PDFファイル - 東北大学大学院理学研究科数学専攻

デルペッツォ曲面の
モジュライ空間のコンパクト化と
ケーラーアインシュタイン計量
(Compactification of the moduli space of
del Pezzo surfaces and K¨ahler-Einstein metrics)
東北大学大学院 理学研究科 数学専攻 博士課程前期 2 年
森元裕太
iii
目次
序文
第1章
v
準備
1
1.1
線形系が誘導する有理写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1
1.2
代数的モジュライ空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
非特異 del Pezzo 曲面の分類
9
第2章
2.1
Grothendieck の定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
10
2.2
Castelnuovo-Enriques の判定法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
14
2.3
Hirzeburch 曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
17
2.4
Noether の補題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
21
2.5
有理曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
25
2.6
Castelnuovo-Enriques の定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
27
2.7
del Pezzo 曲面の分類 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
34
del Pezzo 曲面の反標準写像
41
3.1
3 次の del Pezzo 曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
46
3.2
4 次の del Pezzo 曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
54
3.3
2 次の del Pezzo 曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
57
3.4
1 次の del Pezzo 曲面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
61
第4章
KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
67
4.1
ケーラーアインシュタイン計量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
67
4.2
モジュライ空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
68
4.3
コンパクト化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
74
4.4
del Pezzo 曲面の極限 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
75
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
77
第3章
第5章
iv
目次
5.1
対角化可能な P4 内の (2,2) 完全交叉 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
79
5.2
GH 極限と対角化可能な 4 次 del Pezzo 曲面 . . . . . . . . . . . . . . .
82
5.3
Binary quintics . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
84
5.4
P 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
85
5.5
moduli 空間と KE 計量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
98
付録 A
A.1
参考文献
4
付録
101
GH 極限とフラット極限 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 101
109
v
序文
本修士論文は,KE 計量の存在問題に関する総合報告である.
定義 0.1. (M, ω) をコンパクトケーラー多様体とする.ケーラー計量 ω がケーラーアイ
ンシュタイン計量(以下 KE 計量と書く)であるとは,実定数 λ が存在して,
Ric(ω) = λω
(1)
を満たすときをいう.ここで,Ric(ω) は ω のリッチ形式である.
KE 計量の存在問題は,複素微分幾何学の主要な問題である.複素 1 次元の場合は解決
されている.このとき,KE 計量は定曲率計量であり,リーマン面の一意化定理により任
意のコンパクトリーマン面は定曲率計量を持つことから従う.複素 2 次元以上の場合も
解決済みである.式 (1) は偏微分方程式に書き換えることができ,計量の存在問題を解
析的に考察することができる.λ ≤ 0 の場合は,一般次元において,KE 計量の一意性
が Calabi(1950 年)により,存在性は 1978 年に Aubin[1],Yau[31] により独立に証明さ
れた.
λ > 0 を満たす多様体は Fano 多様体と同値である.射影代数多様体が Fano 多様体で
あるとは,その反標準束が豊富であるときをいう.この場合は,板東と満渕 [5] により,
KE 計量の自然な意味の一意性が示された.一方で,1950 年に松島 [22] によって存在の
ための障害が発見された.
定理 0.2 (松島’50[22]). (X, g) を Fano 多様体とする.このとき,(X, g) が KE 計量を持
つならば,X の正則自己同型群 Aut(X) は簡約である.
□
これにより,例えば P2 の 1 点,または,2 点ブローアップは KE 計量を持たないこと
がわかる.その後,二木 [12] により正則自己同型群の指標(二木不変量と呼ばれる)が定
義され,KE 計量を持つならば,その指標が恒等的に 0 になることが示された.
一般に,Fano 多様体上に KE 計量が存在するための簡潔な必要十分条件はまだ見つ
かっていない.しかし,2 次元の Fano 多様体(del Pezzo 曲面)においては,Tian[30]
によって,松島の障害定理の逆が成り立つことが示された.すなわち,正則自己同型群が
vi
序文
簡約であれば KE 計量を持つ.本修士論文の前半では del Pezzo 曲面の分類を行う.
定理 2.3 (del Pezzo 曲面の分類定理). 非特異な del Pezzo 曲面 は以下のいずれかに双
正則同値である:
• P2 ,
• P1 × P1 ,
• P2 の一般の位置にある 8 個以下の点におけるブローアップ.
□
反標準束 −K の自己交点数を del Pezzo 曲面の次数という.P2 の一般の位置にある
i 点ブローアップの次数は 9 − i である.P2 上の Fubini-Study 計量,及び,P1 × P1 上
の,Fubini-Study 計量の直積計量は KE 計量である.松島の障害定理から,7 次と 8 次の
del Pezzo 曲面は KE 計量を持たない.また,Tian の定理から,1 次から 6 次までの del
Pezzo 曲面はすべて KE 計量を持つ.以下,KE 計量を持つ del Pezzo 曲面を KE del
Pezzo 曲面と呼ぶ.
3 次元以上の KE 計量存在問題を考慮する上で,近年,KE 計量の存在と,幾何学的不
変式論(GIT)に由来する「安定性」との同値性が指摘されている.例えば次の予想が
ある:
予想 0.3 (Yau-Tian-Donaldson). X を Fano 多様体とする.このとき,X が KE 計量
を許容することと,X が K-polystable であることは同値である.
□
KE 計量存在問題は,特異点を持った Fano 多様体を含めて議論することで統一的な議
論ができる.特異点を持った Fano 多様体は,KE 計量をもつ非特異な Fano 多様体全体
のモジュライ空間の Gromov-Hausdorff 距離による多様体の極限として現れる.極限全
体の集合は,コンパクトかつ,Hausdorff 空間であり,モジュライ空間のコンパクト化
GH
である.これを M
と書く.Tian と Anderson により,非特異 KE del Pezzo 曲面の
Gromov-Hausdorff 極限は,高々 orbifold 特異点しか持たない KE del Pezzo 曲面 (KE
del Pezzo orbifold) であることが示されている.
一方,Yau-Tian-Donaldson 予想から,M
GH
の代数的な「アナロジー」が存在するこ
とが期待される.実際,4 次 del Pezzo 曲面では以下が成り立つ;
定理 5.5 (満渕,向井 ’90 [21]). M4
GH
を 4 次 del Pezzo 曲面のモジュライ空間の
Gromov-Hausdorff コンパクト化とする.このとき,コンパクト射影代数多様体 M4
ALG
と,自然な写像
D : M4
ALG
−→ M4
が存在し,D は連続かつ generic に 2 : 1 である.
GH
□
vii
本修士論文の後半では定理 5.5 の証明を与える.
KE del Pezzo orbifold に現れる特異点の種類は次のように制限される:
定理 4.21 [25]. d 次 KE del Pezzo orbifold に許容される特異点は高々以下のタイプで
ある:
d=4 のとき A1 .
d=3 のとき A1 , A2 .
d=2 のとき A1 , A2 , A3 , A4 , 14 (1, 1).
d=1 のとき Ai (1 ≤ i ≤ 10), D4 , 41 (1, 1), 18 (1, 3), 19 (1, 2).
□
この定理のように,次数が下がるごとに,悪い特異点が出現するため,解析が難しくな
る.満渕・向井の定理を 3 次以下の del Pezzo 曲面に一般化することは,最近になって
Y.Odaka, C.Spotti, S.Sun[25] によってなされた.以下,これについて説明する.
C.Spotti[27][28] は 2012 年,博士論文において,3 次 del Pezzo orbifold に関する研究
の報告を行った:(X0 , ω0 ) を通常二重点のみ持ち,正則自己同型群が離散である KE del
Pezzo orbifold とするとき,X0 の変形 (deformation)Xt は KE orbifold 計量 ωt をも
ち,(Xt , ωt ) は t → 0 で (X0 , ω0 ) に Gromov-Hausdorff 収束する.この主張を Cayley
cubic に適用することにより,A1 特異点を 2 個ないし,3 個持つような P3 内の 3 次曲面
(3 次 del Pezzo orbifold)で KE 計量をもつものが存在することが示された.また同年,
Y.Odaka, C.Spotti, S.Sun[25] により,3 次,2 次,1 次の del Pezzo 曲面について次が
証明された.
定理 0.4 (Y.Odaka, C.Spotti, S.Sun, 2012[25]). d = 1, 2, 3, 4 とする.MdGH を d 次 del
Pezzo 曲面のモジュライ空間の Gromov-Hausdorff コンパクト化とする.各 d に対して,
コンパクト代数空間 Md と自然な写像
Φd : MdGH −→ Md
が存在して,Φd は同相である.また,d ̸= 1 ならば,Md はコンパクト射影代数多様体で
ある.さらに,非特異 d 次 del Pezzo 曲面全体の集合は Md の Zariski 開集合である. □
これは,Tian[30] の結果である,1 次から 4 次までの del Pezzo 曲面はすべて KE 計量
を持つということを仮定せずに証明されているため,[30] の部分的な別解を与えている.
定理 0.4 が示されて以降,一般次元における予想 0.3 の解決に向けて,多くの研究がさ
れている.例えば,[29] では,C.Spotti[27][28] の主結果を拡張している;
定理 0.5 (C.Spotti, S. Sun, C. Yao.[29]). X0 を Q-Fano 多様体とする.π : X → ∆
を X0 の Q-Gorenstein smoothing とする.このとき,X0 が K-polystable であるなら
viii
序文
ば,X0 は KE 計量 ω0 を許容する.さらに,正則自己同型群 Aut(X0 ) が離散であれば,
十分小さい |t| に対して,Xt は非特異な KE 計量 ωt をもち,(Xt , ωt ) は (X0 , ω0 ) に
Gromov-Hausdorff 収束する.
□
各章のアウトライン
第 1 章では,この論文で用いる基本的な用語の定義を行う.また,代数曲面論や GIT
に関する基本的な定理を紹介する.第 1 節では [13],[3] を,第 2 節では [23] を主に参照
した.
第 2 章では,非特異 del Pezzo 曲面の分類を行う.分類の主張自体は有名ではあるが,
その証明を全て掲載している文献はあまり見受けられない.ここでは [10] や [3] を参考に
して,証明を与えた.
第 3 章では,Griffiths-Harris[13] や Koll´
ar[20] の本を参考にして,すべての次数の del
Pezzo 曲面の反標準写像を議論する.これにより,非特異代数曲面が del Pezzo 曲面であ
ることの必要十分条件を与える.
第 4 章では,Gromov-Hausdorff 距離の基本的な事項を,可能な限り証明をつけて紹介
する.そして,del Pezzo 曲面のモジュライ空間のコンパクト化を定義する.
第 5 章の前半では,4 次 KE del Pezzo orbifold の,安定性による分類を行い,モジュ
ライ空間の代数幾何的コンパクト化を定義する.後半は,モジュライ空間の 2 つのコン
パクト化が対応していることを証明する.この中の定理 5.7 の証明は付録として掲載して
いる.
ix
謝辞
まず本修士論文を書くにあたり,遠隔地にいながらもご指導をしていただいた,東京工
業大学の本多宣博先生には大変お世話になりました.数学に関して,ときには厳密に,と
きには感覚的な理解の両者とも重要であることを教えていただきました.また,私の将
来を見据え,論理的な文章の書き方の指導もしてくださいました.心より感謝しており
ます.
また,東北大学の石川昌治先生は,私が大学 4 年生であるときにセミナーの指導してい
ただきました.修士論文を書くにあたっては,先生の専門分野でないにもかかわらず,多
くのご指摘をしていただきました.学生を多く抱えるなかで,私への指導もしていただ
き,大変感謝しております.
また,東北大の中村聡君は,大学 2 年生のとき,私を自主的なセミナーに誘ってくれま
した.私の数学の基礎を作ることができました.ありがとうございます.
最後に,私をいつも支えてくれた両親,弟をはじめ,親戚,近所の方々,共に高めあえ
た同期のみんな,大学生活で知り合えた友人,親愛なる人に感謝の意を述べたいと思い
ます.
1
第1章
準備
1.1 線形系が誘導する有理写像
本題に入る前に,基本的な事項を定義しておく.
X をコンパクト複素多様体,L を X 上の直線束とする.σ ∈ H 0 (X, O(L)) \ {0} を L
の非零切断とする.このとき,σ の定める因子 (σ) は 0 でない定数による掛け算で不変で
ある.よって,σ, σ ′ に対して,関係 ∼ を
σ ∼ σ ′ :⇔ σ = cσ ′
for some nonzero const. c
で定義すると,これは同値関係である.この同値関係 ∼ で H 0 (X, O(L)) \ {0} を割るこ
とは,H 0 (X, O(L)) の射影化に相当する.また,
σ ∼ σ ′ ⇔ (σ) = (σ ′ )
だから,σ の同値類 [σ] と因子 (σ) は同一視される.この同一視の元で,σ ∈ H 0 (X, O(L))\
{0} の定める因子全体の集合を
|L| := P(H 0 (X, O(L)))
(1.1)
と定義し,|L| を L に付随する完備線形系という.また,部分空間 V ⊂ H 0 (X, O(L)) に
対して,同様に
|V | := P(V )
(1.2)
と定義して,|V | を V に付随する部分線形系という.(1.1), (1.2) をまとめて,線形系と
いう.
|V | を線形系とする.線形系 |V | の次元は自然に,
dim |V | := dim V − 1
(1.3)
2
第 1 章 準備
と定義する.特に,1 次元の線形系をペンシルという.
定義から,N 次元線形系は PN でパラメトライズされているので,|V | を線形系とす
ると,
|V | = {Dλ }λ∈PN
と書くことができる.ただし,各 Dλ は因子である.このとき,
∩
Dλ
λ∈PN
を底点集合といい,Bs|V | と書く.Bs|V | の要素を底点という.言い換えれば,
Bs|V | = {x ∈ X; σ(x) = 0 for all σ ∈ V }
である.底点集合に含まれる因子 F であって,
Dλ − F ≥ 0 for all λ ∈ Pn
をみたすものを,|V | の固定成分という.
定理 1.1 (Bertini). 線形系の generic な元は,その底点集合を除いたところで非特異で
□
ある.
線形系 |V | が底点を持たないとは,
Bs|V | = ∅
を満たす時をいう.このとき,線形系 |V | は次のようにして,通常の意味での写像を定義
する;V の基底を {σ0 , . . . , σN } と書く.ただし,N = dim |V | である.このとき,任意
の切断 σ ∈ V に対して,
σ=
N
∑
ai σi
i=0
と書ける.Bs|V | = ∅ より,任意の p ∈ X に対して,V の元で,p で 0 になるようなもの
全体の集合は,|V | の超平面 Hp を定める;
Hp := {[σ] ∈ |V |; σ(p) = 0} ⊂ |V |.
(1.4)
このとき,写像 Φ|V | を,
Φ|V | : X
p
−→ P(V )∗ = (PN )∗ ∼
= PN
7−→ Hp
(1.5)
で定義する.これを,線形系 |V | が誘導する正則写像という.線形系 |V | が定点をもつ
場合は,底点の,Φ|V | による像が定義されない.しかし,このとき Φ|V | は底点を不確
1.1 線形系が誘導する有理写像
3
定点としてもつような有理写像を定義する.これを,線形系 |V | が誘導する有理写像と
いう.写像 Φ|V | は以下のように,さらに明示的に定義することもできる.V の基底を
{σ0 , . . . , σN } とする.{Uα } を X の任意の開被覆とする.φα を X の正則直線束 L の Uα
における任意の局所自明化とする.σi,α := φ∗α (σi ) と置くと,[σ0,α (p) : · · · σN,α (p)] ∈ PN
が自明化 (Uα , φα ) の取り方によらず定まる.従って,PN 上,
[σ0 (p) : · · · σN (p)] := [σ0,α (p) : · · · σN,α (p)]
と書くことができる.以上から,写像 Φ|V | を,
Φ|V | : X
p
−→ PN
7−→ [σ0 (p) : · · · σN (p)]
(1.6)
で定義する.上の2つの定義 (1.5), (1.6) は同値である.
さて,この論文の主要な概念である「豊富性」について定義をする.
定義 1.2. X をコンパクト複素多様体,L をその上の正則直線束とする.このとき,
(1) L が豊富であるとは,ある正整数 m に対して |mL| が底点を持たず,|mL| が誘導
する正則写像 Φ|mL| が埋め込みであることである,
(2) L が非常に豊富であるとは,|L| が底点を持たず,|L| が誘導する正則写像 Φ|L| が
埋め込みであることである.
□
豊富性の判定には次の中井によるものが有効である.
定理 1.3 (中井の豊富性判定法). X を非特異射影曲面,L をその上の正則直線束とする.
L が豊富であることと,次の (1) かつ (2) が成り立つことは同値である.
(1) (L)2X > 0
(2) X 上の任意の曲線 D に対して,(D · L)X > 0 が成り立つ.
□
証明は [3] の p.280-283 を参照.
非常に豊富であることの判定には,次の定理が有効である.
定理 1.4. X を非特異射影代数多様体,L をその上の正則直線束とする.|V | を L に付随
する線形系とし,dim |V | = N とする.|V | が誘導する有理写像を φ : X → PN とする.
このとき,φ が埋め込みであるための必要十分条件は以下の (1) かつ (2) を満たすことで
ある;
(1) |V | が相異なる 2 点を分離する,すなわち,任意の 2 点 p ̸= q ∈ X に対して,因子
D ∈ |V | で,p ∈ D かつ q ∈
/ D を満たすものが存在する.
4
第 1 章 準備
(2) |V | が接ベクトルを分離する,すなわち,任意の p ∈ X と任意の v ∈ Tp′ X に対し
て,因子 D ∈ |V | で,p ∈ D かつ v ∈
/ Tp′ D を満たすものが存在する.
□
証明は [14] の p.152 を参照.
1.2 代数的モジュライ空間
この章では,幾何学的不変式論の基礎である不変式論について基本的な結果を紹介す
る.定理等の証明は省略する.[23] を参照のこと.
1.2.1 アフィン代数多様体
ここでは,アフィン空間 An といえば,n 次元複素空間 Cn に Zariski 位相と構造層 O
を与えた環付き空間のこととする.
1.2.2 不変式論
定義 1.5. k を体とする.S := k[x1 , x2 , . . . , xn ] を n 変数多項式環とする.n 変数多項式
f (x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ S が n 次正方行列 A = (aij ) に関して不変であるとは,f が A の定
める座標変換に関して不変であることをいう.すなわち,
f (Ax) := f (
∑
a1i xi , . . . ,
∑
i
ani xi ) = f (x1 , x2 , . . . , xn )
(1.7)
i
が成り立つことをいう.
また,G を GL(n, k) の部分群とする.多項式 f (x1 , x2 , . . . , xn ) が,全ての A ∈ G に
対して,A に関して不変であるとき,G 不変式であるという.G 不変式全体の集合は環を
なし,G 不変式環といい,S G とかく.
□
k を体,V, W を k ベクトル空間とする.群 G の V への作用を ρ : G → GL(V ) とす
る.この作用によるによる不変元全体のなす部分空間を
V G := {v ∈ V ; ρ(g)v = v, ∀g ∈ G}
で表す.全射 G 準同型 ϕ : V → W に対して,不変元全体に制限した写像
ϕG := ϕ|V G : V G −→ W G
が誘導される.
定義 1.6. 任意の全射 G 準同型 ϕ : V → W に対して,それの導く写像 ϕG が全射である
とき,代数群 G は線型簡約であるという.
□
1.2 代数的モジュライ空間
5
注意 1.7. 一般線型群 GL(n),特殊線型群 SL(n) は線型簡約である.
□
線型簡約性は次の Hilbert の有限生成性の定理の十分条件である:
定理 1.8 (Hilbert). 代数群 G が線型簡約ならば,G 不変式環 S G は有限生成である.
□
定理 1.9. R を体 k 上有限生成な環とする.線型簡約群 G が R に作用するとき,その不
□
変式環 RG も有限生成である.
1.2.3 商多様体の構成
環 R に対して X := SpecR をアフィン代数多様体とする.代数群 G が X に作用して
いるとする.f1 , . . . , fK ∈ RG を G 不変式環の生成元とする.このとき,
ϕ : X −→ AK
x 7−→ (f1 (x), . . . , fK (x))
は,各 G 軌道上に制限すれば,定数関数である.ϕ の像によって,
「商 X/G」が得られる
ことが期待される.
一般に,作用による商空間を安直に作ろうとすると,その商空間は Hausdorff 性すら満
たさない場合がある(以下の例を参照).安定性を導入し,性質の良い軌道のみで商空間
を構成するのが幾何学的不変式論における考え方である.
例 1.10. 複素数の乗法群 Gm が C2 に
(x, y) 7−→ (tx, t−1 y), t ∈ Gm
で作用しているとする.この作用の軌道は次の 3 種類である;
(i)
原点 (0, 0);
(ii)
各 0 ̸= a ∈ C に対して,双曲線 xy = a;
(iii)
x 軸から原点を除いたもの,および,y 軸から原点を除いたもの.
この作用は Gm の R = k[x, y] への作用を導き,それによる不変式環は RG := ⟨xy⟩ で
ある.
ϕ : C2 −→ C1
(x, y) 7−→ xy
によって,軌道 (ii) は分離される.しかし,軌道 (i),(iii) は ϕ による値が 0 であり,分離
されない.よって,通常の意味での商空間 C2 /C∗ は Hausdorff 性を満たさない.
□
6
第 1 章 準備
定義 1.11. 2 つの軌道 O, O ′ ∈ X が閉包同値であるとは,軌道の列
O = O1 , O2 , . . . , On−1 , On = O′
が存在し,
Oi ∩ Oi+1 ̸= ∅, ∀i = 1, 2, . . . , n − 1
を満たすことである.
定理 1.12 (永田,Mumford). G を線型簡約群,X をアフィン代数多様体とする.G の
X への作用による 2 つの軌道 O, O′ に対して,次は同値;
(i)
O ∩ O′ ̸= ∅;
(ii)
O, O′ は閉包同値である;
(iii)
G 不変式で分離できない.
系 1.13. 異なる G 閉軌道は G 不変式で分離できる.
□
□
以上より,Imϕ は軌道の閉包同値類の全体をパラメトライズしている.
また,代数群 G が線型簡約であれば,Imϕ は代数多様体であることが,以下で示され
る.上で与えられた ϕ : X −→ AK について,Imϕ の Zariski 閉包とは,
{
Y :=
RG の生成系 {fi } がみたす全ての関係式 F (f1 , . . . , fK ) = 0
(a1 , . . . , aK ) ∈ A ;
に対して,
F (a1 , . . . , aK ) = 0 が成り立つ.
K
のことである.
命題 1.14. 代数群 G が線型簡約ならば,Imϕ = Y である.
□
このとき,Imϕ の閉包 Y は RG の生成元の取り方によらずきまるから,Imϕ = Y =
SpecRG である.これを,X//G とかく.
1.2.4 安定性
定義 1.15. 線型簡約群 G がアフィン代数多様体 X に作用しているとする.このとき,
• x ∈ X が安定 (stable) :⇔ G.x が閉 かつ x の固定部分群が有限
• x ∈ X が polystable :⇔ G.x が閉
• x ∈ X が半安定 (semistable) :⇔ 0 ∈
/ G.x
• x ∈ X が不安定 (unstable) :⇔ x ∈ X が半安定でない
と定義する.
}
1.2 代数的モジュライ空間
7
注意 1.16. 線型簡約群 G がアフィン代数多様体 X に作用しているとする.記号を以下
のように定義する.
• X s := {x ∈ X は安定 }
• X ps := {x ∈ X は polystable}
• X ss := {x ∈ X は半安定 }
• X us := {x ∈ X は不安定 }
各安定性の関係は
X s ⊂ X ps ⊂ X ss
X ss ∩ X us =
̸ ∅
ss
us
X ∪X =X
である.
9
第2章
非特異 del Pezzo 曲面の分類
定義 2.1. X を非特異射影代数多様体とし,−KX を X の反標準束とする.X が
Fano 多様体であるとは,−KX が豊富となることである.特に,2 次元 Fano 多様体を
del Pezzo 曲面 という.
□
1 次元の非特異 Fano 多様体は P1 である.
この章における主な定理を述べる前に,一つ用語を定義する.
定義 2.2. 1 ≤ k ≤ 8 とする.p1 , . . . , pk を P2 の k 個の点とする.この k 個の点が一般
の位置にあるとは,次の 3 つの条件が成り立つことである:
k 個の点のうち,
• どの 3 点も同一直線上にない,
• どの 6 点も同一 2 次曲線上にない,
• k = 8 のとき,次のような 3 次曲線は存在しない:8 点がこの 3 次曲線上にあり,
かつ,そのうち 1 点がこの 3 次曲線の特異点上にある.
非特異 del Pezzo 曲面 については次の定理が基本的である.
定理 2.3 (del Pezzo 曲面 の分類定理). 非特異な del Pezzo 曲面 は,以下のいずれかで
ある:
• P2 .
• P1 × P1 .
• P2 の一般の位置にある 8 個以下の点におけるブローアップ.
この章ではこの分類定理を証明する.証明のために,前半では準備を行う.
□
10
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
定義 2.4. X を非特異 del Pezzo 曲面とする.X の次数とは反標準束 −KX の自己交点
数のことであり,deg(X) とかく.以降では,deg(X) = d である del Pezzo 曲面を Xd と
□
書き,d 次の del Pezzo 曲面と呼ぶ.
補題 2.5. X を P2 の一般の位置にある r 点ブローアップによって得られる非特異 del
Pezzo 曲面とする.このとき
deg(X) = 9 − r
(2.1)
が成り立つ.
[証明] p1 , . . . , pr を P2 の r 個の点とする.π : X → P2 をその r 点におけるブロー
アップとし,Ei := π −1 (pi ) を例外因子とすると,ブローアップによる標準因子の変化公
式から,
KX = π ∗ KP2 +
r
∑
Ei = π ∗ O(−3) +
i=1
r
∑
Ei
i=1
であるから,
deg(X) = (−KX )2X = (π ∗ O(3))2X +
r
∑
(Ei )2X = 9 − r
i=1
である.
■
注意 2.6. 松島の障害定理 0.2 から,X7 , X8 は KE 計量を持たない.
□
2.1 Grothendieck の定理
定理 2.7 (Grothendieck). P1 上の任意の正則ベクトル束は,直線束の直和と同型である.
□
注意 2.8. 定理が成り立つ状況を,「分解可能」と言う.
証明の方針 証明は次の 3 つのステップで行う:
(1)
正則ベクトル束が非自明な大域切断を持つことを示す.
(2)
ランクが 2 の場合を証明する.
(3)
一般のランクについて,帰納的に定理を証明する.
証明には,次の定理を用いる.
定理 2.9 (Cartan の定理). M をコンパクトな複素多様体,L → M を正の直線束とす
る.このとき,任意の正則ベクトル束 E に対して,ある非負整数 µ0 が存在して,次が成
2.1 Grothendieck の定理
11
立する:
H q (M, O(Lµ ⊗ E)) = 0 for q > 0,µ ≥ µ0
(2.2)
□
[証明] (1) 正則ベクトル束が非自明な大域切断を持つことを示す. E を P1 上の階数 r
の正則ベクトル束とする.整数 k ,x ∈ P1 に対して,短完全列
0 → O(E) ⊗ O(k − 1) → O(E) ⊗ O(k) → Ex ⊗ Ox (k) → 0
から,コホモロジーの長完全列
· · · → H 0 (P1 , O(E) ⊗ O(k)) → Crx → H 1 (P1 , O(E) ⊗ O(k − 1)) → · · ·
(2.3)
が得られる.さらに定理 2.9 より,
H 1 (P1 , O(E) ⊗ O(k − 1)) = 0 for k ≫ 0.
従って,(2.3) より
H 0 (P1 , O(E) ⊗ O(k)) ̸= 0
for k ≫ 0
が成り立つ.すなわち,十分大きな k に対して O(E(k)) := O(E) ⊗ O(k) は非自明な
正則大域切断 σ をもつ.ここで,P1 上の正則ベクトル束 E が分解可能であることと,
E ⊗ O(k) は分解可能であることは同値であることから,“E が非自明な大域切断をもつ”
とはじめから仮定してよい.
σ の零点の個数を非負整数 n と仮定する.このとき,次数がちょうど n となるような
直線束 L を構成する:
まず,ランク r の正則ベクトル束の正則切断の零点の 位数 は,局所表示により現れる
r 個の正則関数の 零点の位数の最小値 で定義する.
σ の零点と同じ点でのみ,同じ位数の極を持つ有理関数 f をとり,σ ′ := f · σ とおく.
このとき σ ′ は正則切断である.また,σ ,σ ′ は構成から互いに従属しているが,零点を共
有することはない.従って,これらの C− 線形結合によって,直線束 L を構成すること
ができる.すなわち,
L := SpanC (σ, σ ′ )
で定義する.このとき deg L = n である.さて,P1 上で L に対してリーマン・ロッホの
定理を用いると,
h0 (O(L)) + h1 (O(L)) = deg L − g(P1 ) + 1
h0 (O(L)) = n + 1
12
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
であり,さらに,L が E の部分束であることから自然な単射
0 → H 0 (P1 , O(L)) → H 0 (P1 , O(E))
が存在するので,不等式
n + 1 = h0 (O(L)) ≤ h0 (O(E))
n ≤ h0 (O(E)) − 1
が成り立つ.最後に,コホモロジー群の有限性
h0 (O(E)) < ∞
を用いることで,n は最大値を持つことが分かる.
(2) rankE = 2 の場合の分解可能性を証明する.n を O(E) の正則大域切断の零点
の最大個数とする.零点が n となるような大域切断を σ0 とする.ステップ (1) と同様の
議論により,大域切断 σ0 から直線束 L1 を構成する.このとき,deg L1 = n である.さ
らに商束 L2 := E/L1 を定義する.このとき,ベクトル束の完全列
0 → L1 → E → L2 → 0.
(2.4)
degL2 ⩽ degL1
(2.5)
がある.さて,次を示す:
主張
[ 主張の証明 ] m := degL2 とおき,m > n を仮定して矛盾を導く.τ を,m 個の点
p1 , · · · , pm で消えるような L2 の非自明な大域切断とする.H 1 (P1 , O(L1 )) = 0 である
ことと,(2.4) から導かれるコホモロジーの完全系列から,制限写像による全射
H 0 (P1 , O(E)) → H 0 (P1 , O(L2 )) → 0
が導かれる.従って,E 上の切断 τ˜ で,L2 への射影が τ であるものが存在する.さら
に,すべての i に対して,τ (pi ) = 0 であることから τ˜(pi ) ∈ (L1 )pi が従う.一方,m 個
の点から任意に n + 1 個選んできて,番号を付け替えたものを再び p1 , · · · , pn+1 とする.
deg(L1 − p1 − · · · − pn+1 ) = −1 故に H 1 (P1 , O(L1 − p1 − · · · − pn+1 )) = 0.従って,
1 ≤ i ≤ n + 1 をみたす各 i に対して全射
H 0 (P1 , O(L1 − (p1 + · · · + pbi + · · · + pn+1 ))) → Cpi → 0
が存在する.よって,L1 の大域切断 τ˜i が存在して,次を満たす:
• τ˜i (pj ) = 0
for j ̸= i
2.1 Grothendieck の定理
13
• τ˜i (pi ) = τ˜(pi ) ∈ (L1 )pi .
このとき,
T := τ˜ −
n+1
∑
τ˜i
i=1
は E の非自明な大域切断で n + 1 個の点で消えている.実際に,τ˜ を L2 へ制限すると非
自明切断 τ であり,T は τ˜ から L1 の大域切断のみを引いているので,T は自明にはなり
得ない.さらに,1 ≤ j ≤ n + 1 をみたす各 i に対して,
T (pj ) = τ˜(pj ) −
n+1
∑
τ˜i (pj )
i=1
= τ˜(pj ) −
∑
τ˜i (pj ) − τ˜j (pj )
i̸=j
= τ˜(pj ) − 0 − τ˜(pj )
= 0,
故に,最大値 n よりも多い点で消えるような E の切断が存在することになり,矛盾.従っ
[ 主張の証明終わり ]
て主張が示された.
さて,ベクトル束の完全列 (2.4) から導かれる準同型束の完全列
0 → Hom(L2 , L1 ) → Hom(L2 , E) → Hom(L2 , L2 ) → 0
(2.6)
がある.(2.5) から deg(Hom(L2 , L1 )) = degL1 − degL2 ≥ 0,故に
H 1 (P1 , O(Hom(L2 , L1 ))) = 0.
よって,(2.6) より導かれるコホモロジーの完全系列より,全射
H 0 (P1 , O(Hom(L2 , E))) → H 0 (P1 , O(Hom(L2 , L2 ))) → 0
が誘導される.よって,Hom(L2 , E) の切断 ι で,射影 π : E → L2 との合成 π ◦ ι が L2
の identity と一致するものが存在する.従って,完全列 (2.4) は分裂する.すなわち,
E∼
= L1 ⊕ L2 .
よって,E はランクが 2 のときに E は分解可能である.
(3) E のランクを r := rankE とし,r についての帰納法により定理を示す.ランク
が r − 1 の任意の正則ベクトル束が分解可能であるとする.n を O(E) の正則大域切断の
零点の最大個数とする.ステップ (2) と同様の方法で E の部分束 L1 を,deg L1 = n と
なるように構成する.また,E ′ := E/L1 とおくと,帰納法の仮定から,
E′ ∼
=
r
⊕
i=2
Li
14
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
と分解されている.つぎに,ステップ (2) と同様に,すべての i に対して degLi ⩽ degL1
がなりたつ.従って,
H 1 (P1 , O(Hom(Li , L1 ))) = 0
H 1 (P1 , O(Hom(E ′ , L1 ))) =
r
⊕
for all i,
H 1 (P1 , O(Hom(Li , L1 ))) = 0
i=2
である.従って,完全列
0 → L1 → E → E ′ → 0
は分裂する.従って,
E∼
= L1 ⊕ E ′ ∼
=
r
⊕
Li
i=1
よって,一般のランクの正則ベクトル束が分解可能であることが示された.
■
2.2 Castelnuovo-Enriques の判定法
M を 2 次元複素多様体とする.このとき,M 上の一点 p におけるブローアップ
˜ → M が定義できる.例外曲線 E 上の直線束 [E]|E は普遍束 J = −H に等しいの
π:M
で自己交点数 (E.E) は
(E.E) = deg[E]|E
= deg(−H)
= − deg(H)= −1
となる.Castelnuovo-Enriques の判定法とはこの事実の逆を与えるものである.すなわ
ち,
定理 2.10 (Castelnuovo-Enriques criterion). M を代数曲面,C を M 上の非特異有理
曲線で自己交点数が −1 であるようなものとする.このとき非特異代数曲面 N と,N 上
の点 p0 におけるブローアップ π : M → N が存在して,その例外曲線は C そのもので
ある.
証明の方針 証明は次の2つのステップで行う:
(1)
ある非常に豊富な直線束をとり,写像 π を構成する.
(2)
N が非特異であることを示す.
□
2.2 Castelnuovo-Enriques の判定法
15
[ 証 明 ] (1) 写 像 π を 構 成 す る .ま ず ,M 上 の 非 常 に 豊 富 な 直 線 束 L を ,
H 1 (M, O(L)) = 0 を満たすようにとる.また,m := L.C とする.このとき,m ≥ 1 で
ある.すべての自然数 k に対して自然な完全列
0 → OM (L + (k − 1)C) → OM (L + kC) → OC (L + kC) → 0
(2.7)
が存在する.従って,C ∼
= P1 及び,O(L + kC) = OP1 (m − k) に注意すると,(2.7) の
コホモロジー群の長完全列
0 → H 0 (M, OM (L + (k − 1)C)) → H 0 (M, OM (L + kC)) → H 0 (P1 , O(m − k))
→ H 1 (M, OM (L + (k − 1)C)) → H 1 (M, OM (L + kC)) → H 1 (P1 , O(m − k))
→ ...
(2.8)
を得る.いま,すべての k ≤ m + 1 に対して H 1 (P1 , O(m − k)) = 0 だから,長完全列
(2.8) から,
H 1 (M, O(L + (k − 1)C)) ∼
= H 1 (M, O(L + kC)) for k ≤ m + 1
を得る.よって仮定 H 1 (M, O(L + 0 · C)) = 0 から,帰納的に
H 1 (M, O(L + kC)) = 0
for k ≤ m + 1
(2.9)
が成立する.
次に,これを用いて,L′ := L + mC の完備線型系 |L′ | は底点を持たないことを示
す.(2.8) で k = m として得られる長完全列において,L′ .C = m + m · (−1) = 0 及び,
(2.9) より H 1 (M, O(L + (m − 1)C)) = 0 であることから,全射
H 0 (M, OM (L′ )) ↠ H 0 (C, OC ) ∼
=C
(2.10)
が得られる.従って,M 上の L′ の大域切断 s の制限 s|C が,0 でない定数関数であるも
のが存在する.これより,|L′ | の底点は C 上には無いことがわかる.一方 L′ の定義から
|L′ | の底点は C に含まれているから,結局 |L′ | は底点を持たないことが示された.
従って,L′ は正則写像 φ := Φ|L′ | : M → PN を与える.(2.10) より φ は曲線 C を
一点 p0 に写す.さらに,L′ .C = 0 及び,L が豊富であることから,L と線型同値な正因
˜ が存在して,L
˜ + mC は,C と M \ C を分離する.従って,N := φ(M ) とすると,
子L
制限
φ|M \C : M \ C −→ N \ p0
は双正則写像を与える.
(2.11)
16
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
(2) N が非特異であり,φ : M → N が p0 := φ(C) におけるブローアップであるこ
とを示す.まず,曲線 C 上の相異なる点 p1 , p2 を任意にとる.上の長完全列 (2.8) におい
て k = m − 1 として,全射
H 0 (M, OM (L′ − C)) ↠ H 0 (C, OC (1))
(2.12)
が得られる.この全射により L′ − C の零でない大域切断 σ1 ,σ2 で,C への制限 σ1 |C ,
σ2 |C が H 0 (C, OC (1)) を張り,それぞれ点 p1 ,p2 で消えているものをとることができる.
また,OM (C) の大域切断 s で,因子 (s) が C に一致するものをとる.このとき,
ξ1 := sσ1 , ξ2 := sσ2 ∈ H 0 (M, O(L′ ))
(2.13)
とおく.さらに全射 (2.10) により,C 上では零にならない L′ の大域切断 ξ0 をとる.ま
た,M 上の有理関数 z1 ,z2 と開集合 U1 ,U2 を z1 :=
ξ1
ξ0 ,z2
:=
ξ2
ξ0 ,U1
:= C \ {p1 },
U2 := C \ {p2 } で定義する.いま,任意の点 p ∈ U1 に対して,
dz2 ̸= 0
σ1
d( ) ̸= 0
σ2
on Tp M ⧸Tp C
(2.14)
on Tp C
(2.15)
が成り立つ.実際,C 上では z2 = 0 であるから,Tp C 上で dz2 = 0 をみたすことか
ら,dz2 は Tp M ⧸Tp C 上の線型関数を定める.しかし,z2 ̸= 0 より,Tp M の任意の元
に対して dz2 = 0 となることはない.よって,(2.15) は成立する.また,σ1 |C ,σ2 |C が
H 0 (C, OC (1)) の基底であることから,写像
C −→ P1
p 7−→ [σ1 (p) : σ2 (p)]
は双正則である.とくに U1 ∈ C 上,比
σ1
σ2
は双正則だから (2.15) が成立する.これらの
˜ 1 で,(z2 ,
ことから,U1 を含むM の座標近傍U
σ1
σ2 )
を座標関数とし,U1 の定義方程式が
˜2 で,(z1 , σ2 ) を座標関
z2 = 0 となるものが存在する.同様にして,U2 を含む座標近傍 U
σ1
˜
˜
˜
数とし,U2 の定義方程式が z1 = 0 となるものが存在する.U := U1 ∪ U2 から C2 × P1
への写像 h を,
˜ −→ C2 × P1
h:U
p 7−→ ((z1 (p), z2 (p)), [σ1 (p) : σ2 (p)])
で定める.一方,C2 の原点におけるブローアップを
η : C2 × P1 −→ C2
(2.16)
2.3 Hirzeburch 曲面
17
とする.上の議論より,h(C) は,ブローアップη の例外曲線に一致している. さらに以下
¯ が存在する;
の図式を可換にするような双正則写像 h
˜
M⊃ U


φy
∼
=
−−−−→
h
˜ ) ⊂ C2 × P1
h(U

η
y
∼
=
˜ ))
˜ ) −−−−→ η(h(U
N ⊃ϕ(U
¯
∃h
⊂ C2
¯ 0 ) = 0). 従って,N は p0 = φ(C) においても非特異であり,φ は点 p0 におけるブ
(h(p
■
ローアップであることが証明された.
注意 2.11. 定理の中で現れた,自己交点数 −1 の曲線のことを第一種例外因子または
(−1) 曲線と呼ぶ.M が与えられているときに定理の写像 π : M → N のことをブローダ
ウンという.さらに π により (−1) 曲線を “つぶす” ことをコントラクションと呼ぶ. □
2.3 Hirzeburch 曲面
定義 2.12. n を非負の整数とする.P1 上の P1 束 P(OP1 (n)⊕OP1 ) → P1 を Hirzeburch
曲面といい,Fn := P(OP1 (n) ⊕ OP1 ) とかく.
□
注意 2.13. F0 ∼
= P1 × P1 であり,F1 は P2 の一点ブローアップである.
□
正則直線束 OP1 (n) ⊕ OP1 の切断を (s, t) とかく.ただし s, t はそれぞれ OP1 (n),OP1
の切断である.s と t が共通零点を持たないとき,(s, t) に対応する P(OP1 (n) ⊕ OP1 ) の
切断を [s : t] とかく.Fn の零切断を
E0 := [0 : 1]
(2.17)
で定義する.また,OP1 (n) の正則切断 σ に対し,Fn の切断を
Eσ := [σ : 1]
(2.18)
と定義する.さらに,σ の零点を除くところで,[σ : 0] は Fn 内の曲線を定め,その閉包
をとったものを E∞ と定義する.とくに,E∞ は切断の選び方によらないことに注意す
る.また,τ を OP1 (n) の有理切断とするときは,τ の極を除くところで与えられる曲線
[τ : 1] の閉包として切断 Eτ を定義する.定義により各切断における交点数は以下のよう
になっている;
E0 .E0
Eτ .E0
Eτ .E∞
E0 .E∞
E0 .C
=
=
=
=
=
n
τ の零点の個数
τ の極の個数
0
Eσ .C = E∞ .C = 1
(2.19)
18
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
ただし,C は Fn のファイバーである.いま,Fn \ (C ∪ E0 ) → P1 \ {pt} ∼
= C は C 上の
直線束であるから,Fn \ (C ∪ E0 ) は可縮である.よって,
H2 (Fn , Z) ∼
= H2 (C ∪ E0 , Z) ∼
= Z⟨(C), (E0 )⟩,
H1 (Fn , Z) ∼
= H1 (C ∪ E0 , Z) = 0.
(2.20)
(2.21)
だから,
H 2 (Fn , Z)は 2 元生成であり,それらは (1, 1) 形式である,
(2.22)
H 1 (Fn , Z) = 0.
(2.23)
したがって,
H 1 (Fn , OFn ) = H 2 (Fn , OFn ) = 0
(2.24)
であるから,指数完全列から誘導される Fn に関するコホモロジーの長完全列より,
1
Pic(Fn ) = H 1 (Fn , OF∗n ) −→
H 2 (Fn , Z)
c
(2.25)
は同型である.したがって,Fn の因子について,
線形同値 ⇔ ホモローガス
である.よって D を Fn の任意の既約な曲線とすると,ある整数 m1 , m2 を用いて,
D ∼ m1 E0 + m2 C
(2.26)
と書ける.
補題 2.14. τ を OP1 (n) の有理切断とし,位数を込めた極の数を mτ とする.このとき,
以下のように (2.26) の係数 m1 , m2 を決定できる:
E∞
Eτ
KFn
∼ E0 − nC,
∼ E0 + mτ C,
∼ −2E0 + (n − 2)C.
(2.27)
また,各々の自己交点数は以下である:
2
E∞
Eτ2
KF2n
= −n,
= n + 2m,
= 8.
(2.28)
□
[ 証明 ] (2.26) と,式 (2.19) から従う.とくに,KFn については,E0 ∼
=C∼
= P1 が
有理曲線であることと,仮想種数の計算により,
0 = πvg (E0 ) =
E0 .E0 + KFn .E0
+1
2
2.3 Hirzeburch 曲面
19
より,KFn .E0 = −n − 2 であり,
0 = πvg (E0 ) =
C.C + KFn .C
+1
2
より,KFn .C = −2 であることから従う.ただし,πvg は仮想種数である.
■
補題 2.15. Fn の既約曲線で自己交点数が負になるものは E∞ のみである.
□
[ 証明 ] D を Fn の既約曲線とする.D ̸= E∞ を仮定すると,D.E∞ ≥ 0, D.C ≥ 0
であるから,
D ∼ m1 E0 + m2 C
と置いたとき,m1 , m2 ≥ 0 である.よって,
D2 = m21 n + 2m1 m2 ≥ 0
が成り立つ.したがって,
D 2 < 0 ⇒ D = E∞
■
である.
注意 2.16. n ̸= 0 に対して,P1 上の P1 束で (−n) 曲線を持つものは Fn はのみである.
□
補題 2.17. Hirzrburch 曲面 Fn は有理曲面である.
□
[ 証明 ] λ ∈ P1 を一つ固定し,Cλ を λ におけるファイバーとする.x ∈ Fn を
˜ n → Fn とす
x ∈ Cλ かつ x ∈
/ E∞ となるようにより,x におけるブローアップを π1 : F
˜λ は (−1) 曲線である.C˜λ のコントラクション
る.このとき,Cλ の π1 による強変換 C
˜ n → S とし,得られた曲面を S とする.S は {π2 (π ∗ (Cλ ))}λ∈P1 をペンシルと
を π2 : F
1
してもつので,有理的線織面である.また,
(π2 π1∗ E∞ )2 =π2∗ π2 π1∗ E∞ .π1∗ E∞
=(π1∗ E∞ + C˜λ ).π1∗ E∞
=(π1∗ E∞ )2 + C˜λ .π1∗ E∞
= − n + (π1∗ Cλ − π1−1 (x)).π1∗ E∞
= − n + Cλ .E∞
=−n+1
だから,S ∼
= Fn−1 である.
一方で,x ∈ Fn を x ∈ Cλ かつ x ∈ E∞ となるようにより,x におけるブローアッ
˜ n → Fn とする.このとき,Cλ の π3 による強変換 C˜λ は (−1) 曲線であ
プを π3 : F
20
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
C˜λ
Cλ
E∞
π1∗ E∞
x
π1−1 (x)
˜σ
E
Eσ
E0
Fn
π1
π1∗ E0
˜n
F
π2
π2 π1−1 (x)
π2 π1∗ E∞
S
π2 C˜λ
˜σ
π2 E
π2 π1∗ E0
図 2.1 Fn から Fn−1 を構成する.
Cλ
˜∞
E
E∞
x
˜σ
E
π3−1 (x)
E0
Fn
π3
π3∗ E0
˜n
F
C˜λ
Eσ
π4
π4 π3−1 (x)
˜∞
π4 E
T
π4 (C˜λ )
π4 π3∗ E0
˜σ
π2 E
図 2.2
Fn から Fn+1 を構成する.
˜ n → S とし,得られた曲面を T とする.T は
˜λ のコントラクションを π4 : F
る.C
{π4 (π3∗ (Cλ ))}λ∈P1 をペンシルとしてもつので,有理的線織面である.また,
˜∞ )2 =π4∗ π4 E
˜ ∞ .E
˜∞
(π4 E
2
˜∞
=E
=(π3∗ E∞ − π3−1 (x))2
2
=E∞
+ (π3−1 (x))2
=−n−1
だから,T ∼
= Fn+1 である.
注意 2.13 より,F0 ∼
= P2 であるから,どの Hirzeburch 曲面も P2 のブローアップ,ブ
ローダウンの繰り返しで得られる.したがって,Hirzeburch 曲面は有理的である.
■
2.4 Noether の補題
21
2.4 Noether の補題
この節では以下の補題を示す.
補題 2.18 (Noether). S を代数曲面とする.次は同値;
(i)
S が有理的である.
(ii)
S は既約な有理曲線 C を含み,dim |C| ≥ 1.
この補題の証明は小節 2.4.2 で与える.
2.4.1 有理的線織面
定義 2.19. S を代数曲面とする.S 上のペンシルで,任意の元が既約かつ非特異な有理
曲線であり,相異なる元は交わらないものが存在するとき,S を有理的線織面という. □
□
注意 2.20. Hirzeburch 曲面は明らかに有理的線織面である.
補題 2.21. S を有理的線織面とする.Λ = {Cλ }λ∈P1 を S 上のペンシルで,任意の元が
既約かつ非特異な有理曲線であり,相異なる元は交わらないものとする.このとき,Λ か
ら誘導される正則写像は,底空間を P1 とする正則 P1 束である.
□
[ 証明 ] Λ から誘導される正則写像を ϕ : S → P1 とする.L → S を正の直線束と
し,H 1 (S, O(L − Cλ )) = 0 を満たすものとする.完全列
0 → OS (L − Cλ ) → OS (L) → OCλ (L) → 0
(2.29)
から誘導されるコホモロジーの長完全列
· · · → H 0 (S, OS (L)) → H 0 (Cλ , OCλ (L)) → 0
(2.30)
が各 λ に対して成り立つ.ここで,n := (L.Cλ )S とおくと,h0 (Cλ , OCλ (L)) = n + 1 で
ある.とくに,n ≥ 1 である.(2.30) の全射性から,L は次の性質 (Pλ ) をみたす;
{
(Pλ ) :
H 0 (S, OS (L)) の切断 σ0 , . . . , σn が存在し,
これらの切断の Cλ への制限が H 0 (Cλ , OCλ (L)) を張る.
さて,λ0 ∈ P1 を一つ固定し,C0 := Cλ0 とおく.λ0 ∈ P1 の十分小さい近傍 U を,任
意の λ ∈ U に対して L が性質 (Pλ ) をみたすようにとる.このとき,写像
ισ : S ⊃ ϕ−1 (U ) −→
Pn
p
7−→ [σ0 (p) : · · · : σn (p)]
(2.31)
22
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
C0
Cλ
p1 (λ)
ισ (Cλ )
γ1
γ2
ισ
S ⊃ φ−1 (U ′ )
ισ (p1 (λ))
Pn
ισ (p2 (λ))
Pn \ V (λ)
pn−1 (λ)
φ
γn−1
π′
ισ (pn−1 (λ))
πλ
l∼
= P1
P1 ⊃ U ′
0
λ
図 2.3
自明化の構成
が定義され,ισ は曲線 Cλ を Pn へ埋め込み,その像は rational normal curve である.
ここで,p1 , . . . , pn−1 を C0 上の相異なる n − 1 個の点とする.このとき,1 ≤ i ≤ n − 1
に対して,正則な弧 γi : C1 ⊃ ∆ → S を,γi と C0 が横断的に交わるようにとる.さら
に,U ′ ⊂ U を任意の λ ∈ U ′ に対して,γi と Cλ が横断的に交わるように,十分小さく
とる.γi と Cλ の交点を pi (λ) とかく.
任意の λ ∈ U ′ に対して V (λ) ∈ Pn を {ισ (pi (λ))}i=1,...,n−1 で貼られる (n − 2) 平面と
する.また,直線 l ∈ Pn を任意の λ ∈ U ′ に対して V (λ) ∩ l = ∅ をみたすようにとると,
射影
πλ : Pn \ V (λ) −→ l
(2.32)
が定まる.さらに,写像 π ′ : Pn \ V (λ) → l ∼
= P1 を,
π ′ |Cλ := πλ ◦ (ισ |Cλ )
となるように定義する.このとき,
∼
=
φ := (ϕ, π ′ ) : ϕ−1 (U ′ ) −→ U ′ × P1
によって,S → P1 の自明化が得られ,P1 束の構造が与えられる.
■
補題 2.22. 底空間を P1 とする正則 Pr−1 束は,あるランク r の正則ベクトル束 E → P1
の射影化で与えられる.
□
[ 証 明 ] P → P1 を正則 Pr−1 束 とす る.{Uα } を P1 の開被 覆 とする.gαβ :
Uα ∩ Uβ → PGL(r) を P の変換関数とする.開被覆を十分細かく取り,gαβ の持ち
˜ αβγ := g˜αβ × g˜βγ × g˜γα
上げ g˜αβ : Uα ∩ Uβ → GL(r) を得る.いま,Uα ∩ Uβ ∩ Uγ 上で h
˜ αβγ } ∈ Z 2 (U, O∗ )
を定義する.また,hαβγ := gαβ × gβγ × gγα = I が成り立つから,{h
2.4 Noether の補題
23
である.ただし,Z 2 はチェックコサイクル群を表す.指数完全列から得られる P1 に関
するコホモロジーの長完全列と,H 2 (P1 , O) = H 3 (P1 , Z) = 0 であることから,
H 2 (P1 , O∗ ) = 0
が成り立つ.したがって,チェックコチェイン {˜
jαβ : Uα ∩ Uβ → C∗ } が存在して,
˜ αβγ = ˜jαβ × ˜jβγ × ˜jγα
h
と表せる.
g˜αβ
g˜βγ
g˜γα
×
×
=I
˜jαβ
˜jβγ
˜jγα
g˜αβ
g˜αβ
} は,コサイクル条件をみたす.したがって,{
} を変換関数とするベ
˜jαβ
˜jαβ
クトル束を E → P1 とすると,P(E) = P が成り立つ.
■
だから,{
注意 2.23. 補題 2.21,2.22 より,有理的線織面はあるランク 2 の正則ベクトル束の射影
□
化で与えられる.
2.4.2 Noether の補題 2.18 の証明
[ 証明 ] (i)⇒(ii) を示す.π : S → P2 を双有理写像とする.直線 L ⊂ P2 を generic
にとり,C := π ∗ L とする.C は既約有理曲線であり,dim |C| ≥ 1 である.
(ii)⇒(i) を示す.C ⊂ S を既約な有理曲線とし,dim |C| ≥ 1 とする.|C| のペンシル
を一つ選び,それを Λ = {Cλ }λ∈P1 とする.Λ に底点があったとしても,その定点でブ
ローアップを繰り返すことで,Λ として底点がないものを選ぶことができる.
このとき,Cλ , Cλ′ をペンシル Λ の任意の相異なる 2 つの元とすると,
(Cλ .Cλ′ )S = (Cλ .Cλ )S = 0
(2.33)
である.いま,Λ の元で可約であるものが存在したとする.その可約元を C0 とし,
C0 =
∑
aν Dν
ν
と書くことができる.ただし,Dν は既約で,aν > 0 である.λ ̸= 0 のとき,Cλ と Dν
は交わらないから,
0 = (Cλ .Dν )S = (C0 .Dν )S =
∑
ν′
である.しかし,
aν ′ (Dν .Dν ′ )S
(2.34)
24
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
• ν ̸= ν ′ に対して,(Dν .Dν ′ )S ≥ 0 であること,
• 0 に十分近い λ ∈ P1 (= C ∪ {∞}) に対して,Cλ は既約元
ゆえに C0 は連結であることから,
(Dν .Dν ′ )S > 0 for some ν ̸= ν ′
が成り立つ.これから,任意の ν に対して (Dν )2S < 0 が従う.実際 (2.34) より,
0<
∑
aν ′ (Dν .Dν ′ )S = −aν (Dν .Dν )S
(2.35)
ν̸=ν ′
∴ aν (Dν .Dν )S < 0
∴ (Dν .Dν )S < 0
(2.36)
(2.37)
である.ここで,随伴公式と式 (2.33) から,
(C0 .C0 )S + (C0 .KS )S
+1
2
∴ (C0 .KS )S = −2 − (C0 .C0 )S = −2
0 = πvg (C0 ) =
が成り立つ.ただし,πvg (C0 ) は C0 の仮想種数である.(C0 .KS )S =
∑
ν
aν (Dν .KS )S =
−2 より,
(Dν0 .KS )S < 0 for some ν0
(2.38)
が成り立つ.(2.37), (2.38) と,Castelnuovo-Enriques の判定法から,Dν0 をブローダウ
ンすることができる.ブローダウンにより得られる曲面を T ,写像を πT : S → T と書
く.λ ̸= 0 に対して,(Cλ .Dν0 )S = 0 だから,S 上のペンシル {Cλ }λ∈P1 を π によって写
したもの {πT (Cλ )} は再び T 上のペンシルとなる.このペンシルに再び可約元が存在し
たとすれば,さらに T をブローダウンすることができる.ブローダウンで 2 次のベッチ
数が 1 下がるので,有限回のブローダウンによって,ペンシルの任意の元が既約かつ非特
異な有理曲線であり,異なる元は交わらないようにできる.すなわち,S は有理的線織面
である.
注意 2.23 より,あるランク 2 の正則ベクトル束 E が存在して,S = P(E) と書ける.
一方で,Grothendieck の定理 2.7 より,ある直線束 L1 , L2 に対して,E ∼
= L1 ⊕ L2 と書
ける.したがって,ある整数 n に対して,
S = P(E) ∼
= P(L1 ⊕ L2 ) ∼
= P((L1 ⊗ L∗2 ) ⊕ OP1 )
∼
= P(OP1 (n) ⊕ OP1 )
となる.よって,S は Hirzeburch 曲面である.よって,補題 2.17 より S は有理的で
ある.
■
2.5 有理曲面
25
2.5 有理曲面
定義 2.24. S を有理曲面とする.S 上のすべての (−1) 曲線をコントラクトして得られ
る曲面を S の相対的極小モデルという.(相対的極小モデルは一意とは限らないことに注
意する.)
□
定理 2.25. 有理曲面の相対的極小モデルは Hirzeburch 曲面 Fn (n ≥ 2) または P2 で
ある.
□
[ 証明 ] S を有理曲面とする.以下の 2 つの Case に分ける.
Case 1 S が,ペンシル |C| で,すべての元が既約な有理曲線であるものを持つ場合
Case 2 S が,有理曲線のペンシル {Cλ } で既約元を持つ場合
Case 1:S が,ペンシル |C| で,すべての元が既約な有理曲線となっているものを持つと
する.
このペンシルが底点を持たないとすれば,S は有理的線織面,ゆえに,S ∼
= Fn である.
底点を持つときは,すべての底点でブローアップ π : S˜ → S を行う.π による |C| の
強変換は底点のない,既約な有理曲線のペンシルである.よって,S˜ ∼
= Fn である.こ
こで,Fn の第 2 ベッチ数が b2 (Fn ) = 2 であることと,ブローアップにより第 2 ベッ
チ数が 1 増加することから,b2 (S) = 1 である.また,S が有理曲面であることから,
b1 (S) = b3 (S) = 0 である.さらに,任意の k > 0 に対して h0 (S, KSk ) = 0 だから,KS
は正でない直線束である.S のベッチ数が P2 と同じで,KS が正でないから,S ∼
= P2 で
ある ([13] pp.487-489).
Case 2:S が,有理曲線のペンシル {Cλ } で既約元を持つとする.C0 を既約でなく可
∑k
約な元とし, ν=1 aν Dν と書く.ただし,Dν は既約であり,aν > 0 とする.このとき,
26
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
任意の λ に対して Dλ は有理曲線である.実際,以下の計算から従う:
Cλ .Cλ + KS .Cλ
0 =πvg (Cλ ) =
+1
2
∑
∑
∑
1 ∑
= {( (aν − 1)Dν ).Cλ + (
Dν ).(
a ν Dν ) +
aν KS .Dν + 2}
2
ν
ν
ν
ν
∑
∑
∑
1 ∑
aν ′ Dν .Dν ′ +
aν Dν2 +
aν KS .Dν + 2}
= {( (aν − 1)Dν ).Cλ +
2
′
ν
ν
ν
ν̸=ν
k
∑
∑
1 ∑
D2 + KS .Dν
= {( (aν − 1)Dν ).Cλ +
aν ′ Dν .Dν ′ +
aν ( ν
+ 1) − (k − 1)}
2
2
′
ν
ν=1
ν̸=ν
k
∑
∑
1 ∑
= { (aν − 1)Dν .Cλ + {
aν ′ Dν .Dν ′ − (k − 1)} +
aν πvg (Dν )}.
2 ν
′
ν=1
ν̸=ν
第 1 項は aν − 1 ≥ 0 と Dν .Cλ ≥ 0 より非負,第 2 項は C0 が連結であることから
∑
ν̸=ν ′
Dν .Dν ′ ≥ k − 1 より非負である.したがって,
∑k
ν=1
aν πvg (Dν ) = 0 だから,
πvg (Dν ) = 0 が成り立つ.
仮想種数
Cλ .Cλ + KS .Cλ
+1
2
∑
と,Cλ .Cλ ≥ 0 より,KS .Cλ < 0 である. ν aν KS .Dν < 0 だから,
0 = πvg (Cλ ) =
KS .Dν0 < 0 for some ν0
(2.39)
(2.40)
が成り立つ.ここで,Dν20 < 0 であれば,Dν0 は (−1) 曲線であり,コントラクションす
ることができる.したがって Dν20 = 0 の場合を考える.Riemann-Roch の定理から,
Dν20 + KS .Dν0
h (Dν0 ) + h (KS − Dν0 ) ≥ χ(OS ) +
2
0
0
(2.41)
が成り立つ.h0 (KS ) = 0 より h0 (KS − Dν0 ) = 0,S が有理曲面より χ(OS ) = 1 である
から,
h0 (Dν0 ) > 1
(2.42)
が成り立つ.すなわち,有理曲線 Dν0 自体がペンシル {Cλ } の元である.このペンシル
を {Cλ1 } と置く.
以下同様にして,{Cλ1 } が既約元のみで構成されているのであれば,S は有理的線織面
であり,可約元が存在すれば,その既約成分は (−1) 曲線を含むか,または新しいペンシ
ル {Cλ2 } が定まるかのいずれかである.
有限回の操作により,S は有理的線織面にブローダウンされる.以上 Case 1,Case 2
から,有理曲面の相対的極小モデルは,Fn (n ≥ 2) または,P2 である.
■
2.6 Castelnuovo-Enriques の定理
27
2.6 Castelnuovo-Enriques の定理
ここでは,代数曲面が有理曲面であることの一つの判定法を与える.そのためにまず,
次の双有理不変量を定義する.
定義 2.26. M をコンパクトな n 次元複素多様体とする.以下を定義する:
幾何種数
pg (M ) := hn,0 (M ) = h0 (M, O(K)),
算術種数
pa (M ) := (−1)n (χ(OM ) − 1)),
不正則数
q(M ) := h0,1 (M ),
多重種数
Pm (M ) := h0 (M, O(mKM )).
□
命題 2.27. 定義 (2.26) の種々の量は,いずれも双有理不変量である.
□
証明 f : M → N を有理写像とする.M 上余次元2以上の部分集合 V があり,
f |M \V は正則写像である.このとき,N 上の正則 p 形式 φ に対して,f による引き戻
し f ∗ φ は M \ V 上で定義される.Hartogs の定理より,M 全体に定義域を拡張する
ことができる.さらに,f が双有理写像であれば,有理写像 g : N → M が存在して,
f ◦ g = idN かつ g ◦ f = idM をみたす.引き戻しにより,id = (f ◦ g)∗ = g ∗ ◦ f ∗ かつ
id = (g ◦ f )∗ = f ∗ ◦ g ∗ が成立する.従って,f は同型 H 0 (N, Ωp ) ∼
= H 0 (M, Ωp ) を与え
ることが分かる.とくに,算術種数は
pa (M ) := (−1)n (χ(OM ) − 1)) = hn,0 (M ) − hn−1,0 + · · · + (−1)n−1 (M )
■
であるから,双有理不変量である.
定理 2.28 (Castelnuovo-Enriques). S を代数曲面とする.S が有理曲面であることと,
□
q(S) = P2 (S) = 0 であることは同値である.
この定理の証明のために,以下の補題を示す:
補題 2.29. {Dλ } を S 上のペンシルとする.Dλ をこのペンシルの generic な元とし,そ
の既約分解を,
Dλ =
∑
Cλν + F
とする.ただし,F はペンシルの固定成分である.このとき,
(Cλν )2 ≥ 0
が成立する.
for all ν
□
28
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
証明 {Dλ } の固定成分を除くことで,{Dλ′ } := {Dλ − F } は高々孤立した底点を持
˜′ =
つ.すべての底点で blow up を行い,曲面 S˜ を得る.各々の曲線の強変換を D
λ
∑ ˜ν
Cλ
˜ ′ の既約曲線の族 {C˜ ν }ν は各々 disjoint である.実際,ある 2 つ
と表す.このとき,D
λ
λ
˜ ′ の特異点である.しかし Bertini の定
の曲線に対して交点 p が存在するならば,p は D
λ
˜ ν )2 = C˜ ν .D
˜ ′ = 0 である.故
理より,generic な元は非特異であるから矛盾.従って,(C
λ
λ
λ
に,(Cλν )2 ≥ 0 が成り立つ.
■
注意 2.30. この補題は,Dλ の既約分解の式を Dλ =
∑
Cλν と書き換えることにより,固
定成分が無い場合も成立する.generic な元 Dλ が既約であるときは
(Dλ )2 = 0.
が成立する.しかし一方で,{Dλ′ } の次元が 0 のときは,必ずしも自己交点数が非負にな
□
らないことに注意する.
証明の方針 証明は次の 3 つのステップで行う:
Step 1 必要性を示す.
以下の Step は十分性の証明である.
Step 2 自己交点数が非負な非特異曲線の存在を示すことに帰着されることを示す.
Step 3-1 K.K = 0 の場合を示す.
Step 3-2 K.K < 0 の場合を示す.
Step 3-3 K.K > 0 の場合を示す.
[ 証明 ]
Step 1 必要性を示す.S が有理曲面であるから,S は P2 に双有理同値.従って,
q(S) = h(0,1) (S) = h(0,1) (P2 ) = 0
Pm (S) = h0 (S, O(K m )) = h0 (P2 , O(−3m)) = 0
for m > 0.
Step 2 S を有限回 blow down することにより,S 上に (−1)-curve が無いと仮定で
きる.S 上の任意の曲線 C に対して Riemann-Roch の定理を用いることにより,
h0 (O(C)) − h1 (O(C)) + h2 (O(C)) = χ(OS ) +
C.C − C.K
2
が成立する.また,
pg (S) = P1 (S) = 0,
χ(OS ) = h(0,0) − h(0,1) + h(0,2) = 1 − q(S) + pg (S) = 1
であることより不等式
h0 (O(C)) + h2 (O(C)) ≥ 1 +
C.C − C.K
2
(2.43)
2.6 Castelnuovo-Enriques の定理
29
が得られる.いま,C は効果的で h0 (O(K)) = 0 だから,h2 (O(C)) = h0 (O(K−C)) = 0.
ここで,C を自己交点数が非負である非特異な既約曲線と仮定する.すなわち C は以下
を満たす;
π(C) = 0
(2.44)
C ≥ 0.
2
(2.44) より
C.C−C.K
2
(2.45)
+ 1 = 0,また,(2.45) より C.K = −2 − C 2 ≥ −2 である.従って,
dim |C| = h0 (O(C)) − 1 ≥
C.C − C.K
0 − (−2)
≥
=1
2
2
を得る.Noether の補題(補題 2.18)より,S は有理曲面であることが従う.以上の議論
から,我々の目標は (2.44) かつ (2.45) をみたす S 上の曲線の存在をしめすことである.
注意 2.31. −C に対して (2.43) を適用すると,
h0 (O(−C)) + h0 (O(−C)) ≥ 1 +
(−C).(−C) − (−C).K
= π(C),
2
従って,
h0 (O(K + C)) ≥ π(C)
を得る.この不等式は以下の議論で頻繁に用いる.
(2.46)
□
Step 3-1 K.K = 0 の場合を示す.(2.43) を −K に適用すると,
(−K).(−K) − (−K).K
2
0
∴ h (O(−K)) + P2 (S) ≥ 1 + K.K = 1
h0 (O(−K)) + h2 (O(−K)) ≥ 1 +
従って,P2 (S) = 0 なので,| − K| =
̸ ∅ が成立する.−K は非自明だから,非自明元
D ∈ | − K| が存在する.
さて,非常に豊富な因子 E を,h0 (O(E − D)) = h0 (O(E + K)) ̸= 0 を満たすように
とる.ここで,次の主張を示す:
主張 ある自然数 n が存在して,
h0 (O(E + nK)) > 0, h0 (O(E + (n + 1)K)) = 0
を満たす.
[ 主張の証明 ] E は正因子かつ D は効果的だから,E.K = −E.D < 0,ゆえに十分大
きい m に対して E.(E + mK) < 0 である.さらに
h0 (O(E + mK)) = 0
for m ≫ 0
30
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
が成立する.実際,もしそうでなければ,E + mK はある効果的な因子と線型同値であ
り,E.(E + mK) > 0 となるため矛盾する.従って,h0 (O(E + K)) ̸= 0 により,目的
の n を選ぶことができる.
[ 主張の証明終わり ]
主張により,E + nK に線型同値な因子 D′ =
∑
aν Cν が存在する.このとき K.D′ =
∑
K.(E + nK) = K.E < 0 だから, aν (K.Cν ) < 0 が成立する.従って,すべての aν が
正だから,K.Cν0 < 0 を満たす曲線 Cν0 が存在する.
以下,Cν0 が (2.44),(2.45) を満たすことを示す.(2.46) を −Cν0 に対して適用する
と,h0 (O(K + Cν0 )) ≥ π(Cν0 ) ≥ 0 である.また,K + Cν0 < K + D ′ から自然に導か
れる単射 H 0 (O(K + Cν0 )) → H 0 (O(K + D′ )) より,
h0 (O(K + Cν0 )) ≤ h0 (O(K + D′ ) = h0 (O(E + (n + 1)K) = 0
が成り立つので,π(Cν0 ) = 0.よって (2.44) が示された.さらに,π(Cν0 ) = 0 より,
−2 − Cν20 = Cν0 .K < 0.従って Cν20 > −2 が成り立つ.曲面 S 上には (−1)-curve は存
在しないので,Cν20 ≥ 0.従って,(2.45) も示された.
Step 3-2 K.K < 0 の場合.
主張 任意の因子 E に対して,
h0 (O(E + nK)) = 0
for n ≫ 0.
[ 主張の証明 ] 十分大きい n0 を一つ固定し,K.(E + n0 K) < 0 を満たすようにする.
ここで,次を仮定する:n0 以上の整数 m が存在して,
h0 (O(E + mK)) ̸= 0
が成り立つ.今,D =
∑
aν Cν ∈ |E + mK| を一つ選ぶと,K.D = K.(E + mK) ≤
K.E + n0 K.K < 0.従って K.Cν0 < 0 を満たす曲線 Cν0 が存在する.曲面 S は (−1)曲線を持たないという仮定から,Cν0 .Cν0 ≥ 0 が成り立つ.指数定理から,任意の有効因
子 D′ に対しても Cν0 .D ′ ≥ 0 が成立する.
しかし,十分大きな整数 m′ に対して D′ = E + m′ K とすれば,
D′ .Cν0 = (E + m′ K).Cν0 = E.Cν0 + m′ K.Cν0 < 0
となり,矛盾する.従って,n0 以上の任意の整数 m に対して,h0 (O(E + mK)) = 0 が
[ 主張の証明終わり ]
成立する.
さて,非常に豊富な因子 E を,
h0 (O(E + K)) ≥ 2
2.6 Castelnuovo-Enriques の定理
31
を満たすようにとる.さらに,上の主張より,次を満たすように整数 n をとることがで
きる:
h0 (O(E + nK)) ≥ 2
h0 (O(E + (n + 1)K)) ≤ 1.
|E + nK| は少なくともペンシルだから,一般元 D ∈ |E + nK| に対して補題 2.29 が成
∑
立する.すなわち,ペンシルの固定成分 E に対して D = E +
Cν と表され,
(Cν )2 ≥ 0
for all ν
が成立する.(2.46) を −Cν に対して適用すると,
h0 (O(K + Cν )) ≥ π(Cν ) ≥ 0
である.また,
h0 (O(K + Cν )) ≤ h0 (O(K + D)) = h0 (O(E + (n + 1)K) ≤ 1
であるから,π(Cν ) = 0 またはπ(Cν ) = 1 が成り立つ.π(Cν ) = 0 のときは Cν が目的の
曲線である.従って π(Cν ) = 1 を仮定する.このとき,上の不等式から
1 ≤ π(Cν ) ≤ h0 (O(K + Cν )) ≤ 1
だから,h0 (O(K + Cν )) = 1 である.今,K + Cν と線型同値な零でない有効因子 D′ が
存在する.実際,そうでないとすると K ∼ −Cν ,従って Cν .Cν = K.K < 0 が成り立つ
が,S の仮定から矛盾する.
さて,π(Cν ) = 1 より,
D′ .Cν = (K + Cν ).Cν = 2(π(Cν ) − 1) = 0.
ここで,D ′ =
∑
aµ Eµ と置くと,
D′ .Cν =
∑
aµ Eµ .Cν = 0
しかし,(Cν )2 ≥ 0 より指数定理から,任意の µ に対して Eµ .Cν ≥ 0 だから,
Eµ .Cν = 0
for all µ.
また,
D′ .K = (K + Cν ).K
= K.K + (K.Cν + Cν .Cν ) − Cν .Cν
= K.K + 0 − Cν .Cν < 0
32
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
だから,ある曲線 Eµ0 が存在して,Eµ0 .K < 0 をみたす.しかしこのとき,
0 > Eµ0 .K
= Eµ0 .(K + Cν )
= Eµ0 .D′
∑
= Eµ0 .(
aµ E µ )
∑
= aµ0 Eµ0 .Eµ0 +
aµ Eµ0 .Eµ
µ̸=µ0
≥ aµ0 Eµ0 .Eµ0
≥ Eµ0 .Eµ0
だから,結局 Eµ0 は (−1)-曲線であり,S の仮定に反する.従って矛盾.
Step 3-3 K.K > 0 の場合.(2.46) を −K に適用すると,h0 (O(2K)) = 0 より
h0 (O(−K)) ≥ π(K) =
K.K − K.(−K)
+1>1
2
だから,| − K| はペンシルを含む.従って,一般元 D ∈ | − K| に対して補題 2.29 が成
立.すなわち,| − K| の固定成分 E に対して D = E +
∑
Cν と表されて,
(Cν )2 ≥ 0 for all ν
が成立する.
D が可約であるときは,任意の Cν が求める曲線である:今,曲線 Cν0 を一つ固定す
る.このとき,
h2 (O(−Cν0 ))
= h0 (O(K + Cν0 ))
= h0 (O(Cν0 − D))
∑
= h0 (O(−E −
aν Cν + Cν0 ))
∑
= h0 (O(−E −
aν Cν − (aν0 − 1)Cν0 ))
ν̸=ν0
=0
である.さらに (2.46) を −Cν0 に適用すると
0 = h2 (O(−Cν0 )) ≥ π(Cν0 ) ≥ 0
であるから,π(Cν0 ) = 0.従って目的の曲線が得られた.
従って D が既約であると仮定する.このとき D ∼ −K だから,π(D) = 1 である.今,
E を非常に豊富な因子で,K の整数倍でないものをとる.さらに,h0 (O(E + K)) ≥ 1 を
2.6 Castelnuovo-Enriques の定理
33
仮定する.これにより,次を満たすように整数 n0 をとることができる(証明は Step3-1
の 主張 の証明と同様):
h0 (O(E + n0 K)) ≥ 1
h0 (O(E + (n0 + 1)K)) = 0.
E ≁ −n0 K だから,E + n0 K に線型同値な非自明因子 D′ =
∑
aν Cν をとることができ
る.(2.46) を −Cν に対して適用して,h0 (O(K + D ′ )) = h0 (O(E + (n0 + 1)K)) より,
0 ≤ π(Cν ) ≤ h0 (O(K + Cν )) ≤ h0 (O(K + D′ )) = 0,
従って π(Cν ) = 0.これより,(Cν )2 = −(2 + K.Cν ) が成り立つ.ここで,D は既約だ
から,D.D ≥ 0,従って指数定理より
K.Cν = −D.Cν ≤ 0 for all ν
である.K.Cν ≤ −2 の場合は (Cν )2 ≥ 0 となり,Cν が求める曲線である.K.Cν = −1
の場合は Cν が (−1)-curve であるため,S の仮定に反する.従って,K.Cν = −D.Cν = 0
を仮定する.このとき,(Cν )2 = −2 がなりたつ.さらに
h0 (O(D − Cν )) > 0
が成り立つ.実際,曲面における Riemann-Roch の定理を D − Cν に適用し計算するこ
とで得られる.
h0 (O(D − Cν )) + h0 (O(K − D + Cν )) ≥
(D − Cν )2 − K.(D − Cν )
+ 1.
2
ここで左辺の第 2 項は
h0 (O(K − D + Cν )) = h0 (O(2K + Cν )) ≤ h0 (O(2K + D′ )) = 0.
さらに,右辺を計算すると,
(D − Cν )2 − K.(D − Cν )
+1
2
D.D − 2D.Cν + Cν .Cν − K.D + K.Cν
=
+1
2
2D.D − 2
=
+1
2
= D.D
= K.K > 0
であるから h0 (O(D − Cν )) > 0 が得られる.
34
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
従って,D − Cµ に線型同値な非自明な因子 Γ =
∑
bµ Γµ が得られる. 実際,非自明
な因子が無いならば,Cµ ∼ D であり,K.K = Cµ .Cµ = −2 となり矛盾する.(2.46) に
−Γν を適用すれば,h0 (O(K + Γµ )) ≤ h0 (O(K + Γ)) = h0 (O(−Cν )) = 0 であることか
ら,0 ≥ π(Γµ ),従って,π(Γµ ) = 0 が従う.しかし今,
Γ.K = (−K − Cν ).K = −K.K < 0
であるから,曲線 Γµ0 が存在して,Γµ0 .K < 0 をみたす.Γµ0 .Γµ0 < 0 の時は Γµ0 が
(−1)-曲線となるため,矛盾.Γµ0 .Γµ0 ≥ 0 の時は Γµ0 が求める曲線である.
以上より K.K > 0 の場合が示されたので,定理の証明が完了した.
[ 定理 2.28 の証明終 ]
2.7 del Pezzo 曲面の分類
ここでは,非特異 del Pezzo 曲面の分類定理(定理 2.3)の証明を行う.まずは次の補
題を示す.
補題 2.32. r ≤ 8 とする.P2 上の r 点ブローアップにより得られた曲面を Sr と書く.
この r 点が,一般の位置にあることと,P2 上の任意の曲線 C に対して,
˜ S >0
(−KSr .C)
r
˜ は C の強変換である.
が成り立つことは同値である.ただし,C
□
[証明] {p1 , . . . , pr } を P2 の一般の位置にある r 個の点とする.π : Sr → P2 を
{p1 , . . . , pr } におけるブローアップとする.Ei := π −1 (pi ) を例外曲線,mi :=multpi (C)
を pi における C の重複度とする.また,k := degP2 C を C の次数とする.−KSr を単
˜ ≤ 0 を仮定して,矛盾
に −K ,交点形式 (·.·)Sr を単に (·.·) とかく.このとき,(−K.C)
˜ = 3k − m1 − · · · − mr だから,
を導く.(−K.C)
3k ≤ m1 + · · · + mr
が成り立つ.mi の順番を入れ替えて,
m1 ≥ · · · ≥ mr
を仮定してよい.
• k = 1 のとき,C は 1 次曲線だから,m1 ≤ 1.このとき,
{
r≥3
m1 = m2 = m3 = 1
である.これは 3 点 p1 , p2 , p3 が colinear であることを表しているから矛盾.
2.7 del Pezzo 曲面の分類
35
• k = 2 のとき,C は 2 次曲線だから,m1 ≤ 1.このとき,
{
r≥6
m1 = · · · = m6 = 1
である.これは 6 点 p1 , . . . , p6 が coconic であることを表しているから矛盾.
• k = 3 のとき,C は 3 次曲線だから,m1 ≤ 2.
⋄ m1 ≤ 1 のとき
{
r≥9
m1 = · · · = m9 = 1.
r ≤ 8 だから,この場合もおこらない.
⋄ m1 = 2 かつ m2 ≤ 1 のとき
{
r≥8
m1 = 2, m2 = · · · = m8 = 1
この場合,8 点 p1 , . . . , p8 は一般の位置ではない.したがって矛盾.
⋄ また,k = 3 だから,これら 2 通り以外は起こらない.
• k ≥ 4 の場合.
⋄ r ≤ 1 のとき,3k ≤ m1 が成り立つ.C が k 次曲線であることから,m1 ≤ k
が成り立ち,矛盾である.
⋄ 2 ≤ r ≤ 5 の場合.Γ ⊂ P2 を,p1 , p2 を通る直線とする.
∑
(C.Γ)P2 =
multp (C) ≥ multp1 (C) + multp2 (C)
p∈C∩Γ
が成り立つから,Bezout の定理より,
k = (C.Γ)P2 ≥ m1 + m2 ≥ 2m2
よって,m2 ≤
k
2
である.したがって,
3k ≤m1 + · · · + mr
≤m1 + m2 × (r − 1)
<k +
k
(r − 1)
2
k
= (r + 1)
2
≤3k
となるから,矛盾.
36
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
⋄ 6 ≤ r ≤ 7 の場合.Γ ⊂ P2 を,p1 , . . . , p5 を通る既約な 2 次曲線とする.Bezout
の定理より,
2k = (C.Γ)P2 ≥ m1 + · · · + m5 ≥ 5m5
よって,m5 ≤ 52 k である.したがって,
3k ≤m1 + · · · + mr
≤m1 + · · · + m5 + m5 × (r − 5)
2
≤2k + k(r − 5)
5
2
= rk
5
2
≤ 7k
5
<3k
となるから,矛盾.
⋄ r = 8 の場合.Γ ⊂ P2 を,p1 , . . . , p8 を通り,ノード特異点を p1 , . . . , p8 以外の点
でもつような,既約な 3 次曲線とする.Bezout の定理より,
3k = (C.Γ)P2 ≥ m1 + · · · + m8 + 1
よって,
m1 + · · · + m8 ≤ 3k − 1
となるから,矛盾.
˜ S > 0 が成り立つことが示された.
以上から,(−KSr .C)
r
逆に,P2 の r 個の点 {p1 , . . . , pr } が一般の位置にないと仮定する.π を P2 の点
{p1 , . . . , pr } のでブローアップとする.
(i) colinear であるような 3 点が存在するとき.これら 3 点を p1 , p2 , p3 とし,この 3
点を通る直線を l,˜
l を π による l の強変換とする.このとき,
∑
(−KSr .˜l)Sr = (−π ∗ KP2 −
Ei . π ∗ l − E1 − E2 − E3 )Sr
i
=3−3=0
である.
(ii) coconic であるような 6 点が存在するとき.この 6 点を p1 , . . . , p6 とし,これら 6
˜ とする.このとき,
点を通る 2 次曲線を C ,C の π による強変換を C
∑
˜ S = (−π ∗ KP2 −
(−KSr .C)
Ei . π ∗ C − E1 − · · · − E6 )Sr
r
i
=6−6=0
2.7 del Pezzo 曲面の分類
37
である.
(iii) ある 8 点が同一 3 次曲線上にあり,かつ,そのうち 1 点がその 3 次曲線の特異点
であるとき.これら 8 点及び 3 次曲線を p1 , . . . , p8 及び C とし,結節点を p1 とす
˜ を π による C の強変換とする.このとき,p1 は 2 重点なので,
る.C
˜ S = (−π ∗ KP2 −
(−KSr .C)
r
∑
Ei . π ∗ C − 2E1 − E2 − · · · − E8 )Sr
i
=9−2−7=0
である.
以上で補題 2.32 の証明が完了した.
■
del Pezzo 曲面の分類定理 2.3 の証明を行う.まず,P2 ,P1 × P1 ,Xd (定義 2.4)が
del Pezzo 曲面であることを示す.
• P2 について.
−KP2 = OP2 (3) は正の直線束だから,豊富である.
• P1 × P1 について.
p1 : P1 × P1 → P1 を第 1 射影,p2 を第 2 射影とする.このとき,
O(m, n) := p∗1 OP1 (m) ⊗ p∗2 OP1 (n)
を定義する.P1 × P1 上の標準束は
KP1 ×P1 := p∗1 KP1 ⊗ p∗2 KP1 = O(−2, −2)
で定義される.Segre 埋め込み s : P1 × P1 → P3 により,O(1, 1) = s∗ O(1) であ
るから,
−KP1 ×P1 = O(2, 2) = s∗ O(2)
したがって,−KP1 ×P1 は豊富である.
• P2 の一般の位置にある r 点におけるブローアップ Sr = X9−r について(r ≤ 8).
補題 2.32 より,Sr 上の任意の曲線 C に対して,(−KSr .C)Sr > 0 である.また,
(−KSr )2 = (−KP2 )2 − r = 9 − r > 0,
であること,及び,中井の判定法(定理 1.3)により,−KSr は豊富である.
次に,逆を示す.S を非特異 del Pezzo 曲面 とする.−KS が豊富だから,任意の正整
数 m に対して,|mKS | = ∅,よって多重種数は Pm (S) := h0 (X, mKS ) = 0 である.さ
らに,小平の消滅定理より,
h1 (S, OS ) = h1 (S, −KS + KS ) = 0.
38
第 2 章 非特異 del Pezzo 曲面の分類
特に,q(S) = h1 (S, OS ) = 0 が成り立つ.したがって,Castelnuovo-Enriques の定理
2.28 より,S は有理曲面である.
S が第 1 種例外曲線を含むと仮定し,それを E と書く.π : S → T を例外曲線 E
˜ とし,
のコントラクションとする.C を T 内の任意の曲線とする.C の強変換を C
m := multπ(E) C とする.このとき,
(−KT .C)T = −(π ∗ KT .π ∗ C)S
= −(π ∗ KT .C˜ + mE)S
˜ S
= −(π ∗ KT .C)
˜ S
= (−KS + E.C)
˜ S + (E.π ∗ C − mE)S
= (−KS .C)
˜ S + (E. − mE)S
= (−KS .C)
˜ S +m
= (−KS .C)
>m>0
である.さらに,
(−KT )2T = (−KS )2S + 1 > 0
だ か ら ,中 井 の 判 定 法( 定 理 1.3)よ り ,−KT は 豊 富 で あ る .し た が っ て ,T も
del Pezzo 曲面 である.
S 内の第 1 種例外曲線をコントラクトすることを繰り返して,(−1) 曲線を持たない曲面
S0 と写像 π0 : S → S0 を得る.このとき,定理 2.24 より,S0 は P2 または,Hirzebruch
曲面 Fn に同型である.
しかし,補題 2.14 より,
(−KFn .E∞ )Fn = 2 − n
(2.47)
であるから,中井の判定法(定理 1.3)より,n ≥ 2 のとき −KFn は豊富でない.
さらに,F1 は第 1 種例外曲線を含むから,n = 0 である.したがって S0 ∼
= P1 × P1 ま
たは S0 ∼
= P2 である.P1 × P1 の 1 点ブローアップは P2 の 2 点ブローアップであるか
ら,S ≇ P1 × P1 であれば,S0 ∼
= P2 となる.
P2 上の r 点ブローアップにより得られた曲面を Sr と書く.このとき,
(−KSr )2Sr = (−KP2 )2P2 − r = 9 − r
だから,中井の判定法(定理 1.3)により,−KSr が豊富であるためには r ≤ 8 であるこ
とが必要である.
−KSr の豊富性を仮定しているので,中井の判定法(定理 1.3)より,Sr の任意の既約
曲線 D に対して,(−KSr .D)Sr > 0 が成り立つ.したがって,P2 上の任意の曲線 C が
˜ S > 0 である.補題 2.32 より,P2 上の r 点は一般の位置にある.
存在して,(−KSr .C)
r
2.7 del Pezzo 曲面の分類
39
したがって,非特異 del Pezzo 曲面は P2 ,P1 × P1 ,P2 の一般の位置にある 8 個以下の
点におけるブローアップ Sr である.
以上から,非特異 del Pezzo 曲面の分類定理 2.3 の証明が完了した.
[ 定理 2.3 の証明終わり ]
41
第3章
del Pezzo 曲面の反標準写像
d を 0 ≤ d ≤ 9 とする.Xd を次数 d の del Pezzo 曲面とする.−KXd を Xd の反標準
束とする.ここでは,del Pezzo 曲面が反標準写像によってどのように射影空間内に実現
されるかを見る.
定理 3.1. 各次数 d に対して,Xd は以下と双正則同値である:
5≤d≤9 Pd 内の d 次曲面.
d=4 Pd 内の異なる 2 つの 2 次超曲面の完全交叉.
d=3 P3 内の 3 次曲面.
d=2 P2 の二重分岐被覆空間で,分岐因子は P2 の 4 次曲線.
d=1 P3 内の 2 次曲線の錐の二重分岐被覆空間で,3 次曲面によるカットは種数 4 の曲
線であり,この曲線で分岐する.
□
さらに,上の各々の空間は,d 次 del Pezzo 曲面である.
本章では,この定理の証明を目標とする.各節に移る前に,次の命題を証明する.
命題 3.2. n > 0 に対して多重反標準系 | − nKXd | の次元は
dim | − nKXd | =
n(n + 1)
d
2
□
である.
[ 証明 ] −nKXd に対して曲面に関する Riemann-Roch の定理から,
h0 (−nK) − h1 (−nK) + h2 (−nK) = χ(OXd ) +
(−mK)2 − K.(−mK)
2
が成り立つ.この式において,左辺の第 2 項,第 3 項は 0 である.実際,h1 (−nK) = 0
42
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
は,h1 (−K) = 0 より従う.K は負の直線束であるから,h2 (−nK) = h0 ((n + 1)K) = 0
である.
一方,χ(OXd ) = h0,0 − h0,1 + h0,2 = 1 − q(Xd ) + pg (Xd ) が成り立つ.ここで,q(Xd )
は不正則数であるが,del Pezzo 曲面は有理曲面であり,Casternouvo-Enriques の定理
2.28 から q(Xd ) = 0 である.また,pg (Xd ) = P1 (Xd ) = h0 (K) = 0 であるから,
h0 (−nK) = 1 +
n2 + n
n2 + n 2
K =1+
d
2
2
■
が成り立つ.
反標準系 | − KXd | の元を反標準曲線という.反標準曲線についてはつぎの事実が知ら
れている.
命題 3.3. 一般の反標準曲線は既約かつ被約である.すなわち,一般元の既約分解
∑s
i=1
ai Ci に対して,s = 1 であり,さらに a1 = 1 である.
□
ここでは,次数 1, 2 の del Pezzo 曲面に対してのみ,この命題の証明を行う.すなわち,
命題 3.4. 次数 1, 2 の del Pezzo 曲面の,一般の反標準曲線は既約かつ被約である.
□
この命題の証明のために,次の形の Bertini の定理を用いる.
定理 3.5. M を代数閉体上の代数多様体の線形系であり,固定部分がないものとする.こ
のとき,以下の 1 または 2 が成り立つ:
1
ImΦM は曲線である.
2
M の一般元は既約である.
ただし,ΦM は M から誘導される有理写像である.(第 1 章 (1.5) を参照.)
□
さらに,次の命題を証明する.
命題 3.6. X を非特異 del Pezzo 曲面とする.X の反標準系の元で,既約でないまたは,
被約でないものは,任意の既約成分が非特異有理曲線である.
[ 証明 ] ∑k
i=1
□
ai Ci ∈ | − KX | が既約でないまたは,被約でないとする.このとき,
43
任意に i を固定し,
2pa (Ci ) − 2
= Ci .(Ci + KX )
1
ai − 1
= Ci .(Ci + KX +
KX )
ai
ai
∑ aj
ai − 1
= −Ci .(
Cj ) −
Ci .(−KX )
ai
ai
j̸=i
と,式変形する.ここで,既約でないとき第 1 項が負,被約でないとき第 2 項が負であ
る.したがって,2pa (Ci ) − 2 < 0 だから,pa (Ci ) = 0,したがって g(Ci ) = 0 だから,
Ci ∼
= P1 である.
■
[ 命題 3.4 の証明 ] 次数 d = 1, 2 の非特異 del Pezzo 曲面を X とする.| − K| を X の
反標準系とし,M と F をそれぞれ | − K| の可動部分,固定部分とする.F ̸= 0 であれば,
任意の元 C ∈ M の算術種数は pa (C) = 0 である.実際,Riemann-Roch の定理より,
h0 (C + K) + h2 (C + K) ≥
(C + K).C
+ χ(OX )
2
(3.1)
が成り立つ.C + K = F だから,h0 (C + K) = 0,h2 (C + K) = h0 (−C) = 0,さらに,
χ(OX ) = 1 だから,
(C + K).C ≤ −2
(3.2)
2pa (C) = 2 + (C + K).C ≤ 2 − 2 = 0
(3.3)
である.随伴公式から,
である.したがって,F ̸= 0 のとき pa (C) = 0 が成り立つ.
次の場合に分ける:
(i)
ImΦM が曲面であるとき.
(ii)
ImΦM が曲線であるとき.
(i) の場合,Bertini の定理 3.5 より,M の一般元は既約である.したがって,F = 0 の
場合は命題が示された.F ̸= 0 の場合は起こらないことを示す.このとき,C ∈ M に対
して pa (C) = 0 であるから,随伴公式より,
C 2 + 2 = −K.C ≤ −K.(C + F ) = (−K)2 = d
(3.4)
である.ここで,d = 2 の場合について,C は連結であることを示す.C は連結でないと
仮定し,C1 , C2 は互いに非連結とし,C = C1 + C2 とする.i = 1, 2 に対して,線形独立
な元 si , ti ∈ H 0 (OX (Ci )) をとる.非連結性により,s1 t1 , s1 t2 , s2 t1 , t1 t2 ∈ H 0 (OX (C))
44
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
は再び線形独立である.したがって,h0 (OX (C)) = h0 (−K) = d + 1 ≥ 4 であるがこれ
は矛盾.よって,C は連結である.
ここで,C とは異なる元 C ′ ∈ |C| をとる.自然な完全列
0 → OX → OX (C ′ ) → OC (C ′ ) → 0
(3.5)
から誘導されるコホモロジーの完全系列
0 → H 0 (OX ) → H 0 (OX (C ′ )) → H 0 (OC (C ′ )) → H 1 (OX ) = 0
(3.6)
と C の連結性から,
h0 (OX (C)) = 1 + h0 (OC (C ′ )) = 1 + C 2 + 1 = C 2 + 2
(3.7)
dim |C| = h0 (OX (C)) − 1 = C 2 + 1
(3.8)
だから,
が成り立つ.したがって,d = 2 の場合は,
d = dim | − K| = dim |C| = C 2 + 1 < C 2 + 2 ≤ d
(3.9)
であり,矛盾が導かれる.
d = 1 の場合について,(3.4) より,C 2 + 2 ≤ d = 1 である.したがって,C ∈ M に対
して,
C 2 ≤ −1
(3.10)
である.一方で,dim |C| = dim |−K| = 1 であるから,線形独立な元 s1 , s2 ∈ H 0 (O(C))
が存在する.Ci = {si = 0} とおくと,
C 2 = C1 .C2 ≥ 0
であり,(3.10) に矛盾する.
次に,(ii) の場合である.M の一般曲線の既約分解を
∑s
i=1
Ci (s ≥ 2) とする.ここ
で,命題 3.6 から,任意の i に対して Ci ∼
= P1 である.また,Ci2 = 0 である.ここで,
dim M = s であることを示す.s = 2 のとき,M の一般曲線は C1 + C2 である.まず,
C1 .C2 =: k ≥ 0 と置くと (C1 + C2 )2 = 2k である.完全列
0 → O → O(C1 ) → OC1 (C1 ) → 0
(3.11)
において,C12 = 0 から,OC1 (C1 ) = OC1 である.したがって,H 1 (O(C1 )) = 0 である.
さらに,完全列
0 → O(C1 ) → O(C1 + C2 ) → OC2 (C1 + C2 ) → 0
(3.12)
45
において,C1 .C2 = k により OC2 (C1 + C2 ) = OC2 (C1 ) = OC2 (k) だから,コホモロ
ジーの完全列
f
· · · → H 0 (O(C1 + C2 )) −
→ H 0 (OC2 (k)) → H 1 (O(C1 )) = 0
(3.13)
が誘導される.したがって,
h0 (OC2 (C1 + C2 ))
= h0 (O(C1 )) + h0 (OC2 (k))
= 2 + (k + 1)
=k+3
である.したがって,dim M = dim |C1 + C2 | = k + 2 である.k = 0 のときは
dim M = 2 であるから,主張が証明される.k > 0 のときは起こらないことを示す.こ
のとき (C1 + C2 )2 > 0 である.完全列 (3.13) の写像 f の全射性から,|C1 + C2 | の底点
は C2 上にない.C1 と C2 を入れ替えて,同様の議論により,|C1 + C2 | の底点は C1 上
にもないから,|C1 + C2 | は底点を持たない.したがって,|C1 + C2 | から誘導される正
則写像を Φ|C1 +C2 | とすると,(C1 + C2 )2 > 0 であり,dim Φ|C1 +C2 | (X) = 2 となり,仮
定に反する.よって,dim M = 2 である.
s = 3 のとき,s = 2 の場合と同様の議論により,Ci .Cj = 0 であり,とくに i ̸= j に対
して dim |Ci + Cj | = 2 である.2 つの完全列
0 → O → O(C1 + C2 ) → OC1 +C2 (C1 + C2 ) = OC1 +C2 → 0
0 → O(C1 + C2 ) → O(C1 + C2 + C3 ) → OC3 (C1 + C2 + C3 ) = OC3 → 0
(3.14)
(3.15)
から,
h0 (OC2 (C1 + C2 + C3 ))
= h0 (O(C1 + C2 )) + h0 (OC3 )
=3+1
=4
がなりたつ.したがって,dim M = dim |C1 + C2 + C3 | = 3 である.
s > 3 については s = 3 と同様にして,帰納法により証明される.以上により,
dim M = s であることが示された.
一方で,随伴公式から
だから,
− K.Ci = Ci2 + 2 ≥ 2
(3.16)
s
s
∑
∑
(−K.Ci ) =
2 ≥ 2s
(3.17)
i=1
i=1
46
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
である.よって,
s≤
∑
1
1
(−K.
Ci ) = (−K)2
2
2
(3.18)
が成り立つ.以上から,
d = dim | − K| = dim M
=s
1
≤ (−K)2
2
1
= d
2
■
となり,矛盾が導かれる.
3.1 3 次の del Pezzo 曲面
この章では非特異 3 次 del Pezzo 曲面 を X と書くことにする.本節では以下を示す.
定理 3.7. X を非特異 3 次 del Pezzo 曲面 とする.このとき,X の反標準系 | − KX | は
非常に豊富である.したがって,反標準写像 Φ|−KX | が誘導される.Φ|−KX | は X を P3
□
内に 3 次超曲面として埋め込む.
3.1.1 準備
次の命題はどの次数の del Pezzo 曲面に対しても成り立つものである.
命題 3.8. 1 ≤ i ≤ 8 とする.π を P2 の一般の位置にある i 点 q1 , . . . , qi におけるブロー
アップとし,得られる曲面を Ti とおく.このとき,反標準系 | − KTi | の元は次の形の曲
線のみである;
π −1 (C) − E1 − · · · − Ei .
ただし,Ej := π −1 (qj ) は例外曲線,C は q1 , . . . , qi を通る P2 内の 3 次曲線である. □
[証明] −KP2 ∼ O(3) であり,
∗
−KTi = −π KP2 −
i
∑
Ej
j=1
を満たしている.従って,| − KTi | の元は π −1 (C) − E1 − · · · − Ei という形のみである.
ただし,C を P2 内の 3 次曲線である.残りは,
「C は P2 内の q1 , . . . , qi を通る 3 次曲線」
3.1 3 次の del Pezzo 曲面
47
の部分を示せば良い.C を P2 内の q1 , . . . , qi を通る 3 次曲線とすると,π による C の強
˜ は π −1 (C) − E1 − · · · − Ei である.逆に,任意に D ∈ | − KT | の元をとると,
変換 C
i
D.Ei = (π ∗ O(3) −
i
∑
Ej ).Ei = −Ei .Ei = 1
j=1
である.従って,π(D) は q1 , . . . , qi を通る.
■
3.1.2 P2 の点の独立性
さて,定理 3.7 の証明のために,次の独立性を定義する.
定義 3.9. 1 ≤ k ≤ 9 とする.P2 上の k 個の点 p1 , . . . , pk が独立であるとは,
∆ := {C; C は p1 , . . . , pk を通る 3 次曲線 }
に対して,
dim P(∆) = 9 − k
を満たすことである.k 個の点 p1 , . . . , pk が独立でない時,従属であるという;すなわち,
dim P(∆) > 9 − k
が成り立つことである.
□
独立性に関して,次が成り立つ.
補題 3.10. 8 点 p1 , . . . , p8 ∈ P2 が従属ならば,次のいずれかが成立:
(1)
8 点は全て,ある同一 2 次曲線上にある(このとき,その 8 点は “coconic” である
という).
(2)
8 点のうちある 5 点は同一直線上にある(このとき,その 5 点は “colinear” である
という).
□
[ 証明 ] この補題を示すために,次の 2 つの主張を示す.
主張 1 8 点のうちある 7 点が従属ならば,そのうち 5 点は colinear である.
主張 2 8 点が従属かつ,どの 7 点も独立かつ,どの 5 点も colinear でないならば,8 点
は coconic である.
2 つの主張を示すことができれば,補題 3.10 が証明される.
以下では,主張の証明を行う.
48
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
[主張 1 の証明] 一般性を失わずに,p1 , . . . , p7 が従属であるとして良い.従属性から,
7 点のうち,ある 1 点は,それ以外の点を通る全ての 3 次曲線に含まれる.番号を入れ替
えることにより,その点を p1 と書くことができる.すなわち,p2 , . . . , p7 を通る任意の 3
次曲線は p1 を通る.
ここで,Lij := pi pj を,相異なる 2 点 pi , pj を通る直線とする.因子としての和
L23 + L45 + L67 は p2 , . . . , p7 を通る 3 次曲線である.従属性から,p1 ∈ L23 + L45 + L67
をみたす.
このとき,p1 ∈ L23 または p1 ∈ L45 または p1 ∈ L67 が成り立つ.一般性を失わずに
p1 ∈ L23 が成り立つと仮定する.このとき,p1 , p2 , p3 は colinear である.L := L23 とお
く.次の 2 つの場合に分けて考える:
(i)
p4 , . . . , p7 の少なくとも 1 点が L に含まれる,
(ii)
p4 , . . . , p7 のうちどの 1 点も L に含まれない.
(i) のとき,p4 ∈ L と仮定して良い.p1 ∈ L25 + L36 + L47 だから,p1 ∈ L25 または
p1 ∈ L36 または p1 ∈ L47 である.すなわち,p5 ∈ L12 = L または p6 ∈ L13 = L または
p7 ∈ L14 = L が成り立つ.たとえば,p5 ∈ L12 = L の場合,p1 , . . . , p5 が colinear であ
る.残りの 2 つの場合も同様に colinear であることが示される.
(ii) のとき,3 つの 3 次曲線
p1 ∈ L24 + L35 + L67 ,
p1 ∈ L24 + L36 + L57 ,
p1 ∈ L25 + L36 + L47
を選び,p1 ∈
/ L24 , L25 , L35 , L36 であることから,p1 ∈ L47 かつ p1 ∈ L57 かつ p1 ∈ L67
である.したがって,p4 , p5 , p6 ∈ L17 だから,5 点 p1 , p4 , . . . , p7 が colinear である.
以上から主張 1 が示された.
[ 主張 1 の証明終了 ]
[主張 2 の証明] 8 点のうちで 7 点を任意に選び,p1 , . . . , p7 と番号を入れ替える.従
属性から,p1 , . . . , p7 を通る任意の 3 次曲線は p8 を通る.p1 , . . . , p7 のうち,colinear で
ない 3 点が存在する.それを p1 , p2 , p3 とする.C を p4 , . . . , p8 を通る 2 次曲線とする.
3 次曲線 C + L12 , C + L13 , C + L23 は 8 点全てを通る.このとき,p3 ∈ C かつ p2 ∈ C
かつ p1 ∈ C をみたす.したがって,p1 , . . . , p8 は coconic である.
以上から主張 2 が示された.
[ 主張 2 の証明終了 ]
■
3.1 3 次の del Pezzo 曲面
49
E2
C˜
C˜
˜2
P
E2
˜2
P
p1
p1
C
π
C
π
vp1
p2
p2
図 3.1
vp1
P2
P2
無限に近い 2 点 p1 , p2 (C が非特異)
図 3.2
無限に近い 2 点 p1 , p2 (C が特異
点を持つ)
3.1.3 P2 上の無限に近い 2 点
˜ → M を p2 ∈ M におけるブローアップとす
定義 3.11. M を複素多様体とする.π : M
る.p1 が p2 に無限に近いとは,p1 ∈ E2 = π −1 (p2 ) が成り立つことである.
˜を
このとき,M の曲線 C に対して,p1 , p2 が C 上の点であるとは,p2 ∈ C かつ p1 ∈ C
˜ は π による C の強変換である.
みたすときをいう.ただし,C
□
注意 3.12. 定義 3.11 のとき,次の 2 つの状況が成り立つ:
• C は p2 で非特異で,p2 における C の接線が p1 に対応する(図 3.1),
• C は p2 を特異点に持つ(図 3.2).
例 3.13. π : P˜2 → P2 を p2 ∈ P2 におけるブローアップとする.p1 を p2 に無限に近い
点とする.p3 を p2 と異なる P2 上の点とする.このとき,p1 , p2 , p3 が colinear である
とは,P2 上の直線 l が存在して,p2 , p3 ∈ l かつ p1 ∈ ˜
l が成り立つときである.
定義 3.9 の独立性は,無限に近い点に対しても定義される.すなわち,
定義 3.14. 1 ≤ k ≤ 9 とする.p2 , . . . , pk を P2 上の k − 1 個の点とする.また,p1 が
p2 に無限に近いとする.π を P2 の p2 におけるブローアップとする.このとき,k 点
50
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
p1 , . . . , pk が独立であるとは,
˜
∆ := {C; C は p2 , . . . , pk を通る 3 次曲線, p1 ∈ C}
に対して,
dim P(∆) = 9 − k
˜ は π による C の強変換である.k 個の点 p1 , . . . , pk が
を満たすことである.ただし,C
独立でない時,従属であるという:すなわち,
dim P(∆) > 9 − k
が成り立つことである.
□
次の命題は,補題 3.10 の「無限に近い」版である.
補題 3.15. p2 , . . . , p8 ∈ P2 とし,p1 が p2 に無限に近いとする.8 点 p1 , . . . , p8 ∈ P2 が
従属ならば,次のいずれか一方が成立:
(1)
8 点は coconic である.
(2)
8 点のうちある 5 点は colinear である.
□
[ 証明 ] 補題 3.10 の証明と同様にして,次の 2 つの主張を示す.
主張 1
8 点のうちある 7 点が従属ならば,そのうち 5 点は colinear である.
主張 2
8 点が従属かつ,どの 7 点も独立かつ,どの 5 点も colinear でないならば,8 点
は coconic である.
2 つの主張を示すことができれば,補題 3.15 が証明される.証明は,無限に近い点に注
意すれば,補題 3.10 と同様であるため,主張 1 のみ証明を行う.
[主張 1 の証明] 主張 1 の対偶「8 点のうちどの 5 点も colinear でないならば,p1 , . . . , p7
は独立」を示す.8 点のうちどの 5 点も colinear でないならば,補題 3.10 の証明の主張
1 から,p2 , . . . , p7 は独立.ここで,p1 , p2 , . . . , p7 が従属であると仮定して,矛盾を導く.
このとき,p2 , . . . , p7 を通る 3 次曲線は p1 を通る.次の 3 つの場合に分けて考える:
(i) p3 , . . . , p7 のある 2 点が L12 に含まれる,
(ii) p3 , . . . , p7 のある 1 点も L12 に含まれる,
(iii) p3 , . . . , p7 のどの点も L12 に含まれない.
(i) のとき,L12 に含まれる 2 点を p3 , p4 とする.3 次曲線を p1 ∈ L25 + L36 + L47 と選
3.1 3 次の del Pezzo 曲面
51
ぶと,
p1 ∈ L25 , p1 ∈ L36 , p1 ∈ L47
p5 ∈ L12 , p6 ∈ L13 , p7 ∈ L14
p5 ∈ L12 , p6 ∈ L12 , p7 ∈ L12
∴ p5 , p6 , p7 ∈ L12
が成り立つ.したがって p1 , . . . , p5 は colinear である.
(ii) のとき,L12 に含まれる 1 点を p3 とする.3 つの 3 次曲線
p1 ∈ L24 + L35 + L67 ,
p1 ∈ L24 + L36 + L57 ,
p1 ∈ L25 + L36 + L47
をえらぶ.これら 3 つの 3 次曲線は p2 で特異点を持つ.仮定より,p3 ∈ L12 , pi ∈
/
L12 (4 ≤ i ≤ 7) が成り立つ.したがって,p1 ∈
/ L24 , L25 , L35 , L36 であることから,
p1 ∈ L47 かつ p1 ∈ L57 かつ p1 ∈ L67 である.p2 ∈ L47 かつ p2 ∈ L57 かつ p2 ∈ L67 だ
から,p4 , p5 , p6 ∈ L27 である.よって 5 点 p2 , p4 , . . . , p7 が colinear である.
(iii) のとき,p3 , . . . , p7 のどの点も L12 に含まれない.3 次曲線 L27 + L34 + L56 を一
つ選ぶと,これは従属性から p1 を含む.p1 ∈
/ L27 より,p1 ∈ L34 または p1 ∈ L56 が
成り立つ.すなわち,p2 ∈ L34 または p2 ∈ L56 である.ここで,p2 ∈ L34 を仮定する.
(p2 ∈ L56 を仮定しても結論は以下と同様.
)この場合,L′ を,点 p7 を通り,p1 , . . . , p6 を
通らない直線とする.3 次曲線 L23 + L56 + L′ を一つ選ぶと,これは従属性から p1 を含
む.p1 ∈
/ L23 より,p1 ∈ L56 が成り立つ.すなわち,p2 ∈ L56 である.最後に,3 次曲線
L27 + L35 + L46 を一つ選ぶと,これは従属性から p1 を含む.p1 ∈
/ L27 より,p1 ∈ L35
または p1 ∈ L46 が成り立つ.すなわち,p2 ∈ L35 または p2 ∈ L46 である.いずれの場
合も,p2 , . . . , p6 は colinear である.
[主張 2 の証明] これは省略する.
[補題 3.15 の証明終了]
のこり3つの場合について補題を示す必要がある.すなわち
• p1 , p2 が p3 に無限に近い場合
• p1 が p2 に無限に近いかつ p3 が p4 に無限に近い場合
• p1 が p2 に無限に近いかつ p2 が p3 に無限に近い場合
の場合である.これも,無限に近い点に注意すれば,補題 3.10,3.15 と同様であるため,
証明を省略する.
52
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
3.1.4 定理 3.7 の証明
p1 , . . . , p6 を P2 内の一般の位置にある 6 点とする.π : X → P2 を 6 点 p1 , . . . , p6 に
おけるブローアップとする.1 ≤ i ≤ 6 に対して,Ei := π −1 (pi ) とおく.定理 3.7 の証
明のために,次の場合に分けて証明する.
• | − KX | が X 上の相異なる 2 点 p, q を分離すること,ただし,
(a) p, q ∈ X − ∪Ei ,
(b) p ∈ Ei , q ∈ X − ∪Ei ,
(c) p ∈ Ei , q ∈ Ej for i ̸= j,
(d) p, q ∈ Ei
の場合に分ける.また,
• | − KX | が X 上の接ベクトルを分離すること,ただし,
(e) p ∈ X − ∪Ei ,
(f) p ∈ Ei
の場合に分けて証明する.
ここでは (a),(e) のみ証明する.それ以外は,無限に近い点に注意すれば,(a),(e) の
証明と同様である.
(a) のとき 2 点 p, q を分離することを示す.このとき,p1 , . . . , p6 が一般の位置にある
から,p1 , . . . , p6 のうち,どの 3 点も colinear でなく,かつ,どの 6 点も coconic でない.
すなわち,8 点 π(p), π(q), p1 , . . . , p6 について,どの 5 点も colinear でなく,かつ,どの
8 点も coconic でない.したがって,8 点 π(p), π(q), p1 , . . . , p6 は P2 上で独立である.独
立性から,P2 内の 2 次曲線 C が存在して,π(q) ∈ C ,かつ,π(p), p1 , . . . , p6 ∈
/ C を満
˜ ∈ | − KX | について q ∈ C˜ ,かつ,p ∈
たす.このとき,C の π による強変換 C
/ C˜ であ
る.同様に (b),(c),(d) も証明される.
つぎに,(e) のときに,接ベクトルを分離することを示す.q ∈ X, v ∈ Tq X を任意にと
る.πq を q に関する X のブローアップとする.pv を πq について,v に対応する点とす
る.このとき,pv は q に無限に近い点である.p1 , . . . , p6 が一般の位置にあることと,補
題 3.15 より,8 点 pv , q, p1 , . . . , p6 は P2 上で独立である.独立性から,C ∈ | − KX | が
存在して,q ∈ C ,かつ,pv ∈
/ C˜ を満たす.すなわち,q ∈ C ,かつ,v ∈
/ Tq′ C を満たす.
同様に (f) も証明される.以上により,反標準写像が誘導される.
3.1 3 次の del Pezzo 曲面
53
命題 3.2 より,dim | − KX | = 3 である.したがって,反標準写像は Φ|−KX | : X → P3
である.φ := Φ|−KX | ,S := φ(X) とおくと,
degP3 (S) = ♯(S.P1 )
= S.O(1).O(1)
= (OS (1))2S
= (φ∗ OP3 (1))2X
= (−KX )2X
=3
であるから,φ による像 S は P3 の 3 次超曲面である.したがって,像 Φ|−KX | (X) は P3
内の 3 次超曲面である.
[定理 3.7 の証明終了]
注意 3.16. 定理 3.1 の 5≤d≤9 については,各 del Pezzo 曲面の反標準束が非常に豊富で
あることを示すことができれば(以降の注意 3.21 参照),(3.19) と同様の計算で証明する
ことができる.すなわち,5 ≤ d ≤ 9 に対して d 次 del Pezzo 曲面は Pd 内の d 次曲面と
反標準写像により双正則同値であることが示される.
□
次の定理は定理 3.7 の逆を与える.
定理 3.17. P3 内の 3 次超曲面は 3 次 del Pezzo 曲面 である.
□
[証明] S を P3 内の 3 次超曲面とする.S の反標準因子 −KS を求める.随伴公式
から,
KS = (KP3 + [S])|S
= (O(−4) + O(3))|S
= O(−1)|S .
従 っ て ,−KS ≃ O(1)|S で あ る か ら ,反 標 準 因 子 は 豊 富 で あ る .よ っ て ,S は
del Pezzo 曲面 である.さらに,
(−KS )2 = (O(1)|S )2
= (O(1) · S · O(1))P3
= (O(1) · O(1) · O(3))P3
= 3.
よって S の次数は 3 である.
■
注意 3.18. 定理 3.1 の 5≤d≤9 について,定理 3.17 と同様の証明で,Pd 内の d 次曲面が
d 次 del Pezzo 曲面であることが従う.
□
54
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
3.2 4 次の del Pezzo 曲面
命題 3.19. 4 次の非特異 del Pezzo 曲面は P4 内の相異なる 2 つの二次超曲面の完全交叉
□
である.
[ 証明 ] p1 , · · · , p5 を P2 の 5 点で,一般の位置にあるものとし,π : S → P2 を,
p1 , · · · , p5 におけるブローアップとする.このとき,S は 4 次の非特異 del Pezzo 曲面 で
ある.さらに,もう一点 p6 を,p1 , · · · , p6 が一般の位置にあるようにとり,π6 : S˜ → S
を S の点 π −1 (p6 ) でのブローアップとする.p6 の取り方から,S˜ は 3 次の非特異
del Pezzo 曲面 である.まず,有理写像 Φ|−KS | が埋め込みであることを示す.そのため
に,3 次の非特異 del Pezzo 曲面S˜ の反標準写像 Φ|−K | が埋め込みであることを用いる.
˜
S
ここで,次を注意する:
注意 3.20. 命題 3.8 より,S˜ の反標準系は
| − KS˜ | = {π6−1 (C) − E6 ; C ∈ | − KS |, π −1 (p6 ) ∈ C}
(3.19)
と表される.ここで,(3.19) の式の形から,ブローアップを繰り返すと反標準系の次元が
□
下がることにも注意する.
主張 1 | − KS | は底点を持たない.
[主張 1 の証明] まず,S は P2 の 5 点ブローアップであり,
∗
−KS ≃ π OP2 (3) −
5
∑
Ei
(ただし,Ei := π −1 (pi )),
i=1
dim |OP2 (3)| = 9 だから,| − KS | の元で π −1 (p6 ) を通らないものが存在する.よって
| − KS | に底点があったとすれば,それは π −1 (p6 ) ではない点である.それを p′ とする.
このとき,π6−1 (p′ ) は | − KS˜ | の底点となり,矛盾する.従って | − KS | は底点を持た
ない.
3.2 4 次の del Pezzo 曲面
55
S˜
E6
π6∗ (v)
π6−1 (p′ )
C
π6−1 (p)
E6
S˜
π6
π6
v
S
π −1 (p6 )
p
p′
π6 (C)
π −1 (p6 )
S
π
π
p6
P2
図 3.3
主張 1 の証明
図 3.4
P2
主張 3 の証明
主張 2 | − KS | は S 上の任意の相異なる 2 点 p, q を分離する.
[主張 2 の証明] 分離しないと仮定して矛盾を導く.すなわち,S 上の相異なる 2 点 p, q に
対して,p を通る任意の S 上の反標準曲線は q も通ると仮定する.ここで p6 ∈ P2 を,S
上で p, q ̸= π −1 (p6 ) となるようにとる.π −1 (p6 ) で S をブローアップすると,仮定より
π6−1 (p) を通る S˜ の任意の反標準曲線は π6−1 (q) を通る.これは,| − KS˜ | が S˜ 上の相異
なる 2 点 π6−1 (p), π6−1 (q) を分離しないことを意味する.| − KS˜ | が非常に豊富であること
に矛盾する.
主張 3 | − KS | が接ベクトルを分離する.
[主張 3 の証明] 分離しないと仮定して矛盾を導く.すなわち,ある点 p とその接ベクトル
v ∈ Tp′ S が存在し,p を通るどの反標準曲線 D ∈ | − KS | に対しても v ∈ Tp′ D を満たす
と仮定する.p ̸= π −1 (p6 ) となるように p6 ∈ P2 をとると,命題 3.8 より π6−1 (p) を通る
S˜ の任意の反標準曲線 C は π −1 (p6 ) ∈ π6 (C) を満たす.また,π6 (C) ∈ | − KS | だから,
v ∈ Tp′ (π6 (C)) を満たす.従って,点 π6−1 (p) と π6∗ (v) に対して,π6−1 (p) を通る任意の反
標準曲線 C は π6∗ (v) ∈ Tπ′ −1 (p) C を満たす.これは | − KS˜ | が接ベクトルを分離すること
6
に反する.
以上の 3 つの主張から,反標準写像 Φ|−KS | : S → P4 は埋め込みである.以下,
φ4 := Φ|−KS | とかく.P4 の二次超曲面の次元は
dim |OP4 (2)| = 14
である.一方で,命題 3.2 より,
dim | − 2KS | =
2·3
· 4 = 12
2
56
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
である.従って,−2KS = φ∗4 OP4 (2) より,
dim |OP4 (2)| − dim |φ∗4 OP4 (2)| = 2
が成り立つ.すなわち,φ4 (S) は P4 内の相異なる二次超曲面 Q,Q′ の共通部分に含まれ
ている;φ4 (S) ⊂ Q ∩ Q′ .φ4 (S) は P4 の 2 次元の部分代数多様体だから φ4 (S) = Q ∩ Q′
■
が成り立つ.
注意 3.21 (定理 3.1 の 5≤d≤9 の証明). 5 ≤ d ≤ 9 に対して,d 次 del Pezzo 曲面の反標
準束が非常に豊富であることの証明は,定理 3.19 と同様に行うことができる.注意 3.16
より,5 ≤ d ≤ 9 に対して d 次 del Pezzo 曲面は Pd 内の d 次曲面と反標準写像により双
□
正則同値であることが示された.
次の命題は,命題 (3.19) の逆である;
命題 3.22. Q,Q′ を P4 の相異なる 2 つの二次超曲面とし,その共通部分 Q ∩ Q′ が非特
異であるとする.このとき,S := Q ∩ Q′ と置くと,S は 4 次の del Pezzo 曲面 である.
□
[証明] S の反標準因子 −KS を求める.随伴公式から,
KQ = (KP4 + [Q])|Q
= (O(−5) + O(2))|Q
= O(−3)|Q
∴ KS = (KQ + [S])|S
= (KQ + [Q′ ]|Q )|S
= (O(−3)|Q + O(2)|Q )|S
= (O(−3) + O(2))|S
= O(−1)|S .
従 っ て ,−KS ≃ O(1)|S で あ る か ら ,反 標 準 因 子 は 豊 富 で あ る .よ っ て ,S は
del Pezzo 曲面 である.さらに,
(−KS )2 = (O(1)|S )2
= (O(1).S.O(1).S)P4
= (O(1).O(1).Q.Q′ )P4
= (O(1).O(1).O(2).O(2))P4
= 4.
よって S の次数は 4 である.
■
3.3 2 次の del Pezzo 曲面
57
3.3 2 次の del Pezzo 曲面
命題 3.23. 次数 2 の del Pezzo 曲面 X2 について,| − KX2 | は底点を持たない.
□
この命題を示すことができれば,| − KX2 | により誘導される有理写像は不確定点がない
ことがわかる.命題を示すためにいくつかの補題を用意する.
補題 3.24. S を代数曲面とする.C を S 上の既約な非特異曲線で,g(C) = 1 を満たす
とする.また,L を C 上の直線束で,degC L = 2 を満たすものとする.このとき,L の
なす完備線形系 |L| は底点を持たない.
□
[ 証明 ] 任意の x ∈ C に対して,σ ∈ H 0 (C, O(L)) が存在して,σ(x) ̸= 0 をみたす
ことを示せばよい.この主張を否定して,矛盾を導く.すなわち,ある x ∈ C が存在し
て,どんな L の切断 σ ∈ H 0 (C, O(L)) についても σ(x) = 0 であることを仮定する.こ
のとき,自然な完全列
0 → O(L − x) → O(L) → Ox (L) → 0
(3.20)
から誘導されるコホモロジーの完全系列
0 → H 0 (C, O(L − x)) → H 0 (C, O(L)) → Cx
(3.21)
について最後の写像がゼロ写像になる.よって,
H 0 (C, O(L − x)) ∼
= H 0 (C, O(L))
(3.22)
が成り立つ.一方で,(3.22) の左辺の次元は,
h0 (C, O(L)) − h0 (C, O(KC − L)) = 1 − g(C) + deg L
∴ h0 (C, O(L)) − h0 (C, O(−L)) = 1 − 1 + 2 = 2
∴ h0 (C, O(L)) = 2
であり,右辺の次元は
h0 (C, O(L − x)) − h0 (C, O(KC − L + x)) = 1 − g(C) + deg(L − x)
∴ h0 (C, O(L − x)) − h0 (C, O(−L + x)) = 1 − 1 + 1 = 1
∴ h0 (C, O(L − x)) = 1
が成り立つ.これは (3.22) に反するから矛盾.
■
補題 3.25. S を代数曲面とする.C を S 上の既約で,特異点をもつ曲線で,pa (C) = 1
を満たすとする.また,L を C 上の直線束で,degC L = 2 を満たすものとする.このと
き,L のなす完備線形系 |L| は底点を持たない.
□
58
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
[ 証明 ] C の特異点解消を π とし,C˜ を C の π による強変換とする.pa (C) = 1 よ
˜ は楕円曲線で C˜ ∼
り,C
= P1 であり,C の特異点はノード特異点またはカスプ特異点であ
˜ := π ∗ L とすると,deg L
˜ = 2 である.C˜ ∼
˜ = 2 より,L ∼
る.また,L
= P1 , deg L
= OP1 (2)
˜ の切断は斉次二次式全体と対応する:
だから,L
˜ ↔ {P1 の斉次二次式 }
H 0 (L)
τ ↔ ax2 + bxy + cy 2 .
(3.23)
(3.24)
˜ の 2 点を q, r とおく.すなわち,π(q) =
ここで,C の特異点を p とし,p に対応する C
π(r) = p である.q, r ∈ P1 と思うと,σ ∈ H 0 (C, O(L)) に対して,σ
˜ := π ∗ σ は σ
˜ (q) =
˜ の切断 τ で,τ (q) = τ (r) を満たすものは,π(τ ) ∈ H 0 (L)
σ
˜ (r) をみたす.逆に,O(L)
が成り立つ.ここで,一般性を失わずに q = [0 : 1], r = [1 : 0] を仮定すると,計算により
次の対応が成立する:
H 0 (L) ↔ {f : P1 の斉次二次式, f (q) = f (r)}
σ ↔ ax − axy + cy .
2
2
(3.25)
(3.26)
さて,次に場合分けをする.
Case 1 x ∈ C が C の非特異点のとき.
Case 2 x ∈ C が C の特異点のとき.
Case 1 の場合,一般性を失わずに π −1 (x) = [−1 : 0] としてもよい.このとき,斉次二
次式 f (x, y) := ax2 − axy + cy 2 として,a ̸= − 12 c となるものをとる.このとき,
f (−1, 0) = 2a + c ̸= 0
(3.27)
˜ の切断の π による像は L の切断である.この切断を
であるから,この f から得られる L
σf と書くと,σf (x) ̸= 0 を満たす.
Case 2 の場合,斉次二次式 g(x, y) := ax2 − axy + cy 2 として,c ̸= 0 となるものをと
る.このとき,
g(0, 1) = g(1, 0) = c ̸= 0
(3.28)
˜ の切断の π による像は L の切断である.この切断を
であるから,この g から得られる L
σg と書くと,σg (x) ̸= 0 を満たす.
よって,任意の x ∈ C に対して,σ ∈ H 0 (C, O(L)) が存在して,σ(x) ̸= 0 をみたす.
したがって,|L| は底点を持たない.
■
[命題 3.23 の証明] 命題 3.4 より,| − KX2 | の一般元は既約かつ被約な曲線である.一
般曲線 C ∈ | − KX2 | を任意にとると,随伴公式から
2pa (C) − 2 = C.(C + KX2 ) = 0
(3.29)
3.3 2 次の del Pezzo 曲面
59
が成り立つから pa (C) = 1 が成り立つ.また,
deg(−KX2 |C ) = C 2 = (−KX2 )2 = 2
(3.30)
が成り立つ.したがって,L = −KX2 |C として補題 3.24, 3.25 を適用すると,C 上任意
の点 x で消えないような −KX2 |C の切断 σ ∈ H 0 (C, O(−KX2 |C )) が存在する (♢).
| − KX2 | の底点は少なくとも C 上に存在する.自然に誘導されるコホモロジーの完
全列
♣
· · · → H 0 (X2 , O(−KX2 )) −
→ H 0 (C, O(−KX2 |C )) → H 1 (X2 , O(−KX2 − C)) → · · ·
(3.31)
について,
H 1 (X2 , O(−KX2 − C)) = H 1 (X2 , OX2 ) = 0
(3.32)
であるから,(3.31) の写像 ♣ は全射となる.したがって,切断 σ
˜ ∈ H 0 (X2 , O(−KX2 ))
で,σ
˜ の写像 ♣ による像が σ となるもの存在.また (♢) より,σ
˜ は C 上で恒等的に 0 で
はない.| − KX2 | の底点は C 上にも無いことが示され,したがって | − KX2 | の底点が存
■
在しないことが証明された.
以上から,| − KX2 | により写像
Φ|−KX2 | : X2 −→ P2
(3.33)
が誘導される.
命題 3.26. φ2 =: Φ|−KX2 | は 2 : 1 の分岐被覆写像で,分岐因子が 4 次である.
□
[証明] はじめに,2 : 1 であることを示す.任意の点 x ∈ P2 を通る,異なる 2 つの超平
面(P2 内の直線)l1 ̸= l2 を任意にとる.−K = φ∗2 li だから,
φ∗2 l1 · φ∗2 l2 = (−K)2 = 2
である.よって,φ2 は像への 2 : 1 写像である.さらに,φ2 は proper map である.
次に全射性を示す.全射でないと仮定して,矛盾を導く.proper mapping theorem よ
り,Imφ2 は P2 の部分代数多様体,すなわち,P2 内の曲線である.また,線形系から誘
導される写像の像は任意の超平面に含まれないから,Imφ2 は直線ではない曲線である.
従って,P2 内の異なる 2 つの超平面 H1 , H2 を Imφ2 ∩ H1 ∩ H2 = ∅ となるようにとる
ことができる.これは,H1 , H2 の引き戻し φ∗2 H1 , φ∗2 H2 が X2 内で2点で交わることに
反する.従って,φ2 は全射である.
分岐因子が 4 次曲線であることを示す.R ⊂ X2 を ramification divisor,B := φ(R)
を branch locus とする.任意の直線 l ⊂ P2 に対して,B · l = 4 であることを示せばよ
60
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
い.非特異な既約曲線 C ∈ | − KX2 | を任意に取ると,deg KC = 0 で,φ(C) は直線であ
る.よって φ|C : C → φ(C) ⊂ P2 に対して Hurwitz の公式を適用すると,
0 = deg KC = deg φ∗ Kφ(C) + deg R|C
= deg φ · deg Kφ(C) + deg R|C
= 2 · (−2) + deg R|C
∴ deg R|C = 4
従って,分岐点は C 上に高々 4 つある.この時,
R|C =
∑
(v(p) − 1)p
p∈C
と書ける.ただし,v(p) は分岐指数である.分岐点 p0 に対しては,
2 ≤ v(p0 ) − 1
∴ v(p0 ) ≥ 3
だから,分岐点は C 上に 4 つある. 任意の直線 l ⊂ P2 に対して,C = φ∗2 l ∈ | − KX2 | と
置くと,
B · l = φ(R) · l
= R · φ∗ l
=R·C
= deg R|C = 4
が成り立つ.従って,Bezout の定理より,分岐因子 B は 4 次曲線である.
■
次の命題は逆を与えている.
命題 3.27. P2 の分岐被覆空間で,P2 の 4 次曲線で分岐するものは,次数 2 の del Pezzo
□
曲面である.
[ 証明 ] B ⊂ P2 を非特異 4 次曲線とする.π : OP2 (2) → P2 を自然な射影とす
る.ベクトル束の同型 OP2 (4) ∼
= OP2 (2) ⊗ OP2 (2) を一つ固定する.OP2 (4) の切断 σ で,
div(σ) = B となるものをとる.このとき
S˜ := {(p, ξp ) ∈ P2 × OP2 (2)p ; ξp ⊗ ξp = σ(p)} ⊂ OP2 (2)
とおく.S˜ は OP2 (2) の部分多様体である.このとき,自然な射影 π を S˜ に制限した写像
˜ := π −1 B とおく.ω を P2 上
π|S˜ : S˜ → P2 は,B で分岐する P2 の 2 重被覆である.B
3.4 1 次の del Pezzo 曲面
61
の有理 2 形式とする.このとき,
KS˜ = div(π ∗ ω)
˜
= π ∗ div(ω) + B
˜
= π ∗ O(−3) + B,
˜ = π ∗ O(4) だから,
2B
˜
2KS˜ = π ∗ O(−6) + 2B
= π ∗ O(−6) + π ∗ O(4)
= π ∗ O(−2).
したがって,−KS˜ = π ∗ O(1) だから,S˜ の反標準束は豊富である.両辺の自己交点数を
計算すると,
4KS2˜ = π ∗ O(−2)2 = deg π|B˜ · (−2)2 = 8
∴ KS2˜ = 2
したがって,S˜ の次数は 2 である.以上から,P2 の分岐被覆空間で,P2 の 4 次曲線で分
岐するものは,次数 2 の del Pezzo 曲面であることが示された.
■
3.4 1 次の del Pezzo 曲面
定理 3.28. X を 1 次非特異 del Pezzo 曲面 とする.このとき,| − 2KX | は底点がなく,
dim | − 2KX | = 3 である.したがって写像
φ : X → P3
が誘導される.Q := φ(X) とおく.Q は非特異な 2 次超曲面上の錐(cone)である.ま
た,φ は Q の 2 重被覆であり,分岐因子は Q とある 3 次超曲面との共通部分である.さ
らに,その分岐因子は種数 4 である.
□
π : X → P2 を,一般の位置にある P2 上の 8 点 x1 , . . . , x8 のブローアップとする.P2
上の 3 次曲線は dim |OP2 (3)| = 9 である.8 点 x1 , . . . , x8 を通る 3 次曲線に制限したと
き,その曲線全体の集合の次元は 9 − 8 = 1 である.C, C ′ を 8 点を通る P2 上の相異な
る 2 つの 3 次曲線とすると,C, C ′ の第 9 点目の交点 x9 が存在する.x′9 := π −1 (x9 ) は
反標準系 | − KX | の底点である.
補題 3.4 から,| − KX | の一般曲線は既約かつ被約な曲線である.一般曲線 F を任意に
とる.自然な完全列 (♮)
0 → OX (−KX ) → OX (−2KX ) → OF (−2KX ) → 0
62
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
が誘導される.ここで,deg(−2KX |F ) = 2 であり,| − 2KX | が底点を持たないことを示
す.まず,随伴公式より,KF = (KX + [F ])|F = OF である.よって,−KX |F = [F ]|F
だから,deg(−KX |F ) = 2F.F = 2(KX )2 = 2 を満たす.補題 3.24,3.25 より,任意
の x ∈ F に対して OF (−2KX ) の切断 σ が存在して σ(x) ̸= 0 を満たす.したがって,
| − 2KX | の底点は F 上にある.完全列 (♮) から自然に誘導されるコホモロジーの完全列
H 0 (X, OX (−2KX )) → H 0 (F, OF (−2KX )) → H 1 (X, OX (−KX )) = 0
について,はじめの写像が全射である.この全射によって,任意の x ∈ F に対して
OX (−2KX ) の切断 σ
˜ が存在して σ
˜ (x) = σ(x) ̸= 0 を満たす.したがって,| − 2KX | は
底点を持たない.
以上から,写像
φ := Φ|−2KX | : X −→ | − 2KX |∗ = PH 0 (X, −2KX )∗ ∼
= P3
が誘導される.
以上の準備を元に,定理 3.28 を証明する.φ := Φ|−2KX | とおく.φ を F に制限す
ると,
φ|F : F −→ | − 2KX |F |∗
である.ここで,
2 = deg(−2KX |F )
= deg(φ|∗F O(1))
= deg φ|F · deg O(1)
= deg φ|F
だから,φ|F の次数は 2 である.したがって,k := deg φ > 1 である.また,Q = φ(X)
であり,t := deg Q = Q.OP3 (1) とおくと,
4 = (−2KX )2
= (φ∗ O(1))2
= deg φ · (OQ (1))2
= deg φ · Q · OP3 (1) · OP3 (1)
= kt
である.したがって,kt = 4 である.k, t の自然数解は k = t = 2 だから,deg Q =
2, deg φ = 2 である.以上から,Q は P3 内の 2 次超曲面である.
3.4 1 次の del Pezzo 曲面
63
また,任意の F ∈ | − KX | をとり,lF := φ(F ) ⊂ Q について,
2 · lF .OQ (1) = deg φ · φ(F ).OQ (1)
= F.φ∗ OQ (1)
= (−KX ).(−2KX )
=2
∴ lF .OQ (1) = 1
が成り立つ.したがって,lF は Q 内の直線である.
さらに,Q が錐であることを示す.上で見たように,| − KX | は底点 x′9 をもつ.した
がって,任意の F ∈ | − KX | について x′9 ∈ F だから,φ(x′9 ) ∈ φ(F ) = lF である.よっ
て,Q は錐であり,錐の頂点は φ(x′9 ) である.
つぎに,分岐因子について考察する.R ⊂ X を ramification divisor,B := φ(R) を
branch locus とする.随伴公式から,
KQ = (KP3 + [Q])|Q
= (OP3 (−4) + OP3 (2))|Q
= OP3 (−2)|Q
∗
φ KQ = φ∗ OP3 (−2)
= −2φ∗ OP3 (1)
= −2(−2KX )
= 4KX
である.また,Hurwitz の公式から,
KX = φ∗ KQ + R
= 4KX + R
∴ R = −3KX
である.ここで,k を,B = OQ (k) を満たす整数とする.このとき,
B.OQ (1) = OQ (k).OQ (1)
= Q.OP3 (k).OP3 (1)
= 2k
64
第 3 章 del Pezzo 曲面の反標準写像
であり,一方で
B.OQ (1) = φ(R).OQ (1)
1
=
φ∗ φ(R).φ∗ OQ (1)
deg φ
1
= 2R.(−2KX )
2
= 3 · 2(−KX )2
=6
である.したがって k = 3 だから,分岐因子 B は Q と,ある 3 次曲面の共通部分である.
最後に,分岐因子 B が種数 4 の曲線であることを証明する.種数公式から,2g(B)−2 =
B.(B + KQ ) である.ここで,
B.B = OQ (3).OQ (3)
= Q.OP3 (3).OP3 (3)
= 18
であり,
B.KQ = OQ (3).OQ (−2)
= Q.OP3 (3).OP3 (−2)
= −12
だから,2g(B) − 2 = 18 − 12 = 6 である.よって g(B) = 4 であることが示された.
[定理 3.28 の証明終わり]
最後に次の定理を示す.
定理 3.29. Q を P3 内の二次の錐とする.S を Q への二重被覆とし,分岐因子が P3 内
のある 3 次超曲面と Q の共通部分のなす非特異曲線であるものとする.このとき,S は
1 次の del Pezzo 曲面である.
□
[ 証明 ] B ⊂ P3 を P3 内のある 3 次超曲面と Q の共通部分のなす非特異曲線とする.
すなわち,B = OP3 (3)|Q である.π : OQ ( 32 ) → Q を自然な射影とする.ベクトル束の
同型 OQ (3) ∼
= OQ ( 32 ) ⊗ OQ ( 32 ) を一つ固定する.OQ (3) の切断 σ で,div(σ) = B とな
るものをとる.このとき
3
3
S := {(p, ξp ) ∈ Q × OQ ( )p ; ξp ⊗ ξp = σ(p)} ⊂ OQ ( )
2
2
とおく.S は OQ ( 23 ) の部分多様体である.このとき,自然な射影 π を S に制限した写
像 π|S : S → Q は,B で分岐する Q の 2 重被覆である.R := π −1 B とおく.このとき,
3.4 1 次の del Pezzo 曲面
65
2R = π ∗ B である.随伴公式から,
KQ = (KP3 + [Q])|Q
= (OP3 (−4) + OP3 (2))|Q
= OP3 (−2))|Q
である.したがって,
KS = π ∗ KQ + R
2KS = 2π ∗ KQ + 2R
= π ∗ OP3 (−4) + π ∗ OP3 (3)
= π ∗ OP3 (−1)
がなりたつ.2KS が豊富だから,反標準束 KS は豊富である.
また,両辺の自己交点数を計算すると,
4KS2 = π ∗ OP3 (−1)2 = deg π|S OP3 (−1).OP3 (−1).Q = 4
∴ KS2˜ = 1
である.以上から,P3 内の二次の錐への二重被覆空間で,分岐因子が P3 内のある 3 次超
曲面とその錐との共通部分のなす非特異曲線であるものは,1 次の del Pezzo 曲面である
ことが示された.
■
67
第4章
KE del Pezzo surface モジュライ空
間の Gromov Hausdorff コンパク
ト化
ある種の特異点を許した del Pezzo 曲面は,非特異な del Pezzo 曲面の列の「収束」
先として考察することができる.この章では,まずモジュライ空間上の距離(Gromov
Hausdorff 距離)を定義する.これによりモジュライ空間を距離空間として捉え,この距
離に関して閉包によりコンパクト化を行う.
4.1 ケーラーアインシュタイン計量
定義 4.1. (X, J, ω) をコンパクトケーラー多様体とする.ω がアインシュタインであると
は,実定数 λ が存在して,
Ric(ω) = λω
を満たすときである.このとき,ω をケーラーアインシュタイン計量(K¨
ahler-Einstein
計量)という.
□
68
第 4 章 KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
4.2 モジュライ空間
M を実 2n 次元の滑らかなコンパクト多様体とする.以下の集合を定義する;
−1
FM : = {J ∈ End(T M )|J は可積分複素構造,KM,J
は豊富 }
KE
FM
: Fano 構造の空間
: = {J ∈ FM | ω ∈ 2πc1 (M, J) s.t. Ric(ω) = ω}
∃
: K¨
ahler Einstein (KE) Fano 構造の空間
Diff(M ) : = {M の微分同型写像 }
GM : = {M 上の Riemann 計量 }
Met : = { コンパクト距離空間 }/isometry
KE
このとき,Diff(M ) は自然に FM
と GM に作用する.
Fano 多様体の KE 計量は一般に一意的ではない.次の定理は,Fano 多様体の KE 計
量の自然な一意性を示している.
定理 4.2 (板東・満渕の一意性定理 ’87 [5]). X を Fano 多様体とする.ω1 , ω2 ∈ 2πc1 (X)
を,X の相異なるケーラー形式とする.このとき,正則自己同型 ϕ ∈Aut0 (X) が存在し
て,ω1 = ϕ∗ ω2 を満たす.ただし,Aut0 (X) は,正則自己同型群 Aut(X) の単位元連結
□
成分である.
命題 4.3. 自然な写像
KE
D : FM
/Diff(M ) −→ GM /Diff(M )
(4.1)
□
が存在する.
KE
[証明] 写像 D による [J] の行き先は次の様に定義する;FM
の定義から,J に対し
て K¨
ahler 形式 ω が存在し,g(·, ·) := ω(J·, ·) によって M 上の計量 g ∈ GM が復元でき
る.これが代表する元を
D([J]) := [g] ∈ GM /Diff(M )
と定める.
KE
これが well-defined であることを示す.今,[J1 ] = [J2 ] ∈ FM
/Diff(M ) となる 2 つ
の元 J1 , J2 をとる.すなわち,ϕ∗ J2 = J1 を満たす ϕ ∈ Diff(M ) が存在するとする.示
すべきことは,D([Ji ]) = [gi ] に対して,[g1 ] = [g2 ] が成り立つことである.
いま,ϕ∗ ω2 ∈ c1 (M, ϕ∗ J2 ) = c1 (M, J1 ) が成り立つ.また,板東・満渕の一意性定
理 4.2 により,ψ ∗ ϕ∗ ω2 = ω1 を満たすような ψ ∈ Aut0 (M, J1 ) が存在する.ただし,
Aut0 (M, J1 ) とは,複素多様体 (M, J1 ) の正則自己同型群の,恒等写像を含む連結成分で
4.2 モジュライ空間
69
ある.これは,(ϕ ◦ ψ)∗ g2 = g1 と同値である.よって,[g1 ] = [g2 ] を満たすことが示さ
■
れた.
KE
注意 4.4. D(FM
/Diff(M )) はハウスドルフ空間であることが知られている.詳細は
□
[17],[18] を参照していただきたい.
次の二つの定理は [15],[4] を参照していただきたい.
□
定理 4.5. Fano 多様体は単連結である.
定理 4.6 (de Rham のケーラー多様体分解定理). M を単連結なケーラー多様体とする.
このとき,
M = M0 × M1 × · · · × Mk
と分解できる.ただし,M0 は複素ユークリッド空間,i ≥ 1 に対して Mi は単連結で完
備なケーラー多様体で,かつ,既約なホロノミー群をもつ.
□
次の定理は,de Rham の分解定理 4.6 の KE-Fano 版である.
定理 4.7 (KE-Fano Splitting Theorem). (M, g) を 2n 次元コンパクトリーマン多様体と
する.2 つの M 上の可積分複素構造 I, J が存在し,I ̸= ±J ,かつ,(M, g, I), (M, g, J)
が KE-Fano 多様体であると仮定する.このとき M は,より次元の低い KE-Fano 多様体
の直積に双正則同値である,すなわち,
M∼
= M1 × · · · Mk
for k ≥ 2.
ただし,各 Mi は KE-Fano 多様体で,dim Mi < dim M をみたす.
□
[証明] ωI (·, ·) := g(I·, ·), ωJ (·, ·) := g(J·, ·) により,ケーラー形式 ωI , ωJ を定義す
る.まず,次の 2 つの主張を示す:
主張 1 ωJ は調和形式である.
主張 2 ωJ は I に関して (1, 1) 型である.
[主張 1 の証明] M の余接空束の正規直交枠を {φi } とおき,
ωJ =
∑
φi ∧ φi
i
と表す.ωJ はケーラー形式だから,dωJ = 0 を満たす.したがって,δωJ = 0 を示せば
70
第 4 章 KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
よい.
∗ωJ =
∑
i
ˆ ∧ · · · ∧ φn ∧ φn
φ1 ∧ φ1 ∧ · · · ∧ φˆi ∧ φ
i
= const · ωJn−1
よって,
d ∗ ωJ = const · d(ωJn−1 ) = 0
∴ δωJ = 0
従って,
∆ωJ = (dδ + δd)ωJ = 0
[主張 1 の証明終]
である.
[主張 2 の証明] ωJ を I に関するタイプに分解する.
(2,0)I
ωJ = ωJ
(2,0)I
∆ωJ = ∆ωJ
(1,1)I
+ ωJ
(0,2)I
+ ωJ
(1,1)I
+ ∆ωJ
(0,2)I
+ ∆ωJ
(i,j)I
したがって,(i, j) = (2, 0), (1, 1), (0, 2) に対して ∆ωJ
=0
(i,j)I
= 0 だから,ωJ
は調和形
式である.ここで,Hodge-小平-中野の定理から,
H(2,0)I ∼
= H 0 (M, Ω2 ).
KM < 0 であることと,小平の消滅定理から,
h0 (M, Ω2 ) = hn−2 (M, Ωn ) = hn−2 (M, Ω0 (KM )) = 0.
したがって,
(2,0)I
ωJ
(0,2)I
= ωJ
=0
[主張 2 の証明終]
である.
ここで,S ∈End(T M ) を
Sp (v) := (iv ωI )♯J for p ∈ M, v ∈ Tp M
を満たすように定義する.ただし,♯J は J に関する musical isomorphism,すなわち,添
字を上げる作用である.このとき,v, w ∈ Tp M に対して,
ωJ (Sp (v), w) = iv ωI (w) = ωI (v, w)
が成り立つ.ただし,iv (·) は内部積である.S について,次が成り立つ;
4.2 モジュライ空間
71
(a)
S ̸= ±idT M
(b)
ker Sp = {0}
(c)
∇S ≡ 0(S は平行)
(d)
[S, I] = 0
(e)
g(Sv, w) = g(v, Sw) for v, w ∈ Tp M (S は対称)
これら 5 つの主張を示す.ただし,∇ はリーマン多様体 (M, g) の Levi-Civita 接続で
ある.
• (a) を示す;I ̸= ±J だから,ωI ̸= ±ωJ .S ̸= ±idT M を仮定すると,
ωI (v, w) = ωJ (Sp (v), w)
= ωJ (±v, w)
= ±ωJ (v, w)
∴ ωI = ±ωJ
であるから矛盾.
• (b) は ωI の非退化性より従う.
• (c) を示す;任意のベクトル場 X, Y ∈ X(M ) に対して,
(∇S)(X, Y ) := (∇X S)(Y ) := ∇X (S(Y ) − S(∇X Y ) = 0
を示せばよい.実際,g が平行であることと,S の定義より,
ωJ (∇X (S(Y )), Z) = XωJ (S(Y ), Z) − ωJ (S(Y ), ∇X Z)
= XωI (Y, Z) − ωI (Y, ∇X Z)
= ωI (∇X Y, Z)
= ω(S(∇X Y ), Z)
であり,ωJ の非退化性より従う.
• (d) を示す;
ωJ (S(Iv), w) = ωI (Iv, w)
= −ωI (v, Iw)
= −ωJ (Sv, Iw)
= ωJ (I(Sv), w).
72
第 4 章 KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
• (e) を示す;v, w ∈ Tp M に対して
g(Sv, w) = ωJ (Sv, Jw)
= −ωJ (SJv, w)
= −ωI (Jv, w)
= ωI (w, Jv)
= ωJ (Sw, Jv)
= g(Sw, v)
= g(v, Sw)
である.
よって,Sp は対角化可能であり,Tp M の固有分解には非自明な固有空間が少なくとも 2
つ含まれる.実際,非自明な固有空間が 1 つしかないと仮定する.その固有空間を V とす
る.任意の v ∈ V について,Sp v = λv となるような実数が存在する.(a) より,λ ̸= ±1
である.このとき,ωJ = λωI だから,J = λI である.よって,J 2 = (λI)2 = λ2 I 2 よ
り,λ2 = 1.したがって,λ = ±1 となり,矛盾が導かれる.
今,S が平行だから,M 上の任意のループ γ と,任意の v ∈ Tp M に対して,Pγ v を γ
に沿った v の平行移動とすると,
Sp Pγ v = Pγ Sp v = Pγ (λv) = λ(Pγ v),
が成り立つ.ここで,λ は v の Sp に対する固有値である.したがって,接続 ∇ に関する
ホロノミー群 Holp (g) の Tp M への作用は固有空間を保つ.したがって,固有分解
Holp (g) ⊂ U (n1 ) × · · · × U (nk ),
ただし,1 ≤ l ≤ k に対して nl は各固有空間の次元であり,k ≥ 2 である.定理 4.5 よ
り,Fano 多様体は単連結だから,de Rham の定理より,
M∼
= M1 × · · · × Mk
と分解でき,各 Ml はリーマン多様体である.最後に,各 Ml が KE-Fano 多様体である
ことを示す.M が Einstein であることから,Ric(g) = cg となる実定数 c が存在する.
M の局所座標を (z1 , . . . , zn ) ととると,
∑
g=
gij dzi ∧ d¯
zj
である.上の固有分解と座標変換により,



gij = 

G1
0
..
.
0
G2
..
.
···
···
..
.
0
0
..
.
0
0
···
Gk





4.2 モジュライ空間
73
とできる.ただし,Gl は正方行列である.このときの座標を,上の行列に合わせて,
z11 , z21 , . . . , zn1 1 , z12 , z22 , . . . , zn2 2 , . . . , z1k , z2k , . . . , znkk
と表す.この座標で Ric(g) と g を局所座標表示すると,
Ric(g) = i∂ ∂¯ log det gij
= i∂ ∂¯ log(det G1 · · · det Gk )
= i∂ ∂¯ log det G1 + · · · + i∂ ∂¯ log det Gk
∑
∑
∂2
∂2
=
i 1 1 log det G1 dzi1 ∧ d¯
zj1 + · · · +
i k k log det Gk dzik ∧ d¯
zjk
∂zi ∂ z¯j
∂zi ∂ z¯j
1≤i,j≤n1
1≤i,j≤nk
∑
∑
g=
(G1 )ij dzi1 ∧ d¯
zj1 + · · · +
(Gk )ij dzik ∧ d¯
zjk
1≤i,j≤n1
1≤i,j≤nk
であるから,1 ≤ l ≤ k に対して,
∑
1≤i,j≤nl
i
∑
∂2
l
l
log
det
G
dz
∧
d¯
z
=
(Gl )ij dzil ∧ d¯
zjl
l
i
j
∂zil ∂ z¯jl
1≤i,j≤n
l
すなわち,
i∂ ∂¯ log det Gl = cGl
が成り立つ.したがって各 Ml は KE-Fano 多様体である.
■
定義 4.8. Fano 多様体が既約であるとは,より次元の低い Fano 多様体の直積に分解でき
□
ないことである.
系 4.9. Fano 多様体 (M, g, J, ωJ ) が既約ならば,(M, g) を Fano 多様体とするような複
素構造は J, −J のみである.
□
KE
系 4.10. 写像 D : FM
/Diff(M ) −→ GM /Diff(M ) を既約な KE-Fano 多様体に制限し
た写像を Dirred とかく.Dirred は,像への generic な 2 対 1 写像である.
□
[証明] ImDirred の元 [g] を任意にとる.D([J]) = [g] となる M の複素構造 J を一
つ固定すると,(M, J, ωJ , g) は既約な KE-Fano 多様体である.このとき,系 4.9 から,
−1
Dirred
([g]) = {(M, J, ωJ , g), (M, −J, ω−J , g)}
(4.2)
■
である.
注意 4.11. 系 4.10 において,(4.2) の 2 つの元が,
(M, J, ωJ , g) ∼
= (M, −J, ω−J , g)
74
第 4 章 KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
となる場合がある.実際,例えば Pn 上で実係数多項式で定義される代数多様体は複素共
役により,微分同相に移り合う.ただし,一般の代数多様体上の複素共役は可微分である
とは限らない.系 4.10 の “generic” はこの意味で用いる.
4.3 コンパクト化
次に,Met 上に Gromov-Hausdorff(GH) 距離を定義する.
定義 4.12. コンパクト距離空間 (X, dX ), (Y, dY ) ∈ Met に対して,GH 距離を
dGH (X, Y ) := inf{dZ
H (X, Y )|X, Y ,→ Z : 等長埋め込み }
(4.3)
で定義する.ただし,dZ
H は (Z, d) ∈ Met の部分集合間の Hausdorff 距離である.すな
わち,
dZ
H (X, Y ) := max{sup inf d(x, y), sup inf d(x, y)}
x∈X y∈Y
y∈Y x∈X
(4.4)
□
である.
以下,証明なしで,幾つかの定理を紹介する.証明は全て証明は,[9] を参照していただ
きたい.
■
命題 4.13. (Met, dGH ) は距離空間をなす.
定義 4.14. (X, dX ), (Y, dY ) ∈ Met とする.
• 正数 r に対して,A ⊂ X の r 近傍を
A(r) := ∪x∈A Bx (r)
で定義する.ただし,Bx (r) は x ∈ X の r 近傍である.また,ある r について
A(r) = X を満たすとき A は X で ε 稠密であるという.
• F : X → Y が ε 擬等長写像であるとは以下の条件を満たすときをいう;
⋄ |dX (p, q) − dY (F (p), F (q))| ≤ ε f or all
p, q ∈ X ,
⋄ F (X) は Y で ε 稠密である.
□
補題 4.15. (X, dX ), (Y, dY ) ∈ Met とする.
• ある正数 ε に対して dGH (X, Y ) ≤ ε を満たすとき,3ε 擬等長写像 F : X → Y が
存在する.
4.4 del Pezzo 曲面の極限
75
• ε 擬等長写像 F : X → Y が存在するとき,dGH (X, Y ) ≤ 3ε をみたす.
■
補題 4.16. 自然な写像を次のように定義すると,それは連続な埋め込みである:
i : GM /Diff(M ) −→ Met
[g] 7−→ [(M, dg )]
GM /Diff(M ) の任意の元の代表元 g に対して,g から定義される距離関数 dg を定義する.
元の多様体 M と距離関数 dg のペアの等長変換類 [(M, dg )] を i([g]) と定義する.
□
定義 4.17. 次を定義する;
• S ∈ Met が Gromov Hausdorff 相対コンパクト (GH 相対コンパクト) である
とは,任意の有界列がコーシー部分列を持つときのことをいう.
• S ∈ Met が一様全有界であるとは,次の条件を満たす時をいう;
⋄ ある正数 C に対して,任意の空間 X ∈ S で Diam(X) ≤ C を満たす.
⋄ 任意の正数 ε に対して次を満たすような整数 n = n(ε) が存在する;任意の
X ∈ S に対して集合 Y ⊂ X が存在して,Y は X で ε 稠密であり,♯Y < n(ε)
□
である.
定理 4.18 (Gromov の相対コンパクト性). S ∈ Met が一様全有界であるとき,S は GH
相対コンパクトである.
□
KE
命題 4.19. i ◦ D(FM
/Diff(M)) は GH 相対コンパクトである.
□
証明は,Gromov の相対コンパクト性定理,Myer’s の定理,Bishop-Gromov の体積比
較定理により示すことができる.詳しくは [27] を参照していただきたい.
以上の考察から,以下を定義する:
KE
• MM := i ◦ D(FM
\ Diff(M)).
GH
• MM := {MM の任意の列の極限 }.
GH
GH
• ∂MM := MM \ MM .
4.4 del Pezzo 曲面の極限
del Pezzo 曲面の GH 極限には,orbifold 特異点が現れることが知られている(定理
4.20).orbifold 特異点を許した del Pezzo 曲面を del Pezzo orbifold という.まずは,
del Pezzo orbifold における基本的な定義は付録 A を参照していただきたい.
一般に多様体列の GH 極限により,多様体の「崩壊」が起こる.しかし KE del Pezzo
76
第 4 章 KE del Pezzo surface モジュライ空間の Gromov Hausdorff コンパクト化
曲面の場合は,「崩壊」が制限されることが知られている.
定理 4.20 (M.Anderson ’89 , G.Tian ’90). {(Xi , ωi )} を KE del Pezzo 曲面の列とす
る.X∞ をその GH 極限とする.このとき,X∞ には orbifold 特異点のみ現れる.X∞
は KE orbifold 計量 ω∞ を許容する.
□
KE del Pezzo orbifold に現れる特異点の種類は以下のように制限される:
定理 4.21 ([25]). d 次 KE del Pezzo orbifold に許容される特異点は高々以下のタイプで
ある:
d=4 A1 .
d=3 A1 , A2 .
d=2 A1 , A2 , A3 , A4 , 14 (1, 1).
d=1 Ai (1 ≤ i ≤ 10), D4 , 14 (1, 1), 18 (1, 3), 91 (1, 2).
この定理の証明は [25] を参照していただきたい.
□
77
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ
空間
del Pezzo 曲面 上のケーラー・アインシュタイン計量(KE 計量)の存在問題について
は Tian[30] によって,正則自己同型群が簡約であれば KE 計量を許容することが示され
た.一方でこの問題を拡張して,4 次の del Pezzo orbifold 上の KE 計量の存在問題を満
渕,向井 [21] が解決した.この節では,その証明を紹介する.
4 次の del Pezzo 曲面全体のモジュライ空間は以下の 2 つのコンパクト化が存在する.
一つは,前章で導入した Gromov-Hausdorff コンパクト化であり,もう一つは,幾何学的
不変式論(GIT)の「安定性」を用いたコンパクト化である.満渕,向井の結果は,4 次
の del Pezzo orbifold が「安定性」を満たすことと,KE 計量をもつことが同値であるこ
とを示しており,これにより,モジュライ空間の二種類のコンパクト化は完全に一致して
いることが示される.
まずは,満渕,向井の主結果を以下に述べる.
特異点を許容した P4 内の異なる2つの二次超曲面の完全交叉を,(2, 2)-完全交叉と
いう.P4 内の (2, 2)-完全交叉全体の空間は,Gr(2, Sym2 (C5 )) であり,4 次 del Pezzo
orbifold 全体のモジュライ空間を含む.Pl¨
ucker 埋め込み
p : Gr(2, Sym2 (C5 )) ,→ P(∧2 H 0 (P4 , O(2)))
によって,線形簡約群 SL(5, C) による作用
p
SL(5, C) ↷ Gr(2, Sym2 (C5 )) ,−
→ P(∧2 H 0 (P4 , O(2)))
を,C5 に座標変換により定義できる.この作用により,安定性を定義する.
(5.1)
78
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
q(z) = r(z) = 0 を,二次超曲面を定義する 2 つの斉次二次式とする.この曲面に対応
する Gr(2, Sym2 (C5 )) の元を
[ξq(z) + ηr(z)] := {ξq(z) + ηr(z); ξ, η ∈ C} = Cq(z) + Cr(z)
と書くと,埋め込み p は,
p : [ξq(z) + ηr(z)] 7→ q(z) ∧ r(z)
という対応である.
作用 5.1 に関する GIT 商空間により,4 次 del Pezzo 曲面 の代数幾何学的コンパクト化
ALG
M4
ALG
を定義する.定義から,M4
:= Gr(2, Sym2 (C5 ))//SL(5, C)
はコンパクト Hausdorff 空間であり,射影代数多様体で
ある.
定理 5.1 (満渕,向井 ’90 [21]). P4 内の異なる2つの二次超曲面の完全交叉 X4 につい
て,以下が成り立つ.
• 安定 ⇐⇒ X4 は非特異;
• 半安定 ⇐⇒ X4 は高々 A1 特異点のみ持つ;
• 弱安定 ⇐⇒ X4 が対角化可能,すなわち X4 は以下の二次超曲面と双正則同値;
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
=0
λ0 z02 + λ1 z12 + λ2 z22 + λ3 z32 + λ4 z42 = 0
□
かつ,λi で同じものは 1 つまたは 2 つある.
定理 5.2 (満渕,向井 ’90 [21]). (4.1) の写像 D はコンパクトモジュライ空間上に拡張で
きる.すなわち,
D : M4
ALG
は連続かつ generic に 2 : 1 である.
−→ M4
GH
□
定理 5.2 によって,全ての 4 次 del Pezzo orbifold は KE 計量が入ることが示される.
以下では上の 2 つの定理の証明を行う.
5.1 対角化可能な P4 内の (2,2) 完全交叉
79
5.1 対角化可能な P4 内の (2,2) 完全交叉
まず,対角化可能な P4 内の (2, 2) 完全交叉について考察する.次を定義する.
λ := (λ0 , λ1 , λ2 , λ3 , λ4 ) ∈ C5
(5.2)
Sλ := {(z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ) ∈ P ;
4
4
∑
zα2
=
α=0
4
∑
λα zα2 = 0}
(5.3)
α=0
Λ0 := {λ ∈ C5 ; 各λα が全て異なる }
(5.4)
Λi := {λ ∈ C5 ; λα のうち同じものがちょうど i 組のみ }
(5.5)
Λ := Λ0 ∪ Λ1 ∪ Λ2
(5.6)
初等代数的な計算により次が成り立つ.
補題 5.3. λ ∈ Λ0 のとき,Sλ は非特異である.
□
次は補題 5.3 の逆である.
補題 5.4. 非特異 4 次 del Pezzo 曲面 S は,ある λ ∈ Λ0 に対して,
S∼
= Sλ (biholomorphic)
(5.7)
□
が成り立つ.
証明は Miles Reid[26] によるものがある.
命題 5.5. λ ∈ Λ ⇐⇒ Sλ は高々 A1 特異点しか持たない,P4 上の (2, 2) 完全交叉であり,
既約である.
□
[証明]
• λ ∈ Λ0 については,補題 5.3 と補題 5.4 により従う.
• λ ∈ Λ1 のとき曲面 Sλ は一般性を失わずに,
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
=0
(5.8)
az02 + az12 + bz22 + cz32 + dz42 = 0
(5.9)
と書ける.式 (5.8)(5.9) を変形すると,
(b − a)z22 + (c − a)z32 + (d − a)z42 = 0
(5.10)
80
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
となる.よって Sλ は z2 = z3 = z4 = 0 上に通常二重点を持つ.したがって,Sλ
は2点
[1 :
√
√
−1 : 0 : 0 : 0], [ −1 : 1 : 0 : 0 : 0]
(5.11)
に A1 特異点を持つ.
• λ ∈ Λ2 のとき曲面 Sλ は一般性を失わずに,
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
az02
az12
+
+
bz22
+
cz32
+
=0
cz42 =
0
(5.12)
(5.13)
と書ける.式 (5.12)(5.13) を変形すると,
a−c 2
(z + z12 )
c−b 0
a−c 2
z22 =
(z + z42 )
b−a 3
z22 =
(5.14)
(5.15)
であり,座標変換によって,
z0 z1 = z22 = z3 z4
(5.16)
と書ける.したがって Sλ は以下の 4 点 に A1 特異点をもつ;
[1 : 0 : 0 : 0 : 0], [0 : 1 : 0 : 0 : 0], [0 : 0 : 0 : 1 : 0], [0 : 0 : 0 : 0 : 1].
(5.17)
以下は,λ ∈ C5 \ Λ についての議論である.このとき,Sλ は P4 上の (2, 2) 完全
交叉ではない.
• λ ∈ Λ3 の場合,すなわち,Sλ は
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
=0
(5.18)
az02 + az12 + az22 + bz32 + cz42 = 0
(5.19)
で定義される.式変形により,
z32 + kz42 = 0,
すなわち,k の平方根
k :=
c−a
̸= 1, 0
b−a
√
k をひとつ固定して,2 つの P4 の超平面
√
√
z3 + −kz4 = 0, z3 + −kz4 = 0
を表す.よって Sλ は可約である.
• λ ∈ Λ4 の場合,すなわち,Sλ が
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
az02
+
az12
+
az22
+
az32
+
=0
bz42 =
0
(5.20)
(5.21)
5.1 対角化可能な P4 内の (2,2) 完全交叉
81
で表される時である.式変形により,z4 = 0 となり,これは P4 内の超平面を表す.
この超平面に (5.20) を制限することにより,
Sλ ∼
=biholo P1 × P1
となるから,P4 上の (2, 2) 完全交叉でない.
• λ ∈ Λ5 の場合は dim Sλ = 3 となり,曲面でない.
• 残るは,以下の方程式の場合である;
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
=0
(5.22)
az02 + az12 + az22 + bz32 + bz42 = 0.
(5.23)
この場合,式変形により
z02 + z12 + z22 = 0, z32 + z42 = 0
となる.z32 + z42 = 0 は 2 つの超平面を表すので,Sλ は可約である.これは既約性
に反する.
■
以上より,命題 5.5 が証明された.
注意 5.6. del Pezzo orbifold Sλ について,λ ∈ Λ0 または,λ ∈ Λ2 の場合 KE 計量をも
つことが知られている:
• λ ∈ Λ0 のとき;G.Tian[30] の結果による.
• λ ∈ Λ2 のとき;
W := {z ∈ P4 ; z0 z1 = z22 = z3 z4 }
(5.24)
とおく.命題 5.5 の証明から任意の λ ∈ Λ2 に対して
Sλ ∼
=biholo W
(5.25)
が示された.さらに,Veronese 埋め込みより,P1 × P1 の座標を P1 × P1 = {[v :
w : x : y] ∈ P3 ; vw = xy} と取ると,分岐被覆写像
P1 × P1 −→ W
(5.26)
[v : w : x : y] 7−→ [v : w : vw : x : y ]
2
2
2
2
(5.27)
が得られ,W の非特異点の集合上で分岐しない.従って,P1 ×P1 上の involution ι :
[v : w : x : y] 7→ [v : w : −x : −y] によって,
W ∼
=biholo P1 × P1 /{idP1 ×P1 , ι}
(5.28)
82
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
である.従って,λ ∈ Λ2 に対して Sλ は P1 × P1 上の標準的な計量から誘導され
る KE 計量をもつ.
□
5.2 GH 極限と対角化可能な 4 次 del Pezzo 曲面
本節では,対角化可能な 4 次の del Pezzo orbifold の GH 極限を考察する.まず,
Λ ⊂ C5 上の距離を C5 上の標準的な距離から誘導する,すなわち,
v
u 4
u∑
dist(ξ, η) := t
(ξα − ηα )2 f or ξ, η ∈ Λ
α=0
とする.任意に µ ∈ Λ をとる.{λi } を Λ の列とし,距離 dist に関して µ に収束
するものとする.各 λi に対して,4 次 del Pezzo 曲面 Sλi が対応する.さらに,各
Sλi は KE 計量 をもつと仮定する.それを ωλi とする.一方で,µ に対しても 4 次の
del Pezzo orbifold Sµ が対応する.
簡単のため,
λi ∈ Λ0
(5.29)
を仮定する.
Tian の定理 [30],Gromov の相対コンパクト定理と,Anderson-Tian の定理 4.20 か
ら,KE-del Pezzo 曲面の列 {(Sλi , ωλi )} の GH 収束する部分列が存在し極限は del Pezzo
orbifold であり,KE orbifold 計量をもつ.この極限を (S∞ , ω∞ ) とする.
さらに簡単のため,列全体が GH 収束すると仮定する.すなわち,
dGH ((Sλi , ωλi ), (S∞ , ω∞ )) → 0 as i → ∞
(5.30)
を仮定すると,次が成り立つ;
定理 5.7. 仮定 (5.29), (5.30) の元で,S∞ ∼
=biholo Sµ .
□
この定理の証明は付録 A を参照していただきたい.
この双正則写像によって,Sµ に ω∞ を引き戻すことにより,
系 5.8. 仮定 (5.29), (5.30) の元で,Sµ は KE 計量 を持つ.
定理 5.7 と系 5.8 は,仮定 (5.29), (5.30) がなくても成立する.
補題 5.9. 仮定 (5.29), (5.30) の両方がなくても,
dGH ((Sλi , ωλi ), (Sµ , ωµ )) → 0 as i → ∞
□
5.2 GH 極限と対角化可能な 4 次 del Pezzo 曲面
83
□
が成り立つ.
[証明] dGH ((Sλi , ωλi ), (Sµ , ωµ )) は 0 に収束しないと仮定する.このとき,列 {i} の
部分列を取り直すことにより,定数 ε > 0 が存在して,任意の i = 1, 2, 3, . . . に対して,
dGH ((Sλi , ωλi ), (Sµ , ωµ )) ≥ ε
(5.31)
が成り立つ.各 i に対して,列 {λi,γ }γ=1,2,... ⊂ Λ0 を γ → ∞ で λi,γ → λi となる
ようにとる.Sλi,γ は一意な KE 計量 ωλi,γ をもつ.Anderson-Tian の定理 4.20 より,
(Sλi,γ , ωλi,γ ) の部分列が存在し,その極限を (Sλi,∞ , ωλi,∞ ) とかく.すなわち,γ → 0
dGH ((Sλi,γ , ωλi,γ ), (Sλi,∞ , ωλi,∞ )) → 0
(5.32)
が成り立つ.定理 5.7 より,
(Sλi , ωλi ) ∼
=biholo (Sλi,∞ , ωλi,∞ )
(5.33)
である.したがって,各 i に対して正数 γi が存在して,
dist(λi,γi , λi ) <
1
j
dGH ((Sλi,γ , ωλi,γ ), (Sλi , ωλi )) <
(5.34)
1
j
(5.35)
が成り立つ. ここで,j → ∞ とすると λi → µ だから,
dist(λi,γi , µ) ≤ dist(λi,γi , λi ) + dist(λi , µ) → 0
(5.36)
が成り立つ.また,列 {(Sλi,γi , ωλi,γi )} に対して,再び Anderson-Tian の定理 4.20 か
ら,部分列をとり直すことにより極限が存在する.その極限の KE Fano orbifold を Y と
かく.すなわち,i → ∞ とすると
dGH ((Sλi,γi , ωλi,γi ), Y ) → 0
(5.37)
である.一方で,5.36 より,i → ∞ とすると,
(Sλi,γi , ωλi,γi ) → (Sµ , ωµ )
(5.38)
である.したがって,定理 5.7 から,
(Sµ , ωµ ) ∼
=biholo Y
(5.39)
である.よって,(5.35) と (5.38) より,
dGH ((Sλi , ωλi ), (Sµ , ωµ )) ≤
dGH ((Sλi , ωλi ),(Sλi,γi , ωλi,γi )) + dGH ((Sλi,γi , ωλi,γi ), Y ) → 0
となるから,これは (5.31) に反する.
■
84
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
5.3 Binary quintics
ここでは,対角化可能な 4 次 del Pezzo orbifold と 2 変数斉次 5 次式,すなわち,binary
quintics との対応について考察する.一般に {(ξ, η)} = C2 上の 2 変数斉次 5 次式とは,
g(ξ, η) =
5
∑
cp ξ p η 5−p for some cp ∈ C
p=0
のことであり,その全体の集合は Sym5 C2 である.以下では,BQ:=Sym5 C2 と書く.
g(ξ, η) に対して,係数 (c0 , c1 , c2 , c3 , c4 , c5 ) ∈ C6 を対応させることにより,同一視
BQ ∼
= C6
が得られる.この同一視により,作用 SL(2) ↷ C2 から自然に
SL(2) ↷ Sym5 C2 = BQ
が得られ,さらに
SL(2) ↷ C6 ,
射影化により
PSL(2) ↷ P5
が得られる.この作用について,多項式 g = g(ξ, η) :=
5
∑
cp ξ p η 5−p の安定性,弱安定
p=0
性,半安定性を定義する.基本的な GIT の計算から,binary quintics の零点の重複度と
その安定性には次のような関係がある.
定理 5.10. 2 変数 n 次式 g = g(ξ, η) について,次は同値;
(1) g(ξ, η) が P1 上で重複度
n
以上の(resp. より大きい)零点を持たない;
2
(2) g は半安定(resp. 安定).
□
この定理の証明は,例えば [23] を参照していただきたい.
したがって,次が得られる;
系 5.11. Binary quintics g について,次は同値;
(1) g が P1 上で重複度 3 以上の零点を持たない;
(2) g は半安定;
(3) g は安定.
□
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
85
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
2 つの 5 変数 2 次形式
∑
q(z) :=
aαβ zα zβ , r(z) :=
0≤α≤β≤4
∑
bαβ zα zβ
0≤α≤β≤4
に対して,そのウエッジ積
π := q ∧ r ∈ ∧2 Sym2 C5 = ∧2 H 0 (P4 , O(2))
の射影化
[π] ∈ P(∧2 Sym2 C5 ) = P(∧2 H 0 (P4 , O(2)))
を S := {z ∈ P4 ; q(z) = r(z) = 0} の Hilbert 点と呼ぶ.この章の初めに定義した安定
性は,Hilbert 点 [π] の安定性である.
定理 5.1 を,以下の 2 つの定理に分けて考える:
定理 5.12. S := {z ∈ P4 ; q(z) = r(z) = 0} に対して,[π] を S の Hilbert 点とする.こ
のとき,
(1)
[π] が安定 ⇔S は非特異,
(2)
[π] が半安定 ⇔S は高々通常二重点しか持たない.
□
定理 5.13. S := {z ∈ P4 ; q(z) = r(z) = 0} に対して,[π] を S の Hilbert 点とする.こ
のとき,次の 2 つの条件は同値;
• [π] が弱安定
• S は対角化可能,かつ,高々通常二重点しか持たない.
□
上の定理は binary quintics の零点の重複度を経由することで証明することができる.
以下では,binary quintics と Hilbert 点との関係性を考察する.
まず,判別式写像 disc を以下のように定義する;
q(z) :=
∑
aαβ zα zβ = tzAq z
(5.40)
bαβ zα zβ = tzBr z
(5.41)
0≤α≤β≤4
r(z) :=
∑
0≤α≤β≤4
86
第5章

4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
1
2 a03
1
2 a13
a22
1
2 a23
1
2 a23
1
2 a24
1
2 a34




1
 とする.Br
2 a24 

1
2 a34 
a44
disc : Gr(2, Sym2 (C5 )) −→ P(Sym5 C2 )
[ξq(z) + ηr(z)] 7−→ det(ξAq + ηBr )
(5.42)
(5.43)
1
 a01
2

t
ただし,z = (z0 , z1 , z2 , z3 , z4 ), Aq =  12 a02

 1a
 2 03
1
2 a04
1
2 a01
a11
1
2 a12
1
2 a13
1
2 a14
a33
1
2 a04
1
2 a14

1
2 a02
1
2 a12
a00
も同様な対称行列とする.このとき,
として disc を定義する.fπ := disc([ξq(z) + ηr(z)]) ∈ Sym5 (C2 ) とおく.これは binary
quintics である.
命題 5.14. BQ 上の任意の SL(2) 不変式 F に対して,ある ∧2 Sym2 C5 上の SL(5) 不変
式 Fˆ が存在して,任意の Hilbert 点 [π] = [q ∧ r] に対して,
F (fπ ) = Fˆ (π)
が成り立つ.
[証明] BQ 上の SL(2) 不変式 F を任意にとる.また,任意に多項式
∑
∑
bαβ zα zβ
aαβ zα zβ , r(z) =
q(z) =
0≤α≤β≤4
0≤α≤β≤4
をとり,π = q ∧ r を Hilbert 点とする.このとき,
fπ = disc([ξq + ηr]) =
5
∑
cp (a, b)ξ p η 5−p
p=0
である.ただし,cp (aαβ , bαβ ) は 15 × 2 個の変数 aαβ , bαβ (0 ≤ α ≤ β ≤ 4) をもつ多項
式である.このとき,同一視
BQ ∼
= C6
fπ ↔ (c0 (aαβ , bαβ ), · · · , c5 (aαβ , bαβ ))
によって F (fπ ) = F (c0 (aαβ , bαβ ), · · · , c5 (aαβ , bαβ )) を 15 × 2 個の変数を持つ多項式と
みなすことができる.これを
(
a
F¯ (a, b) := F¯ 00
b00
a01
b01
...
...
a44
b44
)
:= F (c0 (aαβ , bαβ ), · · · , c5 (aαβ , bαβ ))
と書く.また,F¯ への作用を上で定義した C6 への作用から自然に定まる作用とする.F
が SL(2) 不変式だから,
F¯ (A(a, b)) = F (A(fπ )) = F (fπ ) = F¯ (a, b)
for all A ∈ SL(2)
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
87
より,F¯ も SL(2) 不変式である.ここで,ベクトル不変式の第一基本定理([23])より,
F¯ は
(
a00
a01
...
a44
b00
b01
...
b44
)
の全ての 2 × 2 小行列式を変数とする多項式である.これ
を Fˆ とかく.すなわち,
Fˆ (π) = Fˆ (a00 b01 − a01 b00 , . . . , a34 b44 − a44 b34 ) = F¯ (a, b)
である.言い換えると,Fˆ は ∧2 Sym2 C5 上の多項式である.
一方で,写像 disc は SL(5) 不変式である.実際,SL(5) による Sym5 (C2 ) への作用は,
T ∈SL(5) に対して,T · (tzAq z) = t(T z)Aq T z = tz tT Aq T z で与えられるから,
disc(T (ξq(z) + ηr(z))) = det((ξ tT Aq T + η tT BTr ))
= det(tT (ξAq + ηBr )T )
= det(ξAq + ηBr )
= disc(ξq(z) + ηr(z))
である.
Fˆ (T · π) = F (T · fπ )
= F (T · disc(ξq + ηr))
= F (disc(T · (ξq + ηr)))
= F (disc(ξq + ηr))
= Fˆ (π) for all T ∈ SL(5)
だから,Fˆ が SL(5) 不変であり,
Fˆ (π) = F (fπ )
を満たす.
■
fπ が半安定であることと,SL(2; C) 不変式 F が存在して,F (fπ ) ̸= 0 を満たすことは
同値である.従って,命題 5.14 と系 5.11 より,
系 5.15. fπ = fπ (ξ, η) が重複度 3 以上の零点をもたないならば,Hilbert 点 [π] は半安
定である.
[証明] 定理 5.11 より,fπ = fπ (ξ, η) が重複度 3 以上の零点をもたないことと,fπ が半
安定であることが同値であり,さらに,SL(2; C) 不変式 F が存在して,F (fπ ) ̸= 0 を満
たすことは同値である.命題 5.14 より,ある ∧2 Sym2 C5 上の不変式 Fˆ が存在して,任意
の Hilbert 点 [π] = [q ∧ r] に対して,F (fπ ) = Fˆ (π) が成り立つ.したがって,Fˆ (π) ̸= 0
だから,[π] は半安定である.
■
88
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
次に,Hilbert 点が安定であるための十分条件について考察する.集合
{
}
q ′ , r′ ∈ Sym2 C5 , π ′ = q ′ ∧ r′ ,
′ ′
′
Pπ := (q , r , π );
[π ′ ] は弱安定, fπ′ ∈ SL(2; C) · fπ
(5.44)
を定義すると,次が成り立つ:
系 5.16. S := {z ∈ P4 ; q(z) = r(z) = 0} が対角化可能で,fπ が半安定であるとする.
このとき,任意の (q ′ , r ′ , π ′ ) ∈ Pπ に対して,S ′ := {z ∈ P4 ; q ′ (z) = r′ (z) = 0} が対角化
可能であれば,[π] は安定である.
[証明] fπ が安定なとき(すなわち,fπ の軌道 SL(2; C) · fπ と他の軌道の交わりがな
い),[π] が弱安定でないことを仮定して,矛盾を導く.fπ が安定だから,Sym5 C2 上の
SL(2) 不変式 F ̸= 0 が存在する.このとき,命題 5.14 により,∧2 Sym2 C5 上の SL(5) 不
変式 Fˆ が存在して,任意の π ′′ ∈ ∧2 Sym2 C5 に対して F (fπ′′ ) = Fˆ (π ′′ ) をみたす.任意
の fπ′ ∈ SL(2) · fπ に対して
Fˆ (π) = F (fπ ) = F (fπ′ ) = Fˆ (π ′ )
よって,ある π ′ に対して,
SL(5) · π ⊃ SL(5) · π ′
であり,さらに SL(5) · π が閉でなく,SL(5) · π ′ が閉であることから,
dim SL(5) · π > dim SL(5) · π ′
がなりたつ.q, r が同時対角化されているときは SL(5) · π は SL(2) · fπ によって一意に
決まる.従って矛盾.
■
次に,対角化可能性を仮定しないで,[π] の安定性と,S の特異点の関係を考察する.
fπ の零点の重複度について,次の場合が起こりうる;
(Case 1) fπ の P1 上の零点は重複を持たない,
(Case 2) fπ が P1 上に重複をもった零点を持つ.
(Case 1) については,次の命題を示す.
命題 5.17. fπ の P1 上における零点が重複しないならば,S は対角化可能かつ非特異で
ある.さらに,Hilbert 点は安定である.
□
[証明] (ξ0 , η0 ), (ξ1 , η1 ), (ξ2 , η2 ), (ξ3 , η3 ), (ξ4 , η4 ) を fπ の相異なる零点とする.fπ の零
点は定義から det(ξAq + ηBr ) の零点であるから,各 0 ≤ i ≤ 4 に対して,ξi Aq + ηi Br
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
89
を表現行列とする線形写像の零空間の次元は 1 である.各 i に対する零空間の 0 でない元
を一つとり,それを vi と書く.このとき,
ξi (vi , v)q + ηi (vi , v)r = 0 for all v ∈ C5 .
ただし,(·, ·)q , (·, ·)r はそれぞれ Aq , Br から定まる C5 上の双線形形式である.
各 (ξi , ηi ) がそれぞれ異なるので,計算により,
(vi , vj )q = (vi , vj )r = 0 for all i, j with i ̸= j
が従う.よって,各零空間は直交している.したがって,適切に C5 の座標を選ぶと,
q(z) = − η0 z02 − η1 z12 − η2 z22 − η3 z32 − η4 z42 = 0
r(z) =
ξ0 z02
+
ξ1 z12
+
ξ2 z22
+
ξ3 z32
+
ξ4 z42
=0
(5.45)
(5.46)
と表示でき,対角化可能であることが示された.各 (ξi , ηi ) がそれぞれ異なるので S は非
特異である.系 5.16 により,Hilbert 点は弱安定.
最後に,安定であることを示す.初等アーベル群 E16 = Z2 × Z2 × Z2 × Z2 は,S 上に
効果的に作用する;
E16 ↷ S ∈ P4
[z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ] ,→ [z0 : ±z1 : ±z2 : ±z3 : ±z4 ]
このとき,S/E16 ∼
= P2 であり,
(5.47)
(5.48)
κ : S −→ P2
は Kummer 被 覆 で あ り ,5 つ の S 上 の 直 線 l1 , l2 , . . . , l5 の 和 集 合 上 で 分 岐 す る .
Aut(S)/E16 ∼
= S5 が成り立つ.ゆえに Aut(S) は有限.とくに [π] は安定である.
以上により,命題 5.17 の証明が完了した.
■
(Case 2) について.
一般性を失わずに,fπ の重複のある零点を [0 : 1] とすることができる.また,r(z) = 0
が対角化されるように座標を変換する,すなわち,
r(z) = z02 + · · · + zk2 for some k ≤ 3
と表せる.ここで,fπ (0, 1) = disc([0q(z) + 1r(z)]) = detBr = 0 だから,行列 Br は退
化している.したがって k = 4 ではない.
さらに,次のように場合分けする:
(2-a) [0 : 1] は fπ の重複度 2 の零点である,
(2-b) [0 : 1] は fπ の重複度 3 以上の零点である.
90
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
(2-a) のとき示すべきことは次である;
命題 5.18. [ξ0 , η0 ] は fπ の重複度 2 の零点であるとする.このとき,[π] は安定でなく,
S は通常二重点をもつ.さらに,Q0 := ξ0 q(z) + η0 r(z) とするとき,次のいずれかが成
り立つ;
(i)
rankQ0 = 3 かつ,Q0 = 0 で定義される P4 内の二次超曲面の特異点集合は直線で
あり,S との交点は,S の相異なる 2 つの通常二重点である;
(ii)
rankQ0 = 4 かつ,Q0 = 0 はただ一つの特異点をもち,それは S の通常二重点で
□
ある.
[証明]
• k = 0, 1 は起こらない.実際,
⋄ k=0

ξa00 + η
 ξa10

ξAq + ηBr = 
 ξa20
 ξa30
ξa40
⋄ k=1

ξa00 + η
 ξa10

ξAq + ηBr = 
 ξa20
 ξa30
ξa40
ξa01
ξa02
ξa03
ξa04
ξA
ξa01
ξa11 + η
ξa21
ξa31
ξa41
ξa02
ξa12
ξa03
ξa13
ξaαβ



 = ξ 4 · f1 (a)



ξa04
ξa14 

 = ξ 3 · f2 (a)


ただし,fi (a) は aα,β の多項式である.これは,[0 : 1] が fπ の重複度 2 の零点で
あることに反する.
• k = 2 のときは,r(z) = z02 + z12 + z22 = 0 である.したがって,このとき S は
z0 = z1 = z2 = 0 に特異点をもつ.したがって,
q|S = q(0, 0, 0, z3 , z4 ) = a33 z32 + a34 z3 z4 + a44 z42 = 0
である.これは重解を持たない.実際,重解をもつと仮定すれば,Aq は座標変換
により次の形に書くことができる;



Aq = 







0
0
aαβ
aαβ
aαβ
1
0
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
91
したがって,




ξAq + ηBr = 


ξaαβ + ηδαβ




0 
0
ξaαβ
ξ
0
ξaαβ
(5.49)
ただし,δαβ はクロネッカーのデルタである.このとき,f3 (a) を aαβ の多項式と
して,
det(ξAq + ηBr ) = ξ 3 · f3 (a)
(5.50)
と書くことができるから,矛盾.したがって,座標変換によって,
q(0, 0, 0, 1, 0) = q(0, 0, 0, 0, 1) = 0
を満たすようにすることができる.したがって,
q(z) = q1 (z0 , z1 , z2 ) + m1 (z0 , z1 , z2 )z3 + m2 (z0 , z1 , z2 )z4 + z3 z4
と表せる.ただし,q1 は斉次二次式で,m1 , m2 は斉次一次式である.
z3′ := z3 + m2
(5.51)
z4′
(5.52)
(5.53)
:= z4 + m1
q2 := q1 − m1 m2
とおくと,
q(z) = q2 + z3′ z4′
と書ける.以上の座標変換の結果得られた座標を再び [z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ] と書く
と,S は
q(z) =q2 (z0 , z1 , z2 ) + z3 z4 = 0
r(z) =
z02 + z12 + z22
=0
である.C∗ 作用
[z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ] 7−→ [z0 : z1 : z2 : tz3 : t−1 z4 ]
は二つの通常二重点 [0 : 0 : 0 : 1 : 0], [0 : 0 : 0 : 0 : 1] を固定する.とくに Hilbert
点の固定部分群が有限でないから,安定でないことが示された.
92
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
• k = 3 のとき,r(z) = 0 は [0 : 0 : 0 : 0 : 1] に特異点をもつ.とくに q(0, 0, 0, 0, 1) =
a44 = 0 である.さらに,



ξAq + ηBr = 



ξaαβ + ηδαβ
ξaαβ


ξaαβ 
.

0
(5.54)
だから,f4 (a) を aαβ の多項式として,
det(ξAq + ηBr ) = ξ 3 · f4 (a) + ξ 2 η(a204 + a214 + a224 + a234 )
(5.55)
となる.[0 : 1] が fπ の重複度 2 の零点であることから,
a204 + a214 + a224 + a234 ̸= 0
が成り立つ.ここで,
(5.56)
√
D := a204 + a214 + a224 + a234
とおく.このとき,座標変換を次のようにとる;
⋄ a34 ̸= 0 のとき

  a34
z0′
D
 z1′  
 ′ 
 z2  = 
 ′ 
 z3   a04
D
z4′
1
1
a14
D
a24
D
− aD04
a14
− D·a
34
a24
− D·a
34
a34
D


z0
  z1 
 
  z2 
 
  z3 
z4
1
⋄ a34 = 0 のとき

 
z0′
1
 z1′  
 ′ 
 z2  = 
 ′ a
 z3   04
D
z4′
1
1
a14
D
a24
D
− aD04
− aD14
− aD24
0


z0
  z1 
 
  z2 
 
  z3 
1
z4
ただし,いずれの場合も
det =
a204 + a214 + a224 + a234
= 1 ̸= 0
D2
であり,z3′ に注目すると,上の二つの変換は
z3′ :=
1
(a04 z0 + a14 z1 + a24 z2 + a34 z3 )
D
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
93
を満たす.変換した座標を再び z0 , z1 , z2 , z3 , z4 と書くと,
q(z) = q3 (z0 , z1 , z2 , z3 ) + z3 z4
と表せる.ただし,q3 は斉次二次式である.このとき,t ∈ C∗ に対して,SL(5) の
1 径数部分群 ϕt で
ϕt [z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ] := [z0 : z1 : z2 : tz3 : t−1 z4 ]
を満たすものを考える.これにより q, r は
q (t) (z) := q3 (z0 , z1 , z2 , tz3 ) + z3 z4 ;
r
(t)
(z) :=
z02
+
z12
+
z22
+
t2 z32
(5.57)
(5.58)
と変換される.t → 0 とすれば,
q (0) (z) := q3 (z0 , z1 , z2 , 0) + z3 z4 ;
(5.59)
r(0) (z) := z02 + z12 + z22
(5.60)
となり,軌道の 1 パラメーター部分群が閉じていない.ゆえに弱安定でない.さら
■
に軌道の閉包に k = 2 の場合を含む.
(2-b) のとき示すべきことは次である;
命題 5.19. fπ が重複度 3 以上の零点をもつならば,[π] は半安定でなく,S は通常二重
点以外の特異点をもつ.
[証明]
• k = 0 のとき,命題 5.18 の証明と同様にして,[0 : 1] が fπ の重複度 3 の零点であ
ることに反する.
• k = 1 のとき,命題 5.18 の証明と同様に議論すると,aαβ の多項式 f4 (a) に対して
fπ (ξ, 1) = ξ 3 · f4 (a) となるから起こりうる.この場合,S は可約であり,
q(z) := q1 (z0 , z1 ) +
4
∑
zi · mi (z0 , z1 ) + q2 (z2 , z3 , z4 )
(5.61)
i=2
r(z) :=
z02
+
z12
(5.62)
と書くことができる.ただし,qj は斉次 2 次式,ml は斉次 1 次式である.t ∈ C∗
に対して,SL(5) の 1 径数部分群 {ϕt } を
ϕt [z0 : z1 : z2 : z3 : z4 ] := [t3 z0 : t3 z1 : t−2 z2 : t−2 z3 : t−2 z4 ]
94
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
で定める.このとき,
ϕt · q(z) = q1 (t3 z0 , t3 z1 ) +
4
∑
t−2 zi · mi (t3 z0 , t3 z1 ) + q2 (t−2 z2 , t−2 z3 , t−2 z4 )
i=2
3 −2
6
= t q1 (z0 , z1 ) + t t
4
∑
zi · mi (z0 , z1 ) + t−4 q2 (z2 , z3 , z4 )
i=2
ϕt · r(z) = (t z0 ) + (t z1 )
3
2
3
2
= t6 r(z)
したがって,
4
∑
ϕt · (q ∧ r) = {t q1 (z0 , z1 ) + t (
zi · mi (z0 , z1 )) + t2 q2 (z2 , z3 , z4 )} ∧ r
12
7
i=2
= t2 {t10 q1 + t5 (
4
∑
zi mi ) + q2 } ∧ r
i=2
= t q(t z0 , t z1 , z2 , z3 , z4 ) ∧ r(z)
2
5
5
となる.t → 0 とすると,ϕt · (q ∧ r) → 0 となる.したがって,k = 1 のとき
Hilbert 点 [π] は半安定でない.
• k = 2 のときは直線 z0 = z1 = z2 = 0 上に重複度 3 以上の零点をもつ.命題 5.18
の証明と同様に議論すると,座標変換により,
q(0, 0, 0, z3 , z4 ) = z32 または 0
とできる.このとき,[0, 0, 0, 0, 1] は通常二重点でない特異点をもつ.
q(z) = q ′ (z0 , z1 , z2 ) + z3 m(z0 , z1 , z2 ) + Cz32
と表せる.ここで,q ′ は斉次 2 次式,m は斉次 1 次式,C は 1 または 0 である.
SL(5) の 1 径数部分群
ϕt (z0 , z1 , z2 , z3 , z4 ) := (t2 z0 , t2 z1 , t2 z2 , t−1 z3 , t−5 z4 )
により,q, r は
ϕt · q = t4 q ′ + t−1 z3 · t2 m + Ct−2 z32
ϕt · r = t4 r(z)
よって,
ϕt · (q ∧ r) = (t8 q ′ + t5 z3 m + Ct2 z32 ) ∧ r
= (q ′ (t4 z0 , t4 z1 , t4 z2 ) + tz3 m(t4 z0 , t4 z1 , t4 z2 ) + C(tz3 )2 ) ∧ r
= q(t4 z0 , t4 z1 , t4 z2 , tz3 , t−3 z4 ) ∧ r(z)
→ 0 as t → 0
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
95
したがって,[π] は半安定でない.
• k = 3 のとき q(z) = 0 は [0, 0, 0, 0, 1] に通常二重点ではない特異点をもつ.(もっ
とくわしく)命題 5.18 の証明と同様に議論すると,a44 = a204 + a214 + a224 + a234 = 0
である.座標変換により,
q = q4 (z0 , z1 , z2 , z3 ) + cz3 z4
r = z02 + z12 + z3 z4
と変形できる.ただし,q4 は斉次 2 次式,c では定数である.SL(5) の 1 径数部分
群で
ϕt (z0 , z1 , z2 , z3 , z4 ) := (t2 z0 , t2 z1 , t−1 z2 , t5 z3 , t−8 z4 )
となるものを考える.このとき,
ϕt · (q ∧ r) = (q4 (t4 z0 , t4 z1 , tz2 , t7 z3 ) + ctz3 z4 ) ∧ r
→ 0 as t → 0
したがって,[π] は半安定でない.
■
以上より,次の同値性がなりたつ;
命題 5.20. S := {z ∈ P4 ; q(z) = r(z) = 0},S の Hilbert 点を [π] とすると,fπ が半安
定であることと,[π] が半安定であることは同値.
さて,定理 5.12 の証明を行う.
[ 証明 ] (1) について証明する.
(⇐) 命題 5.17 より,S が非特異ならば [π] は安定.
(⇒) 命題 5.18 より,fπ が重複度 2 の零点をもつならば [π] は安定でない.この対偶
は,[π] は安定ならば fπ の零点は重複しない.したがって S は非特異である.
(2) について証明する.
(⇒)[π] が不安定であるとする.このとき,系 5.15 より,fπ の零点は重複度 3 以上のも
のが存在する.命題 5.19 より,S は通常二重点でない特異点をもつ.
(⇐)S は高々通常二重点のみもつならば,[π] が半安定であることを示す.s0 ∈ S を
任意の特異点とすると,fπ の零点 [ξ0 : η0 ] が存在し,ξ0 q(z) + η0 r(z) = 0 は z = s0 に
特異点をもつ.Claim 1:(ξ0 , η0 ) は fπ の重複した零点である ことを示すことができれ
ば,命題 5.18 より,S が通常二重点をもつことが示される.
以下では Claim 1 を示す.[ξ0 : η0 ] は fπ の重複しない零点であると仮定する.一般
性を失わずに [ξ0 : η0 ] = [0 : 1] と仮定できる.このとき,r(z) = 0 は特異点を持ち,座標
変換により,
r(z) = z02 + · · · + zk2 for some k ≤ 3
96
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
と書ける.fπ (ξ, 1) = disc(ξq(z) + r(z)) は ξ 2 で割り切れない.このとき k = 3 かつ
a44 ̸= 0 がなりたつ.
実際,k = 2 を仮定すれば,

fπ (ξ, 1) = det(ξAq + 
(
∗
b00
b11
∗
ξA + B
= det
ξA
ξA
ξA

)
(5.63)
b22
)
(5.64)
となり,ξ 2 の項が出てしまう.k = 0, 1 を仮定した時も同様にして矛盾が導ける.した
がって k = 3 である.
a44 = 0 かつ k = 3 を仮定すると,
(
ξA + B
fπ (ξ, 1) = det
ξA
ξA
0
)
(5.65)
となり,行列式を展開した各項には必ず ξ 2 が含まれる.したがって,k = 3 かつ a44 ̸= 0
である.以上から特異点 s0 は
s0 = [0 : 0 : 0 : 0 : 1]
であり,
q(s0 ) = a44 ̸= 0
したがって,s0 は q = 0 の特異点ではない.これは矛盾である.以上で Claim 1 が示さ
れたから定理 5.12 が証明された.
■
この節の最後に,定理 5.13 の証明を行う.
[ 証明 ]
(⇐)S が対角化可能かつ高々通常二重点しか持たないとする.命題 5.18 の (ii) は斉次
2 次式 q(z) = q3 (z0 , z1 , z2 , z3 ) + z3 z4 の形から,対角化不可能であることに注意する.こ
のとき,命題 5.17, 5.18, 5.19 から [π] は弱安定.
(⇒) Claim 2: [π] が弱安定ならば S は対角化可能である ことが示されたとする.一
方で,[π] が弱安定ならば [π] は半安定,すなわち,fπ は半安定.したがって定理 5.12 よ
り,S は高々通常二重点しか持たない.以上 2 つを合わせて,定理 5.13 が証明される.
以下,Claim 2 を示す.
[π] が弱安定ゆえに半安定,したがって fπ は重複度 3 以上の零点を持たない.fπ の重
複度 2 の零点の数によって場合分けする.
d = 0 のとき,S は非特異かつ対角化可能.
5.4 P4 内の 2 次超曲面のペンシルの安定性
97
d = 1 のとき,命題 5.18 より S は異なる 2 つの通常二重点をもつ.このとき,座標変換
により
q = q ′ (z0 , z1 , z2 ) + z3 z4
′
r = r (z0 , z1 , z2 )
(5.66)
(5.67)
とできる.ただし q ′ , r ′ は斉次 2 次式である.さらに,S の特異点は q の式の「z3 z4 」の
部分で表されているので,
f ′ (ξ, η) := disc(ξq ′ + ηr′ )
で表される部分には特異点は存在せず,f ′ は P1 上に異なる 3 つの零点をもつ.したがっ
て,f ′ に対して命題 5.17 の議論を行えば,q ′ , r ′ も同時対角化可能であることが示され
る.よって,q, r は同時対角化可能である.d = 2 のとき,S は 2 × 2 = 4 個の通常二重
点をもつ.座標変換により
q = q ′ (z0 , z1 , z2 ) + z3 z4
r = r′ (z0 , z1 , z2 )
(5.68)
(5.69)
と書ける.
「z3 z4 」の部分に 2 つの特異点の情報が含まれる.ここに,q ′ , r ′ は斉次 2 次式
である.したがって,
f ′ (ξ, η) := disc(ξq ′ + ηr′ )
とおくと,f ′ は一つの 2 重零点をもつ.z0 , z1 , z2 のみ座標変換すると,
q ′ = z0 z1 + c0 z22
′
r =
(5.70)
z22
(5.71)
と書ける.c0 は定数である.したがって,
q ′ = z0 z1 + c0 z22 + z3 z4
′
r =
z22
(5.72)
(5.73)
と書け,q, r は同時対角化可能である.以上で Claim 2 が示され,定理 5.13 の証明が完
■
了した.
対角化可能な 4 次 del Pezzo orbifold Sλ は次の方程式で与えられていた;
q(z) :=
z02 + z12 + z22 + z32 + z42
= tzIz = 0
r(z) :=λ0 z02 + λ1 z12 + λ2 z22 + λ3 z32 + λ4 z42 = tzAλ z = 0 f or λ ∈ Λ.
ただし,z = t(z0 , z1 , z2 , z3 , z4 ),I は 5×5 単位行列,Aλ は対角行列 diag(λ0 , λ1 , λ2 , λ3 , λ4 )
である.
98
第5章
4 次の del Pezzo 曲面のモジュライ空間
Sλ を Gr(2, Sym2 (C5 )) ,→ P(∧2 H 0 (P4 , O(2))) の元とみなす,すなわち
Sλ = [ξq(z) + ηr(z)] ∈ Gr(2, Sym2 (C5 )).
このとき,次の対応を考える;
disc : Gr(2, Sym2 (C5 )) −→ P(Sym5 C2 )
[ξq(z) + ηr(z)] 7−→ det(ξI + ηAλ ).
(5.74)
(5.75)
とくに今は対角化可能性を仮定しているので,
det(ξI + ηAλ ) = (ξ + ηλ0 )(ξ + ηλ1 )(ξ + ηλ2 )(ξ + ηλ3 )(ξ + ηλ4 )
である.gλ (ξ, η) := det(ξI + ηAλ ) と書くと,gλ (ξ, η) = 0 の解は,
[ξ : η] = [λ0 : −1], [λ1 : −1], [λ2 : −1], [λ3 : −1], [λ4 : −1] ∈ P1
である.したがって,集合 {[ξ : η] ∈ P1 ; gλ (ξ, η) = 0} は (P1 )5 /S5 = P5 の元とみな
せる.
一方で,定理 5.11 により,gλ (ξ, η) = 0 半安定であることと,重複度 3 以上の零点を持
たない,すなわち,λ ∈ Λ であることが同値である.
定理 5.11, 5.13 より,S : q = 0, r = 0 の Hilbert 点を [π] とすると,
[π] が半安定
⇔S は対角化可能,かつ,高々通常二重点しかもたない
⇔ ある λ ∈ Λ が存在して,S ∼
=biholo Sλ
⇔fπ は半安定(弱安定)であるから,写像 disc から,次の同型が得られる;
M4
ALG
∼
= (P1 )5 /S5 //PGL(2; C)
= Sym5 (C2 )//PGL(2; C) ∼
(5.76)
が得られる.
5.5 moduli 空間と KE 計量
最後に,moduli 空間の GH コンパクト化と GIT コンパクト化の対応を示し,KE 計量
の存在性を見る.満渕,向井の定理は以下であった.
定理 5.2(満渕,向井 ’90[21]) . 自然な写像
D : M4
は連続かつ generic に 2 : 1 である.
ALG
−→ M4
GH
□
5.5 moduli 空間と KE 計量
99
[証明] 同型の対応 (5.76) より,
M4
ALG
∼
= Sym5 (C2 )//PGL(2; C) ∼
= (P1 )5 /S5 //PGL(2; C)
である.すなわち,この同型により,M4
ALG
(5.77)
は曲面 Sλ の添え字 λ 全体の空間と思う
ことができる.したがって,任意の µ に収束する列 µi に対して,曲面の列 (Xµi , ωµi )
が対応する.この GH 極限が存在し,(X∞ , ω∞ ) と書く.このとき,第 5 章 5.1 より,
Xµ ∼
= X∞(biholomorphic)が示される.すなわち,非特異 KE del Pezzo 曲面の,添字
µi の収束と,(X∞ , ω∞ ) の収束が一致する.
⊃
2:1
/ M4
⊂ Met
⊃
D
F KE /Diff
2:1
m
mmm
−K map
m
m
m
mmm
v mm
m
X := Sym2QC5
QQQ
QQQ
QQQ
QQ(
˜
ALG
D
M4
:= X//G
/ MGH
4
したがって,上の可換図式により,写像
D : F KE /Diff −→ G/Diff ⊂ Met
は
˜ : M4 ALG −→ M4 GH
D
に拡張され,連続である.また,弱安定な 4 次の del Pezzo 曲面は 1 次元の KE del Pezzo
˜ は 2:1 である.
曲面の直積ではないから, 系 4.10 より,D
■
したがって,orbifold 特異点をもつ 4 次 del Pezzo 曲面は KE 計量をもつことが証明さ
れた.
101
付録 A
付録
A.1 GH 極限とフラット極限
ここでは,定理 5.7 の証明を行う.すなわち,非特異 del Pezzo 曲面の列 Sµ の GH 収
束と,添字 µ の収束が双正則同値であることを示す.とくに,添字 µ の収束をフラット
極限という(正確な定義は後述).
A.1.1 切断の収束
非特異 KE-del Pezzo 曲面の列に対して,各々から切断を一つ選ぶ.この曲面の列が収
束するとき,切断も「収束」する場合がある.ここでは,この「収束」を定義する.次に,
orbifold の直線束,切断を定義する.
定義 A.1. M をコンパクト複素 orbifold とする.M 上の直線束とは,M \ Sing(M ) 上
の直線束 L で,次を満たすもののことである;M の任意の特異点 p ∈ Sing(M ) とその
˜p → M に対して,U
˜p \ πp−1 (p) 上の直線束 πp∗ L が U
˜p に拡張さ
orbifold 座標近傍 πp : U
れる.この意味で,M の多重標準束が定義される.すなわち,m を整数として,
m
m
KM
:= KM
\Sing(M )
を定義する.また,
H 0 (M, L⊗m ) := H 0 (M \ Sing(M ), L⊗m )
を定義し,この元を M 上の直線束 L の大域切断と呼ぶ.
次の定理は,板東 [6] を参照していただきたい.
定理 A.2. {(Mj , Jj , ωj )} を非特異 KE-del Pezzo 曲面の列とする.部分列 {jk } ⊂ {j}
102
付録 A 付録
と,像への微分同相写像
φjk : M∞ \ Sing(M∞ ) ,→ Mjk
と KE-del Pezzo orbifold(M∞ , J∞ , ω∞ ) が存在して,
(1) (Mjk , Jjk , ωjk ) が (M∞ , J∞ , ω∞ ) に GH 収束する.
(2) φ∗jk ωjk → ω∞ かつ,φ∗jk Jjk → J∞ が C ∞ 位相に関して収束する.
□
以上の準備の元で,異なる曲面上の切断の収束を定義する.{(Mj , ωj )} を非特異 KE-
del Pezzo 曲面の列とする.{ej ∈ H 0 (Mj , −KMj )} を各曲面の反標準束の切断の列とす
る.定理 A.2 から,適切に部分列を取り直すことにより,(Mj , ωj ) が (M∞ , ω∞ ) に GH
収束,かつ,像への微分同相写像 φj : M∞ \ Sing(M∞ ) ,→ Mj が存在する.ここで,
• ω
˜ j := φ∗j ωj
• J˜j := φ∗j Jj
˜ j := (M∞ \ Sing(M∞ ), J˜j )
• M
˜ j , −K ˜ )
• e˜j := φ∗j ej ∈ H 0 (M
Mj
を定義する.また,∧2 T を複素数値,歪対称,滑らかな反変テンソル場の茎の層として,
自然な包含写像
˜ j , −K ˜ ) ,→ H 0 (M∞ \ Sing(M∞ ), ∧2 T )
H 0 (M
Mj
により,
e˜j ∈ H 0 (M∞ \ Sing(M∞ ), ∧2 T )
と考える.このとき,
定義 A.3. 上の記号で,{ej } が収束するとは,e∞ ∈ H 0 (M∞ , −KM∞ ) が存在して,
H 0 (M∞ \ Sing(M∞ ) の C ∞ 位相に関して {˜
ej } が収束することである.すなわち,
e˜j := φ∗j ej → e∞ as j → ∞
を満たす.このとき単に,
ej → e∞ as j → ∞
と書く.
A.1.2 フラット極限
次の定理は G.Tian[30] によるものである.
A.1 GH 極限とフラット極限
103
定理 A.4 (G.Tian). {(Mi , gi )} を KE 曲面の列とし,その極限を (M∞ , g∞ ) とする.m
−m
を自然数とし,si を KM
の大域切断で
i
∫
Mi
||si ||2gi dVgi = 1
を満たすものとする.ただし,|| · ||gi は gi から誘導されるノルム,dVgi は (Mi , gi ) の体
積要素とする.このとき,{(Mi , gi )} の部分列 {(Mik , gik )} が存在して,大域切断の列
{sik } の極限
−m
s∞ ∈ H 0 (M∞ , KM
)
∞
−m
が 存 在 す る .と く に ,Nm := dim H 0 (Mi , KM
) − 1 と お き ,{ei }0≤β≤Nm を
i
β
−m
H 0 (Mi , KM
) の L2 正規直交基底とする.このとき,{eβi }0≤β≤Nm の収束部分列が存在
i
−m
し,極限は H 0 (M∞ , KM
) の部分空間の L2 正規直交基底である.
∞
定義 A.5. {(Mi , gi )} を KE 曲面の列とし, 各 i に対して,H 0 (Mi , −KMi ) の L2 正規直
β
交基底 {ei }0≤β≤Nm による埋め込み
Ti : Mi −→ PN
が定義される.像 Ti (Mi ) ∈ PN の Chow 代数多様体内の解析的位相に関する極限をフ
ラット極限という.
4 次 del Pezzo 曲面の列 {Sj } については,添字 j の収束がフラット極限に相当する.
定理 5.7 を言い換えると,「GH 極限とフラット極限が双正則同値」である.
A.1.3 4 次 del Pezzo 曲面のフラット極限
µ := (µ0 , . . . , µ4 ) ∈ Λ とし,対応する 4 次 del Pezzo 曲面(orbifold)を Sµ とする.
添字の列 {λj := (λ0j , . . . , λ4j )} ⊂ Λ0 を,λj → µ となるものとし,対応する 4 次 del
Pezzo 曲面を Sj := Sλj とする.ωj を,各 Sj の KE 形式とする.また,(S∞ , ω∞ ) を列
{(Sj , ωj )} の部分列の極限とする.ここで,定理 5.7 の仮定にあるように,
dGH ((Sj , ωj ), (S∞ , ω∞ )) → 0 as j → ∞
(A.1)
を仮定する.{e0j , . . . , e4j } を,H 0 (Sj , −KSj ) の基底とすると,−KSj による Sj の埋め込
みは,
Φj : Sj
p
−→
P4
7−→ [e0j (p), . . . , e4j (p)]
(A.2)
と書ける.このとき,H 0 (Sj , −2KSj ) において,
4
∑
2
(eα
j) =
α=0
4
∑
α=0
α 2
λα
j (ej ) = 0
(A.3)
104
付録 A 付録
であることに注意する.(·, ·)ωj を ωj から誘導されるエルミート内積 ⟨·, ·⟩ωj を ωj から誘
導され L2 内積とする.すなわち,
∫
⟨·, ·⟩ωj
ωj2
(·, ·)ωj
:=
2!
Sj
である.また,e ∈ H 0 (Sj , −KSj ) に対して,||e||ωj :=
||eα
j ||ωj とする.
主張 各 j に対して,{
0 ≤ α ≤ 4 である.
√
⟨e, e⟩ωj と定義する.Njα :=
eα
j
} は H 0 (Sj , −KSj ) の L2 正規直交基底である.ただし,
Njα
[主張の証明] まず,
||
eα
Njα
j
||
=
=1
ω
Njα j
Njα
である.埋め込み Φj によって,Sj ⊂ P4 と考える.G := Z2 × Z2 × Z2 × Z2 とする.作
用 G ↷ Sj ⊂ P4 を,P4 の各座標に 1 または −1 をかけることで定義する.このとき,
• 任意の g ∈ G に対して,g · Sj ∼
=biholo Sj .
• 上で定義した作用は等長的,すなわち,g ∗ ωj = ωj .
β
β
α
が成り立つ.また,G の元 g で,α ̸= β に対して g∗ eα
j = ej かつ g∗ ej = −ej となるも
のが存在する.したがって,α ̸= β のとき,
eβj
eα
j
⟨ α , β ⟩ ωj
Nj Nj
=
=
=
β
⟨eα
j , e j ⟩ ωj
β
||eα
j ||ωj ||ej ||ωj
β
⟨g∗ eα
j , g∗ ej ⟩g ∗ ωj
β
||g∗ eα
j ||g ∗ ωj ||g∗ ej ||g ∗ ωj
β
⟨eα
j , −ej ⟩ωj
β
||eα
j ||ωj || − ej ||ωj
eβj
eα
j
= − ⟨ α , β ⟩ωj
Nj Nj
∴⟨
よって,主張が示された.
eβj
eα
j
,
⟩ω = 0.
Njα Njβ j
[主張の証明終了]
A.1 GH 極限とフラット極限
105
したがって,必要であれば {(Sj , ωj )} の部分列をとり,定理 A.4 より,H 0 (Sj , −KSj )
eα
eα
j
j
の L 正規直交基底 { α }α の極限が存在する.各 j, α に対して, α の極限を eα とか
Nj
Nj
α
それぞれに関して,添字
α
=
0,
1,
2,
3,
4
の順番を入れ替えて,必
と
e
く.ここで,λα
j
j
2
要であれば部分列をとることにより,
• Nj0 ≥ Nj1 ≥ · · · ≥ Nj4 (j ≥ 1)
Njα
•
→ ∃ N α as j → ∞ (0 ≤ α ≤ 4)
Nj0
を満たしているとしてよい.このとき,1 = N 0 ≥ N 1 ≥ · · · N 4 である.整数 k を
{
{
を満たすものとし,
for α ≤ k
for α > k
Nα > 0
Nα = 0
for α ≤ k
for α > k
f α := N α eα
f α := eα
と定義する.{f α } は H 0 (S∞ , −KS∞ ) の基底である.(A.3) の式は
4
4
∑
∑
Njα 2 eα
Njα 2 eα
j 2
j 2
(
( 0 ) ( α) =
λα
j
0 ) (Nα ) = 0
N
N
N
j
j
j
j
α=0
α=0
(A.4)
であり,j → ∞ とすると,
k
∑
α 2
α 2
(N ) (e ) =
α=0
∴
k
∑
k
∑
µα (N α )2 (eα )2 = 0
α=0
k
∑
(f α )2 =
α=0
(A.5)
µα (f α )2 = 0.
α=0
k = 0 とすると,f 0 = 0 かつ N 0 > 0 だから,e0 = 0 となるが,これは矛盾.したがっ
て,k > 0 であり,有理写像
Φ:
S∞
x
−→
Pk
7−→ [f 0 (x) : · · · : f k (x)]
が誘導される.
主張 k = 4 の場合のみ起こる.
[主張の証明] 次の 5 通りに場合分けする.
(i)
k=4
(ii)
k = 3 かつ µ0 , . . . , µ3 は全て異なる
(iii)
k = 3 かつ µ0 , . . . , µ3 は少なくとも 1 組が同じ
(A.6)
106
付録 A 付録
(iv)
k=2
(v)
k=1
(ii) の場合,ImΦ ∈ P3 は非特異楕円曲線であるが,これは起こらない.詳しい証明は
[21] の pp.141-143 を参照していただきたい.
(v) の場合,
{
(f 0 )2 + (f 1 )2 = 0
µ0 (f 0 )2 + µ1 (f 1 )2 = 0
√
√
を計算すると,ImΦ = [1 : −1], [1 : − −1] ∈ P1 となる.これは起こらない.
(iv) の場合,
{
(f 0 )2 + (f 1 )2 + (f 2 )2 = 0
µ0 (f 0 )2 + µ1 (f 1 )2 + µ2 (f 2 )2 = 0
(A.7)
(A.8)
を計算すると,
(µ1 − µ0 )(f 1 )2 + (µ2 − µ0 )(f 2 )2 = 0
である.したがって,ImΦ は P2 の 2 つの超平面の和集合上にあるから矛盾.
(iii) の場合,ξ := µ0 = µ1 と仮定すると,
(µ2 − ξ)(f 2 )2 + (µ3 − ξ)(f 3 )2 = 0
である.したがって,ImΦ は P3 の 2 つの超平面の和集合上にあるから矛盾.よって主張
[主張の証明終了]
が示された.
Φ : S∞ −→ Sµ ⊂ P4
(A.9)
は generic に全射有理写像である.
主張 写像 Φ は双正則写像である.
[主張の証明] まず,|−KS∞ | に底点がないことを示す.∆ ⊂ S∞ を写像 Φ の不確定点
の集合とする.Φ の proper modification θ : S˜∞ → S∞ と,正則写像 Φ′ : S˜∞ → Sµ ∈ P4
を以下の性質を満たすようにとる;
∼
=
• θ : S˜∞ \ θ−1 (∆) −
→ S∞ \ ∆ は双正則
• Φ′ = Φ ◦ θ .
∆µ := Φ′ (θ−1 (∆)) とおく.ここで,Sµ の generic な超平面 H1 , H2 を
H1 ∩ H2 ∩ Sµ ∩ ∆µ = ∅
(A.10)
を満たすようにとる.H1 ∩ H2 ∩ Sµ は 4 点集合である.また,| − KS∞ | = {div(f ); 0 ̸=
f∈
4
∑
Cf α } と書ける.h1 , h2 ∈
α=0
となるようにとる.
4
∑
α=0
Cf α を,β = 1, 2 に対して Φ(div(hβ )) = Hβ ∩ Sµ
A.1 GH 極限とフラット極限
107
Φ′−1 ∆µ
Φ′−1 H1
Φ′−1 (H1 ∩ H2 )
Φ−1 H2
S˜∞
Φ′
θ
∆µ
D1
∆
H1
S∞
Φ
Sµ
θ(Φ′−1 (H1 ∩ H2 ))
D1 ∩ D2
図 A.1
D2
H1 ∩ H 2
H2
(D1 ∩ D2 ) \ θ ◦ Φ′−1 (H1 ∩ H2 ∩ Sµ ) ̸= ∅ の説明
さて,| − KS∞ | は底点を持つと仮定して矛盾を導く.Dβ ,F をそれぞれ div(hβ ) の
可動部分と固定部分とする.すなわち,div(hβ ) = Dβ + F である.このとき,Dβ =
θ ◦ Φ′−1 (Hβ ∩ Sµ ) と書ける.ここで,Dβ ,F が有効因子であることを注意する.次の 2
つの場合に分けて,それぞれで矛盾を導く:
(i) F ̸= 0
(ii) F = 0.
(i) のとき,F > 0 であるから,
4 =(−KS∞ )2
=c1 (S∞ )[div(h2 )])
=c1 (S∞ )[D2 + F ])
>c1 (S∞ )[D2 ]
=(D1 + F.D2 )
≥(D1 .D2 )
≥4
となり,矛盾.
(ii) のとき,図 A.1 にあるように (D1 ∩ D2 ) \ θ ◦ Φ′−1 (H1 ∩ H2 ∩ Sµ ) ̸= ∅ が成り立つ.
したがって,
4 =(−KS∞ )2
=(D1 .D2 )
>♯{Φ′−1 (H1 ∩ H2 ∩ Sµ )}
≥4
108
付録 A 付録
となり,矛盾.したがって,| − KS∞ | は底点を持たない.よって,Φ は全射正則写像で
ある.
最後に,Φ が双正則であることを示す.双正則でないとすると,Zariski の主定理より,
Φ に関する Sµ のファイバーで,次元を持つ点が存在する.すなわち,x ∈ Sµ が存在し,
dim Φ−1 (x) > 0 が成り立つ.このとき,
c1 (S∞ )[Φ−1 (x)]
=(Φ−1 (H1 ).Φ−1 (x))
=0
これは,c1 (S∞ ) が正であることに反する.したがって,Φ は像への双正則写像であるこ
とが示されたから,主張が示された.
[主張の証明終了]
以上で定理 5.7 の証明が完了した.
■
109
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