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2030年の百貨店
マーケティング機能再考からの新
しい時代適応の構想
Vol.3 No.2
宮副謙司
青山学院大学
日本マーケティング学会ワーキングペーパー Vol.3 No.2
発行: 2016年12月25日 更新: 2016年12月27日 https://www.j-mac.or.jp/wp/dtl.php?wp_id=31
「2030 年の百貨店」マーケティング機能再考からの新しい時代適応の構想
要約
本稿は、将来時点を 2030 年に設定し、今後の百貨店のあり方をマーケティング機能の観
点から考察する論文である。その時点では人口の高齢化、単身世帯の主流化、情報通信技術
(ICT)の進化が予測されるが、とりわけ ICT はものづくりを大きく変え、顧客の個別オー
ダー型の商品製造、その短期化を可能にし、百貨店の営業を従来の既製品を売場に大量に品
揃え販売する体制から、個別受注で製造しオムニチャネルで販売する体制へ変えていくと
予想される。
2030 年の百貨店では、店頭はリアルで必須とされる試着や相談などの機能を重視し、店
舗規模は小型化する(売場面積 6~8,000 ㎡を想定)。営業人員配置も店頭から外商へシフ
トし、地域ビジネスを本格的に行う体制になる。また商品販促や販売員接客トークなどは価
値あるコンテンツとしてデジタル化し、ウェブ・カタログ・店頭で統合的に配信される。
以上のように 2030 年の百貨店は、顧客の生活の豊かさへ向け、新しい形で価値創造・伝
達・提供のマーケティング機能を発揮し、現在のような商品×場の装置型産業から脱してい
くと考えられる。
キーワード:価値の創造・伝達・提供、オムニチャネル、ものづくり変化、価値提供の実現
技術、生活知と販売知
1.百貨店についての問題意識
百貨店の閉店が相次いでいる。従来のように地方百貨店ではなく、最近では柏そごう、千
葉三越、筑波西武、多摩センター三越、堺北花田阪急、八尾西武など大手百貨店の大都市圏
の支店にも閉店の波が及んでいる。そしてさらに課題が深刻なのは、この 10 年ほどの期間
に巨額な改装投資で最先端の売場へリニューアルしてきた本店・旗艦店でさえも売上の前
年割れ傾向が始まったことである。
例えば、伊勢丹新宿店は 2013~15 年のリニューアルで本館のフロア中央に情報発信ゾー
ンを設け、きらびやかな天井など売場環境を変えたことで店舗イメージが各段に高まった。
一方で大都市圏の支店は従来型売場環境であるため、同じ伊勢丹といえども本店と支店と
のイメージギャップが顕在化した。また店舗面積 2~3 万㎡規模の支店では顧客にとって品
揃えも中途半端に感じられ買う気が薄れ、多少遠いが本店まで行って買うか、ネットで買う
ということになり、支店の売上不振に拍車がかかったと解釈される。
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しかし最新の売場環境を整え十分な品揃えがある 5~6 万㎡クラスの本店・旗艦店までも
売上不振となってくると、百貨店の店舗規模の問題(特に婦人ファッションの売場面積の過
剰感)も顕在化してきたと言わざるを得ない。
また百貨店の店舗規模問題は、そもそも品揃えや売場構成といったマーチャンダイジン
グ(MD)が顧客ニーズに合致しているのかどうか、すなわちマーケティング論で言うとこ
ろの「価値の創造」の問題であり、さらに顧客への品揃えの見せ方や買い回りやすさといっ
た「価値の伝達」の問題、そして売り方・販売形態、すなわち「価値の提供」の課題でもあ
る。まさに価値の創造・伝達・提供というマーケティング全般で、百貨店は根本的課題を抱
えているということになる。
三越伊勢丹の大西社長は、新聞記事(2016 年 10 月 2 日付け日本経済新聞)で以下のよ
うにコメントしている。
「これまでもリーマン・ショック後などに消費の環境が大きく変化したことはあったが、
今ほど危機感を持ったことはない。今は(百貨店事業の)先を見通すことができないのが実
情だ。足元の低迷はインバウンド(訪日外国人)需要の落ち込みと言われるが、本質ではな
い。百貨店のビジネスモデルの構造的な問題と、主要顧客である中間層の消費の低迷が背景
にある。抜本的に改革しなければ、会社の存亡に関わる。」
この発言は、日本の百貨店業界トップ企業の経営者の発言だけに意味は重いと考える。
しかし、一方でマーケティング機能に着目すれば、百貨店のその機能は他の業態ににない特
徴を持っており、その機能を再考し、これから先の時代環境に適応することで、百貨店の新
たな成長の可能性を広げられるのではだろうか。
そこで、マーケティングの基本である顧客に向けた価値創造・伝達・提供のあり方から百
貨店の特徴と強みを考えてみよう(図-1 参照)。
百貨店は、衣料品・食料品・生活雑貨などのメーカー・生産者に留まらず、美術・呉服作
家・ファッションデザイナー・サービス企業、あるいは地方の中小企業、海外の企業など、
幅広い商品仕入先・関係先を保有する。そこから得た商品・情報・サービスを束ね、顧客へ
向けた価値へと編集する(価値の創造)。まさに、その取扱商品の幅広さ、すなわち取引先・
関係先の幅広さが百貨店の業態特徴の一つである。
そして創造した価値を、店頭のビジュアルマーチャンダイジング(VMD)や、人を介し
た接客、売場イベント、広告、ウェブ、ソーシャルメディア(SNS)など多様な媒体によっ
て確実に伝達する(価値の伝達)
。さらに店頭や外商、催事など人手を介する販売や、ネッ
ト・テレビ・カタログの通販など、多様な販売形態で価値を提供する(価値の提供)
。百貨
店は価値伝達・提供の手段も幅広い選択肢を持っているのである。まさにこれからの小売テ
ーマとも言われる「オムニチャネルリテイリング」の手段・形態をも、百貨店はすでに保有
していると見ることができる。
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これまでの歴史を振り返っても、百貨店は草創期には海外輸入品及び生活文化の日本市
場に導入してきた。その後も時代のファッション、グルメ、生活スタイルの提案・普及(大
衆化)というマーケティング機能を長年発揮してきた。そして現在の検討課題は、今後の百
貨店が行うべき、時代にふさわしい価値の創造・伝達・提供はどのようなことなのかという
ことである。
そこで本稿では、これからの百貨店のあり方をマーケティング機能の視点から捉え、具体
的にどのような店舗展開にするとよいのかを構想したい。
まず、
「これからの」あるいは「将来の」という期間設定であるが、本稿では「2030 年の
百貨店」を考えることとする。2020 年くらいを目標とする中期戦略は百貨店各社ですでに
策定済みであろうし、さらに 10 年先を設定する方が現在からの延長線上で戦略発想するこ
とが少なく、より革新的な百貨店のあり方が構想されると考えるからである。
2.2030 年の小売環境と百貨店の可能性
2-1.百貨店を取り巻く外部環境
2030 年における百貨店の外部環境としては、まず消費者セグメントの変化が著しい。人
口の高齢化(団塊世代 80 歳代、団塊ジュニア 50 歳代)、世帯の単身化(ファミリー層を顧
客ターゲットの第一でなくなる)
、外国人観光客・滞在客の増加と定着などがあげられる。
また ICT の進化は当然で、ネットショッピングの一般化、浸透はもとより、
「AI」(人工
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知能)による店頭での商品説明・売場接客・試着や購買決済・配送の高度化が進むだろう。
そしてメーカーのものづくりが変化し、それに伴って小売の店頭品揃えや在庫の持ち方も
現在と比較し、かつてないほどに革新すると予測される。
人口構造の変化:日本市場において、人口はすでに減少局面に入っているが、それでも人口
のボリューム層の 2 つである団塊世代(1947~49 年生まれ、現在 67~69 歳)と団塊ジュ
ニア世代(1971~74 年生まれ、現在 42~45 歳)がマーケティング的に注目される。これ
までいくつかの消費のブームを生み出してきたからだ。そして 2030 年の注目点は、その 2
つの世代が、ともにシニアになっているということである。団塊ジュニア世代(子)が、団
塊世代(親)を支えながら 60 代になろうとしているのが、2030 年の社会状況なのである。
家族構成の変化:2010 年の時点で、すでに日本の世帯数は、夫婦と子供から成る世帯の数
(1,447 万世帯)よりも、一人暮らし世帯の数(1,678 万世帯)が多くなっている。今後、
未婚率の上昇や団塊世代の死別・離別の増加などから、一人暮らし世帯はさらに増え、夫婦
と子供で構成される、いわゆる「ファミリー層」の世帯は減り続け、2030 年代には後者は
前者の 6 割程度になってしまうと予測されている(三浦,2013)。百貨店やショッピングセ
ンター(SC)が当たり前のように戦略ターゲットとしてイメージする「ファミリー層」は、
2030 年には、もはや主流でなくなるということである。
生活の情報化:ICT は確実に急ピッチで進展している。消費者の購買プロセスごとに利
用可能の技術の進展を見ていくと、①商品探索プロセスではネット(PC あるいはスマート
フォン)からリアル店舗(売場)へ、あるいはリアル店舗(売場)からネットへ顧客を誘導
する「O to O: Online to Offline/ Offline to Online」と呼ばれる手法が語られる。②商品選
択では「試着」がリアル店舗でしか体験できないこととしてネットにないリアル店舗の強み
とされる。先端的な「VR(仮想現実)」システムを活用した試着システムの開発・導入も
試みられている。③決済では金融と連携した電子決済システム(Fintech)の技術開発が進
み、④商品入手・受取では、受取ボックスを街中や CVS に設置したり、リアル店舗で受け
取るようにしたりする「ピックアップ」あるいは「コレクト」と呼ばれる仕組みや高度なロ
ジスティックスシステムが整備され始めている。
主な情報通信機器の世帯別保有状況(普及率)を見ると(総務省「通信利用動向調査」)
、
2015 年末時点の普及率は、携帯電話 95.8%、パソコン 76.8%、スマートフォン 72.0%、タ
ブレット型端末 33.3%であり、ここ数年でのスマートフォンとタブレット型端末の急ピッ
チな浸透が目立つ。今後さらに浸透し確実に一般化すると予測される。
また実際の購買状況について、2015 年時点での消費者向け電子商取引の市場規模をみる
と
(経済産業省
「平成 27 年度我が国経済社会における情報化・サービス化に係る基盤整備」)、
業種別には「食料・飲料・酒類」
(前年比 110.5%、EC 比率 2.03)、
「衣類・服装雑貨」
(107.9%、
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9.04%)が急ピッチに伸長しており EC 比率も高まっている。
生産・ものづくりの進化:ICT 活用を前提として消費者の個別ニーズに対応しオーダーで
製品を設計・生産し、製品を届ける「オンライン型製造小売業」がファッション分野から多
数生まれている(米国「エヴァーレーン」
「MM.ラフルール」
、日本「ファクトリエ」
「ヌッ
テ」
「ビスコテックス」など)
。今後、顧客が望むものが ICT を活用することで短期に製造
できる時代となり、従来のような既製品を店舗に品揃えして販売する展開からは大きく変
わっていくことが予想される。
2-2.競合環境
また小売業の競合環境としても、現時点の好調業態も今後の環境の急変から現在からは
想像もしない低迷に陥る懸念もある。例えば、日用品などの消費財のコモディティ消費はネ
ット通販が主体となり、総合スーパー(GMS)は解体を余儀なくされる。家電量販店も台
規模店舗は不要になる。買物主体がシニア・単身者へシフトし、郊外のただ巨大なだけのフ
ァミリー向け SC は立ち行かなくなる。ファッション商品販売が店頭品揃え型でなくなれ
ば、駅ビルもテナントが歯抜けになり空洞化するか、あるいは小型化する。その結果、デベ
ロッパービジネスには多大な影響があると予測される。
アマゾン:アマゾン・ドット・コム(以下、アマゾンと略す)の日本事業の売上高は、2014
年に 9000 億円前後と推定され、年商 6~7 兆円のイオン、セブン&アイ・ホールディング
スに比べ小さいが大手メーカーを自社の戦略に巻き込むパワーは強大になってきている。
例えばアマゾンのサイトに 2014 年 10 月に「花王ストア」が登場した。1500 品目を扱う
初のメーカー専用ストアである。花王は物流センターのスペースの一部をアマゾンに貸し、
消費者からアマゾン経由で商品の注文があれば、花王物流センター内で商品をアマゾンの
スペースに移し、そこから消費者に直送する「ベンダーフレックス」という仕組みを実施し
ている。この取り組みは、従来スーパーなど既存の取引先への遠慮から商品供給に及び腰だ
ったメーカーの姿勢の変化を象徴する。この仕組みでアマゾンがメーカーとの連携を深め
ていくと既存の小売業は大きな影響を受けそうだ。
さらにアマゾンは、2016 年 12 月から「アマゾンダッシュボタン」というサービスを日本
でも開始した。日用品・食品・ペット用品などのコモディティ商品を、家庭内のボタンを押
すことでアマゾン・オンラインに注文できるサービスである。まさに小売端末が、冷蔵庫や
洗濯機の横に設けられたような感じで、顧客が気軽にリピート発注できる仕組みだ。すでに
花王、P&G、ライオン、サントリー、カルビー、ネスレなど 42 の商品で取り組んでいる。
スーパーマーケット:西友はネットスーパーでの商圏掌握を前提として、商品在庫センター
を併設する店舗(商品センターを主とする店舗)を 2016 年に東京都練馬区に新設した。
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家電量販店:これまで家電量販店は、価格と商品集積を武器に店舗拡大してきたが、消費者
のいわゆる「ショールーミング」という店頭では現物のサイズや機能を確かめるだけで購入
はネットでといった購買行動が一般化しつつあり、巨大店舗の営業効率は急速に悪化して
いる。例えば家電量販店最大手のヤマダ電機は、2015 年 5 月に全国 37 店舗を一斉に閉鎖
した。
このような環境変化の中、百貨店は、かつてのような小売業態を代表する店舗業態ではな
くなるが、だからこそ「百貨店=マス顧客向けに総合的な品揃えで大型店舗を構える」とい
う業態通念(百貨店自らの呪縛ともいえる意識)から解き放たれ、まったく新たな存在意義
を大胆に追求できる好機とも言えるのである。
3.マーケティング機能から構想する「2030 年の百貨店」のあり方
それでは、
「2030 年の百貨店」とはどのような姿だろうか。本稿では百貨店のマーケティ
ング機能を基本に、次の 5 項目の展開を予測する(図-2 参照)
。
3-1.オムニチャネルリテイリング
2030 年の百貨店は、ネット販売・店頭販売・催事・外商などオムニチャネルを前提とし
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た MD(価値の創造)とコミュニケーション(伝達)、販売(提供)を行う体制となると考
える。
「オムニチャネルリテイリング」とは、消費者がリアル店舗で見た商品をネットで詳しく
調べて購入決済し家への配送で商品を受け取る、あるいは逆に、ネットで探索した商品をリ
アル店舗にて実際に目で見てサイズを確かめて購入するプロセスに沿って小売業が複数の
チャネルを適宜活かしながら一貫した流れで顧客対応する販売形態である。
オムニチャネルリテイリングに関しては、日本ではセブン&アイ・ホールディングスがネ
ット注文した商品をコンビニエンスストアで受け取る仕組みづくりに取り組んだことで、
全商品・全チャネルでの相互受取がオムニチャネルという定義が先行し、施策実現のハード
ルが高いとの認識が小売業界に広がっている。しかしながら百貨店が実際に取り組むべき
オムニチャネルリテイリングは、それとは違い、もっと緩く捉えていいのではないかと思う。
すなわち、百貨店は、まず重点顧客に対して重点商品を販売することとし、全商品を万人向
けにオムニチャネルを展開することを急ぐ必要はないと考える。例えば、松屋銀座の「ジ・
オフィス」のような戦略顧客への対応予約・通販・外商・お届けなどの営業活動を発展的に
拡大していくイメージではないだろうか。
3-2.マス向け品揃え販売型から個客のオーダー対応型へ
ICT が進化し、メーカーのものづくりが受注生産型へと大きく変わる。例えばファッショ
ン商品では、顧客は百貨店店頭やネット端末から個別オーダーし、その製造がメーカー・工
場でなされて顧客に届く(店頭でのコレクトも含め)形が想定される。具体的には、①アパ
レル商品は、企業ごとにブランドを集約し、現在のブランド別単体の売場より広めのサロン
型売場で接客し、ネットで MD 補完する。2016 年時点の事例としては髙島屋とオンワード
の協働の取り組みが見られる。②ニットやボトム、洋品雑貨など平場単品は、顧客ニーズに
合わせて個別オーダーで商品を制作し、売場に取り寄せ、あるいは自宅への配送届けるとい
った売り方が考えられる。
3-3.新しいものづくりの関係基盤
このような新しいオーダーに対応するメーカーや産地・工場(取引先)などのものづくり
体制、組織化、関係基盤の形成・整備が重要となる。この点ですでに始まっている事例とし
て、ファーストリテイリングと島精機「イノベーションファクトリー」の連携や、縫製工場
をネットワークしネット通販とリアル店舗での試着相談で構成するファッションビジネス
「ファクトリエ」の営業活動などにその端緒が見られるので、それを参考に構築する。ある
いは、ファクトリエのような企業と百貨店が業務提携することも現実的な進め方といえる。
3-4.商品情報・販促・接客ノウハウなどのデジタル・コンテンツ化
百貨店が持つ商品情報・販促イベント・接客ノウハウなどを「生活文化のコンテンツ」と
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してデジタル画像化するとともにし、そのコンテンツをカタログ、チラシ、ウェブサイト、
売場店頭の情報発信に統合的に活用する。さらにそれを教材として社内教育・人材育成にも
広く活用できる。
商品情報のコンテンツ化:例えば、中元・歳暮、おせちのカタログなど商品についての生産
地・作家の情報、背景などこだわり情報が満載である。正月のおせち料理には、その食材に
いろいろな思いが託されている。蒲鉾は「日の出」
、伊達巻は昔の文書が巻物だったことか
ら「知恵」を象徴する、昆布や海老は「健康長寿」
、数の子は「子宝と子孫繁栄」を祈るな
どの意味がある。百貨店の中元ギフトカタログでも「世界農業遺産の商品」
「大学発の次世
代グルメ」(以上、三越伊勢丹)など各社独自のテーマで商品が編集されており興味深い。
(しかしながら多くの人に、特に若い層にほとんど認知されていないのが残念である。)
このような商品や生活様式に関連した価値の高い情報は、カタログやチラシなどの紙媒
体に留まらず映像化、デジタル化してより効果的に情報発信に活用すべきである。
販売トークのコンテンツ化:百貨店バイヤーや売場販売員の接客トーク・販促イベントなど
の販売情報もコンテンツ化を図る。例えば、博多阪急の「コトコトを動画で紹介」は戦略的
である。簡単なストレッチトレーニングの方法や魚のさばき方、パーティメイクのしかたな
どが公開されている。
3-5.地域ビジネス
百貨店の強みは、催事・外商・通販・宅配といった販売形態の多様性と、その地域に詳し
い人材の営業力・企画力である。地方百貨店は従来の外商部と営業企画・販売促進部機能を
合わせ、これらを「地域商社」とも呼ぶべき組織とし、地域ビジネスについて専門の営業人
員、企画運営人員を配備して、より本格的に取り組むことが重要と考える。
百貨店の地域商社は、地域の農林水産、食品加工、伝統工芸や観光サービス、スポー
ツ、文化など様々な担い手が創造する地域価値(商材や活動など)を束ね、編集して、さ
らに価値を高め、店内の営業企画にも活かし、百貨店の催事場・ギャラリー・ホール・プ
ロポーションスペースなどで販売・展開する。あるいは店舗外の販売チャネルを持つ強み
を生かして、地域への外販、さらに東京や他の地域への外販することなどが考えられる。
また全国的企業と連携し百貨店の店舗活性化を行うのも地域商社の役割と位置付ける。
例えば、百貨店がパナソニックの地域販社と組み、パナソニック「ふだんプレミアム」が
毎週取り上げる生活スタイルキャンペーンと連動し百貨店店内で CM 動画を流し、拠点を
設けて CM で取り上げている話題商品について来店顧客も参画する売場イベントにして商
品拡販するなどメーカーとのコラボレーション企画がいくつも考えられる。
さらに福祉機器企業と連携し、シニア向け歩行補助機能付きのカートを導入しリハビリ
活動を受け入れることで、百貨店は「ショッピングリハビリ」機能を提供する施設となり、
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シニアの活性化拠点になれる。行政から福祉コミュニティ拠点として認定をうけ助成を受
けることも期待される。
4.2030 年の百貨店の店舗イメージ
4-1.顧客がリアル店舗に求める機能
オムニチャネルリテイリングを前提とした場合、リアル店舗にはどのような機能が求め
られるだろうか。本稿では、百貨店店舗の店頭機能として、次の 8 つの機能を考える(図3 参照)。
顧客が来店した際の購買行動の順に、①顧客を迎え商品分野やブランドを越えて全館的
な売場の問い合わせや案内を対応する「コンシェルジュ」、②メーカー企画を含む商品や
生活テーマの「プロモーション/ワークショップ」
、③オンラインで予約していた商品を受
け取る「コレクト」
、④商品を試着・試用する「フィッティング」
、⑤顧客と販売員が相対
する「コンサルティング」
、⑥購入した商品の自分仕様のために使えるように準備する
「セッティング」、⑦「アフターメンテナンス」の機能が顧客の購買行動の流れに沿って
配置されることが望まれる。さらに⑧顧客とスタッフ、あるいは作家やデザイナー間や顧
客相互間の交流機能「コミュニケーション/コミュニティ」も加える。購入後(使用後)
の感想のシェアや情報交流が、リアルな場あるいはネットを介して展開される。
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上記がリアルの場で求められる顧客への機能であり、百貨店が顧客に向けて価値を提供
する様々な実現技術ということができる。
特に現在は存在せず、あるいは対応が弱いが今後求められる新しい機能として、「コレ
クト」「セッティング」、さらに「コンサルティング」と関連した「コミュニケーション
/コミュニティ」について、以下に説明する。
コレクト:オムニチャネル時代となり、ネットで注文した商品を百貨店の店頭で受け取る
拠点として、コレクト機能が必要になる。欧米百貨店の例では、コレクトの拠点は、店舗
顧客ターゲットに合わせ婦人服フロアに配置する場合と、車利用客の利便に対応し 1 階の
駐車場連絡玄関に配置する場合の 2 通りがあるが、いずれにしても、新しい顧客導入接点
として重要になることは確実である。
フィッティング:この機能は、商品選択・比較から購入の意思決定のプロセスに位置し重
要なところである。戦略ターゲット顧客のテイストに合わせた空間設計や関連サービスの
設備が求められる。欧米の主要百貨店で現在取り組まれているようなパーソナルショッパ
ー対応のクローズドなサロン型もあれば、アーバンリサーチのバーチャルフィッティング
システムのような最先端の ICT を活かした端末型まで、フィッティングの環境は様々に構
想できる。
コンサルティング:商品やそれに関連する情報に詳しい専門性の高い販売員が、サロンや
カウンターの環境で座ってきちんと接客するコンサルティングが求められる。店頭在庫に
ないものを売場のネット端末で注文でき、オーダー発注するなどの対応もあって、今後は
店頭の商品品ぞろえの量や面積よりも、このコンサルティングがカバーする商品や販売対
応の専門性、利便性の方が顧客に重要になる。
地方百貨店でも 2007 年から 2009 年の期間に「サロン・ド・井筒屋 U」
(福岡)で高質顧
客向けに展開されていた事例がある。
「サロン・ド・井筒屋 U」は、商品構成として婦人服・
洋品雑貨・化粧品(50%)
、食料品(
「ザ・ペニンシュラブティック」など和洋菓子や九州の
名産など)
(30%)
、ギフト・リビング雑貨(10%)
、紳士用品雑貨(10%)で、井筒屋編集
の百貨店版のセレクトショップ業態と言えるもので、接客サービスでは、コンシェルジュの
役割をこなせる販売員や、仕入・販売を兼務する「カスタマーズスタッフ」と言われるスタ
ッフ 7 人を置いてコンサルティング型の接客を行った。残念ながら、開店後すぐにリーマ
ン・ショック不況となり富裕層の高額品需要が低迷したためか、この店舗は 2009 年 6 月撤
退した。しかし百貨店の機能を革新する挑戦としては(しかも地方百貨店による取り組みと
して)後に参考になる取り組みであったことは確かである。
このような先駆事例では一部の高質顧客向けだった価値提供の実現技術(サービス機能)
が、今後は一般的に百貨店のフロアで展開されるべき時代になってきたと考えられる。
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セッティング:新しい機能として、購入した商品の自分仕様のための「セッティング」と
いう機能も必要に思う。例えば、個人用パソコンの買い物では、購入後、インターネット
やメール、プリンターが使えるようにするセッティングが重要だが、自宅に PC を持ち帰
り個人でセッティングするのはなかなか大変だ。自分で行ってわからなくなり、結局、再
び購入店のカウンターに PC を持ち込むことになるなら、いっそのこと購入後の顧客が自
らセッティングするものの、専門スタッフがそばにいてアドバイスを受けられるようなセ
ッティングサービス・スペースが店舗に設けられてもいいのではないか。家電量販店のサ
ポートはカウンターでの受付であり、それも長時間かかるが、百貨店ではそれを座って相
談できるようなスペースを設けるとすれば、人手を介した「セッティング」として機能
し、強い差別化になる。
ファッション商品でもセッティング機能は考えられる。服と雑貨を複数購入した後に
は、持ち帰る前に店内のどこかの場でコーディネートを試して、さらに着こなしについて
実際の購入商品で専門家のアドバイスをもらいたくなる。そうした顧客の利便性と信頼性
を高める「セッティング」対応は、現在の百貨店にはまったく欠落している。
コミュニケーション(コミュニティ):この事例としては、1970 年代に日本橋三越 3 階に
設けられていた「プラザ・コンテッサ:貴婦人の社交場」が現時点での理想形と考える。
そのネーミングが豪華で魅力的である。1972 年の三越中元ギフトカタログに掲載されてい
る情報からすると、
「クリチャンディール」「森英恵」「パリ三越取扱い婦人ファッション
ブランド」などが配置されたフロアの中にあり、ファッションショーなどのプロモーショ
ンが展開される喫茶で、顧客が収集した商品情報を咀嚼する時間を提供し、顧客とデザイ
ナーや顧客間などコミュニティの交流機能が発揮されていたようだ。このような大胆な場
の創り方が今後の百貨店にもぜひ欲しい。
またリアルな場でのコミュニケーションだけでなく、SNS などネット上のコミュニケー
ションも連携し、多様な場でのコミュニティの形成とその活発化が期待される。
2030 年の百貨店の店頭では、常備の商品在庫、品揃え販売という業務が集約され、顧客
に向けたリアルならではの機能、試着、コンサルティング、プロモーション、顧客交流とい
った顧客への価値提供の実現技術(サービス機能)が装備されることが重要となる。
4-2.店舗フォーマット
かつての店舗フォーマットは、品揃え、店舗立地、店舗規模で規定されていた。例えば、
米国ウォルマートは、
「ディスカウントストア」フォーマットに標準に、より大型で食品を
含む「スーパーセンター」
(店舗規模 18,000 ㎡程度)、小型で郊外住宅地立地の「ネイバー
フッド・マーケット」
(店舗規模 3,000 ㎡程度)
、さらに小型で都市部立地の「エクスプレス」
(店舗規模 1,100 ㎡程度)という 4 つのフォーマットを持っている。
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しかし、店舗フォーマットについて、規模と立地で品揃えを考えるという時代はもはや過
去になり、ネットを含めオムニチャネルで売り方を考える時代となっている。さらにものづ
くりの変化を受けて生産と小売と消費の関係まで考慮して顧客への価値提供の実現技術を
含めて店舗フォーマットとして認識し構想することが新たに求められている。
店舗フォーマットの理論については、岩橋(2016)に新しい捉え方の提示がすでにある。
本稿ではそれを踏まえ、2030 年の百貨店のフォーマットとして、対象顧客は価値志向の顧
客であるとし、上記のような顧客への価値提供の実現技術(横軸)と、商品区分(縦軸)で
説明できると考える。
(フォーマットに関する詳細は別稿にゆだねることとする。
)
4-3.店舗売場スペースの集約化、店舗規模の小型化
2030 年の百貨店の地域標準型店舗をイメージするならば、下記のようになると考える(伊
勢丹新宿店、大阪うめだ阪急など各企業の本店及び旗艦店は除く)。
2030 年の百貨店では、店頭の商品在庫が極小化され、ネット受注を受けて商品センター
から顧客へ直送するしくみが主流になるので、リアル店舗(見た目の百貨店店舗)は、食品・
ファッション・リビング(オムニ端末・コレクト機能含む)
・飲食・催事場で構成され、売
場面積 6~8,000 ㎡程度の店舗規模になると想定される。
その面積の根拠として、現在の店舗事例で言うと、食品は髙島屋「フードメゾン」岡山
(1,900 ㎡)
、ファッションはそごう西武「武蔵小杉ショップ」
(2,000 ㎡)がそれぞれ 1 フ
ロア=約 2,000 ㎡の規模ということで参考になる。それらを基本イメージに、さらに生活雑
貨・ギフト、催事場やコミュニティ型飲食を組み合わせた店舗が「2030 年の百貨店」の店
舗として構想される。面積的には、1 フロア=約 2,000 ㎡、3 フロアで合計約 6,000 ㎡、4
フロアで合計 8,000 ㎡という規模感が導出される。
ちなみに三越伊勢丹が近年開発している小型店は、例えば「ハウス」名古屋 3,000 ㎡、
「サ
ローネ」六本木 900 ㎡、
「羽田ストア」1 号店 650 ㎡,レディス店 500 ㎡、
「ミラー」100~
150 ㎡、
「MI プラザ」3~500 ㎡の規模である。本稿で言う 2030 年の百貨店は、三越伊勢
丹のこれらの小型店よりは規模が大きく、店舗空間としてしっかり顧客に認知・実感され、
空間の体験ができる規模を想定している。
4-4.店舗の立地、出店戦略
店舗の立地としては、地方都市では、店舗にとって客数が重要で、市内の交通量・来街者
数の多さから考慮すると、市を代表する駅やホテルに隣接する立地を想定する。
大都市郊外都市では、駅前銀行支店跡地なども候補だ。フォーマットの中のタイプの選択
次第では、オムニチャネルリテイリングのための検索・購入端末や、フィッティング、コレ
クトの機能を持つ店舗での出店により、地域商圏を押さえることが戦略的に可能になる。例
えば、
立川のような近郊都市であれば、既存の百貨店のような 2~3 万㎡規模の店舗でなく、
駅周辺に複数の「2030 年の百貨店」型店舗を配備し商圏を押さえる戦略が展開でき、この
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選択肢の方が、市場の変化にも柔軟に対応できるはずだ。
また今後の出店戦略としては、大都市圏には重点的に複数の店舗を集中配備する一方、地
方都市にも商圏に 1 店舗は展開できる可能性も高い。これらの多店舗展開により新たな成
長も描けるということである。
2016 年時点で相次ぐ百貨店の閉店は、従来型の 2~3 万㎡規模の店舗が多い。これは、
テナント導入などの従来型の手当てではもはや百貨店規模問題が解決しないことを見越し
た対応であり、2030 年の百貨店(これまでの一般的な百貨店店舗からすれば小型百貨店)
と入れ替えるための前向きで戦略的な「スクラップ&ビルド」が始まったものと捉えるべき
である。したがって「為すすべのない衰退」ではない。そのような真意を百貨店企業はより
積極的に広報として打ち出すべきである。2030 年の百貨店では、店舗の概念が現在のもの
とは全く違うものに変わるのだということをマスコミ報道関係者に確実に理解してもらう
ように強く情報伝達すべきである。
4-5.営業人員は新たな地域ビジネスへシフト
店舗が小型化することになるため、それに対応し従来の営業人員は、外商にシフトし、そ
こで地域ビジネスの再構築など行い、新たな営業体制とする。家庭外商(個人外商)はオム
ニチャネルを活かした営業となり、法人外商は、地域ブランドづくり、イベントプロモーシ
ョン、教育事業など地域ビジネスのインキュベータとなり、地域商社という組織に改編し地
域に対し営業稼働し、地域活性化の担い手としても活動することが期待される。
5.2030 年の百貨店への変革の方向性
5-1.価値の創造を改めて考える-消費以外の生活時間を提供する百貨店
2030 年の百貨店の価値創造は、商品編集と提供だけにとらわれることはない。例えば顧
客が百貨店店舗で過ごし時間をより充実させることから考えたい。具体的には、それはコミ
ュニケーションのための飲食や、ライフスタイルに関連する学びがあげられるだろう。従来
の買い物だけでなく、飲食や学びを百貨店の来店目的とするように仕掛けることも百貨店
の新しい価値創造である。
店内喫茶は、すでに百貨店に、特に地方百貨店に欠かせない機能になっている。欧米の百
貨店でも同じ傾向であり、例えば、イギリスのハロッズは店内に約 30 か所もの飲食を有す
るし、米国ノードストロムは、どの店にも店内にコミュニティ型レストランを設けているが、
どこも飲食は顧客のコミュニティ機能として重要な意義を発揮している。
学びに関しても伊勢丹新宿店の子供向け教育プログラム「ココイク」の売場での展開など、
より本格的なものが 2015 年からスタートしており、参考事例といえる。2030 年にかけて
紳士(ビジネスマン向けビジネススクール講座)、シニア(リビングや美と健康などの講座)、
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団塊ジュニア(手作りクラフトの教育・発表、起業家養成塾)などへ向けても、現在の売場
イベント型展開を越えて、より一層本格的な知的な教養分野に充実していくべきだろう。
これらは他の小売業態にない百貨店の差別性、強みの分野であり、リアル店舗の機能や意
義もこうした取り組みで明確化されるとよい。前述の顧客への価値提供の実現技術でいう
「コミュニケーション・コミュニティ機能」の一つと位置付けられると思う。
5-2.消費者の生活時間に入り込むという視点
マーケティングの「製品の階層化」理論でいう「付随機能」であるサービスソフトを強調
して製品づくりをする新しい製品と捉えると新製品開発が現実になってきた。
例えば、以前「料理研究家の料理レシピ付きの鍋」がヒット商品であったが、それをヒン
トに製品概念を拡張するならば、さらに料理のしかたの動画をキッチンに置いた端末の画
面で見ながら料理できるとか、有名シェフと共に調理するような時間が設定されているオ
ーブン兼電子レンジなどが新しい製品概念で開発されていくものと推測される。
またサービス業に適用すると、クッキングスタジオで習ったことを動画で再現しながら
自宅で料理することや、フィットネスクラブのインストラクターの指導動画をウェラブル
端末で見ながら公園でストレッチするなど、サービスの動画化(デジタル・コンテンツ化)、
そしてその顧客への配信と活用が構想できる。さらに最新の ICT(情報通信技術)を使って
専門家と顧客が双方向で通信しリアルに動画を同時に見ながら、相手の動作を確認しなが
らレッスンを受けるサービス製品の開発も可能だろう。まさに料理教室やフィットネスク
ラブなどのサービス業が、そのコンテンツのデジタル化によって、新たな商品となり顧客の
「自宅に入り込む」
「生活時間に入り込む」ことが現実的に可能になってきた。このように
クッキングスクールやフィットネスクラブといった装置型のサービス産業は、そのサービ
スコンテンツをデジタルな動画にすることで、従来の装置型産業から時間型産業へ変化す
ることになるだろう。
百貨店は、店頭で行っている生活文化に関する営業企画や販促やマーチャンダイジング
をデジタル・コンテンツ化することで適用可能と考えられる。一時的で消滅する営業企画を
デジタルに保管し、コンテンツ配信することなどに積極的に取り組むべきである。さらに百
貨店単独でなく多くの消費財メーカーとコラボレーションでの創造活動も期待される。
5-3.百貨店コンテンツのデジタル化-多様なメディアでの伝達とさらに新しい価値創造へ
複数のメーカーを調整し、メーカー単独ではできない編集で制作し、売場で、スマホで、
配信するべきだろう。
例えば、伊勢丹の食に関する情報誌「Isetan for FOODIE」は、海外の生活歳時記の食や、
地方の産地のこだわりや新しい食の提案など情報が充実している。最近では紙媒体に留ま
らず、そのウェブサイトも開設され、複数の媒体で価値伝達している。今後さらに米国「フ
ードネットワーク」のような、テレビプログラム化、食と料理関係の書籍・雑誌出版、食品
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や調理器具・家庭用品などのプライベートブランド型商品開発及びその統合的な売場展開
(米国コールズ百貨店とのコラボレーションでの展開)などへと発展していく可能性を持
っている。
さらに言えば、そのコンテンツの配信(定期的な利用)でうまく課金し、収益化を図りた
いところだ。そうすることで、従来の商品が場にある装置型産業から、サービスコンテンツ
で顧客の生活時間に入りこむデジタルで時間型産業にシフトしていくことになる。2030 年
には可能になっている戦略であるに違いない。
このようなコンテンツの収益化は、営業企画ノウハウが少なく人手かけることがほとん
どない他の小売業態ではできない百貨店ならではの価値創造であり、伝達・提供のビジネス
化でもある点で、百貨店企業が競争優位に差別的に取り組むべきである。
5-4.商品×場の装置型産業から、サービス×時間の時間型産業への転換
図-4 に示すように、従来のように商品を場に品揃えし販売する店舗・売場主体の、いわば
装置型の産業から、サービス化の増幅や時間の提供による新たな価値提供(消費者の生活時
間に入っていく競争)を行う、いわばサービス・時間対応型の産業に大きくシフトしていく
ものと考えられるのである。巨大な店舗、数多い店舗で品揃えを競う競争原理でない、顧客
に有益で感動を与えるような情報とサービスで顧客の限られた生活時間にいかに選ばれて
存在するかという競争原理になっていくのではないだろうか。
このような高付加価値の企画運営実現できるのが百貨店である。2030 年の百貨店の実現
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に向けては、他の小売業態にできないことを徹底的に取り組むべきであり、まさに百貨店が
長年やってきた「生活文化の価値創造と伝達」を新たな提供物として展開し収益化できる時
代が近いと思っていいだろう。
6.実現のための人材資源・顧客資源
6-1.2030 年の百貨店と社員の関係
2030 年を待たずとも今現在でも、サービスビジネスの拡大は,個人にとってある場合は
サービスを受ける顧客となり、ある時はサービス提供者になるという、いわば「主客のス
ィッチ現象」の頻繁化を促している。それは多くの人が複数の関係に組み込まれることを
意味し、それを通じてさらに個人を高め、個を確立することにつながると考えられる。
それを前提に構想するならば、2030 年の百貨店では、社員個人の生活知を小売業の販売
知に、販売知を個人の生活知にするような百貨店と社員の関係を理想として目指すべきだ
ろう(図-5 参照)
。
商品販売という業務では、販売員がその商品にかかわる生活情報、生活スタイルを自分
の生活体験を通じた実感をもって販売に活かすことができる。またそうした実感こそが商
品紹介の際の自信につながり、顧客の支持や満足を高めると考えられる。
また一方で、小売業での商品仕入・販売業務を通じて、その業務を通じて得られた専門
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知識や川上(生産・卸)側の情報や取扱商品に関係する知識学習や生活文化の体験といっ
た教育研修は、業務に活かせられるのは当然であるが、その知識を自分の生活の知識とな
り、社員自身の生活の豊かさにつなげていける。生活知を販売知へ、販売知を生活知へと
知識の相互変換で社員も百貨店企業も高めていく関係が形成できる。それは百貨店がター
ゲットとする生活活性化意欲の高い女性層を顧客としても育成することにもなるのであ
る。
百貨店の生活歳時記的な営業展開や、美術展などの文化催事は顧客向けではあるが、社員
が鑑賞・体験することは、非経済的な新しい意味での「福利厚生」と言える。そういった人
生を豊かにする自己向上やキャリア開発ができる業務環境が、新しい労働価値観のもとで
の最も重要な企業選択ポイントとなっていくのではないだろうか。
2030 年の百貨店では、週休 3 日制により平日休暇を充実させ、社員が新しい時代と世代
を代表するような生活スタイルを身に付けたり、またメーカーが開発した新製品を社員が
先行して試用・体験し,常に一般消費者をリードする形で販売業務につけるようにする。
このようにして社員が業務を通じて生活の幅を広げ、その成果をまた販売を通じて顧客
に伝え、それが顧客の信頼と支持を高めるといった好循環が形成されるのである。同時にそ
れができれば、今後の重要な労働力である高感度な女性層を人材として確保する際に、強い
武器となると思われる。
6-2.価格志向でない地域の良識顧客の育成
2030 年の百貨店の実現には、百貨店の様々な価値の高い取り組みを確実に理解し共感し
受け入れてくれる地域の良識ある顧客の存在が欠かせない。現状多く見られる荒廃した地
域消費者の生活意識・価格意識を正常に、さらに良識あるものに百貨店が自ら地域の土壌を
良くしていくことが重要である。
考えてみれば、1990 年代のバブル経済の崩壊以降の消費者の価格志向に対し、地方の企
業は対応しすぎて、価格でしか反応しない、しかもマナーの悪い顧客を数多く創ってしまっ
た。2016 年も「ブラックフライデー」などと称し新たなディスカウントセール(DS)企画
で消費者の価格志向をさらに煽る量販店がある。これは消費者をますます価格志向の沼の
深みにはまらせる愚策としか思えない。百貨店もこれまでディスカウンターや量販小売業
との競争上、その動きに対抗しあるいは迎合し「全館割引」
「ポイント還元」
「景品プレゼン
ト」と経済性だけに喜ぶ価格志向の地域消費者を作ってしまったことを強く反省しなけれ
ばならない。そのようなことでかつてのよき百貨店時代を知るシニア層の優良顧客までも
失ってしまい百貨店はますます苦境に陥ってしまうと懸念される。もう自分で自分の首を
絞めるようなことはこれきりにしたい。
ここから百貨店は、生活歳時記に敏感でその生活スタイルを深める、商品の背景にある生
活文化を理解し生活を充実させるといった地域の良識ある顧客を醸成していくべきだろう。
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そして、そうした生活の豊かさは百貨店企業でしか得られないと百貨店企業を選択する地
域の良識顧客を 1 万人でも、5000 人でも確保し、さらに育成・維持していくことが重要と
考える。これは長い年月を要する取り組みであり、今から地道に着手していくことが強く求
められる。
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日本マーケティング学会ワーキングペーパー Vol.3 No.2
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