第 1 章 自動車軽量化設計の あらまし 1︲1 軽量化と設計 自動車は、その長い歴史の中で常に軽量化の努力をしてきたにもかかわらず、 この 30 数年間におよそ 400 キログラム以上も重くなっている(図 1.1) 。自動 車を設計する現場では、1 g でも軽くするために、小型化や薄肉化、無駄な材 料を削るなど徹底した軽量化設計を進め、アルミや樹脂など軽量化材料の採用 にも積極的に取り組んできた。しかし、それにもかかわらず、それを上回る重 量が増えたのである。 重量が増えた最も大きな理由は、衝突安全向上対策だと云われている。乗員 の安全を守る基準が年を追うごとに厳しくなってきた。その結果、交通事故に よる死者は年々減少する傾向になったが、その安全を守る対策によって次第に 車体が重くなり、自動車から排出される CO2 ガスも増えていくことになる。 これが地球温暖化をもたらしている主要な原因の一つに挙げられている。今後 も、衝突安全性の向上を目的とする各国の基準づくりが広がり、一段と厳しく なると予測されている中で、車体の重量をマイナスに転じさせていくことは、 従来から受け継がれてきた軽量化設計の考え方だけでは非常に難しい状況にな ってきている。 近年、航空機の機体を軽量化するために開発が進められてきた CFRP(炭素 繊維強化樹脂)を自動車のボディに採用しようとする研究開発が、日本を始め 世界でも活発に進められるようになった。しかし、航空機で培ってきた CFRP の技術をそのまま自動車に応用していくことは現実的には難しい。何故なら、 航空機の機体と自動車の車体に求められる要求特性が大きく異なるのである。 自動車の車体では、強度と剛性と共に、衝突安全性が最重要テーマとして扱わ れ(図 1.2)、材料仕様や車体の構造がこの衝突安全対策によって決まること が多い。したがって、CFRP を例えば自動車の最重量部品であるボディに採用 しようとする場合は、材料技術や成形加工技術だけではなく、CFRP に特化し 2 第 1 章 自動車軽量化設計のあらまし た構造設計技術が必要になる。 本書では、世界の自動車メーカーとサプライヤー、研究機関などから、今後 の軽量化に大きく期待を寄せられている「自動車ボディ」に焦点を当て、ボデ ィ設計の考え方やボディに求められる要求特性、性能評価法、成形加工法など を学びながら、CFRP による自動車の軽量化設計について考えていくことにす る。 1970年代 フォルクス ワーゲン 2010年代 ゴルフ1 ゴルフ7 780 kg 1,205 kg +425kg 1974年 2012年 (車両サイズ 3,725×1,610×1,410 mm) (車両サイズ 4,255×1,799×1,452 mm) シビック1500 シビック1.8GL ゴルフ 745 kg ホンダ シビック +495kg 1,240 kg 1973年 2010年 (車両サイズ 3,695×1,505×1,325 mm) (車両サイズ 4,535×1,750×1,440 mm) 図 1.1 自動車の重量変化 衝突安全 強度 剛性 図 1.2 自動車の車体重量を決める 3 要素 3 1︲2 地球温暖化と自動車 地球の温暖化をもたらしている原因は自動車から排出される CO2 ガスが増 えたことによると言われている。 図 1.3 を見て頂こう。温暖化が、産業革命以降急速に進んでいる。 太陽活動や火山活動など「自然を起源とするもの」だけではほとんど気温の 変化は無いが、「人間がつくり出すものによる起源」が加わる産業革命以降は、 温度が急激に上昇しているのである。さらに、将来を予測したシミュレーショ ンでは、あと数十年もすれば確実に 2 ℃以上は上昇するという結果が出ている。 このプラス 2 ℃は私たちが住む地球にどういう影響を与えることになるのであ ろうか。 英国の財務省が 2006 年に公表した「気候問題の経済的側面に関するレビュ ー」いわゆるスターンレビューによる資料図 1.4 では、多くの「種」が絶滅の 危機に陥り、飢餓の危機にさらされる人々が増加する。また、森林火災や洪水、 熱波などが更に強さを増すなど、このままでは人類生存の危機が確実に訪れる ことになる、と警告を発している。さらに IPCC(気候変動に関する政府間パ ネル)評価報告書では、これからの 100 年間でどの位の気温が上昇するかを予 測したシナリオを発表しているが、それによると「おおよそプラス 2 ℃前後」 としている。そこで国連でも、世界の各国政府に対して「産業革命以降の温度 上昇をプラス 2 ℃未満に抑える」という共通の目標を掲げて、加盟国ごとに具 体的な削減の取り組みを求めるようになった。 「人間がつくり出すものによる起源」の主要なものの一つに、産業革命後急 速に増え続けている CO2 があることは明らかで、その CO2 を大量に排出して いる発生元は何かといえば、自動車が先ず挙げられる。現在、地球上で保有さ れている乗用車は約 8 億台、トラックとバスを合わせると約 11 億 5 千万台に のぼるといわれている。 4 第 1 章 自動車軽量化設計のあらまし ℃ 6.0 5.0 4.0 2℃上昇ライン 3.0 2.0 産業革命の始まり 1.0 0 −1.0 1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 西暦(年) 図 1.3 地球表面温度の変化 0℃ 1℃ 2℃ 3℃ 4℃ 5℃ 小規模な山岳氷河が消滅 水 水の不足 大都市海面上昇による驚異 途上国の多くで収量が減少 食料 すべての地域で大幅に減少 飢餓危機にさらされる人が増える 珊瑚礁の壊滅的ダメージ 生態系 アマゾンの崩壊が始まる 多くの種が絶滅の危機 大多数の生態系が現在の状況を保てなくなる 異常気象 森林火災、熱波、干ばつ、洪水が激しくなる 出典:IPCC地球温暖化第3次レポートより 図 1.4 気温上昇による生態系等の影響 5 図 1.5 は、自動車の車両重量と CO2 排出量の関係を表したものである。平 均的な乗用車の車両重量を 1,350 kg としたときの排出量は、1 km 走行当り 150 g から 250 g ほどになり、地球全体では、毎日膨大な量の CO2 が自動車か ら排出されていることになる。 日本、米国、EU では、それぞれ独自に燃費目標または CO2 排出目標を掲げ ており、環境問題に高い意識を持つ EU では、2015 年までに 1 km 走行当り平 均 120 g 以下、2021 年までには 95 g 以下に抑えることを規制の目標にしてい る(図 1.6) 。そして、各自動車メーカーの全車種平均排出量が 2015 年の規制 値(2015 年まで段階的に設定されている)を超えた場合は、1 g 超えるごとに 1 台当り 95 ユーロのペナルティーを支払うようにしている。自動車メーカー としてみれば、例え 1 g でも超えることになれば莫大な金額になるので、そう ならないように環境技術の開発に取り組まざるを得なくなる。 EU が 2021 年に規制目標にしている 95 g/km を、仮に平均的な車両重量で ある 1,350 kg の乗用車が重量軽減だけで達成しようとすると、30 %∼40 %の 軽量化を達成しなければならないことになる。当然、エンジンの燃焼効率や駆 動系の機械効率をさらに高め、タイヤのころがり抵抗を減らすなどの要素技術 開発は今後も継続されるものの、やはり車両そのものを軽量化していくことを 避けて通ることはできない。しかし、実際に 40 %もの軽量化をスチールもし くはアルミだけで達成していこうとすると、現実的にはかなり難しいことから、 最近の研究開発では、ボディのマルチマテリアル化や CFRP 採用化に関する テーマにも重要視されるようになった。 ボディのマルチマテリアル化は、従来のオールスチールやオールアルミとい う考え方ではなく、マグネシウム、樹脂、CFRP なども加えた様々な材料を適 材適所に採用し、重量、コスト、性能などの最適化をはかっていこうとする考 え方についても研究が進められている。 ボディの CFRP 化は、 1.ボディ全体に採用する考え方 6 第 1 章 自動車軽量化設計のあらまし 2.ドア、フード、フェンダー、トランク/テールゲートなど、ボルトと ナットで組付ける部品に限定する考え方 3.骨格の一部にも採用する考え方 などがあり、軽量化とコストのバランスと共に、地球の環境を守るという社会 的な責任も含めて、自動車メーカーは、今後軽量化をどういう方向に向かわせ ていくのか、難しい選択を迫られることになる。 500 CO2排出量(g/km) 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 500 750 1,000 1,250 1,500 1,750 2,000 2,250 2,500 2,750 車両重量(kg) 図 1.5 車両重量と CO2 排出量 CO2排出量(g/km) 240 200 160 185 g/km 177 g/km 120 177 g/km 80 120 g/km 120 g/km 95 g/km 40 1995 2000 2005 2010 2015 2020 西暦(年) 図 1.6 欧州の CO2 排出量目標 7
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