■変人がサンタクロース■ 冬休みを間に挟んだため約ひと月前の出来事となるが、高校生徒会と産業学習グループ が協働で行うクリスマス会が 12 月 21 日に開かれた。今年から高校と産業学習グループの 共催行事となったため、2年新琴似男子を中心とした生徒会が随分前から内容を検討して おり、新しい生徒会執行部の意欲も伝わってきていた。 午前中は町民体育館を貸し切ってのバレーボール大会である。生徒は学年混成の5チー ムに分かれ、それに教員・産業学習合同チームが加わる。合計6チームによる予選リーグ と決勝トーナメントによる戦いだ。 準備運動と簡単なストレッチのウォーミングアップを終え、教員・産業学習合同チーム は第1試合に臨む。 相手は3年生2名、2年生1名、1年生3名によるチームだ。上手い奴もいれば、それ ほどでもない奴もいる。それでも我々とは若さが違う。瞬発力が違う。一寸気の利く奴な らば日頃世話になっている教職員に対し、手心を加えるとまではいかないが、まあ敵に塩 を送るくらいの花を持たせてくれそうなものだ。ところがどうだ日高高校生。ここぞとば かりに本気で叩きのめしに来る。そんなにムキになるとは、相手の教師に連日宿題を出さ れ、その恨みが積もっていたのかもしれない。おいおいそれじゃあ将来出世できないぞと 内心思ったが、まあそれが若さというものだろう。 将来は日本の国防を担いたいと希望する1年函館男子などは、我々相手にジャンピング サーブで威圧してくる。国防を担おうという者がそんなに好戦的な態度でどうするのか。 ましてや我が教員・産業学習合同チームは素手で無抵抗な民族である。これでは国防どこ ろか、地球侵略をもくろむ宇宙人のようではないか。だとするならば、我々はそれを防ご うとする地球防衛隊となる。 1年函館男子の容赦ないジャンピングサーブが数学教諭をめがけて飛んできた。1年函 館男子は数学の宿題で苦しめられていたのかもしれない。体感速度 140km/h のサーブが数 学教諭を襲う。 「ウッ!」 ボールは数学教諭の腕に当たって、後方へとはじかれた。 地球防衛隊の隊長であるところの愚輩としては、隊員の数学教諭に遠慮せずにジュワッ チ!と云って変身してほしいと思ったのだが、本当に変身されても困るので黙っていた。 それに数学教諭の得意競技はバドミントンである。同じ体育館でのネット競技でもバレー ボールとは趣がかなり違う。 調子に乗った1年函館男子は次に家庭科教諭をねらってきた。 「あっ」 今度は触ることも出来ず、家庭科教諭の足元にサーブが決まった。 「いゃん、もっとやさしいサーブにしてよぉ」 と家庭科教諭が20代女子の色香で訴えるがネット越しでは通用しない。 さらに得点を重ねようと1年函館男子はジャンピングサーブを続けて放つが、今度はボ ールが大きく伸びてコースアウト。調子に乗って墓穴を掘るあたり、何となく1年函館男 子のこれまでの人生を象徴するプレーのようでもあるが、何にでも人生と結び付けて事象 をとらえたがるのは教師の悪いクセかもしれない。 結局。この試合はあっさり敗戦となった。 「次、次!次を頑張りましょう」 殆ど試合では貢献できなかった愚輩が自軍のメンバーに声をかける。 現状をとらえ、課題解決を図り、次に向かって前向きに組織の意欲を引き出すのはリー ダーの役目である。 続く第2試合は熱戦となった。こちらも粘ったが、相手もしつこくボールを拾った。特 に1年栗山男子が何度もボールを拾って、こちらに返してくる。なんたる粘り。これは持 って生まれたものか。メンデルの法則に従えばおそらく彼の祖母は昔、東洋の魔女だった に違いない。 ふと隣のコートを見るとこちらもラリーが続いており、2年岐阜男子などはボールに手 が届かない時には何と足を伸ばして拾おうとしている。きっと彼の母親も昔、なでしこリ ーガーだったのだろう。 そんな中、3年岩手男子が予告サーブを繰り出すという秘策に出た。 「3年担任国語教諭、行くよ」 といって打ち出すサーブは、そのまま3年担任国語教諭のもとへと飛んでいった。 「ゲッ!本当に飛んできた」 慌てた3年担任国語教諭のアセリを誘いサービスポイント。 「じゃあ次は理科教諭ね」 これまた理科教諭のところへ飛んで行く。決まった。ポイント。 「今度はコーチョーに行くよ」 指名された愚輩はネットギリギリの位置にポジションを取った。これならば低い弾道の サーブは打てず、狙ったところには打てないはずだ。とタカをくくっていたら。 「!!」 天井高く打ち上げたボールが放物線を描き、愚輩の頭上へと飛んできた。今度は愚輩が 慌てることになった。レシーブしようにも前にも後ろにも打ち出せない。レシーブするに はしたが、すぐに目の前のネットに引っかかりポトリとコートに落ちた。恐るべし3年岩 手男子の予告サーブ。 あれだけ正確にサーブを打ち出すには、ボールの描く放物線を正しく認識し、その頂点 の位置を把握しなければ無理であり、数学をキチンと学習した成果だと云えよう。 思いのほか熱戦が続いた故か午前中で終わるはずのバレーボールが午後の時間にまで食 い込んでしまった。午後は場所を調理室に移してのケーキ作りである。 愚輩が配属されたのは第1班。衛生手袋をして包丁を持つと何となく手術をする前の外 科医になった気分である。生まれ変わったら、ブラック・ジャックになりたいものだ。 ここでの各班のミッションは、スポンジケーキに生クリームをコーティングし、苺やミ カンなどをデコレートしていくというもの。パティシエとしてのセンスが問われるところ である。他の班はどうしようかと作戦を練ってなかなか作業がはじまらないが、1班は3 年大阪男子がぐいぐいとスポンジケーキに生クリームを塗りだした。周りの生徒は呆然と 見ている。 「え!?いきなり塗るの?こうしようとか予め設計はしないの?」 「いいんだって、適当で。何とかなるっしょ」 出た、適当男のアバウトさ。実際3年大阪男子は手を動かし、その後から考えはじめる。 若さが持つ怖いもの知らずの大胆さは、羨ましくもあるが見習うには一寸勇気がいる。 そもそも3年大阪男子の剛胆さは校長室で愚輩も経験済みだ。 さすがに冬は寒くて開けっ放しとはいかないが、今年は春夏秋のシーズンを校長室のド アを開放していた。そのことで校長室にいながら生徒の様子が分かるし、通りがかる生徒 も何とはなしに校長室を覗いていく。 夏の間、ドアから顔を覗かせよく校長室にやって来たのは3年山梨男子であった。 「コーチョー、何やってんの?」 「何って、仕事だよ」 「ふうん」 3年山梨男子は毎回必ず愚輩の背後に回り、パソコンの画面を確認していく。愚輩が仕 事だと云いいながら実はいかがわしい画像なんかを見ていないかチェックしていたのかも しれない。ひょっとすると教育委員会から送り込まれた調査員か? 愚輩も人に見られて困るような仕事は基本的にしていないので、安心して画面を覗かせ た。だが、あまり油断もできない。最近のネット広告は巧妙になり、本人が意図しなくて も、いきなり若い女性の水着姿の動画広告が流れたりすることもあるから冤罪事件が降り かかってこないという保証はない。 そんな中である日、3年大阪男子と3年岩手男子が校長室にやって来た。 「おう、ちょうどよかった。君らにやって欲しい仕事がある」 「何?バイト代高いよ」 「金を取るなら頼まない。別の生徒にお願いする」 「冗談だって。で、何?仕事って?」 「うむ。洗面所に掛ける啓発ポスターの糊付けを頼みたい。4枚を貼り合わせて、1枚の ポスターを完成させてほしい」 「おおー、鏡に映すと文字が正しく読めるというあのポスターね」 「うむ」 「わかった」 「じゃあ、糊と定規、カッターはコレ。一応、下敷きマット代わりの古新聞も渡しておく」 「OK」 その軽い返事に愚輩は一抹の不安を覚えたのだが、まあ気にしないよう自分に言い聞か せた。すると、その数分後。3年大阪男子と3年岩手男子の2人が神妙な態度で声を掛け てきた。 「……あの……コーチョー、一応出来ました」 「そうか。どうもありがとう。助かったよ」 「はい。それで、実は……」 「何?どうかした?」 「テーブルに一寸、傷付けちゃって……」 「テーブル?」 見ると応接セットのテーブルに白い筋が何本か付いている。下敷きマットにする古新聞 を十分に確認しないまま作業したため、場所によってはカッターで切りきざいた線がその まま応接テーブルに残ってしまったのだ。 「あちゃー」 「ホント、スイマセンデシタ」 2人はまるで寝小便を自己申告した小学生のように身を小さくして詫びを入れてくる。 「まあ、起きちゃった事は仕方がないよ。事前に十分指示しなかった愚輩も悪いんだから」 「―――」 「兎に角どうもありがとう。また、次お願いしたときに気をつけてよ」 「スイマセンデシタ」 そんなことが以前にあった。この一件の後、愚輩は応接テーブルに残ったその傷を、何 とか目立たぬように出来ないものかと腐心したが、待てよと考えをあらためた。テーブル に多少の傷が付いていようが機能面に支障がある訳ではない。見栄えよりも、生徒が校長 室にて作業を手伝ったという事実の方がずっと大切にしなければならないことではないの か。その意味でテーブルに残されたのは「傷」ではなく、生徒が校長を補佐したという文 字通りの「痕跡」と思えてきた。それもこれも3年大阪男子の剛胆さに起因している。 さて、クリスマスケーキの作成が終わったら、集会室での活動となる。ここで愚輩は校 長室に戻り、真っ赤なコスチュームに着替えた。サンタクロースが登場しなくちゃ、クリ スマスがはじまらない。出張帰りにディスカウントストアで購入したサンタクロース衣装 で愚輩が登場したら、バカ受け間違いなし。と目論んでいた。 しかし。コレが一向に受けない。生徒はまるで見てはいけないものを見たかのように愚 輩から目線を逸らす。アハハハハと笑ってくれれば良いのに、逆に気を遣っていつも以上 に真面目に対応する。 愚輩と目も合わせようとしない。コレは惨めである。悲哀である。唯一、産学3年担任 の女性職員が廊下を歩いていた愚輩に気付いて笑ってくれた。 「あっー!!サンタだ!アハハハハ、誰?誰?コーチョー?」 余りの生徒の冷たい視線に思わず 「いえ、ミヤタです」 と嘘を云って、責任を教頭先生に負わせようかと思ったほどだ。こんなことなら、くまモ ンの着ぐるみを身に付けた方がもっと受けていたかもしれない。 結局。不発に終わった愚輩のコスプレも僅か十数分で切り上げ、この屈辱を来年はぜひ 晴らしてほしいとの願いを込めサンタクロースの衣装は数学教諭に引き継いだ。 この夜愚輩は自宅に戻りひとり淋しくユーミンの「恋人がサンタクロース」を聴いたの であった。 恋人がサンタクロース 背の高いサンタクロース 雪の街から来た 外はしんしん淋しい雪の夜でありました。
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