アメリカ大統領選に思うこと

時評
アメリカ大統領選に思うこと
時評
第一生命経済研究所 取締役会長 森田
現時点での時評の題材として、
アメリカのトランプ次期
最終的な選挙結果では、
クリントン氏が得票数でトランプ
大統領の話題を避けて通ることはできないと思います
氏を上回るという、文字通り国を真二つに割るという状況
が、率直に言ってこれは難しいテーマです。本稿執筆時点
になり、
また、結果判明直後から各地でトランプ反対のデ
(11月30日)
現在、新政権の閣僚の全体像も、具体的政
モが連日続くという、過去に例のない事態を迎えたこと
策も確定していませんから、多くは今後の可能性としてし
を見れば、異論の多い政策を強行することが、不測の混
か語れません。選挙戦から結果確定まで、
トランプ氏の政
乱を招くというリスクは、
認識せざるを得ないでしょう。
策は過激な内容のものが多く、
トランプ氏が勝利するこ
諸政策の輪郭が明らかにならない中で、TPPについて
とはないであろうという見方が、特にアメリカ国外では圧
は、離脱の意志を明言しています。これは、アメリカの白
倒的という印象でした。
しかし、結果は反対で、世界中に
人中・低所得層の苦境の根本が通商政策にあるというト
衝撃を与えることになりました。
ランプ氏の信念から、TPP反対が公約の最重点であった
選挙中にトランプ氏の掲げた政策の多くは、
これまで
ことと、
クリントン氏も反対を唱えていたことから、
ここに
アメリカ政府と諸外国が積み上げてきた価値観と体制を
踏み切っても国民の反感は限定的と読んだことによるも
否定するものであり、選挙向けの扇動の色彩が強いもの
のではないかと思います。
だったと思います。例えて言えば、
ジグソーパズルの一つ
いずれにしても、次期大統領の政策は未だ不透明とい
一つのピースが不整合に巨大化して、全体を一つの絵の
う結論にならざるを得ません。それが出てから対応を考
中に収めることは不可能という印象を与えるものでした。
えればよいということになるか。そうではないでしょう。大
したがって、実際の政策としてまとめるには、現実との調
統領職はもとより、政治そのものに未経験というトランプ
整作業が不可欠ということになるでしょう。オバマ現大統
氏に対し、大統領周辺からの正しい情報提供やアドバイ
領は、11月20日、APEC閉幕後の記者会見で、
「選挙戦で
スは極めて重要ですが、併せて、関係国からの情報と意
の発言が、国の統治や外交政策と整合するわけではな
見の提供はそれ以上に不可欠だと思います。その意味
い。大統領職に就けば、世界最強の国としての厳粛な責
で、先般の安倍首相のトランプ氏との会談は、世界を先導
任を認識するだろう」
との見方を示し、就任後に現実路線
する役割として、高く評価すべきものだと思います。
に転換して公約を修正することへの期待感を示していま
そして何よりも、アメリカの政策がどう定まって行こう
す。
とも、
日本が迅速・的確に対応できるように、国内の政治・
実際トランプ氏は、激しい選挙戦の実態を認識してか、
経済の体制強化に、改めて強い意思で臨むことが重要だ
当選確実後の勝利演説で、
「これからは米国の分裂の傷
と思います。世界各国の政治・経済がそれぞれの不安定
を縫い合わせる時だ。私は全ての米国民のための大統領
要因を抱える中で、日本のリーダーシップが一層求めら
になる」
と宣言し、その後の言動では、選挙期間中に出さ
れてゆくという予感がするからです。
れた諸政策についての表現はトーンダウンしています。
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富治郎
第一生命経済研レポート 2017.01