心不全の解明に前進 新たな代謝酵素を発見

[PRESS RELEASE]
2017年3月9日
心不全の解明に前進
新たな代謝酵素を発見
~心臓における D-アミノ酸代謝に関する世界初の研究論文の掲載~
京都府立医科大学大学院医学研究科
循環器内科学
有吉真助教、的場聖明教授らのグルー
プは心不全の病態に関与する新規ミトコンドリアタンパク質が D-アミノ酸代謝に関与する酵
素であることを解明し、本研究に関する論文が平成29年3月7日に科学雑誌「Scientific
Reports」のオンライン速報版に掲載されましたのでお知らせします。
心不全の機序と新規治療法を探索する目的でミトコンドリアの機能に着目し網羅的解析
を行ったところ、これまで哺乳類には存在しないと考えられていたアミノ酸(D-グルタミ
ン酸)に関わる酵素が減少していることがわかり、酵素の遺伝子を除去したマウスでは、
哺乳類ではじめて、心臓に D-グルタミン酸が蓄積していることがわかりました。
本研究成果をもとに、D-グルタミン酸の代謝制御の更なる研究によって、心不全患者へ
の早期介入や現在の治療法では限界に達しつつある重症心不全において、ミトコンドリア
タンパク標的薬といった新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。
【論文名】
D-Glutamate is metabolized in the heart mitochondria.
[日本語:D-グルタミン酸は心臓ミトコンドリア内で代謝される]
【掲出雑誌】
Scientific Reports
[2017年3月7日(火)オンライン速報版掲載]
参考 URL:http://www.nature.com/articles/srep43911
【論文著者】
Makoto Ariyoshi, Masumi Katane, Kenji Hamase, Yurika Miyoshi, Maiko Nakane, Atsushi
Hoshino, Yoshifumi Okawa, Yuichiro Mita, Satoshi Kaimoto, Motoki Uchihashi, Kuniyoshi
Fukai, Kazunori Ono, Syuhei Tateishi, Daichi Hato, RyoetsuYamanaka, Sakiko Honda,
Yohei Fushimura, Eri Iwai-Kanai, Naotada Ishihara, Masashi Mita, Hiroshi Homma,
Satoaki Matoba
【研究グループ】
京都府立医科大学
大学院医学研究科
循環器内科
助教
有吉
真
教授
的場
聖明
【本研究成果のポイント】

心不全で減少する機能未知の新規ミトコンドリアタンパク質;9030617O03Rik に注目し機
能解析を行いました。

9030617O03Rik 欠失マウスの心臓におけるアミノ酸測定により、D-グルタミン酸が有意に
蓄積することが確認され、酵素学的検討により D-アミノ酸シクラーゼであることを初め
て同定しました。

哺乳類において組織内に D-グルタミン酸が確認され、D-グルタミン酸シクラーゼが同定
されたのは世界初の知見であり、D-グルタミン酸の代謝制御の更なる研究が心不全治療
法の開発に新たな知見を与えられることが期待されます。
【研究の背景】
心不全は、あらゆる心疾患から起こりますが、薬物治療、カテーテル治療、外科手術など様々な治療の
進歩にも関わらず、依然予後は不良であり更なる治療法の開発が待たれています。
心不全の究極的な原因は、心臓の一拍一拍における拍動や収縮に必要なエネルギー不足ですが、そのエ
ネルギーは心臓のミトコンドリアによって産生されています。ミトコンドリアはエネルギー産生を担うと
共に酸化ストレスや細胞死の制御も行うことが知られており、その質的・量的異常が注目されています。
本研究では機能未知の新規ミトコンドリアタンパク質に注目し、その機能解析を行うことで新たな心不全
治療法の開発につなげたいと考えました。
【研究の内容】
1)機能未知の新規ミトコンドリアタンパク質の検索
今回の研究では心不全モデルマウスを用いたミトコンドリアタンパク質の網羅的解析により、心不全に
おいて発現が減少する機能未知の新規タンパク質;9030617O03Rik に注目しました。9030617O03Rik
の細胞内の局在を検討したところ、心筋細胞内のミトコンドリアに局在し、ミトコンドリア内では内膜に
接する形でマトリックスに存在することが同定されました (図 1)。
2)アミノ酸配列比較からの検討
アミノ酸配列の比較検討を行ったところ、細菌である Thermovirga lieniii のアミノ酸ラセマーゼ(注
1)と相同性を有することが分かりました。ノックアウトマウスを作製し、心臓の全遊離型アミノ酸を L
型、D 型に分けて分析したところ、コントロール群と比較しノックアウトマウス群において D-グルタミ
ン酸が有意に蓄積していることが分かりました(表1,図 2A)。哺乳類の組織内において遊離型 D-グルタ
ミン酸の存在が確認されたのは世界初の知見であります。
(注1)
ラセマーゼはアミノ酸の光学異性体である L-アミノ酸と D-アミノ酸の相互変換酵素であり、現在ヒト
を含む哺乳類において存在が確認されているものはセリンラセマーゼのみであり、他にアスパラギン酸ラ
セマーゼの存在が示唆されています。
3)D-グルタミン酸代謝に関する酵素学的検討
9030617O03Rik が D-グルタミン酸の代謝に関与している可能性が示唆されたため、酵素学的検討を行
ったところ、D-グルタミン酸とL-グルタミン酸を仲介するラセマーゼではなく D-グルタミン酸から 5オキソ-D-プロリンというアミノ酸を生成する D-グルタミン酸シクラーゼであることが判明しました(図
2B)
。本研究により哺乳類における D-グルタミン酸シクラーゼが初めて同定されました。
【まとめと今後の展開】
永らく生物界においては細菌の細胞壁などの例外を除き、L-アミノ酸のみが存在すると考えられてきま
した。しかし近年の測定技術の進歩により様々な遊離型の D-アミノ酸や D-アミノ酸を含むタンパク質が
ヒトを含む哺乳類にも存在し様々な生理活性を有することが明らかになってきています。しかし心臓にお
ける D-アミノ酸の存在や代謝経路に関する報告はこれまでにありませんでした。今回の研究成果により、
哺乳類の心臓において心不全状態で D-グルタミン酸シクラーゼの発現が減少し、D-グルタミン酸が蓄積
することが初めて明らかとなりました。
今回の我々の発見は、心不全の病態解明に寄与し、将来的に D-グルタミン酸の代謝制御による新規治
療法の開発に大きく貢献すると考えられます。
<お問い合わせ>
京都府立医科大学 大学院医学研究科
Tel:075-251-5511
循環器内科
教授
的場
E-mail:[email protected]
*電話がつながらない場合:広報センター [Tel:075-251-5275]
聖明(マトバ
サトアキ)