資料を収集し,活用する力の育成 〜日常生活における課題の分析

資料を収集し,活用する力の育成
〜日常生活における課題の分析を通して〜
西 川
荒川区立第三中学校 1.研究のねらい
慶 介
資料を収集し,それを活用する力を育成す
急速に発展しつつある情報化社会において
るためには,授業で取り上げる課題が重要で
は,確定的な答えを導くことが困難な事柄に
あると考えた。我々は,その課題の条件とし
ついても目的に応じて資料を収集して処理し,
て,以下の(1)〜(4)が必要であると考えた。
その傾向を読み取って判断することが求めら
れている。
この領域では,そのために必要な基本的な
方法を理解し,これを用いて資料の傾向をと
らえ説明することを通して,統計的な見方や
考え方及び確率的な見方や考え方を培うこと
が主なねらいである。なお,ここでの資料と
は,様々な事象から見いだされる確率や統計
に関するデータのことである。我々の日常生
活においては,不確定な事象について判断し
なければならないことが少なくない。その際,
資料を活用することで導かれる情報に基づい
て適切に判断することが必要である。
(1)課題が生徒にとって身近な題材で,調べる
ことに興味や関心を感じるものであること。
(2)資料を収集する方法が,家で調べる,特定
の場所に行って調べる,インターネットを利
用する等,多様な方法があること。
(3)統計処理をするときに,コンピュータを活
用すると効果的であり,そのことで資料の傾
向を分析しやすいものであること。
(4)統計処理をして,その結果を判断するとき
に様々な判断基準があること。
上記のような条件を満たす課題として,
「昼食を外食にするとエネルギー量が高いと
この領域の名称を「資料の活用」としたの
いうのは本当だろうか。」という題材を考え
は,これまでの中学校数学科における確率や
る。そして生徒との話し合いの中で,その課
統計の内容の指導が,資料の「整理」に重き
題解決として,生徒が給食のない休日によく
を置く傾向があったことを見直し,整理した
利用するファストフード店で昼食を食べたと
結果を用いて考えたり判断したりすることの
きのエネルギー量について考えることにした。
指導を重視することを明示するためである。
資料の活用の指導では,今まで以上に整理
して終わるのではなく,日常生活や社会にお
ける課題を取り上げ,それを解決するために
必要な資料を収集し,統計処理をして資料の
傾向を分析する指導が大切であると考えた。
そこで,資料を活用する力を育成すること
【課題】
昼食を外食にするとエネルギー量が高いと
いうのは本当だろうか。
以上の課題を解決するため指導案を作成し
た。
3.指導案
をねらいとした学習指導案を作成し,実践・
(1)単元 資料の活用(10 時間)
研究することにした。
(2)単元の学習目標(省略)
(3)授業展開:9 時間目 10 時間目
2.研究の内容
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導入
主な発問 T:
予想される生徒の反応 S:
指導上の留意点
展開 ②
展開①
まとめ
① 身近な話題から
T:土曜日のお昼はどのようなと
ころで昼食を食べますか。
S:ファミリーレストランで外食
します。
S:コンビニでお弁当,カップラー
メン,おにぎりなどを買って食
べます。
S:ファストフード店でハンバー
ガーを食べます。
T:今日はファストフード店で食
べるとして考えよう。
ファストフード店で昼食を食べ
たときのエネルギー量は高いの
だろうか。
S:外食はエネルギーが高いと聞
いたことがあります。
S:ファストフードをよく食べる
人は太る傾向にあると思う。
S:自分に合わせてメニューを考
えるから高いとは限らない。
② 課題について
T:まずは資料を集めます。これ ○同じ条件でメ
からメニュー表を配付します。 ニューを選ぶこ
食べたいものを自由に選んでく と を 意 識 さ せ,
ださい。
金額については
T:エネルギー量の一覧表を配付 制限しない。
します。選んだメニューのエネ
ルギー量を計算しよう。
○各自の合計エ
T:エネルギー量の一覧表や選ん ネルギーをワー
だメニューの合計エネルギー量 クシートに記入
を見て,気づいたことを発表し させる。
てください。
S:ハンバーガー 1 個のエネルギー
量は高いです。
S:ポテトの L と S じゃ全然エネ
ルギー量が違います。
S:飲み物にはエネルギー量が 0 の
ものもあります。
③ 資料を収集する。
T:クラスの傾向を調べるにはど
うすればよいだろうか。
S:多数決をとればわかります。
S:度数分布表を作ってヒストグ
ラムを作れば見てわかります。
T:クラスの資料を収集してワー ○各自の合計エ
クシートに記入しよう。
ネルギーを発表
④ 資料を整理する。
しクラス分の資
T:クラスで集めた資料をもとに 料をワークシー
度数分布表やヒストグラムを作 トに書き込む。
成し代表値を求めてみよう。
T:作成した度数分布表とヒスト ○度数分布表に
グラムから何がわかりますか。 ついては,階級
S:2000kcal 以上の人もいます。
の幅は各自で決
S:極端に多い人と極端に少ない めさせる。
人がいます。
S:選び方によって合計エネルギー ○ 階 級 の 幅 に
も全然違います。
よって資料の傾
S:もっと分析すればよく食べて 向が変わること
いるものがわかります。
にも気付かせる。
T:ではみなさんの作成したワー
クシートを見て,どのようなこ
とに気づきましたか。
S:階級の幅によってヒストグラ
ムの様子が違います。
S:階級の幅は 200kcal 位が,傾向
をつかみやすいです。
⑤ 資料を整理して判断する。
T:ヒストグラムや代表値を調べ
てどのようなことがわかります
か。
S:エネルギーは 1200 〜 1400kcal
になった人が多いので,最頻値
は 1300kcal になりました。
S:2000kcal 以上の人もいます。
S:最小値は 524kcal です。
S:平均値は 1304.8kcal です。
S:最大値は 2365kcal です。
S:中央値は 1195kcal だった。
T:ではクラスのエネルギー量の
傾向を知るためには,どの代表
値を使えばよいですか。
S:平均値が全体の中心だから,代
表値として適しています。
S:背の順のように高い低いの真
ん中,すなわち中央値が代表値
になると思います。
S:多数決のように,クラスの代
表としては一番多くの人がいる
階級の最頻値が代表値として適
しています。
T:いろいろな考え方があり,こ
のヒストグラムはばらつきが
ありますが,正規分布に近い形
をしているから,どの代表値も
近くにあるため,考えやすいか
もしれません。ただ,正規分布
しない場合,例えば,男子と女
子と分けて資料を整理して作っ
たり,あるいは運動部と文化部
に分けて資料を整理して作った
りすると,代表値の考え方は変
わってきます。
T:みんなのエネルギー量をみて
みると,数値にばらつきがある
ようだけど,昼食を外食にする
とエネルギー量が高いというの
は本当だろうか。
S:エネルギー量は 1000kcal を超
える人が多いから高いです。
S:高い人も多いけど,あまり食
べない人もいるから難しい。
T:いろいろな意見があるため課
題を解決するためには何が必要
だと思いますか。またこのばら
つきが正しいかどうかどのよう
に判断すればよいですか。
S:基準になるものが必要です。
S:もっとたくさんの資料を集め
る必要があります。
T:中学校 1 年生の 1 回の食事の
エネルギー摂取量を考えたとき
に,何を基準として,比較すれ
ばよいだろうか。
また,どのように調べればよい
だろうか。
S:インターネットで調べます。
○傾向を調べる
ために最適と思
われるヒストグ
ラムを考える。
○代表値のほか
に,最大値,最
小値についても
考えさせる。
○生徒が作った
ヒストグラムを
示す。
○階級の幅を変
えたヒストグラ
ムも示す。
○クラスのエネ
ルギー摂取量の
傾向を考えると
きに,代表値に
どのような意味
があるか,考え
させる。
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S:給食が標準なのでは。
S:本で調べます。
S:保健の先生に聞いてみます。
⑥ 学年全体の資料を整理する。 ○同様に資料を
T:学年全体の資料を配布します。 整理する。
T:基準となる数値をヒストグラ
ムに記入し,調べた結果から判 ○今回は,資料
断して,ファストフード店での の 数 も 多 い た
昼食について,わかったことを め,パソコンを
ノートにまとめなさい。
使用する。ソフ
⑦ 資料の傾向を読み取り,説明 トの使用の仕方
することができる。
を説明する。
T:では,課題についてまとめた
ことや,今日調べてわかったこ ○パソコンで作
とを発表してください。
成したヒストグ
S:厚生労働省のホームページで ラ ム を 印 刷 し
調べたところ中学校 1 年生の 1 ノートに貼る。
日の標準エネルギー摂取量は男
子 2500kcal, 女 子 2250kcal 程 ○中学校 1 年生
度が適しているそうです。三食 の 1 日の標準エ
に分けると一回あたりのエネル ネルギー摂取量
ギ ー 摂 取 量 は 男 子 833kcal, 女 は,厚生労働省
子 750kcal 程度のため,それを の基準では男子
基準にすると超えている人が多 2500kcal, 女 子
く見られました。
2250kcal 程度が
S:給食の献立表から,ファスト 適していること
フードと同じように,パンの日 を示す。
だけを取り出して,比べてみま
し た。 パ ン だ け の 日 は 一 ヶ 月 ○学校給食のエ
間 で 4 回 あ り ま し た。 最 大 値 ネルギーは 1 日
864kcal で最小値 754kcal で,平 のエネルギー摂
均は 816kcal でした。これを基 取量を 3 等分し
準とすると,超えている人が多 て 850kcal 程 度
く見られました。
になることを説
T:それぞれの発表がありました 明する。
が質問や意見などありますか。
S:厚生労働省の基準はあくまで ○ファストフー
も基準であって,運動をする人 ド 店 の エ ネ ル
としない人とでは,エネルギー ギ ー 量 だ け で
摂取量は変わってくると思うの なく塩分量につ
で,一概に取りすぎとは言えな いても考えさせ
いのではないか。
る。
S:給食のパンの日だけだと 4 日
間しかないので資料としては少 ○ファストフー
ない。同じくらいのデータが必 ド店は低価格で
要か,あるいはパンだけでなく はあるが高エネ
全体の平均から考えても良いの ルギーまた塩分
ではないか。
量が多いことや
S:ファストフードはエネルギー 栄養素に偏りが
だけでなく,栄養素についても あることにも気
考えると,健康的な生活に必要 付かせる。
なものが,見えてくるのではな
いか。
T: エ ネ ル ギ ー 量 が 多 す ぎ た り,
極端に少なくなったりするのは ○今回収集した
問題だが,成長する中学生の体 資料を男女別や
の健康のことを考えると,成分 運動部と文化部
を分析して考えることは大切に で分けたり,栄
し な け れ ば な ら な い。 今 回 は 養素などで分類
ファストフードについてのエネ などすると,さ
ルギー量だけを取り上げて考え らに詳しい傾向
たがみんなの発表のように物事 が分析できるこ
を一方面だけでなくいろいろな とも説明する。
方向からとらえて考えることが
大切です。
4.資料およびワークシート
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を使用して作成することもできるが,見や
すく使用しやすいことからフリーソフトで
インターネット上に公開されているものを
使用することもできる。
(4)今回使用したソフトの場合には,階級の
幅を自由に変えることができる。階級の幅
を変えることでヒストグラムの形が変わ
り,全体の傾向も変わってくることを生徒
に理解させることができる。
(5)代表値として平均値や最頻値,中央値等
を考えることで,ファストフード店での昼
食のエネルギーを求めるにはどの代表値が
適しているか考えさせることができる。
(6)調べた結果からファストフード店での昼
食のエネルギーの量を判断するためには,
基準となるものが必要である。
今回は,厚生労働省が示す 1 日のエネル
ギー量や給食 1 日のエネルギー量を取り上
げた。今回の課題を通して,メニューの組
み合わせ方によってエネルギーが違うこと
を理解させることができる。
(7)今回収集した資料を男女別や運動部と文
化部で区分できる。また栄養素などで分類
5.まとめと今後の課題
すると,さらに詳しい傾向が分析できる。
(1)資料の活用の最終的な目標として,課題
(8)身近な課題として,ファストフード店で
解決のために自分で資料を集めなければな
の昼食のエネルギー量を取り上げたが,こ
らない課題が必要である。資料の収集の方
の他にもファミリーレストランでの食事や
法としては,アンケートを取る,実際に出
コンビニエンスストアの弁当等のエネル
かけて調べる,インターネットで調べる等
ギー量を課題として取り上げることもでき
が考えられる。
る。意欲のある生徒には,いろいろな題材
今回は,インターネットで調べる課題と
いうことで,ファストフード店での昼食の
エネルギーを取り上げる。
を示し取り組ませたい。
(9)今回この課題をまとめの段階に設定し
た。しかし生徒にとって興味・関心をもち
(2)資料の整理のためにパソコンを利用し
やすく身近な題材として考えると,導入で
て,度数分布表やヒストグラムを作らせる
取り上げ,意欲的に取り組む生徒が多くな
が,クラスで取り組む際は資料が 40 程度
るとも考えられる。
のため手書きで行い,学年全体など資料が
(10)資料を活用する場面で,様々な視点で
多くなる場合はパソコンが有効であると考
様々な考え方ができるような,教材の開発
えられる。
を考えていきたい。
(3)パソコンのソフトは,表計算ソフトなど
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