相場展望レポート (2017 年 1 月) 2016.12.27 江守 哲 氏

相場展望レポート (2017 年 1 月)
2016.12.27
江守 哲 氏
ドル円(強気シナリオ:110 円~130 円/弱気シナリオ:100 円~120 円)
今年の為替市場を振り返ると、年初からドル円は急落し、2015 年の上昇基調が反転する動きとなった。そ
れまで市場ではドルに対して強気な⾒⽅が⽀配的だっただけに、市場参加者の多くがこの動きについていく
ことができず、またドル円のロングを抱えていたこともあり、ストップロスの売りがさらに下げに拍⾞をか
けるなど、きわめて厳しい下げになった。これらの動きは、市場では意外感をもって受け止められたようだ
が、ドル円はそれまでの 3 年間、上昇していただけに、下落しても全くおかしくはなかったといえる。とい
うのも、過去のドル円の上昇期間を⾒ると、おおむね 3 年が限界となっており、その翌年には下落する傾向
がかなり鮮明であったからである。さらに⾔えば、⽶連邦準備理事会(FRB)が 15 年 12 ⽉に利上げを実施
したことも影響した。それまでにドル円は⼗分に上昇しており、利上げは織り込まれていた。また、直近 3
回の利上げ局⾯では、利上げ後にドルが下落する傾向が鮮明であった。つまり、利上げ前にドル⾼が織り込
まれるパターンが明確であり、今回もそのパターン通りの動きになっただけに過ぎなかったわけである。直
近の上昇が強い動きであればあるほど、その後の⾒通しはそれまでのトレンドに沿ったものになりがちであ
る。それが 2016 年の円安⾒通しの背景にあったものと思われるが、実際には反転・下落に転じる可能性の
⽅がかなり⾼かったというわけである。
年央に向けて、ドル円は下落ピッチを速め、3 ⽉には 110 円を割り込み、6 ⽉には 105 円をも割り込む急落
となった。本来は年末にかけて下落していくことを想定し、年末に 100 円に到達するとみていたが、6 ⽉ 23
日の英国の欧州連合(EU)の離脱に関する国⺠投票が実施され、予想に反して英国⺠が離脱を選択したこと
から、ドル円は 100 円を割り込み、99 円の安値を付けるに至った。その後も 8 ⽉と 9 ⽉にも 100 円割れを
試したものの、大きく下げることなく反発し、結果的にここがトリプルボトムを形成する格好となった。そ
して、市場の最大の関⼼事だった⽶大統領選を迎えることになったわけだが、これもまた市場の事前予想を
覆すサプライズとなった。当初は⺠主党候補であるクリントン⽒の圧倒的な優位が⽰されていたが、徐々に
形勢が変わり、共和党候補のトランプ⽒との⽀持率の差は投票直前でほぼ拮抗することとなった。それでも
なお、主要メディアはクリントン⽒の勝利を予想していたが、投票が開始され、結果が明らかになるにつれ
て、トランプ⽒の優位が鮮明になる中、⽶国株の先物に売り出て、ドル円も下落した。しかし、ドル円が 100
円の大台を割り込まずに反転し、日本株や⽶国株先物なども急落したものの、下げがそれほどでもなかった
ことから買戻しが⼊り、投票日翌日の⽶国市場では引けてみると大幅⾼となった。当初はトランプ⽒が勝利
した場合、⾦融市場は混乱し、ドルは売られ、株価は大幅安になるとみられていた。確かに、最初の市場の
反応としてはそのような動きになったものの、その日のうちにドルは上昇し、株価もプラス圏で引けた。こ
れは市場の当初の予想と全く逆の動きであった。
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このように、トランプ⽒の勝利⾃体がサプライズではあったが、それ以上にドルや株価が反発したことの⽅
がサプライズであったといえる。市場参加者は、トランプ⽒の勝利を好意的に捉え、それを株価やドルの動
きに反映させる投資⾏動をとったことになる。⽶国⺠の⺠主党政権が続くことへの嫌悪感や、破天荒に⾒え
るトランプ⽒の大胆な改⾰や⾏動・政策への期待が、その後の株価やドルの急伸をもたらしたといえるだろ
う。その結果、⽶国株は連日のように過去最⾼値を更新するなど、まさに歴史的な上昇になる一⽅、トラン
プ⽒が掲げる財政出動や減税、インフラ投資の拡大などを背景に、⻑期⾦利が上昇していることで、ドルも
大幅に上昇している。この結果、ドル円はわずか 1 カ⽉あまりで 17 円も円安になっている。このような動
きになった背景には、それまでドル安に掛けていた市場参加者のポジションの反転が大きく影響している。
また、さらにその後の上昇局⾯で売り上がった投資家の損失覚悟の買戻しも上昇に弾みをつけたといえる。
このような形で年末にドル円が急激に上昇することとなったが、持続性には大いに疑問が残る。このドル⾼
がなぜ起きたのかを考えた場合、最大の理由は⻭止めを掛ける⽴場の⼈間の不在である。これまでであれば、
ルー財務⻑官がドル⾼けん制発⾔を⾏うことで、ドル安・円⾼基調が保たれてきた。しかし、トランプ⽒の
勝利で政権が変わることになり、同⻑官からの発⾔は一切聞かれなくなったこともあり、ドル円相場の動き
に⻭止めを掛ける⽴場の⼈間が不在の状況になった。これを利⽤したのがヘッジファンドである。それまで
円⾼に掛けてきたが、トランプ⽒の誕生でポジションを反転させ、トランプ⽒への評価を一変させたことが
ドル円の急伸につながった。レイムダック化したオバマ政権のまさに虚を突いた動きだったといえる。しか
し、注意すべき点がある。それは、トランプ⽒が国家経済会議(NEC)のトップに指名した、ゴールドマン・
サックス社⻑のゲーリー・コーン⽒の発⾔である。同⽒は繰り返し「ドル⾼は⽶国にとって不利益」と発⾔
している。その同⽒を指名したのがトラン⽒であることを考えると、トランプ政権がドル安を志向している
との発⾔がいつ飛び出してもおかしくない。そうなれば、ドル円は 5 円単位での大幅な調整を強いられる可
能性がある。
また注意したいのは、日⽶実質⾦利差からみたドル円の割⾼感である。⽶国の実質⾦利は縮⼩傾向にあるが、
その背景には、⽶国の消費者物価指数(CPI)と連動性が⾼い原油相場の上昇にある。この⼆つは前年⽐でみ
るとほぼ連動しており、2017 年の初めにも 2%を超え、3%近くに達する可能性が指摘できる。一⽅、日本
の CPI と円建て原油価格には 1 年程度のタイムラグがある。つまり、日本の CPI が上がり始めるのは 17 年
後半である。このように考えると、日⽶実質⾦利差は当⾯は縮⼩傾向が続き、円⾼傾向になると考えるのが
普通である。理論値としては 103 円程度が適正と考えられるため、今後は激しい調整が起きても全くおかし
くない。このように考えると、120 円を明確に超えると、相場として円安基調が加速し、130 円まで上昇し
てしまう可能性は⼗分にあるが、超えられないようだと、理論値に沿った値動きに戻り、年末に 100 円水準
まで調整が進んでもおかしくない計算になる。
一⽅、過去の⽶国の共和党政権下における財政収⽀の悪化局⾯では、ドル安傾向はきわめて鮮明である。ブ
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ッシュ(父)政権の 4 年間およびブッシュ(⼦)政権の 8 年間では、⽶財政収⽀の対 GDP ⽐の悪化とドル
指数の下落が鮮明である。財政悪化は⾦利上昇につながる一⽅、これがドル⾼を誘引するものの、それには
持続性がなく、
結果的におしなべてドル安になっている。
12 ⽉ 13・14 日開催の⽶連邦公開市場委員会(FOMC)
では、来年の利上げ回数の予測が 3 回となり、9 ⽉の 2 回から引き上げられている。FRB 関係者が利上げペ
ースの加速を⽰唆したことになるが、今後の原油価格の上昇ペースや CPI の上がり⽅を想定すれば、利上げ
ペースはむしろ後手に回り、いわゆる「ビハインド・ザ・カーブ」となる可能性も否定できない。いずれに
しても、このように考えると、ドル円が一⽅的に上昇するとの⾒通しは⽴てづらく、むしろこれまでの反動
を意識した動きを想定しておくべきであろう。共和党の大統領就任 1 年目はドル⾼・円安になりやすい傾向
があるが、今回についてはそれほどドル⾼にはならない可能性がある。トランプ大統領の就任は来年 1 ⽉ 20
日だが、それまでドルがピークアウトする可能性は⼗分にあるだろう。これらを総合すれば、ドルの強気シ
ナリオの場合には 110 円〜130 円、弱気シナリオの⽅は 100 円〜120 円を想定しておきたい。120 円を明
確に超えると、130 円の可能性が⾼まるが、120 円を超えられなければ、年末にかけて再び 100 円を試す可
能性も出てこよう。市場では強気な⾒⽅が⽀配的になっているもようである。それだけに、逆の⽅向に動い
た場合のリスクは想定以上に大きくなると考えておきたい。
ユーロ円(強気シナリオ:115 円~135 円/弱気シナリオ:105 円~125 円)
ユーロ円はドル円の上昇に⽀えられる一⽅、ユーロドルの下落で上値の重い展開になっている。最終的には
ユーロドルの動きがユーロ円の動きを⽀配することになろうが、そのユーロドルが軟調に推移しており、ユ
ーロ円の上値も限定的になっている。⻑期トレンドでは反発基調に⼊っており、上値を試す可能性が⾼まっ
ている。120 円を維持できているうちは、上昇の可能性は維持されることになりそうである。しかし、この
動きは円安に⽀えられているといえる。したがって、本格的な上昇基調に⼊るには、ユーロドルの明確な反
転が不可⽋となろう。17 年のユーロ円は、120 円前後が中⼼となり、ここからどちらに放れるかがポイント
になろう。この水準を維持できていれば、135 円までの上昇の可能性が残る。一⽅で、割り込んでしまうと、
105 円までの調整となる可能性が浮上しよう。いずれにしても、目先のユーロドルのトレンドは依然として
下向きである。これが反転するまでは、ドル円の上昇がユーロ円の下値を⽀える構図が続くことになろう。
ユーロドル(強気シナリオ:1.01 ドル~1.18 ドル/弱気シナリオ:0.92 ドル~1.09 ドル)
ユーロドルはドル⾼基調を背景に下落基調が続いている。⽶大統領選でのトランプ⽒の勝利後のドル⾼基調
の継続や、17 年に控えるフランス大統領選や議会選挙、ドイツの総選挙など政治リスクへの懸念も上値を抑
えている。17 年のユーロドルのテーマとして取り上げられやすいものの、政治リスクの為替市場への影響は
それほど大きくないと考える。一⽅、欧州中央銀⾏(ECB)は 12 ⽉ 8 日の理事会で、量的緩和を 9 か⽉延
⻑し、17 年末まで継続するとした。一⽅で資産購⼊額を 17 年 4 ⽉から現状の 800 億ユーロから 600 億ユ
ーロに減額するとした。ドラギ総裁は緩和継続に強いコミットメントを⽰しているものの、一⽅で政策⾃体
はテーパリングと考えることも可能であり、徐々に出⼝戦略を検討し始めているとの観測が浮上する可能性
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がある。そうなれば、緩和を背景とした⾦融政策⾯からのユーロ安には限界が出てくることも想定される。
またドル円における日⽶実質⾦利差と同様のロジックで考えると、ユーロ⾼になりやすい構造にある。トラ
ンプ政権への期待が強まる中、ユーロドルは下落基調が継続し、将来的にはパリティ(1 ユーロ=1 ドル)に
なるとの⾒⽅も少なくない。しかし、世界的な⾦利の底打ちから上昇の流れの中、ユーロ債利回りも反転し
ており、現状の⽶国債利回りとの利回り差が加速度的に拡大する可能性はむしろ低いだろう。このように考
えると、ユーロドルがパリティを割り込むほどの下落になる可能性は低いように思われる。現状のユーロド
ルの動きを⾒れば、とても反発に向かうとは想像できない。戻り売り圧⼒は依然として強いだろうが、一⽅
で⽶国がドル安志向を鮮明にすれば、大きく下落する可能性は大幅に低下することになろう。短期的には
1.04 ドルから 1.01 ドルでサポートされるかがポイントになるだろう。
豪ドル円(強気シナリオ:80 円~98 円/弱気シナリオ:72 円~90 円)
豪ドル円は反発基調にある。ドル円の上昇に⽀えられている⾯が強く、17 年はこの基調が続くかに加え、コ
モディティ価格の反転基調が継続するかに注目することになろう。2016 年の豪ドル/⽶ドルはおおむね
0.70 ドル〜0.78 ドルのレンジで推移した。トランプ次期大統領の政策への機会から⽶⻑期⾦利が上昇する
中、ドル⾼基調が続いていることから、直近では上値の重い展開になっている。しかし、最近のコモディテ
ィ価格の堅調さなどを考慮すれば、豪ドルは徐々に売られにくい通貨としての位置づけになるものと思われ
る。豪州準備銀⾏(RBA)は 12 ⽉ 6 日の定例理事会で、市場の予想通り、政策⾦利を 1.50%で据え置くこ
とを決定した。今回の理事会では、外部環境の改善を指摘する一⽅、景気は平均ペースを下回っているとし
ている。第 3 四半期(7〜9 ⽉)の GDP 成⻑率は前期⽐マイナス 0.5%と、市場予想を下回り、11 年第 1
四半期(1〜3 ⽉)のマイナス 2%以来のマイナス成⻑となっている。しかし、RBA はインフレ⾒通しの下振
れリスクは低下していると指摘する一⽅、今後景気は加速するとしており、今後の豪ドルの反転の可能性が
指摘できるだろう。また、コモディティ価格の反転・上昇の兆しもあり、豪ドル⾃体は堅調にするものと思
われる。その結果、豪ドル/⽶ドルは 0.70 ドルを大幅に下回ることはないと考える。その場合、豪ドル/
⽶ドルも底堅い展開になるものと思われる。これらの動きを受けて、豪ドル円も堅調に推移しよう。節目の
80 円で下げ止まることができれば、ドル円が極端な円⾼に進まなければ、豪ドル/⽶ドルの上昇を⽀えに年
内にも 100 円近くまで上昇する可能性は⼗分にあると考える。
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2016.12.27
■ 江守 哲(えもり てつ)氏
てつ)氏プロフィール
エモリキャピタルマネジメント株式会社・代表取締役
大手商社、外資系企業、投資顧問会社等を経て独立。コモディティ市場経験は 25 年超。
現在は運用業務に加え、為替・株式・コモディティ市場に関する情報提供・講演などを行っている。
著書に「LME(ロンドン金属取引所)入門」(総合法令出版)など
共著に「コモディティ市場と投資戦略」(勁草書房)
■ ご留意いただきたい事項
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金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第 165 号
加入協会:日本証券業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会
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