山梨医大誌5(1),79∼83,!990 症例報告 父として疑われた男が死亡していた親子鑑定例 小 直 証・木戸 啓・大 矢 正 算 山梨医科大学法医学教室 抄録:父として疑われた男がすでに死亡していた親子鑑定例を紹介する。原告である子,その 母,疑われた男の未亡人,3人の子供について28種類の遺伝形質の検査を行った。検査結果から疑 われた男の型を推定したが,いずれの検査によっても父として否定されなかった。父権否定確率を 日本人における豆汁子頻度をもとに計算したところ,99.99%となった。さらに,父権肯定確率を 小松の方式により計算したところ99.99%となった。したがって,死亡者は原告の真の父と事実上 みなしてよいと評価された。 キーワード 父子鑑定,血液型検査,父権否定確率,父権肯定確率 はじめに 事 例 法医学で扱う親子鑑定には法律上いろいろな 22歳の男(原告)が2年前に66歳で死亡した 場合があげられるが,最も頻度の高いものは認 男を父として,甲府地方裁判所に認知の訴えを 知の訴えである。この場合,母と子からある男 提起した。そこで,裁判所は甲府地方検察庁検 が父として疑われ訴えを提起されるのが普通で 察官を被告とし,原告と死亡者との間に父子関 あるが,男あるいは母がすでに死亡しているよ 係が存在するかどうかの鑑定を当教室の大矢に うな場合にも鑑定を依頼されることがある。こ 依頼してきた。幸い死亡者には妻(62歳)と3 のような場合,精液検査や人類学的検査は不可 人の子供(長女37歳,長男35歳,次男32歳)が 能であり,死者の血液型も直接知ることができ あったので,これらを補助参考人として,原告 ない。 と原告の母(51歳)の計6名より静脈血を採取 われわれは最近ある母子から父として疑われ し,血液型検査を行った。上記の関係を図1に た男がすでに死亡していた親子鑑定例を経験し 示す。 たので,その概要をここに紹介する。本宿では, その男の妻子の血液型を検査することにより男 血液型検査項目 の血液型を推定し,父権肯定確率を計算したと ころきわめて高い値を得て,その男を母子の父 と事実上断定することができた。 1 赤血球型 ABO式(A, B,0因子> MNSs式(M, N, S, s因子) Rh式(C, c, D, E, e因子) 〒409−38山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 P式(P因子) 受付:!989年9,月21日 ルイス(Lewis)式(a, b因子) 受理:1989年11月13日 ダフィー(Duffy)式(a, b因子) 80 小 松 一…一 翻[男] Cト [剛 │ 紀他 HLA.C [妻] HLA.DR 以上はリンパ球細胞毒試験により検査した。 なお,ABO式とMN式を除く赤血球型検査 は浜松医科大学浅野二丁授と南方かよ子助手 [刊 [長女] [長男1 [次男] 図1 家系図 の,Gm型は大分医科大学玉置七二教授の,白 血球型は信州大学医学部支倉逸三教授の御協力 をいただいた。 キッド(Kidd)式(a, b因子) ディエゴ(Diego)式(a因子) 血液型検査結果 以上の8形質は赤血球凝集反応により検査し た。 2.血清たんぱく型 表!に男[男]の妻[妻]と3人子供[長女], [長男],[次男]の血液型検査結果を示す。ま ハプトグロビン(HP)型 た,表2に原告[子]とその母[母]の血液型 GC成分(GC)型 検査結果を示す。 トランスフェリン(TF)型 アルファアンチトリプシン(PI)型 父として疑われた男の血液型の推定 プロペルジン因子(BF)型 補体第6等分(C6)型 補体第7成分(C7)型 免疫グロブリン(Gm)型 もし,父として疑われた男が生存していれば Gm型は赤血球凝集阻止反応により, Gm型 がすでに死亡しているため,彼の妻と3人の子 血液型検査が可能であり,その男の血液型を直 接知ることができる。しかし,本件ではその男 以外の形質はでんぷんゲル電気泳動法あるいは 供の血液型から彼のありうる型を推定したとこ 等電点電気泳動法により検査した。 ろ,表1に併示するような型となった。その結 3.赤血球酵素型 果,いずれの形質についても推定された男の型 フォスフォグルコムターゼ1(PGM!)型 のなかで,原告の父として否定される型は認め グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ られなかった。すなわち,この男は原告の父と (GPT)型 して否定されなかった。 エステラーゼD(ESD)型 赤血球酸性フォスファターゼ1(ACP1)型 フォスフォグルコン酸脱水素酵素(PGD) 父権否定確率 型 父権否定確率とは,ある母子の組合せにおい グリオキサラーゼ1(GLO)型 アデノシンデアミナーゼ(ADA)型 てある男が父として疑われた場合,どれくらい グルコースフォスフェイトイソメラーゼ の組合せで父として否定しうる型の出現頻度と (GPI)型 の割合で否定しうるかを示すもので,この母子 なる。これを日本人における遺伝子頻度をもと 以上の8形質はでんぷんゲル電気泳動法ある に計算し,表2に併示する。各形質ごとの否定 いは等電点電気泳動法により検査した。 確率をPl, P2,…P.とするとこれらの総合否 4.白血球型 定確率は, HLA.A HLA・B P=1一(1−P1)(1−P2)…(1−Pn) となる。 父として疑われた男が死亡していた親子鑑定例 81 表1 〔妻〕,〔長女〕,〔長男〕,〔次男〕の血液型検査結果 血液型形質 〔妻〕 〔長女〕 〔長男〕 〔次男〕 〔男〕(推定) ABO B CCDee A MNs O MNs A Rh O MNs CCI)ee CCDEe, CCDee, MNSs Ms CCDee CCDee MNSs, MNs, NSs, Ns CCdEe, CCdee, CcDEe, CcDee, CcdEe, Ccdee PGD GLO ADA G王)1 HLA−A HLA.B HLA−C HLA−DR P十,P− a一 a十 a a十 a十 2−2 2−2 2−2 2−2 2−1S 1S−1S 2−2 2−2 ヲ 2−1S CIC! CICl CICl CICl CIC1, CIC2, CIV MIM2 MIMl MIM2 MIM2 MIM1, MIM2, MIM3 AB A B B AB l 4−1 l l 4−1 axg axgb3s重 axgb3st axg 1AIA !AIA 1AIA 1AIA −劉船A劉11 ESD ACPl P十 a−b十 a十b− a十b− 肘−猟A劉−− GPT P十 a−b十 a十b− a十b− FS 1 PG CT FP IB FC 6C 7G m H PGM! P十 a−b十 a十b− a十b− 肘劉蝕A劉−− Lewis Duffy Kldd Diego P十 a−b十 a十b− a十b− 11AAか一1 P A24A2 B7Bw62 Cw7Cw3 DR4DR9 S S A24A24 Bw48B7 C−Cw7 A24A24 Bw48B7 C−Cw7 DR葺)R4 DR!DR4 S A24A24 Bw48B7 C−Cw7 DRIDR4 このようにして,本件ではPは0.9999となっ a十b一一,a−b十,a−b− a十b十,a十b− a十b十,a十b− 2−12−2 FS, S, SV axgb3st 1AIA,!AIB,1A2A, 1A2B 2−1 2−1 BA, B A,AC 2−1,2 1,2−1 1,2−1 A24A2 etc Bw48B35 C−Cw3 DRIDRw8 父権肯定確率 た(白血球型では最も高い値を示すDR型の値 を用いた)。これは疑われた男が原告の父でな ある母子の組合せから父として疑われた男が かったならば99。99%.の確率で否定に成功する どれくらい父親らしいかを表わすのが父権肯定 ことを意味する。言いかえると,この男が父と 確率である。前報1>ではEssen−M6Uerの式2)を して否定できないようなことは,10,000人中に 用いたが,今回は,結果として同じ値となる小 松勇作の式3>を用いた。すなわち,母と問題の わずか1人しかありえないことを示す。した がって,この男はこれほど高い確率で父子関係 男の組合せから得られる子の型の出現頻度を が否定されるはずの検査をしたにもかかわら ず,否定されなかったのであるから,原告の父 π1,母と一般不特定の男の組合せから得られる である可能性がきわめて高いといえよう。 は, 子の型の出現頻度をπ2とすると父権肯定確率 82 小 小 悪,月 表2 〔母〕,〔子〕の血液型検査結果 血液型形質 〔母〕 ABO MNSs Rh 〔子〕 O O Ns CcDee 父権否定確率 〔男〕(推定) 父権肯定確率 0.0917 A 0.4801 Ns 0,2815 MNSs, MNs, NSs, Ns 0.6609 CCDee 0.1ig3 CCDEe, CCDee, 0.5888 CCdEe, CCdee, CcDEe, CcDee, CcdEe, Cc(lee P Lewis Duffy Kidd Diego ACPl PGD GLO ADA GPI 0.4771 0 a+bra−b+,a−b− 0.5170 G.0100 a十b十,a−b十 a十b十,a−b十 0.5236 a十 0.3432 2ヨ2−2 0.5655 a一 a一 2−1 2−2 G.0605 271S 2−2 0。5770 シ 2−1S CIC2 MIM! CICl 0.0650 CIC1, CIC2, CIV 0.56!8 MIMl 0。G960 MIM/, MIM2, MIM3 S 0.0362 FS, S, SV 0.5445 0.5485 AB AB 0.0092 AB 0.5173 l 0.9335 4−l 0、9379 agb3st 4ヨ axgb3st 0.5332 axgb3st 0.7429 2A2A !A2A 0.1171 1AIA,1AIB,1A2A, 0.5785 S −劉融A21− GPT ESD P十,P− P− a−b十 a十b− a十b十 劉−船A劉劉1 PG CF mG H T王 PF B6 C7C PGM1 0 P− a−b十 a十b− a−b十 0.2800 、0 0.6517 0.6702 1A2B 0.1330 2−1 G。4020 2−1 0.4558 0。5883 0 BA, B 0。5 0.0100 A,AC 0.5198 0.0040 2−1,2 0.5016 0.0013 G 1,2−1 0.5058 1,2ヨ 0.5011 HLA.A HLA−B A2A− A2A24 0.3951 A24A2 etc 0.6971 B7B39 BOB35 0.8203 0.8723 王{LA−C Cw7C− Cw7Cw3 0。5437 DRII)Rw8 0.8612 Bw48B35 C−Cw3 DRH)Rw8 HLA−DR DRIDR2 父権否定総合確率 O.9999 P= π1 篇 1 0.6505 0.8848 父権肯定総合確率 0.9999 手の御協力をいただいた。 π1+π2 1+豊 その結果,白血球型を除いた各形質ごとの肯 π1 定確率を総合すると0.9990となった。したがっ となる。 て,疑われた男は99.9%の確率で原告の父であ 本例のように,父として疑われた男が死亡し ると肯定することができる。言いかえると,原 ている場合には,死亡者の血縁者から彼のあり 告の母とこの男とのあいだに原告のような子が うる型の頻度を求め,これにもとづいて計算す できた同じ頃に,同じ地方集団に別の男がいて る。なお,計算方法については,浅野らの論文4> 原告の母とのあいだに原告のような子ができる に詳述されているので,ここでは省略する。計 確率は,わずか0.1%にすぎないことを意味す 算には浜松医科大学浅野稔教授と南方かよ子助 る。この父権肯定確率の値は生物統計学的に疑 83 父として疑われた男が死亡していた親子鑑定例 われた男と原告との間に父子関係の存在する公 定確率を計算する場合,Essen−M611erの方式 算:がきわめて高いと評価することができる。 を採っているところがほとんどであるが,男あ これに白血球型のうちA座とB座のハプロタ イプの値を加えて算出すると,父権肯定確率は 方式が理解しやすく便利であるとともに,血縁 99。99%とさらに高くなり,この男は原告の父 者の血液型検査が重要であることを強調する次 と事実上断定してもよいといえよう。 第である。 るいは母が死亡している場合には,小松勇作の おわりに 文 献 以上,ここには父として疑われた男が死亡し 1)大矢正算,木戸 啓,小松 紀,他:二人の男 のうち一方が否定され,他方が事実上肯定され ている場合に,多項目の血液型検査をすること により血縁者から男の型の頻度を確率的に推測 し,小松勇作の方法により父権肯定確率を求め たところ,きわめて高い値が得られた好例を紹 介した。本法の原理は母が死亡している場合に た父子鑑定例.山梨医大紀要玉985;2:16−21. 2)Essen−M611er M:Die BewelsRraft und Ahnlich− keit im Vaterschaf宅snachweis. Theoretische Gru簸dlagen. Mi宅t an亀hropol Ges 1938;68: 2−53. 3)小松勇作:血液型による父権の判定に就いて. も,男および母の両者が死亡している場合にも 犯罪誌1939;13:34−43, 応用でき,また,two(rnany)men casesにお いて父として疑われる男の中に死亡者が含まれ 4)浅野 稔,南方かよ子,中鳩八良:父と擬せら れる男,母,あるいは両者が死亡している場合 の血液型による親子鑑定.その方法と有効性に ている場合にも用いうる。今日,一般に父権肯 ついて.日法医誌1980;34:109−116. ACase of Patem虻y Testi擁g Where the Putative Father was Deceased Nori Komatsu, Akira K量do, and Masakazu Oya Dψαγ餓翻(ゾ加9認M認2翻8,γα魏侃α5痂M麟6厩CoZ∼898 This I)aper reports a case of patemity宅esting where the putative£ather was alrea(至y dead。 The plalntiff, his mo山er, the wldow of the putative father aRd宅heir山ree children were tested for 28 systems of genel:lc mar− kers. The putative£ather’s types were estimated from the results of exa磁nation, but his patemity was not ex− cluded.by anyo臓e of the tests performed. The probabillty of paternity exclusion was calculated to be 9999%on £he basis of毛he gene frequencles in the Japanese population. The plausibillty of paternity was f続rζher calcu− lated to be 9999%by the Komatsu formula. The deceased was therefore regarded as the rea茎father of由e P至a量目dff㌧ Key wo罫ds言 pa宅ernity test三ng,ζyping of blood groups, probabil量ty of paternity exclusion, probability of father− hood
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