EU Trends まだ分からないフランス大統領選 発表日:2017年1月17日(火) ~ルペン候補の早期終戦も大逆転もあり得る~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ 共和党のフィヨン候補と国民戦線のルペン候補の一騎打ちとみられたフランス大統領選挙は、独立系 のマクロン候補も加え、三つ巴の接戦の様相を呈してきた。1月中下旬の社会党予備選を本命のバル ス候補でなく、モントブール候補やアモン候補など党内左派が制する場合や、中道政党のバイルー候 補が立候補を取り下げる場合、マクロン候補に中道票が流れ、決選投票に進出する上位2名に食い込 む可能性が高まる。今後の展開次第では、ルペン候補が初回投票で姿を消す「波乱」もあり得る。他 方、ルペン候補が決選投票に進出した場合も、大統領の座を射止める可能性は今のところ低いが、今 後、フィヨン候補が中道票の取り込みに失敗したり、投票日までに大規模テロ事件が発生することが あれば、決選投票でルペン候補が勝利する「波乱」の可能性も排除できない。 ※本稿は1月17日付けの東洋経済オンラインの原稿を加筆・修正した。 今年は欧州の選挙イヤー。数ある政治イベントの中で、潜在的なリスクの大きさと発生確率の高さから 最も注目を集めるのは、4・5月のフランス大統領選だろう。各種の世論調査が示唆するのは、共和党の 予備選を制したフィヨン元首相(世論調査で24~30%程度の支持)と国民戦線のルペン党首(22~26%程 度の支持)が決選投票で対峙し、フィヨン候補が勝利するとのものだ(図表1・2)。最終的にこうした 結果に落ち着けば、欧州連合(EU)の中核メンバーであるフランスで反EU政権が誕生するリスクは回 避され、金融市場に安心感が広がろう。秋のドイツ連邦議会選挙でのメルケル首相の再任は堅いため、今 年の欧州の政治リスクの半分以上は消化したことになる。ただ、投開票日までには、反EU政権誕生のリ スクを高める方向にも、弱める方向にも作用しうる出来事が予想される。選挙戦の行方は引き続き流動的 だ。そこで本稿では、今後どのような形で想定外のシナリオが発生する可能性があるのかを考察する。 第1に検討すべきは、社会党の予備選(1月22日に初回投票、29日に決選投票)が本選に与える影響だ。 歴史的な低支持率に喘ぐ現職のオランド大統領が再出馬を断念したことで、社会党の候補者選びはオラン ド政権で首相を務めたバルス候補を軸に、前経済復興相のモントブール候補、前教育相のアモン候補等が 追いかける展開となっている(図表3)。何れの候補が予備選を制した場合も、本選を勝ち抜いて大統領 に選出される望みは薄い。だが、社会党の大統領候補が誰になるか次第で、ルペン候補の決選投票進出の 望みが断たれる可能性が出てくる。鍵を握るのは、オランド政権の経済閣僚を辞任し、独立候補として大 統領選に出馬するマクロン候補の帰趨だ。最近の世論調査でマクロン候補は、ルペン候補に迫る16~24% 程度の支持を集めている(前掲図表1)。若手・改革派のマクロン候補の掲げる政策は、かつて仕えたバ ルス候補と似通っている。社会党予備選をバルス候補が制した場合、マクロン候補と支持層がかぶるため、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 マクロン票は伸び悩む。他方、党内左派のモントブール候補やアモン候補が予備選を制した場合、バルス 支持者の一部が本選ではマクロン支持に回ることが考えられる。 1月22日の社会党・予備選(初回投票)までに3回予定されているテレビ討論会のうち2回を終えた段 階で善戦が目立つのが、これまで3番手に付けていたアモン候補だ。テレビ討論会後に発表された世論調 査の中には、バルス候補とモントブール候補を抑えて首位に立つものもある。先の共和党予備選を制した のが、直前のテレビ討論会で評価が高かったダークホースのフィヨン候補だったことは記憶に新しい。左 派色を前面に打ち出すアモン候補が社会党の予備選を制すれば、マクロン候補に中道票が集まることが予 想される。その場合、マクロン候補がルペン候補の獲得票を上回り、5月7日の決選投票に進出する可能 性が高まろう。 第2に検討すべきは、今後の候補者の出馬撤退や一本化が本選に与える影響だ。社会党候補が劣勢を挽 回するには、左派票を結集する以外にない。現在4番手につける左翼党のメランション候補(元社会党、 11~14%程度の支持)が本選への出馬を見送った場合、社会党の大統領候補に支持票の一部が流れること が予想される。その場合、社会党候補が20%以上の支持票を獲得し、予想に反して決選投票への切符を手 にするかもしれない。他方、世論調査で中道派の民主主義運動を率いるバイルー候補(5~8%程度の支 持)が大統領選への出馬を見送った場合、中道票の多くはマクロン候補に流れる可能性がある。バイルー 候補は共和党予備選で中道派のジュペ元首相が勝利すれば、ジュペ候補支持に回り、自身は出馬しない意 向を伝えていた。バルス候補の社会党予備選での敗北と重なれば、マクロン候補が支持票を上積みし、決 選投票に進出する可能性が高まりそうだ。 このように、今後の展開次第ではルペン候補が4月23日の初回投票で敗北し、選挙イヤーの最注目イベ ントが早くも消化試合となることも想定される。他方、下記の通り、ルペン候補が決選投票に進出し、フ ィヨン候補を破る「まさか」のシナリオが実現する可能性もある。共和党予備選に臨んだフィヨン候補は 保守票固めを狙い、週35時間労働制の廃止、富裕税の廃止、公務員削減など、右派色を鮮明に打ち出した。 初回投票で左派や中道候補を支持した有権者が、決選投票でフィヨン候補の支持に回るかは予断を許さな い。むしろ、社会的弱者に寄り添う政策メニューを並べるルペン候補の支持に回る可能性もある。今後、 フィヨン候補は本選に向け中道票を取り込むため、公約や発言を軌道修正するとみられるが、舵取りを誤 れば、保守と中道の間で埋没する恐れがある。また、英国のEU離脱選択、米大統領選でのトランプ候補 の勝利、先の共和党予備選でのフィヨン候補勝利など、このところ世論調査の信頼性が疑われる出来事が 相次いでいる。過去のフランス大統領選でも、ルペン候補の父親が決選投票に進出した2002年、その娘で 党首を引き継いだ現ルペン候補が初めて出馬した2012年の初回投票で、両候補は事前の世論調査が示唆す る以上の票を獲得した(図表4)。隠れ極右支持の存在は無視できない。さらに、ロシアによるサイバー 攻撃、難民危機の再燃、大規模テロ事件の再発生などがあれば、これらもルペン候補の大逆転劇の立役者 となり得る。EUの未来を占うフランス大統領選、本当の勝負はこれからだ。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 (図表1)フランス大統領選の世論調査(初回投票) 【社会党候補がバルス】 (%) 40 メランション(左翼党) 30 バルス(社会党) マクロン(アン・マルシュ) 20 バイルー(民主運動) フィヨン(共和党) 10 ルペン(国民戦線) 2017/1/8 2017/1/6 2017/1/4 2016/12/7 2016/12/4 2016/12/3 2016/11/30 2016/11/29 2016/11/28 2016/11/27 0 【社会党候補がモントブール】 (%) 40 メランション(左翼党) 30 モントブール(社会党) マクロン(アン・マルシュ) 20 バイルー(民主運動) フィヨン(共和党) 10 ルペン(国民戦線) 2017/1/8 2017/1/6 2017/1/4 2016/12/7 2016/12/4 2016/12/3 2016/11/30 2016/11/29 2016/11/28 0 【社会党候補がアモン】 (%) 40 メランション(左翼党) 30 アモン(社会党) マクロン(アン・マルシュ) 20 バイルー(民主運動) フィヨン(共和党) 10 ルペン(国民戦線) 2017/1/8 2017/1/6 2017/1/4 2016/12/3 0 出所:各種世論調査より第一生命経済研究所が作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3 (図表2)フランス大統領選の世論調査(決選投票) (%) 80 フィヨン(共和党) マクロン(アン・マルシュ) (%) 80 ルペン(国民戦線) ルペン(国民戦線) (%) 80 60 50 50 50 40 40 40 30 30 30 20 20 20 2016/4/14 2016/4/17 2016/5/16 2016/6/12 2016/6/17 2016/9/11 2016/11/25 2016/11/27 2016/11/28 2016/11/29 2016/12/3 2016/12/4 2017/1/6 2017/1/8 2017/1/6 60 フィヨン(共和党) 2017/1/6 60 2016/12/3 70 2016/4/15 70 2016/1/15 70 マクロン(アン・マルシュ) 出所:各種世論調査より第一生命経済研究所が作成 (図表3)フランス大統領選・社会党予備選の世論調査 【初回投票】 (%) 50 40 30 バルス モントブール アモン ペイヨン 20 10 2016/6/21 2016/7/4 2016/9/18 2016/9/20 2016/11/13 2016/12/1 2016/12/3 2016/12/7 2017/1/4 2017/1/5 2017/1/6 2017/1/11 2017/1/11 2017/1/13 2017/1/13 2017/1/13 2017/1/16 0 【決選投票】 2017/1/11 2017/1/6 2017/1/4 2017/1/11 2017/1/6 30 2017/1/5 30 2017/1/4 40 2016/12/7 40 2016/12/3 50 2016/11/13 50 2016/9/20 60 2016/9/18 60 2016/7/4 バルス アモン (%) 70 バルス モントブール (%) 70 出所:各種世論調査より第一生命経済研究所が作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4 (図表4)フランス大統領選挙の世論調査と投票結果 【2002年初回投票・国民戦線ルペン候補(父)】 (%) 世論調査 世論調査の平均 実際の得票率 18 16 14 12 投票結果 2002/4/21 2002/4/18 2002/4/18 2002/4/18 2002/4/15 2002/4/13 2002/4/13 2002/4/12 2002/4/11 10 【2012年初回投票・国民戦線ルペン候補(娘)】 (%) 20 18 世論調査 世論調査の平均 実際の得票率 16 14 2012/4/2 2012/4/3 2012/4/6 2012/4/7 2012/4/7 2012/4/7 2012/4/11 2012/4/11 2012/4/12 2012/4/12 2012/4/14 2012/4/15 2012/4/16 2012/4/17 2012/4/17 2012/4/17 2012/4/18 2012/4/19 2012/4/19 2012/4/19 2012/4/19 2012/4/19 2012/4/20 投票結果 12 出所:各種世論調査より第一生命経済研究所が作成 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 5
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