのグループ
に分け、それぞれ希望する企業に対して折衝をし、訪
(1)「ビジネス行動要請(Business Call to Action:
問を受入れてもらうこととした。ここでは、各企業が
BCtA)」の承認を受けた企業
どのようなグローバル戦略を立てているかという視点
・「ミレニアム開発目標」達成のため、国連開発計画
に加え、CSR(企業の社会的責任)に対しての取組み
(UNDP)などから商業的な成功と持続可能な開発
に着目した。
を両立する革新的なビジネスモデルと認められた企
CSRは、「持続可能な社会を目指すために企業も責
業。一時の寄付行為などではなく、本業で利益を上
任を持つべきである」という考えで、欧州では環境、
げつつ、グローバルな課題解決にもつながるものと
労働に対しての意識が高く、CSRは企業活動の根幹と
して高く評価され、さまざまな国際機関とタイアッ
位置づけられている。このため、消費者のイメージ
プして事業を進めている。
アップを狙う売名的活動はCSRとして評価されず、ア
(2)East Asia 30に選ばれた企業
メリカ流の市場中心主義へのアンチテーゼとなってい
・グローバル基準に適するアジア的特色が反映された
る。これに対し、アメリカでは企業の不正が横行した
ためCSRの整備が進んだが、企業が法令を遵守して活
CSR評価モデルによって選定された優秀企業。
(3)国連グローバルコンパクト(GC)理事会員・準理事
動することと狭義に考え、収益向上、株価の向上との
会員の企業
絡みで、CSRはゆがめられがちであるとされる。
日本には、江戸時代の商家の家訓として「三方よ
生徒が希望した企業でも、訪問を受け入れてもらえ
し」(商業活動により、売り手、買い手、世間ともに
なかったところもあり、結果はソニー、パナソニッ
発展すること)があり、早くからCSRの考えがあっ
ク、リコー、JSR、日立製作所の5社となった。このた
た。しかし、現実には利益を出した残りで社会的貢献
め、5人ずつ6班編成だったグループを、6人ずつ5
(寄付)をすればよい、自分たちの活動を縛る邪魔も
班編成に改めることにした。これらの企業に対して
の、と考える企業も多く、理解が進んでいない。
は、生徒たちが事前に質問事項を相談して送付した
厳しいグローバル競争にさらされている現代の企業
(巻末資料参照)。
の中には、途上国で人権の侵害、労働力の搾取、環境
また、2日目の午後は、グループごとに巡検先を設
の破壊、資源の収奪をすることにより、不当な利益を
定しての自由行動とした。具体的には、靖国神社遊就
得ているものも存在する。1999年、当時の国連アナン
館、新大久保コリアタウン、東京国立博物館、グロー
事務総長はこうしたことを踏まえ、世界経済フォーラ
バルコンパクトジャパンネットワーク(GC-JN)に分
ムの場で、世界のビジネスリーダーたちに対して次の
散した。このうちGC-JNについては、事前に質問事項
ように発言した。「我々に与えられた選択肢は、短期
を送付した(巻末資料参照)。
の利益だけを追い求めるグローバル・マーケットか、
訪問した企業、およびGC-JNについては、巡検終了
それとも人間の顔をしたグローバル・マーケットか、
後にグループごとに報告書、個人ごとに感想文を作成
−7−
して送付した。
リーダーを高校段階から育成する」というSGH事業の
生徒の反応は次のようなものである。
趣旨と合致している。このため、文科省では、SGH指
「アジア経済研究所は様々な資料があり、楽しかっ
定校の活動の例として、この大会に参加することを期
た。講義はSGHで取組んでいたこととぴったりで、韓
待している。今年度の場合、SGH指定校の国立校、私
国人との交流の話題にすることもできた。韓国の実情
立校の半分が模擬国連に参加している(公立校は本校
を聞くことができ、留学生や先生の話では補いきれな
のみ)。
い部分の話が聞けた」
全国大会出場のためには一次審査があり、ODAに関
「企業の人に自分の聞きたいことを聞ける貴重な体験
する日本語課題2本、グローバル化に関する英文課題
になった。日本の企業の現状について考えることがで
1本が課された。SGHゼミ生に対して参加希望者を
きた」
募ったところ、4名2チームが課題に取り組むことに
「JSRのCSRに真剣に取り組む姿勢や海外とのつき合い
なった。夏休み明けから日本語課題と英文課題に対し
方、女性の産休について詳しく丁寧に説明してくださ
ての添削指導をおこない、審査の結果、1チームが選
り、たいへん勉強になった」
考された。倍率は約3倍であった。
「透明性を主張する社員さんに共感し、こんな企業で
全国大会での議題は「食料安全保障」であった。当
働けたらよいと思った」
日の決議に至るため、「食肉生産の増大と穀物消費」
「土地争奪」「バイオ燃料」「遺伝子組換え農産物」
(6)第2回教養講座(10月3日(金))
の4テーマで政策を立案する課題が設定された。ま
大阪経済法科大学助教・菅原絵美氏 た、本校は韓国代表に割り当てられた。
SGHゼミでは、大会に持参する政策立案の手助けの
「グローバル社会における企業と私たち
ため、サポーターを募った。サポーターは4テーマに
−ギャップから何を学び、どう動くか−」
ついての参考文献を分担して読んで紹介し、全体討議
東京巡検で学んだCSRについて、体系的に学ぶ機会
として実施した。菅原氏は国連高等弁務官事務所、国
連グローバル・コンパクト事務所でインターンを経験
し、現在はグローバルコンパクト研究センターの代表
を務めている。1980年生まれと、生徒と年代的に近い
こともあり、留学の仕方、国際機関での働き方など、
生徒の進路選択と関わる話も聞くことができた。
によって政策を作成していった。本校(韓国)の立ち
位置は次のようなものである。
現実の世の中では、韓国はロシアやアフリカで農地
獲得に動いており、雇用創出と技術移転で評価される
一方、新植民地主義であると批判されている。そこ
で、「土地争奪」を防ぐためのルール作りと、その
ルールを保持するための国際的な枠組み作りを政策と
して立案して臨んだ。
結果については生徒の報告を参照してほしい。初め
(7)第8回全日本高校模擬国連大会
(11月15日(土)・16日(日))
全日本高校模擬国連大会は、「豊かな国際感覚と社
会性を有し、未来の国際社会に指導的立場から貢献で
きる人材を育成し、輩出すること」を目的として、グ
ての参加ということもあり、最後まで大会での動き方
がわからない中、生徒はよく頑張った。
(8)第3回教養講座(12月3日(水))
神戸大学大学院教授・木村幹氏 ローバルクラスルーム日本委員会がユネスコ・アジア
「日韓関係と歴史認識問題 文化センターや外務省の後援でおこなっている。
−何が問題になっているか−」
今年度は11月15日、16日(土・日)に国連大学で、
「食料安全保障」をテーマに82チーム(2会場制で1
会場41チーム)が参加した。参加チームはどこかの国
の国連大使を割り当てられ、国際的な課題解決のため
に決議案を用意し、各国間で交渉して最終決議に持ち
込むことが求められる。そこでは、各国の置かれた状
況を把握し、問題解決のために国益を保持する一方で
他国を説得する交渉が必要となる。決議案の説明な
ど、大会での公式言語は英語とされている。こうした
ことが、「社会課題に対する関心と深い教養に加え、
コミュニケーション能力、問題解決力等の国際的素養
を身につけ、将来、国際的に活躍できるグローバル・
日韓関係の悪化の背景はどこにあり、どうすれば改
善ができるのか。韓国巡検を間近に控えた中、日韓関
係研究の第一人者から直接話を聞くための機会として
実施した。
(9)韓国巡検(12月20日(土)∼24日(水)、4泊5日)
A 事前準備
今年度SGHゼミの最大の事業が韓国巡検である。こ
こでは、日韓両国が抱えている課題について実際に韓
国の高校生と話合いをし、考え方の差異と共通点を認
識した上で、協力して解決してゆくための方策を検討
−8−
させたいと考えた。そのため、巡検のメイン行事とし
・海外志向の強い韓国人、内向きな日本人
て、2時間半におよぶ意見交換会の実施を計画した。
2「FTAとTPP」自由貿易体制の推進と外国人労働者 このプロジェクトをおこなうにあたっての最大の問題
問題についてどう考えるか
は、協力してくれる韓国の高校を見つけることであっ
・輸出産業の成長と国内産業の保護との兼ね合い
た。ここでも、運営指導員である名古屋大学の久野先
・外国人単純労働者の受入れの是非と多文化共生の
生に仲介の労を執ってもらった。
可能性
候補としてあげられたのは高陽国際高校である。韓
3 格差の拡大と競争の激化、少子高齢化についてど
国の高校には一般高校、特性高校、特殊目的高校があ
う考えるか
り、このうちの特殊目的高校は、特定分野の専門人材
・所得・教育格差の拡大と若年層の就職難の現状
を養成するための学校として、科学高校、外国語高
・少子高齢化の進行と社会福祉のあり方
校、国際高校で構成される。外国語高校が外国語を生
4 歴史問題をどう解決するか
かせる人材を育てるのに対し、国際高校はグローバル
・お互いに歴史について何を学んできたか、考えの
人材の養成を目指しており、高陽国際高校の英語表記
差はどこから来るか
はGoyang Global High Schoolである。
・謝罪と和解はどうすれば成り立つか
国際高校は韓国に7つあり、一校を除き、すべて公
5 グローバルパートナーとしての望ましい日韓のあ
立高校である。高陽国際高校は創立4年目で、京畿
り方
道、高陽市(ソウルのベッドタウンで人口100万人)、
・日本における韓流ブームと嫌韓流の実際
地元の団地を整備した企業などが出資してつくられ
・韓国における日本観と日本文化への理解
た。
相手校で日本語教師を務める呉承信先生を紹介さ
呉先生からは、4については大事な問題なのできち
れ、7月の夏休み前に電話で協力を依頼し、その後、
んと扱いたいこと、時間の関係で1∼5のすべてを扱
メールでやりとりをすることになった。9月11日から
うことは無理なので、テーマをもっと絞ることが提案
3日間、韓国に下見に訪れ、呉先生との間で詳細な打
され、日本側で検討することとした。また、使用する
合せをおこなった。
言語は英語を主に、必要に応じて日本語・韓国語の通
高陽国際高校が本校の訪問を受け入れた背景とし
訳を介することにした。ただ、いきなり英語でやりと
て、呉先生の強い願いがあったことがわかった。高陽
りをすることは難しいので、事前にテーマに関して英
国際高校では、第二外国語、または第三外国語として
文で意見を作成し、それを交換しておいたらどうかと
中国語、スペイン語、日本語から2つを選択して学ぶ
いう提案をもらった。
ことになっているが、昨今の日韓関係の冷え込みによ
また、意見交換会の前に十分にアイスブレークを
り、日本語選択者は減る傾向にある。3年生2クラ
し、良好な関係を作っておく必要がある。韓国訪問の
ス、2年生3クラス、1年生2クラスの選択が普通
初日、高陽国際高校の生徒に宿泊先のホテルに来ても
だったが、今年の1年生は1クラス25人に落ち込んで
らい、そこで日本人5人、韓国人5人のグループごと
しまったという。呉先生は日本語の教師として、韓国
に会食をしながら交流会をおこない、翌日はそのグ
人が隣国・日本の文化や社会を理解することがとても
ループで、午前中、ソウルのフィールドワークを実施
大切なことであると考えており、本校の訪問を一つの
し、午後からホテルで意見交換会を催すこととした。
きっかけとして、生徒たちに日本について興味を喚起
交流会の内容は、学校紹介、自己紹介、日韓の文化
することができるのではないかと思っていたという。
紹介、日韓の高校生活紹介、ソウルの見どころ紹介と
こうしたことから、本校生徒と高陽国際高校の生徒
し、使用言語は日本語、韓国語、英語とした。また、
との間でおこなわれる意見交換会の目的は、自ずと、
時間があれば、巻末資料3で示した「日本人と韓国人
互いの見解の相違を理解した上で上手に妥協点を探
の違い」や「日韓の高校生意識調査」を使い、共通点
り、日韓友好に資するものということになった。ま
や相違の生じる理由について話し合うこととした。
た、日本人の参加者30人に対し、韓国側でも30人の生
こうしたやりとりの結果、日本側で意見交換会に備
徒に参加を呼びかけてもらうことになった。
え、事前に交換する意見の質問事項を作成し、韓国側
意見交換会の中身として、日本側の提案は次のよう
の考えも尋ねて了承された。この質問を、当日、すべ
なものであった。
て話題とすることは難しいので、必要に応じて取捨選
択することとした。
1「日韓の高校生意識調査」をもとに共通点、相違点
について話し合う
<意見交換会質問事項>
・受験、就職に対しての意識の差
A 日韓が共通で抱える課題の解決について
−9−
(1)日本が朝鮮半島を植民地にしたのはやむを得なかっ
たと思うか?それはなぜか?
<「歴史問題」についてのガイドライン>
意見交換会の場で、韓国側の生徒が「歴史問題」に
(2)日韓の間で、植民地支配に対する謝罪と和解は十分
におこなわれていると思うか?それはなぜか?
ついて言及することがあると思われる。これに対し、
一方的に発言を阻止すれば様々な問題を生じさせるこ
(3)戦後補償問題の解決のために、どのようなことが必
要か?
とにつながり、実際には難しい。そのため、あらかじ
めそうした場合も想定し、生徒には十分な知識と考え
(4)歴史問題で歩み寄るために、日韓両国民にはどのよ
うなことが必要か?
を持った上で対応することができるように指導してお
く。
(5)国内の所得格差拡大に対してどう思うか?どうすれ
ばよいか?
a 生徒には以下の点について十分留意させる。
・日本側の発言の内容によっては、良好な日韓関係を
(6)教育や就職での競争の加熱と子どもの幸福度の低下
損なう可能性もあることをわきまえ、慎重におこな
についてどう思うか?どうすればよいか?
う。
(7)親の経済格差が子どもの教育格差につながっている
・日本政府の見解は、植民地支配全体に対しては村山
ことをどう思うか?どうすればよいか? 談話、慰安婦問題に関してはアジア女性基金設立の
(8)非婚化、少子化の進行についてどう思うか?どうす
趣意などで表されており、それぞれを踏まえた上で
ればよいか?
発言をおこなう。
(9)高齢者福祉はどのようにおこなうのがよいと思う
b 生徒には事前に意見を準備させ、その内容を教員
か?
が把握した上で、適切なアドバイスをおこなう。
(10)グローバル化する世界で国民生活を豊かにするため
には、どのようなことが必要だと思うか?
意見交換会は日本側5人、韓国側5人の10人一グ
B グローバルパートナーとしての望ましい日韓関係
のあり方について
ループでおこない、司会は日本側と韓国側で一人ずつ
を立てることにした。15の質問事項を一人3つずつ分
(1)日本のもの、韓国のもので惹かれるものは何か?
担し、それぞれが自分の意見を英文で作成して相手国
(2)日本、韓国のイメージについて、プラスの点、マイ
に送る。それを受け、自分の担当した項目に対する相
ナスの点は何か?
手国の意見を検討し、当日は質問や意見が述べられる
(3)日本のよいところ、韓国のよいところで、相手にわ
かってほしいことは何か?
ように準備をすることとした。
こうして、生徒は11月から意見交換会に備えて自分
(4)日本と韓国が政治・経済面で協力できることとして
何があるか?
の意見を和文と英文でまとめ、内容チェックのあと、
11月末に英文を韓国に送付した(巻末資料参照)。英
(5)日韓関係を充実させるため、若い世代には何ができ
文作成にあたっては、丹羽美鈴が指導をおこなった。
るか?
B 巡検先
また、意見交換会で無用なトラブルが起こることも
韓国での巡検先と、巡検の意図は次のようなもので
危惧されたため、相手校との間で次のような確認を
ある。意図についてはワークシートで示した。
し、それぞれ生徒に指導をすることとした。
<景福宮>
日本統治時代、景福宮を破壊して朝鮮総督府を建て
<意見交換会の目的>
たことにどのような意味があるか。柳宗悦が光化門取
・意見交換を通じて日韓両国の持つ共通の課題を認識
り壊しに反対して保存されることになったことはどの
し、今後のよりよい日韓関係を築くための方策を考
ように評価されるか。朝鮮総督府が取り壊され、景福
えることで、若い世代の立場から日韓友好に資す
宮が復元されつつあることについて、どのような意味
る。
があるか。
・英語でのプレゼン能力を試すものでも、ディベート
<宗廟>
でもなく、自分の主張を展開するとともに相手の意
儒教の精神がどのように表されているか。
見を理解し、互いに納得のできる結論を導くことを
<国立中央博物館>
目指す。
古代から中世にかけての日韓交流には、どのような
ことが指摘できるか。古代から中世にかけて、日韓の
また、日本側では、「歴史問題」が話題になった時
関係はどのようだったか。
に備え、次のようなガイドラインを作って対処した。
<西大門刑務所歴史館>
日本統治時代、および戦後の軍事政権時代に、政治
−10−
犯はどのような取扱いを受けていたか。ここでの小泉
と韓国で捉え方に大きな差がある。その違いを受け入
元首相の謝罪の事実が、日本でも韓国でも知られてい
れて歩み寄っていけたらよいと強く感じた」
ないのはなぜか。
「意見交換会では、韓国の同世代の人がどのように日
<戦争記念館>
本を思っているのかを知ることができ、違う側面から
現在も戦争状態にある韓国の状況を感じさせる展示
日本を見つめ直すことができた。異国の人の考え方、
は何か。
視点の違いを痛感し、そういう価値観なんだというこ
<サムスンディライト>
とを素直に受け入れられた。巡検により、両者の立場
ソウルの上流階級の住む町である江南について、明
から物事を捉えられるようになって、自分自身成長で
洞などと比較してどのような印象を持ったか。
きた」
<高麗大学>
また、韓国の生徒からも「それまで抱いていた日本
韓国で支持されているSKY(ソウル大学、高麗大
人に対しての悪いイメージが変わった」という意見が
学、延世大学)と呼ばれる大学に対し、どのような印
聞かれ、この企画の目的は達成されたと考えている。
象を持ったか。
呉承信先生はじめ、協力いただいた高陽国際高校の教
なお、巡検先への移動はすべて地下鉄でおこなっ
職員の皆さんに感謝申し上げたい。
た。30人を引率しての移動はたいへんだったが、ソウ
ルの町を実感するためには効果があった。
3 評価
ハードな内容をタイトな日程でこなした1年間で
C 高陽国際高校訪問
あった。盛りだくさんの企画に対し、生徒たちがつい
韓国巡検の最終日、高陽国際高校を訪問した。この
てくることができるかが心配されたが、一人の脱落者
日は授業日であったにもかかわらず、特別に日本語選
を出すこともなく、無事に終了することができた。教
択の生徒たちが授業から抜け出して集まり、歓迎会を
員側の期待以上に、生徒たちはいろいろなことに気づ
催してくれた。中央に舞台のあるホールを使い、映像
いてくれ、初年度としては大成功であったと思う。
による学校紹介のあと、ダンス部の演技やテコンドー
1年間、ゼミに参加した生徒たちに、それぞれの活
の演武などを鑑賞し、その後、生徒は一人ずつに分か
動に対して5段階で評価を求めた。以下はその結果で
れ、韓国人3∼4人とグループを組んでそれぞれで
ある。
ゲームなどを楽しんだ。最後は校庭で記念写真を撮
(1)ゼミ
(講義+討論会)
4.6
(2)教養講座
(格差社会)
4.1
韓国巡検に対する生徒の反応は次のとおりである。
(企業の社会的責任)
4.3
「英語力のなさを痛感した。短時間に15の質問を話し
(日韓関係)
4.4
(3)大阪巡検
(生野コリアタウン+講演)
4.4
(大阪人権博物館)
3.6
「韓国の高校生の視点での意見を聞くことができ、互
(国立民族学博物館+講演)
4.0
いの誤解がわかったりした」
(4)東京巡検
(アジア経済研究所)
4.3
(企業訪問)
3.8
になったことで根と根のつき合いという感じだった」
(5)韓国巡検
(交流会・意見交換会)
4.7
「訪問先はどこも充実しており、SGHに参加しなけれ
(フィ−ルドワーク)
4.9
(西大門刑務所歴史館)
4.3
人の相互の思考の食い違いも解消されると思う」
(サムスンディライト)
3.6
「実際に会って生の声を聞くことの重要性を実感し
(国立中央博物館)
4.1
た。韓国には悪いイメージを持っていたが、この交流
(戦争記念館)
4.6
(高麗大学)
3.9
り、フィールドワークを共にした子たちと名残を惜し
んで別れた。
合うのはたいへんだった。しかし、その短時間で大き
なものを得られたのも事実で、是非来年もやってほし
いと思う」
「意見交換会で議論できたのももちろんよかったが、
フィールドワークを通して友だちのように話せるよう
ば得られないものをたくさん得られた」
「このような交流会を大規模にやれば、日本人と韓国
を通じてもっと韓国を知りたいと思ったし、話がした
いと感じた」
「西大門刑務所では、日本のおこなった行為を韓国が
具体的な生徒の評価は、「SGHゼミに参加して」を参
どのように考えているのかが少しだけ見えた気がし
照していただきたい。
た。戦争記念館でも日本との展示の差を感じた。日本
−11−
(服部 誠)