看護学部 公衆衛生看護学研究室 岸 恵美子 教授 『セルフ・ネグレクトと孤立死』 の相関関係の検証 そして研究活動とともに保健師養成にも力を注ぐ 看護師より幅広い知識・技術が求められる :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 「地域住民すべての健康を守り、そのレベルを向上させるための 支援や保健指導」の方法について研究するのが公衆衛生看護学。 そして、こうした活動を担うのが、看護分野の知識を基盤とし て活躍する保健師だ。 STUDENTS VOICE こすのも、こうした状況にある人々だ。個人の意思は尊重すべ きだが、その行為が生命を脅かしたり、地域住民に迷惑をかけ たりするものなら見過ごすことはできない。 「認知症や精神疾患が原因でセルフ・ネグレクト状態に陥るとい うのは “ なすべき行為が行えない ” ケースですが、能力があるの に “ 行わない ” という人も多く存在します。例えば自己のライ ません。ですから勉強はかなりハードです。また、仕事に就い フ・イベント、病気になる、近親者の死、リストラに遭うなど たあとも自分が担当する地域住民の生活状況を把握する必要が のショッキングな出来事が要因となる場合もあるのです」 ありますから、勉強の連続で大変な仕事です」 生きるのが辛い局面に追い込まれ、 「もう、どうでもいい」 とい セルフ・ネグレクトがもたらす孤立死 う心境に陥り、本来なすべき行為を放棄してしまう。そのほか アルコール依存、人間関係のトラブルで地域から孤立する、他 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 人の世話を受けたくない……など、セルフ・ネグレクトの要因 「医療機関での来院・入院患者のケアを行うのが看護師です。そ 岸教授は自身の保健師体験を基に、高齢者虐待・孤立死など は多岐にわたる。岸教授はこの深刻な状況の事例を集め、研究 れに対し、人々が生活する場に足を運び、保健や医療活動に関 超高齢社会・日本が抱える諸問題に関する研究を続けてきた。 活動を進めている。 わるさまざまな活動に携わるのが保健師です。看護師より一歩 なかでも近年とくに力を入れているのが、 「セルフ・ネグレクト」 踏み込んだ仕事を担当するため、医療・看護の知識・技術だけ についての研究だ。 でなく、病を抱える方々の支援法や高齢者介護など、幅広い知 「セルフ・ネグレクト=自己放任。まだ一般化していない用語 「セルフ・ネグレクトと、さらに深刻な孤立死との関連性につい て検証してみました。すると『孤立死した人々の約8割が、生 看護師と保健師の資格を同時取得するた めに、現在、多忙な日々を送っています。 看護師をめざして看護学部に入ったので すが、 病院実習の際、 「もっと積極的に困っ ている人々に関わりたい」 という思いが募 り、地域住民の生活・保健に直接関わ れる保健師への関心が高まりました。岸 先生は、どんなテーマでも明確な根拠を 提示しながら話をされる方で、また、学 生一人ひとりをきちんと把握されていて、 授業では気さくに語りかけてくれます。と ても頼りがいのある先生です。 C O M M E N T 前、セルフ・ネグレクト状態であった可能性がある』という事実 識が必要となります」 で、日本では明確に定義されていませんが、私はこれを『人とし こう解説するのは公衆衛生看護学研究室の岸恵美子教授だ。 て当然なすべき行為を行わない、あるいは行う能力がないため、 16 年間に及ぶ保健師としての活動歴を有し、自らの研究活動と 生命・健康・安全が損なわれる状況に置かれること』と定義して ともに保健師養成のための課程も担当している。病を抱える人 います」 だけでなく、健康な地域住民もケア対象としているため、保健 不衛生な生活環境、他者との交流を断つ、満足に飲食しない、 セルフ・ネグレクトと強い相関関係にある孤立死。その孤立 師の多くは各地方自治体に所属して活動している。 病気なのに医療機関へ行かない……など、メディアで取り上げ 死には「貧困の末に高齢者が……」というイメージがあるが、岸 られる「ゴミ屋敷」 「多頭飼育(ペットを大量に飼う)」の問題を起 教授によると「孤立死しやすい年齢は、男性では 50 歳代前半以 「看護師の有資格者でなければ保健師の国家試験には挑戦でき 看護学部4年生 中村 光咲さん が浮上したのです」 日本人はもっと“おせっかい”になるべき 知識・技術を伝えるとともに 保健師スピリットも養成 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 降で、高齢者だけの問題ではない」という。 「これまでは高齢者に関する研究が中心でしたが、今後は中高年 層、引きこもりの若年層を対象とした研究にも取り組んでいく つもりです」 こうした問題に対処する際、中心的担い手となるのが保健師 だが、この仕事には多大な労苦が伴う。当事者が健常な精神状 Emiko Kishi 態ではなく、 「なかなか会ってくれず、接触する段階から困難を 極める」からだ。 「セルフ・ネグレクトへの対応で大切なことは、まず発見、そし て見守りですが、保健師だけではマンパワー不足なので、ぜひ 地域住民の方々の協力を仰ぎたい。近くに住む人がどんな状況 であっても排除せず、やさしく見守り、正しく対処し、共存し ていく。日本は、そうした許容力のあるコミュニティー作りを めざすべきだと思います」 近年、地域のつながりが刻々と希薄化しつつあるようだが、 その絆を強めることが、セルフ・ネグレクト問題の最も有効な 解決策なのだ。 「日本人はもっと “ おせっかい ” になるべきです。保健師は公的 なおせっかい、そして地域住民の方々は、それぞれ現状よりワ ンレベル上のおせっかいをやく。それでピンチに見舞われてい る多くの方が救われるのです」 岸教授の今後の取り組みに、大きな期待が寄せられている。 8 TOHO NOW | 2017.JANUARY 本学の学生は素直で礼儀正しく、真面目に学業に励ん でいるという印象があり、教えがいがあります。また、コ ミュニケーション能力も高いです。でも自信がないのか、 今一歩、踏み込みが足りない印象を受けます。皆、十分 に努力していますから、もっと自分に自信を持っていいの ではないでしょうか。保健師の仕事に携わる際にとても 重要なのが、その「今一歩の踏み込み」 なのです。私は 今後、授業において知識・技術を伝えるとともに、実体 験で得た“保健師スピリット”も伝えていくつもりです。皆 さん、頑張ってついてきてください! P R O F I L E ————————————————— 東京都出身。日本赤十字看護大学大学院博士後期課程修了。 看護学博士。東京都板橋区・北区で16年間保健師として活動 後、自治医科大学講師、日本赤十字看護大学准教授、帝京大学 教授を経て2015年より現職。高齢者虐待、セルフ・ネグレク ト、孤立死を主に研究。日本高齢者虐待防止学会理事、千代田 区高齢者虐待防止推進委員会委員長、足立区生活環境保全審 議会副委員長、世田谷区生活環境保全審査会委員長も務める。 2017.JANUARY | TOHO NOW 9
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