ラット糖尿病性肝傷害に対する灸療法の効果の研究 Structural and

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2000.11.1
特別投稿
ラット糖尿病性肝傷害に対する灸療法の効果の研究
―特にその超微形態学的、形態計測的研究を中心に―
中井さち子1・2・3)
渡 仲三2・3)
尾上 孝利4)
1)神戸東洋医療学院 2)名古屋市立大学医学部
3)中和医療専門学校 4)大阪歯科大学細菌学教室
Structural and Morphometric Studies of the Curative Effects of
Moxibustion Treatments for Diabetic Hepatic Injuries Following
Administration of Streptozotocin
Sachiko NAKAI1・2・3)
Nakazo WATARI2・3), Takatoshi ONOE4)
1) Kobe Toyo Med. Sch.
2) Nagoya City Univ. Med. Sch.
3) Chuwa Vocational College of Oriental Med.
4) Dept. of Bacteriol., Osaka Dental Univ.
A b s t r a c t
To analyze the curative effects of moxibustion for rat diabetic hepatic injuries caused by the administration of
steptozotocin (STZ), the authors designed ultrastructural studies using light microscopy, transmission electron
microscopy and image processing.
Wistar male rats (44 animals) were divided into 4 groups. The first group (10 animals) was used as the control.
The second group (14 animals) was a diabetic group injected I.P. with 50 mg/kg BW of STZ on the first
experimental day. The third and fourth groups (10 animals each) were the curative groups, which were given
moxibustion treatments of 5 half-rice grains of moxa, three times a week following STZ administration. Used
acupoints were Tian Men (3rd group) and Tian Ping (4th group) according to the animal acupoint chart.
First, light and electron microscopices were used to observe, the hepatic parenchymal cells, and light and electron
micrographs were obtained. The electron micrographs were used to analyze the distribution of glycogen granules
including its glycogen areas, fat droplets and autophagic vacuoles using an image processing method.
The results were as follows: Normal control hepatocytes contained moderate volumes of glycogen areas and
glycogen granules, but a few hepatocytes were without fat droplets or autophagic vacuoles. On the other hand, the
hepatocytes, that had been treated with only STZ, were injured, and contained a number of fat droplets and
autophagic vacuoles, but glycogen areas and glycogen granules had decreased. The hepatocytes of the rats treated
with both STZ and moxibustion recovered to their normal state, suggesting that moxibustion treatment had curative
effects for the rat hepatic dabetic injuries caused by the administration of STZ.
Key words: moxibustion, liver, streptozotocin (STZ), electron microscopy, diabetes mellitus
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中井さち子、他
Ⅰ.はじめに 東洋医学の鍼灸療法は、極めて優れており、最
全日本鍼灸学会雑誌50巻4号
149.9±9.9℃)を毎回5壮ずつ、週3回の割で計12
回行った。
近、脚光を浴びていることは周知の事実である。
動物は、STZ投与1カ月後にエーテル麻酔下に処
日本でもこの東洋医学は伝統医学として古くから、
理して、すみやかに、肝組織を採取、光学顕微鏡
国民の医療の主流として、その健康管理に当たっ
的(光顕的と略す)ならびに電子顕微鏡的(電顕
て来たのであるが、明治維新の際、医療の主流か
的と略す)に処理して、光顕的ならびに電顕的に
ら外れ、例えば、鍼灸は医療類似行為とされ、ま
観察し、その試料をもとにして、形態計測や統計
た漢方は、民間療法として、細々ながらその命脈
処理を行った7-8),13)。
を保って来た。東洋医学が医療の主流から外れた
組織試料の採取に当たっては、人工産物の出現
1つの原因は、これが科学性に乏しく、実証的裏
をさけるために可急的速やかに処理すると共に、
付が少ないとされていたためである。著者らは動
その後の形態計測、統計処理を実施する関係上、
物実験を介してこの東洋医学の鍼灸の優れた効果
サンプリングには細心の注意をはらった12)。
について実証すべく、今回ラットに糖尿病発症薬
であるストレプトゾトシン1-6)を投与して糖尿病
を発症せしめると共に、この動物に灸療法を施し
A.電顕的試料作製法
電顕試料用としては、肝臓組織の数カ所から、
て、この糖尿病性肝傷害が修復されるか否かにつ
約1㎜3ほどの大きさの小片を動物1個体から20個ほ
いて、超微形態学的、形態計測的7-8)に証明しよ
どを採取して、これを四酸化オスミュウム(最終
うと試み、好結果を得たのでここに報告する次第
濃度2%)とグルタルアルデヒド(最終濃度2.5%)
である。
(0.1M リン酸緩衝液pH7.4で希釈)との混合液に
Ⅱ.材料と研究方法
本実験には、ウイスター系雄性ラット(初期体
重約100g、44匹)を用い、これを4群に分けて実
験を行った。第1群は対照群(10匹)とし、無処
置のまま飼育した。第2群はSTZ単独投与群(肝
傷 害 群 )( 1 4 匹 ) で 、 ス ト レ プ ト ゾ ト シ ン
(streptozotocin、STZと略す)1∼6)を50㎎/㎏体重
の割に実験第1日目に1回、生理的食塩水に溶解し
て腹腔内に注射した。第3、4群は施灸群(各10
匹)で、第2群と同様に、STZを実験第1日目に投
与して糖尿病を発症せしめると共に、灸療法を施
したが、STZの注射によって、糖尿病が発症した
と思われる約8時間後(血糖値はSTZの投与後、ま
ず下降し、やがて継続的に、高血糖を示す時期)
2.3)に第1回の施灸を行った。使用した経穴は、第
3群(天門穴施灸群)では頭頂部の天門穴(TianMen)10.11)(ヒトの百会に相当し、両側の耳尖を
結ぶ線と、正中線との交点)(図1上)に、第4群
(天平穴施灸群)では腰背部の最下位胸椎と第1腰
椎との間の正中線上の天平穴(Tian-Ping) 10.11)
(図1下)にそれぞれ、半米粒大の艾(重さ約1㎎、
底面積約0.78㎜2、高さ約3㎜、空中最高燃焼温度
図1. ラットに施灸している写真
上:天門穴に施灸(矢印)、下:天平穴に施灸(矢印)を
行っているところ
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肝組織を出来るだけ元の形を保つように、可能な
限り多く採取し、常法に従い、H-E(ヘマトキシ
リン-エオシン)染色標本を作製し、鏡検した。
図2の光顕写真については、約5μm厚に光顕用
ミクロトームで薄切し、H-E染色を施した後、写
真撮影した。写真撮影には、オリンパス製RM-30
全自動顕微鏡写真撮影装置にて、直接倍率25倍、
50倍および100倍で撮影し、必要に応じて拡大写
真とした。
C.デジタル画像計測法
肝細胞の細胞小器官や封入体の形態変化を数値
化する目的で、デジタル画像計測法7)を試みた。
画像計測法のフローチャートはTable1に示す。
デジタル画像計測は、高速画像処理解析装置ル
ーゼックスFT(ニレコ)と制御管理コンピュータ
パワーマッキントッシュを用いて行った。
計測用には、2000倍で撮影した電顕フイルムか
ら縦方向(毛細胆管側を細胞先端側、類洞側を細
図2. 光学顕微鏡で見た各実験群の肝臓所見
対照群(a)、STZ単独投与群(b)、天門穴施灸群(c)およ
び天平穴施灸群(d)の肝細胞の変化。対照群(a)では一
般にやや暗調性の肝細胞が多い。STZ単独投与群(b)では
暗調細胞は少ないものの脂肪滴が多い(矢印)。施灸群
(c,d)では暗調細胞は増加するもののグリコーゲンエリア
が拡大(矢印)
。写真倍率(a:b:c:d:×72)
胞基底側として)にほぼ中央で切断された細胞を
選び、さらに、核が明瞭で核膜も鮮明なものを2.3
倍に拡大し焼き付けて、各群とも47枚ずつ使用し
た。
電顕写真は、スキャナーで画像解析装置に入力
した。原画像から、ミトコンドリア(糸粒体)
、グ
リコーゲン顆粒、グリコーゲンエリア(グリコー
て、4℃ で2時間固定し、アセトン系列で脱水後、
ゲン野)、ライソゾーム、脂肪滴を分類して、ミ
エポン812に包埋した6)。この包埋した肝組織は、
トコンドリアを除去後、各々計測した。形態計測
ダイヤモンドナイフを装着した超ミクロトーム
の場合、測定画面に拡大しうる肝細胞の大きさに
(ウルトラカット・ライヘルト)で70∼80nm厚に
は限度があり、これが決定するとグリコーゲン顆
薄切し、その超薄切片は、コロジオン膜を張った
粒の最小単位がきまり、これに基づいて、最小分
銅製200メッシュに貼付し、酢酸ウランとクエン
解能を30nmに設定した。画像解析装置の画素は横
酸鉛水溶液で二重電子染色した後、透過電子顕微
1260×縦1024の範囲とした。各組織のパラメータ
鏡(日本電子製JEM100CX、加速電圧 80kv、日立
ーについては、グリコーゲン顆粒の場合は最小
製H7000、加速電圧 75kv)で観察、写真撮影し
30nm以上の凝集体の平均径、各面積、平均粒径
た。写真撮影の部位については、銅製200メッシ
を求め、グリコーゲンエリアでは、120nm円範囲
ュに、肝超薄切片を4枚程度貼り、メッシュの孔
内に近接するグリコーゲン顆粒のグルーピングさ
をくまなく観察して肝組織の見える部分を1,000∼
れた面積を計測し、脂肪滴とライソゾームについ
20,000倍程度の拡大で写真撮影した。
ても同様に、核を除いた細胞質に対する各々の面
積率を求めた。また、入力した原画像を必要に応
B.光顕的試料作製法
光顕試料用には、電顕試料用に採取した残りの
じて、コントラストを高めるために、画像改善し、
シュウディングを用いて黒色に対する二値化像
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(閾値の設定)を作成し、作成した二値化像と原
画像とをよく対応させながら、目的部位の二値化
像が得られるように補正し、計測範囲を決定した。
D.統計処理方法
各群から得られたデーターの統計的検討は、血
糖値、肝細胞断面積(核面積は除く)に対するグ
リコーゲンエリアの面積、グリコーゲンのα顆粒、
β顆粒の数とその面積9)、細胞傷害部(ライソゾ
ーム)と、脂肪滴の面積について、その平均値±
標準誤差(mean±S.E.)で表し、一元配置の分散
分析12,13)により有意差を確認後、Scheffe法によ
る多重比較検定13)を行った。使用したソフトは、
Microsoft Excel(Microsoft Corp.)で表計算、平均
値、標準偏差、標準誤差を計算、Statview 4.2J
(Abacus Concepts, Inc.)で統計解析、Delta Graph
PRO3(Delta Point,Inc.)にてグラフ作成を行なっ
た。
Ⅲ.結果 A.実験動物の一般的所見及び尿糖値、血糖値の
変化
本実験においては、STZ単独投与群で最も体重
ののびが悪かった。実験中常に動物を注意深く観
察したが、STZ単独投与群の約80%で、実験3週頃
から、毛並みの光沢が失われ、黄色傾向を示し、
また大半の動物が下痢傾向を示した。また一般に
動作も他の群に比べて緩慢の傾向を示した。一方、
第3・4群の施灸群では体重も対照群に劣らず増加
し、毛並みも良好で、ほぼ対照群に近い健康状態
を示した。
尿糖については、対照群の尿糖値は、第3週目
に10例中2例が尿糖痕跡(10∼30㎎/ê)、第4週
目では3例が痕跡(10㎎/ê)を示したが、他は
すべて陰性であった。STZ単独投与群では、第2週
Table.1.デジタル画像計測法
(Morphometry by digital image processor.)
目から尿糖値の急激な上昇が見られた。すなわち、
第1週目では、すべて陰性であったが、第2週目に
は、14匹中4例が1,000㎎/êの高値を示し、第4週
目には、1匹が死亡し、残りの13匹中9匹において、
1,000㎎/êの高尿糖値を示した。一方、天門穴施
灸群では、第2週目に高尿糖値を示したものもあ
ったが、第3週目に至って10例中6例が陰性を示し、
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図3. ラット肝臓の超微形態写真
a:対照群、b:STZ単独投与群、c:天門穴施灸群、d:天平穴施灸群。対照群(a)では肝細胞が超微形態学的にはグリコー
ゲン野以外は、一般に明るく核(N)も球形に近く、核小体も大きい。矢印:毛細胆管。一方、STZ単独投与群(b)では、
核(N)もピクノーシスをおこしているものが多く、細胞質内に目立つのは大小の脂肪滴(F)である。K:Kupffer星細胞。
他方、施灸群では、ほぼ対照群に近い肝細胞を示し、核(N)は球形で染色質も散在性である(c)。天平穴施灸群(d)の肝
細胞中の暗調に見える多数の小体は糸粒体。写真倍率(a:×3700),(b:×2300),(c:×3700),(d:×3900)
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第4週目では5例が陰性を示した。また天平穴施灸
能の変化によるが、明調細胞は一般にグリコー
群では、第3週目には10例中1例のみ尿糖が陰性で
ゲン顆粒が多く、核も球形を呈し、核小体も大
あったが、第4週目には10例中7例が陰性を示した。
きい(図3a)。対照群の肝臓では光顕的にはや
屠殺時の血糖値を比較すると、対照群では155±
や細胞質の暗い細胞が多かったが、電顕的には
5.3㎎/êを示したのに対し、STZ単独投与群で
暗調細胞は比較的少ない。明調細胞をさらに詳
は、370±47㎎/êと2倍以上の高値を示した。一
しく観察すると、核は染色質が分散して明るく
方、施灸群の天門穴施灸群では、222±30㎎/ê、
形も球形を呈することが多い。細胞によって2
また天平穴施灸群では256±47㎎/êといずれも
核細胞も認められる。核小体は中等度の大きさ
STZ単独投与群に比べ低値を示し、対照群に近づ
を示す。細胞質内には、グリコーゲン顆粒の少
く値を示した。また、対照群、天門穴施灸群およ
ない肝細胞では粗面小胞体が目立って良く発達
び天平穴施灸群の間にはいずれも有意差が見られ
し、蛋白合成の高いことを示している。また、
ず、他方、対照群とSTZ単独投与群との間には明
糸粒体は小葉の部位によって異なるが一般に円
らかな有意差(p<0.05)が見られた。
形ないし、短かん状形が多く、クリスタの配列
も良い。グリコーゲンは細胞質内にいわゆるグ
B.肝臓の形態学的所見
リコーゲエリアを形成して分布している。対照
1.肝臓の光学顕微鏡的所見
群では脂肪滴の量は少ないが、時に、大小の脂
光顕的にラット肝臓を観察したところ、小葉
肪滴が認められる場合もある。ゴルジ装置の発
構造はあまりはっきりしないが、対照群におい
達は中等度で、いわゆるperibiliary dense bodies
ては肝細胞索は明瞭に認められた。部位によっ
(胆汁成分を形成するといわれる一次ライソゾ
て異なるが、対照群では暗調細胞が多く、肝細
ーム)14)は少ない。
胞内に脂肪滴は少ない(図2a)。一方、STZ単独
b.STZ単独投与群の肝臓の変化の超微形態
投与群では、暗調細胞と明調細胞との区別がは
っきりすると共に、肝細胞内に大小の多数の脂
肪滴が目立つ(図2b)。これに反し、施灸群で
STZ投与によって動物は糖尿病性肝傷害を惹
起するため8)、多くの形態変化が認められた。
電顕で観察すると、肝細胞は、一般に明調細
は天門穴施灸群(図2c)、天平穴施灸群(図2d)
胞と暗調細胞が認められる(図3b)。細胞傷害
共に、再び暗調細胞が多くなると共に、目立つ
のためか、小葉構造が乱れて認められた。肝細
のは肝細胞の脂肪滴が対照群に近く減少してい
胞の核もやや輪郭が不整形のものが多く、ピク
ることである。一方、グリコーゲンエリアは対
ノーシスを示す核も見られ(図3b)、染色質も
照群に比べSTZ単独投与群では減少し、施灸群
多少異染色質を示すものが多く認められた。核
では再び増加して認められた(図2c)。STZ単独
小体は対照群に比べてやや小さい。
投与群で暗調細胞と明調細胞の区別がはっきり
細胞小器官を観察すると、糸粒体の形は球形
したのは、細胞の機能が細胞によって異なり、
ないしかん状形であるが、クリスタの乱れが目
特に肝細胞のSTZによる傷害が影響しているも
立ち、全般に腫大、膨化したものが多い。また
のと思われる。
出現した脂肪滴に接着して、これを分解してエ
2.肝臓の超微形態学的所見
a.対照群ラット肝臓の超微形態
ラット肝臓は、ヒトと同様にいわゆる肝小葉
ネルギー源とする所見がしばしば認められた
(図4a)。ゴルジ装置は全般に萎縮し、粗面小胞
体も減少の傾向を示した。細胞封入物としては、
に分かれているが、小葉間結合組織は一般に少
グリコーゲン顆粒がSTZによって減少し、脂肪
なく判然としない。
滴や細胞傷害による二次ライソゾームの出現が
肝細胞は固定にもよるが、細胞質の明るい明
目立った(図4b)。また、グリコーゲン顆粒の
調細胞と、細胞質が暗い暗調細胞とがある。こ
減少に伴い、グリコーゲンエリアも縮小して認
の両者の相違は固定条件にもより、また細胞機
められた。また、グリコーゲンエリアは、存在
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図4. STZ単独投与群の肝細胞の強拡大写真
a:出現した脂肪滴(F)に糸粒体(M)が接着してこれを分解・処理する所見。b:STZ単独投与群の肝細胞に出現した二次
ライソゾーム(矢印)
。c:STZ単独投与群の肝臓で認められたアポトーシス細胞(AP)
。核は染色質が溶解して核膜に近く偏
在している(矢印)。d:STZ単独投与の肝細胞。活性化したKupffer星細胞(K)の細胞質内に貪食されたアポトーシス細胞
(AP)が認められる。矢印は染色質の沈澱。写真倍率(a:×14000),(b:×4000),(c:×2700),(d:×5200)
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図5. 画像処理法によって、肝細胞内封入物のうち、
グリコーゲンエリア(緑色)
、
グリコーゲン顆粒(赤色)を染め分けた標本
いずれも天門穴施灸群の肝細胞。a:グリコーゲンエリア
のみ染色(緑色)
、b:グリコーゲン顆粒のみ染色(赤色)、
c:両者を同時に染色、d:cの肝細胞の中の囲みの部分
の強拡大(緑色:グリコーゲンエリア、赤色:グリコーゲ
ン顆粒)
。写真倍率(a:b:c:×3200),(d:×25000)
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図6. 画像処理法によって、各実験群の肝細胞内の
グリコーゲンエリアを緑色に染め分けた標本
a:対照群、b:STZ単独投与群(グリコーゲンエリアが
減少)、c:天門穴施灸群(グリコーゲンエリアが多い)、
d:天平穴施灸群(同じくグリコーゲンエリアが増加)。写
真倍率(a:b:c:×3200),(d:×3900)
するものの、グリコーゲン顆粒が溶解して消失
によって、対照群に近く修復せらせた所見が認
した部分も認められた。一方、脂肪滴は大小不
められた。肝細胞の核はほぼ球形を呈し、染色
揃いで、しばしば巨大なものが認められた(図
質も異染色質が減少の傾向を示した(図3c)。
3b)。脂肪滴の出現は細胞基底側すなわち類洞
細胞小器官である糸粒体も膨化したものは見ら
側に多く出現する傾向を示した。
れない。また粗面小胞体も増加の傾向を示し、
さらに、興味ある所見は、アポトーシスとい
われる細胞死が時に小葉内に認められ(図4c)、
これが、類洞内のKupffer星細胞に貪食されて認
ゴルジ装置も拡大傾向を示した。
細胞封入物もグリコーゲン顆粒は増加し、逆
に脂肪滴は減少した(図3c,d)。ライソゾームの
められたことである。肥大したKupffer星細胞の
うち、二次ライソゾームは減少傾向を示した
中に、アポトーシスを起こして縮小した細胞が
(図3c,d)。施灸群では肝細胞のアポトーシスは
しばしば認められた(図4d)。その様な被貪食
まれにしか認められなかった。
細胞の核は典型的に、染色質が分離して偏在す
る所見を示した(図4c,d)。
c.施灸群の肝臓の変化の超微形態
天門穴施灸群、天平穴施灸群とも大差無く、
いずれもSTZによって傷害された肝細胞が施灸
C.画像解析による計測結果
上記の観察を裏付けるために、画像解析を実施
した。すなわち、画像解析的に計測すればグラフ
に表現することが出来、また数値を統計処理する
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ことによって、有意の差を求めることも出来るの
かではないが、30nm毎に分級点を設け、細胞質
でメリットがあり、本研究においてこれを実施し
に対するグリコーゲン顆粒の総面積率を測定し
た。ここでは、肝細胞の細胞質に対するグリコー
た。粗面小胞体およびその表面のリボゾームは、
ゲンエリア(図5a)、グリコーゲン顆粒(図5b)、
位置的にグリコーゲンエリアとは異なり区別さ
脂肪滴およびライソゾーム(自家食胞などの細胞
れる8.9)。さらに遊離のリボゾームについては手
壊死を含む)の占める面積を画像解析法7,8)の粒
動的に除外した。図8はグリコーゲン顆粒の計
子化法を応用し、形態計測を行った(図7,8,9)。
測結果を示したもので、STZ単独投与群(1.02±
1.グリコーゲンエリアの形態計測結果
0.23%)で最も少なく、対照群(11.97±1.15%)
グリコーゲンエリアは、グリコーゲン顆粒の
で最も多い。また、施灸群では、天平穴施灸群
分布する領域のことで、この領域に分布するグ
(8.56±1.09%)はほぼ正常に近いが、天門穴施
リコーゲン顆粒の内、最も周辺に分布する顆粒
灸群(5.32±0.49%)では回復が弱く、対照群
をたどって計測して行けばほぼグリコーゲンエ
と天平穴施灸群の中間値を示した。しかし、有
リアの分布が測定出来る。今回形態計測に関し
意の差は対照群とSTZ単独投与群の間(p<
ては、デジタル画像計測法で述べたように、形
0.001)、天門穴施灸群とSTZ単独投与群の間
態計測の測定画面に肝細胞のほぼ全体が入力し
(p<0.01)、および天平穴施灸群とSTZ単独投与
うる条件において、グリコーゲン顆粒の最小単
位から最小分解能を30nmに設定した。その場
群の間(p<0.001)で認められた(図7)。
3.脂肪滴の形態計測結果
合、グリコーゲン凝集エリアは、グリコーゲン
肝細胞の細胞質内に占める脂肪滴の量をまと
顆粒(30nmを基本)に対して120nm(半径)円
めたグラフを図8に示す。脂肪滴の量は対照群
範囲内に存在する1つのグルーピングとして計
では、0.84±0.11%で極めて少ないのに反し、
測した。この結果、図7に示す如く、グリコー
STZ単独投与群では3.36±0.60%と増量して認
ゲンエリアは対照群において最も多く(26.08±
められた。一方、施灸群では、天平穴施灸群の
1.77%)、STZ単独投与群で最も少なかった
1.92±0.32%はSTZ単独投与群に比べ、約1/2に
(2.60±0.65%)。そしてこの両者の間には統計
減少したのに反し、天門穴施灸群では1.23±
的に有意の差(p<0.001)が認められた。一方、
0.17%と対照群に近く減少した。STZ単独投与
施灸群では第3群の天門穴施灸群および第4群の
群の脂肪量は、対照群および施灸群に対してい
天平穴施灸群では共にグリコーゲンエリアの拡
ずれも有意の差が認められた(図8)。
大が認められたが、天平穴施灸群のほうが回復
力は良く、対照群に近かった(天門穴施灸群:
4.ライソゾームの形態計測結果
肝細胞には本来、胆汁成分を含むといわれる
14.53±1.31%、天平穴施灸群:17.32±1.50%)。
一次ライソゾームが存在するが、二次ライソゾ
両者共、対照群の値には達しなかったが、いず
ームは一般に少なく、薬物代謝に携わるような
れもSTZ単独投与群に対しては有意の差(p<
時に出現する。すなわち、一旦毒物などを投与
0.001)が認められた(図7)。
すると、細胞の部分壊死が発生して二次ライソ
2.グリコーゲン顆粒の形態計測結果
ゾームが形成される(図4b)。本実験において
グリコーゲン顆粒はα、β、γのそれぞれの
も図9に示す如く、STZ単独投与群では、1.51±
粒子からなるといわれ9)、α粒子>β粒子>γ
0.28%とかなりの量のライソゾームが出現した
粒子の関係にあり、γ粒子(径約3×20nm)が
が、他の対照群、天門穴施灸群および天平穴施
集まってβ粒子(径約30nm)を形成し、β粒子
灸群ではいずれもライソゾーム量は少なかった。
が集まってα粒子(径不定)を形成すると言わ
すなわち、施灸によって第3群(天門穴施灸群、
れている。この結果、グリコーゲン顆粒は、最
0.24±0.04%)および第4群(天平穴施灸群、
小30nm以上の凝集体の直径および900nm2以上
0.16±0.02%)ではいずれもライソゾーム量は
の面積を測定した。α、β、γ粒子の区別は定
対照群値(0.12±0.02%)に接近している。す
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図7. 画像計測によって得られたデータのうち、各実験群の肝細胞内のグリコーゲンエリア(格子柄)と
グリコーゲン顆粒(黒色)の細胞質に対する面積率(%)を併列して表したグラフ
天門穴:Tian-Men(T.M.)
、天平穴:Tian-Ping(T.P.)
図8. 画像計測法によって得られた各実験群の肝細胞の中の脂肪滴の細胞質に対する面積率(%)を表したグラフ
白色 :対照群、縦縞:天門穴施灸群、斜線:天平穴施灸群、粒子模様:STZ単独投与群。天門穴:Tian-Men(T.M.)、天平
穴:Tian-Ping(T.P.)
図9. 画像計測法によって得られた各実験群の肝細胞内に出現したライソゾームの細胞質に対する面積率(%)をまとめたもの
白色:対照群、縦縞:天門穴施灸群、斜線:天平穴施灸群、粒子模様:STZ単独投与群。天門穴:Tian-Men(T.M.)、天平
穴:Tian-Ping(T.P.)
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特別投稿
なわち、STZによる細胞傷害が施灸によって治
の作用があり、その投与量によって、各種の糖尿
癒したことを示す(図9)。
病状態を惹起せしめるといわれている1)。本実験
でのSTZの投与量は50㎎/㎏体重で、この量は、
Ⅳ.考察 LD50の量が137.7㎎/㎏体重なので1)、その約1/3の
本実験においては、雄性ラットを実験動物とし
投与量となる。STZを投与すると、1∼2時間後に
て、これに、ストレプトゾトシン(streptozotocin、
は病理組織学的に、膵島β細胞が破壊され、24時
STZと略す)1)という毒物を投与して糖尿病を発
間後にはほとんどすべてのβ細胞の破壊が認めら
症せしめると共に、この動物に施灸し、この灸療
れ、恒久的な糖尿病状態になる1)。ラットの膵臓
法が糖尿病性肝傷害に対して有効に働くか否かを
の変化についてはすでに報告したが12)、今回は肝
検索した。その結果、STZ糖尿病性肝傷害に対し
組織について、STZによる変化を追求した。そし
て灸療法が有効であることを示唆する所見が得ら
て、STZによって肝細胞はかなりの傷害を受け、
れた。特に本実験においては、肝組織を通常の光
光顕ならびに電顕による単純形態学的にも強い脂
顕ならびに電顕で観察してその変化を追求すると
肪浸潤が認められ、肝細胞内に大小の脂肪滴が出
共に、さらに一部の電顕写真については、肝細胞
現した(図2b,図4a)。また、肝細胞がエネルギー
の封入物の形態的増減を数値化するために、デジ
源として貯蔵しているグリコーゲン顆粒は、その
タル画像計測法で計測し7,8)、さらにこの数値に対
グリコーゲンエリアと共に減少し、細胞のエネル
して、統計学的検討を行った。その結果、光顕的
ギーロスが明らかに認められた。このSTZによる
ならびに電顕的にSTZによる肝傷害、施灸による
グリコーゲン顆粒やそのエリアの減少は(図7)、
肝細胞の修復効果などの形態変化が明瞭に裏付け
糖尿病状態になって血糖値が上昇し、尿糖として
られる結果を得た(図2,3,4)。以下、それらの所
排出されるため、血液の糖質を補給するために肝
見の内、主な項目について考察を試みたい。
細胞のグリコーゲンが血中に放出されたものと理
解される。古くから、肝細胞においては、グリコ
A.STZによる肝傷害について
ーゲン量と脂肪量とは、相反すると言われており
STZは、カビの一種のStreptomyces achromogenes
14)、本実験においても図7のグリコーゲンエリア
から得られた抗生物質であるが、発見当初からそ
(グリコーゲン量)と図8の脂肪量を見比べると明
の有効性に疑問があり、さらに毒性が強いという
らかに反比例関係にある。さらに、図4aに示した
ことから、人体に対して使用禁止となり、実験動
ように、出現した脂肪滴に対して、糸粒体が接近
物のみに使用が許されている薬剤である1)。STZ
して、これを分解してエネルギー源とする所見が
は動物に対して強い糖尿病発症作用のあることが
ある。すなわち、肝細胞はグリコーゲンが消耗し
知られている1、2)。古くはアロキサン3)が、動物
たため、代謝障害によって発生した脂肪滴を糸粒
の糖尿病発症薬として使用されていたが、最近で
体が分解して、エネルギー源として再利用するの
は、このSTZが広く動物に対する糖尿病発症薬と
である。この様な所見は種々の実験条件下で認め
して使用されている。STZの化学構造は、2-deoxy-
られている14)。
2-(3-methyl-3-nitrosourea)-1-d-glucopyranose
さらに、STZは細胞毒でもあり、この投与によ
(α+β)で、2-deoxyglucose(glucosamine)のN-
って肝細胞に部分壊死ないし、細胞の全体死がし
nitroso-N-methylureaの部分が、膵島ランゲルハン
ばしば認められたが、特に興味のある所見は実質
ス島のインスリン分泌細胞であるβ細胞内のNAD
細胞のアポトーシス(apoptosis)の出現である
(nicotinamide adenine dianucleotide)(補酵素で多
12,15)
(図4c,d)。すなわち、類洞内のactivateされ
くの酵素反応に関与)レベルを減少させ、細胞破
たKupffer星細胞の細胞質内に、アポトーシスを起
壊を引き起こす1)。
こした肝細胞と思われる細胞がしばしば貪食され
STZは多くの動物に糖尿病を発症せしめるが1,2)、
特にラットにおいては、容量反応(dose-response)
る所見が認められてた(図4d)。この様な所見は、
他の対照群では全く認められず、また天門穴施灸
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中井さち子、他
全日本鍼灸学会雑誌50巻4号
群および天平穴施灸群では、まれにこの様な所見
が増加したと思われる(図9)。また、超微形態学
が残留して認められたに過ぎない。
的所見の項でも述べたが、STZの投与によって肝
細胞のゴルジ装置は萎縮し、二次ライソゾームの
B.施灸による肝細胞の修復について
天門穴および天平穴に対する施灸によって、STZ
形成が多くなったこともこれこれを裏付けている
(図4b)。
による肝傷害がほとんど正常に近く修復された。
もちろん、単純な光顕ならびに電顕的所見におい
ても、その効果は明らかであるが(図2c,d)、細
C.施灸のSTZ糖尿病性肝傷害に対する作用機序
について 胞封入物の形態計測のグラフ(図7,8,9)を参照す
施灸は、古くから東洋医学の施術の1つで、ヒ
れば明らかなように、この変化が量的かつ可視的
トの病気の予防やその治療に応用され、その有効
に証明し得られたのである。すでに所見の項でも
性が認められて来た16)。しかし、糖尿病に対して
述べたが、ここでもう一度考察すれば、第一にグ
これが有効か否かについては、研究が極めて少な
リコーゲン顆粒の細胞質当たりの量と、またグリ
い。鈴木(1996)16)によれば、糖尿病はその進
コーゲンエリアの細胞質当たりの量もそれぞれ、
行に伴って、末梢神経が傷害されていろいろの症
対照群において最も多く、施灸群がこれにつぎ、
状が出るので、その症状をやわらげるために、し
STZ単独投与群が最も減少して認められ、STZ単
ばしば施灸が行われて来たという。また、2、3の
独投与群では、糖尿病の影響によって強いグリコ
糖尿病患者に、灸と鍼との併用療法を行ったとこ
ーゲンの消耗があり、一方、施灸によってこれが
ろ、全愁訴の改善が見られ、同時に血糖値も改善
ある程度回復したことが裏付けられた(図7)。こ
されたという。
れらの量の変化については、統計学的にもSTZ単
鍼灸の効果のメカニズムについては、いずれも
独投与群と対照群ないし施灸群との間には明らか
仮説の域を脱しないが、体表からの鍼や灸の機械
な有意の差が認められた。
的ないし温熱的刺激はいずれも、体表の経絡とい
また、脂肪滴の細胞質に対する増減および細胞
う東洋医学的経路を介して、中枢神経に伝達され、
傷害によって発生したライソゾームの量の増減に
さらにその情報が間脳などの自律神経中枢を介し
ついても、グリコーゲンとは逆に、対照群におい
て、自律神経の失調を調整して、内臓の機能失調
て少ないのに反し、STZ単独投与群では増加し、
や代謝障害を修復するのであろうといわれている。
一方、施灸群では天門穴施灸群、天平穴施灸群共
多くの学者が報告している体性|自律神経反射も
に減少の傾向を示し(図8,9)、STZによる細胞傷
この関連を説明しうる裏付けになろう。実際、渡
害が、施灸によって修復せられたことが証明され
ら17)の研究によれば、いわゆる経穴といわれる皮
た。もちろん、これらの量についても、STZ単独
膚の部分の皮下には、横走する多数の神経突起と、
投与群と、対照群ないし、施灸群との間には明ら
これを取り囲む多くの血管やリンパ管が走行して
かな有意の差が認められた。
おるといわれ、この部は電気が通り易く、これら
STZの投与によって動物は糖尿病を発症し1-3)、
の部位の機械的ないし熱的刺激は、東洋医学的な
血糖値も上昇し、尿糖も認められた。これらの代
これらの経穴・経絡を介して、刺激情報が中枢神
謝障害が肝細胞に影響して、肝臓の代謝系が崩れ
経へ伝達しやすく、これによって前記したように
て、肝細胞のグリコーゲン野およびグリコゲーン
自律神経系の失調が修復され、内臓の疾患や細胞
顆粒が減少し、一方、脂肪滴が出現したものと思
傷害が修復されるものとも解される。さらに、直
われる。また、前記したようにSTZは細胞毒であ
接的あるいは間接的に生体の免疫系が刺激されて、
り3,8,11)、肝細胞に直接反応して肝細胞傷害も発生
免疫力が増強され、いわゆる生体の自然治癒力が
したと考えられる。この結果、肝細胞の部分壊死
高まって、臓器失調が改善されるものと解される
が生じ、これに一次ライソゾームが加担して、こ
18)
。特に灸の場合には、皮膚の一部が火傷するこ
れを消化・分解して、最終的に二次ライソゾーム
とによって、熱ショック蛋白質(HSP)が発生し
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19)、その刺激によって、自律神経系が鼓舞され、
本研究のため、種々のご指導、ご助言、ご協力
また、免疫力が賦活されることが考えられる19,20)。
を賜った明治鍼灸大学(故)米沢猛学長をはじめ
最近、奥野ら(1994)21)はマウスに施灸して、そ
同大学諸教授、諸先生方、並びに同大学大学院生
の刺激が適量の場合には、明らかに免疫力が増強
新原寿志氏、大阪府立成人病センター 竹村光一
することを認めている。これは、われわれの本研
先生、(株)ニレコ 梅原喜文氏・田代孝仁郎氏
究の裏付けとなる重要な研究である。鍼灸の効果
ならびに名古屋市立大学 曽爾 彊教授、滋賀県
のメカニズムについては、さらに研究の余地はあ
庁畜産課 荒木敬之氏に厚く御礼申し上げます。
るものの、糖尿病性肝傷害に対し、施灸が有効で
あることが本研究によって証明されたといえよう。
引用文献
1)Rakieten N, Rakieten M, Nadkarni M. Studies
Ⅴ.結論
本実験では、ウイスター系雄性ラットにSTZを
投与して糖尿病性肝傷害を惹起せしめると共に、
これに灸療法を施して、肝組織を観察したところ、
on the diabetogenic action of streptozotocin.
(NSC-37917) Cancer Chemother Rep. 1963;
29:91-98.
2)Junod A, Lambert A E, Stauffacher W, Renold A
灸がSTZ糖尿病性肝傷害に対し有効に作用する
E. Diabctogenic action of streptozotocin :
ことが証明された。
Relationship of dose to metabolic response. J
(1)STZ単独投与によって、糖尿病が発症すると
Clin Invest. 1969;48:2129-39.
共に、肝組織も傷害を受け、特に肝細胞におい
3)八木橋操六.実験的糖尿病(薬剤処理).疾患
て細胞の機能低下と共に、グリコーゲン顆粒の
モデル動物ハンドブック(川俣順一・松下宏
減少、グリコーゲンエリアの縮小、脂肪滴の増
量などの他、細胞の部分壊死による二次ライソ
ゾームの増加が認められた。また、細胞の計画
編). 東京. 医歯薬出版. 1979:71-8.
4) 渡 仲三.糖尿病膵の形態学的研究.代謝
1992;29(臨時増刊号):254-263.
的死といわれるアポトーシス(apoptosis)によ
5)Schein P S, Loftus S. Streptozotocin : Depression
る特殊な細胞壊死が多数出現し、これが活性化
of mouse liver pyridine nucleotides. Cancer
したKupffer星細胞によって貪食される所見が認
Research. 1968;28:1501-6.
められた。
6)渡 仲三,馬渕良生,本多信彦,加藤博之.STZ
(2)一方、STZと共に灸治療を行った天門穴施灸
糖尿病膵に対するグリチルリチンの経口投与
群と天平穴施灸群では、両者で多少の差はある
による効果についての超微形態学的研究.和
ものの、いずれも、STZによる肝細胞の傷害が
漢医薬学会誌. 1990;7:448-9.
ほとんど正常に近く修復された。
7)Park P, Ohno T, Nishimura L S, Otani H,
(3)これらのSTZによる肝傷害に対する施灸効果
Kohmoto K. Temporary activation of cellular
については、形態計測とその後の統計処理によ
metabolism in susceptible Japanese pear leaves
って、STZによる肝傷害が、天門穴および天平
responding
穴の施灸によって修復せられたことが証明され、
morphometric studies). Ann Phytopath Soc
統計学的にもこれが裏付けられた。
to
Aktoxin
(ultrastructural
Japan. 1992;58:234-243.
(4)以上の所見の如く、STZによる糖尿病性肝傷
8)中井さち子,尾上孝利,竹村光一,梅原喜
害が、天門穴および天平穴の施灸によって修復
文,田代孝仁郎,曽爾 彊,渡 仲三.ラッ
せられ、施灸がSTZによる糖尿病性肝傷害に対
ト肝細胞におけるグリコーゲン,脂肪滴およ
し有効に働くことが超微形態学的、形態計測的
びライソゾームの画像計測法.医学・生物学
ならびに統計学的に証明された。
電子顕微鏡技術研会誌.1998;13(2):60-3.
9)渡 仲三,宮澤七郎監修.よくわかる立体組
謝辞
織学.東京.学際企画.1999;36-41.
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中井さち子、他
10) 于 船.穴位.中国獣医鍼灸学(中国畜牧獣
全日本鍼灸学会雑誌50巻4号
16) 鈴木育雄.糖尿病の鍼灸治療.医道の日本.
医学会編).北京.農業出版社 1984:116.133.
1996;55(6):20-27.
11)保坂虎重.灸すれば通ずー灸点直下の解決.
17) 渡 仲三,山下九三夫.経穴の形態学的研究.
臨床獣医.1993;11(1):39-45.
光顕ならびに電顕による形態学的研究.東洋医
12)中井さち子.ストレプトゾトシン誘発ラット
学を学ぶ人のために(高木健太郎,山村秀雄監
糖尿病膵傷害に対する灸の効果についての超
微形態学的、形態計測的研究.日本臨床電顕
修).東京.医学書院.1984:117-28.
18)宇都宮由美子.マウス移植腫瘍の増殖,転移お
学会誌.1996;29(1-2):33-67.
よび免疫能に及ぼす施灸刺激の影響について
13)吉村功.毒性・薬効データーの統計解析ー事
例研究によるアプローチ(吉村功著).東京.
の研究.明治鍼灸医学.1995;No.16:27-38.
19)小林和子.ストレスタンパク質について.明
(株)サイエンティスト社.1987:43-62.
治鍼灸医学.1994;No.15:1-7.
14)渡 仲三.各種実験条件下における細胞の変
20)矢野 忠.中枢及び末梢神経機能からみた鍼
化の超微形態的研究−特にCellular pathology
灸刺激の治療的作用について.お血研究.
の立場から−.J Clin Electron Microsc. 1979;
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21)奥野英子,篠原昭二,宇都宮由美子, 咲田雅一.
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京.東京大学出版会.1994:1-134.
マウス免疫能の灸刺激後の変化について.明
治鍼灸医学.1994;No.15:47-52.
要 旨
ラットにストレプトゾトシン(STZ)を投与して糖尿病性肝臓傷害を惹起せしめるとともに、これに
灸療法を施して、その治療効果を形態学的に証明するため、本実験を計画した。特に、電子顕微鏡で撮影
した肝臓組織の写真について画像計測を行い、肝細胞内のグリコーゲン野及びグリコーゲン顆粒の消長及
び、脂肪滴と二次ライソゾームの消長を統計学的に解析した。その結果、第1群の対照群に比べ、第2群の
STZ肝臓傷害群では、肝細胞のグリコーゲン野及びグリコーゲン顆粒が極度に減少し、また逆に、脂肪
滴と二次ライソゾームは肝細胞の傷害によって増量したのに反し、第3・4群の灸治療群においては、細胞
傷害が改善され、その結果、グリコーゲン野及びグリコーゲン顆粒は増量し、反面、脂肪滴と二次ライソ
ゾームは減少ないし消失した。すなわち、施灸がSTZによる糖尿病性肝臓傷害に対して修復効果のある
ことが、超微形態学的、形態計測的に証明された。
キーワード:ラット肝細胞、グリコーゲン顆粒、STZ(ストレプトゾトシン)、超微形態学、灸療法