贈る言葉

後輩技術者に向けたメッセージ
贈る言葉
まつもと
ひ
ろ
し
松本 比呂志*
1.はじめに
がないと先方からの信頼を得られず協力関係を築け
若き土木技術公務員のみなさんがこれから体験す
ないものとなる。コンクリート標準示方書や土質の
るであろう自己成長について、少しでも参考になれば
教科書を復習し、且つ現場へ出て施工業者さんと話
と私の拙い歩みを交え、技術者論を記すこととした。
し合い実体験を通して覚えて欲しいと思う。
あなたの技術力が社会的に通用することを証明す
2.5つの能力
るため、これらの体験を整理し、土木施工管理技士
土木技術公務員に必要な能力は①積算能力、②施
工管理能力、③設計計算能力、④行政処理能力、⑤
人事管理能力ということになるかと思う(以下①〜
⑤で表記する)
。
の資格に挑戦してみてはどうであろうか。主任監督
員になる頃までに取れると良いと思う。
③は委託が通常であるため自身で磨くことは困難
であるが、委託の打合せや成果品の受け取り時に、
設計業者さんに分かるまで質問し設計内容を理解す
ることが肝要である。
(回想)
私は昭和53年に静岡県に採用となった。当時日
本は右肩上がりの景気が安定成長という水平期に入
りかけた頃で、2度のオイルショックや円高で就職
戦線は非常に厳しく、当県の土木職の競争倍率は
43倍、実際には途中で採用枠が広がりこの半分程
度の時代であった。
写真-1 静岡県庁
3.若者(技師〜主査)
①〜③は新採から10年程度の間に現場経験を積
むことで身に付けて欲しいものである。
入庁初年は現場事務所で側溝の修繕や溝蓋の設置
など正にどぶ板行政ばかりを担当していた。1年も
するとやっと道路や河川のブロック積みをやるよう
になり、3年目で初めて国庫補助の砂防堰堤の新設
を担当させてもらった。やっと一人前の扱いになっ
たと感じるや否や、今度はいやというほど仕事が
①は工事発注の数をこなす中で自然と身に付くも
回ってきて積算マシンと化し、仕事に溺れそうな
のであるが、上司からの要求はミスを減らし効率を
日々を過ごしていたが、現場へも結構出かけ土建屋
上げることであり、自分なりの工夫を凝らすととも
さんにノウハウを教えてもらった。この年の終盤、
に、工種毎のm当たり単価が一生頭の中に残るくら
県単の小さな道路事業であるが線形から入れてよい
いになってほしい。
という仕事をもらい、クロソイドを入れたり床版橋
②は良質のコンクリートを造るための工夫、土砂
を設計したりと設計計算の世界に浸った。
を良く締め固めるための工夫等、実際の構造物の質
4年目には県土地開発公社というところに転勤に
を高めるために必要な能力のことで、一義的には施
なり、県や市町村の橋梁下部工の設計担当となった。
工業者さんの技術力に負うが当方にも同等の技術力
その年は自分の担当はなく先輩の手伝いや渡された
*前静岡県 交通基盤部 理事(静岡県建設技術監理センター駐在、企業局西部事務所長、砂防課長、国土交通省災害査定官等を歴任)
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道路橋示方書を手垢で小口が黒くなるまで読み込ん
4.働き盛り(主査〜出先課長)
だものである。5年目にいよいよ実際の設計が始ま
①〜③の力を身に付ける中で自分の専門分野を
り、2橋の直接基礎逆T橋台を経て3橋目は杭基礎
絞っていく必要がある。ひとりの技術者が全ての分
橋台を設計した。当時コンピュータはまだ見たこと
野を体験できる程人生は長くはない。専門分野を絞
もなかった時代であったが、公社にはタイムシェア
ることで本庁への道も開け、④、⑤の能力を磨くス
リング契約のIBM端末が入っていた。タイプライ
テージへ進める展望も開けてくる。
ターに近い入力装置(キーボード)と出力装置(プ
また、本庁に行くチャンスを得たならばそこで力
リンター)が端末に固定され、ミシン目で折りたた
一杯働くことである。仕事から逃げず責任を持てば
む専用紙に印字する機械であった。当時ソフトなど
周りの信頼を得て二度目三度目の本庁勤めのチャン
は売っておらず、路面の縦横断の高さを計算する式
スが訪れ、益々専門性が高まってくる。中には自分
をFORTRANで自作した。お陰で線形や路面高の
の希望と違う道に入った人もいるだろうが、道を戻
変更の度に繰り返し計算となっても平気でいられた。
すなら早い方が良いと思う。
また、杭の計算では弾性床上の梁の計算を行うが、
専門性が高まったら技術士の資格に挑戦してみて
杭の応力と変形の計算に三次方程式を解く必要があ
はどうであろうか。技術士と言うけれど行政士では
り、一般解をソフト化しようとしたがこれは果たせ
ないかと私も始めは思っていたが、手強い資格取得
なかった。私は2年でこの職場を転出したため実体
に成功するまでやりとげた人を今ではリスペクトし
験をしていないが、実はこの橋台は建設直後に側方
ている。
流動を起こし上下部工の遊間が詰まってしまい、橋
(回想)
台背面を再掘削しアンカーで引っ張ったと聞いた。
私の場合は砂防を専門と定め、砂防課と現場を行
失敗したことがショックでずっとこの橋を見る勇気
き来する人生となった。砂防課で始めに驚いたこと
が出なかったが、最近になってこの橋を通りかかり、
は、土砂災害があったら何を置いても直ぐ現場に駆
地上からは見えないアンカーに助けられながらも無
け付けたことである。その後も幾度となく土砂災害
事に役割を果たしている姿を確認できた。
を経験し、一番衝撃をうけたのは平成3年9月10
とは言え私の最初の10年間は、現場での同じよ
日に発生した伊豆下田の土砂災害であった。4人の
うな作業の繰り返しに悩まされ、自分は他人より遅
方が亡くなる大災害で、砂防課の先輩が測量会社を
れているのではないかとか、違うことをやりたいと
組織してくれて、直ぐ現地に入り2泊3日で踏査と
逃げ腰に構えたこともあった。これについては、土
測量を行った。その直後から災害関連緊急砂防等事
木技術者は技師から所長まで一生をかけて立場を変
業の採択に寝食を忘れて取組み、17件、32億円余
えながら同じ案件の多くの側面に関わることを繰り
の事業が採択された。
返すのだと覚悟を決めるべきである。
そのずっと後のことだが、広島の土砂災害に起因
し国土交通省で「土砂災害防止法」を制定した時に
地方の立場から僅かなお手伝いをする機会があり、
本省砂防部の方々の凄まじい仕事ぶりに触れたこと
は行政者として貴重な経験であった。
私は他人の砂防経験を聞くとしたら、生々しい崩
壊の現場に何回駆け付けたかと聞くであろう。どれ
だけ修羅場を切り抜けたかで力が分かるものである。
この原稿を書いている夜、激しい雷雨になり、こう
している間にも土木職員のみなさんが影で社会を支
えるべく水防等の配備に付いているんだと感謝した
写真-2 用宗漁港からの富士山
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月刊建設16−11
次第である。
後輩技術者に向けたメッセージ
5.熟年
若者から働き盛りまで公務員は住民等からの怒り
①1級土木施工管理技士
受験資格:大卒3年実務
の電話や直接の来所などを受けねばならないことが
高卒5年実務 等
ある。相手は怒りに支配されている場合が多く、こ
試験内容:学科試験…4択問題「土木」
「法規」
「共
ちらも平常心を失いがちになるが、公務員は常に冷
通工学」「施工管理」合計65問。
静で基本に忠実且つ正しく公平な判断をするところ
60%以上が合格。
に値打ちがあることを忘れないでほしい。
:実地試験…経験記述2問。学科記述3
このような経験のお陰で私は50歳を過ぎて災害
問。各問500字。経験記述は工事名、
査定官として霞が関で働く栄誉を得たが、これは私
工期、工種等明記の要あり。
の公務員人生の中で輝いた時期である。
⑤については僅かの経験しかないが、組織が良く
②技術士1次試験
なることを願い、上司や同僚とよく話し合って、部
受験資格:制限なし
下の人達が幸せになる道を選ぶことを心がけた。現
試験内容:5択問題のみ55問。
実は綺麗ごとばかりではないが。
基礎科目が「設計理論」
「情報論理」
「数
学」「物理」「化学」「バイオ」等15問。
6.おわりに
適正科目が「技術士倫理」等15問。
若いみなさんには普通のことを普通にできる技術
者になって欲しい。そして先輩方の公務員人生や退
専門科目が「専門知識」25問。
50%以上が合格。
職後の生き方をよく見て自分もこうなるのかなと人
生の一つの参考にしてほしいと思う。
最後に、前述した資格について、受験の概要をま
③技術士2次試験
受験資格:1 次試験合格かつ実務経験7年以上
とめてみた。参考書や先輩のアドバイスを十分受け
て挑戦してみてほしい。白状すると、私が資格を取
(1次試験合格以前の経験も可)
試験内容:試験…5択問題15問、60%以上で合格。
得したのは公務員人生の最後の方であったが、みな
筆記「専門知識」2問各600字、「応
さんには然るべき時に挑戦して欲しいと思う。
用能力」1問1,200字、
「課題解決能力」
1問1,800字、各60%以上で合格。
:口 頭試験…筆記試験の合格者に対し
20分の面接。受験申込時の「経歴書」
「業務内容の詳細」及び筆記試験の「課
題解決能力」の解答から質問。最後に
技術士法に基づく「技術士倫理」。
④測量士補
※測量士(補)は試験ではなく登録制。
登録資格:大学、専門学校等で測量学を修め、卒
業した者
必要書類:卒業証明書、成績証明書
⑤測量士
登録資格:同上及び実務経歴
写真-3 清水港にて「ちきゅう号」と私
必要書類:従事日数225日以上の実務経歴証明書
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