アジア経済の展望とアジア開発銀行の役割 - 「公研セミナー」

セミナー目次
・・・・・・・・・・・・・・・
ホテル・グランドパレス
公益産業研究調査会 専務理事
吉田 良次
48
2016 年 11 月 11 日
アジアにおけるインフラ投資の実態
・・・・・・・・・・・・・・・
海外でのビジネスのリスクをどう考えるか
トランプ政権がアジアに与える影響
司会
第 640 回
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
66
KOKEN 2016. 12
アジア経済の展望と
アジア開発銀行の役割
アジア開発銀行設立の経緯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アジア開発銀行の現状
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72
アジアの経済成長は持続する
アジアの世紀の可能性
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
75
アジアの途上国は卒業するか
・・・・・・・
77
79
KOKEN 2016. 12
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なかお たけひこ:1956年大阪府生まれ。78年東京大学経
済学部卒、大蔵省入省。カリフォルニア大学バークレー校
ビジネススクール修士課程修了。国際局国際機構課長、主
計局主計官(外務・経産・経協担当)、在米国大使館公使、
国際局長、財務官などを経て、2013年 4 月より現職。著書
に『アメリカの経済政策─強さは持続できるのか』(中公
新書)がある。
50
中尾 武彦
56
アジア開発銀行総裁
80
レクチャー
意見交換
アジア開発銀行設立の経緯
アゼルバイジャン
ネパール
パプアニューギニア
モルディブ
ラオス
フィジー
域外加盟国(19ヶ国)
オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フラ
ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、
英国、米国
48
トンガ
バヌアツ
オーストラリア
サモア
ソロモン諸島
シンガポール
ニュージーランド
ンス、ドイツ、イタリア、アイルランド、ルクセンブルク、オランダ、
パラオ
クック諸島
東ティモール
インドネシア
ナウル
ツバル
マレーシア
12
キリバス
カンボジア
ミクロネシア
フィリピン
ベトナム
バングラデシュ
ブルネイ
スリランカ
マーシャル諸島
台湾
ミャンマー
インド
先進国又は卒業国
展を助けたと言えます。
1962年ごろから、アジアの多くの国で、アジアにも
国際開発金融機関をつくりたいとの声が出て、構想が持ち
上がりました。日本でADBの設立に中心的な役割を果た
したのは、後に初代総裁にもなった渡辺武さんです。この
方はもともと華族の出身で、戦前に大蔵省に入り、戦後は
官房長、米国占領軍との渉外部長、IMF・世界銀行理
事、財務官をやり、退官後ADB設立の準備を始めたころ
には民間で在外勤務者の子女教育を助ける仕事に尽力して
いました。国際的な経験と知恵をたくさん持った、公平な
人だったようです。ADBの設立に関しては、1963年
に東京で勉強会が立ち上がり、池田勇人首相、佐藤栄作首
相ほか日本政府の中枢とも緊密に相談しています。
ミャンマー、インド、スリランカ、インドネシア、タイ
などのアジアのたくさんの人たちがADBの設立に尽力し
ました。インドの大蔵省出身のクリシュナ・ムーティさん
は、準備段階から渡辺さんを助け、設立後も長く副総裁と
して活躍されました。フィリピンの弁護士のフェリチーノ
さんは、ADBの設立条約の起草に深く関わりました。ア
メリカ人で元世界銀行総裁のユージン・ブラックさんから
も貴重なアドバイスをいただきました。
日本のイニシアチブというよりは多くの国の人たちの盛
り上がり、協力のもとでADBは設立されたわけです。そ
もそも準備会議の多くが、タイにあったECAFE︵アジ
ア極東経済委員会︶というアジアの開発を目的にしている
国連の機構のホストのもと、バンコクで行われました。い
まはESCAP︵アジア太平洋経済社会委員会︶と改称さ
れている機関です。
ADBにはアメリカも発足当初から加盟しています。ア
メリカには、世界銀行があるのだからアジアの開発銀行は
必要ないのではないかという考え方もありました。けれど
も 、当 時 ア メ リ カ は ベ ト ナ ム 戦 争 に 介 入 し て い ま し た か
ら、経済的な面でもASEAN︵東南アジア諸国連合︶を
中心とするアジアを助けなければならないという戦略的な
意義があって設立の支持を決めたわけです。
アメリカは基本的に国際機関に対しては醒めたところが
あって、国際機関ではなく自分たちが国際関係を決めれば
いいという発想も一部にあります。けれども、1960年
に米州開発銀行ができた。この背景にはいろいろな理由が
ありますが、アメリカのラテンアメリカに対する妥協、譲
歩もあってできたと言われています。米州開発銀行には、
もちろんアメリカは入っていましたが、日本もヨーロッパ
も入らない形でつくったわけです。1964年にはアフリ
カ開発銀行もできましたが、設立当初はアフリカの国だけ
で構成されていました。ADBでは、アメリカと日本は同
じ比率の出資比率、投票権を持っています。最初から域内
50
KOKEN 2016. 12
今日は最初にアジア開発銀行設立の経緯についてお話し
した上で、アジア経済の現状、アジア開発銀行︵ Asian
Development BankADB︶の業務についてもご紹介し
た い と 思 い ま す 。設 立 の 経 緯 を 少 し 詳 し く お 話 し す る の
は、現在の国際情勢、その中での日本の立ち位置を考える
のに参考になるのではないかと思うからです。
中国
67
香港
アフガニスタン
日本
ブータン
トルクメニスタン
モンゴル
キルギス
グルジア
韓国
タジキスタン
アルメニア
タイ
パキスタン
カザフスタン
ウズベキスタン
KOKEN 2016. 12
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ADB設立にはアジアの人々の願いがあった
図表 1 アジア開発銀行域内加盟国(48ヶ国)
現在ADBの加盟国は ですが、そのうち カ国・地域
。ニュージーランド、オーストラリ
が域内です ︵図表1︶
ア、日本の3カ国は1966年 月の発足時からお金を出
して支援する側、借り入れは行わない先進国として参加し
ています。それ以外の国は、支援対象の途上国として加盟
しました。その後、香港、韓国、台湾、シンガポール、ブ
ルネイも借り入れ国から卒業しています。最近ではタイ、
マレーシアもあまり借り入れていません。発足時はこれら
の国々が重要な貸付先でしたから、ADBは大いにその発
公研セミナー
経由でヨーロッパに行った時に、空港で卵を投げつけられ
たと聞いたことがあります。それぐらい反日感情が強かっ
た。いまでは、フィリピンの対日感情はアメリカと並ぶぐ
らいよくなっています。外交やビジネス、援助を通じて、
誠実にフィリピンの発展に寄与してきたことが実を結んで
いるのだと思います。
10
12
52
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KOKEN 2016. 12
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どうやってマニラに本部が決まったのか
12
50
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日本が徐々にアジアにおいて信用を回復して、1960
年代前半にアジアにも開発銀行をつくろうじゃないかとの
話が内外で盛り上がり、最終的にはアメリカもそれを支持
したわけです。アジアの国々は開発資金を必要としていま
したから、ADB設立を歓迎しました。ADBは最初から
ヨーロッパの国々を巻き込もうという構想がありました。
日本とアメリカの信用だけではなくて、ヨーロッパの信用
も使って資金調達をするという狙いがあったわけです。
ADB設立に際して汗をかいた渡辺さんが各国の支持に
より初代総裁に就任します。ただし、どこに本部を置くの
かということに関しては、渡辺さんの希望は叶いませんで
した。渡辺さんは、日本人が総裁になるかどうかよりも本
部を東京に持ってくることを重視していました。一度、本
部が決まってしまえば半ば永久的にそこに設置されるから
12
国以外にアメリカ、カナダ、そしてヨーロッパの多くの国
が参加したところにADBの特徴があります。
実は、日本は構想段階ではあまり突出しないように努力
していました。太平洋戦争が終わってからまだ 年という
頃ですから、日本はまだアジアにおいて信用を確立してい
たとは言えません。かつての大東亜共栄圏ではありません
が、アジアにおいて日本が前に出てリーダーシップをとる
ことを歓迎する国ばかりではなかったのです。
ADBの本部のあるフィリピンでは日本の軍人は 万人
ぐらい亡くなったと言われていますが、フィリピン国民は
アメリカによる戦闘行為に巻き込まれた人も含めて100
万人ぐらいが亡くなっています。フィリピン国民に向けて
﹂と語り掛けたマッカーサーの言葉は有名
﹁ I shall return
で す が 、ア メ リ カ に 対 す る 支 持 の ほ う が ぜ ん ぜ ん 強 か っ
た。特にフィリピンの指導層はスペインの統治以来、大土
地所有制のもとでエリート層をなしていて、そういう人た
ちはアメリカと仲がよかったんです。彼らはアメリカのジ
ャズも映画も大好きだし、アメリカ文化に馴染んでいまし
た。ちなみに、アメリカ文化はいまでもフィリピンで圧倒
的な影響力を持っています。
したがって、日本に対しては戦争で大きな被害を受けた
と い う 感 情 が 根 強 く あ っ た 。日 本 の あ る 政 治 家 が 若 い こ
ろ、一般の日本人としては戦後初めてに近く、フィリピン
渡辺総裁の回想録を読むと、ADBは開発機関であると
同時に銀行であるから、お金がきちんと返ってくる案件に
限って貸すという規律を大事にしたことがわかります。職
員も各国からの推薦に頼らず、最初はすべて総裁自らが面
接 し て 採 用 し て い ま し た 。い ま は 加 盟 国 の グ ル ー プ ご と
に、あるいは日本、米国、中国は単独で、理事 人、その
ほか理事代理も 人います。最初は理事と理事代理は合わ
せて 人で、これに対しスタッフは 人しかいませんでし
た。日本人では、最初の総務部長で後に総裁として戻った
藤岡眞佐夫さん、通貨マフィアの代表格の行天豊雄元財務
官や東京銀行の頭取になった高垣佑さんもいました。
そんな中でADBは始まりましたが、最初の貸し付け
は、1968年1月に理事会で承認されたタイの産業金融
公社向けまで待たなければなりませんでした。よい案件を
最初に取り上げることにこだわったからです。債券の発行
も1966年に誕生してから、4年後の1970年までか
かっています。ドイツ、スイス、日本で最初の債券を発行
しています。日本ではサムライ債で円で調達した資金をド
ルに交換したりして貸すわけですが、それまで国際機関や
外国企業が東京市場で円を調達することがなかったので、
1970年 月の最初のサムライ債発行には大変な苦労が
あったようです。
渡辺総裁も、大蔵省に行ったり、日本銀行に行ったり、
20
20
です。タイのバンコクほかで設立準備会合をやり、最後の
準備会合が1965年冬のマニラでした。ADBの本部招
聘には、テヘラン、バンコク、シンガポールほかも手を上
げていました。
マニラの会議では、アジア域内加盟国、当時は カ国に
よる秘密投票という方式が決まりました。1回目の投票で
は東京が8票と一番多かったけれども、ぎりぎり過半数は
とれなかった。1回目の投票後に東京、テヘラン︵4票︶
、
マ ニ ラ︵ 3 票 ︶に 絞 り 、 2 回 目 の 後 に 東 京 と マ ニ ラ が 残
り、3回目の決戦投票では、マニラが9票に対し、東京が
8票、棄権が1票で、ついにはマニラに決まったという経
緯があります。結果的には、アジアの東の端の日本ではな
く、より中心に近く、途上国でもあるフィリピンに本部が
置かれたことは、ある意味よかったと思います。
そもそもADBの加盟国はどのような範囲なのか。アジ
アという概念も広いわけです。ADBの加盟国は、先述し
たECAFEの参加国の範囲が対象になっています。EC
AFEにはイランも入っていますが、それより西の中東は
入っていません。ADBが設立される際にはイランは総裁
ポストも狙い、本部もイラン国内に置きたいと主張してい
ました。けれどもその両方をとれなかったこともあって、
イランは加盟しませんでした。パーレビ国王時代のイラン
です。その頃のテヘランは非常に国際的な都市でした。
公研セミナー
東京証券取引所に行ったりと、さまざまな承認手続きが必
要でした。当時の為替は1ドル360円で固定されていま
したから、為替のリスクはありませんが、いまにはない苦
労があったわけです。アメリカで債券を発行する際には、
投資家保護の観点から州が見ているので、たくさんの州の
当局まで回る必要もありました。
13
31
が決議され、この時台湾は国連から離れることになりまし
た。世界銀行、IMFで中国の代表が台湾から中国に変わ
った際も、台湾は残っていません。ADBでは、1983
年に中国から働きかけが始まりましたが、当時の藤岡眞佐
夫総裁の努力もあり、交渉の末に、ひとつの中国の原則の
下に、中国も台湾が残ることに反対しないということで決
﹂と
着しました。ADBでは台湾のことを﹁ Taipei,China
﹂という呼び
呼んでいます。香港も﹁ Hong Kong, China
方 で 中 国 と は 別 に 参 加 し て い ま す 。台 湾 は 韓 国 、香 港 は
オーストラリアの理事グループにそれぞれ属しています。
多くの国際機関では入り口に加盟国の旗を掲げています
が、ADBでは旗を出していません。以前は出していたの
ですが、中国が加盟する時に旗は掲げないことになった。
国際機関としては珍しいのですが、このあたりの配慮には
先人の知恵を感じます。このようにして加盟した中国は非
常に重要な借り入れ国になりました。
カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの4カ国の
ことをCLMV という呼び方をします。CLV は原加盟
国、ミャンマーは1973年の加盟で、ADBはこれらの
国にも貸し付けを行っていましたが、1990年代にかけ
て貸し出しを止めていました。戦乱や政治的混乱の影響で
返済を延滞したまま業務が止まっていたわけです。 年代
にベトナムとカンボジアは延滞を解消し、ADBの貸し付
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加盟国は次第に拡大、ミャンマーにも貸し付け再開
設立時の カ国から次第に加盟国が増えていきました。
サモアは最初からの加盟国ですが、いまでは太平洋諸国は
カ国が加盟しています。中央アジアの国々は、ソ連の崩
壊後に徐々に入ってきました。中央アジアの国々は欧州復
興開発銀行の加盟国でもあって、両方に入っています。
設立当初から加盟しているインドは世界銀行からたくさ
んの借り入れを受けていました。ADBからもインドが借
りてしまうとお金が足りなくなるし、アメリカは世界銀行
が貸すだけで十分だという判断をしていました。しかしイ
ンドの強い要望を受けて、1986年にはインドにも貸す
ようになりました。
中国︵中華人民共和国︶がADBに加盟したのは1986
年です。台湾︵中華民国︶は発足時からの原加盟国でした。
1971年に国連で中華人民共和国が中国を代表すること
12
90
けを再開しています。
ミャンマー支援再開の国際的な枠組みについては、アメ
リカやヨーロッパなどのG7諸国の財務代理たちに対し、
私 自 身 が 交 渉 に 当 た り ま し た 。特 に 、二 国 間 の 債 務 再 編
は、
﹁パリクラブ﹂とも呼ばれている主要債権国会議で各
国が連携して行うことになっています。どこかが譲ってし
まうと、他も譲らなければいけなくなる。また、どこかの
債権国が先に債権の回収を行ってしまうと他が損をするこ
とになります。日本は円借款の額が圧倒的に大きいものだ
から、
﹁われわれが率先してミャンマー向け債権のリスケ
ジュールや一部免除をやりますよ﹂ということを各国に了
解してもらうのにずいぶん苦労した覚えがあります。いず
れにせよ、ミャンマーはそのような経緯を経てADBに戻
ってきたわけです。
先述のとおり、いまADBは加盟国が 、アジアの域内
国は 、そのうち カ国が貸し付け対象国で、中国やイン
ドが新規承認額の %ずつぐらいを占めている最大の借り
入れ国です。
67
域外加盟国は、アメリカとカナダ、それにトルコも含め
たヨーロッパの カ国です。これらの国は伝統的に途上国
ADBは開発を重視している
15 40
19
KOKEN 2016. 12
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12
けも再開します。この時は日本もいわゆるブリッジローン
︵つなぎ融資︶などを出して延滞解消を助けました。
ミャンマーへの貸し付け再開については、私自身も強い
思い入れがあります。ミャンマーの2012年以降の改革
開放を受けてアメリカがまず金融制裁を緩め始めました。
そして世界銀行とADBも 年に貸し付けを再開していま
す。私が財務官だった 年秋に東京でIMF・世銀総会が
開催されましたが、その際に城島財務大臣の議長でミャン
マー支援国会合を開きました。そこでは、ドナー各国やA
DB、世界銀行、IMFの代表も交え、二国間債務のリス
ケジュールなどの債務再編、それから世銀やADBへの延
滞の解消、貸し付けの再開の方向性が決まりました。
貸し付けを再開するためには延滞を解消しなければなら
ないので、J BIC︵国際協力銀行︶から一時的にブリッ
ジローンでミャンマーに貸し付けて、それをミャンマーか
らすぐADBへの返済に充ててもらいました。ADBは延
滞がなくなったのを受けて、プロジェクトに張り付ける形
ではない、予算救済型の支援をします。それをミャンマー
はJ BICに直ちに返す。つまり、一瞬だけJ BICがク
レジットリスクを持つような形での延滞解消を行ったわけ
です。日本に対してミャンマーはJ ICA︵国際協力機
構︶の円借款への延滞もありましたが、それも解消して、
ADBとJ ICAは新たなプロジェクト向けを含め貸し付
公研セミナー
図表 2 アジアの主な途上国(2015年 e)
(参考)
1,374.6
1,292.7
255.5
186.2
159.9
102.2
91.7
68.8
51.8
50.6
10,983
2,091
859
270
206
292
191
395
67
1,377
7,990
1,617
3,362
1,450
1,287
2,858
2,088
5,742
1,292
27,195
126.9
321.6
81.9
64.3
65.1
4,123
17,947
3,358
2,422
2,849
32,486
55,805
40,997
37,675
43,771
中国
インド
インドネシア
パキスタン
バングラデシュ
フィリピン
ベトナム
タイ
ミャンマー
韓国
日本
米国
ドイツ
フランス
英国
e:estimates
Source: World Economic Outlook April 2016 database.
あるということは変わりませんが、AIIBは、あくまで
も中国が圧倒的なイニシアチブをとって、中国の呼びかけ
に応じた国々とインフラ投資のための機関を設立をしたと
いうことができると思います。
アジアの経済成長は持続する
︵図表2︶
。
次にアジア経済の現状について見て行きます
いまアジアの国々はかつてと比べるとずいぶん豊かになっ
ていますが、1人当たりのGDPを見ると中国は約800
0ドルです。日本や欧米の国は3万ドルから5万ドルぐら
いありますから、まだまだ差があるわけです。
ちなみに、日本の1人当たりのGDPは2015年は約
3万2000ドルです。私が財務官をやっている頃は円が
1ドル 円になったりしていましたから、同じく1人当た
り400万円でも、ドル換算すると4万8000ドルぐら
いでした。ところが円が安くなって120円で計算すると
それが3分の2になる。4万8000ドルが3万2000
ドルになってしまうんですね。この数字を見ると、日本と
韓国との差が小さくなっています。
日本の1人当たりGDPはバブル期以降アメリカよりも
高い、あるいは同程度の時期も長く続きましたが、いつの
間にかまた差がついています。2015年に関する限りは
為替レートをそのまま使うとアメリカの3分の2になって
し ま っ て い ま す 。も ち ろ ん 1 0 0 円 ぐ ら い に 円 高 に な る
と、これがまた4万ドルに上がることになります。どの為
替レートが適切なのかはいろいろな考え方があると思いま
すが、為替が安くなると所得がドル建てで減ることも事実
です。
インドはおよそ1500ドル、インドネシアは3500
ドル、パキスタン、バングラデシュは1500ドル前後で
す。フィリピンが3000ドル、ベトナムが2000ドル
ぐらい。タイはだいぶ経済の発展が進んでいますから、約
6000ドルです。ただし、最近のタイは国内が混乱して
いるせいで成長率が落ちています。ミャンマーの1人当た
り所得は約1300ドルと低いですが、その潜在性に期待
が集まっています。
56
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KOKEN 2016. 12
57
アジアには中国以外にも人口大国がある
13
GDP(10億ドル)
12
人口(100万人)
75
人口を見ると中国は 億7000万人、インドも 億人
です。産児制限をしていないのでインドはいずれ人口で中
国を抜くと言われています。ただしいまは1人当たりの所
得が大きく違うので、経済全体の規模にも大きな差があり
13
1 人当たり GDP(ドル)
支援に熱心なドナー国と言えます。ヨーロッパ諸国は、米
州開発銀行とアフリカ開発銀行でも、最初は加盟国ではあ
りませんでしたが、いまは域外加盟国になっています。
2015年 月に発足したアジアインフラ投資銀行︵A
IIB︶は、中東各国、ブラジル、ロシア、南アフリカと
いった国も入っています。ですから、加盟国は100カ国
ぐらいになる可能性があると言われています。ADBもい
くつかの域外国から入りたいという要望を受けています
が、加盟国の意見の一致がありません。現状では﹁入って
もらわなくてもいいのではないか﹂という意見のほうが強
いわけです。
ADBでは、域外国については、加盟国の数を競うよ
り、本当に途上国の開発を助けたいという意思と能力のあ
る国に参加を限ってきていると言えます。ADBは開発を
目的にしているのに対して、AIIBはいわば投資のため
の銀行的な要素が強いという点に大きな違いがあります。
つまり、中東などからの資金のマネジメント、それを活用
した投資という意識を持っているわけです。
先ほども述べたように、ADBは日本だけのイニシアチ
ブで設立されたのではなく、アジアの多くの人たちがアジ
アにも開発のための国際金融機関をつくりたいと考えてで
きた機関です。マニラが本部になっているのも、いわばそ
の表れです。ADBもインフラ整備の支援が業務の中心で
公研セミナー
ます。インドネシアはここ数年、資源価格低下の影響を受
けて苦労していましたが、最近は安定しています。人口は
2億6000万人で大きな存在感があります。
パキスタンは2億人近く、バングラデシュも1億600
0万人、フィリピンも1億人で、どんどん人口が増えてい
ます。ベトナムは9000万人、タイ7000万人、ミャ
ンマーも5000万人です。われわれは中国ばかりを見が
ちですが、アジアには人口の大きな国が多い。これから各
国で生産力も購買力も相当増えてくると思います。
成長率を見ると、アジア途上国全体︵韓国、シンガポー
ルなどを含む カ国︶として6%前後の成長をしています
︵図表3︶
。世界経済について長期停滞論を展開される専門
家もいますが、私はアジアには当てはまらないと言ってい
ます。2008年のリーマン・ショックの頃まではアジア
全体で8%から %近く成長していた時期がありました。
年以降数字は落ちましたが、 年は中国が財政金融政策
でふかしたこともあって、アジア全体で9%強の成長をし
ました。
中国はいまは下がってきたとは言え、6%半ばくらいで
す。7%が 年続くと経済規模は元の2倍になるという数
字ですから、まだまだ堅調に推移していると言えます。ミ
ャンマーなどは8%を超えていて、ベトナムも6%を超え
ています。フィリピンも年によっては7%ぐらい。バング
08
ですから、アジアではこれからも力強く成長する余地が
あると私は思っています。もちろん、経済は欧米と密接に
つながっていますから、景気が左右されてしまう部分はあ
ります。けれどもそんなことを言えば、アメリカだって他
の地域の対外需要に依存しているわけです。アジアだけが
偏った形で対外需要に依存しているわけではありません。
中国は非常に開放的な経済でGDPに占める輸出と輸入の
比率は非常に高く、かつては %ぐらいありました。しか
し、いまはかなり下がり、また、輸出入の差である純輸出
はGDPの3%強です。輸出だけしているのではなくて輸
入もしているわけです。
アジアの成長は、現状では下がってきていることは事実
中国経済の減速は構造変化と短期的要因を反映
液晶テレビも売れますが、化粧品などの日用品も売れるよ
うになります。高度成長期の日本がそうであったように、
アジアの途上国では、消費者のよりよい生活をしたいとい
う 気 持 ち が と ど ま る こ と は あ り ま せ ん 。消 費 も 旺 盛 で す
が、インフラへの投資、住宅や機械設備への投資もまだま
だ必要です。一方、供給サイドについて言うと、アジアに
はサプライチェーンで結ばれた、高い生産能力が育ちつつ
あります。
10
45
10
2016
2016
Source:
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KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
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10
35
図表 3 アジア経済の状況(Asian Development Outlook)
成長率(%)
2015年
2016年(予測)
2017年(予測)
アジア途上国全体
5.9
5.7
5.7
中国
6.9
6.6
6.4
インド
7.6
7.4
7.8
インドネシア
4.8
5.0
5.1
パキスタン
4.0
4.7
5.2
バングラデシュ
6.6
7.1
6.9
フィリピン
5.9
6.4
6.2
ベトナム
6.7
6.0
6.3
タイ
2.8
3.2
3.5
ミャンマー
7.2
8.4
8.3
韓国
2.6
2.6
2.8
ラデシュも7%。インドでも最近、7%半ばまで成長率が
加速しています。
私が強調したいことは、アジアの成長は底堅いというこ
とです。資源価格が大きく下落し、アジアの経済成長も頭
打ちなのではないかという見方もありました。しかし、資
源価格の下落は、中国経済が資源を大量消費するような成
長のあり方から脱却してきていることにも影響されていま
す。中国の人件費の上昇に伴って、生産の拠点をバングラ
デシュやカンボジア、ベトナムなどに移す動きがあります
が、そうした国の成長はむしろ強まる傾向にあります。
アジアには強い需要があることも指摘しておきたいと思
います。欧米のエコノミストの中には、すべての最終需要
があたかもアメリカとヨーロッパにあるというイメージを
持っている人がいます。そういう人は、2008年のリー
マン危機の際にも、アメリカとヨーロッパの経済が悪くな
れば、アジアは当然失速するだろうと考えました。もちろ
んアジアの成長率も下がりましたが、それほどではありま
せんでした。中国の刺激策もありますが、アジアそのもの
にかなり強い需要があります。
私はよく喩えに使っているのですが、このところ紙オム
ツがアジア中でよく売れています。一旦日本製をはじめと
する快適な紙オムツを使えば、昔風のオムツに戻ることは
難しいでしょう。中所得国になれば、自動車もエアコンも
公研セミナー
6.7
2014
2015
Q1
Q2
2016
Q3
2012
2011
0
Retail sales
12
Industrial value-
9
経済成長率等
図表 4 中国経済の成長減速の背景
(%)
18
15
GDP
added
6
9.5
あって、石炭も鉄も供給過剰になりつつあります。そうし
た分野では一定の調整が必要です。つまり、長期の構造的
要因とは別に、過剰生産能力が調整されていく景気循環過
程での生産減少があります。もちろん、世界経済の弱含み
もここには影響しています。
中国の経済は、経常収支の黒字、GDP統計で言えば純
輸出もだいぶ小さくなってきていますが、設備などへの投
資がいまでも非常に大きいんですね。公共企業を含め投資
。その投資が将
はGDPの %を占めています ︵図表4︶
来のGDPの増加につながればいいのですが、そうならな
ければ生産性が悪化してしまうことになる。いまは投資の
ウエートが高すぎるので、むしろ消費の比率を高めなけれ
ばいけないと考えられています。
所得が増えてくるともちろん消費も増えていきます。特
にサービス産業が拡大します。サービス産業がGDP全体
に占める割合は、中国はいま %強程度ですが、日本や米
国は %ぐらいあります。卑近な例で言えば、たとえば主
婦が外に出て働いて、昼食に弁当を買えば、その分サービ
ス産業は増えることになります。実質的には食べているも
のはそう変わらないとしても、1人当たりのGDPが高く
なっていく過程で、そういう形でもGDPが増えていく面
があります。中国ではサービス産業はまだまだ増える余地
があります。ちなみに第一次産業の割合は、日本では1%
45
50
アジアの首脳たち
強ですが中国は7%強です。この数字は中所得国でも所得
が高めの国としては標準的です。貧しい国は農業の割合が
3割くらいあったりします。
まとめると、中国は昨年は1人当たり8000ドルです
から、まだまだ成長の余地があります。いまは調整局面あ
るいは構造改革局面にあるために成長率は下がっている。
けれども、かつて日本でバブルがはじけたような大きなシ
ョックはないだろうと見ています。まだ成長が続いていま
すから、1990年における日本のように、経済が成熟し
た状態の過剰投資的なバブル、その崩壊とは性格が違うと
考えています。
70
ADBの総裁をやっていて恵まれていると思うのは、い
ろいろな国に行って首脳と直接意見を交換する機会がある
ことです。
インドではモディ首相と2回会って話をしました。イン
フラへの投資を円滑にするために土地収用制度や環境規制
の手続き適正化を図ったり、州ごとに違う間接税を統一し
て一体化した国内市場をつくることをめざすなど、さまざ
まな改革に取り組んでいます。インドが中国より遅れてい
る理由のひとつに、インフラへの投資が弱いことがありま
60
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KOKEN 2016. 12
61
6.7
2013
6.7
7.9
7.8
6.9
3
7.3
です。ただし、これはもともとが高すぎたとも言えます。
2000年代の﹁偉大な緩和﹂と言われた時期に世界経済
の 拡 大 と と も に 伸 び 、国 際 金 融 危 機 以 降 は 、中 国 の 刺 激
策、成長に引っ張られたところがあります。その中国が明
らかにかつてに比べて低い成長になっています。それがア
ジア全体に影響を及ぼしています。
中国経済の減速の背景にはよく言われていることです
が、労働力人口が減少し始めていることがあります。それ
から賃金が上昇しています。農村人口が都市に来て働くこ
との限界が来ているわけです。この限界を示す言葉に﹁ル
イスの転換点﹂があります。内陸の農村からやってきた労
働者を沿海部を中心にする都市が大量に吸収するというプ
ロセスは、明らかに弱まっています。
発展段階が高度化し、先進国に近づくことを英語で﹁コ
ンバージェンス﹂と言いますが、発展するにつれて先進国
との技術力の乖離が縮まっていきます。そして、技術を外
国 か ら 得 て 成 長 す る ス ピ ー ド も 下 が っ て い き ま す 。今 後
は、いわゆる﹁中進国のわな﹂に陥らないように、国内で
の技術革新がもっと必要になります。また、中国は、GD
Pの需要面では投資や輸出、供給面では製造業に依存した
成長モデルから、消費やサービスにより依存した姿への構
造転換をめざしています。
中国はここ数年間に投資に偏った成長をしてきたことも
公研セミナー
Source: CEIC Data Company.
す。道路や電気が決定的に不十分です。バングラデシュ、
パキスタンも同様の問題を抱えています。産業発展を進め
るためには、電気、道路、鉄道、港湾などのインフラを整
備することがまずは大事です。
特に電力が足りていないことは大きな問題です。かなり
改善されてきたとは言え、まだまだ1日の間に数時間停電
する地域もありますから、これでは製造業は相当苦労する
ことになります。今日は電力会社の方が多くいらしていま
すが、私が子どもの時には日本でも時々停電することがあ
﹂と言います
りました。停電のことを英語で﹁ blackout
が、日本では停電は記憶の中にしかなくなりました。とこ
ろが、インドやパキスタンでは1日に数時間も停電するの
が当たり前という地域がまだあります。
インドのモディ首相はこのような問題を深刻に捉えてい
ます。モディ首相となぜインドは中国とこれだけ差がつい
てしまったのかということを話し合ったことがあります。
モディさんは、インドが民主主義の国であり、州の自治が
強い連邦国家であることを理由のひとつに挙げていまし
た。もちろん、民主主義や分権的な制度は大事ですが、何
ごとを決めるにも時間がかかり、土地収用手続きが大変な
こともあって、公共事業があまり進まない。中国のように
中央集権的なやり方ができないのです。一般に、各国の開
発段階において、どの程度いわゆる﹁開発独裁﹂が役割を
スティクス産業も含めて、いままで外国からの投資にオー
プンになっていなかった分野を開放したのは好意をもって
受け止められました。
フィリピンでは今年夏のドゥテルテ政権誕生に、国際社
会から高い関心が寄せられています。私も7月にドゥテル
テ大統領と会って、 分ぐらい話しました。麻薬あるいは
腐敗への取り締まりがよく報道されますが、農村開発やイ
ンフラ投資、教育など開発の問題についても情熱を込めて
話されていたのが心に残りました。報道されているよりも
ずっと穏やかな方だなという印象を私は持ちました。
ベトナムは集団指導体制で大統領、首相、党書記がバラ
ンスをとりながら国を運営しています。6月にフック首相
に会う機会がありましたが、ADBのローン交渉のような
感じにもなって、ADBとの協力への強い思いが感じられ
ました。直接投資に加え、PPP︵官民連携︶を活用しよ
うとしています。
タイは国内の政治の混乱もあって、ここ数年本来の実力
を発揮できていないところがあります。プラユート首相に
もお会いしましたが、民政移行が課題になっています。い
までは中国より1人当たりGDPが低くなっていますが、
もともと自動車産業の集積もあり、タイ企業も国際化して
強くなっています。国内が安定すれば、まだまだ成長する
余地があります。
インドの場合、州の力が強いこともあって、国がひとつ
の市場になっていません。その点、中国では、むしろ東ア
ジア全体が統合された市場、ひとつのバリューチェーンに
なっている。これには、1985年のプラザ合意による円
高で加速した日本の直接投資が果たした役割も大きかった
と思います。インドは東アジアの国々との貿易量はまだま
だ少ないし、隣国のパキスタンやスリランカなど南アジア
同士の貿易量も少ない。インドは中国に比べて輸出入のG
DPに対するウエートが低いんです。2015年の輸出依
存度は %弱です。もちろん、これは高ければ高いほどい
いというものでもありませんが、貿易による世界経済との
統合が中国に比べて進んでいなかった点は、インドの経済
成長の勢いを妨げてきた原因になっていたと思います。
インドには、英国植民地時代以来の伝統で、IAS (Inという、難しい試験に通っ
dian Administrative Service)
たプライドの高い官僚層がいて、選挙と無関係に、中央政
府 や 州 政 府 の 要 職 を 占 め て い ま す 。非 常 に 優 秀 な 人 た ち
で、国のまとまりを与えている面もありますが、厳密すぎ
て、外国企業を引き付けるために必要な規制緩和が進まな
13
インドの経済成長を妨げていた原因
50
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果たすのかについては、さまざまな考え方があります。
いという批判もあります。
余談になりますが、インドという国のあり方は、示唆に
富んでいます。インドには年に1、2回行くのですが、州
によって言葉も違うし、民族的にもずいぶん違います。帝
国主義時代にイギリス人は﹁分断して統治する﹂という手
法を用いたと昔学校で習いました。しかし、インドの場合
は分断して統治したというよりも、インドはもともと分断
されていたからイギリスに容易に統治されてしまったので
はないかという印象を持ちました。もしもインドが統一し
て抵抗していれば、イギリスに簡単に植民地にされること
はなかったのではないか。綿などはイギリスより生産性が
高く、もともと高い文明を誇った国なのです。
ぜひモディ首相のリーダーシップのもと、国内の力を統
合 し 、さ ま ざ ま な 改 革 を 進 め 、持 続 的 な 高 い 成 長 を 達 成
し、貧困の削減、格差の解消を図り、アジアと世界での存
在感をさらに高めていってほしいと思います。
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領にも2回会って
話をしました。2014年に就任した当初は、輸入関税を
一部引き上げるような改正があったりして、保護主義に傾
くのではないかという懸念もありました。けれども、その
後国内政治でも求心力を高め、インフラの整備や対内直接
投資の手続きの簡素化など、さまざまな改革を進めていま
す。今年2月に、高速道路や映画産業、冷凍倉庫などロジ
公研セミナー
目覚ましい成長を続けるミャンマー
ミャンマーは、民主化と改革により目覚しく成長してい
ます。民族和解、民主主義、市場経済を取り入れた構造改
革 及 び 安 定 的 な マ ク ロ 経 済 政 策 を 進 め 、先 に 述 べ た よ う
に、国際社会からの支援の再開と、直接投資の流入につな
げました。
6月に国家顧問兼外務大臣のアウンサン・スーチーさん
にお会いする機会がありました。私が非常に興味深く感じ
たのは、電気や道路などのインフラを整備することを重視
していたことです。スーチーさんは、社会運動をずっとや
ってこられた方だし、ジェンダーの意識も強いので、むし
ろ教育や保健の分野に関心が高いのではないかと思ってい
ました。けれども、経済用語を駆使し、電気と道路が通じ
ていない村と通じている村とでは全然違う、少数民族が暮
らしているような遅れた地域の開発のためにも、やはり電
気と道路が不可欠であり、ADBにはそこに協力してほし
いとおっしゃっていました。
話を伺って私もとても勇気づけられるところがありまし
た。それからティン・チョー大統領も、英語に堪能で、は
っ き り と し た 考 え 方 を も っ た 、温 厚 な 方 で す 。ア ウ ン サ
ン・スーチーさんの側近という点が強調されていますが、
た。実際ADBのマークにも稲が入っています。バングラ
デシュは中でも貧しい国でしたが、
﹁緑の革命﹂と呼ばれ
る生産性改善の恩典を大きく受けた国で、所得は上がり、
いまは繊維産業を中心に製造業も大きく伸びています。
今日は時間がないので詳しくお話することができません
が、中国では、李克強首相、張高麗副首相にもそれぞれお
会いし、中国経済の課題とADBとの協力分野などについ
て話をしました。中央アジアのナゼルバイエフ・カザフス
タン大統領、9月に亡くなったカリモフ・ウズベキスタン
大 統 領 、ア リ エ フ ・ ア ゼ ル バ イ ジ ャ ン 大 統 領 と の 面 談 で
は、イスラム過激主義を抑え、経済の多角化を図りながら
発展を進める各国を、ADBがどう支援していくことがで
きるのかについて話をしました。
ミャンマーが現実的な路線で改革を進める上で、重要な役
割を果たされるだろうと感じました。
パキスタンには3週間前に行って、シャリフ首相とダー
財務大臣に会って話をしてきました。ダー財務大臣とはこ
れまで何度もお目にかかり、とても尊敬している方です。
マクロ経済の安定とインフラ投資、規制緩和などに情熱を
もって取り組まれています。パキスタンでは時々大規模な
テロが起こります。私が訪問している時も州都のクエッタ
で警察の学校が襲われて、 人が亡くなるという惨事があ
りました。ですから、どうしても海外からの直接投資には
悪影響が出てしまう。大変気の毒な状況が続いてはいます
が、全体として見ると安定に向かって改善も見られ、成長
率も5%程度になっています。
バングラデシュは、今年の7月にダッカでカフェが襲撃
される悲劇がありました。不幸にも、援助に携わっていた
日本人も7人が巻き込まれて亡くなりました。全体として
は社会的にも安定し、過激主義は抑制されていると考えら
れてきたので、非常に残念です。
同国でも最近経済の成長率は高まってきています。AD
Bが設立された時の最大の課題のひとつは、人口が多く、
増えているアジアで、人々が飢えることなく暮らしていけ
るにはどうすればよいかということでした。アジアの人口
を賄えるだけの食糧を増産することが喫緊のテーマでし
60
が押さえられていたと言えます。これらの国では、反植民
地主義や社会主義の影響から、輸入代替的な政策をとり、
国営企業を中心に重化学工業化の政策を進めていました。
しかし、そうした計画経済的な方法は失敗だったと言え
ます。国営企業の改革はいまどの国でも重要な課題になっ
ています。国営企業の民営化まで直ちに行くかどうかは、
それぞれの国で考え方に差がありますが、方向性としては
民間の力を重視することで一致しています。つまり、民間
セクター中心の成長を図り、外国からの直接投資も入って
きてもらうということです。電力の開発もできるだけPP
P︵官民連携︶あるいはインディペンデント・パワー・プ
ロデューサーといったものを活用し、効率化していくこと
をめざしています。
いまやどの国も﹁わが国は自国企業を重視して外国企業
は締め出す﹂という発想は持っていません。ただ、ベトナ
ムのある大臣が、
﹁海外からの直接投資がどの程度国内に
利益をもたらしているのか疑問を持つ人が増えている﹂と
言っていたことがありました。自然な疑問だと思います。
私は、
﹁外国企業に対する免税などの優遇措置は長くやり
すぎると弊害があるかもしれないが、税制などを内外無差
別にやっている限りにおいては、直接投資は資金だけでは
なく、技術や経営ノウハウをもたらし、有益で、いずれは
国内企業へのスピルオーバーにもつながると思う。直接投
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かつては社会主義の影響が成長を阻害した
アジア各国の指導者は、民間セクター主導の市場経済の
必要性を十分に認識しており、改革にコミットしていると
思います。それが、私がアジア経済の将来に楽観的な見方
をしている理由のひとつでもあります。
かつて中国やベトナムは中央計画経済でした。インドネ
シア、インドは、社会主義圏には属さないものの、国のコ
ントロールが強く、非効率な国営企業が多く存在し、成長
公研セミナー
アジア開発銀行の現状
ラと事務所のある カ国で、それぞれ優秀な人たちが働い
ています。
専門職員の出身国の内訳を見ると、日本人の職員が約1
50人で一番多い。出身母体はJ ICA、J BIC、国交
省や農水省、国連機関、世界銀行、民間銀行、証券会社な
ど い ろ い ろ な 方 が い ま す 。電 力 会 社 か ら も 来 ら れ て い ま
す 。エ ン ジ ニ ア 系 の コ ン サ ル タ ン ト 会 社 出 身 の 人 も い ま
す。日本人女性は 人です。専門職全体でも1100人の
うち3分の1は女性です。われわれは技術系の仕事が多い
ものですから、女性でその分野の人が比較的少なく、採用
がなかなか難しいところがあります。それでも、専門職の
女性の比率を4割にすることをめざしています。
アメリカ人やインド人、オーストラリア人、中国人など
国籍はさまざまです。アメリカ国籍やオーストラリア国籍
の職員には中国系やインド系の方も多いです。出身国にか
かわらず、スタッフはADBで開発のために働くことに誇
りを持っていると思います。本部が他の金融センターから
離れたマニラだということもあって、非常に一体感のある
組織だと感じています。
私が推薦して理事会が選ぶ副総裁は6人、いまはアメリ
カ、中国、インド、インドネシア、オーストラリア、オラン
ダから来ています。オーストラリア人のストークス副総裁
とオランダ人のウィーズ副総裁は女性です。局長以下課長
以上の幹部についても、女性の登用を増やしたいのですが、
一気に増やすことは難しいのが現状です。ただ、幹部に占
める女性の比率の目標を全体と同じ4割に設定し、技術分
野を含め女性が活躍することを後押ししています。次長ク
ラス、課長クラスで、日本人の女性幹部も何人かいます。
ちなみに、総裁は9代続けて日本人です。歴代の総裁は
時代の要請に応じてそれぞれに役割を果たしてきたと思い
ますし、日本がADBに対して大きな資金貢献をしてきた
ことももちろん評価されています。私は黒田総裁の5年間
の任期を途中で引き継いだのですが 、 月 日から5年
間、新しい任期を務めることになりました。おかげさまで
全会一致の支持をいただきました。
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ADBには2つの勘定がある
15
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11
資を呼び込むための投資規制緩和などは続けるべきだ﹂と
応じました。
日本のケースを振り返ってみると、対内直接投資が少な
いということがひとつの特徴です。規制だけではないさま
ざまな背景があると思いますが、いまとなってみると、そ
れがイノベーション、さらなる成長を成し遂げるうえでの
制約となっている。アジアから見ても、日本は障壁が相当
高いという印象を持っている人は多いのではないかと思い
ます。日本の製造業が中国や東南アジアに直接投資をして
現地に工場をつくるような限られた国際化だけではなく、
対内直接投資や人材の双方向の交流を含めて、もっと面的
な国際化を図る必要があります。
図表 5 加盟国による貢献
43
︵図表5︶
。A
銀行活動の基本となる資本を説明します
DBには2つの勘定があります。通常資本は中所得国向け
の貸し付けを行います。日本とアメリカが出資比率で ・
6%ずつ。通常資本は投票権のベースになりますが、投票
権が日本とアメリカが ・8%ずつです。図表5の﹁加盟
国による貢献﹂では、米国は増資への議会承認の遅れで微
妙に数字が小さくなっています。中国の出資比率は6・5
%でインドは6・4%です。
12
ADBの現状について説明していきます。ADBのスタ
ッフは全体で3100人程度、そのうち専門職員は約11
00人います。これはいわゆる総合職です。本部のマニラ
にいる人たちを中心に加盟国のどこへでも行くことが求め
られます。大体修士ぐらいの人が多いです。それ以外にも
2000人ぐらいの職員がいます。その2000人もマニ
公研セミナー
25
ラ需要が見込まれるために各国から支持を受けました。私
どもも貸し付けの規模をさらに増やしていこうと計画して
います。話がテクニカルになりますが、2017年1月に
アジア開発基金の貸し付け業務と通常資本財源の貸し付け
業務を統合し、それにあわせて自己資本も統合し一挙に資
本を増やします。そして、これをレバレッジします。つま
り、統合された資本を元により多くの債券を発行し、貸し
付けに回します。
この統合案は、私が2013年4月に総裁になった後の
8月、部内で検討してめざすことにしたもので、AIIB
設立の提案よりも前の話です。その後、法律的、技術的な
詰めを行い、各国への根回しを開始、2015年5月まで
にアジア開発基金の全拠出国、それにADBの全加盟国か
ら支持を取り付けることができました。既存のバランス・
シートを有効活用して業務を増やすというアイデアはG
財務大臣会合でも歓迎され、世界銀行や米州開発銀行など
他の国際金融機関にも影響を与えました。
少し詳しく解説しますと、いままでアジア開発基金は信
用力が弱い低所得国に貸しているというので、レバレッジ
をかけていませんでした。ですから、アジア開発基金の自
己資本が308億ドルであるのに、貸付残高は272億ド
ルしかなかった。しかし、いままでお金が返ってこなかっ
たのはアフガニスタンだけです。それも政策的に免除した
68
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アジア開発基金はADB内にある譲許的な業務のための
資金です。加盟する途上国の中でも低所得国に対しグラン
ト︵返済不要の資金︶や長期低金利の貸し付けの業務を行
います。
通常資本は 年間のトータルで 億ドルぐらいしか払込
み資本金をいただいていませんが、それにこれまでの累積
利益110億ドルを加えて、2015年末時点で自己資本
は170億ドルになります。これを元に債券を発行し、調
達コストにスプレッドを乗せて貸し付け業務を行っていま
す。レバレッジがあるので、通常資本業務の貸付残高は6
00億ドル以上になります。
一方、アジア開発基金には、加盟国のうち先進国および
中国、インドなど カ国がこれまでに300億ドル以上を
拠出しています。グラントも出しているし、債券発行によ
る レ バ レ ッ ジ を 使 っ て こ な か っ た の で 、と て も 物 入 り で
す。日本はこの基金には全体の4割ぐらいを拠出していま
す。通常資本への出資と違い投票権には結びつかない拠出
ですが、それでも日本はADBのために大きな貢献をして
きたのです。
資本統合で貸し付け規模をさらに拡大
AIIBの設立は、アジア地域にこれからも強いインフ
わけです。カンボジアやベトナムや最近のミャンマーは、
延滞はありましたが、最終的に返済しています。返さない
心配はあまりないのだから、自己資本を元に債券を発行し
てレバレッジをかけてもいいではないか。最後は、いわゆ
る要求払い資本金を通じて日本をはじめとした先進国が債
券の償還を助けるという保証もあるわけです。また、先進
国はいまや財政的なゆとりも乏しく、ドナー国の財政資金
をそのまま譲許的な貸し付けに回すというこれまでの方式
はあまりにも不効率です。
2017年以降アジア開発基金はグラントだけの業務と
し 、貸 し 付 け 業 務 は 通 常 資 本 と 統 合 、自 己 資 本 も 統 合 し
て、一挙に500億ドルにする。それにレバレッジをかけ
て、債券をこれまで以上に発行して資金を調達し、貸し付
けに回します。貸し付け、グラントをあわせた年間の承認
額は2014年には140億ドルでしたが、2020年ま
でに200億ドルまで %増やすことをめざしています。
2015年は163億ドルと、よいスタートを切りました。
9
34
AIIBとは協力していく
11
70
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20
ろわれわれの 分の1ぐらいの貸し付けの規模です。職員
の数も、AIIBは採用を進めていますが、まだ100人
に達していません。
金立群︵ジン・リークン︶AIIB総裁はかつてADB
の副総裁も務めた人で、ここ2年の間に何度も会っていろ
いろな話をしていますし、すでに今年の6月には協調融資
も、パキスタンの道路案件を承認しています。今回の協調
融資はADBが主導し、コストをかけたので、AIIBか
らは先方の協調融資部分について手数料をもらいました。
それからBRICS︵ブラジル、ロシア、インド、中
国、南アフリカ︶が設立した﹁新開発銀行﹂
︵ New Development BankNDB︶の総裁でインド人のカマトさん
とも、一度マニラで会いました。一昨日︵ 月 日︶も、
上海で朝にAIIBのジン総裁に会い、昼には上海の金融
区にあるNDBの本部でカマト総裁以下幹部たちとランチ
をしながら懇談する機会がありました。
両 銀 行 と は 環 境 ・ 社 会 配 慮 の 手 続 き 、協 調 融 資 の 可 能
性、債券の発行に関することや現地通貨で貸すことのメリ
ットやデメリットなどについて意見交換をしています。ま
た、ADBの培ってきた経験を共有して協力しています。
AIIBやNDBとはさまざまな点で協調していくという
のがADBの立場です。それは両行に加盟していない日米
を含めたADB加盟各国が求めていることでもあります。
10
50
ちなみにAIIBは立ち上がったばかりだということも
あって、今年の貸し付け承認額は 億ドル、来年は 億ド
ルを目標にするという規模に留まっています。いまのとこ
公研セミナー
通信 IT
1 %(0.4%)
エネルギー
33%
(20%)
工業貿易
0.5%
( 3 %)
パキスタン
10.8%
カザフスタン
(10.2%)
6.7%
バングラデシュ インドネシア
(1.0%)
8.4%
7.3%
(4.1%)
(7.2%)
教育
4 %( 6 %)
運輸
17%
(32%)
フィリピン
5.2%
(7.2%)
水
11%(12%)
金融セクター
16%( 8 %)
保険
2%
(0.001%)
ベトナム
6.3%
(8.5%)
農業
5 %( 7 %)
インド
16.3%
(21.6%)
中国
12.6%
(13.5%)
その他
26.4%
(26.7%)
セクター別承認額
国別承認額
貸し付け先と業務分野
︵図表6︶
。
ADBの貸し付け先について見ていきます
貸し付け、グラントをあわせ、2015年の承認額を見る
と、インド、中国、パキスタン、インドネシア、バングラ
デシュが大きなところです。
中国に貸し続けていることについては、アメリカの議会
でも相当批判的に言われています。中国にはまだ貧しいと
こ ろ も あ り ま す 。し か し 、中 国 に も 資 金 は た く さ ん あ る
し、金持ちも多くなっているのだから、国内の資金を使っ
て対応すべきだという声があるのです。ただ、気候変動や
環境の問題に対する対策は他国にも影響する外部性があり
ますし、中国ではこの分野は遅れていて、ADBの支援を
求めています。実際ADBの最近の支援はそのような分野
が中心になっています。
昨日、上海での中国のADB加盟 周年記念のシンポジ
ウムでも話をしましたが、中国が1986年に加盟した時
はインフラが中心で、道路や鉄道や橋を建設することから
始まりました。ナンプーブリッジ︵南浦大橋︶、ヤンプー
ブリッジ︵楊浦大橋︶という上海での事業はその代表的な
例ですが、最近は水質改善や大気汚染対策などへウエート
が移っています。
30
めています。最近では、太陽光発電、地熱発電など、再生
可能エネルギーへの支援を強化しています。一方、適切な
場合には、スーパークリティカル︵超臨界︶などの最新鋭
の 石 炭 火 力 発 電 所 を 助 け る こ と が あ り ま す 。最 近 の 例 で
は、パキスタンでのジャムショロ火力発電所のプロジェク
トがあります。
2
の排出量が相対的に多
石炭火力発電所についてはCO
いこともあって、国際金融機関が建設をどこまで支援すべ
きかという議論があります。しかし、最先端の技術による
石炭火力は、従来の石炭火力よりもずっとCO 2の排出量
が少なく、煤煙や騒音などの環境面での対策も進んでいま
す。日本の電源開発の磯子石炭火力発電所を見学すると、
その清潔さと効率に驚きます。先日、ADBの理事たちも
訪れて強い印象を受けたようです。
アメリカやドイツも電力の3割から4割を石炭に頼って
いるわけですから、パキスタンやインドなどの石炭資源を
持っている国が石炭発電を電力供給のひとつの手段とする
ことをあまり批難することはできません。何しろ電力が足
りないのです。ただし、新たに導入する石炭火力は、低所
得国であってもできるだけクリーンな発電所にすべきで
す。低所得国の一定水準を満たしたクリーンな石炭発電に
ついては、アメリカも支持の立場です。ジャムショロのプ
ロジェクトは2014年にADBの理事会で承認されまし
70
KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
71
図表 6 ADB 業務の2015年実績
通常資本(OCR)およびアジア開発基金(ADF)承認額(163億ドル)
公共政策
10%(11%)
ADBの中国への貸し付けは、すべて通常資本による業
務で、債券で調達したコストに一定のスプレッドを乗せて
貸しています。スプレッドからの収入はまずはADBの経
費を賄うことに役に立っています。それから、残る利益は
自己資本の一部である準備金になり、ADBの業務拡大を
助けます。利益の一部はもっと貧しい国に対する業務の補
助にも当てられています。
ADBの格付け機関による評価はトリプルAを獲得して
いますが、貸し付け先に信用力の高い中国が入っているこ
とは評価を助けます。貸し付け先が分散されていることも
格付けには有利ですが、中国に貸さなくなると、ADBの
貸し付けのポートフォリオはいままでより分散が少なくな
ります。そういう意味でも、中国への貸し付けはわれわれ
にとってもためになっています。
そもそも、仮に中国がわれわれの貸し付け先から落ちて
しまうと、ADBのアジア地域におけるプレゼンスは下が
ってしまうことになると思います。中国はADBを重視し
ているし、ADBによる支援の実績も高く評価していま
す。ADBを通じて中国にポジティブに関与して行くこと
は、国際社会にとって利益になると考えています。
セクター別の業務では、教育や保健分野なども重要だと
考えていますが、量的にはやはりインフラが中心です。な
かでもエネルギー、すなわち発電や送電が一番の比重を占
公研セミナー
注)括弧内は2014年の割合。
公研セミナー
融資及びグラント
*
融資及びグラント
Source: Asia 2050: Realizing the Asian Century
5,434
6,423
8,098
9,997
7,201
7,516
8,080
7,779
8,962
10,773
489
606
725
507
865
792
615
924
1,229
1,568
5,923
7,030
8,823
10,503
8,066
8,309
8,695
8,703
10,191
12,341
2050
2040
2030
2020
2010
1995
1980
1970
1950
1,918
1,539
1,375
1,561
1,240
1,474
たが、この時はアメリカも賛成しています。
結論として、エネルギー・セクターのこれからの業務に
ついては、限られた資金の中で再生可能エネルギーに焦点
を置いて支援していくことを基本としつつ、クリーンな石
炭火力についても是々非々で考えていくという立場です。
図表7は、2006年から15年までのADBの業務状
況を見たものです。ここにあるソブリンというのは政府向
けあるいは国の保証を得た国営企業などへの貸し付けを指
します。ソブリン以外は、民間企業への直接の投資やロー
ンです。民間企業向けの業務も増やしてきています。承認
されたあと、お金はプロジェクトが進んでいくに従って出
ていきます。ですから、貸付実行額は承認額より少なくな
りがちです。実行額が特に多かったのは 年です。国際金
融危機の直後で、危機救済型のローンも含めて、貸し出し
を増やしました。
72
KOKEN 2016. 12
2015
1913
アジアの世紀の可能性
11
2014
1870
最後に﹁アジアの世紀﹂について触れたいと思います。
アジアの世紀というのは、2011年にADBが委託した
﹂という研究報告に登場する、この先アジア
﹁ Asia 2050
12
2013
1820
9,310 13,702 11,361 11,344 11,127 12,589 11,571 13,669
981
1,400
09
が順調に経済発展を遂げたケースを想定したものです。い
まアジアは世界のGDPの約3分の1を占めていますが、
アジアの世紀を実現すれば2050年には世界の5割を超
えることが見込まれています。
図表8は、世界のGDPに占めるアジアの割合を170
0 年 か ら 振 り 返 り 、2 0 5 0 年 の 姿 を 想 定 し た グ ラ フ で
す。イギリスの経済史家であるオーガス・マディソンの推
定によると、産業革命以前にはアジアは世界の半分以上の
GDPを占めていました。それが、次第に下がっていきボ
トムは %程度、その後のアジアの発展で現在は約3分の
1になったわけです。アジアの成長は続いており、アジア
は人口も世界の半分程度ですから、平均的に頑張れば、G
DPも半分を超えます。
ただ、慢心は禁物です。アジアにはまだまだ貧しい地域
が残っているという現実があります。図表9はADB加盟
開発途上国における貧困を表したグラフです。アジアでは
1人当たり1日1・9ドル以下で暮らしている絶対的な貧
困は3億人以上います。1999年にはそれが 億人以上
いたわけですから確実にその数は減ってきていますが、依
然として貧困は残っている。より現実的な1日3・1ドル
の基準では貧困人口は 億人となります。これをさらに減
らすために、われわれはアジアの成長と貧困削減に向けて
さらなる努力をしなければなりません。
15
2012
合計
2011
10
*ローン、グラント、エクイティ投資、および保証が含まれる。
業務サービス・財務管理部作成。
(年)
2010
ソブリン以外
2009
ソブリン
2008
20
9,415
805
ソブリン以外
2014
2013
2012
2011
2010
9,222 10,735
148
161
189
202
174
145
151
155
協調融資
1,541
1,135
5,085
5,355
5,162
7,324
8,272
6,645
合計
9,609 11,691 15,983 20,733 17,936 20,374 20,925 20,928 22,870 27,171
159
2,626
7,115
ソブリン
2008
2009
141
技術支援
40
7,920 10,396 10,709 15,176 12,601 12,905 12,502 14,128 13,490 16,295
小計
50
2015
2007
60
2007
1700
KOKEN 2016. 12
73
*
70
2006
0
図表 7 ADB の業務状況(2006-15年)承認額(百万ドル)
図表 8 世界の GDP に占めるアジアの割合
2006
(%)
30
ADB の業務状況 貸付実行額(百万ドル)
貧困率
(%)
世界の貧困人口
に占める割合
(%)
貧困率
(%)
世界の貧困人口
貧困人口
に占める割合
(百万人)
(%)
貧困人口
(百万人)
人口
(百万人)
50
3.1ドル / 日の収入
(2011年購買力平価)
1.9ドル / 日の収入
(2011年購買力平価)
50
1999年
3,138
*
(52%)
1,143
36.4
67.5
2,101
67.0
71.1
2005年
3,381
*
(52%)
812
24.0
61.2
1,788
52.9
67.8
2011年
3,604
(51%)
467
13.0
49.3
1,359
37.7
62.0
2012年
3,641
*
(51%)
435
12.0
49.4
1,327
36.4
63.4
2013年
3,678
*
(51%)
330
9.0
43.0
1,173
31.9
60.7
ここで途上国の経済発展の8条件を振り返ってみます。
特に目新しいものではありませんが、私自身が各国を回っ
て感じた要素をとりまとめて、日本経済新聞の経済教室に
寄稿したものです。①インフラへの投資、②教育や保健な
ど人的資本への投資、③マクロ経済の安定、④開放的な貿
易・投資体制、民間セクターの促進、⑤政府のガバナンス
︵汚職の
︵統治︶
。アメリカの人はよく﹁ Anti-Corruption
防止︶﹂と言っていますが、政府の執行能力も大事です。
官僚層がしっかりしていることは、経済発展の重要な基礎
になります。
⑥ 社 会 の 平 等 度 。フ ィ リ ピ ン の よ う に 貧 富 の 差 が 大 き
く、大土地所有者や富裕層が世代を越えて続いていくとこ
ろでは、社会全体として成長に向かっていく力はより平等
な社会に比べ弱い気がします。もちろん、ドゥテルテ大統
領はそういうことをよくわかっていると思います。⑦将来
へのビジョン、戦略です。市場だけに任せておけばいいわ
けではありません。市場を整備し、活用するためにもビジ
ョンが必要です。シンガポール、韓国あるいは中国を見れ
ば、いかに戦略が必要であるか理解できるでしょう。国内
企業を支援する狭い意味での産業政策は、誤用されると単
なる保護主義につながり経済成長をかえって妨げますが、
韓国は産業政策で成功した国だと思います。
⑧政治や治安の安定、周辺国との良好な関係。アジアで
ざします。そのため、調達において価格以外の要素の評価
を重視するなどの改革も進めています。ADBが引き続き
アジア各国から頼りにされるには、スタッフ自身の知識が
高 ま る こ と が 大 前 提 で す 。そ の た め に 、エ ネ ル ギ ー 、運
輸、水、教育など7つのセクター・グループ、気候変動、
ジェンダーなど8つのテーマ・グループを設けて事務局を
置き、5つの地域局、民間部門業務局にまたがる技術や知
識の共有と蓄積を図っています。
74
KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
75
アジアの途上国は卒業するか
質問者A
ADBには現在 の域内加盟国がありますが、
その中には設立当初から先進国として参加している国、貸
し付けを受けることを卒業した国、そして依然として借り
入れている国があります。そうした国も次第に発展して豊
かになり、いずれは卒業していくことが望ましいのだと思
います。
世 界 は 、未 だ に 紛 争 や ト ラ ブ ル が 絶 え な い の が 現 状 で
す。だからこそ、先進国が中心になって何らかの格好で支
援をするべきで、アフリカでも米州でもアジアでも開発銀
行という、域内外の国々が参加することで途上国を支援す
る仕組みがあります。そこに入った国々が協調して成長と
発展をめざすことが開発銀行が存在している意義なのだと
48
図表 9 ADB 加盟開発途上国における貧困
注:*世界の人口(1999年60億人;2005年65億人;2011年70億人、2012年71億人、2013年72億人)に占める割合。
出典:世界銀行の PovcalNet data for 34 DMCs(2016年10月4日時点のデータ)に基づく ADB 推計
も、この 年間には、ベトナム戦争、カンボジアでの血に
まみれたポルポト政権、スリランカの紛争、それからフィ
リピン南部のミンダナオ島での紛争など、いろいろなこと
がありました。アジアは全体としては安定に向かっていま
すが、イスラムの過激主義者によるテロ、地政学的な最近
の動きなど注意すべき問題はたくさんあります。
パキスタンとインドは最近も国境で衝突が起こり、犠牲
者が出ています。アフガニスタンでもテロは相変わらず頻
発しています。フィリピンにも、ミンダナオを中心にゲリ
ラの問題があります。昔に比べるとずいぶん改善されてい
ますが、安全保障の関係を含めて、うまくマネージするこ
とがさらなる成長の前提です。
これらの8つの条件をクリアーし、また維持、強化して
いくことによって、アジア経済をさらに力強いものにして
いくことが重要です。さらに、先ほども中国との関連で述
べましたが、
﹁中所得国のわな﹂に陥らないためには、イ
ノベーション、人材の高度化が必要です。ADBもこれま
での 年間の成果を踏まえて、各国の発展、貧困削減に引
き続き役割を果たしたいと思います。
そのためには、ADB自身の改革も続けていく必要があ
ります。さまざまな手続きの合理化、迅速化を図らなけれ
ば な り ま せ ん 。ま た 、よ り 発 展 し た 借 入 国 の 現 状 に あ わ
せ、より高度でクリーンな技術を使ったインフラ整備をめ
公研セミナー
思います。しかし、時間がかかるとは思いますが、いつか
はこういう仕組みがなくても世界中が成り立っていけばそ
れが一番いい。今後もそうした世界が実現することを目標
に業務を続けられることを期待します。
アジアにおいてはADBに加えて、中国がAIIBを作
りました。ここでひとつ懸念されるのは、開発支援の取り
合い、競争が起こるのではないかということです。中国が
自らの影響力を行使できるような国際的な組織をつくった
ことに対しては、どのように理解したらよいとお考えでし
ょうか。
ADBの役割は残る
中尾
まず、AIIBとの兼ね合いについてですが、一言
で言うと、アジアにおけるインフラ需要は非常に大きいと
いうことが大前提にあります。われわれの試算では、20
10年から2020年までの 年間で8兆ドル、約800
兆円もの需要があると見込まれています。その半分ぐらい
は中国でその多くが財政資金などで賄われています。仮に
1年間で 兆円の需要があるとして、われわれが1年間に
貸し出しているのは、承認ベースでせいぜい増やしても2
兆円ぐらいです。実行ベースではもうちょっと少なくなる
わけです。AIIBは先ほど申し上げたように最初のうち
20
12
21
11
は年間1500億円ぐらいです。
つまり、アジアでのインフラ需要は非常に大きく、その
中でADBとAIIBは支援対象を奪い合うのではなく、
ノウハウを共有して一緒にインフラ支援をしていくことが
できると考えています。
私が財務官をやっている時は、何か難しい問題、重要な
問 題 は も ち ろ ん 大 臣 に 相 談 し ま す し 、大 臣 の 決 裁 が あ れ
ば、責任という意味で気楽になる部分もありました。いま
は総裁という立場ですから、自分の責任で組織の将来のこ
とを含めすべて判断していかなくてはならない。もちろん
理事会の承認はありますが、経営者としての責任は大きい
と実感しています。北村さんも電源開発で同じように感じ
て来られたのではないかと推察します。
一番考えさせられるのが、いまおっしゃったようなAD
Bの存在意義はどこにあるのか、今後どうなっていくべき
なのかという問題です。将来的には国際開発金融機関の役
割を終える時がやってくるかもしれません。しかし、いま
のところは、各国が自分のお金でやる部分もあってもいい
が、ADBなどからお金を借りてやる部分もあっていいと
いうことだと思います。多くの国は税収に加え、国債を発
行することでインフラ整備の資金を調達していますが、A
DBから借りて一緒に事業を進めることにもメリットがあ
ると考えています。
合意があり、途上国での緩和と適応の対策を助けるための
資 金 が 必 要 で す 。さ ら に 、昨 年 9 月 に は 、貧 困 削 減 、教
育、保健、女性の社会進出など 項目にわたる、国連の新
しい持続的開発目標もできました。これらに対応するため
にも、当分は拡大をめざしてよいのではないかと考えてい
ます。
海外でのビジネスのリスクをどう考え
るか
質問者B
アジア地域はまだまだ成長余力があり、特にイ
ンフラ投資に対するニーズが根強いことがよくわかりまし
た。翻って日本国内を見ると、内需の縮小などにより、海
外ほど高い成長は期待できません。となると、私どものよ
うな国内向け中心の会社は、これまで以上に海外に打って
出なければ成長できない、という認識を強くしており、現
在、海外展開を積極的に織り込んだ事業計画を策定してい
るところです。そうした中で、海外の様々なリスク、特に
政治や社会の不安定さは心配されるところです。今日のお
話では﹁アジア地域は安定してきている﹂ということでし
たが、慣れない地域で新しい事業に打って出る際、様々な
リスクにどう備えるかが気になります。これまでのご経験
等から、アジアにおいて日本企業が投資をする際の留意事
項などございましたら、お考えをお聞かせ願います。
76
KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
77
17
75
われわれが各国をまたがって活動してきたことによって
得られた知識や経験の集積こそが、ADBの付加価値で
す。われわれは、ファイナンス・プラス・ノレッジ・プラ
ス・レバレッジと言っています。最後のレバレッジは、わ
れわれのプロジェクトに他の公的な、あるいは民間の資金
を動員する機能です。
加盟国が発展して卒業していった時に、無理に存在する
必要はありませんが、こうした国際機関の一定の役割はあ
る程度残るのではないか。日本国内にも日本政策投資銀行
や政策金融公庫があります。日本のような先進国でもそう
した機関は存在する意義があります。欧州にも欧州の機関
としての欧州投資銀行があって、フランスやドイツでも中
小企業ファイナンスなどを助けています。
今日もご説明しましたが、ADBはこれから貸し出し量
を増やしていこうと計画しています。しかし永久にどんど
ん拡大していけばいいとは私自身は考えていません。スタ
ッ フ を 一 旦 増 や し た ら 、簡 単 に 縮 小 す る こ と は で き ま せ
ん。拡大には資本も必要です。先日も理事会で2020年
代まで融資を伸ばしていくシナリオを発表したら、
﹁また
増資が必要になるのではないか﹂という慎重意見もありま
した。
今は、G でもインフラ投資がもっと必要だと言われて
います。気候変動問題についても、昨年 月のCOP の
公研セミナー
しっかりとしたパートナーを選ぶ
中尾
リスクをどう見るかは、あらゆるビジネスの重要な
ポイントです。もちろん、従業員の安全をどう守るかは最
優先の課題です。ADBの場合も、いままで貸し付けを行
ってきた際に、財務上のリスクがどうだったかという点が
あります。ADBの場合は、政府向け貸し付けについては
延滞はありましたが、貸し倒れはありませんでした。国際
金融機関はJ ICAやJ BICなど二国間の金融機関に比
べ て も 、優 先 返 済 が い ま ま で 慣 習 的 に 認 め ら れ て き ま し
た。つまり、IMF、世界銀行、ADBなどにはまずは返
す こ と に な っ て い ま す 。こ れ が な い と 国 際 的 な 支 援 の フ
レームワークがつくれないからです。
ただ、実際上、ADBでは、格付けの維持のためにも、
資本金をかなり高く維持しています。通常資本の業務の貸
し付け残高に対して最低 %の資本金を持つことになって
いるのです。これは普通の商業銀行に比べるとずっと高い
割合で、貸し付けが少数の借り手に集中していることの影
響も受けています。通常資本による民間企業向けの業務に
ついては、実際に貸し倒れるケースがあり、リスクの管理
を綿密に行っています。一方、先ほど申し上げたように、
低所得国向けのアジア開発基金は100%資本金だったわ
けですね。
それでは、日本企業を含めた民間企業が海外に出ていく
ときのリスクはどうか。直接投資にはもちろん、さまざま
なリスクがあります。収入の見通しがはずれる、思った以
上にコストがかかる、人件費が上がる、ロジスティックス
がうまく回らない、それに政治リスクもあります。そうい
う中で、これからどのように考えていくか。
最近はPPPをインフラ整備に活用しようという考えが
各国にあります。PPPにおける民間のパートナーに対す
る貸し付けの場合はクレジット・リスクがあります。PP
P でやる場合には将来の規制変更などのリスクもありま
す。電力料金はどうなるのかということや、土地収用をど
こまで政府が支援してくれるかというリスクもある。それ
から、われわれもプロジェクト選定や実施の際にすごく注
意しているのですが、環境問題を起こして事業自体が問題
視され、事業がストップしてしまう可能性もある。回収し
た資金を外貨で送金するときに、現地通貨からの交換性が
維持されているのか。もちろん、そこに為替リスクも入っ
て来る。
ですから、リスクはいろいろある。でも、たとえば商社
がインディペンデント・パワー・プロデューサーとして行
っている電力事業には儲かっている例が多くあります。ア
ジアだけではなくて、アフリカでもやっています。電力以
水道事業などは、日本の場合、民間企業ではなくて地方
公共団体がやっているところが多い。フランスは 世紀か
らの伝統で民営化しています。自分の国の中ですでに競争
にさらされていますし、事業にリターンを求めるという要
素があるわけです。それを支える法律の専門家やコンサル
タントもいて、それがそのまま海外に出ていく。日本でや
っていないことをいきなり外国でやろうとするのは難しい
ところがあります。この辺りも長期的な視点を持って取り
組んでいく必要があると思います。
アジアにおけるインフラ投資の実態
質問者C
アジアの国々も成長して豊かになってきていま
すから、国としてそれなりに貯蓄が溜まってきていて、他
国のファイナンスを利用せずとも自国の資金を使ってイン
フラへの投資をしていくことも可能ではないかと思います。
そうしたことは実態としてアジアではどの程度行われてい
るのでしょうか。もしあまり行われていないのであれば、
なにか制約のようなものがそこにはあるのでしょうか。
アジアでは自国資金がインフラ整備の基本
中尾
インフラ整備は、実はほとんどは自国の資金でやっ
78
KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
79
19
25
外でも、中国で商社が中国側パートナーとともにPPPで
水事業を展開している事例を見学しましたが、非常にうま
くいっていました。
PPPにかぎらず海外で事業をする上では、まずはパート
ナーにしっかりしたところを選ぶことが大事です。それか
ら政治リスクを少なくすることを考えていくことです。た
とえば、ADBが関与する案件では、国の関与が強くなり
リスクが軽減されます。ADBはたとえば各国でPPP法
の整備を助けています。PPPというのは、民間企業が経
営能力と資金の両方をつぎ込んで政府とパートナーを組む
仕組みですが、長期的な契約になりますから、リスクを少
しでも避けることを考えながらやっていくことが必要です。
リスクから少し離れますが、パッケージ型で途上国のイ
ンフラ投資に関与する事業を日本政府も積極的に後押しし
ています。しかし、事業を受注するためには、資金的な面
もさることながら、コンサルタント的な関わりができるこ
とが大事だと思います。つまり、プロジェクトをデザイン
するところから入っていく力を高めるということです。イ
ンドで建設中の地下鉄を見た時も、カナダのコンサルタン
トが入っていて、空調やコントロールセンターなど、オー
バースペックな設計になっていると感じました。インド側
の担当者に、日本の地下鉄を見学すると参考になるかもし
れないとアドバイスしました。
公研セミナー
ています。それは国による道路整備だったり、国営企業の
電 力 公 社 だ っ た り 、水 道 事 業 は 地 方 が 担 っ て い た り し ま
す。たとえばインドの場合は、かつての日本と同様、鉄道
事業は鉄道省、つまり政府そのものがやっています。
民間企業であろうと国の事業であろうと、特に中所得国
の場合、ほとんどは国内の税金や国債発行による資金、民
間資金で賄っています。つまり、国内の貯蓄及び税金を使
っているのです。先述のとおり、われわれの試算でアジア
に年間に 兆円ぐらいあるインフラ資金需要のうち、われ
われが賄っているのはせいぜい2兆円くらいです。世銀も
似たようなものです。二国間のODAもありますが、ほと
ん ど は 各 国 が 自 国 の 資 金 で 行 っ て い る わ け で す 。も ち ろ
ん、もっと国内の貯蓄をうまく活用することは課題です。
そのためには、資本市場の整備が必要で、ADBも支援し
ています。
トランプ政権がアジアに与える影響
質問者D
アメリカの大統領選が終わり、トランプ氏が新
しい大統領に就任することが決まりました。いろいろな驚
きや懸念の声が上がっていますが、アジアにはどのような
影響が出て来るとお考えでしょうか。今回の一連の大統領
選で争点になったことに対する印象なども含めてお聞かせ
いただければと思います。
新政権にもアジアへのポジティブな関与を期待する
中尾
よく言われるように、イギリスのEU からの離脱
や、アメリカの大統領選の結果は、エリート層あるいは金
持ち層に対する普通の人々による異議申し立ての面がある
と思います。エリート層は言葉もできるし、高い教育を受
けたこともあって、機会を求めて国境をまたいで移動する
ことができる。グローバル化の利益を最も受ける人たちが
グローバル化を主導してきたのです。ずっと地元で暮らし
てきた製造業や炭鉱などの労働者は、そういうわけにもい
きません。しかし、各国で産業の発展を支えてきたのはこ
のような人たちです。兵隊になって国のために血を流して
きたのも彼らです。そのような人たちからすれば、誇りを
持ってやってきたことが否定され、自分たちの声が伝わら
ないと感じているのだと思います。
それからEUなどは典型的ですが、国際的な組織で議論
が決まっていくことへの違和感もあります。EUの場合は
EU官僚たちが方針を決めて、それを各国が自国の議会で
立法化していく仕組みですから、
﹁俺たちの主権はどうな
っているんだ﹂という反発があった。EUの中で規制など
を調和させていくためには、ブルッセルの官僚たちがまず
ていることによって、安定性と力が与えられて来ました。
私が財務官のときに担当していた国際通貨の問題もそうで
す。見渡せる将来において、ドルに代わるような国際通貨
が出てくるとは考えにくいと思います。アメリカにもいろ
いろ問題はありますが、アメリカの持っている経済力、安
全保障上の力、金融市場の深さ、マクロ経済運営、それに
自由主義などのソフトパワーは、やはり優位性があります。
アメリカの関与が退潮してしまうことは、アジア、そし
て世界の安定と繁栄にとって決してよくないことですし、
アメリカのためにもなりません。新政権も、アメリカの長
期的な利害を考えて、ぜひともさまざまな形でのポジティ
︵終︶
ブな関与を維持してほしいと思います。
80
KOKEN 2016. 12
KOKEN 2016. 12
81
75
原案をつくるということに合理性はあるのですが、行き過
ぎた規制もありました。EU内での移民、EU外からの移
民の問題も難しい問題です。
グローバル化、言い換えれば貿易やサービス、金融の国
境を越えた取引が全体として世界の所得水準を上げ、貧困
削減をもたらしてきたことは事実です。保護主義的な政策
に戻ることはできません。しかし、同時に、格差の拡大も
各国で進行しています。グローバル化や技術革新の利益か
ら取り残されている人々への配慮はもっと必要だと思いま
す。社会民主主義的な、公平性を図る政策を、民間の活力
を阻害しない形でどうやったら実施できるかが、改めて先
進国共通の課題になるべきだと思います。たとえば、公教
育をもっと充実させる必要があります。安心できる公的な
医療制度も必要です。転職、職業訓練の支援も強化すべき
です。
アメリカの選挙結果のアジアへの影響については、新政
権の具体的な政策が見えない現時点では評価が困難です。
ただ、言えることは、アメリカのアジア太平洋における関
与は、全体として見ればいままでアジアの安定と繁栄を助
けてきたし、アメリカ自身の利益にもなってきたというこ
とです。今後も、アメリカのアジア太平洋への関与をアジ
ア各国が引き出していくことが非常に重要です。
ADBの例を見ても、アジア各国に加えアメリカが入っ
公研セミナー