高卒就業者の3年以内離職率50%の原因に切り込む

トピックス
高卒就業者の3年以内離職率50%の原因に切り込む
〜同じ目線に立つからわかること〜
こ
ばやし
ひさ
のぶ
*
小 林 久 展
1.建設業の人手不足
建設業はかつて経験のない人手不足に陥ると予測
できたのは高卒就業者の半数が3年以内に離職して
いる現状である。
され、将来にわたる社会資本の品質確保と適切な機
就職して25年が経過している私の世代では同級
能維持を図るためには、建設業の将来を担う若者の
生のほとんどが永久就職する時代であったので、脱
入職・定着を促し、人材を確保することが最重要課
ゆとり世代とのジェネレーションギャップは推測す
題とされている。そこで、処遇改善を中心とした担
らもできない状況である。「とにかくじっくり聞く
い手確保・育成対策と生産性の向上に取り組み、建
しかない」そこで、市内の技術系高校の先生をご紹
設業が若者にとって魅力ある職業となるように、国
介いただき事業がスタートする。事前打合せに行く
や全国の自治体で対策事業を展開している。
と先生は今の高校生の現状を話してくれた。
2.国のレポートは静岡市でも通用するのか?
4.先生からは「就業規則の改善」
担い手確保・育成事業を進めるうえで国土交通省
専門性が高い技術系高校でも、在学中から建設業
の「建設産業の再生と発展のための方策」の提言や
に進むと決意のある生徒は就職希望者(進学希望者
「担い手確保・育成検討会」の議事は、諸問題点の
と就職希望者に分けて進路指導を実施)中の1割程
原因をキメ細かく探求しているので、担い手確保・
度。自分の将来像のない9割の生徒たちに熱を込め
育成の事業を進めるうえでブレないために立ち戻る
て「建設の魅力」を叩き込むのが勝負なんだ!と先
べき有効な資料である。
生は力強くお話しされていた。
しかし、
「不調不落が深刻ではない静岡市でも全
お話を聞くまでは、離職率を低減させるカギは3
く同じことが言えるのだろうか?」疑い深い私は直
Kイメージの払拭だろうと安易に考えていたが、今
ぐにそう思った。もちろん全国統計データと同じよ
の生徒たちは、永久就職ができ、モノ作りの楽しさ
うに静岡市においても建設業の若者不足は顕著であ
を感じられる「建設」より、友人と同じ余暇を取る
るが、担い手確保育成事業は子ども達に熱く語って
ことを優先させ、たとえ厳しい就業体制(3交代な
仕事への夢を持たせる啓発事業であるから効果が出
ど)であっても、むしろそちらを選択するとのこと。
るまでに必要な時間と労力は尋常ではない。しっか
「やり甲斐よりも自分のライフスタイル」を重視す
りと関係者にリサーチしてから「これで良いんだ!」
る時代。そして、学校がモチベーションを持たせて
と自信を持って担い手確保育成事業を進めようと決
建設業に送り込んでも、やり甲斐や楽しさを理解す
意した。
る前に辞めてしまうのが非常に残念であるとおっ
しゃられていた。
3.ジェネレーションギャップ
担い手確保育成事業を着手して直ぐ目に飛び込ん
*静岡市 技術政策課 技術・企画グループ 054-221-1010
月刊建設16−09
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5.与えられた時間は50分
先生との打合せによって講義のイメージを作り上
げてから、どのように高校生の「生の声」を引き出
はしたなくなかったので、高校生らしい自由な発想
と創造性豊かな発表を促すために発表方法にも工夫
を凝らした。
すかの検討を行った。時間は授業一コマの50分。
各グループに1分間のTVコマーシャルが与えら
短い時間内にいかに生の声を引き出すかという非常
れたので、社長(あなた達)らしいアピールで若い
にプレッシャーの掛かる企画であった。
人たちに呼びかけてください!というスタイル。こ
まだ就職についてボヤっとしかイメージしていな
れが高校生たちのモチベーションに火をつけたのか、
い高1の2月を過ごしている生徒たちに、将来像を
抑制できない程の活発な意見が出され、TVコマー
想像させ、数年後に働いている自分の姿をイメージ
シャル風の発表では、自分たちの想いをラップに込
させなくては、建設業に対する不安や要望は出てく
めて歌うなど、伸び伸びとした発表が展開された。
るわけがない。そこでアンケートを実施して自分の
将来を想像させてから講義に参加するように準備を
していただいた。
7.処遇改善の声に隠れ貴重な意見も!
国が、担い手確保・育成事業の中心は「処遇改善」
としたとおり、グループ討議では「休み、給与、勤
務地などを改善しなくちゃ今の若い人たちは集まら
ないぜ!」と今の若い子代表の高校生たちが社長の
気持ちになって発言し、「職業決定においてもライ
フスタイル重視」の主張が中心であった。やはり先
生の言うとおりだなと感じていると、予想をしてい
なかった発表に驚かされた。まさか、公務員採用試
験が高校生の就職活動を混乱させているとは…。
写真−1 社長として雇用力のある会社に変貌させ
説得力ある雇用 PR を班別検討
8.公務員採用試験制度による就職難民発生
高校では、就職希望者を「民間組」と「公務員組」
6.6人グループに分かれディスカッション
ブレーンストーミングの言葉すら知らない高校生
を取得せずに公務員試験を受験するように指導して
相手に「課題の説明→意見出し→集計→発表」を
いた。しかしこれが悪さをしていた。公務員採用試
50分で成果を出すために、市職員を各班にファシ
験の合否発表が11月の終わりごろと比較的遅いた
リテータとして配置して講義スタート。グループ討
めに、不合格と分かってからの就職活動や進学活動
議のお題は「今年あなたが社長になった会社に新た
が難しいことが高校生から打ち明けられたのである。
に10人の若者を雇用するためには会社の就業規則
また、近隣市町村の採用試験日が異なっていること
(処遇含む)をどう改善させるのか」という内容。
から、優秀な受験者が多数の行政庁の内定を取得し、
雇用者側の立場からも考えてくれるかな…なんて期
最終的には就職先を一ヵ所に決めなくてはいけない
待を込めてのお題である。
ので、複数の市町村で採用予定人員の確保ができな
グループ討議ではありがちな「ウチの班では○○
の意見が出て◇◇な対応策を考えた」という発表に
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に分けて就職活動させ、公務員希望者は民間の内定
月刊建設16−09
くなる現象を生み出していた。
トピックス
9.処遇改善以外にも多くの悩み
建築学科では高卒求人がなく、ご家庭の都合で県
外に進学できない生徒たちは、県内に建設系大学が
ない現状が相乗し、仕方なく「建築」を諦めて一般
職に進んでしまっている現状を教えてくれた。
頭に、人事担当、女性活躍担当、人口問題担当など、
建設業だけではない多岐にわたる責任者が出席し、
高校生の訴えを真摯に受け止めたのである。
どの高校生もグループ討議では思ったとおりの意
見が発せられたと思うが、みんなの意見を集約して
また、最近騒がれている建設業での女性活躍につ
発表する代表7名の高校生には大きなプレッシャー
いては、求人している会社が私たちに何を期待して
であったと思う。そして自ら願書を出す立場である
いるのかが伝わってこないと、同じ女子でも男勝り
ので、訴えの発表は勇気の要ることであったが、若
の子も居れば、設計技術の優れた子もいて、結婚観
い感性で工夫をこらして「私たちの想い」を主張し
や子育ての家庭環境など人それぞれなので「女子採
てくれた。
用」って表記だけで飛び込んでいけないと女性なが
らの訴えもあった。
特別会議が終わってから高校生に感想を聞くと、
今まで感じていたことであるが、主張できる場所が
なく、受験者側にはその主張権利がないと思ってい
10.伝えなくては駄目だ!の衝動
高校生の「生の声」を聴取したのは、高卒就業者
たので、今日は凄く気持ちよく話ができた!と素敵
な笑顔が見られた。
の3年以内離職率50%の原因を聞き出し、これか
ら着手する静岡市における担い手確保・育成事業の
12.おわりに
裏付けデータを入手するためであった。しかし「生
高校生のこの晴々した笑顔は、建設業界や市担当
の声」には、受験者の切実な訴えがあることに気づ
者を動かすとともに、この特別会議に携った全ての
き、裏付けするデータに留めず、公務員試験担当者
高校生たちが建設業の変貌に期待をしてくれるきっ
や建設会社の就職担当者などにしっかりと伝える必
かけになってくれたと思う。そしてこの期待は離職
要がある!という衝動に駆られたのである。
率の低減に繋がってくれると信じている。
公務員試験に補欠合格を設けさせよう!とか、惜
しくも公務員試験に不合格だった優秀な学生が12
月初旬に就職先を求めていることを民間に認識して
もらおう!や、女性をどのように採用したいかハッ
キリさせる運動!など、市内人口を減らさないため
にも高校生就職を増やす活動は先ずは市からで
しょ!と参加した市のスタッフからは高校生の想い
に動かされたのか、多くの意見が出てきた。
11.静岡市建設業担い手育成産官学特別会議
市スタッフの「伝えなくては!」の熱い想いが形
写真−2 静岡市建設業担い手育成産官学特別会議の様子
同じ目線に立つことでいろいろなことに気づく。
建設業に携る全ての方に魅力ある建設業へと変貌し、
となり、建設業を志す高校生が、業界に対する期待
これからの若い人たちの生活スタイルに調和できる
や不安を、建設業界のTOPと行政に直接伝える特
建設業の実現の先ず第一歩は、膝を畳んで同じ目線
別会議を初開催。行政からの参加者は、副市長を筆
で話を聞くことから始まるように思う。
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