PDFファイル - 日本労働弁護団

時間外労働の上限規制に関する声明
2017年2月28日
日本労働弁護団
幹事長
棗
一郎
報道によれば、現在、政府が検討している長時間労働の規制策は、労働基
準法を改正し、罰則付きで時間外労働の上限を原則として「月45時間」
「年
間360時間」と規定するものの、その一方で企業の繁忙期に対応できるよ
う6か月は例外を設け、
「月最大100時間」
「2か月平均80時間」の時間
外労働を認めるものとされている。
私たちも、長時間労働を是正するために労働基準法を改正し、36協定で
も超えることができない時間外労働の上限を定め、違反企業に罰則を科すこ
とは賛成である。言うまでもなく、もっとも重要な点は、上限基準をどのよ
うに設定するかにある。しかし、
「月100時間」
「2か月平均80時間」な
どという例外は、厚生労働省が定めた『脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認
定基準』
(平成 13 年 12 月 12 日基発第 1063 号)
「過重負荷の有無の判断」に
記載されている時間外労働の時間(1か月間におおむね100時間又は2か
月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間)に該当する
ものであり、上限基準として極めて不適切なものであり、到底賛同できない。
これでは、過労死・過労自死等の労働災害を招く基準にお墨付きを与えて、
政府自らが容認するに等しいと言わざるを得ない。
使用者団体が繁忙期に「月100時間」や「2か月平均80時間」までの
時間外労働を認めるよう要求し続けることは、多発する長時間労働による過
労死・過労自死への反省を欠き、上記労災認定基準を遵守し過労死や過労自
死を防止すべき義務を負っている使用者としての責任を放棄するものであ
り、このような使用者団体の態度は厳しく批判されなければならない。
裁判所も、月95時間分の時間外労働を義務付ける定額時間外手当の合意
の効力が争われた事件で、「このような長時間の時間外労働を義務付けるこ
とは、使用者の業務運営に配慮しながらも労働者の生活と仕事を調和させよ
うとする労基法36条の規定を無意味なものとするばかりでなく、安全配慮
義務に違反し、公序良俗に反するおそれさえあるというべきである」として
いる(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件札幌高裁平
24.10.19 判決・労判 1064 号)。また、月83時間分のみなし残業手当の効
力が争われた別の事件では、「月83時間の残業は、36協定で定めること
ができる労働時間の上限の月45時間の2倍近い長時間であり、・・相当な
長時間労働を強いる根拠となるものであって、公序良俗に違反するといわざ
るを得ず」としている(穂波事件・岐阜地裁平 27.10.22 判決・労判 1127
号)ことに留意すべきである。
このように、判決では月95時間や83時間の時間外労働でさえ、使用者
の安全配慮義務に違反し、公序良俗に反するものであるから無効である(民
法90条違反)とされるのであるから、政府が検討し使用者団体が求めてい
るとされる「月100時間」
「2か月平均80時間」の時間外労働の容認は、
裁判所によって公序良俗に違反し無効とされるおそれの強いものである こ
とを指摘しておきたい。
労働時間はディーセント・ワークの要である。時間外労働は本来例外であ
るべきとの原則を踏まえるならば、このような重大な懸念のある時間外労働
の上限の例外は認めるべきではない。労働者の命と健康を守り、生活と仕事
の調和を図ることができるような労働時間の上限規制がなされるべきであ
ることを改めて強く訴えるものである。
以上