EU Trends イタリアの銀行部門に新たな痛手 発表日:2017年1月16日(月) ~格下げで追加担保が必要に~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ 格付け会社DBRSがイタリア国債を1ノッチ格下げ。これによりイタリア国債の最上位格付けが従 来のA格からBBB格に転落。ECBの資金供給オペ利用時の担保の掛け目が引き下げられた。資金 供給オペに依存するイタリアの中小銀行は、同額の資金供給を受けるのに追加の担保を差し出す必要。 不良債権問題に喘ぐ同国の銀行部門にとって、新たなコスト増要因となる。 カナダの格付け会社DBRSは13日、イタリア国債の格付けを「A(low)」<S&PのA-に相当>か ら、「BBB(high)」<BBB+に相当>に1ノッチ引き下げた。DBRSはECBが採用する4つの 外部格付け機関の1つで、ECBの資金供給オペの適格担保基準は4社の最上位格付けに基づいて判断さ れる。他の3社によるイタリア国債の格付けは、ムーディーズがBaa2(BBB相当)、S&PがBB B-、フィッチがBBB+。DBRSによる今回の格下げで、イタリア国債の最上位格付けは従来のA格 からBBB格に転落し、オペ利用時の担保の掛け目が引き下げられた(ヘアカット率が引き上げられた)。 例えば、残存期間が3~5年の固定クーポンのイタリア国債を資金供給オペの担保に差し出す場合、従来 のヘアカット率が1.5%だったのに対し、格下げ後は9.0%に引き上げられる(表)。つまり、これまで額 面100の担保を差し出すと98.5の流動性供給が受けられたものが、格下げ後は100の担保を差し出しても 91.0の流動性供給しか受けられなくなる。これまでと同額の資金供給を受けるには、8.2の追加担保(98.5 ÷91.0×100-100)を差し出す必要がある。イタリア国債を担保にECBから資金供給を受けるイタリア の中小銀行にとってコスト増要因となる。 (表)ECBの適格担保のヘアカット率(国債、固定クーポン、%) 残存年限 0-1年 1-3年 3-5年 5-7年 7-10年 10年超 AAAからA- 0.5 1.0 1.5 2.0 3.0 5.0 最上位格付けが BBB+からBBB- 6.0 7.0 9.0 10.0 11.5 13.0 BBB-以下 不適格 出所:欧州中央銀行資料より第一生命経済研究所が作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 DBRSは格下げの理由として、①政治的な不透明感、②構造改革の遂行能力、③銀行部門の脆弱性、 ④低成長を挙げた。ジェンティローニ新政権は、レンツィ前政権と同じ政党に支持され議会の過半数を確 保しているものの、その主たる目的は2018年春の議会任期満了前に新たな選挙法を制定することにあり、 成長を促進する構造改革の遂行能力は限られる。また、1月下旬に予定される下院選挙制度に関する憲法 裁判所の違憲審査を待ったうえで、年前半にも総選挙の前倒しを求める圧力が高まる可能性がある。選挙 法改正には時間が掛かるとみられ、DBRSは秋以前の前倒し総選挙の可能性は低いものと判断している。 新たな選挙法は比例代表的な要素が強くなり、欧州懐疑主義政党が政権を奪取する可能性は小さい。ただ、 経済停滞が続き、長期若年失業者を取り巻く環境が改善しなければ、反体制派政党の支持拡大につながり かねない。イタリア政府は不良債権処理の加速に向けた様々な政策措置を導入してきたが、これまでのと ころ成果は限定的で、銀行部門の脆弱性が引き続き信用評価にも悪影響を及ぼしている。総額200億ユーロ の銀行救済基金の創設は評価できるが、銀行部門の脆弱性を巡る不透明感を解消するには至らず、不良債 権の大幅な削減につながるものではない。過去10年余りのイタリアの経済成長率はユーロ圏平均を下回る ゼロ近傍にとどまってきた。信用評価の改善には成長パフォーマンスを引き上げる必要がある。高水準の 公的債務が柔軟な財政運営と経済活動の障害となっている。政府は公的債務の削減を計画しているが、銀 行救済費用の増大で財政再建が遅れることは避けられない。 今回の格下げ後もイタリア国債の最上位格付けはBBB+格にあり、ECBの量的緩和策や資金供給オ ペの対象から除外される投機的な水準に転落するまでには3ノッチの隔たりがある。格下げ後もイタリア の10年物国債利回りは2%未満にとどまっており、良好な調達環境が続いている。また、民間部門の債務 水準は低く、欧州債務危機後の経済調整で経常収支の黒字が定着している。財政再建や構造改革に対する 政治的なコミットメントが失われたり、成長パフォーマンスの大幅な下方屈折が生じない限り、更なる信 用評価の悪化は避けられよう。最上位格付けのBBB格転落はECBの流動性供給オペに依存する中小銀 行にコスト面での打撃となるが、担保不足による流動性枯渇といった事態は想定されない。 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2
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