大切なものの為に ID:71531

大切なものの為に
ねむいひまじん
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じます。
︻あらすじ︼
間桐慎二は自身の大切なもののため、どこまでも道化を演じる。そ
の先にあるのが破滅と知りながらも、けして慎二は諦めない。たとえ
守りたいと思ったものを傷つけることになろうとも、それで守りたい
ものが守られるなら。どれだけ苦しくとも、自身がどんな悪党になっ
たとしても。
第
目 次 話 │││││││││││││││││││││││││
第二話 前編 │││││││││││││││││││││
第二話後編 │││││││││││││││││││││││
第三話 前編 │││││││││││││││││││││
第三話 中編 │││││││││││││││││││││
第三話後編 │││││││││││││││││││││││
第四話 前編 │││││││││││││││││││││
第四話 後編 │││││││││││││││││││││
第五話 前編 │││││││││││││││││││││
第五話 後編 │││││││││││││││││││││
第六話 前編 │││││││││││││││││││││
第六話 中編 │││││││││││││││││││││
第六話後編 9/13 ステータスの値を一部修正 ││
第七話 前編 9/18 解説を追記 │││││││││││
第七話 中編 │││││││││││││││││││││
第七話後編 │││││││││││││││││││││││
1
7
15
25
35
46
56
67
73
81
89
143 129 117 105 95
1
第
話
間桐慎二は、幼い頃は自身の家が異常であることに気がついていな
かった。魔術などという現実離れしたものが使える特別な家系だと、
自分が特別なものだと思っていたほどだ。だからだろうか、慎二はよ
く自身の家の書斎にこもっては、間桐の魔術書を読みあさっていた。
﹁綺麗なものだね﹂
慎二はそうつぶやいて、魔術的な様々な図形を指でなぞる。ふと、
彼が顔を上げると、妹の桜が顔をのぞかせていた。その視線にどこか
自身に対しての憐れみが含まれている事に慎二は薄々感づいている。
だが、幼き日の彼はそんな視線を向けられる謂れがどこにあるのだろ
うと思いつつ、口出しするわけでもなく、彼女に胡乱げな視線を向け
た。
桜はびくりと体を震わせると、おどおどしながらこう言った。
﹁あの、夕飯の用意ができたって⋮⋮﹂
﹁わかったよ﹂
慎二はパタン、と本を閉じるとゆっくりと立ち上がった。桜のほう
に歩いていくと、彼女はびくりと体を震わせた。
そんなことも分かんない訳
﹂
﹁なんだよ、その態度は。別にとって食いやしないって前々からいっ
てるだろ
?
このとき、すでに彼の父たる間桐鶴野はこの世になく、祖父たる臓
話。
を覚えつつも、なんだかんだで家族としての愛情を注いでいたころの
これが、幼き日の彼の過ごした風景。彼は、桜からの視線に違和感
キッチンに向かっていった。
る。慎二はそれに気づかないふりをして、桜の手を強引に引きながら
はうつむいていた顔を上げると、戸惑ったような表情をして慎二を見
いらだたしげに自分の頭をかくと、桜の頭を乱暴に撫でてやった。桜
慎二がぶっきらぼうにそういうと桜は顔をうつ向かせる。慎二は
﹁いちいち謝るなよ、うっとおしいな﹂
﹁ごめんなさい⋮⋮﹂
?
1
1
硯はどこかおぞましい雰囲気をまとっており、慎二も積極的に会話し
ようなどと思わなかった。最早、彼にとって唯一家族と呼べる存在が
桜だけだったという話だ。
こんな日常が壊れたのは、それから数年たった後のこと。慎二がそ
の日地下への扉を見つけたのは偶然だった。慎二は、その日好奇心か
らか、それとも異様な気配を感じたからか、ゆっくりと地下へと降り
て行ってしまう。知らなければよかった、知らないということがどれ
だけ残酷なことだったのか、彼は知ることになる。
そこで見た光景は凄惨な風景。数多の虫が蠢きあい、きちきちと音
を鳴らす。あまりの光景に絶句する慎二を追い詰めるかの如く、そこ
に彼女が⋮⋮ 桜がいた。虫の中に埋もれるようにして、うつろな瞳
で虚空を見上げながら。その大量の虫に犯されながら。慎二の頭の
﹂
2
中は、恐怖と戸惑いでいっぱいになる。
﹁どういうことだよ、どういうことだよこれは
慎二の中の何かを壊すのに十分だった。
らゆっくりと慎二に近づいていく。そこで、告げられた真実。それは
いる慎二の表情が愉快なのか、カカカカと不気味な笑い声をあげなが
慎二が振り返ると、そこには間桐臓硯が立っていた。恐怖に歪んで
﹁ほう、慎二よ。ここを見つけてしまうとはな﹂
は背後からの声で止まってしまった。
二は桜のことを見捨てることができなかったからだ。しかし、その足
か細い声でそう呟く桜のほうに、慎二はゆっくりと歩いていく。慎
﹁やめて⋮ みないで⋮⋮﹂
られたくなかったことを知られてしまったのだから。
瞳にうつった感情をたとえるとするのならば絶望だろう。彼女が知
に向けた。何でここに慎二がいるのか分からないという表情。その
慎二の叫びに、うつろな目をしていた桜はゆっくりと顔を彼のほう
!!
慎二は地下室から逃げ出し、自室のドアを閉じる。閉じたドアに背
あんなものが僕の憧れた間桐の魔術
ふざけ
を預け、慎二はずるずるとへたり込んだ。彼の頭の中で、告げられた
蟲
真実が頭の中を駆け巡る。
﹁桜が当主
﹂
?
﹂
一番苦しかったのはお前だ。本当ならお前
が憐れまれるべき対象だろうが
!
で保たれている彼女の精神が壊れてしまうだろう。
もし憐れむ対象たる慎二に憐れまれるようなことがあれば、ぎりぎり
憐れんで、自身の心を閉ざして、何とか精神の安定を保っていたのだ。
よぎる。しかし、首を振ってその考えを否定する。桜は今まで慎二を
今までと変わらず彼女に接すればいいのかと、そんな思いが彼の頭に
中で、慎二は桜のことを考える。今更気づいた地下室の事実に対して
の中は様々な感情が渦巻き、まともな答えを出してくれない。そんな
座り込んだまま虚空に視線を向けて、慎二はそう呟いた。慎二の頭
﹁なんでこんなことに⋮⋮﹂
れない。しかし、現実は悲惨なものだった。
の訓練をしていたならば、慎二は嫉妬に狂って桜を殺していたかもし
桜に対して嫉妬の念さえわいてこない。もし、桜が正当な間桐の魔術
あんなおぞましいことをされていたのかと思うと魔術回路のある
かったのだと、慎二は歯ぎしりをする。
自分だったのだ。自分に回路さえあれば、あそこに桜がいる事は無
心の中にあるのはまさにそれだ。本来ならあの地獄の中にいたのは
ここにはいない桜に対して慎二は悪態をついた。無力感。慎二の
!
﹁本当にふざけるなよ
うであると思うことで、自身の境遇に対する感情を殺してきたのだ。
と、彼女は慎二を憐れむことで、こんな家に生まれた慎二をかわいそ
のを知っていたから、魔術書を読み漁る彼を憐れんでいたのだ。きっ
く。あの憐れみの視線は慎二が当主になれないのを、魔術回路が無い
なまじ頭がいいだけに、慎二の中で今までの事象がつながってい
るな、ふざけるなふざけるな
?
ならどうすればいいのか。簡単だ、彼女の目に映っていた自分が滑
3
!!
?
稽だというのなら、そんな自分を哀れだということで精神を保ってい
たというのならば、もっと滑稽に哀れで滑稽な存在になればいい。そ
んな考えが慎二の中に、まるで天啓を示されたかの如く浮かんでき
た。
﹁そうさ、どうせあいつにとって僕はそんな存在だ。だったらもっと
愚かでどうしようもない道化を演じよう。それであいつが少しでも
苦しまずに済むのなら安いものじゃないか﹂
くつくつと狂ったように笑いながら慎二は泣いた。涙が止まらな
かった。慎二なりに大切にしてきたつもりだった。それでも、彼女の
目に映っていたのはただの道化だったのだから。
涙を流しながらも、慎二は桜を助けるにはどうすればいいのかを考
える。慎二にとっては、彼女はただ一人残った家族なのだ。苦しくて
も、どう思われようとも関係ない。彼の両親は彼の腕からすり抜けて
いってしまった。だからこそ、これ以上家族を失うことを彼の精神が
許容しなかった。
たとえ桜のことを傷つけてでも彼女を守り通す。それが彼の抱い
た答え。慎二は、きっと自分はろくな死に方をしないんだろうと思い
つつ、ゆっくりと立ち上がった。彼が思いだしたのは聖杯戦争の記
述。慎二の考えが正しければ、そう遠くない未来にそれが起こるかも
しれない。それは、聖杯戦争のシステムから考え出した推察。
ゆらりと慎二は、幽鬼のような歩みで書斎を目指す。聖杯戦争の記
録を調べなければならない。余すところなく。今の自分が書斎にい
るのを見られたとしても、魔術というよりどころをなくした哀れな子
供が、それにすがっているようにしか見えないだろう、という打算を
胸に抱きながら彼は歩みを進める。
慎二は、聖杯戦争の儀式形態と各戦争の結果を記録として知ってい
たが、その内容までは詳しく把握していなかった。だからこそ、その
4
情報を集めることに時間をかける。彼の目はかつてないほどの速さ
で、本の上の文字を追った。
彼が得たのは最悪な答え。それは聖杯が汚染されているという事
実。前回の聖杯戦争が願いをかなえられることが無かったのにあの
災害を起こしたというのなら、願いがなされた場合はどれほどの災厄
が降り注ぐのだろうか。
慎二は露見する最悪な事実ばかりに笑いが止まらなくなる。
﹁ホントにくそったれだよ﹂
そう言って慎二はぱたんと本を閉じた。数年の歳月の中で培われ
た 感 覚。家 族 が ⋮⋮ 桜 が 書 斎 に 近 づ く 気 配 を 感 じ た か ら。慎 二 は
こ れ か ら 桜 に す る こ と は 彼 女 を 傷 つ け る こ と を 十 分 承 知 し て い た。
だが、最早それしか方法が無いのだとわかっていた。そうしなけれ
ば、ただでさえ傷つけられ踏みにじられ続けた彼女の精神が壊れてし
まうのがわかっていたから。
5
申し訳なさそうに入ってくる桜に対して慎二はありったけの怒り
の視線を向ける。縮こまった桜に対して、追い打ちをかけるように罵
声を浴びせた。
﹁お前さ。ずっと僕のことを憐れんでたんだろ。魔術回路が無いのに
魔術を収めようとしてる馬鹿だって。自分が当主にずっと、ずっとだ
﹂
中に最も汚い部分を見られたという負い目が、なにより自分がどうし
化として憐れみ、精神の安定を得ることができるだろう。だが、桜の
で終わるわけにはいかなかった。ここで止まっても彼女が慎二を道
ての役割を得るには十分すぎるほどの行動だっただろう。だが、ここ
慎二はすべてを吐き出した。思惑通りどこまでも愚かな道化とし
らわからない。
は、何処までが演技でどこまでが本音の罵声だったかは最早慎二にす
桜にとって憐れみの対象でしかなかったということを。そこから先
慎二は、本当はどこかで違うと否定してほしかったのだろう。自身が
表情で。慎二はその表情を見て自分の考えが正しかったと理解する。
慎二の叫びに、びくりと桜は体を震わせた。何も言わず泣きそうな
!!
ようもなく汚れてしまったという負い目だけが残り、それが彼女を追
い詰めるであろうと、慎二はわかっていた。伊達に兄妹をしていたわ
けではないのだ。
そのまま、慎二は床に桜を押し倒した。汚れてしまっても抱いてく
れる人がいると思ってくれれば良し、そうでなくても、汚れてしまっ
ていることにさえ気づかずに触れるような馬鹿者だと思われるぐら
いはするだろうというのが慎二の思惑。前者ならば、遠い未来で彼女
が伴侶を求める際に、少しでも負い目が消える上に、慎二に対する侮
蔑や怒りがいだかれることで、精神の安定を得られる可能性がある。
後者ならば、侮蔑と怒りで前述したような効果が得られる可能性があ
る。
慎二はそんな打算があって彼女を犯したのだ。だが、打算なしで、
感情だけを考えれば、彼は知ってほしかったのかもしれない。汚れて
しまっていると思っている桜に対して、あんなことをされていた桜に
対してためらいなくこんなことができるほど彼女を大切に思ってい
たということを。慎二は知ってほしかったのかもしれない。
その方法はひどく歪んでしまっているけれど。
慎二の推理と理論はどこまでも正しかった。ただ一つ。ただ一つ
だけその推理に穴があるとすれば、それは桜が彼に対して家族の情を
持っていなかったわけではないという。後に彼が死んでしまってな
お、気づくことができなかった真実があったことだけだろう。
6
第二話 前編
間桐家では、ライダーの召喚が行われていた。慎二の予想通り、聖
杯戦争の周期が早まっていたのだ。慎二は、自身の願い︵わがまま︶を
かなえるためにこの戦争に参加し、汚染されている聖杯を手にしなけ
ればならない。思考を巡らせながら、慎二は召喚の様子を見つめてい
た。
召喚者たる桜は、ゆっくりと詠唱を始めた。その顔には汗がにじん
で い る。慎 二 と し て は、内 心 穏 や か な も の で あ る は ず が な い。し か
し、そんなことを悟られないように、慎二は顔に歪んだ笑みを張り付
ける。
慎二は、事前に桜の代わりに聖杯戦争への参加を臓硯に提案してい
る。もちろんその際に慎二は、魔術に憧れる愚かな道化としての演技
も忘れてはいない。ゆえに、臓硯と桜の目には、自身のサーヴァント
7
が手に入るのが楽しみでたまらない愚者として慎二は映っている。
それは慎二にとって好都合だった。彼は心が悲鳴を上げようと、そ
れは関係が無いことと切り捨てる。慎二が、行動するのは、桜に対し
ての情のためだけではない。こんな化け物になり果てた臓硯のこと
が許せないし、間桐の魔術をけがしたことも許せない。それ以外に
も、様々な理由がある。
ふと、慎二は二人が自分のような愚者に感情を向けるとするならば
どんなものだろうか、とぼんやり考える。臓硯が自分に向ける感情は
嘲り、桜が向ける感情は指して言うとするならば、やはり憐れみだろ
う。そう思われるように今までふるまってきたのだ。などとあたり
をつけながら慎二は思考を巡らせた。
そんな中で、召喚の儀は大詰めを迎え、ついにサーヴァントが召喚
される。
﹂
﹁聖杯の求めに従い、参上しました。あなたがわたしのマスターです
か
?
召喚されたサーヴァントのクラスはライダーだった。召喚されて、
すぐに桜が令呪で、兄の言うことを聞くように、と命令したため、慎
二 が ラ イ ダ ー の マ ス タ ー と し て 聖 杯 戦 争 に 参 加 す る こ と と な っ た。
令呪は臓硯が偽臣の書に移し替えたため、桜の手の甲から消え去って
いる。
偽臣の書という、魔術の道具としても使えるものが手に入ったの
は、慎二としても予想外だったので、喜ばしいことだった。慎二とて、
この数年間聖杯戦争についての情報だけを読み漁っていたわけでは
ない。間桐の魔術書を読んで、外部から魔力源をもってきて、それを
用いることで魔術を行使できないか研究もしていたのだ。
間桐の魔術は、吸収と束縛。ゆえに、慎二はその性質を生かして魔
力の吸収と保存を目指していた。そして、偽臣の書は、その性質を生
かして作られているだろうと慎二はあたりをつける。しかし、慎二は
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やることがあるのでその思考を打ち切って、桜のほうを向いた。
もろもろの作業が終わってから、彼女は胸を押さえて苦しみだし
た。体内の刻印虫が桜から魔力を搾り取れなくなったので、彼女の肉
を喰らい始めたのだ。彼女に、魔力の供給をしなければならない。そ
して慎二が取れる手段は一つだけだ。慎二は、内心舌打ちしながら
﹂
も、表情に出すことなく、歪んだ笑みを浮かべたまま、こういった。
﹁召喚は終わったんだ。こいつは好きに使って構わないだろう
﹁カカカカ、好きにするがいい。お前も物好きよの﹂
言い聞かせてから、桜に対してこうささやいた。
した。これが、最も効率よく魔力を供給する方法だと、慎二は自分に
慎二は、自分の心が悲鳴を上げるのを無視して、桜を寝台に押し倒
とは彼女の不安定なバランスからなる精神を壊しかねない。
柱になることを選んだのだ。ここで、桜に対しての優しさを与えるこ
はなかった。慎二は、自身を桜にとっての負の感情からくる精神的支
桜を抱き上げた。臓硯が去ってからも、慎二は歪んだ笑みを消すこと
吐きかけてしまいたい衝動に駆られる慎二だったが、それを押さえて
臓硯は不気味に笑いながら、慎二にそう返した。臓硯に対して唾を
?
﹁さて、精々楽しませろよ
﹂
ひとしきりの行為がすんでから、慎二は気絶した桜の容体を確かめ
る。その様子から見て、どうやら先ほどの症状は治まったらしいと判
断した。体の熱は引いているようだし、何より苦しんでいる様子もな
いからである。
そんな慎二の様子を見ていたライダーは、先ほどの桜を物のように
扱っていた態度と今の態度が乖離して見えた。しかし、慎二に対する
悪感情は消えない。仮にも本来のマスターである桜を目の前で、犯さ
れたのだ。内心が穏やかであるはずがないのだ。
そんなライダーは、駆け巡る思考を表に出すことなく無表情を貫い
ている。案外、この仮初の主従は自身の内心を押し隠すのがうまいと
いう点においては似ているのかもしれない。
慎二は、ライダーの無表情から感情を殺しているのが透けて見える
ことに、内心ため息をついた。だが、それを億尾に出すことなく、慎
﹂
二は顔に下卑た笑みを浮かべた。あくまでも、愚者としてふるまうた
めに。
﹁何だよ、文句あるわけ
あくまで慎二は愚者として、ライダーは忠実な従者としてふるま
う。それが、この主従の最悪の始まり方であり、最凶の主従を生み出
した瞬間でもあった。
数日後、慎二はライダーを霊体化させ、伴いながら夜の街へと繰り
9
?
﹁何も、文句などありませんよ﹂
?
出した。それは、索敵のためであり、情報収集のためでもあり、そし
てライダーの魔力供給のためでもある。数日間の間にライダーを霊
体化させた状態で放ち、大まかなサーヴァントの情報は得ているため
の大胆な行動だ。
慎二には魔力回路が無いので、ライダーに適当な人間を吸血させて
魔力を供給する策に出た。桜のようなことをできないのかと問われ
ればやれなくもないが、慎二はこれ以上サーヴァントとの間に確執が
できそうなことはあまりしたくなかったので、このような手法をとる
こととなった。
﹂
そして、これらの理由のほかに、慎二はあることをするために学校
によるつもりである。
﹁結界を学校に張るのですか
﹁そうだよ。こいつを餌にマスターを釣るためにね﹂
そう言ってライダーのほうを慎二は見る。
﹁ただし、発動した時に一般人であったとして誰も死なない程度の吸
収に抑えておけよ。流石に死人が大量に出ればいろんな勢力が動き
出しかねないし、監督役が令呪一画と引き換えの討伐令をだす可能性
が無いわけじゃないんだ﹂
慎二はそういいつつも、今回の監督役である言峰綺礼がそんなこと
をするかは微妙なところだと思っている。前回の聖杯戦争の生き残
りだということで、徹底的に調べつくしたが、行動の記録からしてど
うもきな臭いのだ。慎二の読みとしては、綺礼は師匠たる遠坂時臣を
殺した可能性がある。そして、前回の聖杯戦争で孤児を引き取ったよ
うだが、そこら辺を慎二が調べたところ、その孤児がどうなったかは
わかっていないのだ。
臓硯にあまり借りを作っておきたくはないため、彼に調べさせるこ
ともできたものじゃない。ゆえに、慎二にとって綺礼は最重要警戒対
象なのである。
﹁まあ、とにかくこれで相手を刺激はするけど、決定的に自分たちを追
い込まないようにしておくってだけの話だよ﹂
10
?
慎二はライダーが結界を張り終えたのを確認してから、ゆっくりと
立ち上がった。流石に時間がかかったし、これ以上ここにいるのはま
ずいと判断したのだ。それに続いて、ライダーも霊体に戻って慎二に
ついていく。
さらに幾日かったったある日、ライダーの食事のために夜の街を歩
いていた。この数日間の間で、ライダーは学校の放課後にも食事をし
ていたのだが、その時に衛宮士郎と遠坂凛の二人のマスターと交戦し
たのだ。その時の、減った魔力の分を夜の吸血で補おうとしていた。
そんな最中に、ライダーがこういった。
11
﹁慎二、路地裏から魔力が感じられます。おそらく、敵のマスターか
厄介だな。ライダーとりあえず、奇襲を仕掛けてくれ。マ
キャスターのクラスのサーヴァントかと﹂
﹁ちっ
二はライダーと離れて、マスターを釣る暴挙に出たのだ。もし、サー
のような魔力供給のできない存在である可能性が高いと見たから、慎
のものだと考えている。もしそうだとしたら、相手のマスターは自分
慎二は、先ほどのライダーが感じた魔力は十中八九、サーヴァント
たのは、そのマスターを釣るためである。
たとして、マスターが近くにいるはずだ。慎二がわざわざ一人になっ
イダーを送り出した。そして、もしもキャスターのサーヴァントだっ
ことも加味しつつ、よほどのことが無い限り、やられないと踏んで、ラ
近くの商店の壁に寄りかかる。慎二は、ライダーの魔力が減っている
りに、路地裏に向かった。慎二は路地裏から十分に距離を取ってから
そう言って、慎二は路地裏から離れる。ライダーは、慎二の指示通
な﹂
こずりそうなら戻ってこい。いまのお前は魔力が減ってるんだから
スターなら手早く始末しろ。サーヴァントなら、数回打ち合って、て
!
ヴァントが慎二のほうに来たとしても、精神干渉系統の魔術を遮断す
るための礼装を慎二は身に着けているし、精神を操られてジ・エンド、
なんてことにはならないと思っているからだ。
しかし、数分経ってもライダーは戻ってこず、キャスターのマス
ターも現れない。ちらり、と手提げかばんの中に慎二は視線を落と
す。彼が偽臣の書を確認したところ、どうやらライダーがやられたわ
けでもないらしいということが分かった。奇襲を仕掛けたにしては
時間が経ちすぎているし、やられていないのだとすれば、てこずって
いるか、逃げられない状態になったということだ。
慎二はため息をついて、先ほどの路地裏とは別の路地裏に入った。
そして、偽臣の書を取り出すとそれをビルの屋上にかざした。黒い影
が鞭のようにしなり、屋上のへりに絡みつく。
﹁やれやれ、完成の間に合わなかった研究が、こんなところで役立つと
は﹂
12
慎二はため息をついてから、力を籠める。吸収の特性を持った魔術
を発現させるための魔力が確保できないという問題点で完成しな
かった研究が、まさか臓硯の手助けでなすことができるとは慎二は
思ってもいなかったのだ。ため息と同時に影が縮んで、慎二の体はビ
ルの屋上まで素早く持ち上がった。彼は危なげなく屋上に着地する
と、そのまま路地裏のあった方の建物へと飛び移る。
慎二が飛び移ったのとほぼ同時に、重傷を負ったライダーがビルの
屋上まで駆け上がってきた。それを確認した慎二は素早く影の刃を
﹂
偽臣の書によって構築し、ライダーと路地裏の間に割り込ませた。
﹁慎二
﹁間桐か。まさかお前がマスターだとはな。驚いた﹂
襲撃者の男、葛木宗一郎は無表情で慎二を見つめる。
先生。あんたがマスターとはね﹂
﹁愚図が、まさかそこまで梃子摺るとは思わなかったよ。それに、葛木
行動を遅らせることに成功した。
慎二が撃ち込んだ影は、ライダーの首をねじ切ろうとしていた存在の
ライダーは驚きながらも素早く、慎二のそばに移動する。そして、
!?
﹁その表情じゃ、まるで驚いてるようには見えないけどね。まったく
⋮⋮ マスターであるただの人間が、まさかサーヴァントに迫る動き
をするとは予想外だよ﹂
慎二のつぶやきと共に、葛木の隣にサーヴァント、ほぼ間違いなく
宗一郎様﹂
キャスターのクラスであるそれが現れる。
﹁お怪我はありませんか
﹁無事だ。先ほどの攻撃も避けた﹂
短い返答だったが、それに安堵したのかキャスターはわずかに息を
﹂
ついた後に、慎二たちに向き直る。慎二は素早く影の刃を構築しなが
﹂
らライダーに向かって叫ぶ。
﹁ここは引くぞ、ライダー
﹁させると思っているのかしら
思っていた。
﹁な
﹂
つかり合って相殺される。
ながら叫んだ。慎二の叫んだ通り、キャスターの魔術は彼の魔術とぶ
慎二はキャスターの思考を読み切ったうえで、凶悪な笑みを浮かべ
﹁そうはならないんだよ
﹂
スターは当然のごとく、それが慎二の魔術を打ち破り、彼らに届くと
るものよりも、はるかに多く、魔術の構築もうまかった。だから、キャ
スターの攻撃に込められた魔力は、慎二の放った攻撃に込められてい
キャスターの放った光弾が慎二の放った影とぶつかり合う。キャ
?
!!
担いで逃げ出した。それに、対してキャスターは追い打ちをかけるよ
うに光弾を放つが、先ほどと同じように、慎二に相殺される。葛木は、
深追いをしようとはしなかった。この状況で深追いすれば、傷ついた
敵が何をするか分からないからである。
かくして、彼らの逃亡はなされた。ライダーに抱えられながら慎二
は思う。ライダーが重傷を負った今、膨大な魔力が必要となる、と。
13
?
!!
キャスターが驚いている間に、ライダーは指示された通りに慎二を
!?
だから、拠点に戻る途中で、慎二はライダーにこういった。
﹁ライダー、明日学校の結界を発動させろ﹂
14
第二話後編
衛宮士郎はここ3年間、友人たる間桐慎二の笑顔を見ていなかっ
た。いや、わらっている顔を慎二がしたことを士郎が見たことが無い
わけではない。しかし、慎二が浮かべているのは顔に張り付けている
と士郎が訪ねても、慎二は何もないとしか言わ
だけの笑顔。言ってしまえば、無理に笑っている顔しか見ていないの
だ。
何かあったのか
ない。士郎はそれがひどくもどかしかった。仮にも、慎二の友人とし
て士郎は彼の助けになりたかったのだ。しかし、周りの人間は、そん
な士郎の心配を考えすぎじゃないのか、という。しかし、彼はそう思
わなかった。そんなことを藤村大河に相談したところ、彼女も同じこ
とを考えていた、と言っていたのがすでに2年も前の話。
そして、士郎は一度だけ彼の妹である桜にこのことを聞いたことが
ある。その時の桜の表情はひどく沈鬱なもので、その表情が彼の脳裏
に焼き付いている。その時のことを思い出して、士郎はまたため息を
ついた。
﹁ほんと、あいつらは何をかかえてるんだかな﹂
ぼそりと呟かれたその言葉にこたえるものはなく、また士郎は肩を
落とした。彼の心配に拍車をかけているのは、現在、冬木で聖杯戦争
が行われているということと、その友人である慎二が行方不明になっ
ていることだ。すでに、士郎は聖杯戦争に巻き込まれてから、数回も
命を落としかけている。その時のことを思い出して、ぶるりと彼は体
を震わせた。
遠坂凛とそのサーヴァントであるアーチャーがいなければ、士郎は
とっくにこの世からいなくなっていただろう。士郎は現在、その凛と
アーチャーのコンビと同盟を結んでおり、学校に仕掛けられた結界の
犯人を捜しているところだ。
﹂
﹁こんなところに居たのね、衛宮くん﹂
﹁遠坂⋮⋮ 何かあったのか
﹁ライダーのマスターが判明したわ﹂
?
15
?
士郎のもとに現れた凛。彼女が放った言葉が士郎の背筋を凍らせ
た。その言葉は、これから殺し合いが飽きる可能性を示唆している。
いや、確実に起こると士郎は確信していた。先日、ライダーは士郎と
凛のことを襲撃している。ごくり、と唾をのんでから、それでもやや
ライダーのマスターは﹂
かすれた声で士郎は言葉を紡いだ。
﹁それで⋮⋮ 誰なんだ
﹂
﹁間桐慎二よ﹂
﹁⋮⋮え
捕捉したみたいなの﹂
﹁そ⋮⋮うか﹂
?
それはあいつが平気で人の命を奪うような奴だって言いた
﹂
暴挙に出た。納得のいくロジックじゃない
﹂
供給面の話よ。あいつは魔術回路がない。だからこんな結界をはる
格のことを詳しく把握してるわけじゃない。私が言ってるのは、魔力
﹁さてね、私は慎二のやつとそこまで親交があったわけじゃないし、性
いのかよ
﹁遠坂
ことで納得できるかもね﹂
ライダーだとして、慎二がマスターだったていうんなら、あいつって
トを呼べるなんて思ってもいなかったし。でも、結界を張った犯人が
﹁ま、私にとっても予想外よ。あいつじゃどうあがいてもサーヴァン
らいなく他者の命をうばうような人間ではなかったはずなのに。
いう言葉で埋め尽くされている。少なくとも、彼の知る慎二は、ため
士郎は、そう呟くことしかできなかった。士郎の思考はなぜ
と
﹁うちのアーチャーがライダーが慎二を抱えて移動していたところを
言っているのか一瞬理解できなかった。
凛 の 放 っ た 言 葉 は、士 郎 の 思 考 を 停 止 さ せ る。士 郎 は、凛 が 何 を
?
と、士郎の、慎二の友としての勘が彼にそうささやいた。
みながらも、どこまでも外道に堕ちることすら厭わないかもしれない
にかける願いがあるとするならば。そうであったとしたならば、苦し
凛の言葉に対して士郎は反論しようとするが、もし慎二が聖杯戦争
?
16
?
!?
!
そして、凛の推理は、士郎の勘は、無情にも的中してしまうことと
なる。
凛と士郎が会話をしているのとほぼ同時刻、慎二はライダーと共に
学校から死角となる場所までバイクを用いて移動していた。運転手
はライダー。二人ともヘルメットを着けており、アーチャーに遠くか
ら捕捉されたとしてもすぐにばれる事は無い。ちなみに、このバイク
は慎二が臓硯に用意させたもので、認識阻害の魔術がかけられてい
る。
本日の、早朝に葛木が学校に来ているのは確認済み。この行動はお
そらく、ライダーが重傷を負ったことによって、慎二たちとの戦闘は
まだ先と呼んだのだろう。しかし、学校に結界が張ってある状況と葛
木が学校にいる状況が重なり合っているこの好機を逃すわけもなく、
17
慎二はライダーと共にキャスター陣営を撃つことにしたのだ。
﹁ライダー。結界を発動させた後にすぐさまキャスターたちを獲りに
お前、昨日僕が妨害なけりゃ、葛木に頭ね
いくぞ。作戦は話した通りだ。間違っても、遠坂や衛宮にかまうなよ
﹂
﹁解っています﹂
﹁本当にわかってるのか
二に対して感じるどこかちぐはぐなもの。ライダーは、慎二のことを
ミラー越しに眺めながら、ライダーは慎二について考える。それは慎
それだけ言うと慎二は学校の方角に顔を向けて押し黙る。それを
んだよね﹂
だうえで、保険も残してある。ここまでやって初めて、策って言える
﹁当り前だろ。僕を誰だと思ってるんだ。相手の二手、三手先を読ん
だ笑みを顔に張り付けてこう言った。
なものであったために慎二は、一瞬呆けかける。が、すぐに顔に歪ん
慎二の言葉に、ライダーは無表情で返答を返した。その内容が意外
﹁ええ、あなたの戦況の判断と行動は素晴らしいものがありました﹂
じ切られて死んでたんだぞ﹂
?
?
最初はただの外道の小物だと思っていたのだが、先日の行動と桜を
襲った後の態度からどうにも違和感を覚え始めていた。
しかし、ライダーはその違和感が何かまではわからなかった。そん
な思考を巡らせているライダーだったが、それは慎二の声によって打
ち切られた。
﹁これだけ近づいたら、サーヴァント相手じゃ認識阻害の魔術は意味
をなさないな。アーチャーに捕捉されるぞ。ライダー、結界を発動さ
せろ﹂
士郎と凛ははじかれたように立ち上がる。なぜなら学校内の景色
﹂
出されたのはまさに惨状。誰もかれもが倒れており、生きているのか
すら怪しい状態になっている。
そこで、凛はライン越しにアーチャーからこう告げられた。
﹃凛、悪いが悲観している暇はなさそうだ。どうやら、ライダーと間桐
﹂
慎二が接近してきている﹄
﹁何ですって
今すぐ、ライダーを迎え撃ちなさい
﹂
は魔術師としても一人の人間としても許せなかったからだ。
﹁アーチャー
﹃⋮⋮了解した﹄
たのちに、まるで意を決したかのような表情を浮かべて、矢を放った。
ダーが乗っているバイクに向かって構える。そして、わずかに瞑目し
アーチャーはそういうと、屋上で自身の弓を取り出し、慎二とライ
!!
18
が変色し、体から魔力が吸い取られていくのを感じたからだ。
﹁まさか、結界が発動されたのか
﹂
!
士郎と凛は、そういいながら校舎の中を見回した。その視界に映し
﹁そうみたいね⋮⋮ 胸糞悪い。こんな悪趣味な結界使うなんて
!?
凛の表情は怒りに満ちていた。それは当然のこと。この惨状を、凛
!?
!
﹁
﹂
慎二、アーチャーの攻撃が来ます。しっかりと捕まっていてく
ださい
ラ イ ダ ー は そ う い う と、素 早 く バ イ ク の 車 体 を 大 き く 傾 か せ て、
アーチャーの矢を躱していく。そして、捕捉されてからものの数十秒
で学校の敷地内に侵入した。
ライダーの襲来からほぼ同時刻。校舎内では士郎と凛が突如とし
タイミングの悪い
アーチャー、ライダーはどうなった
て現れた、骨のような使い魔⋮⋮ 竜牙兵たちと戦闘を行っていた。
﹂
﹁くそ
の
!!
り物に乗っているせいでかけらも当たらん﹄
ライン越しのアーチャーの声に凛は渋面になる。
﹁あ ん た ね ぇ そ ん な 堂 々 と 言 う こ と じ ゃ な い で し ょ う が
!
﹂
い
慎二の皮肉に、葛木は眉ひとつ動かさずにそう返した。その隣の
だな﹂
﹁間桐か⋮⋮ ここに来たということは、私を殺しに来たということ
いだね
﹁やあ、葛木先生。職場で美女と逢引きとは、ずいぶんいいご身分みた
て、学校の中からキャスターを伴った葛木が出てくるのを発見した。
敷地内に突入した慎二はバイクから降りて、周囲を見回す。そし
アーチャーはライン越しにそういうと、素早く凛のもとに駆ける。
﹃わかった。すぐにそちらに向かおう﹄
ターの使い魔と思しき奴らと交戦中よ﹂
え、いいわ。ライダーの相手は後回しね。こっちに来なさい、キャス
!!
﹃残念ながら、うち漏らした。流石はライダーと言ったところか。乗
!
?
19
!!!
!!
!?
キャスターは魔術を構築しながら、葛木に並び立つ。
﹁お下がりください、宗一郎様﹂
その声色は警戒の色がにじんでいる。当然だろう。昨日の戦闘で
格下と侮っていた相手にキャスターは、自身の魔術を相殺されたの
だ。
﹁ライダーやれ﹂
慎二の言葉と共に、ライダーは駆け出した。それと同時に葛木が前
に出る。葛木は、ライダーの攻撃をこぶしで弾き飛ばし、追撃をしよ
うとした。しかし、それをライダーはそれを躱してキャスターに迫
﹂
る。ライダーの背を殴り飛ばそうとする葛木だったが、それは慎二に
よって妨害された。
﹁おっと、相手を間違えてないかい
﹁なるほど、先にお前を倒さねばならんか﹂
慎二が、話した作戦はこうだ。まず、ライダーがキャスターと戦闘
し、葛木の相手を慎二がする。今のライダーでも、学校の結界を使用
した後ならば、互角以上に戦えると踏んでいたし、何よりキャスター
は凛と士郎の接近の妨害までしなければいけないというおまけ付き
だからだ。しかしながら、慎二はライダーから反対された。当たり前
だろう、英霊張りの動きをする葛木を相手にするのは危険だと判断し
たからだ。この時点で、ライダーは学校の結界を発動させるだけにと
どめるべきだといった。
しかし、慎二は一歩も引かず、キャスターの魔術を相殺した種をラ
イダーに教えた。その種が、今回の作戦の肝であり、この布陣のわけ
がある。そして、作戦に勝機があるのを認め、ライダーもこの博打に
乗ったのだ。
慎二は、背筋に冷や汗が伝うのを感じながら、手に持った偽臣の書
から影の刃を構築して、葛木に放った。当然のごとく、それは回避さ
れる。それは、解っていた慎二は次に影を触手のような形で数本伸ば
して葛木を攻撃する。その攻撃を、かわしながら、あるいはこぶしで
打ち払いながら、葛木は慎二に接近する。
慎二は、それすらも読み切って、あらかじめ背後に伸ばしていた影
20
?
の触手を縮めて葛木から距離を取る。体に膨大な負担がかかるが、そ
れを気にしている余裕は慎二にはない。これほどまでの速度で離れ
ようとも、葛木はそれを上回る速度で追いすがってくると慎二は読ん
でいた。
そして、事実として葛木は慎二に追いすがり、こぶしを叩き込もう
とした。それを防ぐために慎二は影の触手を大量に出現させて、葛木
のこぶしを絡めとる。しかし、それでも葛木の攻撃を防ぎきることは
できずに、慎二は背後に吹き飛ばされた。あたりに、あばら骨の折れ
る嫌な音が響き渡った。
﹂
﹁あら、ライダー。貴方のマスターがやられかけているようだけど、か
まわないのかしら
﹁⋮⋮慎二からはあなたを倒すことを優先しろと言われておりますの
で﹂
﹁薄情なサーヴァントね﹂
ライダーとキャスターの戦闘は、ライダーのほうが優勢だ。しか
し、キャスターは結界の中であるにもかかわらず、魔術を行使して、ラ
イダーを翻弄する。ライダーが慎二を助けに行くことはこの時点で、
もはや不可能だ。
慎二は、吹き飛ばされながらも影の刃を葛木に向かって次々と放
つ。今回の攻撃は先ほどまでと違って、大量の刃が構築され、葛木に
襲い掛かる。はたから見ればそれは、慎二の破れかぶれの行動だと思
われるだろう。それを、葛木はよけきれないと判断してこぶしで打ち
払う。
慎二は地面に激突する寸前で影の触手を用いて、体勢を整えながら
こうつぶやいた。
﹁ばーか﹂
それは、確かな嘲りを含んだ笑い。影の刃は葛木のこぶしとぶつか
るのと同時に爆発した。葛木は、その衝撃と痛みに眉を顰めるが、か
わし切れない分をためらいなくこぶしで打ち払っている。しかし、そ
れは先ほどまでの動きと比べて精細さを欠いたものだった。
ダメージを受けて、こぶしが鈍っているというのもあるが、キャス
21
?
タ ー か ら 受 け て い る 強 化 の 魔 術 が 弱 ま っ て い る の だ。理 由 は 簡 単。
それは慎二の魔術を受けていたからに他ならない。
慎二の好きだった魔術は蟲を扱うものではなく、間桐本来の吸収と
束縛のものだ。ゆえに、相手から魔力を吸収する方法ならばいくらで
も知っている。慎二は、影の魔術を放つときにこの吸収の特性を影に
付与して、葛木に施された強化の魔術の魔力をそぎ落としていたの
だ。さらに、刃のほうは吸収した魔力を爆発させることで破壊力を増
すといういやらしい仕様になっている。
慎二は、人間のスペックであれほどの膂力を得られるはずがない、
だからこそ、強化の魔術がかけられているだろうと踏んでの作戦だっ
た。そして、その作戦通りに、葛木にかけられた強化の魔術は機能し
なくなってきている。当然だ。どんな機械でも電気がないと動かな
いのと一緒で、魔術だって魔力がないと機能しない。
当然、キャスターもそのことに気づき、強化の魔術を張りなおそう
スターの陣営の敗北は必至と言えるだろう。しかし、ライダーは慎二
の言葉を思い出す。曰く、強化の魔術を引きはがしたとしても慎二が
葛木に勝てる可能性は五分五分であること。曰く、キャスターは葛木
に心酔しているような素振りを見せていたので自身の命より、葛木を
優先するかもしれないということ。ゆえに、綱渡りな状況が始まるの
はむしろここからなのだ。
それに、士郎と凛、そしてそのサーヴァントたちが駆け付けるその
瞬 間 が 勝 機 で あ り 敗 因 に な り う る だ ろ う と 慎 二 は 言 っ て い た の だ。
それまでに勝負が決まるのがベストだが、決まらない可能性が高い。
そして、慎二と葛木の戦いは彼の読み通り混迷を極めている。
葛木は腕を盾として扱うことで、慎二の攻撃をさばいている。最早
22
とするが、それをライダーが許さない。
﹁おや、キャスター。先ほどの言葉を返すようで悪いですが、あなたの
﹂
マスターはどうやら追い詰められているようです。助けに行かなく
﹂
どきなさいライダー
てよいのですか
﹁くっ
!!
?
キャスターの声に先ほどまでの余裕はない。実質的に見ても、キャ
!
強化の魔術が切れているため、相手の魔力を利用して、攻撃力を増す
慎二の攻撃の効果は先ほどと比べると薄い。さらに、そのぼろぼろの
こぶしを接近時に打ち込まれているので、慎二もダメージを受けてフ
ラフラだ。葛木は、両腕の骨は砕け、肉は一部が削げ落ちている状態。
慎二は、偽臣の書を持っていない腕があらぬ方向に曲がり、頭に着け
ていたバイクのヘルメットがひしゃげていて、奥歯が砕けているのか
口の中から血が垂れている。さらに、あばらが折れているので、呼吸
も苦しい状態になっているというおまけつきだ。
そして、ライダーとキャスターの戦いは、キャスターが自身の消滅
を気にしない捨て身の攻撃にうつったので、ライダーがその攻撃を慎
二たちのほうに届かないようにしなければいけないために膠着状態
になっていた。
サーヴァントの相手を頼む
﹂
﹂
23
て、彼の視線が慎二と絡み合う。
た。ア ー チ ャ ー は 眉 を 顰 め な が ら、キ ャ ス タ ー を 切 り 捨 て る。そ し
りそして体を硬直させる。その視線の先にいたのはアーチャーだっ
上げてその場を離脱する。慎二は抱えられながら、ある一点に目をや
凛から、ガントが撃ち込まれるがそれすらかわし切り、慎二を抱き
度はセイバーをしのぐ。
け付ける事だけだ。重傷と、魔力不足を差しひいても、ライダーの速
になった時点で、ライダーの行動はただ一つ。素早く慎二のもとに駆
する。アーチャーはキャスターに、セイバーはライダーに。その状態
それぞれの主の命令に従って、セイバーとアーチャーは戦闘に乱入
!!
そこに、士郎と凛、そしてセイバーとアーチャーが到着した。
﹁セイバー
!
﹁アーチャー、サーヴァントたちを打ち取りなさい
!
その眼を見た慎二は、その眼にどこか自分の知っている輝きを見た
気がした。
24
第三話 前編
校舎での戦闘ののち、逃亡を果たした慎二たちは自身の拠点である
間桐の屋敷に戻った。遠坂と間桐は不可侵を貫くという口約束があ
る。口約束とはいえ、凛は桜に深く干渉することもなく、この家に干
渉することも今までほとんどなかったので、今更手を出すにしても、
ここに慎二がいるとわからない限り、追撃がすぐに行われる可能性も
低いとの読みだった。さらに慎二は桜を通じて、最近家にも帰ってい
ない、という情報を流しているので、彼がここにいるという確信を士
郎たちが持つのは難しい。
慎二たちの視界から、アーチャーとセイバーが外れるまで、2人が
霊体化していないことも慎二は確認しているので、まかり間違っても
霊体化してつけられているという心配もない。視界から外れるだけ
の距離を取ってしまえば、バイクに仕掛けられた強力な認識阻害の魔
葛木め⋮⋮﹂
25
術が働き、サーヴァントでも気配をたどることができなくなる。
﹁っ
桜は、慎二たちの作戦が決行されるにあたって、間桐の家にいるよ
イダーが治療を施していると、桜が慎二たちの前に姿を現した。
いるので、それも仕方ないと言えるかもしれない。そんな様子で、ラ
しか表現できないような容赦のないもので、患部をいじくりまわして
慎二は、思わず悪態をついた。ライダーの処置は適切だが、乱暴と
﹁この愚図、もうちょっとまともに処置できないのか⋮⋮﹂
を、ライダーは黙殺しててきぱきと処置を施していく。
位置に戻した。その時生じた激痛で、慎二はうめき声をあげた。それ
慎二の短い返答を聞くと、ライダーは慎二の折れた腕の骨をもとの
﹁解った。やれ﹂
﹁慎二。腕の骨をもとの位置に戻します﹂
ダーはそんな慎二に近づくと、折れた方の腕をもってこういった。
せいで、呼吸が苦しいのか慎二の悪態にもいつもの張りがない。ライ
ぬ方向に曲がり、裂けた皮膚から血が出ていた。あばらが折れている
慎二は自身の傷の状態を確かめる。腕の関節から先が折れてあら
!
うに指示されていた。ゆえに、彼女は慎二たちの作戦の被害にあって
いない。流石に、魔力を吸い上げる結界を発動させるときに桜が結界
内部にいた場合、魔力の供給量不足で、蟲が桜を内側から食い殺す可
能性があったために、このような措置を取ったのだ。
桜が被害にあっていないことで、怪しまれる可能性は高いが、それ
﹂
でも慎二は桜のことを優先した。そのことを知ってか知らずか、桜は
不安げに慎二に尋ねる。
﹁兄さん⋮⋮ そのけがは
﹂
う切り出した。
﹁⋮⋮その、兄さん。学校のみんなはどうなったんですか
?
﹁用はそれだけかい
だったら早く出て行ってほしいんだけど﹂
見つつ、慎二はあからさまに不機嫌そうな態度で、桜にこういった。
感を覚えていたのだろうと慎二はあたりをつける。桜の顔を横目に
るか知っておきながら、のうのうと過ごしていたことに対して、罪悪
慎二の返答に、桜はホッと息をついた。桜は自分だけが、何が起こ
﹁別に殺しちゃいないさ。後々面倒なことになるからね﹂
﹂
事かを言おうとするが、わずかな逡巡のあと、それを飲み込んで、こ
冷たい声でそう返した。桜はそれに対して体を震わせる。彼女は何
慎二としては、聖杯戦争中に自分とかかわってもらうと困るので、
来た訳
﹁ただのかすり傷だよ。なに、お前そんなこと言うためだけにここに
!?
桜を物のように扱うわりに、慎二は彼女を巻き込まないために、家に
そんな、慎二の様子を見ていたライダーは、やはり違和感を感じる。
手に取るとゆっくりと、ページをめくっていく。
たかったのである。慎二は、自分の部屋の本棚においてある魔術書を
て行ってくれたのは、臓硯の目から逃れるという点では、大変ありが
の中に埋め込まれている可能性が高いと踏んでいた。ゆえに、桜が出
が出て行ってから、慎二はため息をついた。慎二は、臓硯の本体が桜
わずかな会話。それを終えた桜は、慎二の部屋から出ていく。彼女
﹁⋮⋮わかりました﹂
?
26
?
残るように言っている。本当にどうでもいいならば、巻き込んでし
まっても別にかまわないからだ。だからこそ、ライダーは慎二という
男がわからない。彼女は慎二の根底にある感情が何なのか理解でき
ない。
だが、ライダーは、慎二が見た目通りの屑ではないのではないかと
思い始めていた。確かに、行動は屑そのものだが、何か目的を秘めて
﹂
﹂
いるからこそなのではないか、と思い始めたのだ。だからこそ、ライ
ダーはこう尋ねる。
﹁慎二、一つ聞いていいですか
﹁何だよ。僕はこれを読むのに集中したいんだけど
慎二は、ライダーに顔すら向けずにそう返した。ライダーもそんな
﹂
慎二の対応には慣れたもので、気にせずに話を続ける。
﹁貴方は、聖杯にどんな願いを託すつもりなのですか
らなかったが。そんな彼女に対して慎二は、こういった。
のであった。慎二のわがままというのが、何なのかは、彼女にはわか
それがわかっただけでも、この会話はライダーにとって有意義なも
となのだろうと、ライダーはあたりをつける。
していた。だからこそ、今回の返答は慎二にとって何か意味のあるこ
に、慎二はライダーと話すときは、本から目をそらすことなく会話を
線を外して、ライダーのほうを見て自身の願いを言ったのだ。基本的
な慎二の様子をみてわずかに驚いた。最後の最後。慎二は本から視
慎二は、そう言って本の続きを読むのを再開した。ライダーはそん
てもらうさ﹂
様が聖杯はいらないって言ったら、その時は僕のわがままでもかなえ
爺様がうまいこと使うだろうしね。⋮⋮いや、そうだな。もし、御爺
の正当な後継者だと認めさせてやることぐらいさ。どうせ、聖杯は御
﹁聖杯に託す願いなんてない。僕の目的は、うちの御爺様に僕が間桐
ダーに対してこういった。
慎二の本のページをめくっていた手が止まる。そして、慎二はライ
?
﹁ライダー、ぼさっとしてるくらいなら、霊体化してアインツベルンの
動向を探っておいてくれ﹂
27
?
?
﹁了解しました。それでは、静養なさっていてください﹂
慎二の言葉を聞いたライダーは、窓から飛び出していく。それをち
らりと見た慎二は、再び視線を本に落とした。
慎二が読んでいたのはかつて、間桐、アインツベルン、遠坂が生み
出した聖杯戦争のシステムに関する記述だ。何度も読み返されたせ
いで、その本は大分くたびれてしまっている。慎二が注目していたの
は、小聖杯の特性や令呪に関する記述だ。聖杯の器となるのはアイン
ツベルンのホムンクルス、つまりはバーサーカーのマスターであるイ
リヤスフィール・フォン・アインツベルンということ。
慎二の頭は、これらの情報から、現状をひっくり返すためのある手
段を構築していた。リスクが非常に高く、また慎二自身が行動できな
くなる可能性があるが、最早慎二はこれ以外の方法をとるつもりなど
毛頭なかった。チャンスは、ほとんど一度きり。それでも、慎二はそ
れをなすための作戦を頭の中に構築していく。
それから数日間、どの陣営も大きな動きをする事は無かった。それ
までの間に、慎二はできるだけ偽臣の書を用いた魔術の改良と強化を
行っていた。長い間、間桐の屋敷に探りを入れられないと思うほど、
慎二も楽観的ではなかったので、拠点を冬木の街にあるホテルに移し
ている。
そこで慎二が、偽臣の書のを用いた魔術の改良をしていると、イリ
ヤスフィールを探っていたライダーが彼のもとに戻ってきた。ライ
ダーは、そのまま抑揚のない声で、慎二にこう告げる。
﹁慎二、イリヤスフィールが衛宮士郎を誘拐しました﹂
それを聞いた慎二の動きは、ぴたりと止まった。慎二は何も言わ
ず、偽臣の書を手に取る。そしてゆっくりと立ち上がると、ライダー
のほうを向いてこういった。
28
﹁ライダー。遠坂と衛宮のやつは同盟を結んでいる。だから、衛宮の
やつを助けるために、イリヤスフィールのもとに向かうだろう﹂
慎二は、一見いつもと変わらないように見えるが、内心は焦りと怒
りに満ちていた。士郎は、慎二にとって親友と言ってもいい人間だ。
自身が間桐の真実を知った時に、表面上、いつもと変わらない風を
装っていたとき、彼は異変に気付いて慎二におせっかいを焼いた。そ
れは、慎二にとってうれしいことだった。事が事だけに、その手を取
ることはついぞなかったが、あの時の慎二にとってそれは確かに心の
支えになったのだ。
士郎は桜と同じで、慎二にとって特別な人間である。だからこそ、
慎二は士郎を殺させるわけにはいかなかった。現状が彼にとって都
合がいいからと言って、手放しで喜べるわけでもない。
﹁行 く ぞ、ラ イ ダ ー。バ ー サ ー カ ー が 衛 宮 と 遠 坂 の サ ー ヴ ァ ン ト と
戦っているうちに、イリヤスフィールを討つ﹂
29
慎二の口から静かに放たれた言葉に、ライダーもまた頷いた。
士郎は、アインツベルンの城の一室にとらわれていた。椅子に座ら
されて、縄で両腕を縛られ、椅子にくくられているため、身動きしよ
うにもできない状況だ。それでも、士郎は何とか縄から抜け出そうと
﹂
もがいていた。
﹁くそ
砕けた窓から、顔をのぞかせた慎二は皮肉たっぷりにそう言い放っ
あったなんて知らなかったよ﹂
﹁よお、衛宮。こんな少女趣味の部屋の中で、まさか緊縛される趣味が
士郎の囚われていた部屋の窓ガラスが一気に砕け散った。
回路から魔力を引き出し、利用することで逃げようとしたところで、
のせいで彼は焦り助長してしまっている。そんな士郎が自身の魔術
しかし、士郎の体はイリヤスフィールの魔術でうまく動かせず、そ
!!
た。彼の隣にはライダーが付いている。それを見た士郎は、混乱の極
致へと至った。何故、ここに慎二がいるのか。慎二は、自分をどうす
るつもりなのか。様々な考え、感情が、士郎の頭の中を駆け巡った。
﹁そう警戒するなよ、衛宮。僕たちは友達ってやつだろ 助けに来
てやったんだよ﹂
﹁⋮⋮そうだったのか﹂
士郎はこういった。
きながらこう言った。
﹁お前もいくら馬鹿だからって、気づいてるだろ
僕が、ライダーの
慎二は、あきれたように肩を竦める。そして、士郎の体の縄をほど
まっただけのことだ。
や っ て き た わ け で は な い。そ の く ら い の こ と は す ぐ に わ か っ て し
なくこんなことを言ったのではない。伊達に、数年間も慎二の友人を
すぎて、思わずあきれてしまうほどの言葉。もちろん、士郎とて確信
それは慎二にとって、あまりにもまっすぐな言葉だった。まっすぐ
﹁だってお前、今嘘ついてなかっただろ
﹂
で、逆に慎二のほうがいぶかしげな表情になる。そんな慎二を見て、
の後に、警戒を解いてそう言った。あまりに簡単に警戒を解かれたの
士郎は険しい顔で慎二を睨んでいたが、慎二の言葉を聞いてわずか
?
慎二の言葉に、士郎は肩を竦める。その意図をつかみかねたのと、
対して警戒を解くとか頭おかしいんじゃないの﹂
﹁解ってるんなら、本当にどうしようもないね、お前。それでも、僕に
﹁⋮⋮ああ﹂
マスターで、学校の結界を張った張本人だってさ﹂
?
何すんるんだ慎二
﹂
さ。あと、仮にも敵地何だから、大声出すなよ﹂
そんな風に軽く言い争いながら、慎二は士郎の縄を解ききった。士
郎は長い間縛られていたせいで、跡が付いた腕をさする。そんな二人
の様子を見ていた、ライダーは驚きを隠せなかった。今まで見てきた
30
?
その動作にイラっときたせいで、慎二は思わず士郎の頭をはたいた。
﹁痛っ
!?
﹁いや、ほんとにお前の頭の中に脳みそが詰まってるか確認しただけ
!
慎二がすべて嘘なのではないかと思うくらい邪気のないやり取り
だったからだ。
﹁お前とは付き合いが長いんだ。お前が笑わなくなった時だって気づ
けた。このぐらいのこと、嘘ついてるかついていないかぐらいは簡単
にわかる。慎二のしたことに納得するかは別として、今は少なくとも
信じて大丈夫だって思ったんだよ﹂
﹁⋮⋮そうかよ﹂
慎二は、目を細めて士郎の言葉を聞いた。短い返答の後、何も言わ
ずに慎二は士郎から視線を外して、ライダーにこう言った。
﹁そろそろ遠坂達が来るぞライダー。イリヤスフィールも馬鹿じゃな
い、もう僕たちの侵入には気づいてる﹂
﹁え、ええ。そうですね。後は手筈通りに﹂
ライダーは、慎二の言葉を聞いて動揺していた自身の精神を落ち着
かせた。そう、ここは敵地。動揺している場合ではないのだから。
校の結界を発動させた。だけど、それがどうしたっていうのさ
﹂
?
31
ライダーは、警戒しながらドアを開け、廊下に誰もいないことを確
認すると、一気に駆け出した。慎二は、士郎についてくるように促し
て、ライダーの後を追う。
そしてライダーが先行し、アインツベルンの城内を三人はかけてい
く。実際のところ、叩き割った窓から脱出してしまえば早いのだが、
城内を通った方が、凛たちが到着するまでの時間の調整に便利なの
﹂
で、慎二はあえてこのルートを通っている。そして、慎二は目論見通
りに凛たちと鉢合わせた。
﹁慎二、なんであんたがここに
ライダーは、何も言わずに迎撃できる体制をとった。
?
﹁ああ、そうだね。僕は、確かにライダーの魔力を補充するために、学
﹁あんた、学校で何をしたか忘れたとは言わせないわよ
﹂
同様にだ。ただ、アーチャーだけは何もせずに慎二を見つめる。一方
凛はそう言いながら、臨戦態勢に移行した。一緒にいたセイバーも
!?
慎二の悪びれもしない態度に、凛とセイバーの手に力がこもった。
それを見た慎二は、いつものように笑みを顔に張り付けて、こう言い
放つ。その、張り付けた笑みを浮かべる慎二を士郎はどこか悲しそう
な顔で見つめた。
﹁一応、一般人が死なない程度の魔力しか吸収しないようにライダー
にいってたさ。僕だって、外道じゃない。ともに時間を過ごした学友
を容赦なく惨殺できるほど、僕は外道じゃないんだ﹂
﹁どの口が言うんだか⋮⋮﹂
凛は、慎二の言葉に対して顔をしかめながらそう言った。その言葉
を聞いた慎二はやれやれ、と肩を竦めてから、こう言う。
﹁じゃあ、解りやすく損得勘定だけの話をしよう。前回の聖杯戦争で
は、キャスターのクラスのサーヴァントが、冬木の住人を殺しまくっ
てね。そのせいで、監督役がキャスターの討伐令を出すにまで至った
のさ。報酬は令呪一画でね﹂
32
慎二の言葉を聞いた凛は、とりあえず最後まで聞いてみることにし
た。彼女も話の筋が見えてきたからだ。しかし、彼女は予想できてい
なかった。まさか、思いもよらない事実を突きつけられることになろ
うとは。
﹂
﹁だから、僕はライダーに討伐令が出されないように、結界の出力を抑
えた。これで納得できたかな
!
言い放った。
﹁あれ、もしかして気づいてなかったのか
お前の父親もさぞ悲しんでるだろうよ﹂
こいつはお笑い草だな。
に持ち込めるだろうと。慎二は悪魔のような笑みを顔に張り付けて、
ら話す言葉は彼女の動揺を誘えるだろうと。交渉のペースをこちら
ホッとした。彼の予想通り、知らなかったのだ。だからこそ、これか
慎二は自身の言葉にいぶかしげに聞き返してきた凛の反応を見て
﹁⋮⋮それって、どういう意味よ﹂
するかは、はなはだ疑問だけどね﹂
﹁それは、重畳だ。もっとも、今回の監督役の言峰綺礼がそんなことを
﹁ええ、嫌というほど納得できたわ⋮⋮﹂
?
﹁なん、で お父様が出てくるのよ
﹂
少しは冷静になれよ遠坂。ここはアインツベルンの
﹂
?
明してもらうわよ
﹂
力するとしましょう。だけど、さっきのことについてはしっかりと説
﹁いいでしょう。とりあえず、アインツベルンから脱出するまでは協
をにらみつけると、静かな声でこういった。
それがダメ押しになった。凛は大きくため息をつく。そして、慎二
﹁遠坂。慎二は少なくとも今は敵じゃない。俺を助けてくれたんだ﹂
裕などは無いのだ。さらに、士郎が慎二に対してフォローを入れる。
れ故に、凛は唇をかみしめる。実際問題、ここでのんびりしている余
凛の冷え切った声での問いかけに対して、慎二は正論で返した。そ
状況なわけだけど、それでも話を続けようって言うわけ
城。バーサーカーとそのマスターがいつ襲ってくるかもわからない
﹁ここでかい
ら、あんたの頭を吹き飛ばしちゃうかもしれないけどね﹂
﹁続けなさい、慎二。もし、ふざけた理由でそんなこと言ったんだった
ついた。否、そう思ってしまうほどの殺気が凛から放たれたのだ。
凛が、慎二の口から飛び出した言葉を聞いたその瞬間、空気が凍り
﹁言峰綺礼が、お前の父親を殺したからだよ﹂
!?
の対価として要求した。士郎たちはそれに対して、できうる限りの情
そして、慎二は士郎たちにバーサーカーの情報を自身が教えた情報
すべきことではないと判断したからだ。
う情報は、あえて伏せておいた。それは、士郎が聞いているときに話
を話したわけではない。綺礼が引き取った孤児たちが行方不明とい
できる部分が多数見受けられたからだ。しかし、慎二はすべてのこと
ごとに眉間にしわが寄っていく。慎二の推理は、筋が通っていて納得
立てて語っていった。それを移動しながら聞いていた凛は、話が進む
慎二はこう返して、肩を竦める。そして、慎二は自分の推理を順序
いってだけだしね﹂
ここにとどまってたら、怖いゲスロリがいつ帰ってくるかわからな
﹁別にかまわないさ。説明自体なら移動しながらでもできる、問題は
?
33
?
報を与える。
そうして、情報交換をしながら、慎二たちがエントランスを抜けよ
もう少しゆっくりしていったら﹂
うとしたところで、突如として声があたりに響き渡った。
﹁あら、もう帰っちゃうの
慎二たちが、声の聞こえた方向を見ると、そこにはイリヤスフィー
ルが立っていた。
その顔に天使の笑みとも、悪魔の笑みともとれるような笑顔を浮か
べて。
34
?
第三話 中編
慎 二 た ち に 緊 張 が 走 っ た。慎 二 た ち の 視 線 の 先 に は、イ リ ヤ ス
フィールがバーサーカーを伴って立っている。バーサーカーから放
﹂
たれる威圧感がじりじりと空気を焦がし始めた。それを感じ取った
凛は、冷や汗を流しながらこう言った。
﹁まずいわね⋮⋮ 今の戦力で倒し切れるかしら
﹁何を怖気づいてるんだ遠坂。ここでやらなきゃ、生き残れないだろ。
第一、ここまで戦力がそろっていてかなわなかったら、どっち道こい
つらに勝てる見込みがなくなるだろうに﹂
慎二は、凛の言葉にさらりと返した。魔術もどきは使えても、魔術
回路が無いことに変わりのない、ほぼ一般人の慎二が焦り一つ見せな
いことに、凛は思わずむっとする。
﹁あんたね。ここにいるのは、自分の真名も思い出せないサーヴァン
まいったな、こ
トが一人、ろくな魔力供給ができないサーヴァントが二人なのよ
これで不安にならない方がおかしいでしょうに﹂
﹁衛宮のサーヴァント、魔力供給がされてないのか
見て、こう言った。
﹁で、そっちのは、真名が思い出せないって
﹂
て、真名が思い出せないと言われたサーヴァントであるアーチャーを
慎二はそう言いながら、頭の中で作戦を構築しなおしていく。そし
りゃ予想外だ。ま、何とかするけどね﹂
?
うっかりしていたようでね﹂
﹁なるほど。通りでうちの歴史書にも、遠坂は詰めが甘いだの、うっか
りだの書かれてるわけだ﹂
やれやれ、といったような調子で語られたことに対して、慎二はあ
きれながらそう言った。それに対して、凛は憤激しながら二人に文句
を言おうとしているのを士郎がたしなめている。それを横目で見な
がら、慎二はある事実に至った。それは、アーチャーが自身の真名を
覚えていないのが、嘘だということだ。
35
?
?
﹁生憎だがその通りだ。そこにいるマスターが召喚の際に、どうやら
?
何故かはわからないが、慎二はそう確信した。慎二は、アーチャー
を自身の既知の人物であるかのように感じる。そのことがおかしい
ことだと思いつつも、慎二は目の前の敵をにらみつけて、こういった。
﹂
﹂
﹁遠坂。衛宮とそのサーヴァントに魔力供給のラインを通すことはで
きるか
﹁一応、できる。だけど、どうするつもり
﹁僕とライダー、アーチャーを借りれるなら、アーチャーも含めた三人
で足止めしてる間に、衛宮たちと遠坂が一旦離脱して、ラインを通し
て来い﹂
﹂
慎二の言葉を聞いた凛は、しばし、思考を巡らせる。その間にセイ
バーが、慎二に対してこういった。
﹁貴方は私が足手まといだとでもいうのですか
具を使ったら、現界が難しくなるだろう
それじゃ困る。あのバー
﹁ああ、足手まといだね。普通に戦う分には問題ないんだろうけど、宝
?
言葉通り、ラインを通してしまわなければ戦いの場において、不利に
セイバーは、イリヤスフィールの言葉を聞いて歯噛みする。慎二の
とってこれほど付け入りやすい相手はいないということである。
た ち は 負 け な い と い う、慢 心 が あ る と い う こ と だ。つ ま り、慎 二 に
さを失わなかった。余裕綽々に答えたということは、彼女の中に自分
の宝具の反則的な効力に思わず舌を巻いたのだ。しかし、慎二は冷静
イリヤスフィールの言葉に、慎二も思わず絶句する。バーサーカー
は十二回殺さないと死なないの﹂
の真名はヘラクレス。その宝具は十二の試練。つまり、バーサーカー
﹁大正解よ。その推理力に免じて特別に教えてあげる。バーサーカー
リヤスフィールは、慎二の推理を称賛する。
慎二はセイバーに対して辛辣に言い放った。それを聞いていたイ
い﹂
具は十中八九命のストックだ。宝具を使わなきゃまず、勝ち目がな
換でそっちがいってたバーサーカーの情報から察するに、あいつの宝
サーカー相手にそれはまずい。今までの情報、それにさっきの情報交
?
なるのがわかってしまったからだ。少なくとも、誰かがバーサーカー
36
?
?
の足止めをして、セイバーの魔力供給のラインを形成しなければいけ
ない状況だと確定してしまったのだ。
慎二、足止めするって言ってもお前まで残る必要
だからこそ、士郎は慎二に問いかける。
﹁大丈夫なのか
はないだろ﹂
﹁衛宮、心配してくれるのはありがたいんだけど、どうしてもやらな
﹂
きゃいけないことがあってね。そのために、あいつらをどうしても討
たなきゃいけない﹂
﹁どうしても残るんだな
対してこういった。
﹂
続く扉に走り出す。そして、凛が扉をくぐる直前、アーチャーは凛に
アーチャーは短く返答を返した。それを聞いた士郎たちは、外へと
﹁了解した﹂
﹁アーチャー、慎二たちと一緒にバーサーカーを足止めしなさい﹂
が。
しては、慎二の掌の上で踊っているようで、非常に気に食わなかった
を呼び戻せばいいので、メリットの方が大きいと凛は判断する。凛と
それでも、先ほど慎二が言ったように、令呪を消費してアーチャー
かし、慎二たちが裏切るという可能性も凛は捨てきれない。
事態は一応防げるし、バーサーカーの足止めはしっかりと行える。し
という最悪の事態に陥ってしまう。アーチャーを残していけば、その
がある。そうなれば、士郎と凛たちはバーサーカーに背後を取られる
慎二たちだけを残していった場合は、彼らはすぐに逃亡する危険性
対してのメリット、デメリットを頭の中で考えていた。
な風に、士郎と慎二が会話をしている間、凛は先ほどの慎二の言動に
士郎の念押しの言葉に対して、慎二は一言、くどい、と返す。そん
?
﹁ああ。時間を稼ぐのはいいが│││
﹂
?
37
?
別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう
﹁ええ
!
アーチャーの言葉に対して、凛も力強く返答する。そして、今度こ
そ凛も外へと走り抜けた。それを見送った慎二は、アーチャーに対し
てこう言う。
﹁あのさぁ、そういうのは死亡フラグって言うんだよ﹂
﹁む、失敬な。これは、この先生き残るための決意を示したとでも思っ
てくれ﹂
﹁僕は、それが死亡フラグだって言ってるんだけど⋮⋮﹂
慎二は、まるで言葉の真意をわかっていないアーチャーに対してた
め息をつく。
慎二は今までのやり取りの間、イリヤスフィールから視線を外して
いなかった。もし、アーチャーのほうに視線を向けていれば気づくこ
とができただろう。彼が、何処か懐かしそうな、それでいてつらそう
逃げたリンたちも、あなたたちを倒した
な表情をしていたことに。だが、それも一瞬で立ち消える。目の前の
難敵を打ち倒すために。
討て﹂
﹁分かりました﹂
そういうと、ライダーはバーサーカーの足めがけて鎖付きの釘剣を
投擲する。バーサーカーは、それを剣で弾き飛ばして、慎二たちに向
かって跳躍して、一気に距離を詰めた。慎二ライダーに抱えられて、
退避し、アーチャーも問題なく攻撃をかわした。
バーサーカーの攻撃を見たアーチャーが、小さく呟く。
38
﹁お話は終わったかしら
﹂
﹁慎二、どうやら想定していたよりも状況が悪いですが、どうしますか
二はライダーに向かって指示を飛ばす。
で、死刑宣告をする執行人のように。それを無表情に見つめると、慎
イリヤスフィールは、慎二たちを見下しながらそう言った。まる
後で、じっくりと追い詰めて殺してあげる﹂
?
﹁しかたない⋮⋮ ライダー、アーチャーを援護してバーサーカーを
?
﹁ふむ、狂化がなされていないときよりも速く、一撃も重い。しかし、
技量はその時よりも劣っているな。それでも、厄介なことに変わりは
ないが﹂
アーチャーは、自身の過去を思い出しながら、冷静に評価を下す。
ライダーは、抱えていた慎二を降ろすと、すかさず釘剣の鎖を手繰っ
て、手の中に再び収める。そして、アーチャーと共に、バーサーカー
に向かって駆けだした。
それを援護するように、アーチャーは弓を構える。それを見た慎二
は驚愕する。そして、何かに納得したような表情をしてから彼は、イ
リヤスフィールの元へと向かう。
﹂
そして、イリヤスフィールに対し、こう言い放った。
﹁今夜、僕は僕の殺意をもってお前を殺す﹂
﹁あら、間桐の落伍者が私と戦うつもりかしら
﹁落伍者とは言ってくれるじゃないか。⋮⋮本当に落伍者かどうか、
確かめてみろよ﹂
慎二は、イリヤスフィールの言葉に対してそう返すと、次々と影の
刃を放ちながら、イリヤスフィールに接近する。しかし、彼女もそれ
を許すほど甘くない。髪を触媒にコウノトリをかたどった使い魔を
形成し、使い魔から光弾を次々と撃ちだした。
慎二は、影の刃を次々放ち、光弾を撃ち落としていく。そして、影
の刃をぶつけることで、使い魔を撃墜する。慎二は、それをみてわず
かに口角を上げるが、次の瞬間、それはひきつったものへと変化した。
新たに構築された使い魔たちが、変形して剣の形になり、慎二に殺
到してきたからだ。慎二はそれに対して、影の刃を放つが、撃墜には
至らなかった。
慎二は、影の触手をシャンデリアに伸ばし、そこに飛び乗ることで
かわす。剣に変形した使い魔たちは、地面に突き刺さることでようや
く自壊した。それをみた慎二は理解する。
﹁なるほど、あの使い魔たちは自分で魔力を生成しているミニ魔術師
39
?
みたいなものか⋮⋮ コウノトリの形をしていた方はともかく、剣の
形のはまずいな。あの強度と速度だと撃ち落とせない上に、魔力が補
てんされるせいで威力の減衰も見込めない﹂
慎二は心底いやそうな声を漏らす。そんな風に慎二が考えている
うちに、イリヤスフィールは使い魔を複数生成して、次々と光弾を慎
二に向かって打ち出した。
慎二も、それを撃ち落とすために次々と、影の刃を放つ。光弾と影
の刃はぶつかり合い、互いに打ち消しあった。慎二は、光弾の隙間を
縫うようにして影の刃を次々と放つが、それも防がれるか、あるいは
外れて、床にぶつかった。
﹁やるじゃない。魔術回路が存在しないのにそこまで戦えるなんて﹂
﹁おほめに預かりどーも。ほめるついでにとっととくたばれよ﹂
慎二はそう言って、影の触手をイリヤスフィールの使い魔に向けて
放った。放った影の触手のうち、数本は躱されるが、うち一本が使い
魔の一つをとらえる。容赦なく使い魔から魔力を吸い上げながら、慎
二は残った触手でイリヤスフィールに向かって攻撃を仕掛ける。
ここで肝になってくるのは、ずばり、影の触手の特性だ。影の刃と
違って、吸収した魔力を偽臣の書にため込めることが利点である。し
かし、吸収するだけなので、影の刃のように吸収した魔力を利用して
爆発させるわけではないので、対魔術においては影の刃を用いた方が
確実に対処はできる。だが、数日にわたる魔術の改良によって、物理
的な破壊をもたらすだけなら、こちらの方が使い勝手がよくなってい
る。
しかし、慎二の放った影の触手は、使い魔の攻撃によってちぎれて
しまうが、使い魔から吸収した魔力が偽臣の書の内部に蓄積される。
慎二はそれを用いることで、次なる一手を打とうとする慎二だった
が、イリヤスフィールがそれを許さない。
使 い 魔 た ち は、慎 二 の 乗 っ て い る シ ャ ン デ リ ア の 周 り に 散 開 し、
次々と光弾を放つ。慎二は、冷静に影の刃を放って、光弾を叩き落す
が、いかんせん複数の方向から攻撃されているため、光弾の一つをう
ち漏らしてしまう。
40
﹁やばっ﹂
うち漏らした光弾は、シャンデリアを釣るしていた鎖を見事に打ち
抜いた。それによってシャンデリアは落下し、上に載っていた慎二は
バランスを崩してしまう。イリヤスフィールは、落下する慎二の周囲
の使い魔を剣に変形させ、一気に攻撃を仕掛ける。
慎二は、イチかバチかでイリヤスフィールの頭上に影の触手を放
ち、収縮させることで一気に距離を詰めながら、攻撃をかわそうとし
た。しかし、剣をかわすことはできたが、イリヤスフィールが新たに
﹂
構築した使い魔から放たれた光弾は、かわし切れずその身に受けてし
まう。
﹁ぐぅ
すさまじい激痛に慎二はうめき声をあげる。影の触手を体に巻き
付け、天井に突き刺すことで、何とかへばりつくことに成功した。そ
して、慎二は傷口を抑えながら、真下にいるイリヤスフィールに向
かって影の触手を放つ。イリヤスフィールは、使い魔を変形させる猶
予が無いと判断して、そのまま盾にしてその場をやり過ごした。
﹁⋮⋮ 認 識 を 改 め る わ 慎 二。貴 方 は 私 が 死 力 を 尽 く し て 倒 す べ き 敵
よ﹂
﹁そうかい⋮⋮ でも、そろそろ決着をつけようか。どっちが死んで
も恨みっこなしだ﹂
慎二はそう言いながら、傷口の状態を確かめる。傷口は内臓までは
達していなかったものの、腹圧によって腸が体の中からはみ出しかけ
ていた。傷の状態に眉を顰めながらも、慎二は影の触手を傷口に巻き
付けて、止血と内臓の保護をする。その処置を終えた慎二は、ぼそり
と呟く。
﹁こりゃあ、万全の状態でじっくり準備する余裕はなさそうだ⋮⋮﹂
慎二が、そういうや否や、イリヤスフィールは使い魔を構築しなお
すと、次々と光弾を放つ。慎二は影の触手をもちいて、光弾の魔力を
吸収しながら、軌道をそらしていく。そして、慎二は天井に突き刺し
ていた影の触手を引き抜き、重力に従って、イリヤスフィールの元へ
と落下する。
41
!?
落下してくる慎二に向かって、彼女は容赦なく光弾を放つがそれは
慎二の放った影の刃に撃ち落とされる。慎二は、影の触手で着地の衝
撃を和らげながら、素早くイリヤスフィールに攻撃を仕掛けた。
イリヤスフィールはそれを回避しようとするが、かわし切れずに肩
口を大きく切り裂かれた。だが、彼女も反撃を繰り出す。先ほどまで
光弾を放っていた使い魔を剣の形に変形させて、慎二に放ったのだ。
慎二は、強引に体をひねって一本目の剣をかわす。だが、続く二本
目に偽臣の書を持っていない方の腕を切断され、体のバランスが崩れ
たところで、最後の一本が慎二の腹部を突き破り、脊髄を破壊した。
脊髄を破壊されながらも、慎二は何とか止血をするために、影で腹
部から背後にかけてできた大穴をふさぐ。だが、脊髄を破壊されたせ
いで、最早慎二の体は動かない。倒れ伏して、虫の息になっている慎
二に対し、イリヤスフィールは、こう言った。
﹁私の勝ちよ。シンジ﹂
して何が起こっているか正しく理解した瞬間、あまりの痛みに絶叫し
た。
何が起こったのか。それは、慎二がこの戦場において積み重ねてき
た行為の結果である。慎二がまで放ってきた影の刃の外れた分は、イ
リヤスフィールの床の近くに着弾していた。着弾した影の刃、いや、
42
その言葉を聞いた慎二は声を出すことができないほど衰弱してい
る の か、何 も 言 わ ず に イ リ ヤ ス フ ィ ー ル を 睨 み つ け た。イ リ ヤ ス
フィールは、使い魔を構築し、それを剣に変形させていく。慎二にと
どめを刺すために。
﹂
そして、イリヤスフィールが腕を振って、慎二に剣の形になった使
い魔を放とうとした瞬間︳︳︳︳︳
うあぁつあああっぁぁぁぁあああぁああ
彼女の右足が爆ぜた。
﹁えっ
!!?
一瞬、彼女は何が起こったか理解できずに、戸惑いの声を上げ、そ
?
影の刃のように見せかけた、影のトラップを設置するための魔術を
うっていたのだ。仕掛けられたトラップは、慎二の意志によって周囲
の魔力を吸い上げて爆発する即席の地雷。そして、天井に影の触手を
突き刺したときに、天井に魔力を流し込み、そこから壁を伝わせて床
へと送り込む。そうすることで、床のトラップの威力を増強してい
た。
これらの要因が重なることで、イリヤスフィールの片足を吹き飛ば
すことに、慎二は成功したのである。イリヤスフィールに令呪を使わ
れれば、それはバーサーカーを一瞬で身近に呼び出されることに他な
らない。つまり、慎二はイリヤスフィールを確実に、ほぼ一撃で倒す
ことができる状況を作り上げるために、今まで戦闘を運んできたの
だ。
それが実を結び、慎二は相手を殺せる状況にまで追い込むことがで
き た。だ が、そ の 顔 に 浮 か ぶ の は 苦 悶。激 痛 に さ い な ま れ て い る の
も、そうだがこれから相手の命を自らの手で奪うことに対しての苦悩
がにじんでいた。だが、慎二はそれでもためらうことなくとどめの一
撃を放つ。
そして、慎二の放った影の触手は、容赦なくイリヤスフィールの心
臓を抉り出した。
﹁ごめんな﹂
それは、近くに倒れてきたイリヤスフィールに対してこぼれた言
葉。慎二は、自分の目的のために自分の手で命を奪った。罪悪感はあ
る。だが、それでも慎二はもう止まらない。抉り出した心臓は、聖杯
の核。慎二の目的はこれだった。
慎二は、その聖杯の核を自身の傷口に押し入れて、体内に取り込ん
だ。直後、慎二の全身に強烈な不快感が襲う。ブクブクと、慎二の体
は膨れ上がりはじめ、それを抑えるために、慎二は影の触手を全身に
巻き付けて、自分の体に干渉する。こんなことをしていて不快感だけ
で済んでいるのは、不幸中の幸いというべきか、脊髄が破壊されたこ
とによって痛覚が失われているからである。
慎二の目的は、自身が聖杯の器になり、魔術回路を得ることだった。
43
小聖杯の特性上、聖杯の核の魔力が、優秀な魔術師の魔術回路と絡み
合うことで、聖杯の器が出来上がる。器にするとしても、魔術回路が
あることが最低条件だ。もし、魔術回路が無いものが取り込んだ場合
は、魔力を強引に循環させるために、体が膨れ上がり、別のものに作
り替えられていくことだろう。そう、魔力を作り、流すための魔術回
路が、疑似的に体の中に敷かれていくのだ。
今の慎二の状態がまさにそれだ。慎二の魔術回路の痕跡に、魔力が
流れ込み、無理やり回路として機能させている。だが、普通そんなこ
とをしてしまえば人間は死ぬ。しかし、小聖杯は自らを維持するため
に宿主を絶対に殺すことはできない。死なないように肉体を改造し
ていく。そこに慎二は勝機を見出した。だからこそ、今までできるだ
け小聖杯の特性を理解するために、魔術書を読みあさり、頭の中で理
論をくみ上げた。
慎二は、体に巻き付けた影の触手から、小聖杯に干渉し、自身の肉
体の変化をコントロールしていく。また、強引に魔術回路として作り
替えられた体の一部を用い、自身で魔術を行使して肉体を作り替えて
いく。
本来は、陣を床に敷くなりして、そのうえでこれを行うつもりだっ
たのだが、慎二は重傷で最早動くことがかなわないので、強行するこ
とになったのだ。そんな無茶を通すため、慎二は必死になって体の改
造 を 行 っ て い く。急 造 で か ま わ な い。数 日 持 て ば い い。そ れ だ け で
いい。そう念じながら、必死に改造を行っていく。聖杯の内側からに
じみ出る悪意の塊と戦いながら。
だ が、慎 二 の 耳 に 強 大 な 咆 哮 が 突 き 刺 さ っ た。バ ー サ ー カ ー が、
ア ー チ ャ ー と ラ イ ダ ー を 振 り 切 っ て 慎 二 に 向 か っ て き て い た の だ。
今の慎二は、身動きが取れない。肉体を作り替えている最中なのだか
らそれも当然だろう。だが、慎二は決してあきらめなかった。少しで
も早く体の改造を終わらせてしまえばいいと。それに、もし慎二の考
えている通りだとしたら。アーチャーの正体が、慎二の考えている通
りだったとしたら︳︳︳︳︳︳︳︳
44
ロ ー・
ア
イ
ア
ス
﹁熾天覆う七つの円環
﹂
助けに来ないはずがないのだ。そう、慎二とバーサーカーの間に、
アーチャーは立っていた。熾天覆う七つの円環を投影し、バーサー
カーの攻撃から慎二を守るようにして。アーチャーは慎二のほうを
向くことなく、こう言った。
﹁無茶をするな。ここは俺に任せて休んでおけ。慎二﹂
その背中が、慎二にはひどく頼もしかった。
45
!!
第三話後編
アーチャーは、慎二の前に立ってバーサーカーを睨みつけた。アー
チャーはこの場にいやれる誰よりもバーサーカーの厄介さを知って
いる。
﹁やれやれ、まさか二人がかりで戦っていたというのに、一度突破され
るとは⋮⋮ さすがは大英雄ヘラクレスと言ったところか﹂
現在のバーサーカーは、怒り狂っていて、とても手が付けられるよ
う な 状 況 で は な い。自 身 の マ ス タ ー を 殺 さ れ た の だ か ら。し か も、
バーサーカーは自身の歩んだ人生の中で、発狂して子供を殺したこと
がある。だからこそ、バーサーカーは、殺してしまった子供とイリヤ
スフィールを重ねて、守り通さなければいけないと思っていた。ゆえ
に、現在のバーサーカーは。慎二に逆鱗を逆なでされた状態なので、
慎二を殺すためだけに動いている。
ということですね
﹂
仕 掛 け る。ラ イ ダ ー は、慎 二 の 尋 常 で は な い 様 子 を 思 い 出 す。そ し
ライダーは、バーサーカーの体に鎖を絡ませるとそのまま、猛攻を
る﹂
﹁あ あ。そ う 思 っ て く れ て か ま わ な い。も ち ろ ん 最 低 限 の 援 護 も す
?
46
ライダーも、攻撃を加えてはいるが、それでも慎二を守りながら戦
うのは厳しいものがある。先ほどまでは、自由にあたりを飛び回りな
がら戦っていたが、今そんなことをしてしまえば慎二が一瞬で討たれ
てしまう。それ故に、アーチャーとライダーは、真正面からバーサー
カーと戦わなければならない。
バーサーカーは、再び慎二に向かって進もうとするが、それをアー
チャーが阻む。バーサーカーは嵐のような猛攻を仕掛けるが、それを
アーチャーは紙一重でかわし、あるいは投影した干将莫邪で受け流し
しばらくの間、自分だけで奴の攻撃をさばききれるか
ながらライダーに向かって叫んだ。
﹁ライダー
﹂
!
﹁厳しいですね⋮⋮ しかし、時間を稼げば、この状況を何とかできる
?
て、アーチャーに向かって叫び返した。
﹁致し方ありません。頼みましたよ、アーチャー
血
潮
は
は
剣
で
│
鉄
出
で、
来
﹂
て
心
い
は
る
│
ライダーは、アーチャーの援護を受けながら、次々と攻撃を仕掛け
た
び
の
│
戦
場
を
越
え
│
ていく。しかし、バーサーカーは先ほど巻き付けられた鎖をつかむ
幾
と、そのままライダーを振り回し、床にたたきつけた。
﹁│
た
た
だ
だ
一
一
度
度
の
の
敗
勝
走
利
も
も
な
な
く、
Unaware of loss. 担
い
手
は
│
こ
た魔力を用いて爆弾とし、一斉に爆発させた。
﹁│
に
│
独
硝
り。
不
47
剣
の
丘
で
鉄
鍛
つ
s arrival﹂
を
With stood pain to create weapons. こ
る。さらに、追い打ちとばかりに、アーチャーは干将莫邪に込められ
た干将莫邪が一斉にバーサーカーに向かって殺到し、同時に着弾す
バーサーカーはそのまま先に進もうとするが、次々と投げられてい
Nor aware of gain ﹂
し
子
I have created over a thousand blades
て
Steel is my body, and fire is my bloo
﹁│
たあたりを飛び回りまながら、バーサーカーに向かって襲い掛かる。
サーカーの腕や足に向かって飛び、その動きを阻害する。そして、ま
と投擲されていく干将莫邪は、互いに引き合いながら、次々とバー
それと同時に詠唱を開始し、さらに干将莫邪を投擲していく。次々
﹁││││I am the bone of my sword.﹂
体
サーカーに向かって投げつける。
わずかにアーチャーは頷くと、干将莫邪を投影して、それをバー
!!
入ってしまったのだ。だから、彼女は命を懸けている。
ない。なにより、今までの戦いの中で、慎二のことが少しばかり気に
いない。ただの屑であったならば、あそこまで命を懸けた無茶などし
攻を仕掛ける。ライダーは、最早慎二のことをただの屑だとは思って
その巨躯の動きが止まる。その間にライダーは、体勢を立て直して特
その攻撃で、バーサーカーの体にダメージを与えることに成功し、
waiting for one
'
﹁│
な
ら
ば、
体
我
は、
が
無
生
│
限
涯
の
に
意
で
味
出
│
は
│
来
不
て
要
I have no regrets.This is the only pa
ライダーは、バーサーカーの攻撃を釘剣で受け流し、あるいはかわ
し、その合間に攻撃を仕掛ける。先ほどの攻撃で、ライダーの体はボ
の
剣
ロボロだが、バーサーカーの体もアーチャーの攻撃によって損傷して
こ
いるため、何とか止めることができている。
﹁│
My whole life was〝unlimited blade wor
﹂
そして、ついにアーチャーの詠唱が完成した。そこに生み出される
のはアーチャーの心象風景。それは、禁呪とされる、魔術の到達点の
一つ。彼が、ある魔術に特化していたからこそ生み出すことができた
もの︳︳︳︳︳︳︳︳︳︳︳︳固有結界である。
そして、慎二を残して三人は、固有結界の中へと取り込まれていっ
た。
それを見届けた慎二は静かに呟く。
﹁勝てよ⋮⋮ あと、僕のサーヴァントを死なせるなよ。仮にも正義
の味方なんだろ。お前﹂
最後に、そそう呟くと、慎二はまた肉体の改造に腐心していく。長
年の目的を達するために。ただただ、その命が燃え尽きるまで、走り
抜けるために。
アーチャーの固有結界は、赤土の大地の上に無数の剣が突き立って
いるものだった。空は、夕焼けか、それとも朝焼けなのか、赤く染まっ
ている。その大地の上に立ったアーチャーは、静かに呟いた。
48
﹁さて、ここなら周りの被害を気にせずに戦うことができるな。離れ
ていろ、ライダー。隙があれば援護を頼む﹂
彼がそういうや否や、まわりの大地に突き立っていた剣が持ち上が
り、バーサーカーへと殺到した。殺到したものは、比較的宝具として
のランクが低いものが主で、バーサーカーを傷つけるのは難しい。だ
が、一斉に襲い掛かったそれらは、先ほどの干将莫邪と同じように一
斉に爆発する。それにより、バーサーカーにダメージを通すことを可
能としたのだ。
アーチャーはバーサーカーの命を慎二とイリヤスフィールが闘っ
ているうちに二回削っている。しかし、いまの攻撃でのアーチャーの
狙いは、命を削ることではなく、バーサーカーを重症の状態にするこ
とである。下手に殺してしまうと、蘇生の過程である程度傷がふさ
がってしまうのだ。現在のバーサーカーの状態は、皮膚と肉がところ
どころ抉れ、焼けただれた状態で、全身がボロボロだ。そして、これ
49
だけの傷を負っている状態ならば、先ほどまでと違い、攻撃が通りや
すくなっている。
アーチャーは、バーサーカーの持っている斧剣と同じものを固有結
﹂
界の中から引き寄せ、それを振り上げる。
ナインライブズ・ブレイドワークス
﹁是・射 殺 す 百 頭
﹂
だが、この技はアーチャーにとっても負担が大きい。全身にビキ
﹁これで、あと二つ
た。その攻撃によって、バーサーカーの命は、八つ失われる。
いない。ゆえに、その攻撃は寸分たがわず、バーサーカーを切り裂い
サーカーは重傷で攻撃が通りやすく、傷の影響で対処がうまくできて
斧剣も宝具としてはランクが低いものだが、それでも現在のバー
なく、八連撃までしか打ち出すことはできない。
ことができるが、アーチャーの腕では、剣を用いた場合、九連撃では
た九連撃。ヘラクレスならありとあらゆる武器でその九連撃を放つ
ように放たれた。それは、ヘラクレスがヒュドラを討伐する際に放っ
り、上腕、鎖骨、喉笛、脳天、鳩尾、肋骨、睾丸、大腿をたたき切る
それは、すべての攻撃が重なって見えるほどの速度で放たれてお
!!
!!
リ、といやな感触が広がり、わずかにその体の動きが鈍る。バーサー
カーは命のストックを消費して蘇生する。だが、その体は魔力不足の
影響で、その体が消えかかっている。だが、バーサーカーはその状態
で剣をふるった。アーチャーは体をひねって自身にバーサーカーの
斧剣がとどくまでの時間を引き延ばそうとする。それだけの時間が
あればバーサーカーは消滅してしまうだろうからだ。
しかし、アーチャーの目論見は外れてしまうこととなる。なんと、
消えかけていたバーサーカーの体が、元の状態に戻り、そのまま斧剣
を振りぬいたのだ。アーチャーはそれに目をむきながらも、固有結界
内の剣をバーサーカーが斧剣を持っている腕を狙ってとばし、爆発さ
せた。それによってバーサーカーの攻撃の軌道をそらして、何とか致
命傷を免れる。
アーチャーの指示通り、彼とバーサーカーの戦いを下がってうか
がっていたライダーは、素早く鎖をアーチャーに巻き付けて自分のほ
サーヴァントが魔力を得るためには、マスターからの魔
﹂
50
うに引き寄せる。そして、ライダーは悪態をついた。
﹁馬鹿な
力供給を受けるか、魂喰いをするしか方法はないはずでは
て な ら 創 り 出 す こ と が で き る。そ し て、投 影 し た 剣 を 手 に、ア ー
らば不可能。だが、真に迫った複製ならば、この固有結界内部におい
喚したサーヴァントの持っていた剣。それを投影することは、普通な
投影していく。それは、彼がかつてただの魔術使いであったころ、召
そう言ってアーチャーは立ち上がった。そして、その手の中に剣を
れだけは使いたくなかったのだがね﹂
だ。それを喰らって、魔力を回復したのだろうよ。⋮⋮やれやれ。こ
﹁自 身 の 命 の ス ト ッ ク ⋮⋮ そ れ は 莫 大 な 魔 力 で 編 ま れ て い る も の
きを言う。
えなくなるほどの傷ではない。体を起こしながら、先ほどの言葉の続
と、バーサーカーの一撃でその体はボロボロになっていた。だが、戦
ライダーに引き寄せられたアーチャーは、至近距離での宝具の爆発
どきを行ったのだろうよ﹂
﹁くっ、うぅ⋮⋮ その通りだ、ライダー⋮⋮ おそらく奴は魂食いも
!?
!
﹂
チャーは、バーサーカーに向かってとびかかる。
エ ク ス カ リ バ ー・ イ マ ー ジ ュ
﹁永久に遥か黄金の剣
アーチャーの叫びと共に、その剣は光輝き、バーサーカーの最後の
命を奪い取った。
アーチャーは息を吐いた。ようやく終わった、と安心したのだ。そ
して、背後で気を張り詰めていたライダーはゆっくりと地面に倒れこ
もうとしていた。アーチャーは慌ててその体を慌ててささえた。ラ
イダーの容体を軽く確認したアーチャーは、魔力不足と先の戦闘のダ
メージから気絶しただけだとわかり、ほっと息を吐いた。
﹁ありがとう。君がいなければ、バーサーカーを打倒できなかっただ
ろう﹂
そう言って、彼女の体を抱き上げると、彼は固有結界を解除した。
固有結界を解くと、慎二がアーチャーの目の前に立っていた。体の改
造を何とか終えたのだ。その反動か、肌は病的な白さになり、その髪
﹂
も真っ白に染まっている。それでも、慎二はいかにも彼らしく、アー
チャーに向かって話しかけた。
﹁何とか勝てたみたいじゃないか
﹂
﹁⋮⋮うるさい。ていうかその似合わないしゃべり方やめたら
の真似だよ﹂
誰
﹁その無茶が誰のためかは、君が一番分かっていると思ったのだがね
﹁やれやれ、この愚図。無茶しやがって﹂
ライダーを見ながらこうつぶやいた。
うように丁寧に受け取ると、今度は彼が彼女を抱き上げた。そして、
を慎二に差し出した。差し出されたライダーを、慎二は壊れ物でも扱
そう言って、アーチャーは肩を竦めると、抱き上げていたライダー
﹁ああ、本当にぎりぎりだったがね﹂
?
面食らったような表情になるが、やがてふっと笑ってこう言った。
51
!
慎二はそう言って、アーチャーの顔を見つめる。アーチャーは一瞬
?
?
﹁やれやれ。いつから気づいていたんだ
﹂
﹁違 和 感 だ け な ら、最 初 に お 前 を 見 た 時 か ら あ っ た。こ の 城 で バ ー
サーカーと戦う前の会話で、どこかで聞いたことがあるような反応を
返したあたりで、なんとなく。確信に変わったのは、お前がバーサー
カーに向かって弓を構えた時だ。お前の射は独特だからね﹂
﹁特技が名推理だということだけはあるな。流石だよ﹂
アーチャーはそう言って笑った。懐かしそうに、悲しそうに。そし
て、慎二は真名を、アーチャーの本当の名を、その口で、言葉として
紡いだ。
﹁衛宮。なかなかに元気そうじゃないか、僕の置き土産は役に立った
みたいで何よりだ﹂
﹁おかげさまでな。最期まで走りきることができたよ、慎二﹂
呟かれたアーチャーの真名は、慎二の親友と同じ名前。そう、アー
チャーは並行世界の衛宮士郎が、死後英霊となった存在だったのだ。
アーチャーは、この奇跡ともいえる残酷な再会に目を細める。懐かし
さ、悲しみ、憤り、悔しさ、ありとあらゆる感情が彼の胸の中を駆け
巡っている。だが、それを飲み込んで、こう言った。
﹁俺も、桜も、最期まで生きた。俺は最期まで走り抜けることができ
﹂
た。桜は、最期まで強く生きた。幸せな人生だったよ。お前のおかけ
でな﹂
﹁そうか⋮⋮ いや、まて衛宮。何で桜の話が出てくる
二がなんで無茶をしていたのかは、そのあとライダーが桜のいないと
り越えないと、自分は最期まで笑うことができないって言ってな。慎
だ。このぐらいの過去をぶちまけてやるぐらいじゃないと、これを乗
﹁そんな疑わしそうな表情をするな。⋮⋮桜が自分で話してくれたん
それを察してか、アーチャーは苦笑いしながらこう言った。
と思っていたから。
きなかった。自分がそれを彼に話すことは、最期の時まであり得ない
の言葉は、それを知っているように聞こえた。それが慎二には理解で
身の上を知られることを恐れていたのだ。しかし、いまのアーチャー
慎二は、アーチャーの言葉に違和感を覚えた。桜は誰よりも自身の
?
52
?
ころで話してくれた。今なら話してもいいだろうってさ﹂
﹁それは︳︳︳︳︳︳︳︳﹂
アーチャーの言葉を聞いた慎二に様々な感情が去来した。そして、
柔らかく微笑むと、何年振りかの本当の笑みを浮かべると、静かにこ
う言った。
﹁︳︳︳︳あいつも随分としたたかになったみたいじゃないか。これ
は、帰ったら徹底的にあの妖怪爺をぶち殺してやらなきゃね﹂
その声色はどこまでも優しかった。まるで万感の思いがかなった
か の よ う に。ど こ ま で も 澄 ん だ 声 だ っ た。そ の 表 情 を 見 た ア ー
チャーは、うれしく感じるのと同時に苦しくなった。だって慎二は、
アーチャーが知る未来の中には存在しなかったのだから。
お前のいた世界の僕は、最期にお前に
それとも、後悔しているなんて言ったのか
﹁そんな顔するなよ。何か
恨み言でも吐いたのか
﹂
?
﹂
﹂
!
そ
!
﹁お前は、自分の過去にあったことを変えられるような奴じゃない。
のアーチャーの背に向かってこう言ってやる。
に対して、それでいいといった。どこまでも優しい声で。そして、そ
慎二は、アーチャーの慟哭ともいえるような、血を吐くような言葉
﹁ああ。それでいい。それでいいんだ﹂
れだけはできない、できないんだ
慎二の、お前の、決意を、意志を無駄にすることになるからだ
﹁俺は、お前の命を助けることはできない。だって、それは俺を助けた
肩もわずかに震えていた。そして、慎二に背を向けると、こう言った。
そう言って、アーチャーは慎二から顔を背けた。その声はかすれ、
ぎなんだよ慎二﹂
﹁ほかにも取り柄の一つや二つはある。あと、俺を馬鹿呼ばわりしす
いしか取り柄無いだろ
﹁なら、そんな顔するな。前を向けよ。お前、馬鹿なんだからそれぐら
﹁いや、最期に満足そうに笑って逝ったよ﹂
アーチャーはかぶりを振ってこう言う。
アーチャーの顔を見ながら慎二はそう問いかけた。それに対して、
?
?
53
?
どこまでも不器用で、自分の歩んだ道を否定しないやつで⋮⋮ 優し
い正義馬鹿で⋮⋮ そんなまっすぐな大馬鹿野郎だから、そっちの世
﹂
界の僕もお前の︳︳︳︳︳︳︳︳︳友達ってやつになったんだろう
しさ﹂
﹁︳︳︳︳︳っ
アーチャーはぎりり、と唇をかみしめた。決して今の自分の顔を知
られてはならないと。漏れでようとする声を慎二に聞かせてはなら
ないと。その様子を見ていた慎二は、しょうがない奴だな、と思いな
がら話題を変えてやる。
﹁あ、そうだ。お前、どうせ過去の自分と関わったら、僕の選んだ選択
が、決意が無駄になるかもしれないって思ってないか﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁図星かよ⋮⋮ まあいいや、できれば今の衛宮を鍛えてやってくれ。
そうすればあいつも、少しは楽できるだろうからさ﹂
﹂
﹁⋮⋮いいのか そんなことをしてしまえば慎二は負けるかもしれ
ないぞ
そ の ぐ ら い で 僕 が 負 け る わ け な い じ ゃ ん
根 競 べ な
何言ってんのお前、と言わんばかりの動作と表情で、こう言い放った。
﹁バ ー カ
﹁ああそうだ、衛宮。お前馬鹿だけど、いい仕事したみたいじゃん﹂
いだろうから。慎二はその背中に向けて、最後にこう言ってやった。
ずいてから、その場を立ち去ろうとした。これ以上は、こらえられな
らこそ、それはアーチャーの心を打った。そして、アーチャーはうな
それは、慎二が贈る最大級の賛辞。自分の認めた男への言葉。だか
︳︳︳ きっと勝つこともないんだから﹂
ら、どっちが倒れるかまでの喧嘩なら、僕がお前に負けることも︳︳
!
54
!!
?
慎二の言葉に、アーチャーはそう返した。その言葉に慎二は、心底
?
!
それを聞いたアーチャーは、抑えがきかなくなり、今度こそこの場
を去っていった。それを見送ると、慎二もまた、歩き始めた。
彼にとっての原初の絶望を打ち砕くために。
55
第四話 前編
慎二は、ライダーを抱えて移動しながら、つなぎ合わせた腕と、増
殖していた肉で埋め立てた傷の具合を確かめる。つなぎ合わせた腕
は、しっかり動いているし、腹部の大穴も塞がり、神経もつながって
いる。問題があるとすれば、神経までもが魔術回路としての働きを持
たせられてしまったことであろうか。神経が変質してできた魔術回
路は、使用すれば全身に激痛が走り、それだけでなく体に多大な負担
をかけることになる。
それでも、それらを利用すれば常軌を逸した魔力を用いて魔術を行
使できるだろう。だからこそ、慎二にとっては問題であると同時に切
り札の一つと化している。これだけでなく、イリヤスフィールから慎
二はあるものを拝借している。それらを合わせれば、臓硯との対峙に
あたっての勝率はかなり高くなる。
﹁ようやくか⋮⋮﹂
ぼそりと慎二はつぶやく。その言葉にはどれほどの感情が、意味が
込 め ら れ て い る の か。そ れ は、慎 二 に し か わ か ら な い こ と だ。し か
し、いまの慎二を見れば一つだけわかることがある。それは、鬼のよ
うなすさまじい形相をしているということだ。
ゆっくりと、慎二は歩いていく。ライダーの体に負担をかけないた
めに。ライダーの傷を魔術によって治療しながら。その間に、慎二は
頭の中で策を巡らせる。何十通りもの策を。これから、慎二は臓硯と
対峙する。もし、ここで何かをしくじれば、慎二の数年間の演技、押
し殺した感情、目的をなすために傷つけた大切なものの心、それらが
すべて無に帰してしまう。だからこそ、慎二は今までの中で一番頭を
回転させる。
臓硯の使える魔術、蟲、ありとあらゆる戦術を吟味しながら、慎二
は対策を練る。思考に埋没しながらも、慎二は足を止めず、ライダー
にかけている治癒の魔術の手を緩めず、前に進む。そうやって進んで
いるうちに、慎二たちが乗ってきたバイクが止めてある場所にまで到
着した。そして慎二は、腕に抱えたライダーに向かって声をかける。
56
﹁いい加減起きたらどうだ
もう目はさめてるんだろ﹂
﹂
気づかれていないと思って、のうのうと人の腕に収まりや
﹂
らなかった。
﹁お前、何拗ねてんの
﹂
ずいことを言ったというのがわかったが、それが何なのかまではわか
二は、その声を聴いて、自分はライダーの琴線に触れるような何かま
ライダーは、慎二の悪態に対して、拗ねたような声でそう返す。慎
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮今、猛烈にお礼をする気が失せました﹂
ないの
たいなデカ女を運んでやったんだから、感謝くらいしてもいいんじゃ
﹁おかげさまで、考え事はうまくまとまったよ。それにしても、お前み
まずいと思ったのですが﹂
﹁失礼しました。考え事をしているようでしたので、邪魔をするのは
がって。図々しいとか思わないわけ
﹁はっ
ろしてやると、お得意の悪態をついた。
そう言って、ライダーは体を起こした。慎二はライダーを地面に降
﹁気づいていましたか⋮⋮ ﹂
?
そういうと、2人はバイクに乗った。ライダーは、バイクのエンジ
﹁分かったよ﹂
まっていてください﹂
﹁分かりました。それでは、私が運転しますので、慎二はいつも通り捕
しなきゃいけないことがあるしな﹂
﹁ま、まあいいや。とりあえず屋敷に戻るぞ、ライダー。御爺様に報告
対してこう言った。
以上の追及をしなかった。慎二は内心首をひねりつつも、ライダーに
ライダーの言葉にだんだんと圧力がかかってきたので、慎二はそれ
﹁拗ねてなどいないといったのです﹂
﹁いや、どう考えても⋮⋮﹂
﹁拗ねてなどいません﹂
?
ンをかける。そして、バイクをはしらせた。慎二が過去の遺物と対峙
するための舞台へと。
57
?
!
?
間桐の屋敷は、いつも通りの陰鬱な雰囲気を漂わせている。慎二
は、その玄関の前に立つと、呼気をわずかな間で整えた。そして、い
つものように顔に張り付けた笑みを浮かべて、その扉をくぐった。
﹁よくぞ戻ってきた。慎二よ﹂
扉をくぐると同時に臓硯から声がかかる。あまりにも慎二の予想
通りの展開で、彼は思わず口角を上げそうになるが、こらえて、あく
御爺様自ら僕を出迎えるなんて。どういった風の吹き回し
までも驚いたような声を上げる。
﹂
﹁へぇ
で
﹁それはそれは
御爺様もついに僕を後継と認められたようで﹂
い。間桐の当主をどうするか決めるためじゃ﹂
﹁いや、今回わしがここに立っているのは、聖杯の件に関してではな
いないのか、臓硯はこう言った。
化け物なのだから。そんな慎二の様子に気づいているのか、気づいて
はいえ、相手は数百年ものあいだ、人の命を喰らって生き続けている
慎二はそう言いつつ、わずかに警戒を強めた。予想どおりの展開と
ね﹂
い。だったら御爺様が出てくるような場面ではないと思いますけど
﹁ええ、その通りです。ですけど、いまだ願望器たる聖杯は現れていな
じゃな。さらには魔術回路まで手に入れたようじゃ﹂
﹁ま あ、そ う い う で な い。慎 二 よ。ど う や ら 小 聖 杯 を 手 に し た よ う
?
み、あわれにも死んだと思っていた慎二が生きてこの家に近づいてき
臓硯の接触は慎二の予想通りだ。おおよそ、アインツベルンに挑
ていなかったことを憤っているような声色も混ぜ込んでいる。
演じたわけである。また、その演技をする際に、今まで当主に選ばれ
あると言われただけで、自身が選ばれると思ってしまうような餓鬼を
慎二は、あくまでも道化らしくそう言った。当主の件について話が
!
58
?
たのを感知し、様子を探ったところ、魔術回路と小聖杯を手にしてい
まあ、そう気を立てるでない。おぬしとて魔術回路が
ることが分かったといったところだと彼はあたりをつける。
﹁カカカカ
無ければ魔術師の後継者として認められんだことはわかっておろう
に﹂
﹁そう言われて、はいそうですかって言えるほど僕も大人じゃないん
だ。ま、だからこそ魔術回路が手に入ったんだろうけどね﹂
慎二の言ったことは、ほとんどが本当のことである。桜があんな目
にあっていると知っても、魔術回路を欲し、魔術師になりたいと願っ
た。そんな自身の欲望をかなえたのは、慎二のわがままだ。それが桜
を助ける過程に必要なものであったものだとしても。
だからこそ、慎二の行動の中に含まれている臓硯に対しての反逆の
意志は、巧みに隠されている。臓硯は慎二の言葉を嫌な笑みを浮かべ
ながら聞いていた。それに対して慎二は鼻を鳴らすと、言葉を紡い
だ。
﹁まあ、いいや。で、御爺様。できれば僕のわがままを聞いてもらいた
なんじゃ慎二。内容にもよるが聞いてやろう﹂
いんだけどさ﹂
﹁ほお
約を結んでもらうだけでいい。もちろん、桜と御爺様の連名でね﹂
慎二は、そういうと、紙を取り出した。次の瞬間、慎二の手から血
があふれ出し、紙に複雑な記号が所狭しと描かれていく。それを見た
セルフギアス・スクロール
臓 硯 は、ほ ぉ、と 感 心 し た よ う な 声 を 上 げ る。慎 二 が 行 っ た の は、
自己強制証文の作成だ。これは、権謀術数の入り乱れる魔術師の社会
において、決してたがえることのできない取り決めをする時に使用さ
れる、もっとも容赦のない呪術契約である。魔術刻印を利用すること
で、強力な強制の呪いとし、次代に継承された魔術刻印がある限り、魂
すら束縛するもの。
臓硯が驚いたのは、それほどまでに高度な魔術を、慎二がいとも簡
単に目の前で構築したことである。慎二がまさか、それほどの素質を
手にしたなど、臓硯は思ってもいなかったのだ。しかし、それは優秀
59
!
﹁簡単な話さ。僕がこの戦いを勝ち抜いたら、当主を僕にするって契
?
な 後 継 が で き な か っ た 間 桐 の 血 筋 に お い て は 喜 ば し い こ と で あ る。
セルフギアス・スクロール
だから、臓硯はなにも言わずにその内容を確認する。
自己強制証文に書かれていた内容は、先ほど慎二が言ったとおりの
ものである。一応、ほかの魔術を仕込むこともできたし、契約の内容
に、慎二には蟲を使わないといったような内容を含めることも彼は考
えていたのだが、臓硯に警戒される可能性があったためにそれらの小
細工は使えなかった。それに、重要なのは、臓硯と桜が慎二の近くに
いる状況を作り出すことなので、小細工が必要なかったといった方が
セルフギアス・スクロール
正しいかもしれない。
臓 硯 は、内 容 と 自己強制証文 に お か し な 点 が 無 い こ と を 確 認 す る
と、慎二に向かってこう言った。
﹁ふむ。まあ、いいじゃろう。桜をよんでくるといい﹂
﹁納得していただけたようでなにより﹂
そういうと、慎二は桜を呼ぶために、屋敷の奥へと足を進める。そ
して、桜の部屋へとつながる廊下への扉を開けた。
そして、扉を開けると桜が立っていたので、慎二はやや驚いたよう
な顔になる。しかし、それをすぐに引っ込めると、慎二はこう言った。
﹁ああ、桜。ちょうどよかったよ。お前と御爺様にやってもらうこと
があるんだ。こっちに来てもらえるか﹂
﹁兄さん⋮⋮ ﹂
桜はそう言って、顔を俯かせる。慎二はグズグズしている桜に焦れ
て、舌打ちをしてから、その手を引いて歩き出した。桜は驚いてわず
かに声を上げる。慎二はそれを無視して進んだ。桜の扱いはこのぐ
らい雑な方が、臓硯に疑われないし、このような粗雑な態度をとるこ
とによって、相手に短絡的な存在だと思わせて油断させる。
慎二は目的を果たすためなら、どんなことでもした。こんな小さな
ことも、何年間も積み重ねて行えば、それは確固たる認識として、刻
まれていく。小さな行動による慎二が愚かだという認識の刷り込み、
魔術に対しての執着を見せつけることで臓硯に慎二は御しやすいと
錯覚させる。たちの悪いことに、魔術に対する執着は実際に慎二の中
に存在していたものなので、その執着を前面に押し出したことで、彼
60
の桜を助けるための行動は悟られる可能性はほぼなくなったといっ
てもいい。
そして、長年の行動の成果がようやく実る。そのためにゆっくりと
慎二は歩を進めた。そして、慎二にとっての最低最悪の絶望、数年前
に地下室で本性を現した怪物、間桐臓硯の前に立って、慎二はこう言
う。
セルフギアス・スクロール
﹁じゃあ、契約を結ぼうか。桜、まずお前から署名しろ。もちろん自分
の血でな﹂
そう言って、慎二は桜に向かって自己強制証文を突き出した。桜は
ビクリと体を震わせた後に、慎二の言う通り、自身の血御用いて署名
をする。それを見届けた慎二は、暗示を使って桜の意識を奪い取っ
た。その行動をとった慎二は、臓硯に向かってこう言った。
﹂
﹁万が一、この契約を邪魔されたら困るからね。桜は眠らせたけど問
題ないよね御爺様
用心深いのぅ。心配せんでも桜がおぬしの邪魔をする
かし、慎二はその言語をさらにその口から紡ぎ続け、桜の体の内部か
次の瞬間、強大な魔術が構築され臓硯は一瞬で消し飛ばされた。し
のか理解できなかった。
り、すさまじい速度で紡がれたために、臓硯はいったい何が起こった
葉が紡がれる。それは現在の言語体系からあまりにもかけ離れてお
臓硯が、自己強制証文に署名をしようとした瞬間、慎二の口から言
セルフギアス・スクロール
が常識の範囲まで昇華されているのならばなおさらだ。
歪んだ認識は正常な判断をできなくする。まして、その歪んだ認識
なかったのである。
ら桜が邪魔をするかもしれないと警戒して、眠らせたようにしか見え
ゆえに、慎二のこの行動は、魔術に対する執着が暴走し、もしかした
に執着しているというのは、臓硯にとっての常識と化しているのだ。
に心の中に住み着き、常識となる。臓硯にとって、慎二が愚かで魔術
長年、慎二は愚かしいという認識を刷り込まれ続ければ、それは常
ことはないだろうに﹂
﹁カカカカ
?
ら、何かを取り出す。それは桜の心臓に寄生していた間桐臓硯の本体
61
!
に他ならない。それを慎二は魔術で空中に拘束してからこう言った。
﹁やあ御爺様。桜の中に本体を隠すなんてね。魔力の流れを探って桜
の体内を調べたら。こんな不愉快な事実が隠されているなんて思わ
なかったよ。いい年して生き汚いよね﹂
慎二はそう言って、臓硯の本体を睨みつける。そして、侮蔑を込め
てこう言ってやった。
﹁それにしても、反逆されることはないと思っていたクソガキにいい
﹂
ようにされるなんて︳︳︳︳︳︳︳︳︳ねえ、いまどんな気持ちだい
﹂
貴様、儂を裏切ったのか
!?
馬鹿を言っちゃいけないよ。裏切るっていうのは利害関係
﹁し⋮⋮んじぃいいいい
﹁裏切る
!!!
?
﹂
すべての蟲が死滅しておるなど
﹂
の蟲を使おうとするが、それは叶わなかった。
﹁馬鹿な
ア
ン
リ・
マ
ユ
み込んだとでもいうのか ありえん、あり得んぞ
今の聖杯に、
!!
﹂
!!
ン
リ・
マ
ユ
はこの世全ての悪にされらされる、臓硯の疑問と狂乱に満ちた叫びに
ア
トの知識、経験を自身のものにした。確かにその過程で、慎二の精神
り、慎二は聖杯の内部に干渉し、現在脱落している三騎のサーヴァン
臓硯はみっともなく、桜の体内から言葉を飛ばす。臓硯の言った通
耐えきれるものか
この世全ての悪 に 汚 染 さ れ た 聖 杯 に 干 渉 し て お ぬ し ご と き の 精 神 が
!?
﹁おぬし、まさか聖杯の内部に干渉し、英霊の力を経験を自身の体に刻
えるんだから﹂
老獪な魔術師が用いてる魔術も簡単に封じ込めたうえ、主導権まで奪
!
!
﹁いやあ、すごいよね。神代の魔術ってやつはさ
御爺様みたいな
硯の怒りを助長させる。そして、臓硯は慎二を縊り殺すために、ほか
たっぷりと嘲りを込めて臓硯の言葉に対する返答をした。それが臓
臓硯はようやく事態が飲み込めたのか叫び声をあげるが、慎二は、
け
を誓った覚えもない。そんなことも分からないくらいに耄碌したわ
ことを言うんだ。僕は御爺様と利害関係を結んだ覚えもないし、忠誠
が一致した条件下で手を組んでいる奴や忠誠を誓った奴が掌を返す
?
!?
62
?
ン
リ・
マ
ユ
耐え切れるにきまってるじゃ
対して、慎二はやれやれと言ったような態度で、こう言ってやった。
ア
﹁なんで耐えきれないと思ったわけ
ない﹂
まだ勝機はあったかもしれないのにねえ
それもさっき言った特
﹁僕を壊したいなら、ほんの一握りの存在の、怨嗟を永遠と聞かせれば
もすることはできない。慎二はさらに言葉を続ける。
たのだと、この段階でようやく悟ったのである。だが、最早臓硯に何
た。つまりは桜を助けるために慎二はすべての行動を積み上げてき
慎二の言葉を聞いた臓硯はなぜ慎二が、自身に反逆したのかを悟っ
それに比べたら大したことはないんだよあんなもの﹂
なものの悲鳴を苦悶の声聞いて、その絶望を直視し続けてきたんだ。
日、あの地下室であの惨劇を目にしてからずっと、特等席で僕の大切
﹁ああ、なんで耐えきれるかって話だけど、そりゃあ簡単さ。僕はあの
そうにうなずくと、言葉をつづけた。
慎二の一言で、臓硯の声はぴたりと止んだ。そのことに非常に満足
﹁黙れ。人の話は最期まで聞けよ﹂
はずが︳︳︳︳︳︳︳︳︳︳﹂
﹁だからどうしたというのだ
それだけでは、おぬしが耐えきれる
てはまらないんだろうけど、今は聖杯の内部でそんなこともできやし
の悪意の塊でしかない。誰かの人間の皮をかぶってるならそれは当
ん。この世全ての悪ていうのは、その特性上、大多数の怨嗟、不定形
?
﹂
?
崩壊にあらがうように、臓硯の本体であった蟲はきちきちという音
に、臓硯は存在を保てず、その体も崩壊し始めている。
掌握し、その機能を停止させたうえで破壊しつくしていたのだ。ゆえ
き飛ばした際に、臓硯が自身を延命させておくためのすべての魔術を
体を保とうとしているが、それもかなわない。慎二は最初に臓硯を吹
や体を保つことができなくなってきている。その中で、何とか自身の
慎二はそう言って口の端をゆがめた。慎二の言う通り、臓硯はもは
爺様。そろそろ体を維持するのが辛くなってきたんじゃない
倍は持ってこないと不可能だったって話だよ⋮⋮ それはそうと御
性のせいでかなわなかったわけだけど。ま、僕を壊したかったらあの
?
63
!?
を出しながら体をうねらせる。それは死に恐怖する矮小な存在にな
り下がったもの。慎二にとって絶望の権化とも言っていい存在はこ
こまでみじめな存在になり下がったのである。そして、うねっていた
蟲の体は、やがて動きを止め、崩壊した。
それを見た慎二は、目を細めてこうつぶやく。
﹁最後はずいぶんあっけないもんだね﹂
﹁お疲れ様です。慎二﹂
そして、臓硯の終わりを見届けた慎二の後ろからライダーが現れ
る。彼女は、間桐の屋敷に戻るまでの間に、すべての事情を慎二から
知らされていた。慎二が、魔術を用いて自身の記憶をライダーに流し
込んだのである。その内容から、慎二がどうして今までのような行動
をしてきたのか、そして自身が彼に対して抱いていた違和感の正体を
ライダーは悟ったのである。
そのすべての事情を知ったライダーが感じたのは、桜の人生をゆが
め、慎二がここまでの行動をしなければ彼女を助ける端緒すらつかむ
ことができないほどの状況を作り出した臓硯に対しての怒りだった。
そしてライダーは、臓硯を八つ裂きにしたい衝動にとらわれたが、慎
二の今までの気持ちを考え、彼にそれを譲ったのだ。彼女が霊体化し
ていたのは、自身がいつ感情を抑えられなくなるか分からなかったか
らということもあったのである。
﹁ああ、だけどこれだけじゃ終われない。まだ、桜の体内の蟲はまだ
残ってる。こいつを今からどうにかできなきゃ意味がないんだ﹂
そう、臓硯の本体を引きはがして、彼の生命維持に必要だった魔術
や蟲は滅ぼしたが、桜の体内の蟲はまだ手を付けていなかった。理由
は簡単。桜の体内の蟲は彼女の体の神経に深く絡みついているため、
下手に引き抜けば神経の大部分を失う羽目になるからだ。そうなれ
ば桜は死ぬ。だから、それ以外の方法で何とかする必要があった。
キャスターの知識と自身の知識をもって、慎二は桜を調べていく。
どうすれば助けられるかを探るために。そして、その糸口が見えたの
で安堵したようにこうつぶやいた。
﹁これなら大丈夫そうだ。切り札を切れば、ぎりぎりいけるな﹂
64
慎二がそう呟くと、彼の体を覆うようにして赤い文様が浮かび上
がった。それが彼の切り札の一つ。イリヤスフィールの死体から慎
二が奪い取った令呪である。現在、キャスターの魔術や慎二自身の魔
術だけではどうにもならないが、令呪を用い、かつ慎二が保有してい
る小聖杯の器としての機能を用い、さらに魔術回路の役割を与えられ
た神経までを用いることで、ぎりぎり何とかできることが判明したの
だ。
令呪は、サーヴァントに命令を強制するのにも使えるが、それ単体
で強力な魔術の触媒や魔力源として用いることができる。さらに、イ
リヤスフィールの令呪は、ほかのマスターのものと違い、特別製だっ
た。ゆえに、一画で普通のマスターの令呪の倍以上の効果が見込めた
のである。
小聖杯の器としての特性だが、なんと魔術の理論をすっ飛ばして魔
術の効力という結果を持ってくることができるようになるというと
んでもないものだ。だからこそ、慎二の持ちうる全ての知識を用い、
桜を助けるための理論を構築し、足りない分の理論を小聖杯の器とし
ての特性を利用することですっ飛ばし、それを実行するのに足りない
分の出力を確保するために令呪一画を必要としたのである。
そして、慎二は桜の為にありったけの集中力をもって、その工程を
行った。慎二の体中から汗が吹き出し魔術回路がうなる。そして魔
術回路とかした神経までもを酷使した。全身に激痛が走り、慎二の口
からうめき声が漏れる。それでも、慎二は決してそれをやめようとせ
ず、さらに足りない分の魔力をキャスターのスキルで霊脈から引っ張
り出し、それでも足りない分を令呪で補った。
ついに、慎二は桜の体に巣食っていた蟲を取り除き、桜の体をすべ
て治療することに成功した。そして、慎二はそれを確認すると、満足
そうに微笑んだ。
﹁ああ、やっと僕の目的は叶えられたのか﹂
﹁お疲れ様です。体を酷使されたようですし、もう休んでください﹂
﹁そうだな。まだやることがたくさんあるけど⋮⋮ もう休ませても
らうよ﹂
65
慎二はそう言ってからライダーの腕の中に倒れこんだ。それを優
しく抱きとめると、ライダーはゆっくりとその体を持ち上げ、そして
桜も一緒に抱き上げると、寝室まで運び、2人を寝かせる。
﹁おやすみなさい。良い夢を﹂
ライダーの声があたりにやさしく響いた。
66
第四話 後編
臓硯との決着をつけた翌日の朝。慎二は、ゆっくりと閉じていた目
を開いた。その目に飛び込んできたのは、ぐっすりと眠っている桜の
寝顔。それは、慎二が知っているものよりも穏やかなもので、いかに
臓硯の蟲が彼女に負荷をかけていたのかがうかがい知ることができ
た。
﹁にしても、ライダーのやつ⋮⋮ 余計なことを﹂
慎二はそうぼやくと、穏やかに眠っている桜の顔を見つめた。慎二
は、まさか一緒のベッドに寝かされているなど、予想もしていなかっ
たので、いささか動揺してしまったのである。だが、慎二はそれが不
愉快と感じるわけでもなく、どことなく穏やかな気分になった。それ
をむずがゆく感じたのか、慎二はがりがりと頭をかいた。
﹁おはようございます。慎二﹂
て納得する。そうか自分は今幸せなのか、と。ふと、慎二が窓を見る
と、そこには朝日に照らされて穏やかな顔をした、彼自身の姿が映っ
ている。それが何だかおかしくて、慎二は笑いながらこう言った。
﹁くくくっ⋮⋮ そうだ、確かに幸せかもね﹂
﹂
67
﹁⋮⋮⋮⋮おはよう﹂
ライダーが寝起きの慎二に声をかけると、慎二は何とも言えない表
情であいさつを返す。朝に、家の中であいさつをされるなど、もう数
年以上もなかったことだったからだ。そうなるように行動したのは
慎二自身であったが、それでも形容できない何かは、確かに慎二の中
﹂
に積もっていたのである。そして、慎二は確かに感じたそれをごまか
すかのように、ライダーに向かってこう言った。
﹂
﹁お前、僕と桜を一緒に寝かせるなんてどういう神経してるんだよ
﹁そういう割には幸せそうな表情でしたが
?
ライダーの言葉に、慎二は息をのんだ。そして、わずかの間をおい
?
﹁そうですか、それはよかった。 ⋮⋮⋮⋮微妙に笑い方が悪役じみ
ているのが玉に瑕ですね﹂
﹁お前、一言余計なんだよ
!
慎二は、生暖かい視線を送りながらそう言ったライダーに対して、
思わず叫びかえした。実際、ライダーの表情はとても優しいものだっ
た。ライダーは偽臣の書を介して、慎二の半生を、その記憶を余すと
ころなく見てきたのだ。だからこそ彼女は、そうまでして助けたかっ
たものを助け、自分の貫きたかった意志を貫き、わがままを叶えた慎
二の在り方を、少しばかりの羨望と確かな優しさをもって見つめてい
た。そんな視線を向けられた慎二としては、気恥ずかしいやら、むず
がゆいやらで、たまったものではないのだが。
ほんのわずかな幸せの時間。それをライダーも慎二も理解してい
るからこその、本当に穏やかな時間だった。だが、いまだ聖杯戦争は
終わってはいない。いや、今からが佳境なのだ。だから、慎二はこの
穏やかな時間に終止符を打たなければならない。慎二は、優しく桜の
髪の毛を数回ほど梳いてやってから、ゆっくりとライダーのほうを向
いた。そして、今までの穏やかな表情とは打って変わって真剣な表情
で言葉を紡いだ。
﹁ライダー。これからの話をしよう﹂
﹁⋮⋮ええ。そうですね﹂
ライダーはわかっていた。慎二の記憶を見たからこそ、これから何
のために慎二が戦いに赴くのかを。そして、最早慎二は引き返すこと
も、逃げ出すこともできないということを。
だが、彼女はもう少しだけ、慎二が幸せな時間に居てもいいのでは
ないかと思った。しかし、同時にそれが慎二の決意を鈍らせかねない
ものだと彼自身が理解したうえで言っていることだということも、慎
二の記憶を見たライダーにとってはたやすく理解できたのだ。
だからこそ、その判断と覚悟に口を挟まなかった︳︳︳︳︳︳︳︳
︳ いや、挟めなかった。それをすれば、慎二のあり方を否定するこ
とになるし、何よりその在り方を気に入ってしまったライダーが、そ
れをすることなどできなかったのである。
慎二は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
﹁まず、拠点だけどこの屋敷はしばらく利用させてもらおう。あっち
68
﹂
がこの屋敷をもう一度調べに来るまでは、まだ猶予があるだろうから
ね﹂
﹁わかりました。現在契約している、複数のホテルはどうしますか
﹁現状維持。相手がどれかのホテルに泊まっていると踏んで、調べて
くれてるうちは、一度調べたであろうこの場所に足を踏み入れたいな
んて言うやつはいないだろうさ﹂
慎二の言ったことは正しい。一度、慎二の拠点の可能性があるとし
て、この屋敷が様々な陣営に調べられたが、その時点で慎二は屋敷に
居なかった。また、複数のホテルをとっていることで、視線が分割さ
れるというのもそうだが、一番の理由としては、誰が数百年生きる妖
怪がすむ屋敷に何度も探りを入れようというのだろうか。いまや、そ
の妖怪である臓硯はいないが、それを悟られないように慎二はこの屋
敷に認識を歪ませる結界を張っている。ゆえに臓硯が既にこの世に
いないということを知られている可能性は低い。
﹂
﹁慎二の言い分には。納得できます。しかし、桜はどうするつもりで
すか
おいた。その間の記憶は残らないようにしてな﹂
﹁やはり、桜を助けたということを知らせるつもりはないのですね
﹁ああ﹂
﹂
の話である。そんな感傷を振り払うように、慎二は緩く首を振った。
ていた日常を思い出して、慎二は目を細めるが、それももう遠い過去
ることができていると思っていた過去の妹の姿。その穏やかに過ぎ
友とその姉貴分である馬鹿虎の姿。そして、ゆっくりとだが絆を深め
慎二が思い浮かべるのは、まだ残酷な真実を知る以前に出会った親
彼の望みを通すために必要なことであるからだ。
性もあるが、慎二はその選択を選ぶつもりがない。慎二の死こそが、
ることである。聖杯の完成は、慎二の死に他ならない。生き残る可能
とうが負けようが死ぬ。それは聖杯の器になった時点で確定してい
慎二はライダーの言葉に対して短く返した。慎二はこの戦いに勝
?
69
?
﹁昨日、暗示をかけた時に、普通の生活ルーチンを送るように仕込んで
?
﹁僕がここまでしてやったんだ。そろそろ、自分の足で立てるように
なってもらうさ。いつまでも、精神安定剤の役割をしてやるつもりは
毛頭ないんだよ﹂
慎二はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、部屋の外へ
﹂
と歩き出す。そんな慎二にライダーはこう声をかけた。
﹁どちらへ
﹁体がどれくらい動くか確認しに行くだけだよ﹂
部屋から出た慎二は、屋敷の庭へと向かう。そして、庭に出た慎二
はまず、キャスター行っていた強化を発動した。そして、一歩踏み込
むと、そのまま一気に数メートルほどの距離を一瞬で移動した。が、
全身に激痛が走り、顔をゆがめる。
そ れ も 当 然 だ ろ う。聖 杯 の 器 と し て 慎 二 は 急 造 な の だ。さ ら に、
サーヴァントが脱落するたびに、体にかかる負担が大きくなっていく
の だ。だ か ら、先 ほ ど 強 化 し た 肉 体 で 動 い た と き に、身 体 に 激 痛 が
走ったのである。それだけ、いまの慎二は危うい状態なのである。実
際問題、彼が痛みの走った部分を確認すると、体が崩壊していた。さ
らに悪いことに、崩壊した部分から、肉塊があふれ出そうとしている。
本来、慎二がイリヤスフィールの心臓を取り込んだ時点で、ただの
肉塊と化してもおかしくはなかった。それを強引に押し込め、いじく
りまわした結果、体のいたるところにガタが来ているのだ。とりあえ
ず、慎二は崩壊した体から飛び出している肉塊を利用して、体を修復
﹂
していく。処置を施しながら、慎二はぼやくようにつぶやいた。
﹁こりゃあ、ダメだね。強度をもっと上げなきゃダメか
要がある。聖杯に接続すれば、魔力は無尽蔵に使用できるが、汚染さ
治癒には自身の魔力を用いるか、霊脈から魔力を引っ張ってくる必
でしまうことだろう。
うことがわかる。射殺す百頭や燕返しなどは、撃てば半身が吹き飛ん
ナ イ ン ラ イ ブ ス
るが、強化した上でも英霊と同等の動きをするには厳しいだろうとい
慎二はやれやれと嘆息する。治癒を施した腕は、問題なく動いてい
?
70
?
れた魔力は慎二を強引に生かそうと、異常な速度で彼に肉体を再生さ
せたことで、先ほど肉塊があふれ出したからだ。
なので、聖杯の魔力が肉体を再生させようとする前に、自前の魔力
で肉体の治癒をしなければならない。あるいは、あふれ出した肉塊を
利用して、強引に傷をふさぐか。そうしなければ、一瞬で肉塊に体が
埋まることになる。
慎二が桜を治療するときに、聖杯から魔力を引っ張ってこなかった
のは、彼女の精神が聖杯の魔力で汚染されることを危惧したから。そ
して、ライダーと契約をしなかったのもこれが原因だ。
慎二は、急造の器である。そのせいで、聖杯内部の汚染された魔力
ア
ン
リ・
マ
ユ
が万が一、ライダーに流れ込んだ場合は最悪の事態になりかねない。
汚染された聖杯の魔力は、この世全ての悪の思念がまざりこんでいる
上に、サーヴァントを現界させるシステムが聖杯に組み込ませてある
た め、サ ー ヴ ァ ン ト に と っ て は 毒 以 外 の 何 物 で も な い の だ。最 も、
よっぽど突き抜けた意志を持っているならば、その影響も受けないだ
ろうが。
そ ん な こ と を 考 え な が ら、慎 二 は 自 身 の 戦 略 に つ い て 思 案 す る。
サーヴァントと戦闘が起こった場合は、基本的に接近戦は絶対にしな
い方がいいだろうということだ。キャスターの知識の中にあった強
化によって、膂力はサーヴァントに匹敵するレベルのものにできる
が、聖杯の器として急造なせいで、肉体の強度が著しく下がっていた
のだ。これでは、サーヴァントを殴り飛ばしたとしても、その反作用
による力で肉体が砕けてしまう。
﹁それとも、肉体が砕けたら一気に再生させるような魔術をかけてお
いた方が⋮⋮﹂
そう呟きながら、慎二は思考に埋没していく。慎二は、自身の肉体
わがまま
にある様々な欠陥に頭を痛めつつも、負けるわけにはいかない戦いの
ために、じっくりと戦略を練る。自身の願いを叶えるために。
71
自身が何ができるか、何をしなければ戦えないのかを一つ一つ確認
していた慎二は、ふぅと息を吐いた。一通りの処置が終わり、ふと彼
が空を見上げると、空が赤く染まり始めていた。かなり熱中していた
ようで、時間の経過を考慮していなかったのである。
そんな慎二に声がかけられる。
﹁慎二。ただでさえ、体が不安定な状態なのです。あまり無茶をする
ものではありませんよ﹂
﹁ん。あー、そうか。そうだな。じゃあ、もう中に戻るよ﹂
慎二はなんとなく、居心地の悪さを感じながらも、ライダーに返答
した。ライダーは、それを聞くと屋敷の中に引き返していく。そして
歩き出そうとした慎二は、なんとなく昔のことを思い出す。昔は、慎
二が外にいると、桜が呼びに来ていたことを。それより昔は、最早声
を思い出すこともできない父親であったことを。そして、ふと、慎二
は考える。自分はどれほどのものを取りこぼしてきてしまったのか
を。自分の力が弱かったばかりにどれほどの人を苦しめたのかを。
﹁⋮⋮⋮⋮もう、取りこぼしたりしないさ﹂
慎二は、静かにそう呟くと、今度こそ、歩みを進める。慎二は、も
う二度と取りこぼすつもりはない。そのために力を手に入れたのだ
から。大切なものたちを傷つけた分、慎二は彼らに生きていくための
標を残していくつもりだ。だが、決して慎二は自分の手で最後まで引
き上げてやるつもりは無い。あくまでも、最後は自分の力で立っても
らうつもりである。
だから、慎二にできるのは標を残してやることのみ。それ以上のこ
とをするつもりはない。だからこそ、慎二は最期まで戦い抜くのだ。
たとえ、自分が死ぬことになろうとも、それがどれほど恐ろしいもの
であったとしても。それでも残したいと思ったものがあるから。
そして、ゆっくりと戦いは終局へと傾いていく。だが、今はまだそ
の時には早い。ここに、しばしの休息を。
72
第五話 前編
慎 二 が 屋 敷 で 修 行 し 始 め て い た こ ろ。衛 宮 邸 で は、凛 と ア ー
チャー、士郎とセイバーが卓を囲んで朝食を食べていた。アーチャー
が朝食を食べに来るのは初めてで、ほかの三人は珍獣を見るような目
で彼のことを見つめている。理由はそれだけではないのだが、それで
も彼らにとって、アーチャーがともに食卓を囲んでいることが珍しい
のである。
そのことに内心では、なんでさ、と思いつつもアーチャーは無言で
ご飯を口に運んでいく。彼は先日の戦いで、負傷し、魔力も相当消費
したので、食事によってすこしでも魔力を補充しようとしている。そ
れなのに、物珍しい者でも見るような視線に納得がいっていないの
ターが駆け付けるのが遅かったせいで余計な魔力を消費してしまっ
たからな﹂
アーチャーはそう言うと、黙々と白米を口の中に運んでいく。彼の
言 葉 を 聞 い た 三 人 は、そ の こ と に 負 い 目 を 感 じ て い る の か、ア ー
チャーから目線をそらした。なんとなく気まずい空気になったので、
それを払拭するために、凛は彼に向かってこう言った。
﹂
﹁悪かったわね⋮⋮ ところで、アーチャー。先日何があったのか、説
明してもらえるかしら
ることを恐れて、明日説明をする、と言ったのである。なので、事の
後、慎二との会話があり、精神的に不安定だったので、彼はぼろが出
凛の言葉に対して、アーチャーは少し顔をしかめた。先日の戦いの
?
73
だ。
言わせてもらうが、私は先日の戦いで消費した魔力を少しで
﹁⋮⋮なんだ。お前たち、そんなに私が食事をしているのが珍しいの
かね
﹂
?
﹁そうとも、どこぞの未熟者とそのサーヴァント。そして、私のマス
﹁へえ、そうだったの
も多く補充するために、食事をしているだけなのだが⋮⋮ ﹂
?
顛末を説明するためにアーチャーは、言葉を選びながらこう言った。
﹂
﹁間桐慎二との共闘によってバーサーカーを倒した。ここまでは、言
わなくても分かっているな
アーチャーの言葉に、ほかの三人は無言で頷いた。それを見たアー
チャーはさらに言葉を紡ぐ。
﹁戦闘の内容だが、イリヤスフィールの相手を慎二が、バーサーカーの
相手を私とライダーが担当した。そこから、慎二はイリヤスフィール
﹂
を討ち、魔力不足に陥ったバーサーカーを私とライダーが倒した﹂
﹁ちょっとまって。慎二のやつが、イリヤスフィールを倒したの
を殺害した﹂
﹁そう⋮ か﹂
いう感情と、やはりという感情が士郎の中で駆け巡っていく。士郎
士郎は少しかすれた声で、アーチャーの言葉に返答する。何故
と
﹁ああ、お前が思っている通りだろう。間桐慎二はイリヤスフィール
な。やっぱりイリヤは⋮⋮ ﹂
﹁なあ、アーチャー。慎二のやつがイリヤを討ち取ったて言ってたよ
けた。
そして、士郎も思うところがあったのか、アーチャーにこう問いか
昇した。
得なくなったのである。彼女の中で、慎二に対する警戒度が一気に上
彼女自身が打倒されている可能性があったという事実を認めざるを
だからこそ、アーチャーの言う通り、凛が彼と対峙していた場合は、
どの力を慎二は持っていた。
低いだろうと。しかし、その予想は外れ、イリヤスフィールを倒すほ
ない慎二を心の隅でどこか軽く見ていたのだ。彼個人の戦闘能力は
フィールを慎二が討ち取ったという事実に。凛は、魔術回路の存在し
ア ー チ ャ ー の 言 葉 に、凛 は 絶 句 す る。自 身 が 敗 北 し た イ リ ヤ ス
かったからな﹂
し君が彼と相対していた場合、倒れていたのは君だったかもしれな
うが、イリヤスフィールは慎二に討ち取られた。良かったな、凛。も
﹁ああ、そうだ。魔術回路がないと侮って、油断していたのもあるだろ
?
?
74
?
は、慎二が自身の望みをかなえる覚悟を決めたのだろうと、容易に予
想できた。そうでなければ、慎二が他者を殺すようなことを踏み切る
ような男ではないとわかっているからだ。それと同時に、そうまでし
なければかなえられない願いだったのか、何がそうさせたのか、そん
な感情が士郎の中でぐるぐると駆け巡る。
また、イリヤスフィールが死んだという事実も、士郎のことを打ち
のめす。イリヤスフィールには殺されかけたりもしたが、一緒に街を
めぐったりして、親交を深めてもいたのだ。そんな相手が死んだとい
う事実を士郎はうまく消化することができない。慎二が生き残って
うれしいと感じるのと同時に、何故イリヤスフィールが死ななければ
ならなかったのかという感情がふつふつと湧き出しているのだ。
それと同時に、士郎は自分と慎二の道がどうしようもないくらいに
違えてしまったということに深い悲しみを覚えた。きっと次に会う
ときは敵同士だろうと、なんとなく悟ってしまったのだ。きっと、も
う彼と手を組むことも、ともに語らうことも、一緒に馬鹿をやること
もないのだと、そんな予感が士郎の中に駆け巡ったのである。
その状態の士郎を見ながら、アーチャーは目を細める。それが、彼
のかつてたどった道だったからだ。アーチャーは過去の自分を映し
ている目の前の士郎に少しばかり苛立ちを覚える。アーチャーも士
郎も、慎二の苦しみに気づいていながら、それが何なのかわかってや
れなかった。だから、アーチャーが感じている士郎に対する苛立ちは
自分自身に向けられているものだ。
アーチャーは、慎二が死んでから初めてその苦悩を、そして思いを
知ることとなった。だからこそ、アーチャーは、衛宮士郎として最期
まで駆け抜け英霊になった男は、その思いを、残したものを否定する
ようなことはできない。慎二を助けることは、それらを否定すること
だ。
だから、これまで彼は士郎に手を貸すことも無かった。そんなこと
をして、慎二の本懐がなされなければ誰も救われない。だが、先日の
慎二の言葉で思い出したのだ。アーチャーが衛宮士郎に手を貸して
も、結局のところ衛宮士郎と間桐慎二の戦いは、ただの根競べ。最期
75
まで、立ち続けるだけの意地の張り合いである。だから、士郎に彼が
手を貸して鍛えてやることなどただの些事だったのだ。
それに、アーチャーも士郎だったころに、ある英霊に鍛えられて、慎
二と対等に渡り合ったのだ。ここで、彼が手を貸さなければ、士郎は
アーチャーと同じスタートラインにすら立てないのである。
だからこそ、アーチャーはこう言った。
﹁衛宮士郎。間桐慎二はお前が倒せ﹂
アーチャーの言葉に、士郎は息をのんだ。慎二を倒す。それは、士
郎 が 慎 二 を 殺 す と い う 意 味 で あ る。そ れ を 横 か ら 聞 い て い た セ イ
バーが、アーチャーに対してこう言った。
﹁アーチャー。それは、あまりにも、むごいですよ⋮⋮⋮⋮﹂
セイバーが召喚されて間もないころ、士郎がどんな生活を送ってい
たかを彼から聞いていた。その中で、よく話題に上がったのは、大河、
桜、そして慎二の話である。彼らの話をしているとき、士郎は年相応
の表情で、よく笑っていた。それだけで、どれだけ大切に思っている
かを推し量ることだできたのだ。そして、その時、慎二が何か悩みを
抱えていると、士郎が言っていたことを彼女はよく覚えている。
セイバーは慎二の行動は外道で許しがたいと思っているが、それで
も士郎にとってかけがえのない友人であると言うことがよく分かっ
ていた。だからこそ、アインツベルンの城で慎二と遭遇した時に、慎
二が士郎を傷つけないように真っ先に剣を構えたのだ。もしそうな
れば、体の傷以上に士郎の心が傷ついてしまうと思ったから。セイ
バーは、かつての友と刃を交える苦悩をよく知っていたから。
だが、バーサーカーと遭遇したとき、慎二が殿を務めるといった時
の、わずかなやり取りで、彼もなんだかんだ言って士郎のことを助け
に来たのだと、セイバーの勘が告げていた。セイバーがわかっている
のだ。そんなこと、士郎とて気づいている。だからこそ、セイバーは
士郎を追い詰めるようなアーチャーの言葉に口を出したのだ。
それに対して、アーチャーは目を細めながら、こう言った。
﹁残念だがね。私とて、理由なくこんなことを言っているわけではな
い﹂
76
﹁⋮⋮どういうことですか
最悪の場合、間桐慎二のサーヴァント
を脱落させてしまえば、もう彼が闘うことは⋮⋮﹂
﹁いや、セイバー。慎二はもう止まらない﹂
アーチャーの言葉に対して、セイバーが何か言おうとするが、それ
を士郎が遮った。そして、ゆっくり言葉を紡ぐ。
﹁あいつは、もう止まらないさ。皮肉屋だけど、根は善人なあいつがこ
こまでのことをしでかしてるんだ。もう、サーヴァントを失っても、
手足がちぎれても、臓物をぶちまけても、止まらない。絶対にな。だ
から、あいつは俺が倒す。正面からぶん殴って、理由を問いただして、
何があったか問い詰めてやる﹂
その言葉は、友人として付き合いがあったからこそのもの。作り物
の笑顔を仮面のように顔に張り付けていた友人のことを助けようと
あがいていた男の︳︳︳︳︳︳今なおあがいている男の︳︳︳︳︳
苦渋の滲んだ決断。それを見て、アーチャーは自身の過去を思い出
し、ほかの二人は息をのんだ。
そしてわずかな沈黙の後に、アーチャーはゆっくりと口を開いた。
﹁だが、いまのお前ではあれに勝てんだろう。言っておくが、あれは最
早サーヴァントと同等の戦闘能力を有している。しかも、最悪なこと
﹂
にサーヴァントが今の間桐慎二と戦うのは無謀と言っても過言では
ない﹂
﹁どういうことだ
バーも声には出さなかったが、すさまじい形相になっていた。アー
チャーが言ったことは事実である。実際問題、彼はサーヴァントたち
の知識や経験を吸収したため、技量はサーヴァントに匹敵するものと
なっている。慎二の体の耐久面の問題は、キャスターの魔術を用いる
ことで、強化したり、遠距離の戦闘に持ち込むことも可能であるため、
非常に厄介なのだ。
アーチャーが開示した情報は、彼が衛宮士郎であったときに召喚さ
れていたアーチャーのサーヴァントがアインツベルンから帰還した
際看破していたことであり、いま明かしてしまっても問題ないと判断
77
?
アーチャーの言葉に、士郎は驚いたような声を上げる。凛とセイ
!?
したものだ。しかし、その時はまだ核心に迫る情報は存在していな
かったため、これ以上の情報は彼の経験した戦いからさらに逸脱させ
かねないので、アーチャーは明かすつもりは無い。
なので、核心に迫る情報を省いて、アーチャーは話をこじつけてい
く。
﹁どうやったかは知らんが、間桐慎二は魔術回路もどきを手に入れた
ようでね。しかも、あれが肉体を再生させるのに使っていた魔術は神
代のものと同等の力を秘めていた。どういった手品を使ったかは知
らんが、非常に厄介だ﹂
アーチャーの言葉に、ほかの三人は絶句した。魔術回路が存在して
いなかった慎二が、それを手にしたというのもそうだが、神代レベル
の魔術を使っていた事実に驚愕しているのである。
衝撃の事実にしばらく空気が凍っていたが、いち早く正気を取り戻
した凛が心底疲れたような声で呟いた。
78
﹁なんてでたらめなのよ⋮⋮ 正直言って、そこまで厄介だとは思わ
なかったわ⋮⋮﹂
﹁しかし、アーチャー。それでは、あなたが言ったサーヴァントが慎二
に挑むことが無謀と言った理由がわかりません。魔術なら私の対魔
力でほぼ無効化できるはずです﹂
凛 の 言 葉 に 続 く よ う に、セ イ バ ー は そ う 言 っ た。そ れ に 対 し て、
アーチャーは、少しだけ間をおいてからこう言った。
﹁それは、私が間桐慎二の体から異常な魔力を感じたからだ。あんな
ものを浴びせられれば、サーヴァントならひとたまりもない﹂
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そんな相手に、この強化ぐらいしかまともにできないよう
な三流魔術師をぶつけるつもり
そこの未熟者が使える魔術は﹂
そう言って、アーチャーは士郎に目をやった。その視線に対して、
ていたが、ほかにもあるだろう
﹁ああ、そうだ。それにな、凛。強化ぐらいしかまともにできんと言っ
口を開くとこう言った。
にに対して、彼は静かに頷く。そして、わずかな間の後にゆっくりと
アーチャーの言葉に対して、凛は静かな声でそう呟いた。その言葉
?
?
士郎は戸惑ったような表情になる。士郎が使えるのは投影魔術。士
郎は、まだ自分の投影魔術が普通のものだと思っている。だからこそ
戸惑っているのだ。その戸惑いに気づいたアーチャーは鼻を鳴らし
てこう言った。
﹁ふ ん、ま だ 自 分 の 力 の 本 質 に 気 づ い て い な い の か ⋮⋮ ま あ い い。
﹂
どうせこれから教え込めばいいだけだ﹂
﹁どういうことだ
﹁お前の魔術の本質には心当たりがある。そして、それを伸ばせば今
の間桐慎二と五分の戦いとまではいかなくても、それなりに戦えるぐ
らいにはなるはずだ﹂
アーチャーの言葉に、士郎はそうか、と小さく呟いた。少しでも慎
二を倒すことのできる可能性が出てきたことで、その表情はより一層
引 き 締 ま っ て い る。そ ん な 士 郎 を 一 瞥 し な が ら ア ー チ ャ ー は こ う
言った。
﹁だから、非常に。非常に不愉快だが、致し方あるまい。お前のことを
状 況 が 状 況 だ か ら 仕 方 な
お前、俺のことを嫌ってたみたいだったけど﹂
徹底的に鍛えてやる﹂
﹁⋮⋮いいのか
﹁今 ま で の 話 を 聞 い て い な か っ た の か
士郎の問いに対して、アーチャーは心底いやそうな表情をしながら
そう呟いた。そもそも、彼は過去に干渉して変化させることを嫌って
い る。ア ー チ ャ ー 自 身 が 召 喚 さ れ た こ と 自 体 が そ れ に 当 て は ま る。
しかも、過去の自分を鍛えてやるということまですることになったの
だ。嫌な顔をしない方がおかしい。
ふと、いやそうな表情をしていたアーチャーが思い出したかのよう
にこう言った。
﹂
﹁ああ、そうだ。凛、セイバー。事後承諾のような形になって申し訳な
いのだが、この未熟者を鍛えることにしたが、かまわないか
﹁そうですね⋮⋮ 訓練中に何かあっても困りますので、一応私がそ
あってのことでしょうし﹂
﹁はぁ。好きにしなさい。あんたがそこまで言うってことは、勝算が
?
79
?
く、だ。そうでなければ、何故敵を鍛えてやらねばならんのだ⋮⋮﹂
?
?
の場に同席できるという条件をのんでいただけるなら﹂
﹁かまわん。それくらいの警戒はして当然だからな﹂
﹂
凛とセイバーの返答に満足そうにうなずくと、アーチャーは士郎の
ほうに体を向ける。そして、こう問いかけた。
﹁さて、衛宮士郎。お前はこの鍛錬を受けるつもりがあるか
﹁ああ。よろしく頼む﹂
して、こう呟いた。
﹁⋮⋮さて、ついてこられるか
運
命
れとも、どこかで力を蓄えているであろう、彼の友人に対してか。
現実に対してくじけそうになっている自分自身に対する激励か。そ
アーチャーに対しておいついてやるという意味か、あるいは非常な
のような意図からくるものだったのだろう。
アーチャーの小さなつぶやきに対しての士郎の返答は、果たしてど
﹁すぐに追いついてやるよ﹂
﹂
威勢よく返事を返した士郎に対して、アーチャーは目を細める。そ
?
慎二と士郎がぶつかるFateは最早、覆しようがなく、ゆっくり
と天秤は終局へと傾きだしていく⋮⋮
80
?
第五話 後編
慎二と士郎の両陣営は、どちらも力を蓄えるために数日間大きな動
きをすることは無かった。しかし、慎二は体が動かせないなりに、使
い魔を造り、衛宮邸と言峰教会の監視とライダーの傷の治療、魔力の
補充を継続的に行っている。作った使い魔は、竜牙兵をもとに水の属
性の魔術と合わせて作り出したもの。水が入り込む隙間さえあれば
どこにでも侵入でき、イリヤスフィールの使い魔と同じように自身で
魔力を生成する特別製だ。
しかしながら、衛宮邸には外敵を知らせる結界が張られており、使
い魔が気づかれないように侵入するのは不可能である。ゆえに、付近
に使い魔を潜ませて、動向を探っていた。だが、士郎たちが屋敷から
出てくることは無く、様子を探らせても、屋敷の内部の気配が道場に
集中しているため、そこで鍛錬をしているのだろうとあたりをつけ
る。最も、今ここで探るのはここまでと慎二は決めていた。これ以上
探れば、士郎との戦いの楽しみが減ってしまうからだ。
一方、言峰教会の監視の結果だが、綺礼がランサーのマスターであ
ることが判明した。慎二は、綺礼が怪しいと前々から思っていたの
で、これに関してはあまり驚くことではなかったが、問題だったのは
もう一体サーヴァントの気配が存在していたことである。その気配
は巧妙に隠されていたが、聖杯の器と化し、キャスターの魔術を使え
るようになった慎二には簡単にそれを見抜くことができた。
﹁ランサーだけだったんなら、叩き潰す算段はいくらでもあったんだ
けどね⋮⋮﹂
もう一体のサーヴァント。それは、十中八九英雄王ギルガメッシュ
であると、慎二は予想している。現在、聖杯の器である慎二には、確
かに今回召喚されたサーヴァントが七騎だけだということが分かっ
ている。
もし、何らかの理由で八体目が存在するとするならば、綺礼と組ん
で最後まで戦っていた前回のサーヴァントであるギルガメッシュが
何らかの理由で受肉していたためだろうという読みだ。
81
やれやれ、とため息をついて慎二は、思いっきり体を伸ばす。そし
て、隣にいたライダーにこう言った。
﹁ライダー、面倒事だ。なんと、ランサー、アーチャー、セイバー、お
前のほかにもう一体サーヴァントがいる﹂
﹂
..
﹁⋮⋮厄介ですね。本来サーヴァントは七騎しか召喚されないはずで
すが
﹁その通り、いま聖杯にアクセスをかけてるけど、今回召喚されたサー
﹂
ヴァントは確かに七騎だけだった。今回のサーヴァントだけなら確
かに七騎だけだけど⋮⋮﹂
﹁まさか、前回のサーヴァント⋮⋮ 英雄王ギルガメッシュですか
うでしょう
誇っていいと思いますよ、慎二。貴方は人の嫌がるこ
﹁その通りです。最高のタイミングで横合いから殴りつける⋮⋮ そ
いんだけどさ⋮⋮﹂
どう働くか分からなくなってきたな。まあ、やることには変わりはな
﹁こりゃあ、衛宮たちを言峰綺礼と対立させるように誘導させたのが
イダーの言葉に、慎二は無言で頷く。そして、静かに呟いた。
顛末をしっているため、すぐさま慎二と同じ答えに至ったようだ。ラ
慎二の言葉を聞いたライダーは、彼と記憶を共有して前回の戦争の
?
ともいえない微妙な表情になった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮それって褒めてんの
?
を竦める。そして、小さく笑うとこう言った。
ず、微妙な表情をする慎二だったが、比較的長い沈黙の後に小さく肩
返答をしたライダーに対して、怒ればいいのか喜べばいいのか分から
慎二の問いかけに対して、自信たっぷりに嫌味とも取れなくもない
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ええ、もちろん﹂
﹂
というのか、と言わんばかりに。そしてその言葉を聞いた慎二はなん
いう、確かな信頼がにじんでいる。今更、ギルガメッシュがどうした
う言った。その声色は、慎二の敗北などひとかけらも考えていないと
慎二の小さなつぶやきを聞いたライダーは、穏やかに笑いながらそ
とをさせたら世界一です﹂
?
82
?
﹁ま、確かにそうだ。それに︳︳︳︳︳︳︳蒔いた種はもう芽を出し
たみたいだし、今更それをくやんでも遅いか⋮⋮﹂
慎二は衛宮邸を監視していた使い魔から情報を常に入手している。
その使い魔からの情報により、士郎たちが言峰教会へと向かっている
のが分かったからこその言葉。おそらく士郎たちは、慎二の時臣を殺
したのは綺礼だという情報の真偽を確かめに行くつもりなのだろう。
﹂
﹁さてライダー。偽臣の書そのものも魔力を生成するようにしてやっ
たし、霊脈の魔力もたらふく食ったんだ、働けるな
﹁もちろんです。傷も完全にふさがりました﹂
ライダーはそう言うと、霊体化して慎二のそばへと移動する。それ
を見届けた慎二は、ゆるりと立ち上がり、壁に立てかけてあったある
ものを手に取った。それを見ながら、慎二は小さく呟く。
﹁まあ、精々切れ味がいいと助かるんだけどね﹂
そう言って慎二は、獰猛な笑みを浮かべて教会へと歩き出す。
慎二たちが言峰教会へと向かうほんの数時間ほど前。士郎たちは、
朝の鍛錬を終えて、朝の食卓を囲んでいる。士郎の指導はアーチャー
が行っており、これまで指導をしてきていたセイバーは少しだけ悔し
そうな表情でこうつぶやいた。
﹁士郎は私が今まで鍛錬してきたのですが、アーチャーの指導によっ
てここまで力を伸ばすとは⋮⋮⋮ いえ、それ自体は喜ばしいことな
のですが⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁なに、私の技術がそこの未熟者に噛み合っていただけのことだ。剣
の腕なら私は君には及ばないだろう﹂
アーチャーはそう言ってセイバーを称賛する。それでも、少しばか
り悔しそうな表情をしているところを見ると、自分が士郎を強くして
やれなかったことに思うところがあるのだろう。そして、セイバーは
83
?
こう返した。
﹁ご謙遜を。貴方は、守りに徹すれば私の剣を確実にさばききれる程
度の技量は持ち合わせているでしょう。そして守りに徹し続け、相手
に生まれた隙を確実に突く。堅実かつ努力に裏打ちされた剣技です。
﹂
私と対等に渡り合うことは十分可能でしょう﹂
﹁む、むぅ。そうかね
セイバーの称賛を含めた言葉に、アーチャーは困ったような表情に
なりながらそう返す。アーチャーとしては、セイバーが悔しそうな顏
をしているのを何とかしたかったのだが、褒められて嬉しくもあっ
た。だ が、あ ま り セ イ バ ー が 拗 ね て い る よ う な 状 況 が 続 く と、ア ー
チャーの精神衛生面上よろしくないので、士郎に何とかしろという意
思を込めて視線を向ける。
士郎としても、この状況が続くと胃が痛くなりそうだったので、ご
飯を茶碗によそい、おかずを大皿にのせてセイバーの目の前におい
た。彼女は先ほどまでの態度とは一変して、目を輝かせながらそれら
を咀嚼していく。その様子に苦笑いをしながら、士郎は思考にふけっ
た。
彼が考えているのは、アーチャーと訓練しているときにほんの一瞬
だけ見えたフラッシュバックの光景。その光景の中では、慎二が倒れ
伏していた。満足そうに笑いながら。音声はノイズがかかったよう
な音で何を言っているかは分からなかったが、それでも何か大切なこ
とを言っていたように士郎は感じた。最も、そのフラッシュバックに
気を取られた隙に、アーチャーに一撃を入れられたために、その時は
それ以上その光景を見ることは無かったのだが。
士郎はあの光景がもうすぐそこまで迫っているようなそんな予感
が胸をよぎった。士郎は慎二のことを助けてやりたい。でも、きっと
慎二は止まらない。慎二が何故あんなことに踏み切ったか知らなけ
れば、止めようがない。
だが、それを知ることは慎二の心の中を覗きでもしない限りは不可
能だ。それほどまでに、慎二を取り巻いていた環境は悪辣で屈折して
いた。それを誰一人としてその本心を明かさないままに突き進んで
84
?
しまう程度には。
士郎や大河などはその苦悩の一端に気づいてやることができたが、
その苦悩の本質にはついにたどり着けなかった。だからこそ、刻々と
おぞけ
フラッシュバックした光景が、慎二が斃れるその時が近づいてくるよ
うで、士郎の背筋に怖気が走る。
そんな士郎の様子を見ていたセイバーが士郎を心配そうな表情で
見つめながらこう言った。
﹁士郎、具合が悪いなら無理をなさらない方が⋮⋮﹂
﹁いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をな﹂
士郎はそう言ってごまかした。本当はいろいろと考えてまいって
いたのだが、それを言ってセイバーに心配をかけたくは無かったの
だ。セイバーはそんな士郎の思惑に気づいているが、それ以上何も言
えず身を引いた。アーチャーはそんな様子を見やり、ため息をつきな
がら言葉を紡ぐ。
﹁衛宮士郎。お前が何を悩んでいるかは大方の予想はつく。⋮⋮いず
れ決着をつけなければならんのだ。いざというときに迷いが生じて、
無様な死にざまをさらすようなことだけは無いようにしておけ﹂
﹁⋮⋮わかってるよ﹂
アーチャーの言葉に士郎は短くそう返した。そう、士郎とてそんな
こ と は 分 か っ て い る。だ が、す ぐ に 割 り 切 れ る も の で は な い の だ。
アーチャーもかつて通った苦悩の道。今の士郎の気持ちは痛いほど
わ か る。し か し、時 間 は 待 っ て は く れ な い。い ず れ 決 着 の 時 は 訪 れ
る。
少しばかり空気が重くなったが再び食事が再開される。そして、し
ばらくした後にセイバーがふと呟いた。
﹁そう言えば、凛がまだ起きてきていませんね。いくら彼女が朝に弱
いといっても、いつもならもう起きてきているはずですが⋮⋮﹂
﹁そうだな。まだ寝ているのか遠坂は⋮⋮﹂
﹁流石に起きたわよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
セイバーと士郎の言葉にこたえるように、起きたばかりとわかるか
すれた声が居間に響く。そして、幽鬼のような顔をした凛が襖をあけ
85
て居間へと足を踏み入れた。いつも以上にひどい顔をして起きてき
た凛に、ほかの三人は思わず驚いたような表情になる。
そんな士郎たちの様子を横目に見つつ、凛は食卓についた。そし
て、おもむろに牛乳をコップに注いで一気飲みする。一連の動作を終
えると、ぼそりと彼女はつぶやいた。
﹁おはよう⋮⋮ 衛宮君﹂
﹂
﹁ああ、おはよう遠坂。いつも以上にひどい寝起きみたいだけど大丈
夫か
﹁ちょっとたちの悪い夢を見てただけよ。それで寝苦しかったの﹂
士郎は彼女に挨拶を返した後に体調を訪ねるが、心ここにあらずと
言った体で凛は生返事を返す。そのとき、ほんの一瞬だけアーチャー
に視線を向けてから。
凛は何も言わずに朝食を口の中へと運んでいく。その様子に鬼気
迫るものを感じたのか、誰も彼女にそれ以上口を出せなかった。そし
て、凛は朝食を平らげると小さくごちそうさまでした、と呟く。朝食
を平らげたことでようやくまともに頭が回るようになりだしたのか、
彼女の顔が幽鬼のような表情からようやくいつも通りの表情へと変
化した。
﹂
﹁ようやく頭がさえてきたわね⋮⋮ 今後の方針をそろそろ決めたい
んだけど良いかしら
﹂
?
やや気まずそうな表情になるが、それでも真面目な話をしなければな
郎とセイバーも平静を装って返事を返す。凛はその気遣いを受けて、
先ほどのことに突っ込みを入れるのは流石にはばかられたので、士
﹁え、ええ。私も大丈夫です﹂
﹁お、おう。大丈夫だ﹂
﹁今後の方針を決めたいんだけど良いかしら
何事もなかったかのように、再びこう言った。
ついたご飯粒を取って口の中へと運ぶ。そして、咳ばらいをしてから
ない表情でそう言った。その言葉を聞いた凛は、恥ずかしそうに顎に
キリッとした表情になった凛にたいして、アーチャーは何とも言え
﹁⋮⋮⋮⋮凛。ご飯粒が顎についているぞ﹂
?
86
?
らないので、姿勢を正して、真剣な表情でこう言った。
﹂
﹁まず、私から提案なんだけど、慎二が言ってたことが本当かどうかを
確かめたいの﹂
﹁⋮⋮やっぱり気になるのか
﹁気にならないといったら嘘になるわね⋮⋮﹂
そう言って凛はわずかに目を伏せた。実の父親を殺したのが、後見
人である綺礼であると言われたのだ。それが真実かどうかを気にし
ない方がおかしいだろう。しかも、慎二の語った推論は筋が通ってい
た。苦虫をかみつぶしたような表情になりながらも、凛は言葉を紡
ぐ。
﹁でも、あいつの言ってたことが本当だとしたら綺礼が今回の聖杯戦
争でも何か企んでいないとは言えないわ。それに、慎二がわざわざ私
たちが綺礼に疑念を向けるようにしたからには、何か狙いがあるはず
だし。⋮⋮⋮⋮あいつの掌で踊ってるようなもんだけど、他に情報が
無い以上、憂いは断っておいた方がいいもの﹂
﹁ふむ、私は凛の采配に従うとしよう、そちらの二人はどうするかね
﹂
やった。士郎は無言で頷くと、その問いに対する返答をする。士郎は
何かを確信したような表情になりながら、セイバーは状況を動かしえ
る何かが起こるだろうと直感して。
﹁ああ、俺もそうした方がいいと思う。きっと俺たちが動けば慎二も
何らかの行動を起こすだろうしな﹂
﹁私も異論はありません。ですが細心の注意は払った方がよろしいか
と﹂
士郎とセイバーもそう言って凛の提案に同意する。それを見た凛
は小さくため息をつくと、目を伏せながら、本当に小さな声でこう呟
いた。
﹁これで、確証が得られるかしら⋮⋮ どちらの件についても﹂
凛は静かに目を閉じる。綺礼が父を殺したということが事実かど
うか判明することを祈って。そして、凛の抱いたある疑念がどうか事
87
?
凛の言葉を聞いたアーチャーは、そう言って士郎とセイバーを見
?
実ではないことを願って。
そして、両陣営は再び協会にて邂逅することとなる。そこで行われ
るのは告解かそれとも断罪か⋮⋮ 神が見下ろす礼拝堂で最後の歯
車が動き出す。
88
第六話 前編
教会でカソックを来た男︳︳︳︳︳言峰綺礼が礼拝堂で膝まづき、
祈りをささげている。そんな彼の背後で、教会の扉がゆっくりと、軋
んだ音を立てながら開かれた。その音を聞いた綺礼は口元を歪ませ
てゆっくりと振り返る。
﹁ふむ、こんな時間に客人とは珍しいこともあったものだ﹂
綺礼が言葉を放った先には、凛と士郎、そしてセイバーがいた。そ
して、霊体化しているアーチャーも。士郎とセイバーは、綺礼に悟ら
れぬように自然体を装いつつ警戒をし、何が起こるか分かっている
アーチャーは霊体化をすぐに解除できるようにしている。そんなな
か、口元を歪ませている綺礼が放った言葉に対して凛は、静かに言葉
を紡いだ。
﹂
89
﹁⋮⋮ねえ、綺礼。私たちがここに来たのはね、貴方に聞きたいことが
あるからなの﹂
﹁どうした凛。そんな、親の仇でも見るような目で私を見て。しかし、
兄妹弟子としてのよしみで私が答えられる範囲のことならば答えよ
う﹂
綺礼の歪んだ口元から紡がれた言葉に、凛は眉を跳ね上げる。しか
し、それでも冷静さを失わないように自分を律しながら、凛はこう
言った。
﹁前回の聖杯戦争のことについて聞きたいの﹂
﹂
凛の言葉に対して、綺礼はふむ、と何事かを考える。そして、ゆっ
くりと頷くと言葉を返した。
﹁いいだろう。私の覚えている範囲でかまわないのなら﹂
﹁じゃあ、一つ目。あなたが召喚したサーヴァントのクラスは
﹁アサシンだったと記憶している﹂
?
凛の一つ目の問いかけに、綺礼は淀みなく答えた。それを一瞥し、
凛はさらなる問いかけを放つ。
﹁二つ目。貴方は、いつ聖杯戦争から脱落したのかしら
?
﹁最初期の戦闘において脱落したと記憶しているが
にやめることなどできない。
﹁なら、貴方はそのあとどうしていたの
﹂
﹂
やめることはない。だって、凛は確かめなければならないから。絶対
てしまうであろうことを思って。それでも、問いかけることを決して
凛は綺礼に問いかけるたびに背筋に悪寒が走る。この先に起こっ
?
﹂
らうわ。貴方が私の父を殺したの
﹂
﹁ああ、やっぱり。そういうこと⋮⋮ じゃあ、単刀直入に聞かせても
のだった。
ない。だが、次の瞬間彼女から放たれた声はどこまでも冷え切ったも
凛はわずかに俯き、髪で顔が隠れ、表情をうかがい知ることはでき
戒を目に見えるレベルにまで強める。
のような、喜悦を顔ににじませた。その異様な様子に、士郎たちは警
は、楽しくて仕方がないというような、まるでご褒美をもらえる子供
凛の最後の問いかけが、礼拝堂に不気味に響く。それを聞いた綺礼
﹁本当に
﹁脱落した参加者として教会の保護を受けた﹂
?
がれた言葉が、空気を凍らせる。
!
こそ堪え切れたともいえる。ただ、一つだけ問題があるとするなら
いや、正確に言うとするなら、これだけだったら、解っていたから
薄々わかっていた。だから堪えることができた。
のは凛の父である遠坂時臣の不始末だ。それに、こうなると彼女は
たのだ。そう言うこともあるとわかっている。それを防げなかった
それでもなお激情に駆られることは無かった。聖杯戦争の最中だっ
凛は息をのむ。奥歯が砕けてしまいそうなほどに噛みしめながら、
﹁今頃そんなことに気が付いたというのか
﹂
らないと言わんばかりのもので︳︳︳︳︳︳次の瞬間、彼の口から紡
をつく。だが、その声は喜悦に震え、いまにも大笑いをしたくてたま
綺礼はあきれたようにそう呟いた。やれやれ、と肩を竦め、ため息
﹁⋮⋮やれやれ。何を言い出すかと思えば﹂
?
90
?
ば、わかっていても堪えきれないほどのこともあるというだけの話。
そう、たったそれだけの話だ。
﹁ふむ⋮⋮ もう少し取り乱すと思っていたのだがね。では、もう一
つ。凛、お前に教えてやろう﹂
︳︳︳︳︳︳それ以上言うな︳︳︳︳︳︳︳︳︳
凛がそう思っても、綺礼の言葉は止まらない。
﹁時臣氏は私が聖杯戦争から降りるといった際に、贈り物をしてくれ
てね﹂
﹁黙りなさい綺礼﹂
凛はそう言って、綺礼を睨みつける。アーチャーはそんな凛の様子
にわずかばかりの違和感を覚えるが、今は絶対に綺礼から目をそらす
わけにはいかず、歯噛みをしながらいつでも凛のそばで霊体化を解除
﹂
い魔弾︳︳︳︳︳ガントが放たれた。それは、凛の激情を映したこの
ような禍々しい色で、銃弾と同等の速度と威力を持って綺礼に襲い掛
かる。綺礼はそれを、黒鍵を取り出して叩き落した。
聖杯戦争中の不始末はその個人の責任だ。そのよう
91
できるように身構える。士郎は綺礼の態度に静かに怒りを燃やし、セ
イバーも目の前にいる外道に憤りを感じた。先ほどから口元を歪ま
せ、まるで凛の苦悩を見て楽しんでいるような、綺礼を見て。
士郎たちの怒りの視線を受けてなお︳︳︳︳︳まるでそれすらも
心地よいと言わんばかりに︳︳︳︳︳︳︳彼は言葉をさらに紡ぐ。
﹁あの時は実に心が躍ったものだ。贈り物を受け取ったすぐ後に、そ
﹂
れで時臣師の臓腑を背後から抉ったのだよ﹂
﹁黙れって言ってんでしょ
たかもしれんな
﹁そう言えば、時臣師の命を絶った贈り物をどこぞの小娘に譲り渡し
!!
凛の感情が、抑えていたものが決壊する。直後、綺礼に向かって黒
?
ついに激情をにじませた凛を、愉悦に満ちた表情で綺礼は見つめ
た。
﹁どうした凛
?
なことは分かりきっていることだと思っていたのだが﹂
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮あんただけは私の手で地獄に落としてあげる﹂
﹁物騒なことだ。遠坂家の家訓はどうしたのかね
﹁生憎あんた相手に払う優雅さなんてとっくの昔に品切れなの﹂
空気は一触即発。アーチャーはついに霊体化を解き、士郎とセイ
バーも身構える。いくら代行者と言えども、サーヴァントとの戦力差
は歴然。しかも、凛は激情に駆られている。いつ、サーヴァントをけ
しかけるか分かったものではない。なのに、綺礼は余裕の態度を崩さ
なかった。
そんな張り詰めた空気の中、すさまじい轟音があたりに響き渡る。
凛は素早く音の響き渡った方向へと宝石を投げつけた。直後爆音が
響き渡り、セイバーと襲撃者の距離を分かつ。凛によって距離を取ら
された襲撃者は、ずいぶんと驚いたように口笛を吹いた。
﹁やるな、セイバー。そっちの嬢ちゃんの反応も早かったし、ボウズも
俺の攻撃にしっかり対応しようとしてたところ見ると、ずいぶんと腕
﹂
を上げたみたいだな﹂
﹁お前は、ランサー
がはじまってから、初めてセイバーが闘った相手だ。士郎とセイバー
には、結局ランサーのマスターが誰なのか分からずじまいだったが、
この瞬間はっきりした。言峰綺礼。目の前で喜悦に滲んだ笑みを浮
かべている外道がランサーのマスターであるという事実が。
﹁言峰。あんたがランサーのマスターだったわけか﹂
﹁その通りだ、少年。私としては何時気付かれるか気が気ではなかっ
たのだが、こうまで気づかれないとは、予想外だったよ﹂
綺礼は、愉快そうに笑う。その言動一つ一つが相手の癇に障るよう
な響きを持っており、士郎は不愉快そうに顔をしかめた。士郎は先ほ
どランサーに対応しようとしたときに投影した剣を綺礼に向かって
92
?
セイバーは驚いたような声で叫ぶ。襲撃者はランサー。聖杯戦争
!?
突きつける。そして、凛も無言で手を相手に向かって突きつけた。彼
女の指先には魔力が集まり、再び黒い魔弾を形成していく。
一方、アーチャーとセイバーは、剣を構えてランサーと対峙する。
それを見て、ランサーは獰猛な笑みを浮かべながら、槍を構えた。
二つの陣営の緊張は最高潮に高まり、空気が嫌な音を立てて軋んで
いく。
そんな刹那とも永遠とも取れるような場の均衡を崩したのは綺礼
たちでも、士郎たちでもなかった。
直後、礼拝堂の窓ガラスが一斉に砕け散り、水によって構成された
使い魔たちが数体侵入する。そして、その場にいたすべての存在に向
かって襲い掛かった。
る。その視線を受けて、慎二は軽く肩を竦めた。そこに込められてい
93
黒鍵、ガンド、剣、槍。各々の攻撃手段で、彼らは突然この場に乱
入した使い魔たちを薙ぎ払う。切り裂かれ、撃ちぬかれ、そして突き
抜かれた使い魔たちは、形状を崩し礼拝堂の床に水たまりを作った。
そんな中で、ゆっくりとこの現状を作り上げた男が礼拝堂壁を崩しな
がら二つの陣営の間に現れる。
﹁よう、衛宮。奇遇だねこんなところで会うなんて﹂
﹁慎二⋮⋮﹂
士郎の視線の先。そこに立っていたのは、慎二と彼のサーヴァント
﹂
そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してさ。数日ぶ
であるライダー。慎二は、ただただ静かにこう言った。
﹁どうした
りの親友との再会だ。もっと喜んだらどうだ
﹂
?
士郎はそう言って、人殺しになってしまった友人を悲しげに見つめ
るつもりは無いのか
⋮⋮⋮⋮ 分かりきったことだけど、一回だけ聞いておく。もう止ま
﹁こ ん な 状 況 じ ゃ な か っ た ら、素 直 に 喜 べ た か も し れ な い の に な
?
?
るのは否定の意。慎二には目の前のお人好しの友人がどう思ってい
るかなど、手に取るように分かってしまう。それでも、もう絶対に止
思い上
まることなどできない。止まるためのブレーキなど、アインツベルン
の城で壊してしまったのだから。
﹁そうか﹂
士郎は小さな声でそう呟いた。そして、こう言い放つ。
﹁それでも⋮⋮⋮⋮ ぶった切ってでも止めてやる﹂
﹂
﹁お前みたいな馬鹿が、僕を止められるとでも思ってんの
がりも甚だしいとか思わないワケ
ならば、もう取り返しがつかないということだけ。
れほどのものだったのだろう。たった一つ、確かなことがあるとする
あまりにも短い応酬。それでも、そこに込められた互いの思いはど
?
二人の会話を聞いて、一人悲しげに目を伏せた少女がいたことに誰
も気づかない。今は、まだ。
94
?
第六話 中編
教会に重い沈黙が降りる。それを破ったのは、先ほど打倒された使
い魔たちを構成していた水から鳴る音だった。ぎょっとして、士郎た
ちが足元に目を向けるが︳︳︳︳︳︳︳
﹁遅い﹂
慎二の静かなつぶやきと共に、崩れ、水たまりと化していた使い魔
たちが、腕を構築しなおし、各々が近くにいる標的めがけて手を伸ば
した。その中で、事態を最も理解できているアーチャーは、凛を抱え
ながらその場を飛びのこうとするが、避けきれずに足を掴まれてしま
う。
抱えられていた凛がそれを察知し、ガンドを数発使い魔の足に叩き
込む。銃弾に匹敵する威力を持つ彼女のガンドが使い魔の腕に直撃
す る。し か し、使 い 魔 は さ ほ ど 堪 え た 様 子 も な く、そ の ま ま ア ー
﹂
そう言ったアーチャーの視線の先には、礼拝堂の長椅子の間、いつ
の間にか天井に張り付いていた使い魔たちが、アーチャーと凛に視線
を向けていた。使い魔たちは、触れた対象の魔力を吸い上げる魔術が
付与されている。故に、接近戦は愚の骨頂。
﹁本当に容赦のない⋮⋮﹂
ルー
ル
ブ
レ
イ
カー
アーチャーはそう言いつつ、周囲に大量の短剣を投影する。投影さ
れ た 短 剣 は、破戒すべき全ての符。そ の 刀 身 に 傷 を 付 け ら れ れ ば、、
﹁あらゆる魔術を初期化する﹂という特性を持つ短刀。魔力で強化さ
95
チャーの足を握りつぶそうとする。
だが、凛の攻撃も無駄ではなく、わずかに出来た使い魔の隙をつい
て、アーチャーは使い魔の腕を切り裂いた。そして、すぐさま体勢を
整えようとしたが、掴まれていた彼の足からがくりと力が抜ける。掴
まれた足に魔力を流し込みながら、アーチャーは忌々しげにつぶやい
た。
戦闘に支障は
﹁魔力を吸い上げるとはな⋮⋮﹂
﹁大丈夫
?
﹁問題ない。が、うまく分断されたようだぞ﹂
!?
れた物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生
命を戻す最強の対魔術宝具。
それを、アーチャーは目の前の使い魔たちめがけて一斉に射出し
た。その特性上、当たればこの使い魔たちを一瞬で無力化できる。だ
が、それは当たればの話。使い魔たちは、まるで歴戦の武人のごとき
それは慎二
動きでそのことごとくをかわす、或いは、短剣の持ち手の部分を弾き
飛ばしながら、アーチャーに迫る。
なぜ、ただの使い魔がここまでの動きができるのか
が吸収した英霊たちの戦闘経験を使い魔たちにフィードバックさせ
たからに他ならない。慎二の使い魔たちは、その一体一体が、英霊の
武術を身に着けた兵たち。下手なサーヴァントだったなら、この使い
魔たちが袋叩きにするだけで、倒せてしまうほどの凶悪な存在だ。
だが、アーチャーは下手なサーヴァントなどではない。剣を構えて
静かに敵を迎撃の体勢をとる。改めて、自身の友人だった男のとんで
もなさを噛みしめつつ、彼は目の前の敵へと意識を向けた。
﹁ほら、かかってこい﹂
アーチャーの言葉が合図になったかのように、使い魔たちは、いっ
せいに彼に向かって跳びかかった。
アーチャーに慎二の使い魔が攻撃を仕掛けたのと同時に、ライダー
はランサーめがけて肉薄していた。ランサーは素早くライダーに向
かって攻撃を繰り出す。
魔槍から繰り出された一撃は、音速を超えてライダーに迫った。そ
れをぎりぎりでかわして、彼女は釘剣をランサーに向けて叩き込む。
が、ランサーはそれを難なく受け流した。
ライダーは、ランサーが槍を振るいにくくなる間合いまで、さらに
一 歩 踏 み 込 も う と す る が、彼 は そ れ を 察 知 し て、蹴 り を 放 つ。ラ イ
ダーはそれを回避しようとするが、間に合わない。
しかし、ランサーの蹴りはライダーに当たらない。ぎりぎりのとこ
ろで、慎二の使い魔が割り込んだのだ。ランサーの蹴りは使い魔の中
96
?
ほ ど ま で め り 込 む。そ こ ま で、足 が め り 込 ん だ 時 点 で ラ ン サ ー も、
﹂
アーチャーと同じく魔力の吸収が始まってしまう。
﹁チィッ
﹂
すか
﹁では、あなたのマスターを裏切ってこちらについてしまえばどうで
それに対してライダーはこう返す。
ラ ン サ ー は 心 底 う ら や ま し い と 言 わ ん ば か り の 声 色 で ぼ や い た。
﹁そうかよ⋮⋮ いいねぇ、そっちは﹂
﹁ええ、私の自慢のマスターですから﹂
術を使いこなし、戦闘の援護のタイミングもうまい﹂
﹁へぇ、あんたのマスターはよほど優秀だと見える。こうも高度な魔
す。そして、ランサーは獰猛な笑みを浮かべながらこう言った。
ランサーは舌打ちをしつつ、素早く足を引き戻し、間合いを取り直
!!
抉り飛ばす。
﹁かはっ⋮⋮
﹂
あまりの力によって、セイバーの身体は爆砕音と共に、礼拝堂の床を
いた彼女の体を、使い魔は容赦なく礼拝堂の床にたたきつけた。その
それによって体勢を崩したセイバーの視界が流転し、完全に宙に浮
をつかみ、手足を構築しながら素早く立ち上る。
スターである士郎を突き飛ばした。その隙に、使い魔がセイバーの足
一方、セイバーは、己の直感が異常事態を察知したため、素早くマ
両者は、最早言葉を交わすこともなく激突した。
魔が再び己の武器を構える。
そう言ってランサーは、槍を構えなおす。ライダーと、数体の使い
生憎だがそいつはできねえ相談だな﹂
﹁は
?
イバーは痛みに耐え、もう一度彼女を持ち上げて、地面に叩き付けよ
叩き付けられた衝撃で、セイバーの口から息が漏れた。しかし、セ
!
97
!
うとした使い魔を細切れにする。だが、使い魔によってセイバーにで
きた隙を見逃すほど慎二は甘くない。
セイバーの首を跳ね飛ばすべく、慎二は片手に持っていた刀︳︳︳
︳︳︳︳︳︳間桐の屋敷の蔵に収められていた古刀︳︳︳︳︳︳︳
︳を抜き、先ほどの駆け引きで体制を崩しているセイバーへと迫る。
なぜ、魔術ではなく接近戦なのか。慎二の魔術は、セイバーにほと
んど通用しない。それはセイバーの保有する高ランクの対魔力のス
キルが影響している。ゆえに、最も危険な接近戦を慎二は選ばざるを
得なかった。
本来ならライダーがセイバーの、慎二がランサーを相手取る方が安
定して戦えただろう。だが、慎二はそれをしなかった。こうしなけれ
ばできないことがあった。
それをなすために、慎二は刀をセイバーの首へ振るう。タイミング
は完璧。セイバーも今の体勢では防ぎきることはできない。
だが、それはすぐに中断させられることとなる。
慎二に向かって数本の矢が飛来したからだ。その矢が何でできて
いるかを一瞬で察した慎二は、矢を刀で叩き落す。そして、慎二が飛
来してきたそれを叩き落すというわずかな時間は、セイバーが体勢を
立て直すのに十分な時間を与える。
一閃
セイバーから放たれた斬撃は、慎二に間合いを取らせるのに十分す
ぎるほどの威力があった。そして、セイバーも慎二と同じように後方
へと間合いを取る。使い魔が再生し始めていたので、その間合いから
も外れるように。
慎二は、セイバーを警戒しつつ、彼女の後ろ。セイバーが最も安全
だと、直感で判断した場所へと突き飛ばされた存在︳︳︳︳︳︳︳︳
そして慎二がセイバーに挑んだ理由である男︳︳︳︳︳を睨みつけ
る。慎二の視線の先。そこに立っていたのは、衛宮士郎にほかならな
い。
そして、彼の手にはいつの間にか弓が握られていた。それは、彼が
投影によって生み出したもの。
98
ルー
ル
ブ
レ
イ
カー
士郎は、矢を投影し、弓につがえる。
﹁破戒すべき全ての符か⋮⋮﹂
慎二は小さく呟いた。投影された矢は、形状こそ違えど、対魔術用
の 宝 具。あ の 矢 を 受 け て し ま え ば、慎 二 の 負 け は 確 定 す る。そ も そ
ル
ブ
レ
イ
カー
も、いまの慎二は強化の魔術を体に雁字搦めにしてかけているのだ。
ルー
それによって、肉体の崩壊を防いでいる。
だ か ら、対 魔 術 用 の 宝 具 で あ る 破戒すべき全ての符 を 受 け た 時 点
で、彼の敗北が確定するのだ。もちろん、士郎はそんなことを知らな
い。慎二の使い魔を破壊するために、そして慎二とライダーの契約を
断ち切るために、その矢を放った。
その矢を躱し、慎二は魔術で水弾を次々と撃ちだしていく。士郎
ルー
ル
ブ
レ
イ
カー
は、それを腰に差してあった︳︳︳︳︳教会にくる前にあらかじめ投
影しておいた︳︳︳︳破戒すべき全ての符を用いて切り捨てる。
慎二が、魔術を放っている隙に、一撃を加えようとするセイバー
だったが、それは使い魔たちによって阻まれた。
その間に、慎二は士郎に向かって肉薄する。士郎は、慎二の得物に
対して自身の武器のリーチが足りないと判断し、素早く干将莫邪を投
影する。そして、士郎は慎二の一撃を二振りの剣をもって受け止め
た。
けたたましい金属音と共に、火花が散り、薄暗い礼拝堂の中で、互
いの獰猛な表情を映し出す。
わずかな拮抗。だが、それはすぐに慎二の手によって打ち破られ
る。慎二も士郎も自身に強化魔術を施しているが、その精度は慎二の
ほうがはるかに上だ。単純な力比べなら、士郎に勝ち目など無い。
さらに、慎二は、複数の英霊の戦闘経験を自身の中に取り込んでい
る。ここまでの条件がそろっていれば、士郎に勝てる要素など無いよ
うに見えるだろう。
それでも、士郎が完全な劣勢というわけではないのは、ひとえに慎
二の体にガタが来ているからだ。小聖杯としての機能を強引に移し
替えたことによる肉体の負担により慎二は、士郎よりはるかに高い精
度の強化を施してやっと、わずかな力の差で勝てているというだけの
99
効果しか得られていない。
士郎が身に着けたアーチャーの技量は、ほかのサーヴァントたちに
見劣りしないものだったこともあげられる。しかも、慎二が戦いの基
礎に置いているアサシンの剣技は、二刀使いとの相性はいいとは言え
ないだろう。アサシンは、二刀使いの剣士に敗れた逸話がある。
慎二の繰り出すアサシンの技量は、一刀ではとらえきれないかもし
れない。だが、二刀ならばもう一刀でその刃をとらえることができ
る。だからこそ、この戦いはどう転ぶか分からない。
士郎は目を大きく見開いて、反撃に転ずる。二刀の剣から連撃を繰
り出し、慎二に斬撃の雨を降らせた。それを、一本の刀で器用にさば
きながら、慎二は士郎に問いかける。
﹁なあ、衛宮 お前、そこまで戦って、聖杯にどんな願いを託すわけ
﹂
﹂
!!
た。
﹁十年前の災害を、あの出来事を無かったことお前はできる
﹂
の人生を狂わせたその出来事をやり直したいとは思わないのか
﹁ああ、思わないね
!!?
!!
たとえ過去を
!
でも
﹂
も。それによって、多くの人が痛みを悲しみを抱えた。だけど、それ
やり直せるとしても。多くの犠牲に成り立っているのが今だとして
﹁そんなものはいらない⋮⋮ 聖杯なんていらない
士郎は、首に向けて放たれた突きを剣ではじきながら、叫んだ。
!!
﹂
お前
を放つ。それと同時に、慎二が最も聞きたかった疑問を彼にぶつけ
慎二は、士郎の連撃をさばき、反撃として、首に向かって鋭い突き
けた。
士郎はそう叫びながら、さらに激しい攻撃を慎二に向かって叩き付
﹁俺は聖杯なんていらない
声で、激戦の隙間を縫うようにして、士郎に向けて放たれた。
慎二の問いは、掠れ、途切れながらも、剣戟の残響に負けぬほどの
!
士郎は剣をふるう。まるで、自身の意思を叩き付けるかのように。
!!
100
!?
﹂
俺が、俺じゃ
﹁起きたことを戻しちゃいけない。だって、そうなったら嘘になる
あの痛みも、記憶も、胸を抉った現実の冷たさも
ない誰かが、超えてきたものを無駄になんか、嘘になんかできない
まるで血を吐くような叫びだった。士郎は自身の言葉を放つたび
に、その願いを否定するたびに、涙を流す。当たり前の幸せを望む奇
蹟とは、なぜここまで人のてに余るのかと。悔しくて、涙がこぼれた
のだ。それでも、過去を否定することなどできなかった。
それに対して、慎二は微笑んだ。面白いものを見つけた時のような
・・・・・
喜びと、心の底から嬉しそうな顔で。
﹁そうか⋮⋮ それでいい﹂
そう呟いた彼の表情を見た士郎は、本当に、本当に驚いた。だって、
それは数年もの間見ることがかなわなかった、間桐慎二の本当の笑顔
だったから。
士郎は驚きのあまり、わずかに剣筋を乱してしまう。それに対し
て、慎二は士郎の剣を打ち払い、士郎の無防備になった腹部へと強烈
な蹴りを叩き込んだ。士郎の身体は宙に浮き、礼拝堂の壁に叩き付け
られた。
士郎の意識が歪む。ほんの刹那、彼の意識は白く染まった。
ある日のこと、一人の少年が文化祭の看板づくりの仕事をしてい
た。それは、まわりから押し付けられたものを彼が好き好んで引き受
101
!
!!
!!
けたもの。少年はそれを拒まなかった。人助けが生きがいで、どうし
ようもないくらいに、それ以外のことに目を向けられない、機械のよ
うな生き方をしてきた少年には拒むという選択肢すら存在しなかっ
たのかもしれない。
そんな機械のような少年の背後に、癖毛の少年が壁に寄りかかりな
がら居座っていた。癖毛の少年は、機械のような少年の背後で、悪態
をつきながらその作業の光景を眺める。作業が始まってから何時間
もたっても、癖毛の少年は、機械のような少年の背後に居座り、悪態
をついたり、看板の角の継ぎ目が甘いなどと言って、指図をしたりし
て、それでもいなくなることもなくそこに居続けた。
それは、馬鹿なやつを見つけた癖毛の少年のちょっとした気まぐれ
だったのかもしれない。
やがて、陽が落ち、ようやく看板づくりは終わりをむかえる。その
ころになると、癖毛の少年は、機械のような少年の異常さに気が付い
ていた。癖毛の少年は年の割に聡明な思考回路と、並外れた推理力を
持ち合わせていたからこそ、機械のような少年に対してフラットな視
点を持っていたからこそ、異常さに気づいた。
だが、癖毛の少年は、それを否定するでもなく、面白いものでも見
るかのように見つめていた。そして、機械のような少年が作り上げた
看板の見事さに、へぇ、と少しばかり目を見開く。
その出来は見事なもので、癖毛の少年は素直に笑いながらこう言っ
た。
﹁へえ、お前馬鹿だけどいい仕事するじゃん﹂
それは機械のような少年の異常さに気づいていながら、その在り方
を気味悪く思うわけでもなく、諌めようとするものでもなく、ただ、そ
の在り方を認めるものだった。癖毛の少年は、なんのためらいも、は
ばかりもなく、馬鹿みたいな、機械のような愚直なあり方の少年を
あっさりと認める。
癖毛の少年がそんな風に誰かを認めたことは、数えるぐらいにしか
なかった。きっと今は亡き、彼の父と新しく家族になった少女ぐらい
のものだろう。
102
機械のような少年とって、彼の異常さに気づいている存在に、何の
はばかりもためらいもなく、その行いを認められたという経験は初め
てのものだった。
これが二人の少年が︳︳︳︳︳︳衛宮士郎と間桐慎二が初めて出
会った時の話。
二人が友人になるきっかけだった。
そんな、昔の話を。意識が白く染まった刹那の瞬間に、士郎は思い
出していた。その時の笑みと、先ほどの笑みが重なったような気がし
たから。そんな気がしたから思い出してしまったのかもしれない。
士郎は壁に叩き付けられた時の衝撃で、激しくせき込んだ。体に強
化を施していたおかげで、内臓まではダメージが通ることは無かった
が、あばらは数本折れているだろう。
そんな士郎に、セイバーは素早く駆け寄り、士郎の手を握る。する
と、瞬く間に士郎の傷はいえていった。それは、士郎の体に埋め込ま
れていたセイバーの鞘の恩恵。アーチャーと士郎の鍛錬の際に発覚
した、セイバーを現世に呼び出すこととなった、セイバーと士郎の縁
だ。
そんな、傷の癒えていく士郎を見つめながら、慎二は改めて確かめ
る こ と が で き た。衛 宮 士 郎 は 自 身 が 認 め る に 足 り う る 存 在 で あ る、
と。慎二の目的は、こうして達せられた。
ゆっくりと、慎二は刀を掲げる。その刀身を覆うようにして、どす
黒い魔力があふれ出した。その禍々しい魔力が礼拝堂内の空気を淀
103
ませ、軋ませていく。戦闘をしていたものは誰もがその魔力に身を震
わせた。ライダーは、慎二が何をするつもりなのかよく分かっていた
ので、素早くその場を離脱する。
それをしっかりと察知して、慎二はどす黒い魔力がこもった刀を上
段に構える。
︳︳︳︳僕が認めてやったんだ。これぐらい受けきって見せろ︳
︳︳︳︳︳︳︳
そんな思いと共に、慎二は言葉を紡いだ。
﹁遊びは終わりだ﹂
その言葉と共に、絶望が振り下ろされた。
104
第 六 話 後 編 9 / 1 3 ス テ ー タ ス の 値 を 一
部修正
ア
ン
リ
マ
ユ
地 面 を 抉 り、壁 を 抉 り、教 会 を 破 壊 し な が ら、ど す 黒 い 魔 力 が、
この世全ての悪に汚染された魔力があたりに吹き荒れ、視界を黒に染
め上げる。嵐のようなそれが吹荒れた後、視界が晴れるとあたりの状
況は一変していた。
教会は、慎二が剣を振り下ろした延長線上は、最初から何もなかっ
たかのように抉れ、汚染された聖杯の魔力の影響で黒ずんでいる。慎
二は、刀を振り下ろした先を見据えた。
﹁まあ、大方予想通りってところだね﹂
慎二は、楽しそうな声色でそう言った。彼の視線の先には、鞘を慎
二に向けて翳している士郎とセイバーがいた。ランサーは綺礼を庇
うように前に出たのか、膝をつき、槍を支えにして何とか体を起こし
ている状態だ。よくよく見てみると、綺礼の令呪が一画へっている。
おそらく彼が令呪でランサーを盾にしたのだと、慎二はあたりを付け
る。
そんな中で、アーチャーと凛の姿だけは存在しなかった。
慎二は、それが何を意味するのか理解している。しかし、彼は何も
恐れず、一歩綺礼に向けて歩みを進めた。直後、慎二の背中に向けて、
ガンドが放たれる。しかし、それは割り込んだライダーに釘剣で叩き
落とされた。その気配を背後に感じ、小さく笑いながら、慎二は次々
と水の使い魔を構築していく。
ただし、その使い魔たちは今までのものとは違い、どす黒く汚染さ
れた魔力で構築されているため、見ているものの精神の嫌な部分を掻
き立てるような、不快な黒色へと変貌している。
それらの使い魔たちに込められた魔力を警戒して、セイバーと士郎
ルー
ル
ブ
レ
イ
カー
は慎二に近づくことができない。それでも士郎は、慎二を止めるため
に破戒すべき全ての符を矢の形で投影し、放つ。しかし、使い魔たち
105
が、瓦礫を投げて、その攻撃を逸らした。
士郎は、その結果に舌打ちをする。使い魔たちを見ると、各々が手
に瓦礫を握りこんでおり、続けて矢を放ったとしても、叩き落されて
しまう。アーチャーに投影した宝具を爆発させる方法を教わっては
いるが、爆発の魔力を吸い取られておしまいだろう。他の宝具を投影
したとした場合、慎二に攻撃を届かせることはできるだろうが、士郎
の消耗と隙も大きくなる。
ア
ン
リ・
マ
ユ
使い魔たちが、そんな隙を与えてくれるなどと、考えるほど士郎は
甘くなかった。セイバーに援護してもらおうにも、この世全ての悪の
魔 力 に さ ら さ れ て し ま え ば、終 わ り。こ の 段 階 に き て、士 郎 と セ イ
バーはなぜサーヴァントが慎二と戦ってはいけないとアーチャーが
言っていたのか真の意味で理解した。
﹁クソ⋮⋮﹂
手詰まり。この場で士郎たちにできることなど何もない。その無
力感に士郎は歯噛みする。
そんななかで慎二は、使い魔を構築し、率いながら、ゆっくりと歩
みを進める。そして、誰に言うでもなく、確かめるようにこう呟いた。
﹁僕はもう選んだんだよ。だから︳︳︳︳︳︳︳︳ こんな様になっ
たんだ﹂
慎二は歩みを進める。一歩、一歩と確実に。綺礼に向かって⋮⋮ いや、正確に言うならば、綺礼のそばで膝をついているランサーに向
かって。見るものを不安にさせる、凄絶な笑みを浮かべながら。
一方、綺礼達との距離を詰めている慎二の背後でライダーは、黒い
魔弾の飛来してきた方向を睨みつける。そこには、アーチャーと彼に
抱えられた凛がいた。そして、彼女の五指は慎二に向けられている。
凛は、何も言わずアーチャーの腕から降りた。
両腕が自由になったアーチャーは、干将莫邪を構えてライダーと対
峙する。
ライダーとアーチャー。二人の表情からは、どんな感情をも読み取
106
ることはできない。まるで、自身の感情を全てそぎ落としているかの
ように。二人に語ることなどありはしない。二人の奥底にあるのは
慎二への、想いと彼が死に向かっていることへの葛藤、それを止める
事だけはできないことに対する悲しみ。それだけだ。
それはどれほどかみ砕こうと、飲み下そうとしても、決してどうに
もできない感情だ。どれほどの理由があろうと、アーチャーにとって
は大切な友であり、ライダーにとっては信頼する大切なマスターだ。
そんな存在が終わりに向かって歩いているというのに。どれだけ納
得していようとも、どうして、それを悲しまずに入れるというのだろ
うか。
アーチャーの正体を、そして、その思いをライダーは知っている。
ライダーが慎二を大切に思っていることをアーチャーは知っている。
だからこそ、ただこうして戦うことしかできないことが、2人にとっ
て、気分がよいものであるはずがない。その思いを知っているからこ
そ、相対した時、互いの心の奥に蓋をしていたものがあふれ出しそう
になった。
何 故、止 め る こ と が で き な か っ た の か。そ ん な 思 い が 過 る。し か
し、その問いかけがどれほど無意味で、慎二の行為を侮辱するものな
のかを二人は誰よりもわかっている。
だから、無表情の仮面の奥で、不条理に憤りながら、それでも前に
しか進めない不器用さを抱えながら、友、あるいは大切な相棒にして
主である慎二を想う両者は、得物を構え、激突する。きっと、それ以
上の睨みあいは、お互い抑えていたものが溢れ出してしまうだろうか
ら。
故に、半ば八つ当たりのように振るわれた両者の得物はぶつかり合
い、火花を散らす。
足音が止まった。慎二は、ランサーと綺礼の元へとたどり着く。
﹁やあ、言峰神父。ペットの駄犬がずいぶんと弱ってるみたいじゃな
いか﹂
107
﹂
﹁そう言ってやるな間桐慎二。ランサーは、主人をしっかりと守った。
忠犬と言ってもいいのではないかね
﹁よく言うよ⋮⋮ ﹂
﹂
てね﹂
﹁何
ア
ン
リ・
マ
ユ
は、少しばかり効果が薄いのが困りものだよねえ
﹂
るとも思ってないんだよ。これ、もとから中身がひねくれてるやつに
精神汚染であんたみたいないかにも外道って感じの人間を支配でき
﹁さて、次はアンタの番だ。⋮⋮と言いたいところだけど、この程度の
その様を横目に見やりながら、慎二は綺礼に向き直った。
築されていく。
が砕け、壊れ、されどすべての原型を失うわけでもなく、新たに再構
そして精神を侵食していく。元々あったランサーを構築していた枠
ら、鼻から、耳から、次々とランサーの体内まで侵入し、その肉体を、
ランサーの言葉はそこで途切れる。黒い水はランサーを覆い、口か
﹁くそったれが⋮⋮﹂
い。
た魔力はその液化した使い魔に食いつくされ、効力を発することは無
いてその進行を阻もうとした。しかし、刻まれたルーンに流し込まれ
だす。それを朦朧とした意識の中で認識したランサーは、ルーンを用
じ て 体 を 起 こ し 正気を保つことに必死だった ラ ン サ ー の 元 へ と 流 れ
・・・・・・・・・・・・
慎二のその一言で、近くにいた使い魔がドロリと形を失い、かろう
﹁じゃあ、聖杯に魔力を注いで英雄様に飲み干してもらおうか﹂
エー ル
﹁でも、犬と言えばこんな言葉もあるだろ。飼い犬に手を噛まれるっ
しながら、その顔に笑みを張り付けてこう言った。
らりとした態度の綺礼にイラつきながら、しかし、それ以上に警戒を
サーを盾にしたのは誰が見ても明らかだ。この期に及んでのらりく
慎二は鼻を鳴らしながらそう言った。状況からして、綺礼がラン
?
力、か⋮⋮ 何がお前をそこまで掻き立てる
﹂
愉悦か
罪悪感か
﹁この世全ての悪。本物ではないにしろ、そのすべてを飲み下す精神
?
?
?
?
108
?
それとも、幸福を求める精神というやつかね
?
綺礼は心底疑問に思った様子で、慎二に尋ねる。その問いに対し、
慎二は鼻で笑いながらこう言った。
﹁さてね⋮⋮ しかし、驚いたよ。あんたみたいな外道の口から幸福
幸福を追求するのは人の権利である
なんて言葉が出てくるなんてね﹂
﹁それほど不思議なことかね
でも、
そ ん な も の、ど っ か に 忘 れ て き た よ。ア ン タ も 同 じ だ。
とよく言うではないか﹂
﹁ほう
が。綺礼は嫌な笑みを顔に浮かべながらこう言った。
包み、荘厳なオーラを漂わせている男︳︳︳︳︳︳ギルガメッシュ
慎二の睨みつけた方向、そこには男が立っていた。金色の鎧に身を
よ﹂
その口ぶりでは、我の存在に気づいていたか。中々鋭い男
なあ、そうだろ。英雄王ギルガメッシュ﹂
﹁さすがに、自分のマスターを消されるのは都合が悪かったってわけ
光の降り注いできた方向を睨みつけると小さく呟く。
しかし、突如降り注いだ金色の煌きがその一撃を阻んだ。慎二は、
ことなく綺礼に迫る。
させると、綺礼に向かって放つ。放たれた巨大な剣は、狙いを違える
慎二はその言葉と共に、使い魔のうちの数体を巨大な剣の形に変形
とは言わない。︳︳︳︳︳遠慮なく死ね﹂
﹁そろそろ、あんたも終わらせようか。精神汚染でなんて生ぬるいこ
る。だから、彼はゆっくりと綺礼に向けて手をかざした。
反応は求めておらず、故にこれ以上の会話は時間の無駄だと判断す
の琴線に触れたが、それ以上反応を綺礼は返さない。慎二はもともと
慎二の言葉に、綺礼はピクリと眉を動かした。慎二の言葉は、綺礼
戯言をほざいてるんだ﹂
それに気づきたくないから、答えを出したくないから、いまだそんな
とっくの昔にそんなものどっかに置き忘れてきたんだろう
﹁幸 福
?
﹁紹介しよう。私と共に第四次聖杯戦争を生き抜いたサーヴァント。
109
?
?
?
?
八体目のサーヴァントだと
﹁久しいなセイバー
﹂
それに、貴様は
﹂
我の決定は覚えているな。我のものになる覚
﹂
!
?
﹁誰が、貴様などに⋮⋮
悟は決まったのか
!!
ギルガメッシュだ﹂
﹁馬鹿な
!?
ギルガメッシュの存在を視認したセイバーが声を荒げる。
!
なんだその眼は。誰の許しを得て我を見つめている﹂
に笑う。
﹁誰の許しを得ている
﹂
?
ていたガンド、それと同じ魔術を慎二は攻撃手段として選んだ。放た
先には、どす黒い魔力が収束し、黒い魔弾を形成していく。凛が使っ
慎二はそう言って、自身の五指をギルガメッシュに向ける。その指
﹁死ぬまでさ﹂
た。
で、それでも彼は笑った。傲岸に、不遜に、不敵に笑い、こう言い放っ
狙いを定めている。明確な死が形となって慎二の目の前に現れる中
一つ一つが、宝具の原典。慎二を貫かんと、すべての武器が彼の体に
剣や槍、その他さまざまな武器がその波紋から顔をのぞかせる。その
ギルガメッシュがそう言うと、彼の周囲の空間が波打ち、無数の刀
までたたいていられる
﹁ふん⋮⋮ 減らず口をよくたたく。さて︳︳︳︳その減らず口いつ
けるっていうのさ﹂
僕だよ。僕以外の誰が僕の行動に制限を付
のだった。そんなギルガメッシュの言葉に答えるように、慎二は不敵
うなものであったが、対照的に声色は好奇心に満ちた子供のようなも
言葉の内容は傲岸不遜極まりなく、どことなく不機嫌さを感じるよ
﹁ほう
むことなく、慎二はギルガメッシュを睨みつける。
何かを見定める裁定者の如き瞳で慎二を見つめた。その視線にひる
められた感情はまるで面白い道化を見つけたかのような、それでいて
おもちゃ
ギルガメッシュはそう言って、慎二に視線を向ける。その視線に込
だ。わざわざ我の寝床を荒らしてくれた不敬物がいるのでな﹂
﹁おっと、いきり立つな。我は今、お前の相手をしに来たのではないの
!!
?
110
?
れたガンドは、慎二に向けて放たれた宝具とぶつかり合う。
普 通 な ら、ガ ン ド で 宝 具 と 撃 ち あ う な ど 愚 の 骨 頂。だ が、慎 二 の
放ったガンドはギルガメッシュの放った宝具とぶつかり合うと、大爆
発を起こしてそれを叩き落した。慎二はガトリングの如きスピード
でガンドを撃ち、ギルガメッシュも宝具を次々と撃ちだしていく。
ギルガメッシュが次々と放つ宝具と、慎二のガンドがぶつかり合
う。その様を見ながら、ギルガメッシュはちいさく呟いた。
ア
ン
リ・
マ
ユ
﹁なるほど、ガンドの呪いを形成する過程で、聖杯からあふれる呪われ
た魔力を注ぎ込むことにより、この世全ての悪の無数に枝葉する無秩
序な呪いを純粋な一へと束ね上げたというわけか。おもしろい。ま
すます興味の尽きん道化よ﹂
ア
ン
リ・
マ
ユ
ギルガメッシュは冷静に慎二のなしたことを分析する。つまると
こ ろ、慎 二 は この世全ての悪 の 呪 い に 指 向 性 を 持 た せ た の だ。そ し
て、持たせた指向性は破壊。一つに束ねられ破壊の性質を持った呪詛
111
は、現実を侵し、凶悪な破壊力を持って撃ちだされる。
ならば、とギルガメッシュは新たな宝具を慎二に向けて放った。慎
二はガンドを撃つが、宝具とぶつかり合った瞬間ガンドが消し去られ
る。それを見た慎二は瞬時に理解した。撃ちだされた宝具が対魔術
用のものであると。慎二が思考を巡らせている間にも、ギルガメッ
シュの放った宝具は彼に迫る。
だが、慎二は焦ることなくこう言った。
﹁さっき言ったけどさあ、もう一度だけ言っといてやるよ。飼い犬に
手を噛まれるってね﹂
慎二がそう言い切るのとほぼ同時に、赤い槍がのび、降り注いだ宝
﹂
具をことごとく叩き落す。それを見たギルガメッシュな鼻を鳴らし
てこう言った。
﹁言峰、どうやら飼い犬の躾が甘かったようだぞ
﹁やれやれ⋮⋮ どうやらそのようだな﹂
尾が体から生えている。棘のついた巨大な尾をしならせ、衣装を黒く
何かが立っていた。その姿はまさに異形と言っていいもので、巨大な
ギルガメッシュと綺礼の声があたりに響く。二人の視線の先には、
?
染め、赤い槍を持ったそれはゆっくりと顔を上げた。
﹂
それを見ていた士郎は、震えた声で小さく呟いた。
﹁ランサー、なの⋮⋮ か
ら﹂
﹁まて
とだ
汚染されて、願望器としては使い物にな
願望器として使い物にならなくなっているとはどういうこ
らなくなってるけど、そのおかげでこんなことができちゃうんだか
﹁聖杯ってすごいよねえ
ランサーのその状態を見て、慎二は静かな声でこう言った。
サーだった。
メッシュに戻す。立っていたものは、士郎の言った通り確かにラン
そんな士郎の声に、それはちらりと一瞥するだけで視線をギルガ
?
?
﹂
さそうにこう返した。
ン
リ・
マ
ユ
?
﹂
い付き合いだから解っている。何をするかは分からないが、それでも
身を認めた人を、理解者を殺す覚悟。慎二は、やる。そんなことは、長
一つだけ覚悟できていなかったのは、慎二を殺す覚悟。友達を、自
いるのだから、この程度のことは起こりうると覚悟できていたのだ。
してしまったのだ。慎二が命を懸けている。それだけのことをして
一方、士郎の精神はセイバーと対照的に凪いでいた。どこかで納得
う。でなければ、彼女はこの時点で最も取り乱していたはずだ。
りを聞いて、自身の望みのあり方を改めて考え出していたからだろ
れでも、彼女が取り乱さなかったのは、先ほどの士郎と慎二のやり取
知ってしまったセイバーは動揺を隠しきることができなかった。そ
慎 二 の 言 葉 に セ イ バ ー は 愕 然 と し た 表 情 に な る。聖 杯 の 真 実 を
で満足
破壊をもたらすパンドラの箱みたいなものになってるんだよ。これ
今、この世全ての悪に汚染されてて、願いを託すと最悪の形で破滅と
ア
﹁なんだよ、まだいたの
ま、いいさ。言葉通りの意味だよ。聖杯は
慎二の言葉にセイバーが声を荒げる。それに対して、慎二は面倒く
!?
多くの人の命を天秤にかけてでもやるだろう。だから、士郎は小さな
112
!
?
声でこう言った。
﹁お前は自分の願いの為に、世界全ての命を天秤にかけるんだな﹂
﹁そうだよ、正義の味方。僕はどうしようもないくらいの悪党だ。だ
から遠慮なく殺しに来い。手加減なんてするなよ。そんな事したら
恨んでやる﹂
士郎の言葉に対する慎二の声色は、言葉の厳しさと違って優しいも
のだった。だからこそ、士郎はどうすればいいのか分からなくなって
しまう。機械のようなあり方ではいられなくなってしまう。感情が
あふれ出して、凪いでいた精神に波紋が立ち、士郎はこう叫んでいた。
﹂
﹁俺はな、慎二。お前を殺すために正義の味方を目指したわけじゃな
いんだよ⋮⋮
﹁︳︳︳︳︳解ってるさ、そんなことは。でも、その道を選ぶんならい
つかは迫られる選択だ。土台、全部救おうなんて無理な話なんだから
ね﹂
慎二はそう言いながら、それでも士郎は選んでしまうだろうことを
よく知っている。全部を救おうとする大馬鹿者であるということを
よく知っている。だから、静かにこう言った。
﹁ま、精々後悔せず、摩耗しない程度の選択をすればいいさ﹂
まるで、好きなものを食べていい、と言うときのような軽い口調で
放たれた言葉は、何よりも士郎の本質をついていたのかもしれない。
だから、士郎は何かを言おうと口を開こうとした。だが、それは言葉
として吐き出すことができずに、士郎の中に飲み込まれる。その様子
をちらりと見て、慎二はこう言った。
﹁今は見逃してやるから、さっさと失せろよ。ここに居られると邪魔
だ。覚悟が決まったら、改めてかかってこいよ﹂
それだけ言って、慎二はギルガメッシュに向き直った。士郎は慎二
に何も言わないし、言えない。ただ、歯ぎしりをしてセイバーにこう
言った。
﹁行くぞ、セイバー。今ここでできることは何もない﹂
﹁⋮⋮ そ う で す ね。あ ち ら で 戦 っ て い る リ ン た ち に も 撤 退 を 促 し ま
しょう。流石にライダーを落とそうとすれば、慎二とて黙っていない
113
!!
でしょうから﹂
セイバーの視線の先には先ほどから、士郎とセイバーを警戒してい
た使い魔がいる。彼らが士郎たちに襲い掛かれば、間違いなくラン
サーの二の舞になるだろう。
だから、士郎はセイバーの言葉に頷くと、教会の外へと姿を消した。
それと入れ違うような形で、ライダーが教会に入ってくる。教会に足
を踏み入れたライダーの気配を感じながら、慎二はギルガメッシュに
こう言った。
﹁わざわざ待ってもらって悪かったね﹂
﹁よい、許す。我とて最低限の空気は読む男だぞ﹂
﹁か の 英 雄 王 に 空 気 を 読 ま せ る な ん て、僕 も 中 々 す ご い こ と し て る
じゃないか﹂
﹁口の減らん道化よ﹂
ギルガメッシュはくつくつと笑いながらそう言った。そんな会話
をしながら、慎二は教会内部へと戻ってきたライダーに、聖杯の魔力
ではなく、自身の疑似魔力回路から魔力を引きずり出して、治癒魔術
を発動させる。
それに気付いていながら、ギルガメッシュは咎めるでもなく、止め
るでもなく、唯々言葉を紡ぐ。
恩
師
い を手放したのだな。実に矛盾したあり
本当に欲しかったもの
﹁だ が、お 前 の 本 質 は あ る 程 度 透 け て 見 え て き た ぞ。お 前 は 自 ら の
わがまま
願いを通すために、 願
方だ﹂
大切な妹
大 事 な 相 棒
﹁⋮⋮へえ、そう思うんだ。まあ、否定はしないさ﹂
対等な親友
慎二はそう言って、肩を竦めた。
︳︳︳︳︳本当は、あの馬 鹿と愚図とライダー。それと、馬鹿虎。
あ の、い け 好 か な い 生 徒 会 長 や、美 綴 の や つ だ っ て 入 れ て も い い。
⋮⋮あいつらと一緒に馬鹿やってられれば、それでよかったさ︳︳︳
︳︳
慎二は本当の願いを思い描く。それは、きっと幸せな夢だ。
﹁けど﹂
︳︳︳︳︳︳あの愚図が悪意にさらされ、傷ついていくのが。あの
114
馬鹿が世界に押しつぶされて、いずれ摩耗してくのが、僕には我慢な
らなかった。そりゃあ、今でも桜のせいで家督をもらえなくなった
り、衛宮が最初から魔術回路をもって生まれてきたのは、ムカつくし、
根に持ってる。でも︳︳︳︳︳
それでも譲れないものがあった。
﹁僕が見定め、僕が選んだ﹂
︳︳︳︳あいつらには、借りがある。桜のおかげで、あの蟲蔵に僕
は堕ちずに済んだし、衛宮の言葉に、つらいとき支えてもらった。あ
あ、クソ。思考がごちゃごちゃする︳︳︳︳︳︳︳
まとまらない思考の中で、慎二は確かな答えを導き出す。
﹁あいつらがどうこうなるのが気に食わない﹂
︳︳︳︳︳︳ああ、でも。そうだ。結局のところは簡単なことだ。
桜とは最後まで本音をぶつけ合うことは、心を通わせることはできな
かったけど、あいつは僕の家族で、衛宮は僕の友達だ︳︳︳︳︳︳
115
﹁それだけで十分だ。理由なんてね﹂
あれほど特別を追い求めたというのに、本当に欲しかったものは結
局誰もが望むような凡庸なものだったことに苦笑をこぼしながら、慎
二は言葉を締めくくった。ギルガメッシュは、目をつぶって慎二の言
葉を吟味する。
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁そうだよ。本当に欲しかったものなんて、結局は手の届かない星み
たいなものさ﹂
慎二の言葉に、ギルガメッシュは何を思ったのか。それは、彼以外
知る由もない。きっと、神ですらあずかり知らぬことだろう。だが、
﹂
目をつむって何事かを考えていたギルガメッシュは、ゆっくりと瞼を
開いてこう言った。
﹁道化よ、名はなんという
﹁間桐慎二だ﹂
慎二は皮肉っぽく言って、片手に刀を構え、もう片方の手の指先に
﹁覚えがよろしいようで、大変うれしいね﹂
﹁慎二、か。その名、覚えておいてやろう﹂
?
黒い魔弾を形成していく。ギルガメッシュも周囲の空間を波打たせ
ながら、自身の宝物庫から宝具を取り出した。
﹁さがっていろ言峰。お前では、あやつらに太刀打ちできまい﹂
﹁そうだな。使い魔の相手をしている時点で避けるだけの選択肢しか
なかったというのに、お前たちの戦いについていけるとは思えん﹂
綺礼はそう言って姿を消した。黒化したランサーと、ライダーも己
の武器を構える。漂う殺気と緊張感に教会の空気が歪む、悲鳴をあげ
て割れていく。
一度目の戦いに一段の終止符を打ち、二度目の戦いの幕は上がっ
た。
116
第七話 前編 9/18 解説を追記
慎二たちとギルガメッシュ。先に動いたのは慎二だった。ガンド
を次々と撃ちだして、ギルガメッシュの動きを牽制し、その隙にライ
ダーとランサーが彼にに迫る。
その様を鼻で笑うと、ギルガメッシュは対魔術の効果を持った盾の
宝具を取り出し空中に浮かべて、ガンドを防ぎ、迫る二人に宝具を
次々と撃ちだした。ライダーはそれを躱しながら、ランサーはそれら
﹂
を弾き飛ばしながら、強引にギルガメッシュに肉薄する。
﹁させるとでも思うのか
その言葉と共に、上空の空間が揺らぎ、無数の宝具が慎二たちの頭
上 か ら 雨 の よ う に 降 り 注 い だ。そ れ に よ り、進 路 を ふ さ が れ、ラ ン
サーとライダーは身を引かざるを得なくなる。一方慎二は、降り注い
だ宝具の雨を紙一重でかわすと、ライダーたちが十分な距離を取った
ことを確認して、刀にどす黒い魔力をまとわせた。
空間を歪ませるほどの濃密な魔力を纏い、刀身が黒い輝きを放つ。
慎二が刀を振るうのと同時に、ギルガメッシュに向かって魔力の刃
が放たれる。それは黒い極光。純粋な魔力だけで構築されているそ
れは、対魔術用の宝具では防ぎきれない。それは宝具を弾き飛ばしな
がら、ギルガメッシュに迫る。
それを飛んでかわすと、引き起こされた惨状にギルガメッシュは楽
﹂
魔術で指向性を持たせれば、我の財に弾かれる。だか
しそうな声を上げた。
﹁なるほど
らこそ純粋な魔力の塊として打ち出したか
い く。慎 二 も 負 け じ と ガ ン ド と 魔 力 の 刃 を 放 っ て い く。バ ッ ク ス
テップでギルガメッシュは距離を測る。ライダーとランサー、そして
慎二との距離を測り、進路の妨害、攻撃、防御のために、次々と宝具
を撃ちだし、あるいは盾の宝具で攻撃をさばきながら、口元を歪ませ
る。
﹁こんなに楽しい趣向は久々だ﹂
117
?
ギルガメッシュは楽しそうに笑いながら、次々と宝具を撃ちだして
!
!
ギルガメッシュはそう言いながら、新たな宝具を射出する。さら
﹂
に、慎二たちを包囲するかのように空間の波紋が広がった。
﹁させるか
﹂
﹂
!
具を持ち、慎二の攻撃を薙ぎ払う。
ゲ
イ・
ボ
ル
ク
﹂
ゲ
イ・
それは、サーヴァント二人にとっては明確な隙だった。
﹁抉り穿つ鏖殺の槍
!!
した。
ベ ル レ フォー ン
﹁騎兵の手綱
﹂
ル
ク
それでも、攻撃の手を緩めることなく、ライダーは自身の宝具を発動
爆音があたりに響き渡り、凶悪で、暴力的な魔力の暴風が荒れ狂う。
ろうと、彼に迫る。
有効範囲が上昇していた。その魔槍はギルガメッシュの命を抉りと
投擲されたそれは、黒化する前のランサーのものより、威力、そして
を放つ。慎二に支配され、自身の肉体の崩壊すら辞さないほどの力で
ランサーは容赦もためらいもなく真名を開放し、抉り穿つ鏖殺の槍
ボ
ギルガメッシュは、対魔術の宝具を射出しながら、自身の手にも宝
﹁甘いわ
﹁溶けて消えろ
がギルガメッシュを喰らいつくさんと迫る。
を吸収する術式を発動させたのだ。あふれ出し、どす黒く染まった水
量の水があふれ出す。地面に敷設された水道管を全て破裂させ、魔力
直後、轟音と共に地面が割れた。そして、割れた地面の隙間から大
く。
慎二が叫ぶ。魔力が放出され、あたりの壁に、地面にしみこんでい
!
多少ランサーの魔力でダメージを負うが、それでもギルガメッシュ
く。
を取ると、そのまま流星の如き輝きを纏い、爆発の中に飛び込んで行
い、そのリミッターを解き放つ。ライダーは天馬に騎乗し、その手綱
高める宝具。それをライダーは自らの血を媒体に召喚した天馬に用
それは、騎乗できるものなら幻想種すら御し、さらにはその能力も
!!
118
!!
を確実に仕留めるにはベストなタイミング。そして、その問題も慎二
の魔術によって解消される。ライダーを守るようにあたたかな障壁
が彼女を包み込んだからだ。
﹁感謝します、慎二﹂
ライダーは静かに呟きながら、敵を仕留めるために手綱を繰る。
完璧なタイミングだった。
だが、それはギルガメッシュが多少なりともダメージを負っていた
場合の話。
﹁甘いと言っているのが理解できないようだな﹂
その言葉と共に、ライダーと天馬は空間から伸びた鎖に絡めとら
れ、釣り上げられる。。
﹁天の鎖だ。︳︳︳︳︳︳疾く死ね﹂
﹂
﹂
したランサーが飛び込み、ライダーに迫った宝具を叩き落した。それ
重いんだよ
﹂
と同時に、慎二が落下してきたライダーを受け止めた。
﹁手間かけさせるな子のデカ女
!!
ライダーは助けてもらって純粋に感謝している気持ちと、デカ女呼
けないでしょうか﹂
﹁むう⋮⋮ 助けられたのには感謝しますが、デカ女はやめていただ
!
119
ギルガメッシュがそう言うのと同時に、ライダーに向けて無数の宝
具が放たれた。
﹁ええい、くそ
﹁ランサー
施しながら叫んだ。
慎二はライダーに対してありったけの防御と治癒を魔術によって
女では対処のしようが無い。
宝具はライダーの眼前に迫り、拘束された際に、腕をへし折られた彼
はない魔力を込めてガンドを放った。それにより、鎖は千切れたが、
慎二は、ライダーと天馬を拘束している鎖に向けて、今までの比で
!!
その叫びに答えるようにして、ルーンによって弾けとんだ腕を修復
!
ばわりされて怒りが浮かんでいるのとで、表情がすんごいことになっ
ている。それを見た慎二は顔を引きつらせながらこう言った。
﹁分かったよ。悪かったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない
だろ﹂
﹁そのようですね﹂
ライダーは慎二の治癒魔術によって体が再生しきったのを確認す
ると、慎二の腕から降りた。拘束から解き放たれた天馬も、ライダー
の元へと駆け寄ってくる。そんな慎二たちの前には、ランサーが立ち
はだかり、ギルガメッシュと睨みあっていた。
﹁しかし、あれが通用しないか⋮⋮ まあ、全くの無駄ってわけじゃな
いみたいだけど﹂
慎二はそう言いながら、ギルガメッシュの足元に散らばった破片を
見つめた。おそらくそれは、ギルガメッシュが保有していた盾の宝具
の一部。しかも、それなりの量であるため、守りの為にそれなりのラ
ンクの盾を数枚使いつぶしたことがわかる。
だが、先ほどから無尽蔵に宝具が撃ちだされていることを考える
と、そのランクの盾もまだまだあると見て間違いないだろう。
︳︳︳相手に防御の隙を与えずに攻撃する必要がある。しかも、あ
の金ぴかの鎧も貫通できるほどの一撃で︳︳︳
慎二は冷静に状況を分析すると、刀を構えてギルガメッシュに向き
直る。そして、ライダーにちらりと目くばせして、魔術で自身の策を
伝えた。それに対して、眉を顰めるライダーだったが、慎二の思いが
固いことを知ると、ため息をついてうなずいた。
﹁さて、策は練ったか慎二﹂
﹁アンタのでたらめっぷりを理解できたおかげで、何とかなりそうだ
よ﹂
ギルガメッシュの言葉に対して、慎二は不敵に笑いながらそう答え
た。ギルガメッシュは愉快そうに笑いながら、静かに呟く。
﹁なるほど。では、その策とやらを見せてもらおうか﹂
その言葉と共に、再び空間に波紋が広がる。それを見た慎二はガン
ドをギルガメッシュに次々と撃ちだしていく。その隙に、ランサーが
120
﹂
それでは先のものと然程変わらんぞ﹂
ギルガメッシュに迫り、ライダーは天馬に飛び乗り、高く飛びあがっ
た。
﹁どうした
﹁そうだな。じゃ、こう言うのはどうだい
慎二はそう言うと、刀を構え、一足でギルガメッシュに向かって肉
薄する。先に接近していたランサーが次々と迫る宝具を打ち払い、慎
二に向けて伸びた天の鎖を弾き、道を開いていたからこそできた芸
当。
しかし、接近して刀を振り下ろすが、それはギルガメッシュの盾に
防がれる。空中に浮かんだ盾で攻撃を防いだギルガメッシュは、素早
く二本の剣を取り出して慎二に切りかかる。
慎二はそれに対して反撃をするも、ギルガメッシュが二刀でさばき
きれなかった攻撃は、宙に浮かんだ盾が滑り込んでガードしてしま
う。
﹁厄介だな⋮⋮ その盾﹂
﹁普段はこのような盾による守りを考慮した戦いはしないのだがな。
興が乗り、相手も油断がならない存在となれば、我もつい慢心を忘れ
てしまいそうになるのだ。許せ﹂
﹂
心底楽しそうな声で紡がれた言葉に慎二は面倒くさそうな顔をす
る。
﹁そこはずっと慢心しててくれた方が楽だから嬉しいんだけど
攻撃を仕掛けた。至近距離から突きを防御の隙間から、叩き込むがそ
ランサーは、宝具の雨を防ぎながら、慎二と共にギルガメッシュに
迫る天の鎖の追撃にさらされたので撤退せざるを得ない。
シュに向けて釘剣を投擲するが、あえなくそれも弾かれ、宝具の雨と
慎二がギルガメッシュと戦っている間に、ライダーがギルガメッ
メッシュに防がれてしまう。
それを受け流すと、その動きの流れで首を落とそうとするが、ギルガ
ギルガメッシュはそう言いながら、剣で慎二に切りかかる。慎二は
は喜色満面で喜ぶところだろうに﹂
﹁そう言うな。我に認められることなどそうないのだぞ。むしろそこ
?
121
?
?
れも黄金の鎧に弾かれる。慎二の攻撃も同様だ。
慎二は攻撃を仕掛けながら、ギルガメッシュのでたらめさに舌を巻
いた。素の剣術や体術はそこまで強くない。恐ろしいのは、的確に宝
具を使い、その深謀により、まるで戦場を俯瞰してみているような戦
いをするその能力。
ならば、と慎二は動く。自身にできることは最善を積み上げる事だ
けだ。
先ほど地面の中で破裂させた水道管から水を取り出し、再び利用す
る。
大量の使い魔の腕が地面から生え、ギルガメッシュに掴みかかる。
ギルガメッシュはそれにより、わずかに体勢を崩すが、上空から無数
の対魔術宝具を地面に向けて撃ち込んだ。腕はすべて薙ぎ払われ、宝
122
具は地中深くに埋まり、慎二が利用した水源まで到達する。
それにより、慎二が魔術でその水を利用しようとしても、対魔術の
宝具で打ち消されることとなるので、もう地中の水道管から水をくみ
出すことはできない。
慎二は手札を一つ失った。しかし、それによって生み出された隙を
無駄にはしない。
わずかな隙。コンマ一秒にも満たないものだったが、それでも十分
︳︳︳︳
な隙だった。慎二は刀をギルガメッシュの首に向けて滑らせる。
︳︳︳もう少しで、頸動脈まで届く
を取った。慎二が首に一撃を入れたことで、ギルガメッシュの意識が
ギルガメッシュは慎二の天の鎖を慎二の刀と手足に巻き付け、距離
んなものではない。
られてしまったのだ。しかし、それだけでは無い。慎二の奥の手はそ
だが、慎二の刀には鎖が巻き付いていた。ぎりぎりのところで止め
!
他から一瞬だけそれる。さらにそのギルガメッシュの背後から、ライ
ダーが天馬を繰って迫った。だが、ギルガメッシュも一度見た攻撃。
それも、天の鎖に巻き取られ、止められてしまうが、一瞬の間を作っ
た。
一瞬の隙が積み重なれば、それも大きな隙となる。
ギルガメッシュは違和感に気づく。そもそもがおかしい話だ。ラ
ンサーが慎二にも伸びていた天の鎖を全て弾いていたのに、刀ならと
もかく、何故手足に巻き付いた天の鎖を弾くなり、千切ろうとしな
かったのか。ランサーの魔槍で貫いたのなら慎二の拘束は容易に解
かれたはずだった。
だが、慎二は拘束されたままだ。
﹁最早目覚めは必要あるまい﹂
凶悪な殺気と魔力。その存在に気づいた時には、すでにそれはギル
ガメッシュの懐に入り込んでいた。飛び込んできたそれは︳︳︳︳
︳︳ランサーの姿はさらなる変貌を遂げており、明らかに人間のもの
ゲイ・ボルク
ではない骨格が彼の体を覆っている。
海獣クリード。ランサーの持つ魔 槍の原料となった獣。その骨格
の鎧を纏い、耐久、および筋力が跳ね上がったランサーは魔槍をふる
うことができない。しかし、鎧についた爪で容赦なくギルガメッシュ
を切りつけていく。
ギルガメッシュの盾を打ち破り、二刀を砕きそれでもなお、その攻
撃は止まらない。ギルガメッシュの鎧に攻撃を阻まれるが、その鎧も
めきめきと嫌な音をたてていく。そこに、とどめと言わんばかりにラ
ク リ ー ド・ コ イ ン ヘ ン
ンサーはこう呟いた。
﹁噛み砕く死牙の獣﹂
その言葉と共に、魔力が鎧の爪から弾け、魔槍と同じ棘が弾け飛ん
だ。それによってギルガメッシュの鎧は砕け散り、棘によって彼の身
体はズタズタに引き裂かれる。
123
しかし、命を刈り取ることはできなかった。
ギルガメッシュは、棘に体を引き裂かれながらも鎖を振るう。それ
に弾き飛ばされて、ランサーは大きく距離をとることになった。
﹁あと一手足りなかったか⋮⋮﹂
慎二はギルガメッシュを睨みつけながらそう言った。ギルガメッ
シュは体中ズタズタになるまでの傷を負っているが、その瞳からは慢
心の色が完全に消え失せた。右手には、今までの宝具とは一線を画す
ような魔力と雰囲気を纏った異様な形状の剣が握られている。
無表情になった顔を見て、どうにも本気にさせてしまったことを慎
二は認識する。今までの比ではない重圧に体がわずかに強張った。
その威容は世界全てを背負った最古の王のあり方。だが、それがど
うしたというのだろうか。慎二は笑う。大切なものの為に世界全て
を敵に回す覚悟は、守りたいと思ったものでさえ敵に回す覚悟は、と
うの昔にできているのだから。
慎二の強張りは解け、強い光を瞳に宿し、ギルガメッシュを睨みつ
け る。た だ た だ、高 ま る 緊 張 感。そ れ に 終 止 符 を 打 っ た の は ギ ル ガ
メッシュであった。
124
﹁まあよい。此度は引いてやる﹂
そう言うとギルガメッシュが纏っていた威圧感が霧散し、ただ面白
あんたさっきまで、僕を殺したくて仕方がないって
いものを見たかのように、遊びを終えて満足した子供の用に口元を緩
ませていた。
﹁⋮⋮いいの
顔してたけど﹂
﹁それは勘違いというものだぞ、慎二。我はお前が何を為すか見定め
﹂
るつもり故、そもそも此度は見逃してやるつもりだった。言ったはず
だ、我は最低限の空気は読める男だと﹂
﹁じゃあなんで、本気を出す寸前まで戦い続けたワケ
﹁こうも言ったはずだ。興がのったとな﹂
﹁その道の先に何があろうとも、いずれ我が手ずから殺してやる﹂
︳︳︳らしくない感傷だ︳︳︳
る。
ゆえに大切なものを失くしてしまった。ギルガメッシュは目を細め
少年は、失うことで自身の大切なものを守り、自身は失わなかったが
そして、ギルガメッシュは目の前にいる一人の少年に目を向ける。
明に思い出せる日々を。
ギルガメッシュははるか過去の出来事に思いを馳せる。今でも鮮
の傷を負わされたのもな﹂
﹁しかし、ここまで興が乗ったのはいつ以来か⋮⋮ そして、ここまで
本当はそれだけが理由ではない。
うにため息をつく。それを見ながら、ギルガメッシュは目を細めた。
楽しそうに笑いながらそう言い切った英雄王に、慎二はあきれたよ
?
﹂
﹁そりゃあいい。最古の英雄王様に裁定を下してもらえるなんてね。
⋮⋮でも、できるかな
?
125
?
﹁何
﹂
﹁この戦いで僕が終わるときは、あの馬鹿との決着の時って決めてる
んだよ。生憎、アンタの傍聴席は用意するつもりは無い﹂
慎二の顔には唯々穏やかな笑みが浮かんでいる。慎二の言葉を聞
いたギルガメッシュは、怪訝そうに目を細めた。
﹁ああ、気にするなよ。あの馬鹿にあんたの相手をさせるのは力不足
﹂
だからさせないよ。なにより今のあいつは答えを出せてなんかいな
﹂
い。まだ本物になれていない男の相手をしてもつまらないだろう
﹁あの贋作者がお前の友だったか
?
きっと共に過ごす未来を選ぶことも慎二にはできた。だが、それで
て。
を、そして桜と士郎のこれからを支えるために自らの未来を差し出し
という大舞台の中で。桜の現状を変えるために自らの持ちうる半生
だから慎二は一世一代の大博打を仕掛けた。この第五次聖杯戦争
しまっていたのが慎二は気に食わなかったのだ。
桜のこともそう。臓硯に傷つけられ、自身のあり方を彼女が失って
てしまうことが、慎二は非常に気に食わなかった。
の気に入ったものが、大切なものが歩み、自身のあり方を見失い壊れ
潰えてしまうだろう。だから、慎二は気に食わない。そんな道を自身
そんなことを続ければ、いずれ摩耗して彼の在り方は、彼らしさは
だ。
の目的を義務として定めれば、笑えなくなってしまうのは当たり前
別に構わない。だが、機械のように笑わないのはよろしくない。自身
だが、それだけではだめだ。機械のようなあり方は、その愚直さは、
う。見どころもある。だからこそ慎二は彼を認めた。
機械のように生きる士郎は、確かにそれはそれで面白いと慎二は思
はない﹂
てるけど、確かに僕の認めた男なんだそれについてとやかく言う必要
と、何も言うなよ。あいつのあり方が歪んでるんだってことも分かっ
﹁そ う。あ の ど う し よ う も な い 大 馬 鹿 者 が 僕 の 友 達 だ よ ⋮⋮ お っ
?
はダメなのだ。それでは、桜と士郎にかかった呪いともいえるおもり
126
?
おもい
が解けることは無い。桜を傷つけてしまった慎二が近くにいる事が
彼女の重りとなり、士郎は彼の父が残した呪いに縛られ続け、本当に
笑うことは一生ないのだろう。
それが気に食わなかった。そんな終わりを大切な親友が、大切な家
族が迎えるのは、納得ができない。それを知っていながら放置すれ
ば、きっとそれは一生慎二をさいなむだろう。それは死んでいるのと
何も変わらない。
結局のところ、慎二にできたのはどの死に方をするか選ぶだけ。
だから、この戦いは慎二のわがまま。他の誰でもない、慎二が満足
して、納得して終わることのできる生き方。慎二が自分らしく生き
て、笑いながら終わるための大博打。
そして、運のいいことに。慎二はその大博打の結果。その可能性の
一つを知ることができた。
故に、慎二は語る。
﹁だけどね。答えに至ったあの大馬鹿なら、笑うことを、幸福を知った
あ い つ な ら、ア ン タ の 相 手 を 勤 め て く れ る さ。 ⋮⋮ 因 果 な も ん だ
よ。僕のこれから残すつもりの可能性。その結果の一つを見ること
になるなんて﹂
﹁⋮⋮なるほど、あの弓兵か。あやつは確かに贋作者でありながら、本
物 の 輝 き に 至 っ た も の だ。似 て い る と は 思 っ た が ⋮⋮ な る ほ ど。
では、楽しみにしておいてやろう﹂
ギルガメッシュは、大切なものに何かを残して死んでいく道を選ん
だ慎二を、誰よりも後悔しない生き方を選んだ慎二の、彼の選んだ者
と戦うことに、愉快さを感じながら霊体化し、どこかへ消えてく。
慎二はそれを見届けると、踵を返してこう言った。
﹁帰ろうかライダー。飯でも食べながらこの先の話をしよう﹂
127
128
第七話 中編
慎二は、屋敷に帰り着き、自室の椅子に腰かけて深くため息をつい
た。もうすぐ、すべての片が付く。だからこそ、心が高ぶる。それと
同時に、寂寥感が慎二の中に満ちていく。本当は死にたくなんてな
い。だけど、それを選ばなければ一生後悔するのだ。
ランサーを黒化させ、手駒に加える事には成功したが、ギルガメッ
シュを倒せなかったことに慎二は僅かばかりの不安を覚えるが、それ
でも首尾は上々といったところだろう。
﹂
﹁もうすぐ、全部終わる、か。後は、人事を尽くして天命を待つってね。
⋮⋮ライダー、怪我の具合は
﹁大丈夫です。慎二のおかげで全快しました﹂
﹁そりゃ良い。黒化させて手駒にしたランサーのほうも被害は軽微。
さらにはラインを経由して戦闘技術やルーン魔術の知識も手に入っ
た。不安は残るけど、これだけ戦力があれば十分さ﹂
慎二は目を細めてそう言った。慎二は言葉を紡ぐ。
なんとなく、慎二の中で予感はあった。きっと、これが最後通告に
なる、と。
﹁慎二。やはり貴方は、もう、桜と共に生きるつもりは無いのですね﹂
ライダーは、感情を抑えて、それでもどこか悲しそうな声色で慎二
に問いかけた。彼女はもうわかっている。慎二がもう止まるつもり
などないことなど。記憶を共有したのだから当たり前のこと。それ
でも問わずにはいられなかった。慎二の言葉で、改めて意志を聞かな
ければ、彼女自身が最後の最後で迷ってしまうだろうから。
そんなライダーの様子から、慎二は彼女が何を思ってくれているの
か痛いほど伝わってきた。惜しんでくれる喜び、置いていかなければ
129
?
﹁なあ、ライダー。全部終わった後の後始末はお前に任せてもいいな
﹂
﹂
らっても
?
﹂
﹁なんだよ
?
﹁はい、問題はありません。ですが、最後に一つだけ。確認をさせても
?
ならない悲しさ、死への恐怖がその言葉によって喚起され、それらが
入り混じって慎二の中で駆け巡る。それでも慎二は選んだのだ。そ
して、その選択に後悔などひとかけらも存在してはいない。
・・・・・
この言葉を肯定すれば、ライダーの逃げ道、さらには慎二の逃げ道
が完全に断たれてしまうだろう。だからこそ、目を細めて彼は言葉を
紡ぐ。
そ こ ま
﹁ああ。そうだ。僕はとっくの昔に選んだんだ。それが覆ることは永
遠 に な い。⋮⋮ そ れ に、自 分 を 犯 し た 男 を 桜 に 許 せ っ て
で、面の皮は厚くないさ﹂
うのか
そんなことはできない。
助けるた
めだったという免罪符をかざし、彼女の心をこれ以上踏みにじるとい
れは慎二の心が軽くなるだけの話。謝られた桜の心は
生き残り、謝る。言葉にすることは簡単だ。だが、謝ったとして、そ
すことは無いし、彼自身最早逃げるつもりもない。それ故の言葉。
さが、そうなるように慎二が慎重に積み上げたものが、決して彼を放
寂しさがある。恐怖もある。それでも、今まで積み上げたものの重
?
つもりは無いのだ。あの蛮行は確かに慎二の為した悪逆なのだから。
その罪はいつか償わなければならない。
生き残るということは、自身の最も許せなかった存在と、自分の大
切なものを踏みに。じった存在と同じところまで堕ちるということ
でもあるのだ。だから、慎二はこの戦いですべてを終わらせる
そして、桜に自分の言葉を残すこともなく、それでも慎二にとって
大切なものの為に、彼は終わりへと歩を進めることができる。彼女も
しがらみのない新たな道へと歩き出すことができる。
﹁そう⋮⋮ ですか。分かりました。そうであっても、私は最期まで
付き合わせてもらうだけです﹂
﹁⋮⋮そうか。お前も相当な物好きだよね﹂
﹁貴方のサーヴァントですから﹂
ライダーは、静かに微笑みながらそう言った。その表情には確かな
決意が浮かんでいる。
130
?
だから、守るために必要なことだった、などと慎二は言い訳をする
?
﹁そうかよ﹂
慎二は短い返答と共に、何処か満足そうな表情で静かに目を閉じ
る。その表情に迷いはなく、決然としたものだった。
静謐で、どこか心地の良い沈黙が部屋に満ちていく。
﹂
そんな中で慎二は静かに呟いた。最後の戦いに挑む前に伝えてお
きたかったことだから。
⋮⋮慎二
﹁ライダー。あぁ、その、なんだ﹂
﹁はい、なんでしょうか
人 間 の 屑
桜にはどんな言葉も残していくことはできないけれど︳︳︳︳
た。
しかし、最早慎二にとってライダーはただの駒ではなくなってしまっ
を残さず、最後の時までライダーを道具として扱えばよかったのに。
らしくない行動だと慎二は思う。魔術師であるならば、こんな言葉
ある。
らまだ決戦までの猶予がある。心が乱れても、それを立て直す時間が
そう言って慎二は目を細める。伝えるなら今しかなかった。今な
者にさ。それに︳︳︳﹂
﹁悪いね。⋮⋮だけど、伝えておきたかったんだよ。僕の唯一の共犯
また、迷ってしまうではありませんか﹂
﹁⋮⋮ ひ ど い 人 で す ね。貴 方 は。せ っ か く 覚 悟 を 決 め た と い う の に。
二から顔を逸らし、震える声で精いっぱいの言葉を紡いだ。
意に放たれたのだ。彼女の反応も無理はないだろう。ライダーは慎
その言葉に、ライダーは息を飲む。あまりにも予想外な言葉が、不
当に良かった。⋮⋮それだけだ﹂
﹁お前が、桜に召喚されて︳︳︳僕のサーヴァントになってくれて本
んな彼女の困惑を肌で感じつつ、慎二は言葉を紡いだ。
で、なんというかそわそわしていた。思わず首を傾げるライダー。そ
ライダーが慎二の顔を見ると、その表情は何とも居心地が悪そう
?
﹁僕と一緒に歩んだお前に、覚えておいてほしかったんだ。望んだこ
131
?
とを。感じたことを。残したかった想いを﹂
自身のサーヴァントなら、共犯者ならばこの想いを背負うことに
なっても乗り越えることができるだろう、そんな信頼故に放たれた言
葉であり、これが彼女に遺す掛け値なしの想いでもある。
それがライダーの心に重くのしかかる。この信頼を裏切ってでも
ライダーが慎二を止めようとすれば、彼の策は瓦解し、命を助けるこ
ともできるかもしれない。
だがそれはできないのだ。彼の願いの尊さを、重さを、かける思い
も、切り捨てたものをすべて知っている。止めることなどできるはず
も無いのに。
﹁⋮⋮慎二。貴方は本当にひどい人です。ですが︳︳︳︳﹂
ライダーはうつむきながらも、静かな声︳︳わずかに震えた声だっ
サーヴァント
た︳︳で、言葉を紡ぐ。
﹁私も、貴方の共犯者になれて本当に良かった。そう、心から思いま
す﹂
その言葉に、慎二は口元をほころばせる。優しく、悲しい笑みだ。
ライダーは心底そう思う。慎二はライダーの頬に手を添えた。彼は
彼女にも辛い思いを強いてしまった。だが、それでも謝ることだけは
できない。
自分の思いを受け止めて、悲しみを飲み下してくれた彼女の思いを
無駄にすることだから。だから、残すべき言葉は謝罪の言葉などでは
ない。
慎二はうつむいてしまったライダーの頬にてを添えて、優しく顔を
上げさせる。彼女の顔は苦渋に満ちており、それでも覚悟を決めた強
い表情が浮かんでいた。それが、彼は嬉しかったのだ。
だから、彼が残す言葉は︳︳
﹁ありがとう﹂
感謝だった。その言葉が、ライダーの身体に、心に、魂に染みわたっ
ていく。
それは、彼が積み上げてきた間桐慎二という傲慢な少年には似合わ
ない言葉。どこかで置き去りにしてきた優しく不器用な少年の言葉。
132
そして、今ライダーに最も伝えたかった言葉だ。
本当にらしくない。慎二は心の底からそう思う。どうやら終わり
が近くなり、くだらないヒロイズムにでも捕らわれたか、と彼は心の
中であたりを付けた。
﹁⋮⋮大分話し込んだな。もう寝よう。そろそろ僕も疲れた﹂
そう言ってライダーの頬に当てた手を名残惜しそうに降ろすと、慎
二はそのまま寝台に体を預ける。相当なガタが来ている肉体に鞭を
打って行動していたのだ。その疲労は本人以外に推し量れないほど
のものがある。
そんな慎二を寄り添うように、ライダーは優しく彼の手を握った。
すでに、慎二の肉体の機能は、戦闘に必要なもの以外すべて失われ
てしまっている。聖杯をその身に宿すということは、その身の内に英
霊の魂を取り込むということは、それだけの負荷を強いるもの。まし
て、今の慎二は体を強引に作り替えて生み出された急造の器だ。
砂時計の砂は、もう残されてなどいない。次が最期の戦いとなるだ
ろう。
わがまま
慎二は、大切なものを守るために誰よりも大切なものを傷つけ続け
た。桜と士郎の未来が幸福なものであって欲しい。そんな願いの為
にあがき続けた。そのために、何よりも今をないがしろにし続けた。
わがまま
死にたくなどない、生きていたい、そして大切なものとの時間を過
ごしていきたい。だが、自分の願いが、誰よりも後悔しない生き方を
い を手にすることを許さな
本当に欲しかったもの
選んだ慎二自身が、何よりも自分の 願
い。
その矛盾の果ての応酬は、もうすぐそこまで迫ってきている。
士郎は、縁側に座り、静かに月を眺めている。彼の頭の中では慎二
133
の言葉が、ぐるぐると駆け巡っていた。
﹁覚悟が決まったら、か﹂
覚悟は決まっていたはずだ。それなのに、いざ選択を突き付けられ
た時、足がすくんでしまった。目の前にいる親友を止めなければ、彼
は汚染された聖杯の力を使うだろうという確信があった。そして、正
攻法でぶつかったとしても、きっと慎二は止まらないことを士郎はよ
く知っていた。
手足がちぎれても、目を抉られようとも、半身が吹き飛ぼうとも、慎
二は止まることは無いだろう。
いくら口では止めると言っても、そんな慎二を殺すこと以外の方法
で止めることができるのか。生かすか殺すか。その選択を決断しな
ければいけない時がだんだんと近づいてきているのが士郎にはわか
る。
に、いざ止めようとしたとき、あいつを殺さなきゃいけないかもしれ
ない。そう考えたら、足が竦んだんだ﹂
情けないだろ、と言って士郎は力なく微笑んだ。セイバーは、緩く
134
親友となった少年︳︳︳慎二は、今や士郎の敵として彼の目の前に
立ちふさがっている。士郎のことを認めてくれた少年は、士郎の道の
険しさを指し示すように覚悟を決めろと言ったのだ。
士郎は縁側に座り込んで、自分の親となった男と約束を交わしたと
士郎﹂
きと同じように、澄んだ光を放っている月を見つめる。
﹁大丈夫ですか
﹂
?
﹁ああ。あいつを止める。その覚悟はできていた。そのはずだったの
﹁やはり、慎二のことですか
を断る理由もなく、セイバーは士郎の隣に腰を下ろした。
そう言って、士郎は自身の隣に座るよう、セイバーに促した。それ
﹁少し、考え事をな⋮⋮﹂
心配そうな様子で、士郎の表情を見つめている。
士郎が視線を向けると、セイバーが背後に立っていた。その表情は
﹁セイバー⋮⋮ ﹂
?
首を振る。
﹁いいえ。情けなくなどありません。 ⋮⋮私もそうでしたから﹂
そう言ったセイバーの言葉を士郎は何も言うことなく、唯々聞き
入った。彼のそんな様子を感じながら、ぽつりぽつりとセイバーの口
から言葉が紡がれていく。
﹁王とはつまり、皆を守るために、一番多く皆を殺す存在です。だか
ら、王とは人ではない。人間の感情を持っていては、人間は守れない。
そう決意して、私は多くを守るために小数の人間を切り捨てたので
す﹂
紡がれた言葉は、いずれ士郎も通ることなる可能性が高い茨の道。
その道を歩いた少女の想いを、彼は自身の胸にも刻み付けていく。
﹁その時、決意したはずなのに、少数の犠牲で多くを救うと決断するた
びに、誰かを犠牲にしなければならなくなると思うたびに身を切られ
るような思いになった。だから、士郎がそうやって思い悩むことは、
135
恥じるようなことではありません﹂
セイバーはそう言い切って、士郎の目を見つめる。彼女の視線を受
けて、士郎は柔らかく微笑んだ。
﹁セイバー、ありがとう。気を使ってもらったな﹂
﹁いえ、少しでも気が楽になってくれたのならよいのですが⋮⋮﹂
セイバーはそう言って言葉を濁す。だが、それを振り払うようにし
てこう言った。
﹁選ばなければならないのは士郎自身です。望もうとも、望まざると
も、いずれその時はやってくる。だから、決して後悔のない選択を﹂
﹁ああ﹂
士郎はいつか来るその時のために、覚悟を固めてくれようとしてい
るセイバーの言葉に対して、強く頷いた。
長い沈黙が場を支配する。士郎はセイバーの言葉を吟味しながら、
ある可能性に気付く。それは聞かれたくないことだろうと彼は思う。
だが、士郎は躊躇うような素振りを見せた後、それでも確かめなけれ
﹂
ばならないと思い、意を決して言葉を紡いだ。
﹁セイバーは⋮⋮ 後悔、してるのか
?
﹁︳︳︳っ﹂
セイバーは僅かに息を飲む。それだけ、士郎の言葉は彼女に突き刺
さったのだ。セイバーは、静かに呼吸を整える。
﹁⋮⋮そう、だったのでしょう。だから、私はこの聖杯戦争において聖
杯を手に入れ、王の選定をやり直しを願うつもりでした。ですが⋮⋮
﹂
だが、そうはならなかった。慎二の口から語られた聖杯の真実。そ
れを裏付けるかのように彼の体からあふれ出た、禍々しい魔力。セイ
バーは、慎二の言に嘘が無かったことを嫌というほど見せつけられ
た。
﹁それももう叶わない。それに、士郎と慎二の問答を聞いて、考えさせ
られたのです。自分の歩んだ道の在り方を﹂
セイバーは思い出す。慎二と対峙した時、彼の問いかけに対し、血
を吐くような声色で紡がれた士郎の答えを。その答えを是とした、慎
136
二の表情も。失ったことを否定せず、それを乗り越え、前を向いて歩
んだ者たちの在り方を。セイバーはその光景が目に焼き付けられた。
契約を結んだサーヴァントとそのマスターは夢を介してその過去
を知ることがある。だから、セイバーは士郎の過去を知っていた。だ
から、セイバーは慎二の言葉を士郎が肯定すると思っていた。否、肯
定しなければならないと思っていたのだ。
だが、彼はそれを否定した。あの時、セイバーは思わず呼吸を止め
てしまった。あまりにも強い衝撃を受けてしまったから。彼女は士
郎とは違う。なかったことにしたかったのだ。
セイバーが岩から剣を抜いた日、その時剣を抜いたのが別の人物
だったのなら、自分よりも王にふさわしい人物だったのならば、平和
な国を築くことができたのではないか。そう思ってしまったのだ。
だから、彼女は士郎に問いかける。彼女にはわからなかった。
﹁だから、私からも一つだけ、尋ねさせてもらっていいでしょうか﹂
﹁ああ、構わない﹂
﹂
﹁士郎は何故、慎二の問いに対し、あの答えを出すことができたのです
か
?
何故、士郎がその選択をすることができたのか、慎二の問いに対す
る答えを選び取ることができたか。
﹂
セイバーの揺れる瞳の色を見て、士郎は瞑目する。
﹁すこし⋮⋮ 長い話になるけど、いいか
士郎の言葉。それに、セイバーは無言で頷いた。
そして士郎の唇から言葉が紡がれる。彼の歩いた道の記憶が。
地獄を見た、それは彼が■■士郎から衛宮士郎になるきっかけと
なった光景。助けてくれ、痛い、そんなうめき声がかすかに聞こえる
焼け落ちた街の中を、士郎は一人で歩いていた。そんな地獄の中で少
年は唯々、歩き続けた。
助けを求めて、誰でもいいから助けてほしくて、自分には助けられ
ないから、そういって助けを求める声に耳をふさいで、唯々歩き続け
たのだ。
そこまでしたからには一秒でも長く生きねば嘘だと思った。だが、
それでも助けを求める声は少年をさいなみ続ける。助けを求める声
を無視して歩き続けることが、生きていることが辛くて仕方がなかっ
た。
だが、少年は崩れ落ちていく命たちに謝ることだけはしなかった。
謝ってしまえば心が楽になると知っていたから。心を楽にして、逃げ
るための謝罪など、どんな言葉よりも軽々しい。だから、少年は謝ら
なかった。それは逃げるための言葉でしかなかったから。
そんな地獄の中で歩き続けた少年は願った。この地獄を覆してほ
しいと。
少年は思った。誰かの力になりたかったと。
結局、何もかも取りこぼした少年の果たされなかった願い。それこ
そが、彼にとっての原初の地獄での想い。
そしてその地獄の中で助かったのは少年だけ。彼の手を取り救っ
てくれた男は、少年を助けたのは彼のほうだというのに、誰よりも救
われた顔をしていた。その顔を少年は今でも覚えている。
137
?
その男の掲げた理想が、誰かのためになりたいという願いが、綺麗
だったから憧れた。
そして、少年は月の光の下で、自身を助けた男とある約束を交わす。
男の目指した正義の味方の夢を、少年が引き継ぐという約束を。
約束と憧れ、そして自分だけがあの地獄から生き残ってしまったと
いう罪悪感から、少年は人の為になるよう固執するようになる。
それから幾日もの時間が経ったとき、少年は︳︳士郎は、後に友と
なる男と出会った。
カチリ、カチリ。自身の過去を言葉で辿る度、何かが士郎の中では
まっていくような不思議な感覚を彼は覚える。
︳︳そうだ、あの時俺は願っていた︳︳
この地獄を覆してほしいと。誰かの力になりたかったと。
︳︳あの時、思ったはずだ。こんな地獄の底にいる人たちを救える
ようになりたいと。自分のような思いをする人がいないように。そ
んな人を助けられるようになりたいんだって︳︳
﹁誰かのためになりたいって思いは絶対に間違いなんかじゃない﹂
士郎のその言葉に、王になる前の少女が放った言葉が、痛烈なまで
にセイバーの心に思い起こされる。
︳︳そこでは誰もが笑っていました。それは間違いなどではない
でしょう︳︳
そして言葉を紡いでいる士郎自身も、を噛締めるようにして、想い
を語る。
﹁だから、その道が、今までの自分が、間違ってなかったって信じてい
る。置き去りにしてきたものの為にも自分を曲げる事なんてできな
い﹂
その言葉が、セイバーの心に深く突き刺さる。鼓膜に焼き付いて頭
から離れない。教会での言葉、そして今、彼の口から紡がれている言
138
葉が彼女の心の中で溶け合い、確かな意味を持ち始める。
選定の剣を岩から抜いたその日、セイバーは少女としての心をその
人間としての心を排した王としてのものなのだ
場所に置いてきた。そして、今選定をやり直したいと思っているの
は、誰の心なのか
ろうか。
︳︳それは違う︳︳
自身の願いは、まだ普通の少女だったころ︳︳アルトリアだったこ
ろの心から零れたものだ。王としてのものではない。
王としての彼女が信じる者は、王である自分のみ。彼女が自分の歩
んだ道を否定することは、彼女が奪った多くのものを、彼女を信じて
付き従ったものたちを、否定することに他ならない。
教会で、慎二と切り結んでいた士郎の言葉は、失くしたものは戻ら
な い。そ の こ と を 伝 え て い た の だ。そ し て、そ の 言 葉 を 紡 い だ 士 郎
も、それを肯定した慎二も、誰よりもそのことを理解していたのだ。
きっと二人ともたくさんのものを失くしたのだろう。切り捨てたの
だろう。
だが、セイバーの見た二人に後悔の色などあっただろうか。
答えは否。その道で迷うことがあっても、苦しむことがあっても、
悲しむことがあっても、きっと後悔だけはしなかったものの強さだけ
が存在していた。
ならば、彼女自身が王として生きて歩いてきた道。そこでは常に冷
徹であり続け、正しい判断を下してきた。そこに間違いなどなかった
と、彼女は強く思える。
それでも︳︳国は滅びてしまったけれど、その結果であるのなら、
それを受け入れるべきだった。自分の一生が、王として生きてきた道
が、少女だったころの自分が下した決断は、すべてがすべて彼女の誇
りだ。
己の歩んだ道に後悔がないなら、やり直しなど求めるべきではな
かったのだ。
﹁ありがとう。士郎、私は貴方のおかげで心の底から思うことができ
る。私に必要なものは、すべて私の手の中にあったのだと。騎士とし
139
?
ての誇りも、王としての誓いも、王ではなくただ一人の少女として︳
︳︳︳アルトリアとしてみたただ一度の尊い夢も︳︳私はもう、過去
のやり直しなど望まない﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
︳︳
セイバーは、迷いの晴れた表情でそう言った。そんな彼女を見て、
士郎は嬉しそうに笑う。
︳︳セイバーの迷いは晴れた。なら、俺は
それと同時にそんな思いも彼の中に湧き上がる。
慎二は覚悟が決まったら改めてかかってこいと言っていた。精々
後悔せず、摩耗しない程度の選択をすればいい、とも。ならば、士郎
が後悔しない選択とは何だろうか。
士郎があの地獄で願ったものは何だったのだろうか。
﹁︳︳︳︳︳︳﹂
それは、この地獄を覆したいと、誰かの力になりたいと、零れる命
を助けたいと願ったはずだ。
そして今、慎二は歪んだ聖杯を用い、己が願いを成就させようとし
ている。たとえ地獄の業火に身を焼かれることになろうとも、きっと
彼はそれを為すだろう。
そこに、どんな苦しみがあったのか。士郎にはわからない。慎二が
自身の願いの為にイリヤスフィールを殺したことを飲み下せたわけ
ではない。だが、それでも士郎は彼の願ったものが、間違いではない
と信じている。その過程がどれほど残酷な者であっても、それだけは
確信できた。
ならば、慎二を殺して聖杯を使わせないことが後悔しない道だろう
か。それとも、慎二を殺さず聖杯を使わせてしまう道だろうか。
︳︳どっちも違う︳︳
そう、そのどちらも違う。
︳︳俺は両方とも諦めない︳︳
それは簡単でものすごく難しいことだ。それでも士郎はそれを選
んだ。結局、選んでしまったのだ。
殺す覚悟をしてそれを為せば、きっと士郎は一生それを悔やむこと
140
?
になる。ならば、殺さない覚悟を決めるだけの話。言葉にするのは容
易い。だが、それはいばらの道だ。慎二を殺して止める事よりも、よ
ほど難しいことだ。
︳︳それでも︳︳
﹁なあ、セイバー。俺は慎二を絶対に殺さない。あいつを止めて、歪ん
だ聖杯も使わせない﹂
﹁はい﹂
﹂
﹁これは逃げに走った弱い選択かもしれない。それでも、お前は俺と
戦ってくれるか
そう言った士郎の目には確かな覚悟の光が宿っていた。それを見
たセイバーは静かに言葉を返す。
﹁奪わず相手を制すのは、相手から奪うことよりも難しい。士郎、貴方
の選ぼうとしている道は、私の望んだ者よりも険しくなるでしょう。
私よりもたくさんのものを失うのかもしれない﹂
だが、と彼女は顔を上げて士郎と目を合わせる。
﹁それを選んだあなたを弱いなどというつもりはありません。だから
︳︳﹂
セイバーは士郎の手を優しく握った。
わたし
﹁貴方に揺るぎのない信頼と敬愛を。王としての私ではなく、何も守
ありがとう﹂
れなかった少女ですが、最後に、全霊をもって貴方の剣になると誓い
ます﹂
﹁ああ
慎二とライダー、士郎とセイバー。彼らは確かな絆と覚悟を胸に、
最後の戦いへと歩き出す。
そんな中で、彼女だけは憂鬱な表情で自身のサーヴァントへと言葉
141
?
そう言って彼は彼女の手を握り返す。
!
をかけた。
﹁アーチャー⋮⋮ いいえ、こう言った方がいいかしら
・・
士郎﹂
アーチャーは、それを否定することなく、その双眸に凛の顔を映し
ていた。
142
?
第七話後編
﹁やっぱり、気づいてたのか﹂
そう言って、アーチャーは静かに微笑んだ。彼の口調は凛のよく知
る男のもの。だからこそ、目の前の微笑みが酷く悲しいものに見え
て、凛は思わず目を逸らしたくなった。だが、凛はそれだけはしない。
目の前の男は、これから起こる出来事を全て乗り越えてきたのだ。
アーチャーは彼女自身がよく知る男であるのと同時に、サーヴァン
トでもある。マスターである凛が自分のサーヴァントから、彼が乗り
越えてきたものから逃げ出すなど、彼女のプライドが許さない。
だけれど、心が軋んだ音を立てる。
﹂
いつから私がアンタの正体にたどり着いたことに気が付
それを悟られまいと、彼女は威勢のいい笑みを自身の顔に張り付け
た。
﹁ふぅん
いたのかしら
﹁英 霊 の 記 憶 は 夢 を 介 し て マ ス タ ー と 共 有 さ れ る。そ の 知 識 を 前 提
に、いずれこうなることは想定していたからな。そこから考えれば、
﹂
今朝の反応からして、可能性は十分にあった。それに︳︳﹂
﹁教会での戦闘、あの時の私の対処が速すぎた。でしょう
凛の言葉に、アーチャーは静かに頷いた。
﹁⋮⋮はぁ、本当に嫌になるわ。あの記憶が真実なら、桜のことも、そ
ら。
ころの記憶では、そのとき彼女は自身のサーヴァントを失っていたか
そして、極めつけは令呪のタイミングだ。アーチャーが士郎だった
に。
まるで、どのタイミングで相手の攻撃が来るのかがわかっていたよう
だが、彼女はあの時、確かに最適なタイミングで反撃を繰り出した。
でも難しいことだ。
なサーヴァントの動きに合わせて反撃を繰り出すのは、一流の魔術師
投じることはできていなかった。そもそも、接近戦を得意とするよう
あの戦闘。アーチャーが知る歴史では、凛はあそこまで速く宝石を
?
143
?
?
れを助けた慎二の話も事実ってことになるじゃない﹂
そう言って目を伏せた凛の、今までの虚勢が剥がれ落ちかけている
彼女の心情はいかほどのものだったのか。アーチャーに推し量るこ
とはできない。
凛は、ずっとこう思ってきたのだ。きっと桜は幸せに暮らしている
のだろう、と。
しかし、蓋を開けてみれば、桜は地獄の窯の底のような場所に堕ち、
それを救い上げるために慎二は地獄への道筋を歩んだ。たとえ大切
な者を傷付けることになったとしても、自身が傷つくことになったと
しても、足を休めることもなく。
その結末に救いはあったのを、凛は確かに垣間見ることができた。
それでも、凛はそんな終わりを悲しく思う。何故なら︳︳
﹁慎二はもう助からないわ﹂
﹁ああ、嫌ってくらいに思い知らされてるよ﹂
144
アーチャーは静かに呟いた。そう、嫌というほど思い知らされてい
るのだ。アーチャーが士郎だったころも。そして今も。
彼は僅かに目を細め、空に浮かんだ月を見上げる。
﹁だけど、あいつは一欠片の後悔もなく自分の命を終わらせる。きっ
と誰よりも幸福な生活を望んでいたくせに、それを捨てて、自分のわ
がままを全て叶えて﹂
﹁自分の大切な者の為に誰よりも苦しんで、最後に満足して終わる、
か。なんであいつが自分の命を諦めたのかは、アンタの記憶を見てよ
く分かってるわ﹂
そう、彼女はすべて知ってしまった。慎二が桜と士郎の為に自身の
命を諦めたことを。二人にかけられた呪縛を解くために、そして自身
の魔術師としての本懐すら成し遂げるために、すべての行動が積み上
げられていたことを。
﹁で も、そ れ で も 自 分 が 助 か る 道 を 選 ん で も 良 か っ た じ ゃ な い
⋮⋮﹂
で桜を、自分の大切な者を助けることが出来ず、慎二が何のために今
凛は自分の声が震えそうになるのを必死にこらえる。自身の無知
!
までの行動を積み上げてきたのか理解することが出来なかった。そ
して、妹である桜を助けてくれた彼は確実に命を落とすことになる。
凛はそれが酷く悲しくて、悔しかった。
ついに俯いてしまった彼女の頭をアーチャーは優しくなでてやる。
それで凛の中で制止めていた感情があふれ出してしまった。
﹁私はあいつに桜を助けてくれた礼を言うことも、今から助けるため
に動くこともできない。もうどうしようもないくらいに慎二の身体
は壊れてる⋮⋮ 私があいつの行動に報いることが出来るとしたら、
何もしないことだけ。そうしなきゃ、あいつの積み上げたものすべて
が無駄になるわ﹂
﹁ああ⋮⋮ 本当にひどい話だ﹂
そう言ったアーチャーの声色が、凛にはただただ悲しかった。
アーチャーにとって、衛宮士郎にとって、間桐慎二は親友だ。今ま
でも。そして、これからも。
慎二とは敵同士だということと桜の義兄であること以外にほとん
ど接点がなかった凛ですら、悔しさと悲しさをうまくかみ殺すことが
出来ないというのに、目の前の男はそれを飲み下し、糧にした。それ
はどれほど苦しいことだったのだろう。
それに思い至ると同時に、悲しみがあふれ出しそうになる。でも、
アーチャーのマスターとして、凛はその感情を飲み下す。目の前の男
が一番苦しいはずなのに、それでも親友の想いを汲み取って、痛みを
飲み下した男の目の前で、これ以上彼女は弱みをさらすことだけはし
たくなかったから。
﹁ええ、本当に馬鹿みたいに酷い話⋮⋮ でも、いつまでも下向いてい
られないわよね﹂
そう言って、凛は静かに顔を上げ、アーチャーの双眸と視線を合わ
せる。
﹁私はあいつに何もしてやることはできないけど、最後まで戦って、こ
の聖杯戦争がどうなるのか見届けたいと思ってる。じゃないと、桜を
助けてくれた慎二に鼻で笑われちゃうわ。だから、最後まで私と一緒
に戦ってちょうだい﹂
145
﹁元よりそのつもりだとも、凛﹂
アーチャーは元の口調に戻り、ニヒルな笑みを口元に浮かべた。
それを見た凛は、思わずこう呟いた。
﹁なんというか、士郎がそんなドヤ顔かましてると思うと、中々面白い
ものがあるわね﹂
﹁おい、茶化すな﹂
アーチャーは何だか恥ずかしくなり、眉間を抑える動作をして、赤
くなった顔を隠した。そんな様子に、少しだけ彼女は安心する。
︳︳よかった、ちゃんと笑えるのね︳︳
そのことに少しだけ救われた凛は、バシバシとアーチャーの背中を
叩きながらこう言った。
﹁今朝、私の頬にご飯粒がついてるとか言って、恥かかせられたからそ
のお返しよ。じゃ、私はもう寝るから、いつも通りあたりの警戒をよ
ろしくね﹂
﹁⋮⋮はぁ、分かった。分かったから悪魔のような表情を浮かべるの
はやめてくれ。冬のテムズ川を思い出す﹂
そう言ったアーチャーの額からは、冷や汗が一筋滑り落ちていた。
ものすごく苦々しい表情をしたアーチャーに凛は首を傾げるが、その
まま眠りにつく。
明るい月が優しく照らす夜の中で、それぞれが決意を固めた。優し
い時は過ぎ去り、もう二度とたわいのない日常へと戻ることはできな
い。もう止まることも、止めることもできないのだから。
夜は終わり、朝を迎えた。そして、慎二は気怠そうに体を起こし、自
身の体の調子を確かめる。
﹁まだ、動けるな﹂
そう言って、自身の手を確かめるように拳を握る。サーヴァントが
消滅し、聖杯へと還っていくたび、慎二は自分の身体の感覚が削げ落
ちていくのを感じていた。
146
そして、時間が経つごとに、自身の肉体から生命力がなくなってい
くのを感じる。それでも、後一度は戦えるだろう。
幸か不幸か、ギルガメッシュを倒すことが出来なかったことによ
り、肉体への負担が想定よりも抑えられたことが唯一の救いといった
ところだ。手駒を増やすこともでき、昨夜の戦闘の結果としては上々
と言える。
﹁おはようございます。慎二﹂
ライダーが朝食をもって、慎二の元へと歩いてくる。そんな風景に
も、もう慣れたものだ。最初は、なんとなくむず痒く、なれなかった
光景も、今はストンと心の中に納まっている。
それも、もうすぐ終わってしまうのだけれど。
︳︳らしくない⋮⋮ ライダーにあんなこと言っておいて、こんな
気持ちになるなんてさ︳︳
少しだけ感じた寂寥感。それを否定することなく彼は自身の心で
受け止める。
彼の決意はゆるぎない。だけど、少しだけこんな日常が︳︳慎二の
望んだものが︳︳続けばよいと、本当に少しだけ思ってしまったの
だ。
わずかに口元に笑みを浮かべ、ライダーから朝食を受け取る。
数日前までは、居間まで食べに立ち上がっていたというのに、今で
はそれすら億劫になるほど体が重い。
﹁ま、もらっておいてやるよ。案外お前の作るものは美味いからさ﹂
慎二にしては素直な言葉が紡がれる。ライダーもそれについて何
も言うことはなく、慎二の頭にできた寝癖を直していく。
本当に、穏やかな日常だった。もうすぐ終わりを迎えることなどみ
じんも感じさせないほどの、優しくて、温かい時間が流れる。
機
能
慎二は静かにライダーの作った食事を口に運んだ。もう、その味を
機
能
感じるための味覚も停止している。それでも、慎二はそれを美味しい
機能
と感じた。味を感じるための味覚はなくなっても、想いを感じるため
の心はまだ残っているから。
﹁ん、ご馳走様。皿は下げとけよ﹂
147
﹁分かりました﹂
そう言って、ライダーは静かに食後の皿をもって台所まで運んでい
く。
それを見送ると、慎二は静かに思考を巡らせ始めた。
︳︳大聖杯に仕掛けを施すのは確定として、後は柳洞寺と冬木大橋
のどちらで決着をつけるかだね⋮⋮︳︳
どちらも、魔術的な結界を施すのならば、優秀な場所と言える。柳
洞寺は龍脈が集まっているし、冬木大橋は前回の聖杯戦争でキャス
ターが色々やらかしてくれたおかげで異界化させやすくなっている。
︳︳基本は冬木大橋で戦わせて、本命は柳洞寺で決着をつけるとす
るか︳︳
サーヴァントを大聖杯のある場所の近くで戦わせた場合、不測の事
態が起こらないとも限らない。それに、慎二は最後の決着を誰にも邪
魔はされたくないのだ。
そのための下準備を怠るわけにはいかない。
﹁ああ、やだやだ。楽に事を運びたいんだけどね⋮⋮﹂
そう呟きながら慎二は、再び体を寝台にあずける。瞼が、体が重い。
ひとたび眠りについてしまえば永久に目覚めることが出来なくなっ
てしまうのではないかと思ってしまうほどに。
眠りについてしまいそうになる自分を律して、慎二は魔術を行使す
る。使い魔たちが現れ、各地へと散っていく。
﹁慎二、あまり無茶をしないでください﹂
食器を片づけて戻ってきたライダーが使い魔を放っている慎二を
見て、そう言った。咎めるような声色だが、言っても無駄だとわかっ
ているので、若干諦念も混じっている。
そんなライダーに対し、慎二は静かに笑った。
﹁無茶はしてないさ。できることをしているだけだよ。なんの問題も
ない﹂
﹁⋮⋮時間がないのですね﹂
﹁ま あ、そ う い う こ と。も っ て、三 日。早 く て 明 日 っ て と こ ろ。こ
りゃ、あそこでギルガメッシュを倒さなくて正解だったかもね﹂
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何でもないことのように言うが、その言葉の意味することは、慎二
に残された時間に他ならない。ライダーは思わず息を飲んだ。それ
﹂
﹂
でも、それ以上の動揺を見せることなくライダーは静かに問いかけ
る。
﹁決行は
﹁今夜﹂
﹁準備はどうするつもりですか
少しでも体の負担を減らしたいんだよね﹂
﹁さっさと済ませる。ほら、分かったらさっさと僕を担いで移動して
くれない
口では軽く言っているが、どうやら相当体にガタが来ているよう
だ。後一度戦える見積もりだとはいえども、普通なら、もう身体の機
能のすべてが停止していてもおかしくはない。
そうなっていないのは、ひとえにキャスターの魔術や、昨夜の戦い
で手駒に加えたランサーの記憶に接続したことによるルーン魔術を
使うことが出来るようになったおかげだ。
どこかぐったりとした様子の慎二をライダーはお姫様抱っこで抱
き上げる。
﹁おい、僕は担げって言ったんだけど⋮⋮﹂
﹁こちらの方が、慎二の身体に負荷がかからないと思ったので﹂
ライダーはどこか飄々とした態度でそう言った。慎二は確信する。
︳︳こいつ、面白がってやがる︳︳
羞恥がこみあげ、慎二は必死に暴れてライダーの腕から抜け出そう
とする。
﹂
ここで無茶をすれば本懐を為すことが出来ないか
﹁やっぱり自分で歩くから降ろせ
﹁いいのですか
!!
﹁この程度恥の内にも入りませんよ。弱っているときは誰かに頼るこ
﹁くそ、一生の恥だ⋮⋮﹂
は満足そうに頷くと、慎二を抱いたまま屋敷の外へと歩みを進める。
ころを見ると、観念したらしいことがわかる。それを見て、ライダー
ライダーの言葉に慎二はぐっと押し黙った。おとなしくなったと
もしれませんよ﹂
?
149
?
?
?
ともよい経験ですから﹂
﹁そうか、そうかもな⋮⋮﹂
慎二はすうっと目を細める。今まで慎二は誰かを利用することは
あっても誰かを頼ったりすることは無かった。どんな状況になって
も、自分だけで何とかしてきた。
思い返せば慎二が誰かを明確に頼ったのはライダーが初めてだっ
たのかもしれない。自分のわがままを通すために、ずいぶんと無茶を
したものだと彼は思う。
そんなことを頭の隅に思い浮かべながら、慎二は苦笑を顔に浮かべ
て静かに呟いた。
﹁ん、じゃあ動くのは任せる。まずは柳洞寺から﹂
﹁了解です﹂
屋敷の外へとでると、ライダーは真っ先に認識阻害が施してあるバ
イクへと歩みを進め、その後部に慎二を降ろす。そして釘剣の鎖の部
分を出現させるとそれで自分と慎二の身体を固定した。
﹁おい、鎖が地味に痛いんだけど﹂
﹁今の慎二では、私の身体にしがみつくだけでも負荷が大きすぎると
判断したので﹂
ライダーの言葉は正しい。実際、慎二はライダーにしがみつくのも
億劫だと思っていた。自分の考えたことや思ったことが把握されて
いることに、慎二は微妙な表情をするが、不思議と嫌な感じはしな
かった。
﹁わかった、わかったよ。好きにしろよ。ったく﹂
慎二は表面上は文句を言って、不服そうにしながらライダーに体を
預ける。それに対して、ライダーは優しく微笑んだ。慎二が自分のこ
とを頼ってくれるのが純粋に嬉しかったから。
そして、二人は冬木市を駆け巡る。最期の仕上げをするために。
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慎二たちが冬木市へとバイクでかけているのとほぼ同時刻。教会。
いや、教会跡地というべきか。そこに立っている男が二人。何処か愉
快そうな笑みを浮かべながら言葉を交わしていた。
﹁あの慎二という男は面白い。まるで燃え尽きかけた蝋燭のような短
い命を燃やし、最後の最後まで自身のわがままを完遂しようとしてい
る。その様はなんとも無様で、実に見ごたえと見どころがある﹂
﹁ずいぶんと間桐慎二のことを気に入ったようだな、ギルガメッシュ﹂
﹁ああ、ずいぶんと面白いものを見つけることが出来た。いささかは
しゃぎすぎたがな﹂
二人の男︳︳ギルガメッシュと綺礼は崩落した教会を見つめる。
﹁ずいぶんと派手に壊してくれたものだ。これは後任の監督役がさぞ
苦労することだろう﹂
﹁その様を想像して口元を歪めるところは実にお前らしいな、綺礼﹂
﹁なに、後任の監督役はさぞ面白い人選がなされるだろうと思っただ
けだけだ。他意などないさ﹂
ギルガメッシュは、綺礼の言っていることは事実だが、自身の見立
てもそう間違っているとは思わなかった。事実、普段の二倍ぐらい彼
の口元が歪んでいる。要はどちらにも愉悦を覚えているのだろう。
﹁お 前 が そ う い う と い う こ と は、後 任 に も 心 当 た り が あ る よ う だ が
⋮⋮ ま あ よ い。そ ろ そ ろ 慎 二 も 動 き 始 め る こ ろ だ ろ う。奴 に 残 さ
れた時間を考えると今晩が山場といったところだな。お前も戦う用
意をしておけよ﹂
﹁やれやれ。私はそこまで戦いというものが得意ではないのだがね。
まあよい、私も最後まで楽しませてもらうとしよう。妹弟子が牙をむ
いて襲ってくるだろうからな﹂
そう言った二人の表情はどこまでも愉悦が滲みだしていた。きっ
と今夜は愉しいことになるだろう、そんな確信めいた思いが彼らの胸
を過ったのだ。
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旅
路
遂に一人の少年の人生は終わりを迎えることとなるだろう。その
結末は、少年とその共犯者、そして正義の味方しか知りえない。
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