抗体医薬品・バイオ医薬品の安定性試験への取り組み

The TRC News,
201612-02 (December 2016)
抗体医薬品・バイオ医薬品の安定性試験への取り組み
CMC 分析研究部 谷口佳隆
要 旨 抗体医薬品を中心としたバイオ医薬品の開発はますます盛んである。東レリサーチセンターでは、長年に
わたる安定性試験の実績にバイオ技術を取り込み、バイオ医薬品の安定性試験および品質試験に積極的に取り組
んでいる。ここでは、CMC 分析研究部で実施している安定性試験及び品質試験の概要を、取得したデータも交
えながら、分析手法を中心とした切り口から紹介する。
本稿では、弊社で実施している抗体医薬品・バイオ
医薬品の安定性試験及び品質試験の概要を紹介する。
1. はじめに
医薬品市場においてバイオ医薬品はもはや一般的なも
2. 保存設備
のとなり、特に抗体医薬品は確固たる地位をしめるよ
うになった。現在では、日米欧で 40 品目を超える抗体
医薬品が承認されている 1)。抗体医薬品の安定性試験
弊社では、安定性試験用保存設備として、5℃から 40℃
や品質試験も国内で活発に行われている。また、バイ
までの試料保存室、恒温恒湿槽を保有しているが、抗
オ後続品の開発も活発で、安定性試験が必要となって
体・バイオ医薬品に関しては、さらに–80℃から–20℃
いる。
までの超低温フリーザー及び低温フリーザーを保有し、
東レリサーチセンターでは、以下に記載する規制に
さまざまな温度及び湿度での保存に対応している(図
基づいて、安定性試験及び品質試験を実施している。
1 参照)
。
・申請資料の信頼性の基準(医薬品、医療機器等の品
質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則
第 43 条)
・医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基
準に関する省令(医薬品・医薬部外品 GMP 省令(厚
生労働省令第 179 号)
)
また、バイオ医薬品に関しては、ICHQ5C ガイドラ
図 1 超低温フリーザー及び低温フリーザー
イン「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生
2)
物起源由来医薬品)の安定性試験」 、ICHQ6B ガイド
ライン「生物薬品(バイオテクノロジー応用製品/生
物起源由来製品)の規格及び試験方法の設定」3)に従
3. 分析方法
うことになるが、抗体医薬品の場合は、
「抗体医薬品の
品質評価のガイダンス」4)に評価法における留意事項
表 1 に、抗体・バイオ医薬品の安定性試験における試
が書かれている。
験項目と使用される分析方法の例を記載する。低分子
1
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医薬品と共通する分析手法もあるが、バイオ医薬品に
特有の分析手法も多い。試験項目として、力価はバイ
オ医薬品特有の項目であり、手法としても ELISA やセ
ルベースアッセイという、免疫化学的・生物学的な分
析法がある。また、確認試験や純度試験における各種
電気泳動、不純物の分析手法が特徴的である。
図 2 ウシ血清アルブミンのぺプチドマップ
表 1 抗体・バイオ医薬品の試験項目及び分析方法
試験項目
分析方法
外観・
性状
色,澄明度
確認試験
ペプチドマップ,SDS-PAGE,
等電点電気泳動,
キャピラリー等電点電気泳動
(cIEF)
純度
HPLC
(サイズ排除,イオン交換),
SDSキャピラリーゲル電気泳動
不純物
エンドトキシン,
Host Cell Protein,
PEG,ポリソルベート80
的物質由来不純物を分離することが必要である。サイ
力価
ELISA,セルベースアッセイ
の存在が、イオン交換クロマトグラフィーによって脱
定量
UV
アミド体、末端リシンの欠失、シアル酸の数などが反
その他
pH,浸透圧,
不溶性微粒子,採取容量
表 2 ペプチドマップの保持時間及びピーク面積比
ピーク 保持時間(min)
A
5.458±0.019
B
8.270±0.026
C
14.696±0.012
D
23.094±0.008
E
28.416±0.009
面積比
1
0.962±0.010
0.556±0.011
0.667±0.002
0.639±0.003
HPLC を使用する純度試験では、特に目的物質と目
ズ排除クロマトグラフィーによって二量体及び多量体
映される。
5. 電気泳動
4. 液体クロマトグラフィー
電気泳動は、確認試験や純度試験で使用される。電気
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は、確認試験
泳動には、分子量によって分離する方法と、等電点に
や純度試験に使用される。
よって分離する方法がある。
ペプチドマップでは、タンパク質をトリプシンなど
分子量によって分離する電気泳動としては、従来は
のプロテアーゼで特異的に加水分解し、HPLC で分析
スラブゲルを用いた SDS ポリアクリルアミドゲル電
してピークのパターンを標準物質と比較する。厳密に
気泳動(SDS-PAGE)が主流であった。この方法では
定量性を要求されるわけではないが、少なくともピー
ゲル上で分離されたタンパク質を染色することによっ
クの保持時間及び面積比に関する再現性は必要である。
て、バンドパターンを視覚化することができる。目視
図 2 には、弊社において、モデルとしてウシ血清アル
にて結果を判定することもできるが、スキャナーで画
ブミンのトリプシン消化物を、CORTECS UPLC C18+
像を取り込み解析することも行われている。
カラムで分析した例を示す。20 回連続測定したが、
一方、キャピラリーゲル電気泳動では、定量性の高
保持時間及び面積比の再現性は良好であった(表 2)
。
い結果を得ることができる。図 3 及び図 4 は、弊社に
おいて抗体を還元条件及び非還元条件で測定し、濃度
と面積の相関を示したものであるが、良好な直線性が
得られている 5)。
2
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8000
面積
軽鎖
重鎖
6. 酵素免疫測定法(ELISA)
4000
酵素免疫測定法(ELISA:Enzyme-linked immunosorbent
assay)は、力価の測定に使用される。抗体医薬品では、
0
0
0.2
0.4 0.6 0.8
濃度(mg/mL)
1
その作用の起点は標的分子である抗原との結合である。
1.2
抗原には、細胞膜上の受容体の場合や、サイトカイン
図 3 キャピラリーゲル電気泳動による抗体の
などの可溶性分子の場合がある。従って、結合特性を
分析結果(還元条件)
指標とした ELISA が非常に重要な力価試験となる。弊
社では、吸光度、蛍光強度、発光強度のいずれにも対
応すべく、プレートリーダーとして VERSAmax 及び
8000
4000
図 6 に、
シグモイド曲線の例を示す。
定量的な解析は、
面積
SpectraMax M5e(Molecular Device)を保有している。
4-パラメーターロジスティックモデルによって行う。
0
0
0.1
0.2 0.3 0.4
濃度(mg/mL)
標準品及び被験物質それぞれに対してシグモイド曲線
0.5
を作成し、標準品の力価から被験物質の力価を計算す
図 4 キャピラリーゲル電気泳動による抗体の
る。
分析結果(非還元条件)
弊社では、PA 800 plus (Beckman Coulter) 2 台を駆使
し、多くの実績を積んでいる。2 台保有しているため、
装置を変えて室内再現精度を実施することが可能であ
る。
等電点によって分離する手法に関しても、キャピラ
リー電気泳動が多用されており、末端リシン残基の有
図 6 ELISA におけるシグモイド曲線の例
無、脱アミドの有無、シアル酸結合数の相違などによ
るアイソフォームの分離が可能である。弊社が抗体の
キャピラリー等電点電気泳動を行ったところ、イオン
7. セルベースアッセイ
交換クロマトグラフィーでは見出せなかった複数の酸
性及び塩基性ピークを検出できることがわかり、キャ
抗体医薬品がターゲットの抗原に結合したとしても、
ピラリー等電点電気泳動の有用性を示すことができた
それが薬効を反映するとは限らない。多くの抗体医薬
(図 5)
。
品は、標的分子を中和するアンタゴニスト作用をもっ
ているが、中にはアゴニスト作用をもつものもある。
(吸光度,AU)
酸性側画分
0.04-
アンタゴニスト作用とアゴニスト作用は逆の作用にな
↓ 主ピーク
るため、ELISA では薬効を反映した力価を測定したこ
塩基性側画分
0.02-
とにはならない。さらに最近は、抗体依存性細胞傷害
0.00-
(ADCC:antibody dependent cellular cytotoxity)活性な
|
|
|
|
8.2
8.6
9.0
9.4
ど、新しい作用メカニズムに基づいた抗体医薬品も開
(pH)
発・上市されており、バイオ医薬品の品質評価を行う
図 5 抗体のキャピラリー等電点電気泳動による分析
上で、ELISA に加えて細胞を用いたセルベースアッセ
例(エレクトロフェログラム)
イの重要性が急速に増してきた。
セルベースアッセイも ELISA と同様に、標準品及び
被験物質それぞれに対してシグモイド曲線を作成し、
3
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標準品の力価から被験物質の力価を計算する。セルベ
引用文献
ースアッセイが他の分析法と大きく異なる点は、試験
1) http://www.nihs.go.jp/dbcb/mabs.html#m02
材料である細胞の状態が刻一刻と変化することである。
2) 厚生省医薬安全局審査管理課長通知:生物薬品(バ
このことは、試験系の堅牢性が低くなりがちであるこ
イオテクノロジー応用製品/生物起源由来製品)
とを意味する。セルベースアッセイを成功させるため
の安定性試験について、平成 10 年 1 月 6 日 医薬
には、分析技術に加え、細胞の状態を観察するという
審第 6 号
3) 厚生労働省医薬局審査管理課長通知:生物薬品(バ
生物学的なセンスも必要となる。細胞増殖抑制を指標
6)
とした具体的な結果は、The TRC News の前号 を見て
イオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬
いただきたい。
品)の規格及び試験方法の設定、平成 13 年 5 月 1
弊社では、現在は主として細胞増殖、細胞死を指標
日 医薬審発第 571 号
としたセルベースアッセイを実施しているが、多様な
4) 厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知:
「抗体医
抗体医薬品・バイオ医薬品に対応するため、アッセイ
薬品の品質評価のためのガイダンス」について、
の幅を広げるべく取り組んでいるところである。
平成 24 年 12 月 14 日 薬食審査発 1214 第 1 号
5) 吉村卓也、CMC 分野におけるキャピラリー電気泳
動による抗体医薬品の分析, The TRC News, 118,
8. まとめ
19-30, (2014).
6) 吉村卓也, 細胞を用いたバイオ医薬品の品質評価、
以上、
弊社における安定性試験及び品質試験の概要を、
The TRC News, 201611-02.
弊社の強みであるペプチドマップ、キャピラリー電気
泳動、ELISA、セルベースアッセイという分析技術と
谷口 佳隆(たにぐち よしたか)
いう切り口で述べてきた。弊社はこれらを GMP 体制
CMC 分析研究部 部長
で実施している。今後も、技術・品質の両面からお客
趣味:一人旅
様に信頼いただき、医薬品の承認申請にお役に立てれ
ば幸いである。
4