フォークリフトにおけるレッド・ドット・デザイン賞の受賞,三菱重工技報 Vol

三菱重工技報 Vol.54 No.1 (2017) M-FET 特集
製 品 紹 介
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フォークリフトにおけるレッド・ドット・デザイン賞の受賞
Winning a Prize of Red Dot Design Award
Rocla Oy
国際的プロダクトデザイン賞である“レッド・ドット・デザイン賞”は,プロダクトデザイナーやメー
カが競い合う世界最大規模のデザインコンペティションであり,ニチユ三菱フォークリフト(株)の欧
州拠点のひとつである Rocla Oy(以下,Rocla)では 2015 年,2016 年の2年連続での受賞となっ
た。レッド・ドット・デザイン賞の概要説明を通して Rocla の製品開発・技術の変遷を紹介するととも
に,受賞対象であるカウンターバランス式小型バッテリーフォークリフトでの開発事例からユーザ
視点に立った製品コンセプト作りやシミュレーションによるコンポーネントやソフトウェア事前検証
など,Rocla 製品開発の特徴を説明する。
|1. はじめに
Rocla は 1942 年に暖房用機器製造会社として創業,その後 1950 年代から屋内での搬送用機
器の製造を開始,1983 年から無人搬送システム,1992 年からは三菱重工ブランドでの製品供給
を開始するなど早くから北欧を中心とした欧州市場向けに先進的な屋内物流機器の提供を行っ
ている。
フィンランドには,機能性と同時に美しさに特徴ある“北欧デザイン”とそれを支える官民一体で
の高い技術力と技術ネットワークが存在し,これらのアドバンテージは Rocla での製品開発に活か
されており,2008 年にレッド・ドット・デザイン賞を初めて受賞,2015 年にはカウンターバランス式
小型バッテリーフォークリフト,2016 年はリーチ式バッテリフォークリフトで連続受賞となった。本稿
ではカウンターバランス式小型バッテリーフォークリフトの開発を受賞製品の事例として紹介する。
|2. レッド・ドット・デザイン賞の概要
レッド・ドット・デザイン賞はドイツ・エッセン市に所在するノルトライン・ヴェストファーレン・デザイ
ンセンター(Design Zentrum Nordrhein Westfalen)が主催者となり 1955 年から毎年開催されてい
るデザインコンペティションで,専門家によるデザインに関する最先端情報の発信,受賞作品を展
示したミュージアムでのセミナー・ワークショップの開催や他のデザインコンペへの協力・参加など
も積極的に行なわれており,ビジネスや社会におけるデザインの重要性を国際的に啓蒙していく
役割も担っている。
本コンペティションは,プロダクトデザイン,コミュニケーションデザイン,デザインコンセプトとい
う3種類に分かれている。Rocla 製品が受賞しているプロダクトデザインは,優れたデザインの製品
を対象としており,家具,家電機器,キッチン用品,子供用品,化粧品,バッグ,眼鏡,時計,宝飾
品,ロボット,自動車,産業車両等々計 47 分野に分かれており,製造業における多岐の分野をカ
バーしている。いずれの分野も受賞対象選考は,参加者と利害関係のない専門家集団によっ
て,デザインの革新性,機能性,人間工学,エコロジー,耐久性などの評価基準をもとに受賞作
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品が選出され,受賞作品には世界的に知られている“レッド・ドット”マークをつけることを許可さ
れ,優れたデザインであることを大きくアピールすることが出来る。
図1に Rocla の全受賞製品を示す。2008 年の初受賞以降,累計で5回の受賞を得ている。
図1 Rocla 受賞製品
|3. Rocla 製品開発の変遷と特徴
3.1 Rocla 製品開発の変遷と特徴
Rocla の製品開発は前述のとおりフィンランドに根付く機能性と同時に美しさに特徴ある北欧デ
ザインそのものであり,工業デザインの変遷そのものといえる。図2に Rocla でのデザイン変遷を示
す。製品単体の外観・印象やブランド共通性を意識した 1970 年代,人間工学や更なる先進的な
スタイリングの 1990 年代,使いやすさ・ユーザーインターフェースに移行した 2000 年代,そして
2010 年代には,よりユーザの視点に重点を置いた製品開発“ユーザー・エクスペリエンス”(以下,
UX)へとつながっている。UX とは,コンセプト設計から試作・検証,生産開始まで製品開発をユー
ザとともに密接に連携して製品を完成させるもので,ユーザにとって本当に必要な機能・製品を追
及した製品開発こそ,Rocla の大きな強みであり事業発展のキーといえる。
図2 Rocla のデザイン変遷
一般的にフォークリフトの新規製品開発では,ドライブ・ステアリングアクスル,モータ,コントロ
ーラ,油圧バルブ等の主要コンポーネントを,開発コンセプト・目標達成や技術進歩に合わせた
アップデートを目的として新たに開発することがあるが,Rocla においては基本的に全て他社で実
用化されている既存コンポーネントの流用を原則とし,そして製品の付加価値,他社製品との差
別化を作り出す重要な要素としてソフトウェアの開発に重点を置いてきた。図3に Rocla のソフトウ
ェア開発の変遷を示す。2003 年から自主開発に取り組み現在に至っている。自主開発の強みは
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次に示す屋内物流機器の玉成のみならず無人搬送機(Automatic Guided Vehicle,以下 AGV)シ
ステムの差別化にも貢献している。
図3 Rocla のソフトウェア開発の変遷
3.2 製品ラインアップ
Rocla は図4に示されるとおり,物流倉庫や工場内で稼動する屋内物流機器,それから派生し
た AGV を長年自主開発し,生産・販売を行ってきた。トラックからの荷物の搬送などを担う屋内と
屋外の双方を稼動するカウンターバランス式小型バッテリーフォークリフトは現ニチユ三菱フォー
クリフト(株)にて設計開発され,生産のみ Rocla で行っていた。欧州市場においてはバッテリーフ
ォークリフトの需要が高く,特に高層ラックへの荷物の積み上げ・積み下ろしを中心としたワイドバ
リエーションな機種ラインが求められ,Rocla もニーズに見合う機種展開を現在まで行っている。
図4 Rocla 製品概要
|4. カウンターバランス式小型バッテリーフォークリフトの開発
2014 年 11 月,Rocla で初めて開発されたカウンターバランス式小型バッテリーフォークリフト(以
下,EDiA EX)が発売された。この開発事例を以下に紹介する。
4.1 開発方針
Rocla はカウンターバランス式フォークリフト開発のノウハウがなく,また短期間での開発を実行
するために以下の方針を徹底した。
(1) 走行荷役性能,高視界性,低電力消費,小回り性,安全性等,車両基本性能は欧州競合他
社並みを実現できるレベルとし,新規要素開発による開発リスクを回避。ゆえにこれまでの
Rocla 製品開発の原則どおり,ドライブ・ステアリングアクスル,モータ,コントローラ,油圧バル
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ブ等の主要コンポーネントは全て他社で実用化されている既存コンポーネントの流用とした。ま
た現行生産機種のユーザ評価により,そのまま流用が可能と判断された荷役装置(マスト)部分
は流用し開発リスクを回避。
(2) 他社製との違いを,コンパートメント作り,乗降性,ステアリング・荷役操作レバーの操作性,
荷役の微調整実現,走行操作性(微操作,坂道での操作性等)等,車両の操作性にかかわる
部分で実現。
(3) 上記(2)達成のキーとなる車両制御ソフトウェアを自主開発するとともに,試作車両製作と並行
して,実際の主要コンポートを使用した台上模擬試験装置によるソフトウェアのシミュレーション
を行い,試作車検証時に起こるソフトウェアのバグによるデバック作業を削減。
(4) 経験の無いカウンターバランス車の評価においては,ニチユ三菱フォークリフト(株)にて蓄積
された設計基準・検証方法・評価基準をそのまま適用。
4.2 製品コンセプト・ユーザエクスペリエンス(UX)の実現
ユーザ視点での製品コンセプト実現のため,欧州各国のディーラ計 37 社を設計者自らが訪問
し,旧型機種の問題点の洗い出しと共有を行い改善策と目標を設定し,製品コンセプトを作り上
げ,この実現に力を注いだ。図5に今回改善に取り組み実現した主な EDiA EX の特徴を示す。
これらの結果,表1に示すとおりディーラから現行機種に比べ大きな改善評価を得ることがで
き,シェアアップへの大きな可能性を導いた。そしてこのユーザ視点でのコンセプトを徹底的に追
求し実現できた結果がレッド・ドット・デザイン賞受賞につながったとものと考える。
図5 UX に基づく EDiA EX の主な特徴
表1 旧型車と EDiA EX のディーラ評価
不満←
→満足
項目
1
2
3
4
5
回答数
平均点
旧型車
平均点
外観
0
0
1
19
38
58
4.64
2.43
2.72
静粛性(騒音レベル)
0
1
3
19
35
58
4.52
感触(touch and feel)
0
0
6
21
31
58
4.43
2.54
満足度
0
0
2
37
19
58
4.29
2.74
エルゴノミクス
0
0
2
27
29
58
4.47
2.5
使いやすさ
0
0
1
27
30
58
4.5
3.21
機能性
0
0
0
29
28
57
4.49
3.17
安全性
0
0
2
20
35
57
4.58
3.4
総計
0
1
17
199
245
462
4.49
2.84
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4.3 ソフトウェアの事前検証評価
車両開発においてソフトウェアの完成度を高めるのは重要要素のひとつであり,開発において
はバグが避けて通れない問題である。従来の開発手法においては,車両・コンポーネント(ハード
ウェア)開発検証と同時並行でソフトウェア開発を進め,実際の試作車両の完成を待ってソフトウ
ェアの検証を進めていくものであるが,以下の問題があり開発期間の長期化や信頼性への懸念
がある。
(1) ソフトウェア検証は試作車にてバグ出しを行い,その後その対策検証のためのデバック走行
を繰り返し,精度を高めていくため,必然的に試作車両の完成度が問題となる。
(2) 更にハードウェア,特にコンポーネント開発において各種不具合対策を推進する段階でソフ
トウェアに影響を与えるパラメータを変更しなければないないことが多く,それに応じたソフトウ
ェア修正が随時発生する。
これらの問題を回避し,予定通りの開発期間にて完成度を高めていくために,試作車両でのソ
フトウェア検証から Rocla では EDiA EX 開発において実際の使用コンポーネントを用いた台上で
のソフトウェア事前シミュレーション検証を行った。図6,7に台上試験装置概要と各要素を示す。
検証は実際の車両稼動パターンを想定した基本動作確認試験,オペレータの誤操作を模擬した
インプットによる挙動確認,バグに対する確認検証等で構成され,同時に主要コンポートの基本
性能確認も実施可能となった。
図6 シミュレーション台上装置概要
図7 シミュレーション台上装置
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|5. まとめ
以上述べた開発方針・コンセプトに基づき,Rocla として初めてのカウンターバランス式フォーク
リフト開発は 2012 年4月のコンセプト作りから約2年半後の 2014 年 11 月に EDiA EX として欧州
市場に投入された。発売開始と同時に EDiA EX は好評を得て,同時にレッド・ドット・デザイン賞
の受賞も追い風となり,商品力の低下により下落傾向であった旧型機種に変わり,大きくマーケッ
トシェア回復へ転換し始めている。
フォークリフト製品は製品単体の商品力はもちろんのこと,よりハードからソフトへ,そして倉庫
内の物流管理・部品管理をひとまとめにしたビジネスへと市場が移り変わっており,この流れに対
応すべく製品開発の加速とユーザニーズの把握はメーカとして必須の使命である。