現代の施設化された出産環境下におけるプライベート

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Title
【論文:査読付】現代の施設化された出産環境下におけるプライベ
ート出産の特徴:プライベート出産体験者のインタビューを基に
Author(s)
市川, きみえ
Citation
市川きみえ:奈良女子大学社会学論集, 第24号(2017), pp.20-36
Issue Date
2017-03-01
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/4436
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奈良女子大学社会学論集第 24 号
〈査読付論文〉
現代の施設化された出産環境下におけるプライベート出産の特徴
――プライベート出産体験者のインタビューを基に――
市川
きみえ
緒言
施設化した現代の周産期医療は,産科医不足による出産施設の集約化によって,施設偏
在が進み,地域によっては「お産難民」が問題視されている.そして,出産施設では,産
婦人科医療ガイドライン1)による徹底した医療管理がなされ,医療介入が増え 2014 年の帝
王切開率は 19.7%2)となっている.このような出産環境下,近年医療に頼らず自宅などで,
「プライベート出産」あるいは「自力出産」などと称して医師や助産師といった医療者の
立会わない出産を意図的,計画的に行う現象が見られる.
医療者の立会わない出産は「無介助分娩」として,戦前と戦後から出産の施設化が進ん
だ 1985 年頃までの実態について,全国各地で調査が行われてきた(蒲原 1967)
(加瀬 1972)
(安井 2013).その結果,無介助分娩は市部に比べ郡部に多く,
(藤田 1982)
(畠山 1992)
その理由として,農林村部には産婆が不在であったこと,郡部には医療施設が設置されて
いなかったことや,交通の不便といった妊産婦の移動の問題なども影響していたことが明
らかになっている.しかし,意図的計画的に行う医療者の立会わない出産は,このような
無介助分娩に関する先行研究の中では報告されておらず,また 1985 年以降 30 年来,国内
で無介助分娩の調査報告もないため,実態は明らかでない.
そこで先行研究と同様に,統計上出生時の立会い者「その他」に該当する医師,助産師
の立会わない出生を「無介助分娩」とみなし,その割合について統計データ3)から戦後の
変遷をみていくと,1950 年には全出生の 4.68%で,それ以降急激に減少し 1975 年に 0.036%
となり 1980 年は 0.029%,その後も現在まで増減なくおおよそ 0.02%~0.03%台で推移し
ている.実数はここ 30 年来毎年 250 人~350 人程度,2015 年は 263 人で全出生の 0.026%
であった.しかし,この数値は結果的に医療者が立会わずに行われた出産の数であり,事
故や予定外の出産も含まれている.本研究で扱うのは無介助分娩のなかでも意図的計画的
に行う医療者の立会わない出産である.これは無介助分娩の一部に相当し,統計上正確な
データは把握できない.
自宅出産が一般的であった施設化以前とは違い,現代の出産は医療者の立会いのもとに
行うことが一般的で常識とされる中で,なぜ彼女らはあえて医療機関の外で医療者の立会
いを求めず出産したのか,この選択には明確な動機があると考えられ,本研究は体験者に
直接インタビューを行った.その際に,無介助分娩のすべてが意図的計画的に行われる出
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産ではないので,この計画的な出産については呼び方を「無介助分娩」ではなく,当事者
の多くが呼称とする「プライベート出産」と名付け本調査に着手した.まず先行調査とし
て,国内でも特に出産施設の偏在が進み,お産難民が社会問題となっている北海道に焦点
をあて,無介助分娩の現状を調べた.ここでは,プライベート出産体験者へのインタビュ
ー内容から,助産所の地理的偏在が一因となっていることを指摘している(市川 2017)
.
本論では,さらに全国のプライベート出産体験者への聴き取りによる動機内容から,施
設化された出産環境下で行われるプライベート出産の特徴を明らかにし,さらにそこから
逆に立ち現れる現代の出産環境の特徴について明らかにしたい.
1
プライベート出産の定義づけ
医師,助産師といった医療者の立会わない出産は,これまでに研究者らによって「無介
助分娩」と呼ばれているが,実際に出産した女性やそのパートナーら当事者の多くは,自
分たちの出産を「無介助分娩」とは呼ばず,
「プライベート出産」
「自力出産」
「無介助」
「自
然出産」
「自宅出産」などさまざまな呼び方で表現しており,その中でも最も多く使われて
いるのが「プライベート出産」である.
「プライベート出産」という用語は,さかのまこと
著『あなたにもできる自然出産――夫婦で読むお産の知識』の中で使われており,さかの
は「自宅で,例えば夫婦だけでするお産は無介助出産であり,この本では,これを「プラ
イベート出産」と呼びます.
「プライベート出産」とは,医師や助産婦など他人が介在しな
いお産のことです」(2010:9-10)と記している.当事者の多くが「プライベート出産」と呼
ぶのは,本書の影響が大きいと考えられる.
このように「無介助分娩」とは,医師,助産師の立会わない出産の総称であり,前述し
たとおり,統計データでは出生時の立会い者の「その他」に該当する.この無介助分娩に
は,本人が意図的計画的に医療者の立会わない出産をするものと,意図せず医療者の立会
わない出産になってしまう場合がある.また,意図的に出産したとしても自己開示しない
場合は,本人の計画性が明確にならない.そこで,プライベート出産を「本人が意図的,
計画的に医療者の立会わないプライベートな環境で出産することを決め,準備も整えて行
う出産で,かつそれを当事者が自己開示する出産」と定義する.
2
プライベート出産体験者へのインタビュー調査
2.1 調査概要
全国のプライベート出産体験者を対象として,体験内容の詳細に関する聴き取り調査を
行った.調査期間は 2015 年 10 月1日から 2016 年 11 月 30 日で,インタビューへの協力者
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は 30 名であり,インタビューは協力者の自宅もしくは指定された場所で,いずれもおよそ
2時間にわたり,半構造化面接の方法で行われた.
インタビュー協力者の選定は,以下のようにして行われた.まず調査開始前にプライベ
ート出産を体験したと聞いていた人が数名あり,彼女らに改めてインタビューを依頼した.
そして,彼女らからさらに他の体験者を紹介してもらうことによって協力者を増やしてい
った.実際のインタビュー調査の場には,子どもの父親など,出産に立会った家族が自主
的に同席される場合が多く,出産への立会い者同席のもとにインタビューを行ったケース
は 18 件あった.
その場合は,
同席者にもインタビューへの回答に協力を得ることができた.
インタビュー内容は,本人と子どもの父親の年齢・出身地・学歴・職業,家族構成,家
族の生活背景,出産歴の概要(出産した子すべて),プライベート出産の体験内容(複数回
ある場合はすべて),プライベート出産を選択した理由・動機,プライベート出産に至った
経過,他のプライベート出産体験者とのつながり,家族の反応と協力体制,妊娠・出産経
過中の医療機関および医療者(医師・助産師・看護師等)との関わり,出産の勉強方法,
出産場所・立会い者,出産経過の詳細,出産立会い者の出産への関わり(どのようなサポ
ートをうけたかなど),プライベート出産後の心身面や生活面の変化,プライベート出産し
た市町村とその地域の産科医療体制,その他自由な語りであった.記録は,協力者の同意
のもとで IC レコーダーに録音し,同時にノートに記述した.
なお,研究倫理に関しては,奈良女子大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号 15-15)
を得た.
2.2 インタビュー協力者の属性
インタビュー協力者 30 名全ての出産時の年齢と出産場所,プライベート出産時の立会
い者,出産した市町村と出産年を表1に示す.個々の出産回数の最多は5回,最少は1回
で平均出産回数は 3.1 回であり,日本全体の 2014 年の合計特殊出生率 1.424)と比較して出
産回数は多いと言える.そのうちプライベート出産を行った回数の平均は 1.8 回で,最多
は5回,最少は1回である.
協力者総ての出産の出産時の平均年齢は 32.2 才で,プライベート出産を行った際の平均
年齢は 33.2 才である.総ての出産時の子どもの父親の平均年齢は 35.5 才で,プライベー
ト出産を行った際の子どもの父親の平均年齢は 37.1 才であった.何度かの出産を経てプラ
イベート出産したケースが多いので,すべての出産の平均年齢より,プライベート出産を
した年齢のほうが高齢である.
出産時の立会い者の多くは子どもの父親で,父親が児を取りあげている.しかし,中に
は父親が立会ったものの,本人が児を取り上げているケースもある.子どもの父親以外に,
実母や子どもの父親以外の家人,友人,近隣の人の立会いのもとに出産した者もあった.
また,複数回プライベート出産をしている場合,立会いの予定者(子どもの父親)が不在
だったため,自分で取り上げることになった出産もあった.
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インタビュー協力者がプライベート出産を行った年代は 1979 年から 2016 年までで,出
産した地域は 15 都道府県,海外2か所であった.なお,インタビュー調査を行った市町村
とプライベート出産を行った市町村は必ずしも一致しない.プライベート出産を行った後
に転居した先でインタビューを行った事例も多いためである.また,自宅外で出産してい
るのはD氏(旅先)
,P氏(出産のために借りた家),DD氏(海中)の 3 名である.
社会的背景として家族の職業は,農業,林業,アーティストが多く,本人は主婦が多い.
夫婦とも雇用者の世帯はなく,生活保護世帯が1件あった.また,本人の学歴は大学卒8
名,短大もしくは専門学校卒7名,高卒7名とそれぞれほぼ同数であり,学校中退者4名
(大学中退1名,短大もしくは専門学校中退2名,高校中退1名)及び不明4名であった.
表1 インタビュー協力者の基本情報 協力者
出産場所と年齢(歳)
第 1子 第 2子 第 3子 第 4子 第 5子
プライベート出産を行った地域および年
33 東 京 都 立 川 市 ( 1979) 福 島 県 い わ き 市 ( 1981,1983,1985,1987)
ア メ リ カ ・ カ リ フ ォ ル ニ ア 州 エ ル ク バ レ ー ( 1993,1995)
立会い者
子どもの父親もしくは無
A
25
27
B
32
35
C
29
32
35
子どもの父親
D
36
北 海 道 大 滝 村 ( 2001) 長 野 県 大 町 市 ( 2004,2007)
イ ン ド ・ ダ ラ ム サ ラ ( 2003)
E
37
39
44
千 葉 県 南 房 総 市 ( 2005) 茨 城 県 鹿 嶋 市 ( 2010)
子どもの父親
F
35
38
42
45
京 都 府 京 都 市 ( 2006,2010,2013)
子どもの父親
G
18
21
23
26
H
27
30
33
35
I
25
29
31
J
29
31
33
K
32
35
37
L
22
24
27
M
29
32
34
N
31
36
O
33
34
P
38
39
Q
20
23
R
31
39
S
28
31
T
32
37
42
U
29
32
35
V
25
28
30
W
29
37
38
X
27
30
34
Y
29
32
34
Z
31
AA
29
31
28 北 海 道 北 見 市 ( 2007)
子どもの父親
友 人 ,近 隣 の 人
子どもの父親
香 川 県 小 豆 郡 ( 2007,2010) 長 野 県 小 川 村 ( 2012,2015)
子どもの父親もしくは無
和 歌 山 県 北 山 村 ( 2008)
子どもの父親
36
神 奈 川 県 横 浜 市 ( 2008,2010) 奈 良 県 桜 井 市 ( 2012,2015)
北 海 道 和 寒 町 ( 2008)
子どもの父親
30
北 海 道 真 狩 村 ( 2008,2011,2014)
子どもの父親
京 都 府 京 都 市 ( 2010,2013,2015)
子どもの父親
群 馬 県 邑 楽 郡 ( 2011)
子どもの父親
38
北 海 道 幕 別 町 ( 2012)
子どもの父親
41
北 海 道 蘭 越 町 ( 2012,2013,2015)
子どもの父親
東 京 都 新 宿 区 ( 2012,2014)
子どもの父親
北 海 道 帯 広 市 ( 2013)
子どもの父親
北 海 道 長 沼 市 ( 2013) 北 海 道 深 川 市 ( 2016)
子どもの父親
奈 良 県 宇 陀 郡 ( 2014)
子どもの父親
38
神 奈 川 県 大 和 市 ( 2014)
子どもの父親
33
36 北 海 道 富 良 野 市 ( 2014)
子どもの父親
42
子どもの父親
佐 賀 県 嬉 野 市 ( 2014,2015)
子どもの父親および家人
37
北 海 道 滝 上 町 ( 2015)
子どもの父親
36
新 潟 県 関 川 村 ( 2015)
子どもの父親および友人
34
佐 賀 県 嬉 野 市 ( 2015)
子どもの父親および家人
35
41
北 海 道 倶 知 安 町 ( 2015)
子どもの父親
BB
30
33
東 京 都 杉 並 区 ( 2015)
子どもの父親
CC
19
実母
DD
23
北 海 道 日 高 町 ( 2015)
沖 縄 県 南 城 市 ( 2016)
<出産場所>
36
39
子どもの父親
自宅・その他
病産院 助産所 助産師 プライ
立会い ベート
2.3 プライベート出産を行った主な動機
プライベート出産体験者からの聴き取り内容は多岐にわたるが,本論ではプライベート
出産を行った主な動機に関する語りのみ抽出し,これを分析する.
23
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2.3.1
プライベート出産を行った動機の分類
表2に示すとおり,インタビュー協力者 30 名がプライベート出産を選択した主な動機に
関する語りを分析すると,大きく3つに分類できる.それらは,《自律的な出産への希望》
《不十分な出産環境》
《ライフスタイル》である.この3項の中項目,小項目は以下のとお
りである.大項目,中項目,小項目の区別をかっこの形で示す.
《自律的な出産への希望》の中項目は,『直接体験からくる産科医療への疑問』『産み場
所,立会い者,産み方の選択』
『自己への信頼』に分類でき,『直接体験からくる産科医療
への疑問』の小項目には「過去の出産体験による医療介入への疑問」
「妊娠中の医療者の対
応への疑問」が挙げられる.中項目『産み場所,立会い者,産み方の選択』の小項目には
「指示されず自分のペースで産みたい」
「家族とプライベートな環境で産みたい」が挙げら
れ,
『自己への信頼』の小項目には「自分の力で産める自信があった」が挙げられた.
《不十分な出産環境》には『開業助産師の偏在』による「自然出産を希望するが開業助
産師のサポートを受けられない」と,
『希望する出産の選択ができない』として「自分の望
む病産院や助産所の不在」が挙げられる.
《ライフスタイル》は中項目として『周囲の影響』『生き方』に分類できるが,『周囲の
影響』では,協力者のほとんどの人が「プライベート出産体験者からの情報」を得ていた.
体験者からの情報を直接得ることは,勇気を得られる大きな動機となっている.さらに,
プライベート出産にはパートナーの考えかたの影響力が大きく,
「パートナーの理解と協力」
によりプライベート出産を行うことができていた.また本人,あるいは夫婦で自然食,自
然農,アーティスト,代替医療など「自然と共存する生き方を重視」しており,ほとんど
の人たちが自然に即した暮らしの実践や職業に就くなど,日常から健康な体づくりに取り
組む生活の基盤があった.プライベート出産はいのちに向き合う生き方の表れでもあり,
インタビュー協力者の多くは「プライベート出産は生きかたそのもの」と主張していた.
表2 プライベート出産選択の主な動機
大項目
中項目
小項目
過去の出産体験による医療介入の出産への疑問
直接体験からくる産科医療への疑問
妊娠中の医療者の対応への疑問
自律的な出産
への希望
産み場所,立会い者,産み方の選択
指示されず自分のペースで産みたい
家族とプライベートな環境で産みたい
不十分な
出産環境
自己への信頼
自分の力で産める自信があった
開業助産師の偏在
自然出産を希望するが開業助産師のサポートを受けられない
希望する出産の選択ができない
自分の望む病産院や助産所の不在
プライベート出産体験者からの情報
ライフ
スタイル
周囲の影響
パートナーの理解と協力
生き方
自然と共存する生き方を重視している
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2.3.2
体験者の語りからみるプライベート出産の動機
インタビューした 30 名のうち6名の語りを紹介し,表2に示したプライベート出産選択
の主な動機について,小項目の具体的内容を2~3例示す.
事例 L氏
22 歳の若さで第1子を出産したL氏は,出産は病院でするものだと思い,北海道から東
京都内の実家に里帰りし,実家近くの大学病院で出産した.家族の立会いもなく,病院で
は放置状態にされ,選択の余地もなく会陰切開5)をされた出産がいい思い出ではなく,後
に病院出産に疑問を持つようになった.そして自宅出産に関心を持ち,第2子の出産には
自宅出産を希望した.
ところが第2子を 24 歳で出産したL氏には,まだ妊娠出産を経験している友人はなく,
相談相手がいなかったため,自宅出産の選択にはさかのまこと著『あなたにもできる自然
出産』6)を読み,あとは自分で考えたという.L氏は自宅出産を希望する理由を次のよう
に語っている.
「野生本能といっしょ.なんで犬は平気なのに,人間はこんな大変なことやってん
のか,木の下で産むという人もいるし,先住民の話とかたまにテレビでやってるのを
観たりして,ああ,やっぱり大丈夫なんだ,そんなワイルドで大丈夫なら家なんて清
潔だろうみたいな」
「
(会陰切開を避けたい以外に)
(家で)上の子と一緒にいたかったのと,あとその産
んですぐ臍の緒を切っちゃうこととか,お風呂に入れる(沐浴する)こと,
(医療者に
よる出生直後の観察のために)子どもと離れなきゃいけないこと,いきなり注射を打
たなきゃいけないこと(子宮収縮剤など),(ビタミンK2)シロップを飲ませられる
こと,明るいところに生まれてすぐ出されちゃうこと,とかが全部必要ないんじゃな
いかと思い,2番目は自宅で産みたいと思いました」
しかし,自宅出産を希望しても,この地域には立会ってくれる開業助産師がいなかった
7)
.そこで通院に約1時間半かかる助産所で妊婦健診を受けていたが,この助産所でも自
宅出産は扱っておらず,助産所の出産しか選択できなかった.L氏は助産所で産むために
陣痛が始まってから移動することを避けたいと考え,自宅で生まれてしまったことにして,
プライベート出産をする計画を立てた.
「○○助産院にはかかっていたんだけれども,ここでは産まないと自分の中では決
めていて,でも勝手に産んじゃったらよくはないじゃないですか,世間的に.だから
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間に合わないことにして家で産んじゃえと思って」
「焦って車に乗ってハラハラするのもよくないと思って,だったら家でゆっくりとこ
こにいていいんだという安心感で産みたかったです.緊張もしたくなかった」
このように,L氏は病院での出産体験への疑問から,どのような出産が望ましいかを考え,
第2子の出産には産む場所として自宅出産を望んだ.しかし,自宅出産を引き受けてくれ
る開業助産師はおらず,やむなく助産所で健診を受けていたが,ここで産むために遠距離
を移動することは安心安全ではないとの判断も重なり,プライベート出産を選択した.
L氏の動機は,小項目の「過去の出産体験による医療介入への疑問」,「家族とプライベ
ートな環境で産みたい」
,「自然出産を希望するが開業助産師のサポートを受けられない」,
「自分の望む病産院や助産所の不在」に相当する(表2).
事例 F氏
第1子を帝王切開で出産したF氏は,現在の医療では1度帝王切開で出産すると次の出
産も帝王切開の適応になることを知ったうえで自然出産を望んだ.F氏は京都市の中心部
に住み,周囲に出産施設は多くあるものの,帝王切開を避けるためにはプライベート出産
しかないと思い,医療に一切かからず出産することを決め,第2子から第4子まで,妊婦
健診を一度も受診せずプライベート出産を行った.F氏は第1子から自然出産を考え,助
産所の出産を希望していた.ところが助産所の嘱託医師8)による妊婦健診で「前置胎盤」
9)
と診断され,さらに嘱託医から「前置胎盤」の管理入院として大学病院を紹介され,予
定日の1か月半前から入院し,安静を強いられた.そして十分なインフォームドコンセン
トを得られないまま良い患者としてふるまい,納得のいかないまま帝王切開を受けたこと
への反省と医療不信があった.入院中から帝王切開手術の翌日までの状態をふり返り,F
氏は次のように語っている.
「いざこざ起きて信頼関係を失うよりも,いうこと聞いて産みましょうと思って.
その時はいい患者になったほうが(ママ)(良いと思った)」
「
“
(手術の日は)毎週月曜日ですから 36 週に入ったら,産めるから”みたいな,“そ
んなに早く?”と言ったら“陣痛が来てからでは遅いんです!”と言われて.結局そ
んなんで,レールに乗っかって産んでしまったんですよ」
「
(帝王切開の翌日は)痛くて痛くてもう子ども産んだ気持ちにもなれなくて,“赤ち
ゃんですよ”って連れてこられても,知りませんみたいな,私もうそれどころじゃな
いです,いうくらい痛くて苦しくて,それで“何飲ませますか”言われて,なんのこ
といわれてんのかさっぱりわかれへんのですよ」
このような出産が退院後には育児に影響し,それを目の当たりにしていた夫が積極的に出
26
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産・育児に関する情報を収集し,夫婦で自然出産の重要性をより深く学んだ.身をもって
自然出産の重要性を認識し,第2子以降の出産は帝王切開を避けたいと考えるものの,近
隣には帝王切開後の出産で経膣分娩できる病産院がなく,助産所でも出産できないという
情報を得てプライベート出産を選択するに至った.実際に,産婦人科診療ガイドライン(公
益社団法人日本産婦人科学会・公益社団法人日本産婦人科医会 2014)において,帝王切開
既往妊婦が経膣分娩を希望した場合,子宮破裂の危険性から経膣分娩へのトライは,「(実
施すること等が)考慮される(考慮の対象となるが,必ずしも実施が勧められているわけ
ではない)
」とされている.また,助産業務ガイドライン(公益社団法人日本助産師会・助
産業務ガイドライン改定特別委員会 2014)で,帝王切開既往妊婦は産婦人科医師が管理す
べき対象者とされており,F氏は助産所の出産も選択できなかった.ではなぜ,妊婦健診
さえ受診しなかったのか,また出産時のいのちの危険にどう向き合ったのかについて,F
氏はこのように語っている.
「病院行ったら,帝王切開しましょうって,まず言われるやろうし,そこで争った
り話合ったり,そこにエネルギーを消耗するつもりもなかった」
「お産の時になったらどうなるかはわかれへんなと思ったんですけど,お陰様で前向
きな主人が“おれらできるし”
,
“おれらできるし”ゆうて,毎日言うてくれはったん
で(できた)
」
プライベート出産に不安がなかったわけではないが,あえて医療者との関わりを避け,夫
と二人で出産に向けて日々前向きに過ごし出産に臨んだようである.F氏にとって,夫の
理解と協力がプライベート出産に臨むために重要な役目を果たしていた.
ここでは,
「過去の出産体験による医療介入への疑問」,
「妊娠中の医療者の対応への疑問」
「家族とプライベートな環境で産みたい」,「自分の望む病産院や助産所の不在」,「パート
ナーの理解と協力」といった動機が見いだせる(表2).
事例 R氏
R氏は第1子を病院で出産し,受けた医療処置による苦痛から第2子の出産には助産所
を選択し,さらに助産所の出産体験から第3子の出産にプライベート出産を選択した.
パートナーと農業をするために本州から北海道に移住し,結婚後第 1 子を妊娠したR氏
は,自宅出産を希望していた.ところが,居住地域には開業助産師が不在のため自宅出産
を断念し,
自宅からいちばん近い病院で出産した.なるべく医療介入を避けたい思いから,
陣痛促進剤を勧められたが断り続け,自然陣痛で出産できた.しかし,いよいよ出産とい
う時に,不本意ながらもクリステレル胎児圧出法 10)と会陰切開を受け,医療に疑問を持っ
た.
27
奈良女子大学社会学論集第 24 号
「産むという時におなかを圧されたんですよね.それで切ってもあった(会陰切開)
んだけど出血がひどかったんですよ.あんまりにも痛すぎて痛み止めももらったんで
す.ここまで頑張ったのに最後に圧すかぁ~,って感じですよね.やっぱり病院では
2度と産むまいと,その時思いましたよね」
R氏は,陣痛促進剤の使用に同意しないことは認められたが,いざ出産というときには同
意を求められることなく医療処置を施された.自分の意思を伝えることすらできずに苦痛
を強いられたため,次子を出産する際には病院を選択するまいと思うに至った.
その後,夫と死別し,再婚して第2子を妊娠した.この出産も自宅出産は諦め通院に片
道2時間程度かかる助産所を選択した.出産はスムーズで何の問題もなかったが,もとも
と第1子から自宅出産を望んでいたことと,医療者の立会う出産が人任せになってしまう
ことに納得ができず,もっと自律した出産をしたい希望が重なり,第3子でプライベート
出産に臨んだ.R氏は第2子の出産体験をこのように語っている.
「病院を経て,助産院で産んでみた感じ,なんかまだ周りに人がいるっていうのが
どうしてもその人のせいにしちゃうというのか人任せちゃうというのか,ここに来た
ら安心だから私は寝てればいいというか,あとは全部やってくれるというのに,なん
かまだやり切ってない感というか,結局わかんないことばっかりだったなって」
「りきむ必要なんかないんだろうなって,来るにまかせて自分のコントロールさえ抜
きに,そのまんまを受け入れた出産をしたいと思ったんですよね.誰にもアドバイス
をされないお産をしてみたいと思って」
このように,R氏は心身を開放し自身の感覚にゆだねる自律した出産を望み,第3子の出
産はプライベート出産を選択した.またその背景には,第 1 子妊娠中のころから湧水を使
い,なるべく玄米菜食で化学的なものを採らない自給自足と,動くことを大事にする生活
スタイルがあり,自分で産める自信があった.そして再婚したパートナーに理解があった
ことも,プライベート出産選択のベースにあったという.
R氏の動機は,
「過去の出産体験による医療介入への疑問」,
「指示されず自分のペースで
産みたい」
,
「自分の力で産める自信があった」,「自然出産を希望するが開業助産師のサポ
ートを受けられない」,
「自然と共存する生き方を重視している」,「パートナーの理解と協
力」といえる(表2).
事例 U氏
病産院での出産を経ず,助産所あるいは助産師のサポートによる自宅出産をした人の中
にも,自分の身体感覚で児が生まれてくるペースを感じながら産みたい希望を持ち,医療
者の立会わないプライベート出産を選択した人がいる.
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奈良女子大学社会学論集第 24 号
U氏は第 1 子妊娠前に一度流産している.掻爬術を受けた病院は,計画分娩,無痛分娩
を多く扱っている病院であった.その後第 1 子を妊娠し,違う病院で出産したいと出産場
所を探しているときに助産所を開業する助産師に出会う.そしてこの助産師の立会いのも
と第3子まで助産所で出産した.信頼できる助産師の立会いのもと第3子を水中出産した
U氏は,とてもスムーズに出産したものの,だが逆にこの出産をとおして,誰からも何も
指図されずに自由に産んでみたいと思うに至り,第4子でプライベート出産に臨んだ.U
氏は第3子の水中出産の体験をこのように語っている.
「
“こういう姿勢にして”とか,“お尻突き出して”とか,わりと言われたんですよ
ね.それこそ,
“いきめ,いきめ”だとか,わりと言われたから,好きな体勢で産みた
かったなとか思いましたね」
「すごく信頼してるので,まあそういうもんかなと思っていたんだけど,ふつふつと
疑問が,あれ,私もっと自由にやりたいし.やれるような気がするな~って」
U氏には医療不信はない.逆に信頼できる助産師のサポートのもとに行った3回の出産に
よって自分で産める自信ができ,より自律したプライベート出産を望んだ.U氏も食を重
視した生活を実践しており,雑穀料理の指導者として活動している.
U氏の動機は,
「指示されず自分のペースで産みたい」,
「自分の力で産める自信があった」
と,食を重視した「自然と共存する生き方を重視している」にあたるといえよう(表2).
事例 C氏
C氏は妊娠の診断を受けた最初の診察で,病院で産むことをためらったという.
「
(病院に)すごいドキドキして行ってるのに,なんか“2.5 センチ”って言われて
すごいショックを受けて,なんだろうこの無機質な感じ?と思っちゃって,モノじゃ
ないんだからと思っちゃって.そのなんていうかな,そのいのちのこの瞬間を,その
計測っていうか,
その言い方とかね,なんかちょっとこの延長線上にお産があるなら,
ちょーここやだって思っちゃったんですよー」
「いのちが生まれるって,やっぱりもっとこう祝祭のようなものだと思ったから,も
うちょっと違う方法があるんじゃないかと,最初の健診のときにそう思って,それで,
まあ隣の方が自宅出産(プライベート出産)だったし,お義父さんそれ(『自然に産み
たい』11))送ってくるしで,なんとなくああ二人で産むっていう選択もあるのかなっ
て」
C氏は妊娠の診断を超音波診断による胎児のサイズで伝えられたことに疑問を持った.ち
ょうど受診の直前に,義父から自然出産に関する本が数冊送られてきており,その中にプ
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奈良女子大学社会学論集第 24 号
ライベート出産を記した『自然に産みたい』があり読んで感動していたことや,隣の人が
プライベート出産の経験者で,生活環境の中でプライベート出産を知っていたことが動機
となっている.またプライベート出産を決めるまで,数か月間毎日毎日夫と話し合い,2
人で不安を解消してから出産に臨んだという.なお,北海道大滝村には出産施設はなく,
受診した病院が唯一通院可能な医療機関であり車で約 40~50 分程かかる.開業助産師も不
在で,その病院で産まない選択は,プライベート出産の選択に値するといっても過言では
ない.
C氏の動機は,
「妊娠中の医療者の対応への疑問」,
「家族とプライベートな環境で産みた
い」
,
「プライベート出産体験者からの情報」,
「夫の理解と協力」にあてはまる(表2).ま
た語りでは紹介していないが,実際に大滝村は「自然出産を希望するが開業助産師のサポ
ートを受けられない」,
「自分の望む病産院や助産所の不在」が適応になる《不十分な出産
環境》地域である(表2).
事例 P氏
38 歳で第1子を産んだ時からプライベート出産したP氏は,20 歳頃から医療者の立会わ
ない出産があることを知っており,実際に出産するまでの間に多くの情報をもっていた.
その上,出産に対する思想もすでに確立していたことが,プライベート出産選択の動機と
なっている.P氏は出産に対する考えをこのように話す.
「20 歳くらいの時にそういう話を聴いた時には,え,凄いなともちろん思ったし
(略)
,怖いなって思った記憶はありますけどね.(略)でももう自分が妊娠した時に
は,もうそれしかないって.他の選択肢は私にはなかったですね」
「自分で産むっていう自覚が必要だと思う.前提に妊娠は病気じゃない.病気じゃな
いから病院にかかる必要ないんですよね.基本的にね.昔はね,みんなお産婆がさん
が来て家で産んでいる(ママ)(のだから)」
「
(赤ちゃんが病院で生まれると)びっくりですよね,いきなり真っ暗なお母さんの安
心できるお腹の中から出てきて,
(明るい)蛍光灯のところでパッと知らない人に持ち
上げられて洗われてね,すごい驚きますよね,それがないと,人格も多少変わってく
ると思うんですよね,生まれかたで」
P氏は 20 代半ばからオーガニック商品の制作販売を始め,関東から北海道に移住し,自給
自足を行っている.生活上,また職業を通してプライベート出産体験者に出会う中で,出
産に対する考えが確立していたことが,プライベート出産を選択する動機となっている.
P氏の動機は,
「自分の力で産める自信があった」,
「プライベート出産体験者からの情報」,
「自然と共存する生き方を重視している」に相当する(表2).
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2.4 プライベート出産の特徴
プライベート出産選択の動機の語りをもとに,一般的な医療者の立会いによる出産と比
較しプライベート出産の特徴について考察する.
まず,プライベート出産体験者は自然出産志向である.松岡悦子は,出産の見方を「生
理的パラダイム」と「医学パラダイムに」分け,「生理的パラダイム」とは,出産を女性
の身体に備わったプロセスとしてとらえ,文化によって多様な形をとるという考えで,
「医
学パラダイム」とは,出産を医学的介入が必要なプロセスとみなす考えであるという
(2014:61-65).この見方に対応させると,一般的な医療者の立会いによる出産の見方が
「医学パラダイム」に相当するのに対し,プライベート出産体験者の出産観は「生理的パ
ラダイム」に相当する.この典型はL氏,C氏,P氏の語りから見いだせる.
L氏は,第1子の出産体験をきっかけに,出産について勉強することで「生理的パラダ
イム」の出産観が確立し,それがプライベート出産選択の大きな動機となっている.F氏
は,第1子から「生理的パラダイム」の出産観をもち助産所での出産を希望していた.と
ころが「医学パラダイム」で管理される病院で不本意ながらも帝王切開による出産を体験
し,医療不信から「生理的パラダイム」への確固たる出産観が確立したことが,プライベ
ート出産への動機となっている.R氏もU氏も,第1子妊娠前から「生理的パラダイム」
の出産観を持っていた.R氏は開業助産師の偏在により自宅出産を断念し,第1子の出産
には病院を選択し,医療介入の出産による疑問から助産所出産を経てプライベート出産に
至った.逆にU氏は身近に開業助産師との出会いがあったことから3度にわたり出産観通
りの出産ができ,その出産体験によって自分で産める自信を持てたことが,さらなる自律
した出産としてプライベート出産選択につながっている.C氏は,第1子妊娠前に近隣の
プライベート出産体験者から体験談を聞いており,プライベート出産という選択肢がある
ことを知ったうえで妊娠した際には病院を受診した.だがC氏には医療による妊娠の診断
方法は違和感があり,「生理的パラダイム」の出産観を優先しプライベート出産を選択し
た.P氏は,20 歳のころにプライベート出産を知り,38 歳で第 1 子を出産するまでの 10
数年間にライフスタイルの中で「生理的パラダイム」の出産観によるプライベート出産へ
の希望が定着しており,迷うことなくプライベート出産を選択している.
一般的な医療者の立会による出産とプライベート出産を対比した特徴には,もう一点,
一般的な医療者の立会いによる出産が「医療者が主導」であるのに対し,プライベート出
産は「産む女性が主体」となる出産であることが挙げられる.
L氏が語ったように,助産師の立会いがなくても,出産時長距離を移動しないで上の子
と一緒にいることのできる自宅で出産するほうが安心かつ安全だとする考えは,自律的で
主体的な出産の選択といえる.第1子を帝王切開で出産し,第2子から第4子までプライ
ベート出産したF氏も,母と子ふたりのいのちのリスクを覚悟の上,主体的に出産方法を
選択している.F氏がプライベート出産に臨むには,夫の理解と協力が大きな支えとなっ
ており,プライベート出産への主体的な選択には,パートナーの出産に対する考えと生き
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方も影響する.R氏とU氏は助産所での自然出産体験によって「自分で産める」自信をも
ち,主体的により自律した出産を選択した.さらに彼女らは日常的に食を通して健康に対
するセルフコントロールができており,身体面でも医療に頼らなくとも産める自信を持っ
ていたことが重要である.C氏はプライベート出産の選択にあたり夫と数か月間毎日話し
合っており,F氏同様に,プライベート出産に一緒に臨もうとするパートナーの協同認識
が自律した出産へとつながっていた.P氏は,第 1 子妊娠前から出産は病院任せで産むも
のではなく,自ら主体的に臨むものという考えを持っていた.
以上のように,プライベート出産体験者らは「生理的パラダイム」の出産観をベースに,
《自律的な出産への希望》《不十分な出産環境》《ライフスタイル》が主な動機となって,
自ら「主体的に出産方法を選択」し,プライベート出産に臨んでいたことが特徴的である.
つまり,彼女たちは,望ましい出産について真剣に考えたからこそプライベート出産を選
んだのであり,出産に対する知識が不十分であったり,準備不足であったりしたためにプ
ライベート出産を選んだわけではない.
3 プライベート出産から浮き彫りになる現代の日本の出産環境
以上のように,プライベート出産の特徴について,一般的な医療者の立会いによる出産
とプライベート出産を対比させ考察したところ,プライベート出産の特徴として出産観は
「生理的パラダイム」であること,
「主体的」な出産であること,さらに「パートナーの理
解・協力の影響力が大きいこと」が浮き彫りになった.では,逆に一般的な医療者の立会
いによる出産はどういう出産かといえば,「医学パラダイム」の考えに基づく出産であり,
産む女性や夫などパートナーの主体性に基づく出産ではなく「医療者が主導」の出産であ
る.
第1子を病産院で出産したL氏,F氏,R氏は,ともに納得のいくインフォームドコン
セントのない医療介入で心身ともに苦痛を強いられ,産科医療に疑問をもち医療不信に陥
っている.L氏とR氏の語りから,いざ出産という段階の「会陰切開」や「クリステレル
圧出法」といった医療介入は,本人が選択し拒否できないことがわかる.また,F氏の第
1子の出産では,帝王切開の日時の決定も,説明に納得できないまま進められている.特
に入院中医療者には逆らわずよい患者を演じようとするさまから,医療者と妊産婦は対等
ではないことがわかる.さらに,F氏は第2子以降の出産に際し,妊婦健診を受診しなか
った理由として,医療者と対等に話し合うことのできないストレスを回避したい思いを表
出してる.また,L氏は医療者の立会わない出産は世間的に認められないことを知ってい
たために,一般常識に沿って生まれてしまったことにする策を企てている.以上のような
ことから,現代の出産環境においては,最優先されるのは妊産婦の意思ではなくガイドラ
インに示されているような医療側の判断基準であり,現代の出産は「医療化」され「産む
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奈良女子大学社会学論集第 24 号
側の自己決定権は保障されない」環境にあるといえる.
また,
「生理的パラダイム」の出産観に立つとするならば,多くの人がまず考えるのは開
業助産師の立会いによる助産所出産や自宅出産である.L氏もR氏も自宅出産を望みなが
らも出張開業助産師が不在のため断念している.C氏の居住地には出産施設はなく出産可
能な病院は片道 40~50 分程かかる場所にある病院1件のみで,開業助産師は不在である.
語りを紹介しなかったインタビュー協力者の中にも,自宅出産を望み出産に立会ってくれ
る出張開業助産師を探したがいなかった(探しきれなかった含む),通える範囲に助産所が
なかった,あるいは開業助産師と接点を持ちながらもガイドラインの規制などを理由に立
会いを断られたなど,助産師の立会いによる出産ができなかったことがプライベート出産
選択の動機の一つになっていた人が多数いる(E氏,G氏,K氏,N氏,O氏,T氏,V
氏,W氏,X氏,Y氏,CC氏,DD氏).
近年,出産施設の集約化による病産院の偏在とともに助産所の偏在も進み,数が減少し
ている.実際に,1990 年から 2006 年まで1%前後であった全国の助産所の出生割合は,
2015 年には 0.68%にまで減少している3).筆者は,先行調査として北海道の無介助分娩の
現状を調べ,
北海道では 1995 年から 2014 年の 20 年間で助産所の出生は約3割まで減少し,
逆に 20 年間で無介助分娩は約2倍に増加していることを明らかにした.そして,プライベ
ート出産体験者へのインタビューから,彼女らには開業助産師と何らかの接点を持ちなが
らも立会ってもらうことができなかった経緯があり,無介助分娩増加の一因として助産所
の地理的偏在の影響があることを明らかにした(市川 2017).本調査による全国のプライ
ベート出産体験者へのインタビューでも,地域によっては同様の出産環境が影響している
ことも明らかとなった.
以上のように,
プライベート出産の特徴から現代の日本の出産環境について考察すると,
その特徴として,
「医療化された出産であること」「産む女性の意思よりも医療者のやり方
が優先されていること」
「開業助産師や病産院が集中化もしくは偏在している結果,女性の
居住地によっては産み方の選択が自由にできないこと」の3点が浮き彫りになった.プラ
イベート出産は,このような出産環境から生み出される出産ではないかと考えられる.
結語
本調査によって,プライベート出産は医療の管理下で行われる一般的な出産の対極に現
れた,近年に特徴的な出産であることが明示された.そしてプライベート出産から,近年
では,出産の施設化による一層の医療化と出産施設の集約化による施設偏在によって,女
性たちが産み方を自由に選択できない出産環境におかれている実情が明らかとなった.
プライベート出産は,社会的に非常識な行為とみなされているが,それは出産を「医学
パラダイム」で捉える一方向からの見方である.プライベート出産体験者らは,「生理的
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パラダイム」に基づく出産観により主体的に自律的な出産を目指した結果,現代の出産環
境下では納得できる出産をすることができないため,プライベート出産を選択していたの
である.
また,プライベート出産は出産施設が集約され医療化された「医学パラダイム」の見方
による出産環境のもとで生じていることが示唆されたことから,今後,特に女性とその家
族の出産方法の選択権を保障できるよう「生理的パラダイム」に基づく出産環境の構築が
必要である.特に,助産所の減少とともに助産所の出生は減少の一途を辿っており,開業
助産師のサポートを受けられないことがプライベート出産選択への動機のひとつとなって
いることを考えると,助産所の存続,発展が望まれる.そのためには医療政策の役割も大
きいといえる.
[謝辞]
本調査に快く応じ,長時間のインタビューにご協力いただきましたプライベート出産体
験者 30 名とそのご家族の皆様に,心より感謝申し上げます.
[注]
1)2008 年に『産婦人科診療ガイドライン――産科編』の初版が刊行されて以来,産科医
療は画一的な診断基準のもとに行われるようになった.ガイドラインは3年毎に見直
し改訂され,2014 年版が最新版(第3版)である.
2)厚生労働省保健衛生統計,2016,「医療施設調査」,厚生労働省,(2016 年9月9日取
得,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001030908).
3)
厚生労働省人口動態統計,2016,
「出生」,厚生労働省,
(2016 年9月 21 日取得,
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020101.do?_toGL08020101_&tstatCode=0000010288
97&requestSender=dsearch).
4)厚生労働省人口・世帯統計,2016,「合計特殊出生率」,厚生労働省,
( 2016 年 9 月 21 日 取 得 , http://www . e-stat . go . jp/SG1/estat/GL02020101 .
do?method=extendTclass&refTarget=toukeihyo&listFormat=hierarchy&statCode=00200502&
tstatCode=000001080035&tclass1=000001080036&tclass2=&tclass3=&tclass4=&tclass5=).
5)会陰切開は,児の分娩時,剪刀で会陰を切開する手技で,会陰の深部や肛門に裂傷が
およぶのを防ぎ,児の娩出を容易にする目的で行われる.「WHOによる医学的に正し
いお産を保証する59か条」の中では,「しばしば不適切に実施されること」として挙
げられている.
6)本書は,プライベート出産のガイドブックであり,インタビュー協力者のほとんどが,
これを参考にプライベート出産を行っていた.初版は2002年である.
7)『助産業務ガイドライン2014』に,助産師の自宅出産への対応について「助産師の移
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動所要時間を1時間以内とすること」と記され,助産師は1時間以上かかる家での自宅
出産を扱わないよう指導されている.
8)嘱託医師は,医療法第19条に基づき,「分娩を扱う助産所の開設者は病院または診療
所において産科または産婦人科を担当する医師を嘱託医師として定めておかねばなら
ないもの」とされている.『助産業務ガイドライン』は嘱託医師との連携指針として
作成されている.
9)前置胎盤とは,子宮口が胎盤で覆われている状態をいう.『産婦人科診療ガイドライ
ン2014』にて「予定帝王切開は妊娠37週末までに行う」ことが推奨されている.
10)クリステレル胎児圧出法は,陣痛発作に合わせ,子宮底部を両手で圧迫し,児の娩出
を促進する手技である.「WHOによる医学的に正しいお産を保証する59か条の中」で
は「十分な確証がない為,まだ明確に推奨できず,研究により問題点が明確になるま
では慎重に対応すべきことと」とされている.
11)橋本知亜季,1994,『自然に産みたい――5人の子供を自宅出産した記録』 地涌社.
(本書は,5人の子どもをプライベート出産した女性の出産体験記である.本書の中で
は書かれていないが,橋本は医療者の立会わない出産を「自力出産」と言っており,
現在も講演活動を行っている)
[文献]
藤田真一,1982,
『お産革命』朝日新聞社,67.
畠山富而編著,1992,
『地域保健から見た岩手県の母子保健の歩み――第3巻母子保健活動
の進展と母子衛生』川嶋印刷株式会社,83-95.
市川きみえ,2017,
「北海道における無介助分娩の現状」,『母性衛生』57(4):760-768.
蒲原宏,1967,『新潟県助産婦看護婦保健婦史』(株)旭光社,156-160.
加瀬芳夫,1972,「茨城県下に於ける無介助分娩に関する実態調査」,『北関東医学』
22(5):309-314.
公益社団法人日本助産師会・助産業務ガイドライン改定特別委員会編集・監修,2014,
『助
産業務ガイドライン 2014』株式会社日本助産師会出版,14-17.
公益社団法人日本産婦人科学会・公益社団法人日本産婦人科医会編集・監修,2014,
『産婦
人科診療ガイドライン――産科編 2014』公益社団法人日本産科婦人科学会事務局,Ⅸ,
216.
松岡悦子,2014,
『妊娠と出産の人類学――リプロダクションを問い直す』世界思想社,61-65.
さかのまこと,2010,『あなたにもできる自然出産――夫婦で読むお産の知識』本の泉社,
9-10.
安井眞奈美,2013,
『出産環境の民俗学――<第3次お産革命>にむけて』昭和堂,144-152.
(いちかわ
きみえ
奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程)
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Characteristics of Private Birth in Contemporary Japan : An Analysis
Based on Interviews of Women with Private Birth Experience
ICHIKAWA
Kimie
Abstract
In this paper, “private birth” is defined as intentionally and premeditatedly selecting a private
environment in which to give birth without the support of medical professionals. Thirty women
with private birth experience were interviewed between October 2015 and November 2016, and
their motivations analyzed.
Regarding the characteristics of the 30 women, the average number of birth experiences per
woman was 3.1, of which the average number of private birth experiences was 1.8, and the average
age at the time of private birth was 33.2 years old. The private births were performed between 1979
and 2016, and took place across 15 prefectures, as well as in two locations outside Japan.
As a result of analyzing the narratives of personal experiences given in interviews, the motives for
private birth can be categorized broadly into three groups: (1) a wish to give birth autonomously,
(2) inadequate birthing environment, and (3) lifestyle.
With regard to the birthing environments in contemporary Japan; upon studying the narratives
behind the motives for private birth, the following three characteristics stood out: (1) the birthing is
medicalized; (2) medical paradigm is given priority over the will of the woman giving birth; and
(3) due to the centralization policy and uneven distribution of practicing midwives and birthing
institutions, there is sometimes no freedom of choice concerning the birthing method for women in
certain locations.
(Keywords:private birth, interview, birthing environment, medicalization, Japan)
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