中国人民銀行の政策運営の展望

中国人民銀行の政策運営の展望
中国では 2016 年に入り、住宅価格や資本流出、金融システム不安定化に対する懸
念の高まりから、それまでの金融緩和姿勢が変化し、2017 年には「穏健で中立的
な」金融政策へと方針が見直された。経済・金融の安定維持に必要な流動性は引き続
き供給する一方、金融機関の調達金利を高めにするなど引き締め的な金融調節も増
えるだろう。
づらくなったと考えられる。
他方、景気の安定という観点からは、経済が自律的
回復力をまだ欠いているため、引き締めに大きくか
じを切ることもしづらい。2016年通年の実質GDP成
中国は「穏健な金融政策」の方針を掲げつつも、
長率は前年比+ 6.7%と、前年比+ 6.5 〜 7.0%という
2014 年後半から金利や預金準備率を相次いで引き
年間の成長率目標を達成し、一見安定しているよう
下げ、金融緩和の度合いを強めてきた。しかし、2016
にみえるが、政府主導のインフラ投資により安定が
年に入ると、同年3月に預金準備率が1度引き下げら
維持されているというのが実態だ。
れたのみで、緩和のトーンは弱まった。また、10 月末
②物価に関して、2016 年中、上海や深圳などの大
に開催された中国共産党中央政治局会議では、金融
都市で住宅需給ひっ迫と投機資金流入を背景に住宅
政策に関して「資産バブルの抑制と経済・金融リスク
価格が急伸した(図表 1)ほか、食品とエネルギーを
の防止に力を入れる」と述べられ、緩和の副作用に対
除くコアコアCPI(消費者物価指数)など一般の物価
する警戒感も示されるようになった。
こうした変遷を経て、同年12月16日に閉幕した中
央経済工作会議では、2017 年は「穏健な金融政策」を
継続するとしつつも、具体的には「穏健で中立的な」
運営とする方針が示され、実質的に緩和に偏ってい
たここ数年の運営を見直す考えが示された。
●図表1 新築住宅価格
(前年比、%)
40
1級都市
3級都市
2級都市
70都市
30
20
このように金融政策のトーンが徐々に変化した背
景としては、以下の4点が指摘できる。
①実体経済に関して、中国政府は現在、過剰生産能
力の淘汰や企業のデレバレッジといった経済構造改
革に注力している。一層の金融緩和を行うと、企業の
資金調達が必要以上に容易となり、改革の圧力が弱
まってしまう恐れがあるため、緩和の度合いを強め
8
10
0
▲10
2014
15
16
(年)
(注)1級都市は北京、上海、広州、深圳の4都市。2級都市は南京、杭州、寧波、合肥、
厦門などの20都市。3級都市はその他の46都市。
(資料)中国国家統計局、CEIC Dataより、
みずほ総合研究所作成
が上昇基調にある。このように実質金利が低下しや
れており、比較的高い信用リスクにもさらされてい
すい環境となっているなか、一層の緩和は投機を促
るとみられる。これらリスクが顕在化した際、それが
し、大都市などで住宅市場の過熱に拍車をかける恐
金融システム全体に波及しないよう、一定の流動性
れがあるため、実施は望ましくない状況となってい
を金融機関に供給しておく必要がある一方、こうし
る。ただ、多くの中小地方都市では住宅在庫がいまだ
た調達・運用に拍車をかけないよう、低コストの流動
高水準にあり、在庫解消のために住宅需要を冷やす
性を過度に供給することに対して慎重になり始めた
わけにいかない。このため、一律に引き締めに転じる
と考えられる。
ことも難しいというのが実情だろう。
③国際収支に関して、国内金融市場の安定維持の
ため、2014 年半ばから続く資本流出が、人民元の不
安定化によって過度に進まないようにすることが、
目下の重要な課題となっている(図表2)。
このように、
2016年を通じて、景気の安定維持のた
めに緩和気味の金融環境が必要との状況は変わらな
2015 年以降の人民元を巡っては、同年 8 月の人民
い一方、住宅価格の急伸や資本流出の加速リスク、金
元レート形成メカニズムの見直しや、2016 年初の対
融システム不安定化に対する懸念が高まり、緩和に
ドル基準値の元安設定など、中国政府の予期せぬ動
伴う副作用も強く意識されるようになった。2017 年
きがマーケットを不安定化させ、為替介入などによ
も同様の情勢が継続するとの認識が中央経済工作会
る対応に追われたという経緯がある。2016 年後半か
議の結果で示されており、それが金融政策運営の姿
ら米大統領選挙の結果を受けて世界的なドル高が進
勢が緩和気味から中立へとシフトした要因だろう。
行しているなか、人民元の先安期待を強め、資本流出
それでは、2017 年には具体的にどのような金融政
の加速を招くことのないよう、一層の緩和に慎重に
策運営がなされるだろうか。金利や預金準備率の引
なったとみられる。
き下げについては、緩和のシグナルを強く発する恐
④金融システムの安定に関して、近年、中小金融機
れがあるため、予期せぬ景気の腰折れや大規模な資
関を中心に、不安定な短期資金を銀行間市場で調達
本流出など特殊な状況が発生しない限り、回避され
し、その資金を他行の理財商品で運用したり、ファン
る可能性が高い。
ドなど外部に委託して運用したりする傾向があり、
その代わり、公開市場操作など 2016 年から多用し
流動性リスクが高まっている。また、運用先の中には
ている金融調節のツールを引き続き活用すること
不動産やインフラなどのセクターも少なからず含ま
で、情勢の変化に柔軟かつ小刻みに対応し、中立的な
金融環境の実現を図るだろう。例えば 2016 年 8 月頃
●図表2 国際収支
からは、上述④で指摘した金融機関の資金調達・運用
(億ドル)
外貨準備増減
誤差脱漏
2,000
1,500
経常収支
資本移転・金融収支
(外貨準備除く)
構造の変化を受け、相対的に長期(例えば公開市場操
作の場合、7日物ではなく14日物や28日物)の資金供
給を増やすなどして、金融機関の調達金利を従来よ
りも高くするような金融調節をしている。こうした
1,000
運営が、2017年も当面続けられると予想される。
500
2017年は、内外の経済環境が不安定な一方、中国共
0
産党指導部の今後 5 年の人事を決める重要な政治イ
▲500
ベントが秋頃に開催される予定で、安定が例年以上
▲1,000
に重要となる。人民銀行の金融政策のかじ取りには、
▲1,500
一層の慎重さが求められることになるだろう。
▲2,000
▲2,500
みずほ総合研究所 アジア調査部中国室
2013
14
15
16
(年)
主任研究員 三浦祐介
(資料)中国外貨管理局、CEIC Dataより、
みずほ総合研究所作成
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