システムズエンジニアリング実践調査の 分析結果報告

特集
システムズエンジニアリング
システムズエンジニアリング実践調査の
分析結果報告
杉崎 眞弘
SEC研究員 1 はじめに
11%
3%
5%
24%
2016年度上期、IPA/SECがドイツ フラウンホーファ研
■製造
■医療
■航空宇宙
■輸送
■自動車
■機械工学
■電子機器
究機構IESEへの委託調査として、欧州企業20社でのシステ
11%
30%
ムズエンジニアリングの実践状況について調査を行った。
16%
調査目的:ドイツ・欧州の企業における最近のシステム
ズエンジニアリングの実践状況について、とくにその実
図1 調査対象企業のドメイン分布
践上の課題と解決策(実践的方法論、適用技術、組織的取
り組み、将来予測など)を調査・分析し、その有効事例を
90%
探ることにある。
80%
調査対象:異なるドメインの企業20社を抽出して、29項
70%
目の質問票によるヒアリングを実施した。20社の内訳は
60%
図1の通り。
(大規模企業14社、中小規模企業 6社)
調査対象とした企業は、これまでフラウンホーファ研
究機構IESEとの共同プロジェクトの実績を持つ企業から、
特定ドメインに偏らないよう考慮して抽出された。それ
ら企業の特徴として、もともとハードウェア開発主体企業
が多く、近年ビジネスあるいは技術的必要性からソフト
ウェア開発を取り込んでいった経緯を持っている(図2)。
50%
40%
30%
20%
10%
0%
ソフトウェア開発
ハードウェア開発
両方:ハードウェアと
ソフトウェア開発
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図2 調査対象組織の出身母体
2 質問票に基づく主たる調査・分析結果
安全性/セキュリティに関する需要
2.1 システムズエンジニアリングに転換した動機は?
▪システムズエンジニアリングに転換した動機については
図3の通り。
ここでは、次のことが上位に並んだ。
◦セーフティ・セキュリティ要件(ドメイン要求)を満
たすため
◦顧客要求の多様化
◦製品の複雑化
◦H/W、S/W、サービスが一体となったソリューショ
ンが求められるようになってきたため
▪ドイツでは、90年代に自動車業界からシステムズエンジ
技術面に関する需要/多機能化
顧客/ドメインの要求/要望
製品ではなくソリューション
製品の複雑化
接続性/通信
柔軟性
経営陣の要求
製品におけるソフトウェア部分の増大
ニアリングへの転換が始まった。自動車の制御が機械制
より高い品質に対する需要
御からアナログ制御システムを経て、完全にソフトウェ
顧客の数
ア制御のシステムに転換していった時期と重なる。
▪ここ数年(2010 〜 2015年)で、全産業においてシステ
ムズエンジニアリングが普及していったことが確認さ
れている。
(IESE調査報告書より)
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SEC journal Vol.12 No.4 Mar. 2017
システムのライフサイクル
0
1
2
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図3 システムズエンジニアリングへの転換動機
3
4
2.2 直面する最近の製品開発の傾向?
▪今後( 5 年以内)の重要度の変化の見通しとして、
▪現状多くの企業が直面している開発傾向について、次
平均:8.7という結果となった。(図7)
のことが上位の回答にきた。
(図4)
◦システム要求の複雑化
▪今 後ますます重要性が増す理由として、主に次のこと
◦市場投入までの時間(TTM)
の短縮(研究開発時間の短縮)
が挙げられている。(図8)
◦製品の多様化の増大
◦大企業:製品が更に複雑化する
(多機能化、System of Systems、新しい技術)
▪今後( 5 年以内)
の変化の見通しとして、現状に加え、更に、
◦中小企業:顧客の要求の高度化
(製品品質確保、新しい技術)
◦複数の専門分野にまたがる開発の増加
が、挙げられた。
(図5)
50%
40%
イノベーションへの需要の増加
製品ライフサイクルの短縮
7.6
30%
統合及びインターフェースの
多様化の増大
20%
コスト圧力の増大
10%
グローバル製品開発
製品の多様化の増大
0%
市場投入までの時間の短縮
(研究開発段階の短縮)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図6 現状のシステムズエンジニアリングの重要度合
要求の複雑化
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
50%
8.7
図4 現在のシステム開発の傾向
40%
グローバル製品開発
30%
複雑化の増大
20%
統合及びインターフェースの
多様化の増大
10%
要求の複雑化
0%
製品の多様化の増大
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
市場投入までの時間の短縮
(研究開発段階の短縮)
図7 今後の重要度の変化の見通し
コスト圧力の増大
製品の複雑化
安全性/セキュリティ面
複数の専門分野による 開発の増加
製品の機能性/機能
0%
5%
10%
15%
20%
25%
図5 5年以内の変化の見通し
統合/通信/プラットフォーム要求
2.3 システムズエンジニアリングの
組織にとっての重要性はどの程度か?
▪現状、組織にとってシステムズエンジニアリングの実装
(プロジェクト・プロセス、技術プロセス、合意プロセス、
組織的プロセスを含む)の重要性を10点満点(10:不可
欠〜1:重要でない)
で評価すると、
平均:7.6となった。 (図6)
◦不可欠(重要度10 〜9)
:25%
◦重要(重要度8~7)
:45%
◦中程度(重要度6〜5)
:30%
◦重要でない(4以下)
という回答であった。
顧客/サプライヤーの需要
: 0%
新しいSE手法の導入
より多くの/新しいソリューション/製品の開発
効率性/コスト削減
製品の品質/品質管理
ドメインの要求
市場における優位性の維持
全体的なソリューション
完全な自動化
大量生産
市場投入までの時間
0%
5% 10% 15% 20% 25% 30% 35% 40%
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図8 重要性が変化する理由
SEC journal Vol.12 No.4 Mar. 2017
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特集
システムズエンジニアリング
2.4 現在直面している
2.6 システムズエンジニアリングは、
▪80%の組織が直面する課題として、次のことが上位に
▪システムズエンジニアリングによって最も改善の可能性
システムズエンジニアリングの課題は何か?
どの分野で最も大きな改善の可能性があるか?
挙げられている。
(図9)
がある領域。
(図11)
◦課題に対応できる組織への変革
◦仮想開発の増加
◦要求管理、関連インターフェースの管理
◦より良いツール・チェーンの統合
◦モデリングとシミュレーション
その需要は、中小企業ほど大きい。
◦品質確保(セーフティ・セキュリティ含む)
◦約40%の大企業で、プログラム・マネジメントの強化
◦組織間での一貫性のあるツール・チェーン
(とくに、プロジェクトにおけるポートフォリオ・マ
ネジメント)での効果に言及している。
◦約40%の中小企業で、自動化を更に進めることが、
組織改革
改善に重要と考えている。
要求及びインターフェースの管理
モデリングとシミュレーション
データ及び情報管理
ツール・チェーンの統合の改善
製品品質の確保
手法面のスキル
仮想開発の改善
一貫性のあるツール・チェーンの確立
プログラム・マネジメントの改善
人材管理
プロセス及び手法の統合
プロセス統合の改善
複数の専門分野による開発の増加
その他
要求開発の改善
0%
20%
40%
60%
80%
100%
自動化の進展
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図9 現在直面しているシステムズエンジニアリングの課題
2.5 システムズエンジニアリングの実践として
システムズエンジニアリングに対する
全体的アプローチ
モデル駆動開発の増加
確立しているものは何か?
その他
▪多 くの企業で確立している手法、技術、取り組みは、
0%
次の領域に関することである。
(図10)
20%
40%
60%
80%
100%
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
◦モデル駆動開発
図11 システムズエンジニアリングによる改善の
可能性が見られる分野
◦要求開発
◦テスト駆動開発
◦検証と妥当性確認(V&V)
▪大 企業では、モデル駆動開発と検証と妥当性確認に注
力している。
3 調査結果の分析から導き出された推奨事項
▪中小企業では、更にテスト駆動開発に注力している。
▪組織開発
⃝組織改革戦略:
統合されたツール・チェーン
企業の80%が、システムズエンジニアリング実践の
モデル駆動開発
主要な課題は組織改革であると答えている。
要求開発
どのような組織構造及びプロセスが変化に対応する
のに最適かをオープンに考えることが重要である。
システムアーキテクチャ
とくに、改革の動機付けと伝達を的確に行って、あ
テスト駆動開発
らゆるステークホルダをそのプロセスに取り込むこ
検証と妥当性確認
とが重要である。
仮想開発
⃝システムズエンジニアリング能力:
その他
0%
20%
40%
60%
80%
■全体 ■中小企業 ■大規模組織
図10 確立したシステムズエンジニアリング実践の上位
52
SEC journal Vol.12 No.4 Mar. 2017
100%
システムズエンジニアリングに関して内部トレーニン
グプログラムを作成し、外部トレーニングプログラムを
購入することが、ほとんどの組織で義務化されていた。
更に、最新の開発情報を得たり知識・経験を共有し
⃝システムの検証と妥当性確認:
たりするために、国内外のシステムズエンジニアリ
システムの検証と妥当性確認、並びにテスト駆動開発
ング関連のコンファレンスに参加し、各コミュニ
のために適切な技法及び手法の確立を検討する必要が
ティーの積極的なメンバになることを推奨する。
ある。とくに、システムの検証と妥当性確認を、常に
システム要求と適切に関連付けて考える必要がある。
⃝ソフトウェア開発能力:
もともとの業種がハードウェア開発寄りであるにもかか
⃝仮想システム開発:
わらず、企業の85%以上が製品でソフトウェアが主要な
製品がますます複雑化し、複数の専門分野にわたる
役割を果たすと答えている。また今後も伸びると考えて
開発が進むにつれて、物理的に様々なシステム部品
いることから、企業が適切なソフトウェア開発能力を構
を構成することは難しくなり、コスト負担も非常に
築する、あるいは維持するには、製品がソフトウェアに
大きくなる。そのため、モデルに基づく仮想システ
依存する度合いと、企業の主要なIP(知的財産)及び
ム開発を適用できるかどうかについて検討する必要
USP(独自の売り)
がどこに存在するかによって異なる。
がある。これは開発速度を上げるという点でも改善
IP/USPがソフトウェアそのものに存在する場合、ソ
が見込まれる。
フトウェア開発を自組織内のリソースで構築すること
が重要である。またソフトウェアが1つの目的を達成
⃝統 合されたシステムズエンジニアリングのツール・
するための手段にすぎない場合は、外部のソフトウェ
チェーン:
アサプライヤーあるいはパートナーを管理するための
組織においてはシステムズエンジニアリング実践の
能力を構築することが、少なくとも理にかなっている。
ために多様なツールが使用されている。
ツール・チェーン統合は、主要な改善点と考えられる。
⃝プロジェクト・ポートフォリオ管理:
大規模組織が、改善のための着目点として挙げてい
ツール・データの相互運用性とツール・チェーンを統
合することにとくに重点を置くべきである。
るように、プロジェクトのポートフォリオ全体の管
理と、プロジェクト間の相互連関及び依存関係につ
いてとくに重点を置くべきである。
▪技術開発
⃝システムズエンジニアリングの統合アプローチ:
新製品を市場投入するまでの時間(TTM)が短縮され
4 まとめとして
今回のシステムズエンジニアリングの実践に関する調
査・分析結果から抽出された現場での実践について、次
の5つの分野の実践が有効と結論付けられる。
るのと並行して、製品の複雑化が進んでいるため、シ
ステムプラットフォーム及びシステム統合の重要性が
▪既に確立した実践のうちで、企業が広く(50%近く、ま
高い。これには、関与するすべての専門分野間で十分
たはそれ以上)適用しているのは、以下の分野に関連す
に検討され、また調整されたアプローチが必要となる。
る手法、技法及びアプローチである。
⃝システム要求開発:
時間と共にシステム要求はますます複雑化し、製品
の種類も増加している。システムレベルでどうやっ
て要求を引き出し、開発し、長期にわたり系統立て
て管理するかについてやり方を検討する必要がある。
また、どう下位レベル(とくにソフトウェア)の要求
に落とし込むかの手段を考えなくてはならない。
1. モデル駆動システム開発
2. システム要求開発
3. システムの検証と妥当性確認
▪適 用・実践は初期段階ではあるがシステムズエンジニ
アリングで最も大きな改善が期待されるとして、企業
の約50%が挙げている分野は下記の2つである。
4. システムズエンジニアリング・ツール・チェーンの
⃝モデル駆動システム開発:
システムのモデル駆動開発が組織にとって重要な実
統合
5. システムの仮想開発
践と見なされていることが確認された。
組織はシステム仕様のどの側面をモデリングするか、
本稿では調査分析報告の主要部分を紹介した。本稿の
妥当な範囲でどんな言語とツールサポートを利用で
もととなっている詳細な解説については、事例紹介を交
きるかを評価する必要がある。ここでのツール選定
えて、下記IPAのサイトからダウンロード可能となってい
は、開発プロセスのツール環境においてシームレス
る。お役立ていただけることを期待して結びとする。
な統合を実現する上でツールによって提供されるイ
http://www.ipa.go.jp/sec/reports/20161219.html
ンターフェースの適切さにも影響を受ける。
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