閉眼時に知覚される環境照度と立位重心動揺の関係について

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閉眼時に知覚される環境照度と立位重心動揺の関係につ
いて
河合, 学; 稲村, 欣作
静岡大学教養部研究報告. 自然科学篇. 22, p. 27-33
1987-03-10
http://doi.org/10.14945/00002378
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27
開眼時に知覚される環境照度と立位重心動揺の関係について
On
RelationshipbetweenSwayofthe
Body’sCenterofGravlty
and DegreeofEnvironmentall”umination perceived
With EyesClosedin Human UprightStance
河合 学,稲村欣作
Manabu KAWAI,KinsakuINAMURA
(Received Oct.7,1986)
Ⅰ はじめに
聞眼により視覚を遮断することは,自己と外部環境との間の相対的位置関係の情報を遮断し,
あわせて環境照度の情報をも除去することを意味する。従来姿勢制御の研究においては,前者
の情報に関する解析が主たるものであった。著者らは,ゴーグルの装着により身体の位置関係
の情報を遮断した開眼条件において,環境照度を段階的に変化させた体動揺の測定を行った。
その結果,照度61ux以上の明所においては,暗所にくらべて体動揺量が有意に減少するこ
とを認めた。
そこで本研究では,開眼時における環境照度の高低と体動揺量との関係を身体の垂心動揺に
より検討した。
以 方法
1.実験方法
3個の荷重トランスジューサーを使用した垂心動揺計(グラビコーダー,ANIMA;G1804
S)により蹟立時における身体の重心動揺を検出し,その出力をPCMデータレコーダー(N
F,RP−−882)に記録した。また照度の測定にはデジタル照度計(TOPCON;INN3)
を使用し,被験者の顔の位置における照度を測定した。
重心動揺の測定時間は3分間,足位は500 開きとし,以下に示すふたっの実験を行った。同
視条件下においては,被験者眼から前方2mの所に直径5mmの円形固視標を設定した。また,
閉眼時においては視点を前方に固定するよう被験者に注意を与えた。
実験1
明所(1001ux)および暗所における開眼,開眼時の体動揺量の差を知るため,視機能の正
常な健康成人15名(男性,年齢19∼23才)について以下に示す条件で垂心動揺の測定を行った。
なおその測定順は,繰り返しの効果を除くため被験者により異なるようにした。
1) 明所の開眼固視
2) 明所の閉眼
3) 暗所の開眼
4) 暗所の開眼
実験2
開眼時における環境照度と体動揺量との関係を知るため,以下の通り照度を段階的に変化さ
せ,開眼条件で垂心動揺の測定を行った。被験者は視機能の正常な健康成人15名(男性,年齢
18∼23才)である。
河合 学・稲村欣作
28
1) 01ux(アイマスク装着による)
2) 1001ux
3) 5001ux
4)10001ux
2.分析方法
グラビコーダー付属のアナライザーに,データレコーダーの再生信号を入力し重心動揺距離
と重心動揺面積を計測した。その計測では3分間のデータを20秒ずつに分割して計測し,計9
個のデータの平均を各被験者の垂心動揺距離および面積とした。重心動揺面積の算出について
は前後径と左右径の積を求める方法を用いた。
11Ⅰ結果
実験1
明所および暗所における開眼,開眼時の垂心動揺距離の平均と標準偏差および重心動揺面積
のそれを表1と図1・2に示す。
最も動揺距離が大きかったのは暗所の開眼であり,次いで明所の聞眼,暗所の開眼,明所の
開眼の順であった。また動揺面積については暗所の開眼が明所の閉眼より大きくなった以外は
動揺距離と同様の結果となった。それぞれの条件問における動揺距離および動揺而精の什貴差
検定(T検定,自由度14)結果を表2に示す。
明所の開眼における動揺距離,面積はともに他のいずれの条件よりも合意に小さい情を示し
た。また同じ開眼条件である明所の開眼と暗所の開眼との問ではfj●意差はみられ互かったらレ_)
の暗所の方が大きな値を示した。これは大久保らの示した明所閉眼における体動揺量の増人と
は異なる結果であった。さらに暗所における開眼と開眼は,双方ともに位置関係と環境照度の
情報がほとんど視機能に入力されない状態であるにもかかわらず,動揺距離に存意差がみられ
た。
表1.明所と暗所における開眼・開眼時の重心動揺距離および面積
の平均と標準偏差
Tablel Means and standard deviations of toLal shifts an(l areaof
sway with eyes open and with eyes closedin bright field
andin dark field.
B R IG H T F IE L D
E .0 .
巨. C .
E .0 .
巨. C .
M
18 1.
2
230 .
1
226.
8
24 3.
6
S D
23.
2
3 5.
1
34.
8
38 .
0
EG G
le n g th (
Ⅷ)
a ro a (
Cd )
D A R K F IE L D
M
2.
79
3.
98
4.
38
4.
42
S D
0.
90
1.
56
1.
56
1.
71
(EGG:Electrogravitiograph)
聞眼時に知覚される環境照度と立位重心動揺の関係について
(〕
下
29
且且 且且
F:.0. E.C. E.0. E.C.
BRIGHT FIELD DARK FIELD
E.0. E.C.
E.0. E.C.
BRIGHT FIELD
DARK FIELD
図1 明所と暗所における開眼・閉眼時の
垂心動揺距離の平均と標準偏差
図2 明所と暗所における開眼・閉眼時の
重心動揺面積の平均と標準偏差
Fig.1Means and standard deviations of
Fig.2Means and standard deviations of
total shifts with eyes open and
area of sway with eyes open and
with eyes closedin bright field
with eyes closedin bright field
andin dark field.
andin dark field.
長2.各条件間のT検定
Table2 Results of T−teSt amOng eXPerimental conditions・
B R tG H T
7.
16 ※※
upper:length
5.
43 ※※
lower:area
E .C .
F IE L D
5.
77 ※※
0.
74
4.
51
※※
1.
02
8.
82 ※※
2.
11
2.
34 ※
7.
30 ※※
1.
53
0.
15
巨.0 .
D A R K
F IE L D
巨. C .
巨.0 .
巨.C .
B R IG H T F lE L D
●
D A R K FIELD
※※ P<0.01
※ P<0.05
河合 学・稲村欣作
30
表3.各照度における垂心動揺距離と面積の平均と標準偏差
Table3 Means and standard deviations of total shifts and area of
SWayln eXPerimental degree of environmentalillumination.
EG G
leng th (
皿)
a rea .
l
l
(
cd )
0 h x
100 tux
500 tu x
1000 1ux
M
2 19.
5
210.
5
205.
8
204.
0
S D
25.
9
24.
2
21.
3
22.
2
M
3.
23
2.
90
2.
72
SD
1.
20
0.
99
0.
95
(EGG:Electrogravitiograph)
0 100 500 1000(hx)
0 1()0
50∩ 】00(1日tlX)
図3 各照度における重心動揺距離の平均
と標準偏差
図4 各照度における垂心動揺面積の平均
と標準偏差
Fig.3Means and standard deviations of
Fig.4Means and standard deviations of
totalshiftsinexperimentaldegree
areaofswayinexperimentaldegree
of environmentalillumination.
of environmentalillumination.
閉眼時に知覚される環境照度と立位垂心動揺の関係について
31
表4.各条件問のT検定
Table4 Results of T−teSt amOng eXperimentalconditions.
2.09
100 2.
4 8 500 1000 upper:length
lu x
※
lower:area
2.
54 ※
1.
18
2.
76 ※
0.
37
2.
3 1 ※
0.
71
0.
24
2.
34 ※
0.
68
0.
92
lu x
lu x
O lux
100 lux
500 lux
※ P<0.05
実験2
各照度における動揺距離の平均と標準偏差および動揺面積のそれを表3と図3・4に示す。
表4はそれぞれの条件問における動揺距離および動揺面積の有意差検定(T検定,自由度14)
結果である。
動揺距離,面積ともに最も大きな値を示したのは01uxの条件であった。次に大きかった
のは1001uxの条件であったが,この時の測定値と01uxにおける測定値との間には動揺面
精にだけ存意差がみられた。5001uxおよび10001uxにおける測定値はさらに小さくなり,
りlux とそれぞれの間には動揺距離,面積ともに有意差がみられた。しかし1001ux,500
1uxそして10001uxの3条件下における測定値間には有意差がみられなかった。
lV 考察
UIi立姿勢における身体の動揺は主として立ち直り反射機構を表現しており,それは地球の重
力に対して姿勢がくずれた場合に正常な位置に身体をもどそうとする反射として働く。この反
射には前庭迷路系が主として関与しているが,それ以外に視覚系,深部知覚系,四肢などの機
械受容器系などが関与するとされている。それらのフィードバック情報の中でも視覚情報が姿
勢調節に果たす役割は重要と考えられている。
従来視覚を遮断するための方法としては,最も簡便に行うことのできる開眼が多く使用され
てきた。開眼で虐立姿勢を保持する場合には,視覚からの情報の内,自己の身体と外環境との
相対的な位置関係の情報を遮断することになる。したがって開眼固視時と比較すると体動揺嶺
は増人すると考えられる。実験1において明所の開眼および暗所の開眼,開眼の方が明所の開
眼よりも動揺距離,面積ともに大きな値を示したのはその結果と思われる。
実験1において,環境照度が姿勢調節に及ぼす影響をみると明所の開眼と暗所の開眼との間
で,明所の方の値が小さくなる傾向がみられた。暗所の閉眼時においては視機能に光は全く逢
していないはずである。しかしながら明所の開眼時にはこの結果から推して,まぶたを適して
微弱な光が網膜に達していると思われる。開眼において明るさだけを知覚できる条件を設定し,
環境照度と体動揺竃との関連性を検討した著者らは,照度61ux以上の明所において体動揺
童の有意な減少を認めた。その結果と実験1の結果から推して,明所開眼条件の場合には,微
弱な光が網膜に達して体動揺鼻を抑制しようとする方向に働いていると推察される。大久保ら
は,この微弱な光は姿勢制御系に対して外乱として働くと述べているが,本研究では逆の結果
河合 学・稲村欣作
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が得られた。それは網膜を通してわずかに感知された光により姿勢制御系に働くフィードバッ
ク機構の存在を示唆しているものと思われる。
実験1において,著者らは環境照度の影響により同じ開眼でも明所と暗所において,その動
揺員に有意な差を得ることができると考えた。しかしながら実際には有意なはどの差を得るこ
とはできなかった。その理由を開眼で得た著者らの結果からみれば,実験1における明所開眼
の照度1001uxはまだ体動揺量減少の効果を導くほどの照度ではなかったように思われる。す
なわち環境照度をさらに高くすれば,開眼でも明所と暗所の間に差が出ることは予測できる。
実験2では環境照度を段階的に高くした条件における開眼測定を行った。その結果,環境照
度の増強にともなう体動揺員の減少がみられた。開眼した上にアイマスクを装着した01uxは
暗所の開眼と同様の条件であり,環境照度の影響は全く受けていないと考えられる。1001ux
は実験1における明所の開眼と同じ条件である。その01uxと1001ux における測定値問で
は,動揺面積には差がみられたもののまだ動揺距離には実験1同様有意差があらわれなかった。
しかし5001uxおよび10001uxにおける結果は動揺距離,面積ともに01ux のそれよりも
有意に小さかった。すなわち開眼時においては環境照度が0から5001uxまでの問に,視覚か
ら入力される光が体動揺量に減少効果を及ぼしはじめる照度があると思われる。また50Olux
と10001uxにおける測定値問に差がみられなかったことから,5nOlux を超える環境照度で
はその影響がほぼ一定するのではないかと思われる。
Ⅴ まとめ
開眼時において環境照度が体動揺にどのような影響を与えるかを明らかにするため,明所と
暗所における開眼,開眼時の垂心動揺を測定した。さらに環境照度を4段階に設定した関根条
件での垂心動揺を測定したところ,次の事項があきらかとなった。
実験1
1) 垂心動揺距離,面積ともに最も大きな値を示したのは暗所の開眼であった。
2) 明所の開眼における動揺距離,面積はともに他のいずれの条件におけるそれよりも小さ
な値を示した。
3) 明所の開眼と暗所の閉眼との間では明所における測定値の方が小さくなる傾向にあった。
実験2
1) 開眼時において環境照度が重心動揺の増減に影響しはじめる照度は01uxから50()
luxの間にあることが予想された。
2) 5001ux以上の明所における開眼条件において,その重心動揺距離と面積は,暗所と同
等の01uxに比較して有意に小さかった。
潤筆にあたり御指導いただいた愛知工業大学石垣尚男先生,そして御協力いただいた被験者
諸氏に深甚なる謝意を表します。
なお本研究におけるデータの一部は,1986年11月26日,第37回日本体育学会にて河合学が発
表した。
参 考 文 献
1)Inamura,K。andTanaka,H.:Fundamentalfootpositionofstanceformeasuringhuman
equilibriuminthecase ofupright standing.TheJapaneseJournalof Human Posture,
Vol.4,No。2,1984
聞服時に畑党されろ環境照度と立位重心動揺の関係について
33
2)大久保 仁,渡辺 触,小高修司,小川 明:明・暗所における開・開眼時の視覚が重心動揺に及
ぼす影響について.Hquilibriumlies、,Vol(38,No.1,1979
3) 河合 学,稲村歌作,右恒尚舅:人体の直立時における環境照度と重心動揺の関係について.
静岡大学教養部研究機誓,Vol.21,1985
4) 中日英雄:視党障書者の直立姿勢保持能力1姿勢研究,VoL3,Noll,】983
5)111旧姓雄:重し、動揺からみた視覚障書者の直立姿勢保持能力.姿勢研究,Vol.2,N().1,1舗2
6) 中村 誠:姿勢の科′’告 イミ昧堂山版,1979
7ノ 平沢欄一郎:スタシオUジー(2).静岡入学教養部研究報告,Vol.6,1970
8) 森戸貢良,羽柴基之,林 良一一一,三宅彰英,渡辺 悟:重心動揺よりみたIiL)Int)什‡姿勢および
Mhnn 姿勢、姿勢研究,Vol.1,Nn.1,1981