重力波の観測とデータ解析

解説
重力波の観測とデータ解析
田越秀行
伊藤洋介
端山和大
大阪市立大学大学院理学研究
東京大学大学院理学系研究科
東京大学宇宙線研究所重力波
科
附属ビッグバン宇宙国際研究
観測研究施設
センター
hayama@icrr.u-tokyo.ac.jp
tagoshi@sci.osaka-cu.ac.jp
4
4
yousuke_itoh@resceu.s.u4
tokyo.ac.jp
LIGO により重力波が初観測された.こ
信号を数年間積分することによって検出で
―Keywords―
の物理学の歴史に残る発見は,レーザー干
きるかもしれない.パルサーからの重力波
渉計による究極の微小変位計測技術,ポス
により,中性子星の外殻の固さや,状態方
トニュートニアン近似や数値相対論的シ
程式についてある程度の制限が得られると
ミュレーションという理論的研究の発展,
期待される.
中性子星:
中性子星は主に中性子からな
る高密度星で,観測的に質量
は 1.4 太陽質量程度のものが
多く,最大で 2 太陽質量であ
る.半径は 10 km 程度とされ
る.強磁場を持った回転する
中性子星は,パルサーとして
電波,可視光,X 線,ガンマ
線などで観測されている.
そして,雑音に埋もれた微弱な信号を抽出
信号継続時間が短いが,詳細な波形を利
するデータ解析技術,のどれもが重要な役
用できないものには重力崩壊型超新星爆発
割を果たした成果である.本稿はこのうち,
がある.この重力波波形を正確に予言する
データ解析の解説を行う.
ことは現在も将来も困難であると考えられ
重力波の発生源は,信号の継続時間や詳
るため,信号の探索は波形の詳細は用いず,
細な理論波形が重力波信号の抽出に利用で
周波数帯域や継続時間についての大雑把な
きるかできないかなどによって分類できる.
情報のみを使い,時間周波数面上のパワー
信号継続時間が短く,詳細な波形が分かっ
の平均からの増加を探索するという手法が
ているものには,ブラックホールや中性子
用いられている.一般的にこのような探索
星からなるコンパクト星連星の合体がある.
は重力波解析ではバースト解析と呼ばれて
この重力波は詳細に理論波形が計算されて
い る.こ の 方 法 は,上 記 の Matched Filter
いる.信号探索手法は広く Matched Filter
に比べれば検出効率は落ちるが,詳細な
と呼ばれ,理論波形とデータのある種の相
波形に依存せず信号探索が可能で,また
関をとりデータ中に欲しい信号を探すもの
計算時間もあまりかからない.このような
である.LIGO の最初の 2 つの重力波信号
利 点 は LIGO の 初 観 測 で も 生 か さ れ た.
は,この解析により存在の有意さが 5σ 以
GW150914 はブラックホール連星合体重力
上であることが確認され重力波信号である
波であったが,最初にこの信号を発見した
ことが確定した.
のはバースト解析のオンラインパイプライ
波形が分かっていて信号継続時間が長い
ものには,パルサー(回転中性子星)から
ンであった.
以上の他に,確率論的背景重力波という,
の重力波がある.パルサーは最高で 1 kHz
インフレーションなどの初期宇宙起源の重
ほどという高速で自転する中性子星である.
力波や,天体起源の重力波が多数重なり
半径 10 km 程度のパルサーの表面に 1 mm
合って分離できなくなった重力波などがあ
程度の山があると,自転にともなって重力
るが,本稿では紙幅の関係から説明は割愛
波 を 放 出 す る.こ の よ う な 重 力 波 は,
する.
ブラックホール:
中性子星の最大質量を超えた
高密度星はブラックホールと
なる.天体として一般的な回
転ブラックホールは Kerr 計
量で記述され質量と角運動量
のみで特徴づけられる.別の
天体がブラックホールの周り
を運動する場合,その安定な
円軌道の半径には最小値が存
在し,最内安定円軌道と呼ば
れる.コンパクト連星の運動
でも最内安定円軌道が存在す
ると考えられ,その半径程度
でコンパクト連星合体のイン
スパイラル期が終了する.
最尤法:
データ x を得る確率分布が,
データに含まれる重力波信号
を記述する未知パラメータ
θ に依存するとき,確率分布
P( x | θ)を θ の関数 L
(θ)と見
な し,こ れ を 尤 度 と 呼 ぶ.
L(θ)を 最 大 に す る θ を 推 定
量とする方法を最尤推定法と
いう.データ中の重力波のあ
るなしを判断する際には,重
力波信号があるときとないと
きの尤度比の値から判断する
方法が考えられ,尤度比検定
という.
KAGRA などの第 2 世代重力波検出器が,
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©2017 日本物理学会
日本物理学会誌 Vol. 72, No. 3, 2017