光 子 の 部 屋

大牟田市議会議員
平山光子活動報告
大牟田市原山町1-5
0944-53-1661
自宅
大牟田市倉永1651
0944-58-1252
議 員 か ら年 賀 状 等 の挨 拶 状 を お送 り す
るこ とは、公職選挙法で禁止とされてい
ます 。この会報をもって、新年のご挨拶
に代えさせていただきます。平山 光子
二〇 一七 年、 新たな 年を いか がお迎えで
しょうか。今年は丁酉(ひのととり)の年、
十 二支 や干 支の考 え方 では 、酉の つく年は
商 売繁盛 に繋 がる と考え られ ている そうで
す 。「 戦 火 の な い 安 心 し て 暮 ら せ る 社 会 の
実現」 への 展望 が開け る、 そん な希望の年
になることを願わずにはいられません。
し かし 、 昨年 の 年頭 に も書 き ました が、
今年も この 国の 行方 を懸念 しな がらの新年
となりました。経済最優先、そのためなら、
原発 も武 器も 売り 、カジ ノま で作る 、そん
な政 治では なく 、命 ・く らし・ 次世代に 配
慮した政治を取り戻したいと願っています。
ま た、昨 年、 災害 が少 ないと 言われて い
た熊 本県 が大地 震に 見舞 われ 甚大な被 害が
発生し まし た。 同じく 災害 が少 ないと思っ
て いた 大牟田 市も 、1 月の寒 波と 断水、4
月の地震、6、7月の豪雨、8月の酷暑と、
自然 の猛威 にさ らさ れ大変 な一 年でした 。
二 〇一 七年 が安心 して 暮ら せ、大き な災
害のない平穏な一年になりますように!
平穏で 展望が見える年に
つな ぎあっ て元 気に
謹 ん で 新春 の お 慶 び を
申 しあ げ ま す
まちに元気を
くらしに安心を
子どもの未来に 夢を
平山光子後援会
携帯
www.mitsuko-hirayama.net
フェイスブック
wwwf.acebookc
. om/mtisukoh
. riayama7
.
日本の永住権をとり埼玉県秩父で家具作家として
暮らすダニーさん。
「国のために命を捨てることは美
しい」と教えられたイスラエル
の教育、次々と更新される兵器、
使われる膨大な軍事費・・、次
世代も住める地球を守るには・
・平和や環境への思いを強く持
って全国で講演されています。
「平和と今の日本について」講演
課 題 山積
困りごと・わからないこと
市政相談お待ちしています
今年は篠栗北中学校で開
催、インクルーシブ教育の
分科会に参加しました。関
わって来られた現場の先生
方から活発な意見、県の制
度の中で、インクルーシブ
の理念を生かす特別支援学
級の考えや現場の知恵が出し合われました。
イスラエル人ダニーネフセタイさん
11/25
11/12 福岡県母と女性教職員の会分科会
市 の 体 育 館 は、 昭 和 4 9 年 建 設 さ れ 老 朽 化 し
耐 震 も 問 題 で す 。 市は 、 H 2 6 年 に 建 設 の た め
の 基 礎 調 査 を 行な い ま し た 。 そ れ に よ る と 適 地
は 諏 訪 公園 内 、 サ ブ ア リ ー ナ を 備 え る と 4 3 億
円、サブアリーナ無しでは34億円と多大な建
設費が見込まれています。体育館建設について、
市 で は 市 民 意 見 を 募 集 し て い ま す 。( 1 月 1 6
日まで、詳細は広報おおむた12月15日号を)
総合体育館建設問題
熊 本 地 震 で は 各 地 で 市 庁 舎 が 倒壊 し まし た 。
大牟田市庁舎も昭和11年に建てられており、
急遽前倒しで耐震診断をすることになりまし
た 。 も し 建 て 替 え る と な る と 最 低 で も 60 億 円
の 財 源 が 必 要 だ と い う こ と で す 。( 前 号 で 詳 し
く 報告しています)
庁舎の 耐震は?
R D F 発 電 事 業 か ら H 3 4 年 で撤 退 す る と 県
が 決 定 し ま し た 。 R D F セ ン タ ー ( ゴミ を 固 形
燃 料 化 す る 施 設 ) は H 3 4 年 まで の 延 長 利 用 は
決 め て い ま す が 、 そ の 後 一定 期 間 継 続 し て 使 用
す る の か ( R D F の受 け 入 れ 先 を 探 し 輸 送 す る
必 要 が 生 ま れる ) 新 た な ゴ ミ 処 理 施 設 を 建 設 す
る の か、 市 ( 大 牟 田 荒 尾 清 掃 組 合 ) で は 、 試 算
等を元に、今年 度中に決定します。
ゴミ処理の問 題
大 牟 田 市の 今 後
ホームページ
2017 新年号
光 子 の 部 屋
今年も行動します 学びます 発信します
どうぞよろしくお願いいたし ます
事務所
地域福祉施設、有明ホー
ムの櫟野祭に伺いました。
地元の小学生もゲスト出演
です。利用者さん達、訪れ
た家族の皆さんと楽しそう
です。
[email protected]
渋谷区の子ども総合支
援センターなどを視察。
気になる子(要配慮児)
を早期に支援につなげる
ために、保育園幼稚園の
巡回相談や指導者研修に
力を入れておられました。
原発事故から5年半。避難指示解除が迫る地域に
も、至るところに除染土の山...
(裏ページに詳細を報告)
大牟田市保育園連
盟主催の保育まつり
が開催されました。
来年一年生になる17
園の可愛い年長児さ
ん達が参加し、全力
で頑張りました。
11/19~21 福島学びの旅Ⅱに行ってきました
10/24 保育まつり 諏訪公園で
11/23 櫟野まつり
11/ 9 ~11 市民・教育・厚生委員会視察
090-9077-0226
メールアドレス
後期の活動から
二 〇一七 年 元旦
避難指示解除に向け準備が進む飯舘村で
「いいたてふぁーむ」を訪れました
2017 新年号
毎年、子ども支援や教
育環境の充実を願う署名
を添え、市長さんと教育
長さんに直接陳情し、意
見交換もしています。今
年も2000筆以上の署
名が集まりました。
今年のテーマは議会改
革。議会改革は第二ステ
ージ、チーム議会として
の監視力、政策提言力を
高め、発揮すること。そ
のためには・・ 各地の取
り組みが発表されました。
11/14 母と女性教職員の会 市長・教育長陳情
10/19~20 全国議長会フォーラム in 静岡
11/13 清和文楽公演 大牟田文化会館で
10/16 平和を願い 兵戈無用コンサート
機会があったら清和村
(今は山都町)に行って
観たいと思っていた歴史
ある清和文楽、地元で観
ることができました。
参加者アンケートでも
高い評価を頂きました。
安保法に反対する五月
橋の火曜日と土曜日スタ
ンディング、今も続いて
います。その中から生ま
れた兵戈無用バンドの平
和コンサート。多数の参
加で盛り上がりました。
11月19日~21日 福島まなびの旅Ⅱ
№59
大牟田市議会議員 平山光子 活動報告
福島は今・・・「福島まなびの旅Ⅱ」報告
大震災の被害を伝える活動をしている「浪江
まち物語伝え隊」八島妃彩さん(桑折町に避難
中)に震災当時の大変さを伝える紙芝居を上演
していただきました。
いわき市
「いわき放射能市民測定所たらちね」
食品の放射線検査や内部被曝検査などを行っ
ているNPO法人です。食品が安全なのか調べ
たいという主婦の方々が中心になって立ち上げ
られ、甲状腺や内部被曝の検査、海洋調査など
次第に事業内容を拡大し、現在クリニック開設
に向け準備が進められて
います。事務局長の鈴木
薫さんから詳しくお話を
聞きました。全国からの
募金や団体の支援で運営
されています。「球美の里」
(福島の子ども達のため
の保養施設)の事務局に
もなっています。
いわき市から広野町、楢葉町を通って
富岡町 (一部地域が避難指示解除に向け準備)
さんの
前回 の学 びの 旅で もお世 話にな った白 正一 さ
ん ( 富岡町 役場 元職 員・ いわき 市に避難 生活中)
に 案内して いただ きまし た。途
中、除染 廃棄物 を入れ た大量の
フレコ ンバッ グが随所 に積み 上
げられていました。
白
案内で
二年半前訪れたとき
は、2011年3月11
日のまま時間が止まって
いた富岡駅は、解体され 、
避難指示解除に向け工事が進んでいました。
工事が進む富岡駅前
~二本松市・いわき市・富岡町・浪江町・南相馬市・飯舘村を訪れて~
福島 の各 地で 様々 に活 動し てお られ る皆
さん に直 接会 って、 東日 本大 震災 と福島 第
一原 発事 故か ら5 年半 が経過 した 福島の 現
状と 課題 を知 り、 自分 たち の役 割・現 地と
の連 携の あり 方を 考え る「原 発事 故から学
ぶ実 行委 員会 」主 催の 「ま なび の旅」 は、
20 14 年4 月か ら2 年半 ぶり の企画 でし
た。 総勢 20 名の 参加 で、 11 月19 日~
21日までの三日間、二本松市、いわき市、
双 葉郡の 富岡 町や 浪江 町、 南相 馬市 、飯舘
村を訪れてきました。
二本松市 で
にぎわう なみえ町「十日市祭」
二 本 松 に は 原 発被 害 の 浪江 町 の町 民 がた く さ
ん避 難 中 で す 。 大 牟田 市 にも 話 し に来 て いた だ
い た 橋 本 由 利 子さ ん が 、二 本 松で 再 開 して お ら
れ る「 コー ヒ ータ イム 」
( 精神 障害 者 のため の作
業 所 ) に 伺 い お 会 いま し た。 ち ょ うど 、 浪江 の
お祭り「十日市」が開催され賑わっていました。
各 地 に 避 難 し てい る 方 々が 久 しぶ り の 友達 と 楽
しんでおられました。
2017年4月一部地域の帰還に向け準備中
2017年3月末、一部を除き避難指示解除
飯舘村 「いいたてふぁーむ」
原発事故後殆どの村民が避難している中で村
に住み続けている伊藤延由さん(農業研修施設
「いいたてふぁーむ」主人)に村内を案内して
いただきました。村役場前にあるモニタリング
ポストは、事故翌日に設置され(設置者は文科
省)すぐ線量が測定され始めた、と聞いて驚き
ま した。村 が放射能
で汚染 されてい るこ
とを 村民が 知らされ
た のは一 ヶ月も 経っ
てからです。
除染作業が至る所で
たくさんの露天も並んで
また、再生可能エネル
ギー利用が進む中、これ
を新たなまちづくりに生
かしたいと2013年3
月えこえね南相馬研究機
構を立ち上げた。原発事故後生かされない農地
と太陽光発電の共存を目指し復興のバネにした
い」
お話の後、太陽光発電設備が屋根のように高
く張り詰められた農地を見学しました。
たらちね
続くフレコンバッグの山
村民救済申立団団長の長谷川健一さん(酪農家)
と 、 福 島 市 で 、 故 郷の 食 文化 を 伝 え元 気 にな ろ
う と 「 か ー ち ゃ ん の力 ・ プロ ジ ェ クト 」 を開 設
し て お ら れ る 渡 邊 と み子 さ んか ら も 思い を 伺い
ました。
福島県のHPより
緑色と黄色の部分が帰還に向け
準備が進められています
「福島学びの旅Ⅱ」を終えて
今回 の学びの 旅でもた くさんの 方にお会
い しま した 。避 難先 で新 たな 活動 を始め、
も うふ るさ とに は戻ら ない と言 われ た橋本
さん 、渡 邊さ ん、 白 さん 。ふ るさと の再
生の ため に民 間企 業を辞 め、 戻っ て役場 職
員 にな った と話 され た大 柿さ ん、 地元で新
た な事 業や 活動 に取 り組 まれて いる 鈴木さ
ん、 高橋 さん 、伊 藤さ ん、 長谷 川さん 、お
会い した 皆さ ん方 が、 様々 な困 難の中で も
前 を向 いて 生き てお られ るこ と、 そして 、
原 発事 故か らも う5 年半 とい う歳 月が過ぎ
ていることを強く感じました。
今回 もお会い した多く の皆さん から「来
て くれ てあ りが とう 」と いっ てい ただき ま
し た。 原発 事故 でそ れま での 生活 を奪われ
た 福島の 方々 の想 像を 絶す る長 い困 難も、
日々 の忙 しさ の中 で、 とも すれ ば頭か らだ
いぶ 離れて しま って いる 私で す。 訪れて 少
し でも 福島 の方 々の 思い に触 れる ことは、
同 じ時 代を 生きる 私た ちの 責任 では ないか
と改めて思いました。
渡邊さん
浪江町へ
住民の帰還に向けて、立派な役場内には帰町
準備室が設けられていました。
役場の若手職員生活支援課の大柿光史さんか
ら、帰還困難区域を案内いただき、役場に戻っ
て 、 広 域 避 難 の 状 況 や 帰町
に向けた取り組みなどにつ
いてお話を聞きました。そ
の後、仮設商業店舗や駅前
通りを見学しました。来年、
どれくらいの住民が戻られ
るのでしょうか。
南相馬市
長谷川さん
多くの支援で運営されている
村内の至る所にフレコン
バッグの山、
一個の重さ1.
6トン、村内に230万個
あるそうです。
「までいの力」で紹介され
た美しい村は、すっかり姿
を変えていました。
いいたてふぁーむについて、約3000人の
村民をまとめ、原子力損害賠償紛争解決センタ
ー(ADR)に救済申立を行っておられる飯舘
いいたてふぁーむ
浪江の子ども達も元気に
まち・なみ・まるしぇ
ここには「除染研究所」の看板もありました。
所長の高橋荘平さんから次の
ようなお話を伺いました。
「長年この町で産婦人科医院
を開業したくさんの子どもを
取り上げた父の『子どもを守
りたい』という思いで始め、
除染されていく町の放射線量
や 内部 被曝を 測定し ている 。
除 染研究 所内で
仮設商業店舗
浪江まち物語伝え隊の上演
飯舘村役場前
橋本さ ん(右)、町の
職員さんもお手伝い
大柿さんの案内で町内へ
「えこえね南相馬研究機構」
立派な浪江町役場