"内燃機関の100年の歴史を通じて、小型で高出力な ガソリンエンジンと、優れた熱効率をもつディーゼ ルエンジンは、それぞれの特徴を生かしてすみ分け を続けてきた。この2つのエンジンの長所を組み合 わせることができれば、理想のエンジンができるは ずであるという考え方は当初からあった。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "50年も前から、世界中の自動車メーカーや研究機 関が、燃料と空気の高度な混合制御を実現しようと 試みてきた。三菱自動車工業でも、30年ほど前に、 当時、機関設計課長であった中村裕一が、この技術 に着目して研究をはじめていた。しかし、問題を解 決するにはまったく新しい発想が必要であると判断 し、一旦は開発プログラムを終了。基礎研究で検討 を続けることになった。 多くの研究機関でも同じよ うな状況にあり、1980年代の終わりには世界中で研 究が下火になっていた。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの長所を組 み合わせるためには、2段階の混合状態を使い分け なければならない。自動車を加速する時、つまりエ ンジンの負荷の高い時には、従来のガソリンエンジ ンと同様の理論値か、それよりやや高い混合比で、 あらかじめ空気と均一に混ぜられた混合気で燃焼さ せる必要がある。また負荷の低い時には、点火プラ グの周辺だけに均一ではなく、層状に混合した濃い ガスを集める必要がある。「筒内噴射ガソリンエン ジン(GDI)」の実現に向けて、この2段階の混合状 態をどのように行い、どのように制御するかが焦点 となった。世界の技術者たちが実現できなかった問 題に、三菱自動車工業の安東弘光らのグループが立 ち向かった。 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "シリンダー内のガス流動や、噴射の構造、流れの中 でのガソリン分子の挙動、燃焼などを解明する基礎 研究がはじまった。研究を進めるうちに、安東は、 最初の配置を変えて噴霧と点火プラグを離し、広い 空間を利用して適度に混合を進めればうまくいくの ではないかと思いついた。これが、後に「ワイドス ペーシング(遠隔配置)」と呼ばれることになる新 しい概念である。燃料を点火プラグではなく、ピス トン頂点のくぼみに向かって噴射する。この流れ で、プラグ周辺まで燃料を運ばせるのである。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "安東の考え通りに燃料の運動を生じさせるために は、3つの新たな技術が使われた。 燃焼室はお椀の ような形をした「球形燃料室」にした。噴射した燃 料の向きを変えるために、お椀型がよいと直感した からである。さらに噴射する燃料が旋回するように 「スワールインジェクタ」を採用した。スワールイ ンジェクタが生み出す噴霧は、分散性に優れていた ため、微粒子となった燃料が空気の流れに沿っ て、点火プラグに運ばれた。" 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "もう一つは、真上から空気がシリンダーに流れ込む ように設計した「直立吸気ポート」である。真上か ら流れ込むことで、縦方向にタンブル流と呼ばれる 旋回流が起きる。球形燃料室では、衝突した噴霧、 気化した燃料ガスが、点火プラグに向かって移動す るように設計されていたが、この旋回流がその動き を助けた。このように「ワイドスペーシング」とい う概念は、シリンダー内の流動、噴霧、噴霧によっ て起きる周辺の空気の流れ、ピストンの上昇運動と いったすべてが、気化、混合の進んだ燃料を点火プ ラグまで運ぶために役立つようになっている。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "GDIエンジンがもつ大きな意義は、この新たな3つ の技術により、混合気の形成を自由に制御できるよ うになったことである。この技術を利用して「2段 混合」と名づけた画期的なノック制御が実現した。 さらにGDIエンジンには濃い燃料の固まりを作るこ とで、空気が十分にない条件でもすすがでないとい う特長がある。輝炎が着火源となって、通常では燃 えないような薄い混合気も燃え、すすの再燃焼が起 きることで、すすのでないクリーンさが実現した。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "GDIエンジン搭載車は、三菱自動車工業の従来エン ジン搭載車と比べ、日常に使う状態で出力を約 10%、燃費を約35%向上させるという高い性能を実 現した。同社では、オランダ、イタリアなどの生産 拠点でGDIエンジンを生産している。さらに1999年 1月にはフランスのプジョー社、韓国の現代自動車 に対し、GDIエンジンの技術供与を行っている。 そ の後、他社からも同様の直噴ガソリンエンジンが商 品化された。トヨタ自動車からはトヨタD-4エンジ ン、日産自動車からはNEO Diガソリンエンジンなど が開発されている。" 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "開発チームが最初の試作エンジンをつくったのは 1989年の秋だった。その後も改良を続け、1992年の 春には本質的な問題はないと判断。当時の中村裕一 社長に報告した。こうして一度は中断した筒内噴射 ガソリンエンジンの開発が本格的にはじまった。 商 品化のためには、どんな運転状態や環境でも、動作 が確実でなければならない。やっと答えが見えたと きから、苦労は検討すべき組み合わせの多さに変 わった。" 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "確実に動くエンジンを求めて、球形型燃料室の形は 200種類、インジェクタは噴霧の形態の違いで10種 類、吸気ポートは10種類ほど試作した。最適な組み 合わせをみつけるためには、単純に計算しても2万 通り。1日1つ調べるとして、50年以上かかる計算に なる。やみくもに組み合わせるのではなく、仮説を 立てて検証することになった。仮説を立てるために は、燃焼室の中で何が起こっているのか、ガソリン の分子や空気がどう動き、どう燃えるかを知る必要 がある。その解明には開発のために続けていた基礎 研究が役立った。さらにレーザーを使った計測技術 やコンピュータによる解析技術が成熟していた時期 にあったことも開発を助けた。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "開発が本格化してから2年間で200種類の燃焼室を 試作したが、実際に商品化したのは試作を開始した 1ヶ月後につくった10番目の燃焼室だった。だから といって残りの23ケ月、190種類の燃焼室が無駄 だったという訳ではない。その遠回りがあったから こそ、エンジン内で起きている様々な現象が明らか になり、何を改良すればいいかを解明することがで きたのだ。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社 "実際に、最初に実用化した筒内噴射エンジンは直列 4気筒の1.8リットルエンジンだが、その後、相次い で直列4気筒2.4リットル、V型6気筒3.0リットル・ 3.5リットルエンジンが商品化できた根底には、190 の""失敗作""から得られたデータがあった。 この成 功には「新しい切り口で取り組む」という、安東弘 光らの姿勢があった。たとえ失敗しても、別の切り 口を探せばよいというスタンスだった。点火プラ グとインジェクタを切り離すという過去にない切り 口が、結果としては成功へ導いた。ポート噴射用の 電磁式インジェクタを直噴用に応用したこと、そし てスワールインジェクタを採用したこと。過去にな い新しい切り口で挑んだからこそ、自動車エンジン の技術者なら、誰しも夢見ながら実現できなかった 直噴ガソリンエンジンは成功した。 " 筒内噴射ガソリンエンジン開発への挑戦 三菱自動車工業株式会社
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