稲田防衛大臣による フランス軍事学校戦略研究所

(仮訳)
稲田防衛大臣による
フランス軍事学校戦略研究所(IRSEM)講演
「流動化する国際安全保障環境と日欧防衛協力」
平成29年1月6日
【冒頭挨拶】
本日、パリで講演できる機会を頂き、ジャンジェーン・ヴィルメ所長をはじめと
するフランス軍事学校戦略研究所及びフランス国防省のみなさまに感謝申し上
げます。世界で最も美しい都市とされるこのパリを年初に訪れることができ、嬉
しく思います。
欧州には、これまでにも何度も訪れたことがありますが、私が昨年8月防衛大臣
に就任してからは、初めての訪問となります。2013年には、クールジャパン
戦略担当大臣としてパリを訪問しました。その際は、日本文化を紹介する「Tokyo
Crazy Kawaii Paris」というイベントに出席し、ゴシックロリータファッション
で日本のポップカルチャーの一面をアピールさせていただきました。フランスで
は日本の漫画やアニメなどのポップカルチャーの愛好家が多いと聞いていまし
たが、その関心の高さに驚くとともに大変誇らしく感じました。さすがに今回は
防衛大臣ですので、ゴシックロリータファッションは控えさせていただきます。
本日、日本の防衛大臣としてみなさまにお伝えしたいのは、一つは、欧州、東ア
ジアを取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているということ、それからもう一
つは、今ほど日本とフランスをはじめとする欧州諸国との安全保障・防衛面での
協力強化の重要性が高まっている時はない、ということです。
本日午後、ここパリで予定されている第3回目となる日仏外務・防衛閣僚会合「2
+2」においても、この日仏間の安全保障・防衛面での協力を如何に強化してい
けるかが主要なテーマとなります。昨夜、ル・ドリアン国防大臣とも本件につい
て突っ込んだ議論を行い、パリの前に立ち寄ったブリュッセルでも、ストルテン
ベルグNATO事務総長との間で日NATO協力強化の重要性を確認しました。
【流動化する地域・国際安全保障環境】
日欧間の防衛協力強化の必要性について述べる前に、我々がどのような地域・国
際安全保障環境に置かれているのかについて、簡単に触れたいと思います。
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今回、私が訪問したパリとブリュッセルでは、この約1、2年の間に、多数の罪
のない人々の命を奪った忌々しいテロ事件が発生しました。このような卑劣なテ
ロは平和と繁栄という人類共通の価値への挑戦であり、如何なる理由でも許され
ません。全ての犠牲者及びその御家族の方々に心から哀悼の意を表します。IS
ILをはじめとする暴力的過激主義は、このような多数の一般市民を巻き添えに
するテロ事件を引き起こすとともに、中東や北アフリカ等の政情が不安定で統治
が脆弱な地域を拠点にその活動を活発化させています。
さらに、グローバル化による国際テロ組織による大量破壊兵器の取得の可能性の
増大は、引き続き国際社会の重大な懸念となっています。また、近年の科学技術
の進歩は、宇宙空間やサイバー空間といった人類の新たな活動領域を作り出すと
ともに、新たなリスクや脅威も生み出しています。
現在、このような新たな脅威への対処が求められていると同時に、国家等を主体
とする伝統的な安全保障上の課題も依然として存在しています。欧州にとって、
現在のウクライナ情勢は、冷戦後最大の挑戦の一つといえます。また、シリア危
機は、喫緊の人道問題であり、中東や欧州のみならず、国際社会の安定を揺るが
しています。
アジア太平洋地域の安全保障環境も、一層厳しさを増しています。北朝鮮は、国
際社会の警告を無視し、昨年2度の核実験を強行し、20発以上の弾道ミサイル
を発射しました。こうした北朝鮮の軍事動向は、地域及び国際社会の安全にとっ
て新たな段階の脅威となっていると考えます。また、東シナ海及び南シナ海にお
ける、力を背景とした一方的な現状変更の試みも、国際社会共通の懸念事項とな
っています。東シナ海では、公船による尖閣諸島周辺海域での領海侵入が継続し
ており、強い懸念を有しています。大規模な埋め立てや拠点構築を含む南シナ海
の問題に関しては、ASEAN加盟国と中国の対話を歓迎しますが、対話は、国
際法に基づき、かつ、現場における非軍事化と自制が確保されることを前提に行
われるべきです。同時に今後、国連海洋法条約(UNCLOS)を含む国際法に
基づき、南シナ海を巡る紛争が平和的に解決されることを期待しています。
私は、今日の国際秩序の基盤の一つとなってきたのは、法の支配の概念であると
確信しています。もちろん、如何なる国であろうと、国益を追求するのは自然な
ことです。しかし、国際法等のルールに基づかず力を用いて国益を追求すること
となれば、各国の国益は不可避的に衝突し、状況によっては武力紛争に至ってし
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まうことすら考えられます。この法の支配は、国内において公正・公平な社会を
実現するために不可欠なものですが、国家が平等な主権の下で友好的に共存する
国際社会においてもその秩序を維持するため必須のものと考えます。
【同盟国及びパートナー国との協力強化】
私からもう一つ強調したいのは、今日の国際安全保障環境において、もはや一国
のみで自国の安全を守ることは不可能だということです。今、必要とされている
のは、各国が内向きになることではなく、健全な国際協調主義に基づき、協力し
合うことです。日本は戦後70年以上にわたり、平和国家としての道を歩んでき
ています。今日の日本にも、これまで歩んできたこの道を踏まえながらも、国際
協調主義に基づく、より積極的な役割が求められています。このような認識の下、
昨年、日本では平和安全法制が施行されました。
日本はこれまでも、様々な国際平和協力活動を通じ、国際社会の平和と安定に貢
献してまいりました。現在は南スーダンのUNMISSに陸上自衛隊施設部隊約
350名を派遣しており、世界の平和の維持において重要な役割を果たしてきて
おります。平和安全法制の施行により新たにいわゆる「駆け付け警護」が可能と
なり、昨年末、日本政府はUNMISSに派遣している施設部隊に対しこの新た
な任務を付与致しました。日本としては「積極的平和主義」の旗の下、これまで
以上に国際社会の平和と安定に貢献してまいります。
複雑化する安全保障上の課題に対処していくためには、自らの防衛力の整備を行
うとともに、同盟国及びパートナー国と協力していくことも必要です。間もなく
米国で新政権が発足しますが、日本にとって、日米同盟が安全保障の基軸である
ことは一切変わりません。欧州にとっても、NATOは欧州と米国を結ぶ重要な
同盟システムだと理解しています。米国が国際社会における中枢的なプレーヤー
として、世界の平和と安定に関与し続けることは日欧双方にとって極めて重要で
す。
日本と欧州は、自由、民主主義、法の支配、人権といった価値を共有しています。
我々は、言語や文化は違えども、今申し上げたような同じ価値観に基づいて話し
ます。基本的価値を共有し、世界の平和と安定のために貢献する意思と能力を有
する日本と欧州が共通の課題に対処するために手を携えて協力することは必然
とも言えるでしょう。日本と欧州の協力を進めることは、米国との関係を補完し、
国際秩序の維持の基盤を成すものとなります。
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【日欧防衛協力の将来】
日本と欧州の間では、これまでも共同訓練、防衛装備・技術協力、サイバー等の
幅広い分野で多くの具体的な安全保障・防衛協力を推進してきています。安倍総
理が2014年に北大西洋理事会(NAC)で演説を行った際、NATOは基本
的な価値を共有する「必然のパートナー」に留まらず、具体的な行動に裏付けら
れた「信頼できるパートナー」であると述べました。今回、私がブリュッセルを
訪問してストルテンベルグNATO事務総長と会談した際も、この点を強く感じ
ました。
日本とNATOさらにはEUとの協力の一例として、ソマリア沖・アデン湾にお
ける海賊対処活動があります。日本とNATO・EUが活動を開始したばかりの
2009年には、年間海賊等事案発生件数は200件以上、拘束された乗員数は
800名以上にも上りました。翌年(2010年)には、拘束された乗員数は1
000名を超えることとなりました。しかし、日本と欧州をはじめとする国際社
会の取組みにより、2016年には事案発生件数をわずか1件、乗っ取られた船
舶数及び拘束された乗員数を0に留めることができました。これは、一国ではな
し得ないことであり、緊密な連携の賜です。
日本は欧州各国とも防衛協力を推進してきました。特に、ここ数年、フランスと
の間では、防衛協力・交流は大きく進展してきました。情報保護協定、防衛装備
品・技術移転協定、「2+2」といった協力・対話の「枠組み」を整備しつつ、
共同訓練、防衛装備・技術、部隊間交流、宇宙、サイバーといった、幅広い分野
において実質的な協力を推進してきました。
フランスは、欧州の一員ですが、太平洋国でもあります。欧州諸国の中で、ニュ
ーカレドニア及びフランス領ポリネシアに基地を有するフランスのみが、アジア
太平洋地域に常続的な軍事プレゼンスを保持しています。その一端を担うニュー
カレドニア駐留仏軍が毎年主催している人道支援・災害救援(HA/DR)等に
関する多国間訓練には、2014年から自衛隊が正式参加しています。
昨年、ル・ドリアン国防大臣がシャングリラ会合で行ったスピーチは印象深いも
のだったと考えます。ル・ドリアン大臣は、法の支配に基づく紛争の平和的な解
決の重要性を訴えつつ、南シナ海の問題は、欧州の経済的利益という観点のみな
らず、欧州が掲げるべき「責任ある多国間主義」にも関わる問題であるため、欧
州へも直接の影響を及ぼすものであると明言されました。また、その上で、欧州
諸国の海軍にこの地域での「常続的かつ目に見える」プレゼンスを示す策を提案
することに言及されました。私は、これをフランスの大国としての矜持であると
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思っており、南シナ海の問題に直面するアジア太平洋の一員として心強く感じて
います。
日英防衛協力もここ数年目覚ましく発展してきました。昨年(2016年)は、
英国からタイフーン戦闘機部隊が訪日し、航空自衛隊との間で共同訓練を実施し
ました。航空自衛隊が日本を拠点として米国以外の国と共同訓練を行う初めての
事例であり、日英防衛協力を新たな段階へと高めるものとなりました。
フランスや英国といった法の支配を標榜する欧州諸国がアジア太平洋地域にお
いてその関与を強めることは、重要な意義を有するものであり、日本として大い
に歓迎しています。約3年前にクールジャパン戦略担当大臣としてパリを訪問し
た際、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の一環として日本への訪問を声を
大にして訴えかけさせていただきましたが、まさかこのような立場で同じように
日本訪問を促すことになろうとは、思ってもいませんでした。
その他の欧州諸国とも、防衛当局間の協力を強化しています。ドイツとの間でも、
昨年(2016年)、統合幕僚長が初めてドイツを訪問するなど、様々なレベル・
分野で交流が進展しています。オランダとの間においては、昨年(2016年)
12月に国防大臣が12年ぶりに訪日し、防衛協力・交流に関する覚書に署名し
ました。
なお、偶然ではありますが、今挙げたドイツとオランダの国防大臣は、私と同様、
女性です。安全保障・防衛の分野の第一線で、女性が重要な役割を担っているこ
とを心強く感じています。
【おわりに】
ここ数年、日本と欧州の防衛協力は大きく進展してきました。しかし、この関係
はまだまだ始まったばかりです。
グローバリゼーションは、国境を越える脅威を顕在化させることとなりましたが、
それと同時に、志を同じくする国や人々を結びつけることとなりました。グロー
バリゼーションは、新たな課題を生み出すと同時に、それに対処するための手段
も生み出しました。地理的な距離はあれども、基本的価値を共有する日本と欧州
が協力できる余地はまだまだあると確信しています。
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日本と欧州諸国は、長い歴史を持ち、伝統を重んじる国であるとともに、状況の
変化に応じて新たな伝統を創造することのできる国です。今日の秩序の礎となっ
ている「法の支配」という伝統を守りながらも、それを堅持していくための新た
な協力の枠組みをともに創造していくため、欧州諸国との協力を深めていくこと
を楽しみにしています。
ご静聴いただきありがとうございました。
(了)
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