新生ストラテジーノート 第 262 号 2017 年 2 月 28 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 邦銀の住宅ローン信託受益権は欧州の証券化商品に相当する存在か 日銀に担保として差し入れられた住宅ローン信託受益権の残高急増に関して 日本銀行は 2016 年 6 月 30 日から住宅ローン債権信託受益権を適格担保として取り扱って いる 1。取扱初月(6 月 30 日現在)の残高はなかったが、2016 年 7 月末に額面約 5.6 兆円と なった。その後、11 月末まで残高は微減の傾向を示したことから、この間、担保を差し入れていた 金融機関の出入りはなかったものと推測される。ところが、2016 年 12 月末には一挙に 12.6 兆 円へと残高が増加した。 図表 1 日本銀行が受入れている担保のうち ABS, ABCP および住宅ローン信託受益権の残高(額面) 単位:億円 年月 ABS ABCP 住宅ローン債権信託 受益権 2016 年 1 月 12 130 2016 年 2 月 12 1,300 2016 年 3 月 11 1,325 2016 年 4 月 11 1,325 2016 年 5 月 10 1,950 2016 年 6 月 10 1,950 0 2016 年 7 月 9 1,950 56,102 2016 年 8 月 0 1,950 55,565 2016 年 9 月 0 1,950 55,075 2016 年 10 月 0 1,950 54,596 2016 年 11 月 0 1,950 54,164 2016 年 12 月 0 1,950 126,095 2017 年 1 月 0 1,950 130,719 出所: 日本銀行 1 日本銀行 「『適格住宅ローン債権信託受益権担保取扱要領』の実施日について」 2016 年 6 月 24 日 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/rel160624a.htm/ 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 日本銀行は 1999 年から「資産担保債券」と呼ぶ ABS を、2002 年からは「資産担保短期債券」 および「資産担保コマーシャル・ペーパー」と呼ぶ ABCP を適格担保として受け入れ始めた。現行 の日銀の担保取扱要領 2では、「資産担保債券」(ABS)については、「公募債」であること「適格格 付機関から AAA 格相当の格付けを取得していること」が主な要件 3となっている。同じく「資産担 保短期債券」および「資産担保コマーシャル・ペーパー」(ABCP)については、「適格格付機関から a-1 格相当の格付けを取得」していることが主な要件である。 欧州の銀行による資産証券化は過半が中央銀行オペ目的 とこ ろで、 Economist 誌 の 2017 年 2 月 23 日 号 に “Limping along: Europe’s securitisation market remains stunted” (欧州証券化市場は生育不全のまま)と題する記 事 4が掲載された。この報道によると、2013 年以降、欧州では証券化を活性化させるためのいく つかの施策が講じられており、規制上の扱いを優遇する法案がまもなく成立しそうな段階にある にもかかわらず、証券化商品の発行は低迷を続けていると指摘している。この報道では、昨年 (2016 年)のヨーロッパにおける証券化商品の発行額 2,270 億ユーロ中、投資家に販売された ものは 880 億ユーロに過ぎず、残りはオリジネーターの銀行が “retained” (保有)しているとの ことである。つまり、多くの欧州の銀行は、住宅ローン債権や企業向けの貸付債権はそのままで は中央銀行の資金供給オペ(レポ)の対象または適格担保にならないところ、証券化商品に仕立 てれば適格になる 5ことから、中央銀行に差し入れるための担保を作り出すために証券化を行っ ているということであろう。 国債の代替か、国債を保有できない事情 欧州の銀行が保有する貸付債権を中央銀行の資金供給オペに使う為に証券化している行動 は、日本の銀行が保有する住宅ローン債権を信託設定したうえで信託受益権を日銀に差し入れ 2 日本銀行 「適格担保取扱基本要領」 http://www.boj.or.jp/mopo/measures/term_cond/yoryo18.htm/ 3 市場に出回る証券化商品のうち、この要件を満たせるものは極めて少ない。「債券」としている 以上、信託受益権は適格ではない。また、「公募債」としていることから、民間主体による発行であ れば、有価証券届出書等を届け出ているものに限定される。 4 Economist, Limping alon: Europe’s securitisation market remains stunted, February 23, 2017 http://www.economist.com/news/finance-and-economics/21717426-efforts-pep -it-up-are-looking-increasingly-lacklustre-europes-securitisation 5 ECB による適格担保 https://www.ecb.europa.eu/paym/coll/html/index.en.html 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 ている行動と重なって見える。そんなに手間暇かけなくても、もし、銀行が国債を大量に保有して いるのなら、その国債の一部を中央銀行に差し入れればそれで足りるはずだからだ。日銀に担保 として差し入れられている国債の残高は、2011 年の平残で 100 兆円を突破していたが、2012 年に 96 兆円、2013 年に 76 兆円、2014 年に 75 兆円、2015 年に 53 兆円、2016 年に 49 兆円(何れも額面、月末の残高の平均)と減少を続け、2017 年 1 月末にはとうとう 30 兆円を割り、 29 兆円となった。急速なペースで国内金融機関が日銀に差し入れている国債の残高が減ってき ている。住宅ローン債権信託受益権は、この減少分の一部を埋め合わせる形となっている。もっと も、個々の銀行がどのような行動を起こしたのか(住宅ローン債権受益権を新たに差し入れた分 だけ国債を引き上げたのか等)については、筆者は把握していない。 信託受益権を適格担保として用いる手間、それでもその手間をかける価値が 日銀はこれまで幅広く国債・社債等の有価証券、国・地方公共団体・民間企業等を債務者とす る証書貸付債権・電子記録債権などを適格担保としてきたが、現行の適格担保取扱基本要領と の関係では、特例的な扱いではあるが、初めて信託受益権が加わったことになる。「適格担保取 扱基本要領」に直接書き入れることはせず、別途、「適格住宅ローン債権信託受益権担保取扱要 3 領」を制定することとした背景に何らかの事情がある可能性がある。 民間金融機関が保有する国債の残高が減少し、長期ゾーンまで国債の利回りがマイナスに陥 っている現在、日銀オペの担保として用いるだけの目的で国債を保有する負担(収益機会)が強く 意識されてきている。他の適格担保と異なり、住宅ローンを適格担保として用いるには、管理体制 と事務フローを構築し、信託銀行・信託会社との間で信託契約を締結、住宅ローン債権を「信託受 益権」に変容させる必要が生じる。ここには相当なコスト(受託者に支払う信託報酬を含む)と手間 が生じることになる。国債や債券形態の地方債を差し入れる場合に比べれば、事務負担ははる かに重たい。 そうした負担にも拘わらず、住宅ローン債権信託受益権を日銀に担保として差し入れている金 融機関が出現し始めているということは注目に値すると筆者は考えている。国債が足りないのか、 国債を保有したくないのか、国債を保有して担保に差し出すよりは他に使い途がない貸出金とし ての住宅ローンを信託受益権に加工して日銀に差し出した方がまだましだと考えたのか。 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 【参考】 住宅ローン債権信託受益権が日銀適格担保となった経緯 日銀は、2015 年 12 月 17・18 日の決定会合で、「信託等の手法を用いて」住宅ローン貸付債 権を適格担保とすることを決定した。記者会見 6で、黒田総裁は「住宅ローン債権は約 130 兆円 ある」、「このうち実際にどの程度の金額が適格担保として差し入れられるかについては、各金融 機関の担保繰りや経営上の判断に依存しますので、予め申し上げることはできません」と述べて いた。日本銀行は、2016 年 3 月 14・15 日の金融政策決定会合で「適格住宅ローン債権信託受 益権担保取扱要領」を定める等の決定を行った旨を公表 7した。この時点でそれまで「信託等の 手法を用いて」と表現されていたものが信託受益権を意味することが明らかになった。「適格担保 取扱基本要領」とは別途(同要領における別紙1の「特例的扱い」の形で)、「適格住宅ローン債権 信託受益権担保取扱要領」を制定する形を採った。同取扱要領は 2016 年 6 月 30 日から実施さ れた。担保価格としては、「信託財産となっている住宅ローン債権の残存元本相当額およびその 返済元本相当額の合計額の 60%とする」とされている。 信託受益権を日銀が担保として受入れることは極めて異例のことだと筆者は認識している。(い まのところ、実例は、住宅ローン債権信託受益権のみである。) 4 (調査部長 江川 由紀雄) 6 日銀による記者会見要旨 https://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2015/kk1512d.pdf 7 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/rel160315b.pdf 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 5 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 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