Kobe University Repository : Kernel Title 地域資料を如何に伝えていくか(フィールドリポー ト3)(How to Pass Down Historical Materials of Local Communities) Author(s) 平田, 正和 Citation Link : 地域・大学・文化 : 神戸大学大学院人文学研究科 地域連携センター年報,8:119-123 Issue date 2016-12 Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 Resource Version publisher DOI URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009670 Create Date: 2017-04-24 り被災した田尻家文書の一部を、漉き填め修復させて頂いた 歴史資料ネットワークと最初に関わる機会を頂いたのは 二〇〇七年のことで、二〇〇四年に発生した台風二三号によ 私は、大阪で紙資料の修復やレプリカの作製を行う工房を 営んでおります。 一 はじめに 要因としては、①予算・資金、②地域の過疎化や所有者の高 いわゆる未指定文化財は、非常に厳しい状況にあります。 域史料・美術作品) ・思い出の品 (日記・アルバム等)といった、 思います。しかし、地域資料や個人所蔵資料 (歴史資料・地 あくまで私個人の見解ですが、国・県・市等の指定文化財 の保管環境や保存活動は、ある程度保護された状況にあると 二 地域資料の問題と向かうべき道 地域資料を如何に伝えていくか 時だったと記憶しております。 における優先順位の低さ、⑤史料(作品)に対する興味(認識) 平田 正和 「古文書の固着展開と腐敗臭の脱臭をどのようにしたら良 いか」と、当時事務局長の松下正和氏からご相談を受けまし の低さ等があり、それらが資料を散逸・廃棄へと向かわせて 齢化・継承問題、③各自治体への寄託・寄贈拒否、④災害時 た。私は当時、工場長として修復のお手伝いをさせて頂きま いると感じています。 関西には文化財保存修復に関わる方が沢山いらっしゃる中 119 した。史料ネットとの出会いはここから始まりました。 3 Field Reports Field Reports 平田正和 地域資料を如何に伝えていくか 『LINK』Vol.8 2016 年 12 月 を少しでも軽減し、資料を未来に繋げていく役目があると気 わらせて頂く中で、私達には地域資料・個人所蔵資料の問題 あるのか?」 「うちにも古文書が沢山あります。しかし、古文書自体に 価値 (金銭的)があるか解らない。保存や修復をする意味が で、私達の目指す所は何処か。史料ネットの皆様と出会い関 付かされました。史料ネットの皆様から多大な影響を受けた も大切なことですが、考えてみると資料の価値(存在意義)や、 私達は今まで、修復業務を通じて納品時にお客様に満足さ えして頂ければ、それで良いと思っていました。これはとて 三 資料の価値観を変える(体験型ワークショップの開催) 「金銭的価値ではない、そこにあるから価値がある」これ を多くの方に広く知ってもらう活動が必須だと思いました。 変重要だと感じました。 味 (そこにあるから価値がある)を理解してもらうことが、大 確かに内容が分からなければ、価値判断は難しいと想像で きます。しかし金銭的価値ではなく、資料がその家にある意 ことは紛れもない事実であります。 私達は以下の経営理念を掲げました。 〝国としての財産から個々人の思い出の品までそこに宿る思 いに軽重はありません。それを伝える仕事に携わるご縁に感 謝し、絶え間ない技術向上に努めます。そして、より多くの 人々に先人の思いに触れる感動を提供し続けることが私たち の使命です。全社員の幸福を追求し、企業価値を高め、地域 社会に貢献します。 〟 この理念を基に私達は、向かうべき方向がはっきりしまし た。 資料の継承を意識付けるところまでは未だに至っていない感 中 で、 修 復 だ け で は 資 料 保 存 が 無 理 な こ と に 気 づ い た エ ピ り、未熟な手当てをされた資料等が多々ありました。まだま 様々な状態の紙資料を修復してきましたが、依頼品の中に は、明らかに保管環境が劣悪だったり、取り扱いが悪かった じがしました。 ソードがありました。 けでは追いつかないことは明白です。また傷んでから修復を だ膨大な数の地域資料や個人所蔵資料が存在します。修復だ 個人所有古文書の修復依頼の折に、所有者様が言った一言 です。 地域資料・個人所蔵資料をいかに後世に伝え、残していく かを社員皆で考え、修復を通してできる事は何かを模索する 120 Field Reports 平田正和 地域資料を如何に伝えていくか 壁紙の文書剥がし すると費用も時間も掛かり、所有者の負担は増え、資料 の散逸・廃棄は益々増えるばかりです。 資料修復は、未来に伝えて行く為にはとても大切です し、 私 達 も な く て は な ら な い 仕 事 だ と 自 負 し て お り ま す。しかし、あくまで修復は、資料保存の最終段階の行 動です。それまでにできることをできるだけ多くの方々 に知ってもらう必要があると思いました。 そこで修復技術をより多くの方々に知って活用しても らえる場と、資料自体の価値観 (意識)を変える場を作 ることにしました。紙資料に特化したワークショップの 開催です。 紙資料に触れる機会を作り、資料の取り扱いや保存方 法・環境整備等を、ワークショップを通して広め、地域 の文化を継承していく機会を作ることが目的です。 創業二年目の二〇一〇年六月に初めて、歴史資料ネッ トワーク主催で裏打ちワークショップを開催させて頂く 機会を得ました。弊社にとって初めての事でしたので至 らない事だらけでしたが、これを皮切りに各方面で開催 する機会が徐々に増えていきました。 主催は、ご依頼主にして頂き、我々はお手伝いの形を とって行っております。 これまで参加して頂いた方々は、行政・博物館・文書 121 『LINK』Vol.8 2016 年 12 月 市民の方もいらっしゃいます。 方々にご参加頂いております。中には毎年参加される熱心な 催で研究者・学生・図書館司書、また博物館実習等、沢山の 館・資料館等の主催イベントに来られた市民の方々、大学主 味は何かを知ることができました。今後涅槃会を開くと言っ 、ここに涅槃図が存在する意 たのか (神社の前はお寺でした) ました) 。参加者の方々は、この旧神社に涅槃図がなぜ伝わっ の解説も行いました (事前に当地域の学芸員から解説文を頂き また一部の参加者から「うちにも、古い物があるので見て ほしい」や「家にある古い資料をきちんと保管しよう」等の ておられました。 プを通して資料保存や修復のお話をさせて頂いています。お 声も聞きました。 誰でも親しみ易い様に、古文書裏打ち・和綴じ体験・和紙 ノート作り・繕い補修体験・簡易掛け軸作り等、ワークショッ かげさまで毎回定員いっぱいで、こんなに多くの方々が興味 をもたれているのかと実感させられます。 (郷土資料)は資料自体を活かさな このように、地域資料 いと意味がありません。情報提供と保存活動の共存が重要で ワークショップとは別に、修復後に修復報告会を行った事 例があります。 五 感動や想いを未来に伝える 用される所有者様もおられます。 す。それを考慮して、レプリカやデジタルデータを作製し活 とある町会より「寄り合いに使っていた旧神社から涅槃図 掛け軸が出てきた。ボロボロになって忍びない」と、修復の 四 修復後の資料の活用 ご依頼がありました。修復費用は町会費で賄うと伺い、それ ならば集会の折に、皆様に修復報告会をさせて欲しいとお願 町会長から許可を頂き会館で報告会を開催し、三〇名程が 参加されました。報告会では修復工程の説明から仕立て、今 けに、しまい込んでしまう場合もあります。所有者自身が資 つと徐々に忘れられがちになっていきます。また大切な物だ いしました。 後の取り扱い方や保管方法等をお話させて頂き、涅槃図自体 「綺麗になったね」「これで保存が出来る」…、修理・修復 が完了した資料は、最初は注目を浴びます。しかし時間が経 私は納品時に「使ってあげてください」といつも言います。 取り扱いさえ注意すれば大丈夫です。 122 Field Reports 平田正和 地域資料を如何に伝えていくか は綺麗な状態になっても年月が経つと無関心になってしまう 料 (作品)の謂れを知らないケースもあり、それ故、見た目 ような事例のご感想を頂いております。 との交流も増えるでしょう。実際、弊社のアンケートでこの 事があります。 資料保存ワークショップを継続して開催していくことで、沢 六 これからも、資料に込められた思いを大切に また現在、歴史的価値のある資料だけでなく、想い入れの ある資料や日記、地域の記録等も未来には立派な地域資料に 山の人々と地域 (郷土)資料を結び付ける役割を果たす事だ それらを防ぐ為にも、所有者・地域の文化財に携わる専門 家・修復業者が連携して、資料の価値づけをしていくことが な り 得 ま す。 金 銭 的 価 値 で は な く 資 料 自 体 に ス ポ ッ ト を あ と認識しています。 必要ではないでしょうか。 て、そこ (家・地域)に存在する意味を理解して頂く。伝わっ 我々の今後の取り組みとしては、史料ネットワークや地域 コミュニティーと連携して資料に込められた思いを発掘し、 てきた思い出などに触れる機会を増やすことで資料は代々伝 いと考えております。 我々にできることは微々たる事ですが、これからも地域資 料の修復に注力しつつ、皆様と共に活動の輪を広げていきた わっていくと私は信じています。 私達の新たな取り組みとして、ご依頼主に修復作業に立ち 会い参加して頂くことも始めました。例えば、修復作業のお 手伝いや、表具の裂地を選んで頂きました。それにより、資 料 (作品)に対する見方が明らかに変わったと仰っていまし た。 自分自身が手を加えて修復をすることは、所有者の意識を 変 え る 絶 好 の 機 会 に な り ま す。 修 復 に 携 わ っ た 資 料 (作品) の所有者は「これは自分が (親が/祖父母が/曾祖父母が)手 掛けた」と次世代に必ず伝えるでしょう。修復を通して、人 123
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