会計検査の指摘事例とその解説(52)

会計検査情報
会計検査の指摘事例とその解説
(52)
は
が
芳 賀
1.はじめに
あき
ひこ
昭 彦*
または現況最深河床から護岸本体底面までの深さ
検査院が毎年11月の上旬に検査結果を公表する
(以下、「根入れ深さ」という)については、流水
頃には、調査官達は次の検査に出かけていて検査各
による河床の洗掘に対応するために、護岸の基礎部
課を訪ねるとひっそりとしています。そして、この
の位置する層の土質が軟岩(Ⅰ)の場合は岩線から
ようななか、11月下旬には例年、人事異動もある
0.5m、岩以外の場合で河床の状況が標準である場
ことから、検査途上の人事異動や年末にもかかる検
合は現況最深河床高から1.0mを確保することとさ
査で歓送迎会や忘年会もできないと、当初は大変な
れています。
不評を買ったものですが、調査官達はそれなりの工
同県は、本件護岸工のうち延長合計114.0mにつ
夫をしたのか、今ではこのサイクルに馴染んでし
いては、護岸の基礎部の位置する層の土質を軟岩
まったようです。
(Ⅰ)と判定して、根入れ深さを0.5mとするなど
今回は、護岸工に係る2件の設計不適切をご紹介
して設計していました。そして、同県は、本件護岸
します。このうち1件は、設計不適切による不経済
工の施工時に、護岸の基礎部の位置する層の土質を
と指摘された事例です。
当初設計どおりの軟岩(Ⅰ)であるとして、上記の
とおり根入れ深さ0.5mで施工していました。
2.軟岩ではなくレキ質土で根入れ不足
しかし、現地において護岸の基礎部の位置する層
この補助事業は、K県が、24、25両年度にI郡
の土質を確認したところ、上記114.0mのうち、
N町の二級河川において、豪雨により被災した護岸
100.5mについては、当初設計時に判定した軟岩
等を復旧するために、護岸工等を事業費3612万円
(Ⅰ)ではなくレキ質土であり、護岸の基礎部の位
(国庫補助金2409万円)で実施したものです。こ
置する層の土質が岩以外の場合で河川の状況が標準
のうち、護岸工(高さ2.2m〜4.4m、左右両岸の工
である場合に該当することから、設計を変更して根
事区間延長は合計355.0m)は河岸を保護するため
入れ深さを1.0m確保する必要がありました。
に、石積護岸等を築造したものです。
実際の設計・施工及び会計実地検査時の状況
適切な設計
本件護岸工の設計は、建設省河川砂
防技術基準(案)同解説(社団法人日
本河川協会編)等に準拠して同県が制
定した
「災害復旧事業の手引(技術編)」
(以下、
「手引」という)等に基づき
行われています。手引によれば、岩線
埋戻しコンクリート
設計時の現況最深河床高
岩線
会計実地検査時の河床
護岸本体底面
現況最深河床高
根入れ深さ
0.5 m
根入れ深さ
1.0 m
最大で 60 cm の洗掘が生じていた
護岸本体底面
図−1 護岸工の概念図
*元会計検査院 農林水産検査第4課長 月刊建設16−11
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このため、本件護岸工は手引により必要とされる
開始後の貯留水の水位変化による影響から、法面を
根入れ深さ1.0mが確保されておらず、河床の洗掘
保護するために、ブロックマット護岸(段数5段、
が進行すると護岸等に損傷が生ずるおそれがある状
敷設面積計5,948㎡)及び大型土のう488個の設置
況となっていました。現に、護岸の前面において河
等を実施したものです。
床に洗掘が生じており、その深さは設計時の現況最
深河床高から最大で60㎝となっていました。
貯水開始後の洪水時満水位
したがって、
本件護岸工のうち前記の100.5m(工
事費相当額8,007,000円)は、設計が適切でなかっ
2 縦
ブロックマット
ブ
ト
ッ
マ
地すべり土塊
ロ
ブ
貯水開始後の常時満水位
ク
押え盛土
ト
面
ッ
り
マ
滑
ッ
護岸の基礎部の位置する層の土質が当初設計と異
ク
このような事態が生じていたのは、同県において、
ッ
補助金相当額5,340,669円が不当と指摘されました。
ロ
たため、護岸等が洗掘に対応できない構造となって
いて、工事の目的を達しておらず、これに係る国庫
1
横
大型土のう
図−2 地すべり土塊の対策工の全体概要
なっていた際に根入れ深さを再検討し、設計変更を
同県は、当初、護岸工により設置されるブロック
行うなどの適切な処置を行うことに対する理解が十
マット護岸の最下段における流水の設計流量を流域
分でなかったことなどによるとされています。
からの流入量の実績等に基づき4㎥/sと算出し、設
本件と同様の事態は近年連続して指摘されており、
計流速を2.73m/sと算定していました。そして「美
設計と現場が異なることが確認できた場合には、こ
しい山河を守る災害復旧基本方針」(社団法人全国
れで良いのかとの問題意識を大切にして適切な対応
防災協会編)によれば、ブロックマット護岸が河川
を検討する必要があります。
の流水の作用に対して設計上安全とされる流速(以
本件の手直しは、同県の負担で、底張りコンクリー
下、「設計対応流速」という)は4m/s以下とされ
トを0.3mの厚さで打設したうえ、植石するなどし
ており、上記の設計流速2.73m/sは設計対応流速
て洗掘を受けない構造とする工事を行いましたが、
を下回っていることなどから、ブロックマット護岸
手直し工事費は指摘の当該工事費相当額を上回るも
を設置すれば設計上安全であるとし、これにより施
のとなったようです。
工することとしていました。
その後、同県は、ブロックマット護岸の施工中に、
3.河床幅の拡幅で大型土のうが不要
大型土のう 設計対応流速 4.0 m/s 以下)
この補助事業は、S県が、平成24、25両年度に、
H市地内において、ダムの下流に建設中である第二
ダムの貯水池内に存する地すべり土塊の対策工とし
て、押え盛土工、護岸工、掘削工等を事業費1億
2578万円(国庫補助事業費同額、国庫補助金6289
万円)で実施したものです。このうち護岸工は、第
二ダムに貯水が開始されるまでの河川の流水や貯水
60
月刊建設16−11
設計水深 2.52 m
ブロ
ック
1. 2
1:
マッ
ト
1:
1. 8
設計
対応
流速
4.0
1.0 m
m
/s 以
下)
1.5 m
河床の幅 2.5 m
図−3 設計変更後の施工の状況
(設計流量50㎥/s 流下時、設計流速4.80ⅿ/s)
会計検査情報
第二ダムに貯水が開始されるまでの約3年間につい
から8月までの間に、流速を低下させるために河床
ては、設計流量に出水時におけるダムからの放流水
の幅を2.5mから4.0mに拡幅するなどの掘削工等を
も考慮する必要があるとして、当初の設計流量であ
実施して、ブロックマット護岸の最下段における設
る4㎥/sを建設中の第二ダムの転流工の流下能力と
計流速を3.83mに低下させていました。
同量の50㎥/sに変更していました。そして同流量
このようなことから本件工事は、設計流量を50
における設計流速がブロックマット護岸の設計対応
㎥/sに変更した際に、設計流速を低下させるために
流速4.0m/sを上回ることが予想されたことから、
河床を拡幅するなどの適切な設計変更を行って施工
ブロックマット護岸の最下段を保護するために、そ
することとしていれば大型土のうを設置することな
の前面に大型土のう(高さ1.0m、直径1m、重量
く、ブロックマット護岸の最下段を保護することが
2t)を1段から5段まで、計488個設置するなど
できたと認められました。
の設計変更を行い、これにより25年5月までに施
工していました。
したがって、本件護岸工のうち、大型土のう計
488個(工事費相当額6,685,000円)は、設計が適
しかし「
「耐候性大型土のう積層工法」設計・施
切でなかったため、設置する必要がなかったと認め
工マニュアル」
(財団法人土木研究センター編)に
られこれに係る国庫補助金相当額3,342,500円が過
よれば、大型土のうの設計対応流速は4.0m/s以下
大に交付されていて不当と指摘されました。
とされており、ブロックマット護岸の設計対応流速
このような事態を生じていたのは、同県において
と同じ流速までしか対応できないものでした。そし
護岸工の設計に当たり、設計流量に基づく流速に対
て、設計変更後の設計流速を算定すると4.8m/sと
して安全な構造とするための検討が十分でなかった
なり、大型土のうの設計対応流速を上回っているこ
ことなどによるとされています。
とから大型土のうは、河川の流水に対し安全な構造
本件は設計不適切で不経済となり、その結果、過
とはなっておらず、ブロックマット護岸の最下段を
大交付という指摘になりました。結果論ではありま
保護する機能を有していませんでした。現に、25
すが流量を変更した時に流速も計算し、これが大型
年6月の梅雨前線による降雨に伴うダムからの放流
土のうの設計対応流速を超えることを確認していれ
により大型土のうの施工個所において流速4.46m/s
ばという思いが残ります。
の流水が生じ、これにより大型土のうの大半が流出
4.おわりに
していました。
そして、同県は、上記の事態を受けて、25年6月
次回は、26年度報告からの事例紹介が最後とな
ります。既に27年度報告が公表されましたが、毎
年過去の紹介事例と同様の指摘が繰り返されていま
ブロ
ック
設計水深 1.91 m
マッ
ト
設計1:1.
対応8
流速
4.0
m
/s 以
下)
右
の
前
従
岸
1. 2
1:
2.5 m
拡幅 1.5 m
河床の幅 4.0 m
すので関係者のみなさまには、これまでの紹介事例
を参考にしていただき、同様の事業等を実施する際
には十分に注意していただきますようお願い致します。
図−4 掘削工施工後の状況
(設計流量50㎥/s 流下時、設計流速3.83ⅿ/s)
月刊建設16−11
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