平成 29 年 2 月 20 日 帝京大学宇都宮キャンパス 【研究成果発表】 「植物ホルモンの種子内分布の可視化に成功」 発表者 帝京大学 理工学部 同 講師 教授 榎元 山根 廣文 久和、他 【ポイント】 ● 脱離エレクトロスプレーイオン化を用いたイメージング質量分析法の利用 ● 2 種類の植物ホルモンについて、種子内分布の可視化に初めて成功 ● 種子の成長制御における植物ホルモンの働きの更なる解明に期待 概要 帝京大学理工学部バイオサイエンス学科の榎元廣文講師、山根久和教授らの研究グル ープは、脱離エレクトロスプレーイオン化法を用いたイメージング質量分析法を利用し て、植物ホルモンであるアブシジン酸およびジャスモン酸の生合成中間体で独自の生理 機能も有する 12-オキソ-フィトジエン酸の種子での分布を可視化することに、初めて成 功しました。 種子の成長制御において、アブシジン酸や 12-オキソ-フィトジエン酸などの植物ホル モンが重要な役割を果たしていると考えられています。これらの植物ホルモンの作用機 構をより詳しく理解するためには、種子内での分布を調べる必要があります。 近年、生体組織中の物質分布を直接調べる手法として、マトリックス支援レーザー脱 離イオン化法を用いたイメージング質量分析法の利用が進められています。しかし、こ のイオン化法を用いたイメージング質量分析法では、検出限界やマトリックスに由来す る物質が低分子量の領域に検出されるなどの問題があるため、ごく微量で低分子量の植 物ホルモンの検出は難しいとされてきました。 榎元講師らは今回、マトリックスを必要としない、「脱離エレクトロスプレーイオン 化法を用いたイメージング質量分析法」を利用することで、ごく微量なアブシジン酸お よび 12-オキソ-フィトジエン酸をインゲンマメ種子組織切片から直接検出し、アブシジ ン酸と 12-オキソフィトジエン酸がインゲンマメ種子のどの部分に分布しているかを可 視化することに成功しました。 この研究成果は今後、インゲンマメ種子以外の植物種子においても、アブシジン酸や 12-オキソ-フィトジエン酸などの植物ホルモンの検出に応用できると考えられ、農作物 1 の生産に必要不可欠な種子の成長制御における植物ホルモンの働きの更なる解明に大 きく貢献することが期待されます。 この研究は文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援のもとで行われたも ので、その研究成果は、Nature Publishing group(ネイチャー パブリッシング グル ープ)の科学論文誌「Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ) 」に、2017 年 2 月 17 日 10 時(英国時間)にオンライン版で発表されました。 研究の背景 種子の発達、休眠や発芽には、アブシジン酸やジャスモン酸の生合成中間体で独自の 生理機能も有する 12-オキソ-フィトジエン酸などの植物ホルモンが関与していること が知られています。また、遺伝的な変異によってアブシジン酸や 12-オキソ-フィトジエ ン酸の量が少ない種子では、種子が十分に発達できない、あるいは十分に発達する前に 発芽してしまうなどの異常を起こすことが知られています。 アブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸の種子内での分布を明らかにすることは、 アブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸による種子の成長制御機構を理解する上で 重要です。また、遺伝的な変異体などで植物ホルモンの分布異常を検出することは、種 子の発達異常に関する機構の解明につながると考えられます。 近年、生体組織の構造を保ったまま物質の局在分布を調べることができる方法として、 「イメージング質量分析法」の利用が進められています。イメージング質量分析法とは、 組織切片上の物質をイオン化して物質を検出・分析することで、特定の物質が切片のど こにどれくらいあるかを可視化する手法です(図1) 。現在、イメージング質量分析法 のイオン化法として、主にマトリックス支援レーザー脱離イオン化法が用いられていま す。しかし、このイオン化法では検出限界や物質のイオン化補助に使用されるマトリッ クス由来の物質が低分子量の領域に検出されるなどの問題があるため、ごく微量で分子 量の小さい植物ホルモンの測定にはうまく適用できていませんでした。 研究の内容 最近、脱離エレクトロスプレーイオン化法というイオン化法が開発され、新たにイメ ージング質量分析法に適用されました。このイオン化法は、電荷を帯びた溶媒を組織切 片上にジェット噴射することで物質をイオン化しています。したがって、イオン化にマ トリックスを必要としないことから、分子量の小さい物質の測定に適していると考えら れています。そこで、脱離エレクトロスプレーイオン化法を用いたイメージング質量分 析法を利用し、インゲンマメの種子切片を測定することにしました。質量分析計には、 物質の質量を高精度に測定できる四重極-飛行時間型のタイプを使用しました。また、 測定前に、ジェット噴霧させる溶媒や質量分析計で検出するイオンモードの検討など、 測定条件の最適化による検出感度の向上を行いました。測定に際しては、通常利用され る一段階の質量分析測定に加えて、より精度の高い二段階の質量分析測定であるタンデ ム質量分析測定も行い、アブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸が正確に検出されて いるか確認を行いました。 これらの測定の結果、今回、脱離エレクトロスプレーイオン化法を用いたイメージン 2 グ質量分析法により、実際にアブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸の分布を観測す ることができました(図2)。インゲンマメの種子では、アブシジン酸は幼根や子葉な どの内部に多く観測されたのに対し、12-オキソ-フィトジエン酸は種皮などの外側に多 く観測されました。 脱離エレクトロスプレーイオン化 図1 脱離エレクトロスプレーイオン化-イメージング質量分析法の手順とイメージ。 組織切片を作製し(①) 、走査しながら組織表面に電荷を帯びた溶媒をジェット 噴射し(②)、イオン化される物質を検出する(③) 。得られた各点のスペクトルか ら画像を再構成する(④)と、どの質量のものがどこに局在しているかが観察でき る。 図2 脱離エレクトロスプレーイオン化-イメージング質量分析法で検出された インゲンマメ種子内のアブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸の分布。 (a)実際に測定したインゲンマメの種子切片の画像、(b)アブシジン酸の画像、 (c)12-オキソ-フィトジエン酸の画像。 アブシジン酸は胚に、12-オキソ-フィトジエン酸は外側に多く含まれている ことが分かる。 今後の期待 今回、植物ホルモンであるアブシジン酸と 12-オキソ-フィトジエン酸の分布を、種子 組織から直接可視化することに初めて成功しました。今回の手法を応用することで、今 後、種子の発達や休眠、発芽の際のこれら植物ホルモンの動態を、空間的情報を保った 3 まま追跡できると考えられます。また、今回は切片上を 200μm ごとに測定しています が、測定間隔をより密にすれば、さらに高い空間分解能での観察も可能です。 また、本手法は検出条件を測定したい物質に合わせて最適化することにより、アブシ ジン酸や 12-オキソ-フィトジエン酸以外の植物ホルモンの検出にも応用できると考え られます。いろいろな植物種の種子組織の中で、植物ホルモンがどのように分布してい るか直接測定できるようになれば、古来より農作物の生産に必要不可欠な種子の発達、 休眠や発芽における植物ホルモンの働きの更なる解明に役立つ夢の技術の一つとなる と期待されます。 発表論文掲載情報 論文著者:Hirofumi Enomoto, Takuya Sensu, Kei Sato, Futoshi Sato, Thanai Paxton, Emi Yumoto, Koji Miyamoto, Masashi Asahina, Takao Yokota, Hisakazu Yamane. (榎元 廣 文、扇子 拓也、佐藤 圭、佐藤 太、タナイ パクストン、湯本絵美、宮本皓司、 朝比奈雅志、横田孝雄、山根久和。) 論文題名:Visualisation of abscisic acid and 12-oxo-phytodienoic acid in immature Phaseolus vulgaris L. seeds using desorption electrospray ionisation-imaging mass spectrometry. (インゲン未熟種子中のアブシジン酸および 12-オキソ-フィトジエン 酸の脱離エレクトロスプレーイオン化-イメージング質量分析法による可視化。) 科学論文誌名:Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ) 英国時間 2017 年 2 月 17 日、午前 10 時(日本時間で午後 7 時)にオンライン掲載 研究助成 本研究は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1311014)の支援を受けて行わ れました。 用語解説 質量分析:物質をイオン化し、分離・検出する分析法。検出された情報からイオンの 質量が分かる。どの質量のイオンがどれだけ検出されるかにより、物質の種類、存 在量を知ることができる。 イメージング質量分析:質量分析測定を画像化に応用した技術。組織切片上の物質に 対して質量分析を行いながら、位置情報も記録することにより、組織切片上にある 生体分子や代謝物の局在を可視化する。 タンデム質量分析:質量分析測定を二回連続して行うことで、物質を高精度に検出す る手法。一段階目の質量分析でイオン化された物質から、特定の質量のイオンだけ を選んで、二段階目の質量分析でそのイオンが断片化したものを検出・測定する。 4 得られた情報から、もとの物質の種類、存在量を高精度に調べることができる。 マトリックス支援レーザー脱離イオン化:物質とマトリックスを混合させ、そこへレ ーザーを照射して物質をイオン化させる技術。ここでのマトリックスは物質のイオ ン化を補助する物質のこと。イメージング質量分析に利用されているイオン化法の 一つ。 脱離エレクトロスプレーイオン化法:電荷を帯びた溶媒を組織切片上にジェット噴射 することで物質をイオン化させる技術。イメージング質量分析に利用されているイ オン化法の一つ。 四重極-飛行時間型質量分析計:イオンの選択性の高い四重極型と質量分解能の高い 飛行時間型の質量分析計を組み合わせたバイブリッド型の質量分析計。通常の質量 分析に加え、タンデム質量分析も高精度に行うことができる。 植物ホルモン:植物自身が合成し、植物内で様々な成長生理現象を制御している物質 群。アブシジン酸やジャスモン酸類も植物ホルモンの一種。 問い合わせ先 〒320-8551 栃木県宇都宮市豊郷台 1-1 帝京大学 理工学部 バイオサイエンス学科 講師 榎元 廣文 Tel:028-627-7312 Fax:028-627-7187 E-mail:[email protected] 取材に関する窓口 帝京大学宇都宮キャンパス Tel:028-627-7106 総務グループ庶務チーム 5
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