合理的配慮を意識したものづくりの授業 ~視覚に依存しない技術の授業の実践から~ 東京都立八王子盲学校 教諭 丸山裕也 Ⅰ はじめに 私たちの得る情報の中で、約 9 割程度の情報が視覚を通じて得られている。そのため視 覚障害者は情報障害者でもあると言われている。2016 年 4 月施行の「障害者差別解消法」 の中では障害の有無にかかわらず教育や就業、その他社会生活において平等に参加できる よう、それぞれの障害特性や困りごとに合わせて行われる「合理的配慮」を提供すること が求められている。 本校は幼稚部から理療科までがある総合校であり、私は現在中学部の技術科の教員とし て勤務している。 中学の技術の授業はものづくりの楽しさから達成感を感じ、子どもの自己肯定感を育成 していくことができる授業である。また、ノコギリ、げんのう等による材料加工の技能と 知識を「実践的に」身につけていくことができる。しかしながら、視覚に障害を有する子 ども達の多くは、ものづくりに苦手意識をもっていることが多い。また、見えない、見え にくいことから小学校の頃に上手く工具を扱えなかったことに起因した、ものづくりその ものに対する苦手さがあるということもとても多い。 今回は私が実践している技術の授業の中から、視覚に障害を有する、または視覚認知に 困難さを抱えている子ども達のための、ものづくりの場面での合理的配慮について論じる。 Ⅱ 基本の工具の指導方法 (1)ノコギリ ノコギリは苦手な子どもの多い工具である。小学校の頃の図画工作で使用していること が多いが、正しい使い方を教わらなかったがために、「ノコギリは危険だ」と強く思いこん でいることがとても多い。まず授業ではノコギリという工具の刃の向きは、基本的にひく ときにしか切れないように付いていることを、実習を通して理解させることが大切な事で ある。 図 1 に示す様に実際に替え刃式のノコギリの刃を触らせたり、刃物を触ることに抵抗の ある子どもにはサーモフォーム(プラスチックフィルムを加熱し真空形成することによっ て作成する、立体的表現にすぐれ、細部にわたって触覚的にとらえやすい表現が可能な教 材)を触らせたりすることによって学ばせる。 次に切断の場面の指導では図 2 に示す様な、あて木を用意する。このあて木は一辺が直 角であれば良く、図 3 に示す様にして、クランプで固定して活用すると真っ直ぐに木材を 切ることができる。 本校の技術科の授業では図 4 に示すようなマガジンラック、CD ラック、扉付き小物入れ を製作している。これらの製品は構造的にも丈夫さが求められるため、まっすぐに切断し、 1 切断面をしっかりと合わせて接合していくことが大切である。 全体像が分かるように、両手で触るように指導をする。 トレーに乗せて指導すると、場所の把握がしやすい。 図 1 サーモフォームによる触察の様子 図 2 使用したあて木とノコギリ CD ラック 小物入れ マガジンラック あて木に沿わせるように切断する。 図 3 あて木の使用方法 図 4 授業で製作している製品 (2)げんのう ノコギリと同様に子ども達が苦手意識をもっていることが多い工具である。特に釘打ち では自分の指を打ってしまうことが怖く、小学校時代には教員任せにしてしまうことが多 い様である。このような子どもに対しては図 5 に示す様に千枚通しやアイスピックなどを 使用して、釘下穴をあけておく。釘下穴を開けておくことにより、手で釘を押さえておく 必要が無いため、図 6 の様に安心して釘打ちの作業ができる。またそれに加えて慣れてき た子どもに対しては千枚通しでの下穴あけも自分でできる様に指導していく。 両口玄能は頭の平面側で釘の 3/4 位打ち込み、その後凸面で打ち込むと打痕が残らずき れいに打ち込めるため、触察によりあらかじめ平面凸面を判断しておくか、わかりにくい 生徒にはどちらかの面の方に図 7 に示すようなシールを貼っておく。 2 シール クランプや万力で固定して、釘打ちをすると作業しやすくなる。 図 5、6 千枚通しを活用した釘下穴の作成 図 7 げんのうの工夫 (3)カンナ カンナの取り扱いは晴眼の大人であっても非常に難しい。理由としては刃の調整の目安 が難しいためである。カンナの取り扱いを行う場合、図 8 に示す様な刃やうらがねの造り を模した模型を使用して取り扱いに見通しをもたせることが大切である。刃の構造と出し 方が模型で十分に理解できれば、ある程度の薄さで削るくらいの刃先の調整は可能である。 刃先を指す場面では指先の感覚で刃の調整を指導していくため、あらかじめ教員が見本と して刃先を調整したカンナを渡し、触察をさせるとスムーズである。 図 8 カンナの模型(裏金のつくり) Ⅲ 大型工作機械の指導方法 卓上ボール盤やベルトサンダーなど、大型工具の使用は作業効率を飛躍的にあげてくれ るが、こういった大型工具の使用体験がない子どもにとっては非常に怖く、使用に抵抗感 を示すことが多い。そのため、使用の前には基本の工具の取り扱いの時と同じように、子 どもに見通しをもたせることが大切である。 例えばベルトサンダーであれば、電源プラグを抜いた状態で、触察を行う。稼働場所を 3 理解することによって、実際に使用する大型工具への見通しをもたせる。また、それでも 恐怖心のある子どもに対しては図 9 に示すような補助具(治具)をクランプで固定して取 り付けると、視覚に障害を有していても安全に加工ができる。 図 9 ベルトサンダーに取り付けた治具(クランプで固定している。) Ⅳ 「塗り」の指導方法 視覚に障害を有していても、色の話題を避ける必要は無いと私は考えている。むしろ、 色のイメージを自分のもっている知識と結びつけるためにも積極的に色の話題は取り入れ ていきたい。本棚の作成の単元であれば、生徒がその本棚にどのような本を入れたいかに よって色合いも工夫して行くように言葉かけをしていく。また、部屋の雰囲気も同様に考 えるように指導したい。弱視の生徒には図 10 に示すような色見本を用意しておくとイメー ジしやすい。着色剤は市販されているイベントカラーやポアーステインが取り扱いやすく、 指などについても落としやすい。材質によっては手触りの変化のわかりやすい蜜蝋などを 図 11 に示すようにウエス塗りしてもよい。 図 10 色見本 図 11 ウエス塗り 4 Ⅴ 「仕上げ」の指導方法 組み立ての作業で図 12 の様に隙間などが空いてしまった場合、水で溶いたボンドやパテ を埋めたり、少しの隙間であれば、はけの先に付けて繰り返し叩くようにしたりして埋め るように指導をする。また、仕上げ磨きでは図 13 に示す様に木片に紙やすりを巻き付けた 物や、図 14 の様に板材に紙やすりを貼り付け、クランプなどで固定した物を活用して研磨 を行うととてもやりやすい。 どの作業も根気の必要な作業であるため、子ども達にとってもわかりやすい目標がある と指導がスムーズである。あらかじめ、実際に授業で使用した材の残りや廃材などで見本 を一人一つ作っておき、 「この見本と同じようになるまで、磨いてください」と言葉かけが できるとよい。 図 12 製品の隙間 Ⅵ 図 13、14 仕上げ磨きの工夫 まとめ インクルーシブ教育が進んでいる現在、様々な困難さを抱える子ども達に合理的配慮を 進めていく必要がある。特に視覚に障害を有しないが、視覚認知に困難さを抱えていると いう子どもの合理的配慮は、今後ますます必要になってくると私は考える。この論文で発 表した実践が、できるだけ多くの先生方の教育活動に役立てばよいと心から願っている。 最後に、「ものづくりはひとづくり」という言葉があるように「もの」を作る作業は使う相 手のことを考え、自分と向き合い、完成した達成感を通して、「自分はできるんだ、私がこ れを作ったんだ」と自己肯定感を育てることができるものである。 私は子ども達の一生の基盤となる自己肯定感の育成を、ものづくりを通して今後も実践し ていきたいと考えている。 5
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