Economic Indicators 定例経済指標レポート

EU Trends
次なる標的はオランダ
発表日:2017年1月13日(金)
~寛容なリベラル国家を襲うポピュリズム~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ 3月15日のオランダ下院選挙では、反イスラムを掲げ、難民の受け入れに反対する右派ポピュリズム
政党・自由党が第1党となる可能性が高い。純粋比例代表の選挙制度に阻まれ、反体制派政党が主導
する政権発足は困難との見方が支配的。主要政党は自由党との連立・連携に否定的で、自由党抜きの
連立政権発足を目指すだろう。ただ、自由党抜きでの議会の過半数を確保するには、5党や6党の連
立参加が必要となる。連立協議の難航は避けられず、政治空白が続くまま、4・5月のフランス大統
領選に突入する公算が大きい。自由党抜きの連立協議が暗礁に乗り上げれば、自由党が参加する右派
の連立政権が誕生する可能性も排除できない。その場合も、他党の連立参加で自由党の極端な政策は
薄まるが、金融市場の不安を呼び起こすことになりそうだ。
■右派ポピュリズム政党の自由党が第1党に
今年は欧州の選挙イヤー、その先陣を飾るのが3月15日に行われるオランダの総選挙(下院選挙)だ。
ユーロ圏で5番目の経済規模を誇るオランダは、1958年に6ヶ国で始まった欧州連合(EU)の原加盟国
の1つで、欧州を代表する寛容なリベラル国家として知られる。そのオランダで近年、伸長著しいのが、
右派系ポピュリズム政党の「自由党(PVV)」だ。オールバックの髪型が印象的なウィルデルス氏が
2006年に創設した同党は、政教分離や民主主義などの欧州的な価値観と相容れないとして、強硬なイスラ
ム排外主義を展開。古くは2005年のEU憲法条約否決で存在感を発揮したほか、近年は欧州難民危機、テ
ロへの恐怖、EU懐疑論、反エリート主義の広がりを追い風に、既存政党に不満を覚える国民からの支持
を拡大してきた。反ユダヤ主義や極右思想とは一線を画し、リベラルな価値観の体現に反するものとして、
イスラム、難民、EUなどを目の敵にする。
総選挙を占う最近の世論調査の多くは、現与党第1党でルッテ首相が率いる「自由民主国民党(VV
D)」を抑え、ウィルデルス氏の自由党が第1党となることを示唆している(図表1)。2015年秋の難民
危機後に一段と高まった自由党の支持率は、英国のEU離脱投票後のポピュリズム台頭への警戒もあり、
昨年夏場以降にやや翳りもみられたが、ここにきて再び持ち直している。ウィルデルス氏は昨年12月9日、
2014年に行なった人種差別的な発言を巡って有罪判決を受けたが、同年11月23日の公開答弁後、自由党の
支持率は低下するどころか、かえって上昇している。総選挙に向けた選挙キャンペーンが始まる最中、マ
スコミが連日ウィルデルス氏の過激な発言を報じたことが、宣伝効果につながり、支持率の拡大につなが
っている。トランプ現象は大西洋を渡って欧州にも押し寄せている。
■自由党抜きの連立発足には5党や6党の参加が必要
オランダの下院選挙は、議席獲得に必要な阻止票を設定しない純粋な比例代表制を採用する(1議席÷
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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定数150議席=0.67%が事実上の最低議席獲得票率)。多政党間の協調と合意形成に基づく議会運営が伝統
的なオランダでは(これを多極共存型や合意型のデモクラシーと呼ぶ)、常時10以上の政党が下院に議席
を有している。単独で過半数を獲得できる政党はなく、第二次大戦後の政権は全て連立政権で、3党や4
党による連立はざら、1970年代には5党で連立を組んだこともある。
今回の総選挙で自由党が勝利した場合も、単独での過半数獲得は難しく、主要政党が揃って自由党との
連立・連携に否定的なため、自由党主導の政権は誕生しないとの見方が支配的だ。ただ、自由党の獲得議
席は30以上に達するとみられ、同党抜きで連立政権を発足するには、5党や6党が集まって連立を組む以
外にない(図表2)。「社会党(SP)」や「政治改革党(SGP)」の左右両極は批判政党で連立参加
の可能性は低く、環境政党「緑左党(GL)」や動物愛護政党「動物党(PvdD)」などの連立参加も
選択肢となる。多政党間の連立協議の難航は避けられず、選挙結果が判明した後も、政治空白が続く恐れ
がある。過去の総選挙では投票日から政権が発足するまでに最短で1ヶ月、最長で7ヶ月近く、平均で3
ヶ月近くを要している(図表3)。オランダの政局不安が継続するまま、ポピュリズムの次の標的となる
フランス大統領選挙に突入することになりそうだ(4月23日が初回投票、5月7日が決選投票)。
■連立協議が不調に終われば、自由党の政権参加も
オランダは二院制で地方議会が選出する上院も設置されているが、立法上の権限は下院の方が強く、連
立協議も下院主導で行われる。選出された下院議員は投開票から1週間以内に集まり、政権発足に向けた
協議を開始する。下院議員の代表者(informateur、2012年以前は国王が指名)が、新政権の発足に向けた
連立協議を主導する。連立協議がまとまった段階で、国王が首相と閣僚を任命する。憲法の定めにより首
相と閣僚は下院議員を辞職し、比例名簿に基づき同一政党内から別の候補が繰り上げ当選する。自由党抜
きの連立協議が暗礁に乗り上げた場合、①自由党を含めた連立政権を発足する、②非多数派政権を発足す
る、③再選挙を行なう―シナリオが考えられよう。
それぞれのシナリオについて考察すると、①については、世論調査の結果に基づけば、自由党、自由民
主国民党、キリスト教民主アピール(CDA)の右派系政党が集まれば、過半数の議席を確保する可能性
がある。右派ポピュリズム政党の政権参加は、自由党誕生以前の2002年の総選挙でピム・フォルタイン・
リスト(フォルタイン党)がキリスト教民主アピール主導の連立に加わったことがあるほか、2010年の総
選挙で第3党となった自由党が閣外協力という形で第一次ルッテ政権を支えた。ウィルデルス氏登場以前
のオランダ政界の右派ポピュリストとして国民的な人気を集めたフォルタイン氏は、2002年の総選挙の10
日前に同氏の台頭を危険視した環境保護活動家の手によって殺害。カリスマ的なリーダーを失ったフォル
タイン党は、政権参加後も内部分裂を繰り返し、最終的に解党する。2010年に閣外協力の形で右派政権を
支えた自由党は、政府の緊縮路線に反対し、2012年に政権への協力を取り止めた。今回の総選挙で自由党
は第1党となる可能性が高く、右派の連立政権発足時にはより中心的な役割を演じることが予想される。
他党の連立参加で自由党の極端な政策は薄まるにせよ、金融市場の不安を呼び起こすのには十分だろう。
②については、政権発足当初から非多数派政権だったのは、2010年に自由党が閣外協力した第一次ルッ
テ政権だけだが、過去には一部政党や一部議員の連立離脱で政権が議会の過半数を失ったケースは幾度と
なくある。非多数派政権の存続期間は概して短く、総選挙までの暫定政権という位置づけのものが多い。
③については、過去に連立協議が暗礁に乗り上げて再選挙となったケースはなく、予め定められた手順
はないが、1つの選択肢となる。ただ、再選挙までに自由党の支持率が急落しない限り、自由党抜きの連
立発足は引き続き難航する恐れがある。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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(図表1)オランダ世論調査に基づく政党別予想獲得議席
自由民主国民党(VVD)
労働党(PvdA)
自由党(PVV)
社会党(SP)
キリスト教民主アピール(CDA)
民主66(D66)
キリスト教連合(CU)
緑左党(GL)
50プラス(50+)
(議席)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
前回総選挙
2012/11/18
2013/1/6
2013/5/16
2013/8/25
2014/2/2
2014/3/30
2014/5/25
2014/7/20
2014/9/14
2014/10/26
2014/12/7
2015/2/1
2015/3/15
2015/4/26
2015/6/7
2015/8/16
2015/9/27
2015/11/8
2015/12/20
2016/2/14
2016/3/27
2016/5/8
2016/6/19
2016/8/28
2016/10/8
2016/11/19
0
出所:Peil資料より第一生命経済研究所が作成
(図表2)オランダの政党別予想獲得議席数
(議席)
2012年総選挙
38
41
世論調査の平均
35
24
左派
5 6
中道
3 3
自由党(PVV)
民主66(D66)
50プラス(50+)
労働党(PvdA)
2
政治改革党(SGP)
6
15
自由民主国民党(VVD)
4
緑左党(GL)
動物党(PvdD)
4
キリスト教連合(CU)
9
2
17
13
14
12
キリスト教民主アピール(CDA)
16
1514
社会党(SP)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
右派
注:2016年以降の世論調査の平均値
出所:Peil資料より第一生命経済研究所が作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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(図表3)第二次大戦後のオランダの政権構成
総選挙
政権発足
1946/5/17
1948/7/7
-
1952/6/25
1956/6/13
-
1959/3/12
1963/5/15
-
-
1967/2/15
1971/4/28
-
1972/11/29
1977/5/25
1981/5/26
-
1982/9/8
1986/5/21
1989/9/6
1994/5/3
1998/5/6
2002/5/15
2003/1/22
-
2006/11/22
2010/6/9
2012/9/12
1946/7/3
1948/8/7
1951/3/15
1952/9/2
1956/10/13
1958/12/22
1959/5/19
1963/7/24
1965/4/14
1966/11/22
1967/4/5
1971/7/6
1972/8/9
1973/5/11
1977/12/19
1981/9/11
1982/5/29
1982/11/4
1986/7/14
1989/11/7
1994/8/22
1998/8/3
2002/7/22
2003/5/27
2006/7/7
2007/2/22
2010/10/14
2012/11/5
平均
最小
最大
政権発足ま 政権の継続
首相
での日数
日数
47
766 ベール
31
950 ドレース
-
537 ドレース
69
1,502 ドレース
122
800 ドレース
-
148 ベール
68
1,527 デ・クアイ
70
630 マレイネン
-
587 カルス
-
134 ツェイルストラ
49
1,553 デ・ヨング
69
400 ビースフーフェル
-
275 ビースフーフェル
163
1,683 デン・アイル
208
1,362 ファン・アフト
108
260 ファン・アフト
-
159 ファン・アフト
57
1,348 ルベルス
54
1,212 ルベルス
62
1,749 ルベルス
111
1,442 コック
89
1,449 コック
68
309 バルケネンデ
125
1,137 バルケネンデ
-
230 バルケネンデ
92
1,330 バルケネンデ
127
753 ルッテ
54
- ルッテ
88
897
31
134
208
1,749
連立参加政党(括弧内は議席数、下線は首相の所
属政党、※は閣外協力、網掛けは非多数派政権)
人民(32) 労働(29)
人民(32) 労働(27) 自民(8) キ歴(9)
人民(32) 労働(27) 自民(8) キ歴(9)
労働(30) 人民(30) 反革(12) キ歴(9)
労働(50) 人民(49) 反革(15) キ歴(13)
人民(49) 反革(15) キ歴(13)
人民(49) 自民(19) 反革(14) キ歴(12)
人民(50) 自民(16) 反革(13) キ歴(13)
人民(50) 労働(43) 反革(13)
人民(50) 反革(13)
人民(42) 自民(17) 反革(15) キ歴(12)
人民(35) 自民(16) 反革(13) キ歴(10) 民70(8)
人民(35) 自民(16) 反革(13) キ歴(10)
労働(43) 人民(27) 反革(14) 急進(7) 民66(6)
キ民(49) 自民(28)
キ民(48) 労働(44) 民66(17)
キ民(48) 民66(17)
キ民(45) 自民(36)
キ民(54) 自民(27)
キ民(54) 労働(49)
労働(37) 自民(31) 民66(24)
労働(45) 自民(38) 民66(14)
キ民(43) ピム(26) 自民(24)
キ民(44) 自民(28) 民66(6)
キ民(44) 自民(28)
キ民(41) 労働(33) キ連(6)
自民(31) キ民(21) ※自由(24)
自民(41) 労働(38)
注:政党略称は次の通り。人民=カトリック人民党、労働=労働党、自民=自由民主国民党、キ歴=キリスト教歴史同盟、
反革=反革命党、キ民=キリスト教民主アピール、民70=民主70、民66=民主66、急進=急進派党、
ピム=ピム・フォルタイン・リスト、キ連=キリスト教連合、自由=自由党
出所:『ヨーロッパのデモクラシー改訂第2版』ナカニシヤ出版(2014)を基に第一生命経済研究所が作成
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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