PRESS RELEASE (2017/2/7)

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メタノールを吸って色と磁性を大きく変える
センサー材料の開発に成功
研究成果のポイント
・メタノールの蒸気で色と磁性をオン・オフさせるニッケル錯体分子を開発。
・同じアルコールでも毒性が異なるメタノールとエタノールを容易に見分けることができる。
・センサー材料のみならず,蒸気でデータを記録・消去する材料などへの応用も期待。
研究成果の概要
北海道大学大学院理学研究院化学部門の加藤昌子教授らの研究グループは,メタノールの蒸気に選
択的に応答して色と磁性を大きく変化させるニッケル錯体(注 1)を開発し,北海道大学先端研究基盤共
用促進事業「先端物性共用ユニット」の支援のもと,物理学部門の松永悟明准教授らとの共同研究に
より,磁性変化(注 2)と連動した蒸気応答性の解明に成功しました。この新しいタイプの蒸気応答性分
子は,センサー材料として期待されるのみならず,蒸気でデータを記録・消去する新材料に有用な指
針を提供しうるものです。
研究成果はドイツ化学会の Angewandte Chemie International Edition 誌に掲載されるとともに,新規
性が高く評価されて裏表紙でハイライトされました。
論文発表の概要
研 究 論 文 名 : Methanol-Triggered Vapochromism Coupled with Solid-State Spin Switching in a
Nickel(II)-Quinonoid Complex(メタノールにより誘起されるニッケル(II)キノノイド錯体の固体状態に
おけるスピン状態変換を伴うベイポクロミズム)
著者:Paramita Kar,吉田 将己,重田 泰宏,臼井 茜,小林 厚志,南舘 孝亮,松永 悟明,加藤 昌
子(北海道大学大学院理学研究院)
公表雑誌:Angewandte Chemie International Edition
DOI:10.1002/anie.201611085
公表日:ドイツ時間 2017 年 1 月 23 日(月) (オンライン公開)
研究成果の概要
(背景)
「ベイポクロミズム」とは,揮発性有機化合物の蒸気や無機ガスに感応して物質の色が変化する現
象のことです。このような現象を示す化合物は 20 世紀末に初めて報告されて以降,有害な有機溶剤
の蒸気を「目で見て」検出するためのセンサー材料として盛んに研究が進められてきました。しかし,
このような色の変化を他の固体物性の変化と同期させる研究は未だに限られています。
加藤教授らの研究グループは,これまでにも「ベイポクロミズム」を示す発光性金属錯体の開発と
機能解明に成果を挙げていますが,今回,蒸気により色と磁性を連動して変化させる物質の開発に取
り組みました。これまでに蒸気で色と磁性を変化させる物質としては,鉄(II)イオンを組み込んだ分
子(鉄錯体)がいくつか報告されていました。しかし,このような鉄錯体は室温付近では蒸気によっ
て常磁性(注
2)
と反磁性(注
2)
との切り替えができるものの,多くの場合は温度を下げることでより安
定な反磁性へと変化してしまうことが知られており,より幅広い温度で駆動する磁性切り替え材料の
開発は困難でした。
(研究手法)
本研究では,このように蒸気を検知して色と磁性を変化させる分子として,これまでは用いられて
いなかったニッケル(II)イオンを組み込んだ錯体分子(ニッケル錯体)に注目しました。ニッケル(II)
イオンは,ニッケルの周りの構造が変わることで磁性が変わるという特徴的な性質を持っています
(図 1)。そこで研究グループでは,溶剤の蒸気分子を使ってニッケルの周りの構造を変えることが
できれば,色と磁性が同時に変わるのではないかと考えて実験を進めました(図 2)。
(研究成果)
本研究で合成した図 2(a)のニッケル錯体をメタノールの蒸気が高濃度で存在している環境に置く
と,メタノールの分子がニッケル(II)イオンに結合し,色が濃紫色からオレンジ色に変化しました(図
2(b))。これをエタノールやクロロホルムなどの蒸気にさらすと,メタノールの分子が外れて色が濃
紫色に戻りました。また,この色の変化は磁性の変化とも同期しており,もともと幅広い温度で常磁
性を示していたオレンジ色の状態からメタノールの分子を外したところ,常磁性は消えて,かわりに
幅広い温度で反磁性を示すようになりました(図 2)。このように蒸気分子を使ってニッケル錯体の
磁性をスイッチできたのは今回が初めての成功例です。
(今後への期待)
これまで蒸気分子を使って色や磁性を変化させる材料の開発例は少なく,主に温度変化の影響を受
けやすい鉄錯体を使って開発されていましたが,今回提案した「ニッケル錯体の構造の変化」という
指針は,このような材料を開発する上で新たなアプローチ方法を提供するものと期待されます。将来
はこのアプローチを磁気記録材料に使われている強磁性体へと適用することで,蒸気でデータを記
録・消去する材料の開発も可能となります。また,このような色と磁性の変化はメタノールによって
のみ引き起こされることから,検出感度や速度を改善することで,同じアルコールでありながら生体
への毒性が異なるエタノールとメタノールを見分けるセンサーとしても期待されます。
なお,本成果の一部は,北海道大学先端研究基盤共用促進事業「先端物性共用ユニット」の支援を
受けて得られたものです。また,文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「人工光合成」(課題
番号 15H00858),基盤研究(C)(課題番号 26410063),若手研究(B)(課題番号 15K17827),日
本学術振興会外国人特別研究員(一般・化学)(課題番号 P14336)により支援を受けた研究の一環と
して行われました。
お問い合わせ先
所属・職・氏名:北海道大学大学院理学研究院化学部門
TEL:011-706-3817
FAX:011-706-3447
教授
加藤
昌子(かとう まさこ)
E-mail:[email protected]
ホームページ: http://wwwchem.sci.hokudai.ac.jp/~cc/
[用語解説]
注 1)錯体
金属イオンが有機分子と結合した構造を持つ化合物。このとき,金属イオンに結合した有機分子の
ことを「配位子」という。
注 2)磁性・常磁性・反磁性
磁性とは物質が磁場に反応する性質。物質に外部から磁場をかけたときに,磁場の向きに弱く磁化
される(磁石になる)性質のことを常磁性といい,それとは逆に磁場の向きと反対方向に弱く磁化
される性質を反磁性という。
【参考図】
図1
ニッケル(II)イオン(紫色・オレンジ色の大きな球)は,イオンの周りに結合する配位子(小さな
球)の数が変わることで反磁性になったり常磁性になったりする。
図2
今回のニッケル錯体がメタノールを吸う前後の写真と分子構造