ありきたりリリカル 所長 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 面白い二次創作に見られるありきたりな要素を組み合わせたら面 白い作品になると思った。 目 次 魔法少女リリカルはやて ││││││││││││││││ 私立聖祥大付属小学校・ギスギスの一年生編 アリサVS ││1 ││││││││││││││││││ アリサVS ││2 ││││││││││││││││││ アリサVS ││3 ││││││││││││││││││ 1 25 37 51 魔法少女リリカルはやて ある日気がつくと生まれ変わっていた。 な、何を言っているのかわからねーと思うが中略。微妙に黒歴史認 定されそうな数々の羞恥体験を乗り越えると、そこは前世の大きなお 友達向けアニメ、リリカルなのはの世界だった。な、何を言っている のか以下略。 どうやら私、八神はやてに生まれ変わったようです。な、なんだっ てー つまり魔法少女である。空とか飛んだり変身したりするのである。 羞恥プレイを素面で受け入れられるのは目 今の私は止められへんでー ヤバい。超たのしみになってきた。 ヒャッハー ││よい子の諸君 覚めた人だけだぞ ! 小さく泣き始めて、一瞬で悲しみが振り切れて﹁ぁ∼ん ﹂みたいに まず泣き方がかわいい。泣くのを我慢しようとしているみたいに ぎるし。 の記録とは別にかわいい行動メモを取ろうと思う。だってかわいす 通の子と違うのは疑いようがない。悪い意味ではなく。なので、日々 最初は普通の育児記録を付けようと思っていたけど、ウチの娘が普 ウチの娘かわいい。 ◇1996年12月 眠ですので。 ⋮⋮まずは泣いて寝よう。赤ちゃんの仕事は泣くことと食事と睡 母乳では酔えないんや⋮⋮ちくしょう⋮⋮ ! ! ! で、バレバレなのに恥ずかしそうに手の平で隠そうとして失敗して 飾 り を 付 け て お い た ら、ず っ と 目 で 追 い 続 け て 目 を 回 し て 吐 い た。 あと動くものが大好きらしい。ベビーベッドの上にくるくる回る ど。 泣く。でもその後また我慢する。何この娘ちょーかわいいんですけ ! 1 ! ﹁ぁ∼ん ﹂って泣きだす。超かわいい。 は一歳児となった ﹂という泣き ということで無視してやった。そしたら何故かおとーちゃん ﹂や と思った 反省せぇ とおかーちゃんまで猫の名前で呼び出した件。泣くで 時には既に実行しているのが乳児クオリティ ⋮⋮めっちゃ笑われたんですが⋮⋮。何が﹁ほらニシキやろ ! 覚悟せぇよ、ど阿呆 何 て 言 う の か わ ? やろ ⋮⋮⋮⋮ な ん や ね ん こ の 色。あ お からん⋮⋮。 み ど り 味しいからメーカー覚えとこ。視力がアレだけど色くらいは分かる もぅャダ⋮⋮ひどぃょ⋮⋮。というかこのクッキーはホントに美 ⋮⋮。 と思ったけど、離乳食のクッキーが美味しすぎて好き嫌いできひん ! ねん。こいつら許せん。こうなったら、好き嫌いいっぱいしたるから ! ! 呆 で私を呼ぶときに他の名前を呼ぶんですかねぇ⋮⋮。猫ちゃうわ阿 そしてたぶん、おかーちゃんの方のおじーちゃんおばーちゃん。何 ると心が折れちゃうんですよねぇ。 笑うのはやめてもらえませんかねぇ⋮⋮。美人にそういうことされ おかーちゃん優しくしてはくれるけど、こっちを見ながらクスクス ! おかーちゃんのおもちゃ扱いだった〇歳児は終わり私八神はやて ◇ えた。 声はまさしくニシキそのものであったことを記しておく。自慢が増 あった。それを聞いたはやてが泣き出したが、 ﹁ぁ∼ん 前まで実家で飼っていたニシキの生まれ変わりであったとは盲点で 猫らしい。なるほど、言われて見れば猫の行動そっくりである。数年 ママ友にそれを自慢すると恐るべき情報を得た。我が娘の前世は ! ◇1997年9月 ? ! 2 ! ? ! 離乳食後期の愛娘がママ友に聞いた喫茶店のソフトクッキーにド ハマリして箱ごと食べようとするなんて⋮⋮。 出 さ れ た 分 を 全 部 食 べ ち ゃ う せ い で 好 き 嫌 い が わ か ら な い の は ⋮⋮たぶん良いことなのだろう。良いことだと思うことにする。ち なみに食べ過ぎると吐く。そして隠そうとして失敗して泣く。年不 相応に賢いかと思いきや学習能力がないところも超かわいい。 旦那との間で精神年齢が高いだけの赤ちゃんかそれとも猫かとい う議論が絶えないが、その日の観察結果によってお互い立ち位置が変 わるので終わりはなさそうだ。 ただ最近、精神年齢が高いということを確信させる出来事があっ た。 ビデオ教育と言うのか、乳幼児向けのビデオを見せたところ、だい たい対象年齢の高いものほどリアクションが良かったのである。幻 術か 驚いたのは、ウチらが見ようと思って借りてきた紅の豚を見ている ﹂と言って立ち上がっ ﹂の発音が良すぎて旦那共々タオルと雑巾の世話 とき、初めてポルコが現れるシーンで﹁豚や たことだ。﹁豚や ! た幻術なのか うしばらく先だと思っていたが、ジブリは偉大であった。それともま になった。それに、ハイハイが苦手だったことから立ち上がるのはも ! い。 ◇ ! なに書いてあるのか全くわからんです。 てて気付いたことがあります。 で色々観察してみたんやけど、おとーちゃんの読んでる新聞を盗み見 そろそろ幼児の演技は終わりにさせてもらおうか ということ 回見ようと思う。今度はカメラを用意しておくつもりだが他意はな てのことが気になりすぎて映画に集中できなかったので明日もう一 全体で画面を追っていたせいで何度か倒れそうになっていた。はや なお、クライマックスの空中戦は立ったまま観戦し、あまつさえ体 ? 3 ? もう一度言おう。漢字はおろか、ひらがなカタカナも読めないこと に気がついた。 ちゃんと聞き そういえば色の名前もよくわかりませんでしたね⋮⋮今さら気付 くとは⋮⋮私に忍の才能はないのか⋮⋮なんでや 取れるし知識はあるやろ ! ことにしました。 はやてちゃんやでー と、ハートを振りまかんばかりの笑顔でお というわけで知識のすり合わせを兼ねて絵本をねだる作戦に出る ! あったわ。読めないけど。 子供に聞かせる話ちゃうやろ ほう。これは﹃かわいそうなゾウ﹄って読むんか。 ⋮⋮⋮⋮なんでや ◇1997年12月 ⋮⋮。 でもおむつを変えて欲しいときは、まだ恥ずかしそうに﹁ぁ∼ん ﹂ が ら 数 字 を お 絵 か き し て 義 父 母 ま で 驚 か せ て い た。大 し た や つ だ らず、テレビでCMを見て数字を覚えたらしく、CMソングを歌いな ひらがなとカタカナの部分を読み上げてみせて旦那を驚かすに留ま というカタカナを読めるようになった。一週間で新聞の見出しから と思ってたらはやては天才だった。絵本を二回読んだだけでゾウ 読むことにしたが、一歳半にしては渋すぎる趣味ではなかろうか。 のかもしれない。はやてが﹃かわいそうなゾウ﹄をチョイスしたので には早いと思うが、精神年齢は高いのでテレビで見た子供を真似たい その後はやてがねだるので絵本を読み聞かせることに。まだ修行 が。カメラが間に合わなかったのが残念だ。 いや、真実は旦那のオーバーリアクションを真似ただけなのだろう 本メーカーがF1から撤退したことがそんなにショックだったのか。 はやてが旦那の読んでいた新聞を見てショックを受けていた。日 !! 本置いてあったわ。いま気付いたけど。背表紙にタイトルも書いて 願いすると一発で成功。やはり天才か⋮⋮というか普通に本棚に絵 ! と泣く。あと、時々お菓子食べ過ぎて吐いてる。全く学ばない。大変 ! 4 ! だけどかわいい。 いよいよ天才説が現実味を帯びてきたので、子供向けのテレビ番組 の中から比較的に対象年齢の高いものを選んで見せてみることにし た。 幼稚園児くらいを対象にした歌と踊りの番組は﹁興味ありません﹂ という様な目で見ていたが、年長組から小学校低学年くらいまでを対 象にした動物や植物を紹介する番組には興味津々だった。なので、こ れからは両方見せていこうと思う。歌や踊りを見ている際に身体が リズムを取っていたことなどウチにはバレバレなのである。本当に 猫みたいでかわいい。 ◇ と、そういうことなのだろうか。おとーちゃんとの仲は悪 おかーちゃんが紅の豚を好き過ぎる件について。きゃー、豚さん抱 いてー くないはずなのだが。 まぁ私も面白いと思うから毎月借りてくるのは別にええんやけど そのたびに感想を求められても困るんですよねぇ⋮⋮。 うことに気付きました。だからおかーちゃんの見せてくれる教育番 組はいちいち知らない現象ばかりで驚くわけでして。私が無知なわ けでは決して⋮⋮いや、これは私が無知なんか くらいである。飛行石、ソウルジェいやマテリア 娘 やったっ リスがホーリーを使うことと、青い宝石になんか模様が浮かんでる姿 宙戦艦が飛び出すのと、公安九課と、セフィロスがメテオ打ってエア 南ベルカだ︶と、ミッドなんとかーって街からライフストリームと宇 ズミだったかと、海老天の書みたいな本と、ベルカ式国防術︵ここは んとはやてちゃんやでーと、ジェノヴァ式変身術と、猫と狐とハリネ は海鳴市と、リンカーコアと、魔法少女と大きいお友達と、なのはちゃ いんじゃないかという疑念も生まれたわけです。思い出せる範囲で そして、もしかして私はリリカルなのはについてもよく分かってな ? ? ? 5 ! というか自分の知識がかなり表面的なものに限定されているとい ? け ? MPきゅうしゅうマスターコマンドまほうみだれうちベルカ式ア 飛行石が出るという ルテマWまほう少女ロードはやてぃーちぇちゃん、か⋮⋮⋮⋮め、め ちゃ強そうや。 これも勉強して行けばわかるのだろうか 海老天という 公安⋮⋮シータの子孫を追う ミッド⋮⋮外国が舞台になるということ この家 蒸気と炭鉱の そして公安に就職して料理中に偶然魔法少女に つまり引っ越すんか なのはちゃんと一緒に 展開で ことはレシピ本が魔法のアイテム ことは前に見たラピュタの続編だったりするのか ? やろ⋮⋮心配や。離婚とかせぇへんよな ◇1998年6月 みどりや が可愛くないのか。いや、これは義父母の方が元気すぎるのか 片 義父母の方が頻繁に遊びに来てくれるのだが、ウチの両親は娘と孫娘 近所に住んでいるウチの両親よりも遠く関西に住んでいるはずの だ。床置きのダイエット器具はスペースを取るのだ⋮⋮。 いう意味であって、自分で電話が掛けられないという意味ではないの が電話を掛けてくれた。⋮⋮違うのだ。欲しいけど手が出せないと 通販番組を見て﹁欲しいけど難しいわー﹂などとぼやいてたらはやて い る の か。ま だ 数 度 し か 使 わ せ て い な い の だ が。天 才 か。先 日 な ど ではわからなかったのだろうか。というか電話の概念は理解できて あれは娘が見ている前だからボケていただけなのだが、流石にそこま バーなリアクションをとっている姿を見て同じような目をしていた。 るのだろう。この前は電話中の旦那が、見えてもいない相手にオー 娘が父を見る視線が妙に悲しげです。また何か変なことを考えて ? のローンまだ終わってないやろうに⋮⋮おとーちゃん、どないすんの 町へ ? ? ? ? にゴールドな十字架つき。めっちゃ高そうなんですけど⋮⋮義父母 ドカバーの本を抱きかかえて寝ていた。鎖が十字に巻かれている上 義父母が帰宅したあとに気付いたのだが、はやてが黒い大きなハー トクッキーの在庫を削るためだとは思いたくない。 道四時間近い運転を苦にしないのは我が家の定番おやつ翠屋のソフ ? 6 ? ? ? ? ははやてに何を望んでいるのだろうか。とりあえず十字架が尖って いて危ないのではやての手が届かない場所にしまうことにする。は やてには代わりに大きさが近い紅の豚ジグソーパズルを抱かせてお いたら起きたときに大興奮していた。チョロかわいい。 そしてその日のうちに一五〇ピースのジグソーパズルを完成させ て い た 件 に つ い て。思 わ ず 幻 術 の 可 能 性 を 疑 っ た。や は り 天 才 か ⋮⋮。 ◇ 夢の中で黒い本が目の前に現れて心臓を思い切りつねられたよう な気がしたんだけど、目が覚めたら豚ちゃんのジグソーパズルを抱い オ ていた⋮⋮何を言っているのかわからねーと思うが、これはおかー え いや、別にほめて欲しかっ と、その日のうちにパズルを完成させて次を要求 ちゃんの仕業やな⋮⋮。こいつのせいで変な夢を見たんやろ ラッ、観念せぇ ! うになったのでおかーちゃんに自慢したら、こっちはこっちでクッ キーを催促してると思われた件。 や、上手い ちゃうねん⋮⋮。いや、イチゴ味も美味しいんですけど、ちゃうん です。こんなん食べ過ぎたら紅の豚になってまうやろ ! や、芸人になりたいわけやのぉて、私は魔法少女になるから こと言いたかったわけやのぉて、太るって言うとんねん。気付やア ホぉ ツッコミとか上手い言われても嬉しぅないわ 杖 呪 文 変 身 そ う ! !! マ ! こ う い う の を 求 め て りました本当にありがとうございます。というわけで勉強や スコット ! ! 女になっても大丈夫やな ! ちゃんと見てるんで。振り付けも完璧やでー これでいつ魔法少 て。お し ま い の 歌 を 歌 い 終 わ る ま で D V D 止 め ん と い て く だ さ い。 た ん で す。豚 ち ゃ ん に な り た か っ た わ け や な い ん で す。あ っ、待 っ ! ! 7 してやりました。ざまーみろや たわけやなくてですね⋮⋮。 ? 喫茶翠屋の持ち帰りケースに書かれた翠屋という文字を書けるよ ! ! とか言ってたら魔法少女のアニメDVDを見せてくれることにな ! ! みどり あ、ちなみに箱に書かれた翠屋のロゴの色はエメラルドグリーンで した。その節はお騒がせいたしました。あれ⋮⋮もしかして翠 って 緑って意味なんか⋮⋮ ◇1998年11月 いくら精神年齢が高そうだとはいえ、わずか二歳で小学生女子向け アニメのエンディングの振り付けを覚えてしまうとは⋮⋮この五十 鈴の目を持ってしても見抜けなかった こ れ か ら は 三 日 に 一 回 は 来 店 し よ う。も ち ろ ん お 持 ち 帰 り で 替わりランチを頼んだら世界が変わった。何だこれは、神の食べ物か ニューも拡充していたので、ものは試しとシェフ月ノ輪のオススメ日 帰 し た そ う で 焼 き 菓 子 以 外 の メ ニ ュ ー が 充 実 し て い た。ラ ン チ メ 最近常連となっている喫茶翠屋だが、パティシエが産休から完全復 う。 公園で慣らしてから、いずれ旦那を誘うとかして出かけることにしよ 前後には移動式店舗で軽食も売られているそうだ。しばらく近所の 日はママ友と子供で、休日は家族連れで賑わっているのだとか。お昼 る歩行トレーニング向きの公園で、駐車場もついて景色も良いので平 を始めとして、芝生の広場や土で覆われた緩やかな斜面まで揃ってい 話してみると、海鳴臨海公園をオススメされた。舗装された平坦な道 これではあまり外に連れ出せない。七五三の相談ついでにママ友に ところで、はやてはまだ頭が重いのかよく転ぶ。元気は良いのだが た。 にちょーかわいかったので、ちゃんとビデオに収めてママ友に自慢し 出して来てホウキの代わりにしていたのは感心した。ちょー賢い上 妖精さんの代わりに、押し入れから旦那のスキーストックを引っ張り 誕生日に義父母からプレゼントして貰った紅の豚のポルコ人形を ! リームのおいしさにビックリして停止していたのでビデオで撮影し ておいた。義父母にも見せてあげよう。 8 ? シ ュ ー ク リ ー ム と ソ フ ト ク ッ キ ー も 購 入 し た。は や て が シ ュ ー ク ! ◇ 七五三を終えてからここまで、おかーちゃんが週三ペースで翠屋に アレでお出かけと でも大人が押したり引いたりするため 通い詰めている件。そんなにハマったんか。私も一緒に来とります けれども。 や、それ自体はええんよ の、プッシュハンドル付きの三輪車って言うん か、正直恥ずいんですけど⋮⋮。や、歩くのはちょぉ遠いから堪忍し て欲しいんやけど、だからと言って抱っこして欲しいわけやないんで す。や、猫ちゃん柄が嫌や言うわけやなくてですね。や、そら赤いの が え え っ ち ぅ か、紅 の 豚 と か 関 係 な し に 比 較 的 マ シ と 言 い ま す か、 ねぇ。ほら、わかるでしょう けでして。 この店は美男美女の巣窟である ンシェフ月ノ輪さま 女の子の方は省略するけど、そっちも軒並み フ月ノ輪のオススメ﹂を注文したときだけ現れる爽やか系の超イケメ 生くらいのイケメン少年、キョウちゃん。極めつけはランチで﹁シェ ウェイターとして働いているバイトくんらしいちょっと無口な高校 男性││ちょっぴりワイルドな印象のイケメン。そして、休日だけ まずはカウンターの中でコーヒーを入れたりレジを担当している ! そんなこんなだが、足繁く通っているうちに理解したこともあるわ ? ごう ちなみにこれはおかーちゃんに限った話ではなく、お店に チを注文してるんやけど、それお店の策略にまんまとハマってません かね まぁランチそのものが美味しくて糖質脂質カロリー控えめなのに 腹持ちが良く、パンとメインを月ノ輪シェフが、デザートとコーヒー をカウンターのイケメンが運んできてくれるという、どうぞ溺れて下 さいさあ早くと言わんばかりの罠なので仕方ない。ついでに私のラ ンチが毎度五〇〇円のお子様ランチになっているのも仕方ないんや ⋮⋮。 9 ? ? おかーちゃんは翠屋に来る度に二〇〇〇円のシェフオススメラン レベル高めやったし。 ! 通っているらしきお姉様方に共通する業のようですがね。 ? クッキーとシュークリーム買ってくれるから私は毎日来てもオッ ケーやけどな ◇1999年3月 翠屋に通い詰めていることが旦那にバレた。はい。毎月一〇回以 上 も ラ ン チ に 出 か け て た ら 気 付 き ま す よ ね。そ の た び に お 土 産 の クッキー買ってきてますもんね。違うんです。これはウチの意思で はなくてイザナミなんです。 お子様ランチが超美味しいというはやての援護射撃と愛娘の歩行 訓練のためという免罪符で難を逃れたが、二〇〇〇円の豪華ランチは バレたら最後の晩餐なのでレシートは隠しておこうと思う。ポイン トカードが毎回六ポイントずつ貯まっているのもマズいか。だがも うすぐ五〇〇ポイントの特典、シェフ月ノ輪の魅惑のディナー最上級 コース予約券が手に入るのでその時には旦那を誘って食事に行こう。 いやー、自分で言うのもなんだけどいい嫁だわー。ウチが男だったら こんな美人で献身的な女は放っておかないだろう。 だが、予約券は一枚で一人まで。大人一人とお子様コース一人を追 加した場合、プラス四万五千円である。⋮⋮四万五千円⋮⋮普通に通 えば一五回行けるな⋮⋮⋮⋮。 毎月一〇回を超える頻度で片道二㎞の散歩を続けたおかげか、はや ての運動能力が旦那を上回りかけている気がする。まだ時々は転ぶ のだが、手袋と厚着が許された冬の間に転び慣れたおかげで怪我もほ とんどなくなったのは幸いである。お気に入りの紅の豚手袋に穴を 開けてしまったときは食事も喉を通らないほどショックを受けてい たようだったが、代わりに春用の飛行帽を用意したら喜びすぎてむせ ていた。その後手袋を神棚にお供えしていたので写真に納めた。 三輪車に乗って出発するときに必ず飛行帽を被ってサムズアップ するようになったので、正月に遊びに来た義父母とウチの両親へ紅の 豚を見せた上ではやてを三輪車に乗せてみた。 もちろんその様子はビデオで保存しておいた。ウチの娘超かわい い。 10 ? ◇ な ん か 最 近 ビ デ オ と か 写 真 と か 撮 ら れ る の 平 気 に な っ て き た っ ちぅか、気にならんようになって来た言うんか、だんだん快感に変 わ っ て 来 た っ て い う か。⋮⋮ 今 わ か り ま し た。宇 宙 の 心 は は や て ちゃんやったんですね。 私の勉強したいという意欲とダンスが認められたのか、なんとこの たび齢三歳にして動物図鑑を与えられてしまった。自分の才能が怖 いわー。しかもかなり本格的なの。裏見たら九〇〇〇円とか書いて あったから、驚いて失神するフリしたらおとーちゃんにバカウケやっ た。あ、吉本入りたいワケやないんでスカウトはお断りしますー。あ と、おかーちゃんが翠屋のポイントカードを未だに隠しとる件につい ては黙っといたるで安心せえ。 まー、動物図鑑なぞDVDで予習しとる私には余裕やろとか思って 来年から二十一世紀やろ シェフに遭遇するとかミラクルが発生して本日の運勢がジャック 11 読んどったら、車よりデカいヘラジカとかいう生き物が実在した件に ついて。こんなん⋮⋮アカンやろ。奈良におったら世紀末やん⋮⋮。 勝てる気がせん。 ヘラジカはともかく。未来の魔法少女はやてちゃんとしてはパー トナーである妖精さんの予習は欠かせないでしょう。というわけで マスコットっぽい生物をピックアップ。 一 つ 目 は 猫。か わ い い。二 つ 目 は 子 狐。か わ い い。三 つ 目 は ハ リ ネ ズ ミ。か わ い い。ふ く ろ う も か わ い い。蛇 と か カ エ ル は ち ょ っ と 嫌やな。豚は、⋮⋮⋮⋮豚はどっちやろ ◇1999年8月 も無事に過ぎたんやで ? れども三歳児なんやから未来のこと考えような。一九九九年七の月 を目撃してしまった。まるで動物博士だ。確かに今は世紀末ですけ はやてが動物図鑑を開いて﹁世紀末や⋮⋮﹂とかつぶやいているの ? 満 を 持 し て 家 族 で 海 鳴 臨 海 公 園 へ 遊 び に 行 っ た ら 初 回 で 月 ノ 輪 ? ポット。一時行方不明となっていたはやてを抱き上げて大声で保護 者を探し回ってくれたらしい。はやてはお姫様抱っこまでされてご 満悦の様子であるが、これには母として遺憾の意を示さざるを得な い。そこを替われ。しかし、月ノ輪さんが連れていたご近所のお子さ んともども翠屋のランチへ誘われたのでひとまず許す。ランチ イザナミだ。 翠屋に向かう道で月ノ輪さんから聞くところによると、近所の道場 で護身術の教室を開催しているらしく、ご近所さんたちには先生と呼 ばれているそうだ。用心棒か。学生さんらしい生徒さんによると、月 ノ輪さんは去年誘拐事件に遭遇した際、迷わず犯人たちの前に飛び出 して自動車一台を素手で破壊し、銃火器で武装した犯人グループ数人 を一人残らず叩きのめして人質を救出したのだとか。流石に盛りす ぎやろーと思いながら相槌打ってたら、すれ違った婦警さんから本当 に表彰を受けて警察署で指導するくらいの忍術の達人であると聞か され本日何度目かの胸キュン。婦警さんたちの目にハートマークが 浮かぶのも納得である。忍者なら仕方ない。さすが忍者。 ウチにも指導して欲しいですーと媚びてみると、ウチと旦那の地元 ! と、旦那と揃っておの 説の﹁お代は既にいただいております﹂をやられてしまった。ま、ま さか、こんなことが現実に起こりうるのか か。こんなん安すぎやろ。と思った時には既に申し込みが済んだ後 の月謝は千円で、しかも同性の家族はひとまとめ一括千円で良いと うと考えていたが、帰ってから地域広報誌を調べてみるとなんと実際 ところで護身術教室の月謝一千万円は旦那に頑張って支払わせよ か旦那にバレずに済みましたので。 てきてしまったが、後悔はない。何しろランチにいくら使っているの とか告げられる。思わず魅惑のディナー最上級コースの予約までし のいていると、追い討ちにお好きな持ち帰りデザートをご注文下さい ! 12 ? 商店街を思い出すノリで月謝一千万円を提示される。高いわ、阿呆 気になる ! しかも回覧で回ってくる地域広報誌にも広告を出してるとか。え 一千万円って書いてあんの ? などと油断していたらランチのコースをご馳走になった上、あの伝 ? であった⋮⋮。はやての運動服用意せな。 ◇ はーい。公園で両親に捨てられかけた挙句、いろいろあって月ノ輪 センセーのパーフェクト運動教室に通うことになったはやてちゃん 三歳やでー。 この道 そして、通い始めてから確信したんやけど、高町さん家のなのは ちゃんって、魔法少女のなのはちゃんじゃないですかね おかーちゃんのとお揃いのを選んでやったわ。いや、お んなんおかーちゃんに決まっとるやろ と 言わせんな恥ずかしい 泣 き 真 似 と か え え か ら は よ 買 え。い や、感 動 し た か、誰の真似や。 ! かーちゃんとポルコのどっちが好きかとかそういうのええんで。そ んかねぇ やけど、何がなんでも豚ちゃんおすすめしてくるのはやめてくれませ とりあえずおかーちゃんとトレーニングウェアを買いに行ったん ⋮⋮リリカルな魔法少女の道は厳しいと言わざるを得んわ。 の 女 性 陣 全 員 が 教 室 に 参 加 し と る ん よ ね。自 宅 に 道 場 が あ る と か 場、月ノ輪センセの家じゃなくて高町家の道場らしくて、毎度高町家 ? 立からのブリッジからの倒立とか 私はいまだ前転レベルなんで のの。何あの怪童。二歳半のくせに宙返りとか一八〇度開脚とか直 気合十分なのはちゃんには負けてられへん、と意気込んではみたも ! ! あと、バランスを取る練習だ ち逃げするつもりやのぉてですね。や、年寄り臭いと言われて奮い せやからですね、ちょぉ待とうや、なのはちゃん⋮⋮。いや別に、勝 ハッ は 半 々 く ら い で す。ま ぁ ス タ ミ ナ は ボ ロ 負 け な ん で す け ど ね。ハ り広げたり惨敗したり。なのはちゃんは怪童やけど素直やから勝率 ジャンケンだとか、色々遊びを教えて貰ってなのはちゃんと熱戦を繰 とかで、片足相撲だとかバランス崩しだとか膝タッチだとかジャンプ 私はいま股割と前屈の練習中やで のはちゃんがんばれー、みたいな。やはり魔法少女か⋮⋮。 すがそれは。正直言うと新体操を観客席から見とる気分でした。な ! ? 13 ? やめよな あ、これ無理な 立 っ て た 頃 の 私 は も う お ら ん の で す わ。年 で 死 ん だ ん で。あ っ、 ちょ、無理矢理はやめてって⋮⋮な ? ヤツや、アカンやめてください死んでしまいますセンセーたすけてー ? ◇2000年1月 どうやらウチの娘は負けず嫌いであったらしい。高町家の天才幼 女なのはちゃんと迷勝負を繰り広げるうちにみるみる運動が得意に なっていく。もちろん月ノ輪先生の指導あってこそなのだろうが、そ れにしても二人とも天才かと。 さらにウチも指導の効果か、体重は低空飛行、体脂肪は着陸態勢、上 半身がストレッチで大地に着陸できるという魅惑のボディを手に入 れつつある。アカンやろ⋮⋮月ノ輪先生がウチに惚れたらどないす んねん。ということを、高町家の桃子お母さんやはやてと共に話して ﹂と乱入。月ノ輪パパも交えた四人で いたところ、肉食系なのはちゃん︵三歳前︶が﹁話は聞かせてもらっ た。先生はなのはと結婚する 結婚生活ごっこへ突入する。 桃子お母さんとウチのはやてのみである。先生いつか刺されんで 帯番号をゲットしていた件について。え いつの間に と、素で と、そんな風に油断していたらはやてがちゃっかり月ノ輪先生の携 ? を考えてしまった。なお、最後まで冗談で済ませられたのは高町家の う﹂と微笑まれたときにはキュンとしすぎて⋮⋮体が勝手に⋮⋮再婚 半分だったのだが、月ノ輪パパに﹁ただいま五十鈴。お夕飯ありがと 人妻四人︶という、ただれた結婚生活に変貌した。ウチも最初は冗談 に来ていた他の女性陣も我先にと参加し始め、夫一人に妻一五人︵内 と、そこまでなら微笑ましい話で片付けられたのだが、護身術教室 ! ? バレてませんように、と祈りつつ翠屋に向かったが案の定あっさり 空中衝突の後、空中卍解した。 うから急に月ノ輪先生が来たのでよそ行きの人格と内向きの人格が あり、架空の話し相手かと思いながら電話を替わったら受話器の向こ 聞いてしまった。そのことに気がついたのがはやてが電話中の話で ? 14 ! バレており、しかし、月ノ輪先生に﹁五十鈴お母さんは家庭的でステ キだね﹂と微笑まれて嬉しいやら恥ずかしいやらで思わず悶えてし まったのだが、それを見ていたはやてにドラマでしか見たことないく らい冷めた目を向けられて、心の折れる音がした⋮⋮。 すんませんはやてさん、謝りますんでそんな目で見んといてくださ い ⋮⋮。あ と 旦 那 に は 黙 っ て お い て く だ さ い ⋮⋮。こ な い だ の ク リ スマスに魅惑のディナーへ行ったとき月ノ輪先生差し置いて煽てて 最高の嫁さんやって台詞言わせたばっかなんです⋮⋮。でも実は二 枚目のポイントカードもそろそろ五〇〇ポイント溜まってしまうん です⋮⋮。 故に翌朝、先生との二度目の電話中に﹁はやてちゃんは賢くてかわ いいね∼﹂と言われて悶えているはやてを見て冷たく当たってしまっ たことについて謝る気はない。もちろん、聞き耳を立てていたことに ついても母として当然の権利であると主張する。 と褒めたら自分で点数をつけ始めた。太陽万歳の ちゃんの会社が吸収合併されとったんやけど、この合併して親会社に なったんが日本屈指の複合企業に成長中の、いま最も熱い企業﹃ルル ︵Lulu︶﹄で⋮⋮そこのオーナーが月ノ輪先生なんやと⋮⋮。 もっと詳しく言うと、ルルは元々ファッションブランドで、社長の 15 ◇ おかーちゃんが先生にデレ始め⋮⋮いや、最初からデレとったか ローンの組み換えで、ローンが残り六年から二年になるというウルト 最近影の薄いおとーちゃんだけど、なんと昇進からのボーナスと す。 ないような昨今皆様いかがお過ごしでしょうか。はやては大丈夫で 公安魔法少女に変身フラグが立ったような気がするようなしなくも とにかく、おとーちゃんと離婚からの引っ越し、ミッドなんとかで ? ラCを決めて存在感をアピールしとるみたいです。金メダル級やで おとーちゃん ポーズや ! が、ここに来て驚愕の事実が発覚。この大昇進劇の裏側ではおとー ! エリーゼさん、モデルの夏姫さま、出資者の月ノ輪先生で起こした企 業やったらしくて、現CEOのエリーゼさんと常任役員の夏姫さまが それぞれ株式の三割ずつ、月ノ輪先生が権利の四割を持ってて、配当 と聞いたところ、ル もそれに準じてるとかなんとか。夏姫さまとか超有名人じゃないで すか。 純粋を装って、それっていくらくらいなん ルの純利益二〇〇億円のうち四割を好きに配分できる権利があって、 去年の配当金は一〇億円だったそうです。流石の先生も、私が純利益 とか配当金なんて言葉を理解しとるとは思わんかったんやろうなー。 配当すらおとーちゃんの年収の五〇倍なんですけど、それは。株式 価値はその五〇倍はありそうなんですけど、それは。そして受話器の 反対側で聞き耳を立ててたおかーちゃんのリアクションがめっちゃ 恐ろしいんですけど、それは。 ちなみに遠目に見てもデカい月ノ輪先生の豪邸︵推定一〇億円クラ ス︶はローンなしで建てたんやって。格差社会か た屋敷だ⋮⋮この五十鈴の目を持ってしてもわからなかった 何やらわんさかおるとか。よもや庭師までも実在していたとは大し ルの可愛らしさ。実在したのかメイド⋮⋮とか思ってたら庭師やら まずメイド。しかも超美少女。同性なのに抱きしめたくなるレベ た。 だが、そんな生ぬるい想像ではとても現実には追いつけていなかっ パーイケメンの周りに女っ気がないはずがないと覚悟はしていたの 豪邸にお邪魔したのだがそこで格差社会を実感した。いや、あのスー ルで祝ってもらえるということで、イケメン大金持ちの月ノ輪先生の 未来のスーパーモデルはやてちゃんの就職と四歳の誕生日をダブ ◇2000年6月 ︵モデル話︶ あ、そうそう。私もいろんな服着てみないか言うて誘われました ! 営者とか言われてるエリーゼ最高経営責任者閣下。もう一人が世界 次に現れたのも超絶美人。一人は旦那の上司で、世界屈指の女性経 ! 16 ? 最高峰のスーパーモデルで現代のかぐや姫こと夏姫様。なんと先生 と同居してるとか羨まけしからん状態であることが判明して頭どう にかなりそう。こっちの二人組みは直視するのも恐れ多いと感じる レベルの美人さんである。視界内でこの人らの周りだけ光が溢れて 宝石が散りばめられとるような格差社会現象を感じる。 そして次から次へと現れる美人アーンド美少女。すべて、今日ルル 本社に居た現役のモデルさんたちだそうで、これだけでも心がポッキ リ行きそうだったのだけど、誕生日ケーキを作ってくれた美人パティ シエこと高町さん家の桃子お母さん、そのお手伝いをしてくれた美幼 女なのはちゃんがドレス姿で登場してくれちゃった後が凄かった。 なんと、ハッピーバースデーの声と共に始まる生演奏。人気バンド ﹃ベイリービーズ﹄の演奏に合わせて、天使のソプラノ﹃SEENA﹄ で、コンサートに それどこの大統領夫人 え、本社にいた 様の歌声が響くのである。ありえんやろ のバースデーパーティー ? ガードが堅い と誘ったが﹁いいえ。私は遠慮しておきます﹂とか返されて失敗した。 生に抱き留められて勢いそのまま瀕死のフリをしながら結婚しよう はやてははしゃぐだけで済んだが、ウチは気絶する寸前で月ノ輪先 ? ! ドレスとか 確かにパーティーて聞かされてたけれども。ドレスとか。ドレスと か !! はやてとウチのためにドレスを用意してくれているとか。どんだけ やねん。あ、でもAラインか。 とばかりに会場 流石にウェディングドレスよりはなんぼか安そうかなー、大丈夫か なー。という程度のドレスを纏って真打ち登場 フとフォークが滑りまくったけど、心の清涼剤ことなのはちゃんと愛 そして現役モデル、現役歌手らと共に囲む食卓。緊張しすぎてナイ だろうかと思ったが、それも今さらなのでカメラの操作に集中。 する。ヤバい、羽とかフリルとかもりもりやん。いくら掛かってるん に戻るとウチのウェディングドレスばりに飾り立てられた娘を発見 ! 17 ? ちなみにここまで全員ドレス着用である。パーティーやん。いや、 ! と思ってたらさらにサプライズ。なんとエリーゼ最高中略閣下が ! しのはやてが隣でずっと笑ってくれていたおかげで何とか食事会を 乗り切るのに成功。この緊張していてもわかるくらい美味しい食事 は案の定月ノ輪先生の手作りだと確認して追加で悶絶。 その後、ウチが勢いからもう一度月ノ輪先生に結婚を申し込んだこ とを皮切りに何故かその場の女子全員が先生に結婚を申し込む流れ に。五人くらいキスしてたけど月ノ輪先生は﹁女の子が自分を安売り しちゃ駄目だよ﹂と困り顔で説教。あれだけの美人に迫られて自制す るとかコイツ本当に男か と思ってたら﹁代わりに好きって言っ て﹂とおねだりされて顔を真っ赤にしていた先生をウチは⋮⋮なんだ か⋮⋮食べちゃいたい⋮⋮と思いました、まる。 食事会が終わったらみんなでゲーム大会やらカラオケやら。 格闘ゲーム、ロボット格闘、レースゲーム、パズルゲーム、シュー ティングゲーム、ゾンビアクション、釣りゲームなんかのテレビゲー ム。ポーカー、ブラックジャック、バカラ、七並べ、ばば抜きなどの トランプゲーム。他にもカードゲームやら射撃やら。 全てのゲームで参加者が一〇人から一五人くらい居たのに、すべて トップと二着を月ノ輪先生とエリーゼ閣下が競い合うというワケの わ か ら な い 展 開 に。な ん や こ の 人 ら 強 す ぎ や ろ。お か し い。し か も 二人とも子供相手にはちゃんと手加減して戦いつつそれである。子 供たちからも大人げなく勝利を奪っていった大人は月ノ輪先生に接 待プレイなしでコテンパンにされるか、エリーゼ閣下に接待プレイし ﹂と高笑いされながらボコられるかしていた。それでも ていただいたあとに最後の最後で﹁楽しかったぜェ、お前との友情 ごっこォ∼ だろう。もう笑うしかない。 そのうえ各ゲームの上位者には翠屋のコース予約券やらルルの商 品券やらが配られたが、月ノ輪先生はほとんどの景品をはやてにプレ ゼントするというイケメンホストに。なのはちゃんが拗ねてしまう かと危惧していたら、クリスタルカットのガラスの靴をゲットしてす か さ ず プ レ ゼ ン ト。し か も サ イ ズ も ピ ッ タ リ。計 算 通 り か ⋮⋮ 今度は逆にはやてが拗ねるかと思いきや﹁誕生日の子には景品じゃな ! 18 ? 会場が嫌な空気にならなかったのは二人が次元違いに強かったせい ! なお、 くてちゃんとプレゼントで用意したよ﹂と、同じ型で色違いの靴を取 り出してプレゼント。なんやねんそれ、惚れてまうやろが お値段は秘密だそうだ。 い、胃が⋮⋮。 だ、これすごく高い⋮⋮ 円ほどすると判明。ただし、色付きガラスのは非売品だそうです。や 靴については後で調べたところ、類似品がオーダーメードで25万 いた気がする。聞いてみたら上司命令でやってたらしい。 ショックを全く誤魔化せていない。馬の目にすら哀れみが浮かんで に も 衣 装 ⋮⋮ だ っ た ら 良 か っ た の だ が ア レ は ⋮⋮。シ ン デ レ ラ 胃を押さえていたら何故か旦那が馬車に乗ってやってくる。馬子 どういうことや ティアラだったらしく、たぶんそういうことだろうとのこと。ど⋮⋮ ちゃんが貰ったプレゼントは同じシンデレラシリーズから本物の が、高町家の頼れるお母さん桃子さんに聞いたところ、前になのは ! ◇ で高収入の月ノ輪先生 番外に決まっとるやろ。 ティーの際に取り乱しとった分の減点で現在七〇点である。高性能 評価。ウチの旦那のが高収入ということで八〇点評価。ただしパー 旦那ポイントのレースでは高町パパが高機能ということで八五点 うに盛り上がる。 わー。自分たちもシンデレラになってみたいという話題で少女のよ なお、桃子さんもドレスまでもらい受けてしまった模様。わかる の靴も要求しとかなあかんかったわ。 笑顔で言い切っちゃうとか格好良すぎやろ⋮⋮。忘れてたけど、ウチ ごすごと引き下がってしまった。子どもたちのためにあのセリフを レラにかけた魔法が解けない限り受け取れないよ﹂などと言われてす というわけで桃子さんと相談の上で揃って返却に行ったが﹁シンデ ? はいて最終的に馬車に乗せられた件。シンデレラちゃうんですかね ティーに誘われたんやけど、色々あってドレス着せられてガラスの靴 な ん か な の は ち ゃ ん が 誕 生 日 お 祝 い し て く れ る っ て 言 う て パ ー ? 19 !? ラストが馬車でええの 抱けなかった⋮⋮ってか、 テ レ ビ で し か 見 た こ と な い わ うの あんなん。 い馬に引かれたツヤツヤの馬車が来るんですね。メープルカラー言 で、色々あってパーティーがお開きになって帰ろうと思ったら、白 でしょ。 どういうことやねん、ていうか普通︵出資者が景品取ったら︶いかん たんや⋮⋮。これでも最上級ディナーコースに二回行けるだけって 付いてなかったけど、私はさりげなく書かれた値段に気付いてしまっ の商品券が合わせて一五万円分貯まった。おかーちゃんは値段に気 そして月ノ輪先生に貢いで貰ったおかげで翠屋の食事券とかルル 室とか案内してくれた。センセーも凄いわ⋮⋮。 とか図書室とかレコーディングスタジオとか温室とか食堂とか展示 おかーちゃんが着替えに行っとる間になのはちゃんが邸内の温泉 思ってたけど今日改めて思った。なのはちゃん凄いわ⋮⋮。 ポールの真似してた。これまでもなのはちゃん凄いすごいと何度も 車された世界屈指のスーパーモデル夏姫さまに肩車されてトーテム ちなみに、なのはちゃんは普通に顔見知りの模様。月ノ輪先生に肩 !! いっぱいおるけどみんなテレビで見たことあるわー、という感想しか S E E N A 様 と か 出 て き た 時 点 で 色 々 振 っ 切 れ た け ど。他 に も ? んですかね なんでお姫様になっとんの と、気付いたのは次の あれ 私は魔法少女なんでどっちかというと魔女の役じゃない ダメでした。はい、私も同じ気持ちです。 んに減点受けとった。馬が義務感だけで動いてるのがわかるくらい で﹁なにこれ﹂だけだったりと、あまりにアレやったせいでおかーちゃ さに衣装に着られてる乗馬服みたいなやつで、台詞は最初から最後ま 馬車の御者は何故かおとーちゃんやった。そのおとーちゃんはま ? ? で、帰ってすぐ馬車に山積みされてたプレゼントを開けてたら目録 も望むところなんですけれども。 日にケーキ食べてる時でした。まー、プリンセス属性が付与されるの ? ? 20 ? が出て来た件。おとーちゃんとおかーちゃんが夫婦揃って﹁目録つき かぁ﹂とか言って天を仰いでたけど、私も半分同じ気持ちです、はい。 ガラスの靴は最初から私らにプレゼントするつもりやったらしく て、ちっちゃく名前入り。つま先の部分に、なのはちゃんのは白と青 の、私のは黒と金のアクセント入り。ケースと台座付きで、目録にも 写真付きで載っとった。私の貰ったやつのがちょいクールかな ◇2000年8月 でって⋮⋮はかどるやろ ﹂とか叫んで取り乱 い て や。タ オ ル と 枕 と 布 団 と 時 計 は す ぐ 使 い ま す け ど。い や、な ん 赤いのは⋮⋮⋮⋮いや、紅の豚グッズて⋮⋮おかーちゃん笑わんと これも職業柄ってヤツなんかなー。 すよ。ルルのモデルさんらはみんなこれみたいです。言うてみたら とか口紅までセットになっとるおしゃれすぎのアイテムが多いんで ントとか靴とかまでは分かるけど、伊達メガネとか子供用マニキュア 緑のリボンが服とかぬいぐるみとかで、帽子とか髪飾りとかペンダ しゃれなお絵かきセットなどなど。 恵の輪のマッスル版みたいな立体パズル、SEENA様からやたらお 青いリボンは小物。なのはちゃん手作りの押し花や、先生からは知 り。 温めたキッシュを食べたら美味しすぎて家族みんなして白目向いた したり、つまみ食いしてた私が美味すぎて取り乱したり、朝ごはんに ちゃんが我慢できずに﹁スイーツの宝石箱やー キッシュ。取り出して箱から冷蔵庫に移していくんやけど、おかー の数々と﹃朝ごはんにどうぞ﹄ってメモが添えられた野菜たっぷり ルドゼリーなどショーケースに入れておきたくなるようなスイーツ と、宝石ベリーのムース、イチゴの王冠パイ、グースベリーのエメラ 色のリボンらしい。生ものはアカンっちぅことで順番に開けてみる 箱のプレゼントはリボンの色ごとに種類が分かれてて、生ものは黄 ? もちろん写真にも納めてあるが、数日間取り組んでいた一〇〇〇 21 ! 紅の豚グッズに取り囲まれてご満悦の娘が超かわいい。 !! ピースの立体パズルがようやく組み終わったからか、今日のはやては いつもの倍くらいニコニコしてるので、ママ友に自慢したいくらいか わいいのである。 ところで。実家では﹁食べてすぐ寝たら豚になる﹂と脅されたもの だが、はやてにそれを言うと目を輝かせてしまうのでウチでは﹁食べ ﹂と返された。DNAが⋮⋮ てすぐ寝ると牛になっちゃう﹂と脅すことにしてみた、のだが。ウト そこまで変わるのか ? そういえばどういう原理なんだ ? ウトしたはやてに﹁それってDNAが 牛に ? やはり天才か⋮⋮ それともまた幻術なのか ? ? 伝子というものをおおよそ理解していないか か ? ⋮⋮食べちゃうぞ ⋮⋮。ちゃんと全部に名前が書いてあるのは偉いのだけれど。抱っ でいたからである。なんでぬいぐるみ五つも突っ込んであんねんな ングで気付いたのかというと、スポーツバッグがパンパンにふくらん ということを娘に伝え忘れていたことに気付いた。何故このタイミ ところで、持って行ける紅の豚グッズは数を絞らなければならない ているからではない。一応本当である。 的な登山でないのは幼い娘が居るからであって旦那の体力が不足し 運動靴と動きやすい服と帽子くらいは用意しておかなくては。本格 そしてハイキング三回などというハードスケジュールであるため、 だ二十世紀である。おかしい。既に二十一世紀感があるのだが。 ちなみにこれは二十世紀最後の旅行である。繰り返す。今年はま るという贅沢三昧の予定だ。 泊、奥飛騨温泉郷でも一泊して、ウチの両親を送り届けてから帰宅す 我が家で合流後に富士山麓で一泊、長野の木崎湖で一泊、上高地で二 地 に 遊 び に 行 く の で 二 週 間 も 前 の 今 か ら そ の 準 備 に 追 わ れ て い る。 今年は旦那の夏休みに合わせて、ウチの両親と義父母を誘って上高 !! に な る、と い う 見 解 で ひ と ま ず 解 決 し た。先 生 あ り が と う。お 礼 に お釈迦様の神通力で畜生道に堕とされるので遺伝子レベルから牛 ? テレビで知ったの 先生に聞いて⋮⋮わかるか というかウチの娘は四歳にして遺 ? こして行けるサイズのだけにしような。 22 ? ひらがな三つではやてって、わかりやすいし可愛いや でもなんか名前が気にくわないらしい。書いてて気が付いたのか。 なんでや 漢字で書くと堅っ苦しいって理由もなー。 引き替えに ? ああ、こんなん味わうくらいやったら、魔法少女になんてならんで はちゃんじゃなくても止めるわ。 親しい人の命と引き替えとか普通は頷けんやろ⋮⋮。こんなん、なの やっばい⋮⋮足下が崩壊するような心境っちぅのを甘く見とった。 な。 じそうです。そう考えたら、世界と引き替えでも最後は頷くやろう 命と引き替えでも⋮⋮まぁ多分泣きながらでも、最終的には取引に応 らない人の命とだったら、悩んで、それでも実行しそう。先生たちの ちゃんを蘇らせて貰えるなら一も二もなく頷くでしょうね、はい。知 今の私の精神状態だと、自分の命と引き替えにおとーちゃんおかー ありえる。 ⋮⋮⋮⋮ふーむ。 ⋮⋮。 やてちゃんやでー。 が改心してハッピーエンドとか王道かなー。魔法少女ダークネスは なのはちゃんは私のことを必死に止めようとして、まぁ最後には私 世界を滅ぼしてまうーとかそういう理由もあるのかもしれん。 と悪魔と取引しちゃうブラック魔法少女とかその辺 たんか。私の役どころはおとーちゃんとおかーちゃんを蘇らせよう ルなのはって、なのはちゃんが主人公で、私がライバルとか悪役やっ 八神さん家の名前だけは守り通せましたわ。そしてアレか。リリカ いやーはっは。危うく高町はやてになりかけたけど、先生のお陰で すー。 本 日 よ り 月 ノ 輪 先 生 の 家 の 娘 に な り ま し た、八 神 は や て 四 歳 で ◇ やで ろ。と言っているのになかなか納得しない。なのはちゃんとお揃い ? も 良 か っ た。お と ー ち ゃ ん と お か ー ち ゃ ん が お れ ば 別 に そ れ で 良 23 ? かった。目が覚めたら見知らぬ部屋で、生き残ったのが奇跡だなんて 褒められるとか、話を聞いて耐えられずに気を失うとか、ぜんぶ⋮⋮ ぜんぶ物語の中だけの話やと思っとった。 なんで⋮⋮なんで、こんなことに⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ああ、私か。私が望んだからこうなったのか。 ああ、どないしよう⋮⋮おとーちゃんとおかーちゃんおらんくなっ てしもぉた。じーちゃんも、ばーちゃんも、誰もおらん⋮⋮ なんやそれ⋮⋮それがなんや⋮⋮ ⋮⋮おとーちゃん⋮⋮おかーちゃん⋮⋮ 先生の家の娘 ! エリーゼさんが本物の魔 ⋮⋮誰も⋮⋮代わりになんかならんやろ⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮たすけて⋮⋮誰か⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮誰か⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮ 誰か ﹁││じゃあさ、はやて。取引しようぜ 法使いを紹介してやるよ﹂ ◇ ? 一体いつから││││なのはちゃんの方が先に魔法少女になると 錯覚していた 24 ? 魔法少女ダークネスはやてちゃん、始まるみたいです。 ? 私立聖祥大付属小学校・ギスギスの一年生編 アリサVS ││1 私立聖祥大付属小学校。 名門として有名な小学校へこの春入学したばかりのアリサ・バニン グスにとって、同じクラスに在籍する高町なのはという少女はとにか く気に入らない相手だった。 頭が良くスポーツ万能。最初のうちこそ超えるべき壁として認識 していたが、テストは共に満点か凡ミス込みの高得点。競い合ってい るうちにライバル心こそ燃え上がったものの、勝ちを拾って満足とい う段階には至っていない。 スポーツの方など絶望的だ。どこの世界に﹃ドッジボール中に、背 を向けている相手から足下へ飛んできたボールを足で受け止めつつ 宙返りして、空中でひねりを加えながら手から発射する小学生﹄がい 25 るというのか。⋮⋮ここにいるが。目を疑う。 鉄棒でも、サッカーでも、ミニバスケットでも完敗だ。一般的に小 中学生の早生まれというのは運動能力に劣ることが多いのだが、高町 なのははアリサより4ヶ月も遅く生まれながら上級生でもほとんど 勝てないレベルの運動能力を保有している。どうすればいいと言う のか。 しかも、だ。 高町なのはには半歩劣るが同じく万能小学生の八神はやてや、運動 で高町なのはに並び勉強でもアリサにほとんど並ぶ月村すずかとい う、いわばアリサのライバルたちと非常に仲の良いのが高町なのはな のだ。 というか率直に言って羨ましい。 彼女らは幼なじみだと言う。納得である。だがズルくはないだろ うか 気に掛かる。 に打ち解けてきていると思っているが、だからこそ、他二名の存在が 社交的な││なれなれしいとも言う││八神はやてとは最近徐々 ? この内、月村すずかには勉強で勝てるからいい。勉強ではこれから も先を行き、運動では目標に据える。健全なライバルだろう。 だが高町なのは。てめぇはダメだ。アリサを歯牙にも掛けない余 アリサ・バニングスには哀 裕の態度。幼い子供だから仕方ないよねという上から目線の落ち着 歯牙に、掛けろ き。いらだちが募る。 同い年だろうが ! ﹁先生のオムライスの方が美味しいの ﹂ ﹂ ﹁ウチのシェフの方が美味しいって言ってんでしょ ら ! ! ク プロだけである。 シェ フ ! ⋮⋮まだ笑うな⋮⋮ かった。思わず笑いがこみ上げてくる││が、こらえる。⋮⋮ダメだ 現実を知らないお子ちゃまが吠えている姿が、アリサには心地よ ﹁先生だってプロのシェフだもん ﹂ アリサは確信していた。彼らに勝てる存在など、世界でも指折りの は目を瞑る。 勝てる。高町なのはに勝てる。人の手を借りていることに関して あった。 料理人 た ち ま で い る。料理長 は 五 つ 星 ホ テ ル の 総 料 理 長 経 験 者 で コッ 日本有数という豪邸には一流レストランから引き抜いたお抱えの 長の孫、最高経営責任者の一人娘。 超大型複合企業、バニングス・エレクトリックの創業者一族にして、会 コ ン グ ロ マ リッ ト ア リ サ・バ ニ ン グ ス は お 嬢 様 で あ っ た。世 界 に 名 だ た る そう、ウチの、プロである。 プロなんだか アリサは負けん気が暴走して、つい張り合ってしまったのだった。 だから、その話題が出たとき。 れみも施しも不要である。 ! た。なぜならばこれは仁義なき戦いだからである。⋮⋮というか、勝 月村すずかとかいう小娘が何かを言っていたが、アリサは無視し ﹁二人とも、人をダシにして喧嘩をするのはダメだよ⋮⋮﹂ ! 26 ! てる戦いを降伏以外の言葉で中断するなど愚か者のすることだろう。 アリサは手を抜くつもりなど全くないのだ。 白けるから口を挟むな、という意味の視線を向けると月村すずかも ﹂ ﹂ 大人しくなる。先程からグチグチと煩かったヤツを一睨みで黙らせ たことで、アリサの自尊心が満たされていく。 先生は アリサは全能感にも似た久々の興奮に酔っていた。 ◇ ﹁あっ、お姉ちゃん !? えっと、おかえり、なのは。先生を呼べばいいの ﹁えっ ? ! うに制服のリボンを直している。 ││これから会う人物に気を使っているのだろうか んでいたし。 先生と呼 なのはが制服の皺を伸ばしたりしていた。月村すずかもつられるよ アリサが考えている間にも、入り口脇の壁掛け鏡を覗き込んだ高町 ││なかなか面白い姉妹のようだ。 のか。 なかなか洗練されているように思えた。颯爽としている、とでも言う ちょっと待っててね、と言い残して立ち去る姿は、アリサの目にも てしまっている。 柔らかい印象を受ける││のだが、今はその顔も困惑と心配に彩られ ゲしい気配と表情を纏っている。対する姉は顔立ちが鋭く、表情から 高町なのははおっとりと優しげな顔立ちをしているが、今はトゲト 似てないが。 高町なのはの姉か⋮⋮結構美人ね、と、アリサは思った。あんまり ﹂ ﹁うん ? ! いる。 この金髪お嬢様の場合﹁敵地へ向かうのに舐められてたまるか という意識がだいぶ強かったのだがそれは捨て置く。 ﹂ 中はもちろん、店に入る前にもアリサはきちんとチェックを済ませて だしなみというのは取り繕うものではなく身につけるものだ。移動 アリサは思考の片隅でそう考えつつも、その無様を内心で笑う。身 ? 27 ! ﹂ そうこうしているうちに、カウンターの奥から人影が現れた。 ﹂ ﹁はいはい。どうしました、お姫様方 ﹁あっ、先生 ﹁こんにちは、おじゃましています﹂ ﹁う、ゎ⋮⋮ぁ﹂ ││格好いい⋮⋮ きかった。 年齢にしては高い審美眼を備えていたアリサが故に、その衝撃は大 有り体に言って││身に纏う空気が、違う。 とでも言うべき濃厚な気配。 と白い歯、服装から全身から感じられる清潔感。にじみ出すカリスマ に流れ落ちた細い髪、浮かべた微笑みが露わにした形の良い薄紅の唇 表情や声や仕草の端々から感じられる気品と優しさ、帽子を取った際 いや、単純な美形というだけでなく、その素晴らしい体つきと姿勢、 そのアリサが、見惚れてしまうほどの美形。 違いなく。 し、幼いながらも著名人や日本国内外の美男美女に見慣れていた。間 出されるアリサは、有名俳優や一流モデルと会うことだってよくある そんな一族の思惑もあってか社交パーティーにも頻繁に引っ張り まだ小学一年生なのに。いい迷惑である。 陣との間で、日本で暮らすアリサのお相手にも注目が集まっている。 の女性陣と自分たちの出会いが運命だったのだと言ってみたい男性 ものがあり、ジンクスを破るようなステキな出会いをして欲しい一族 く金髪碧眼の外国人と結ばれているという一種のジンクスのような 員が日本国内で生活中に夫と出会っているのに全員が日本人ではな ちなみに日系三世の母、日系二世の祖母、元日本人の曾祖母は、全 の血が流れるイギリス系アメリカ人だ。 リカ人の父親から生まれた日系四世の││まあ一割ちょっと日本人 のように格好よくてホワイトブロンドの髪が美しいイギリス系アメ アリサは日系アメリカ人でエキゾチックな美人である母と、モデル ? なのはが畳み掛けるように声を上げる。 28 ! ﹁先生 オムライスを作って欲しいの 横目で思い切りにらんだ。 ││消えなさい、タカマチ ﹂ ﹂ えっと、そっちの子も 面でないことも自覚していたため、その姿を心中で見下すにとどめ、 いたアリサは﹁キンキンうるさい﹂と思った。だが、糾弾するべき場 自己主張が強すぎるその声に、ややうっとりとした気分を味わって ! ﹁オムライス お昼ご飯を食べていくの 一緒に ? ! ﹂ ﹂ ? 貴女も知り ! いよね ﹂ ﹁そうだよ。私の話なんか一度も聞いてくれなかったんだから知らな 合いだったの ﹁あっ、いえ。ない、です⋮⋮っていうか、月村すずか らの君は、食べられないものとか、特に嫌いなものとかあるかな ﹁そうなんだ。なのはとすずかの好き嫌いは把握してるけど⋮⋮そち だ。 ただし﹁お騒がせ﹂の中にアリサが含まれていない場合に限って、 しナイスフォローだとアリサは思っておくことにした。 月村すずかが伝えた話は多少ねじ曲げられているが、相手は大人だ なったんです﹂ 誘ってくれたので、オススメのオムライスをいただこうという話に ﹁お 騒 が せ し て す み ま せ ん、先 生。今 日 は な の は ち ゃ ん が ラ ン チ に その様子を横目に、すずかが丁寧に頭を下げる。 はあまりに魅力的に映る。 何より、顔と声と仕草で﹁疑問です﹂と表したその姿が、アリサに んだ。 手が出て来たせいで適当な文句を見失って思考は霧の中へと迷い込 という気持ちが勝って言葉を紡ごうとし、しかし予想外に格好良い相 も、気に入らない高町なのはの仲間なんかに丁寧に接してやるもんか られたよそ行きの言葉遣いが思わず口をついて出そうになりながら 突然かけられた声に、アリサは混乱した。家族からしっかりと躾け ﹁えっ、あ、その﹂ ? !? 29 ! ? ? ﹁うっ⋮⋮ ⋮⋮わ、悪かったわょ﹂ いくら気に入らない高町なのはの仲間だからと言って、言い負かす ならまだしも話を無視するというのは矜持に反する行いだったと、ア リサは反省した。 同じことをされて嫌な気分になった自分はそんなヤツにはならな いと心に決めていたのに、その誓いを自ら破ってしまったのだ。 悪いと思った時はなるべくすぐに謝っちゃいなさい、それは負けで ・・・ はないわ。という母の教えに従って、すぐに頭を下げる。 ﹁うん。でも別にいいかな。どうせ月ノ輪先生のお料理を食べたら負 けを認めるから﹂ ﹁⋮⋮﹂ 意地悪げに眼を細めて笑うすずかは悪の女幹部の風格である。 コイツこんな性格だったのかっていうか謝らなければ良かった、と アリサは思った。 すずかとしてもムカッと来てイラッとする展開続きで我慢の限界 だったのだ。このあとアリサが美味しさと敗北を認めることは確定 的なので、その場でアリサが謝ることも確定していると考えている。 謝るだろう彼女にそのとき追い討ちをかけるよりも、今ここで怒りを 発散しておいて将来の謝罪は素直に受ける方がすずかもすっきりで きるしアリサが受ける印象もいいのではないか││というような計 算があった。 裏社会の重鎮・夜の一族という生い立ちと生まれ持ったその頭脳、 社交界で磨かれた対人技能が激しくぶつかり合って火花を散らし、化 学反応によって毒物を生成するかのごとく、今のすずかを悪女に仕立 て上げていた。 ﹁ああ、私のオムライスが美味しいかどうかで争ってるのかな⋮⋮。 どうせ、 ごめんね、すずかもいつもはもっと落ち着いた優しい子なんだけど﹂ ﹂ ﹁あ、ああ、アンタのオムライスを食べれば分かる話よっ 大したことない以外の感想なんてないでしょうけどね 言ってやった、とアリサは思った。 言ってしまった、とアリサは思った。 ! ! 30 ! 売り言葉に買い言葉というものだが、考えてみれば││いや、考え るまでもなく。この料理人はただの被害者である。 本人は美味しいオムライスを作ろうとしていただけだろうに、周り が勝手に盛り上がって喧嘩のネタにされ、あまつさえ食べる前から酷 い言葉を浴びせかけられるなど、アリサには想像できないが、一体ど れほどの不条理で、どれほどの辛さだろうか。 今のセリフなどアリサの一方的な八つ当たりではないか。 頭の隅の冷静な部分がささやいた客観的事実に、アリサは後ろめた さから高町なのはの方を見ることも出来ない。ツキノワと言っただ ろうか。彼には心の中では先に謝っておく。 だが横目に見た月ノ輪は気にした様子もなく、ニッコリと微笑んで ウィンクさえしてみせた。 ﹁それなら、きっと美味しいって言わせてみせるよ。待っててね﹂ とっさに言葉が出てこないほど沸騰した思考から﹃本気で﹄アリサ に殴りかかろうとしたなのはは、月ノ輪に取り押さえられて母親の元 まで連行されていった。 なのはの小学生離れした運動能力と教えこまれた格闘技術が組み 合わさった場合、本気であれば例え相手が成人男性であっても殺害可 能であると知っていたのは、遠巻きに見ていたなのはの姉の美由紀 と、急いで取り押さえた月ノ輪先生だけである。 ◇ 結論から言おう。 月ノ輪の作ったオムライスはとてつもなく美味しかった。アリサ の、短くも豊かな人生において一番と言っていい。 香りの良いサラダから始まり、クリーミーながらさっぱりしたスー プ、ニンニク風味のソースが掛かった焼き野菜、ドレスを象ったよう なオムライス、あっさり甘いベリーを桃のゼリーで包んで更にそれを 帯状の柑橘系ゼリーでくるんだデザート。 アリサは辛口な採点を行うつもりだったのだが、これらの料理は見 た目にも美しく、味も香りも素晴らしく、付け合わせどころか飲み物 さえ非の打ち所がない完璧な仕事と言えた。あえて難点を挙げるな 31 らば質素な食器だが、きちんと清潔感はあったしシンプルと言い換え れば喫茶店のランチには十分だろう。 勝ち誇ったように目を細める高町なのはと、ニコニコと微笑みなが ら言外に負けを認めろと迫る月村すずかさえ居なければ、素直に謝っ て素晴らしい料理を賞賛したいほどに。 連中からは、失言の代価に二倍三倍と謝らせてやるという意思が透 けて見える。 だからアリサは、食後のジュースを持って来た月ノ輪とパティシ エールへ素直な賞賛を伝えると共に、高町なのはと月村すずかへは意 趣返しをすることに神に誓った。 複雑な心中を取り繕うように浮かべた笑顔が生来の美貌と合わさ り、アリサはわずか六歳にして艶やかさと儚さの混じったようなある 種の妖艶さを身にまとう。 ﹁││とても素晴らしかったわ⋮⋮あんなに美味しいオムライスは食 ﹂ ふざけるなッ ただろう。というか、食器が片付けられていなければ、なのはたちは それを投げつけていたかもしれない。 かろうじて残った理性がジュースの入ったグラスを投げつけるこ とを躊躇させた程度だ。育ちの良い彼女たちがもしもお冷をぶっか けて相手を罵るような女性像を知っていたら、この日の翠屋で昼ドラ が見られたことだろう。主演は小学校新入生の女児たちだが。 だが、引きつりかけた喉の奥から溢れた口汚い罵りの言葉が形を作 る前に、他でもない月ノ輪によってその意思は否定されることになっ た。 ﹁はははっ、光栄だ。でも、桃子以上に││ああ、そこにいる﹃なのは 32 べたことがなかったくらい。だから⋮⋮貴方、私の家の専属コックに ならない ではないか。そもそもなんだその演技はっ !? 手足の届く距離であれば││テーブルの対面でなければ、殴ってい ! 仕草から、言葉遣いからして完全に﹁私のものになれ﹂という意味 うく体裁とか色々投げ捨てて掴みかかるところであった。 謝るよりも先に勧誘に走りやがったアリサに、なのはとすずかは危 ? のお母さん﹄以上に、私の料理に合うデザートを作れるパティシエー ルを、私は想像できないからね。謹んで、お断りさせていただきます﹂ わずかな間があって、アリサの耳に﹁ふふっ﹂と鼻で笑うような息 づかいが聞こえた。もちろんアイツの、高町なのはの方角からだ。 ハッとして目を向けたアリサの視界に映ったその光景││ぴくぴ くと頬を震わせながらこちらを見る﹁そら見たことか﹂と言わんばか りの顔の憎いことと言ったら⋮⋮アリサがこの世に生を受けてから 六年と半年の中でぶっちぎりのインパクトだった。もちろん悪い意 味で。 その隣に座る月村すずかの﹁笑っては悪いが﹂といった様子も神経 を激しく逆撫でする。 ﹂と内心で吠える。 なんと生意気な子供だろうか。アリサは自分のことなど棚に上げ て﹁このクソガキどもがー それを表にしないのはここが喫茶店で、周囲に客の目があるから だ。 他人の目のあるところでそんなことを口走るのは、アリサが嫌う せ ﹃ガキっぽい﹄行動に当たる。自分からそんなステージに立つことは 願い下げであった。 ただし、相手に喧嘩を売られた場合はその限りではない⋮⋮ ていただけませんか あの、素晴らしいお料理を作って下さった方 まったことだけでも謝罪したいので、よろしければ我が屋敷に招かせ ﹁そ、そう。それなら⋮⋮貴方のお料理を食べる前から悪く言ってし ! そう。可能な限りレディに相応しい態度で、クソガキたちの縄張り から引きはがすのだ。そして両親という配役。あの二人など差し置 いて親密な関係になりたいという意思表示。 完璧である。アリサはごく自然な感情から浮かび上がる笑顔を、そ のまま利用した。 見れば、高町なのはは怒りも露わにグラスを握った手を震わせてい さ っ き も 言 っ た よ う に、な の は の お 母 さ ん が 作 る デ 33 ! を是非、両親にも紹介したいんです﹂ ? るし、月村すずかも顔を引きつらせている。 ﹁ご め ん ね ? ザートがなければ、私の料理は完成したとは言えないから、私の一存 では決められないよ﹂ ﹁でしたら、そちらのパティシエールさんもご一緒にどうぞ。我が家 で最高のおもてなしをお約束しますわ⋮⋮バニングスの家の者とし て﹂ アリサは挑発の手をゆるめない。否、これこそがアリサの攻撃であ る。こ の ク ソ ガ キ が 悪 で あ る こ と を 知 ら し め た 上 で 退 治 す る の だ。 まさしく正義。最終的に謝るにしても、まずは相手を謝らせてから自 分も多少譲るのが合衆国民的に正しい。現実は日本との二重国籍だ が。 実際、アリサの挑発はほぼ完璧であった。なのはにとってはいま最 ﹂という笑み もいけ好かない相手のテリトリーに、大好きな母親と先生を引きずり 込まれるようなものだったから。 アリサの目が﹁貴方たちには真似できないでしょう を浮かべている時点で業腹であったが、わざわざ﹁おもてなし﹂など という小学生らしからぬ言葉を溜めとともに放ってみせたあたりで ﹁それって罠にはめる気だよね﹂と確信して、 ﹁しますわ﹂の﹁すわ﹂で 何かに着火する感覚を覚え、言葉を終えた直後に﹁ちょっとお話しな きゃ﹂と立ち上がりかけたほどだ。 おそらくそれを止める存在がこの場に居たことこそ、アリサの最大 の幸運だろう。息の根を止められずに済んだのだから。 月ノ輪からの視線を受けた桃子が優しげな笑顔を浮かべて前へ出 たことで、熱せられたなのはの思考に一瞬の空白が生まれ││その思 考の隙間に言葉が挟み込まれた。 ﹁私たちの料理とデザートを褒めていただけるのでしたら、是非とも ご両親と一緒にご来店くださいませ、かわいいお客様。ご満足いただ けるように、私たちが精一杯おもてなしいたしますわ﹂ 間があった。 ││しまった。やってしまった││失策だ、やり返された。 みるみるうちにアリサの顔が赤く染まっていく。 お店に客を呼びもてなしを約束する。ごく自然だ。アリサの家に 34 ? 呼ぶよりアリサの両親をお店に呼ぶ方が料理人の名誉回復にはうっ てつけ。その通りだ。 なのはの母親はアリサとなのはたちの確執を知らないのだろうか ら、アリサの言葉を優しく訂正しただけの言葉なのかもしれない。 実際、桃子は喫茶翠屋のオーナーかつ保護者であったが故に、喫茶 店における子供たちの縄張り意識にまで考えが及んでいなかった。 しかし。 高町なのはと月村すずかの前でなければアリサも笑顔で流せた│ │いや、喜んで頷いていたかもしれないが、今の自分たちの関係と、よ りにもよってこのやりとりの最中では、台詞の価値が逆転してしま う。 つまり完璧なカウンターに││ ﹂ ﹁そうだよ アリサちゃんのお父さんとお母さんを呼んだらいいと 思うの なに笑ってんのよ、キラッキラじゃな 先生、予約 というか馴れ馴れしく名前を呼んでんじゃないわ 高町なのはぁぁぁああっ いの ﹂ ええ、そうさせていただきます ! びついた。 ﹁ ホホホ⋮⋮﹂ に月ノ輪から助け船が出されて││アリサは一も二もなくそれに飛 アリサが合衆国式正義執行の機会が失われたことを悟り、しかし同時 ト︵意味深︶だね﹂と言わんばかりにニヤリと笑い、それに気付いた 吠えながら立ち上がったアリサを見たなのはとすずかが﹁実力テス イムなら1、2組空いている日もあるからね﹂ ﹁そうだね。ご両親と相談してからいらっしゃい。来週のディナータ まッ﹂ ぁ、し むせてんじゃないわよ そんなに面 ﹁ぐっ、けほっ、けほっ。││うんうん、いいと思うよ できますか 月村すずかぁぁあああ 白いのかコラ ! ﹁││っていうか、勝手に話を進めてるんじゃないわよッ !! 35 !! ! ! ? ! !! !! ! ! アリサの父がこの場にいれば言っただろう。﹁今のが英国式仲介術 ! だよ﹂と。アリサにも四分の一ほど流れる血は今回役立たなかったよ うである。 アリサの素早い手のひら返しになのはとすずかはムッとした様子 だが、黙って見逃すことにしたようだ。大人が仲裁に入った形になっ てから騒ぐほど愚かではないらしい、と苦々しい思いを噛みしめなが らアリサはそう評価した。 あるいは﹃先生﹄の前ではしたない真似をしたくないだけかもしれ ない。││が。いい子ちゃんぶりやがってクソガキども⋮⋮ は兆倍にして返すぞッ │ │ 作 戦 だ。作 戦 が い る。こ れ は 戦 争 だ ⋮⋮ ッ こ の 落 と し 前 かみ殺す。 社交界で鍛えた完璧な笑顔を大人たちへ向けつつ、アリサは屈辱を ! 術的勝利││目先の戦いの方が重要なのだった。 のだが、まだまだお子ちゃまの金髪のご令嬢には戦略的勝利よりも戦 実のところ局地戦闘前に掲げていた勝利条件は達成しつつあった 劇的な勝利が必要だ。 カが、この場での連中の優位が仮初めのものであると証明するような あの生意気な高町なのはと月村すずかに一泡吹かせるようなナニ ! やれやれ。戦闘と戦争の区別もつかない戦術馬鹿にはなりたくな いものだな、ジーク。 36 ! アリサVS ││2 ││キーパーソンは八神はやて。 これまで集めた情報を整理すると、八神はやては全員に関わってい る。加えてアリサといくらか親密になっても不自然ではない立ち位 置だ。 先立っては情報を収集し、それを分析しなくてはならない。特に、 高町なのは。アイツの性能の由来を知り、可能であれば我がものにす るのだ。 アリサは、ただの一時の敗北程度で負けを認めるほど諦めが良くな い。 高町なのはが異様なほどの高性能であっても、それは﹁六歳にして みれば﹂という前置きがつく範囲の性能だ。 相手が人間としての常識内に収まっているのなら、アリサにとって は そ の 高 み に 至 る の が 遅 い か 早 い か の 違 い で し か な い。自 ら の ス テップアップを自らに可能な範囲で早めれば良いだけの話、と割り 切って考えることもできるだろう。少なくともアリサにとってはそ ういう話だ。 肝心なのは導き手││指導者だ。 いくら高町なのはに才能があったとしても、それがどこかに偏るこ となく健全に高められているという事実から見て、絶対に有能な教育 者が存在している。これは、バニングス家の有能な執事である鮫島に も考えさせたからほぼ間違いない。 そしておそらくは八神はやてを導いているのも同一人物だ。彼女 たちと幼なじみである月村すずかも同門だろうと見ているが、彼女の 成績を見る限り、出会いが遅かったか適正にいくらか偏りがあった、 のかもしれない。誤差程度だが。 今のところ、可能性が最も高いのは﹃先生﹄だ。あの、シェフの。ま あその辺りは八神はやてに確かめればいい。すぐにはっきりするだ ろう。 彼が目的の﹃指導者﹄であろうとなかろうと、出来る限りの関係を 37 持たなくてはならないことに変わりはないのだ。 なぜなら彼もまた、キーパーソンの一人なのだから。 八神はやてが情報を握る鍵だとすれば、彼は高町なのはと月村すず かへ直接ダメージを叩き込むための鍵だ。 彼をいかに攻略し、どれだけ自らの利益を引き出すか。そこで高町 なのはと月村すずかが受けるダメージに大きな差が生まれる。店で のやり取りでそれは確信した。敗北はしたが得られた情報も確かに あったのだ。 理想は彼を完全にバニングス家へと取り込んでしまうことだが、彼 は高町なのはの母と強い利害関係を結んでいるらしい。アリサはま だ仕事や恋愛がよくわからないが、両親が仕事のパートナーとしての 顔を見せた時に雰囲気が似ていたように思う。 ならば接近による利益配分の変化こそが理想的だろうか。即ち、現 状で高町なのはたちが受けている恩恵が削られ、将来アリサの受ける ? ﹂ いーって。⋮⋮じゃなくて、私の知っとるアリサちゃんやったら、ま だ諦めとらんよ ﹁えっ﹂ ? 38 恩恵が増す形。 ││パパと旅行の約束をするような感じかな。あの時はママに怒 られてたし。 アリサはちょっと情けない父親の姿を思い出してクスリと笑う。 そしてますます関係の構図が似ていると確信を深めた。 アリサが関心を引き、甘える。高町なのはが嫉妬する。愉快そうで ある。 大人はそれを略奪愛とか言うのだが。 ││やはり情報がいる。八神はやてに接触しなくては││ ◇ どうしたの、はやてちゃん 都内のマンションは諦め ﹁うーん⋮⋮⋮⋮あんなぁ、なのはちゃん⋮⋮﹂ ﹂ ﹁んにゃ たの ? ﹁そ れ は も う 先 生 に 怒 ら れ た か ら え え ね ん。老 後 を 考 え る に は 早 ? ﹁ネ チ ネ チ と 嫌 が ら せ と か は せ ん や ろ か ら 教 室 で は 止 め ん か っ た け ど、終わりがはっきりせん勝負やったら諦めないうちは勝負が続いと ﹂ る、くらいには考えるんちゃうかなぁ、たぶん﹂ ﹁⋮⋮そう、なの ﹂ 心当たりある けど、今回は点数も出そうにないしなぁ⋮⋮なんか景品とか賞品とか ﹁アリサちゃん本人は勝ち負けがハッキリしとる勝負のが好きっぽい ? ﹂ アカンわ。そんなん戦争やろ﹂ ﹁でも先生に断られてたの ? アリサちゃんの家のシェフを連れてくるつもりかも しなぁ﹂ ﹁あっ 戦争 ﹂ ? ﹂ なんや、アリサちゃんが図書室に来るなんて珍しいなぁ﹂ 荷物を持って図書室へ立ち寄っている可能性も想定していただけ た。 が、彼女らはどこかへ出かけるとかで二人で帰って行ったようだっ 高町なのはと月村すずかが同席した状態での会話も想定していた ることを確認してから行動している。 て、はやてが放課後に一人だけ教室へ荷物を置いて図書室まで来てい 偶然を装ってはいるが、アリサははやてたちの会話に聞き耳を立 もあったし﹂ ﹁ちょっと調べたいことがあったのよ。それに、貴女に聞きたいこと ﹁ん ﹁ああ、はやて。いいところに居たわ﹂ ◇ な。え ﹁あー、なんや教室で言うとったプロのシェフがおるとかいうヤツや ! ﹁ふむ⋮⋮先生なら店におるときなんかアプローチかけやすいやろぉ ﹁でもまだ諦めてなかったら⋮⋮先生のことを調べると思うの﹂ ﹁おぉ。悲劇は回避されよったか﹂ ! ﹁へー⋮⋮え ﹁アリサちゃん、先生を専属コックにしたいって言ってたの﹂ なのはが嫌そうな、そして深刻そうな顔で告げる。 ⋮⋮、⋮⋮⋮⋮⋮⋮。⋮⋮⋮⋮先生かも﹂ ﹁⋮⋮うーん ? ! ? 39 ? ? ﹂ に、アリサにはやや拍子抜けに感じられたほどだ。 ﹁珍しいこと続きやなぁ。なんや、言うてみ ﹂ ﹁翠屋のディナーを予約したいんだけど、連絡先とか知ってるかしら ? ﹁お ぉ、そ ら、な の は ち ゃ ん が 言 う と っ た ヤ ツ や な。ち ょ ぉ 待 っ て なー﹂ 本にしおりを挟んで携帯を取り出したはやてを尻目に、アリサは考 える。 ﹂ ││高町なのはと、今回のことを話し合っていたのね⋮⋮。そして 翠屋の連絡先も普通に知っている、ということは││ ﹁翠屋っていえば、貴女は﹃先生﹄の得意料理を知ってる やよな ﹂ ﹁んー、先生はなんでも得意やしなぁ⋮⋮⋮⋮って、月ノ輪先生のこと ? ⋮⋮まあ、せやな。調べればわかることやし隠すこと ? ﹁おりょ。知ってたん ﹂ 意味深に頷いたアリサに、はやては首を傾げた。 ﹁ふぅん。やっぱりそうなんだ﹂ 系のコース料理やで﹂ もないから言うけど、翠屋のディナーで出るんは基本は創作フレンチ ﹁ふふーん にも通じるんじゃないかと思って﹂ ﹁ええ、そうよ。高町なのはと月村すずかがそう口にしてたから、貴女 ? ﹁ほーん。なるほどなー。まぁ喫茶店やからランチのコース言うても いだろうと予測した。 て多少のアレンジはされていても、コースの上での役割は変えていな その上でコースの体裁を取っているのなら、喫茶店のメニューとし の違いは知っているであろうと素直に考えられる。 ﹃先生﹄がレベルの高い料理を作っていることを考えれば、当然それら 喫茶店のメニューにその違いを求めるのは少々酷かもしれないが、 出される順序や使われるドレッシングは異なっていることも多い。 似通った料理の多いイタリアンとフレンチのコースだが、サラダが ﹁サラダを見てそうじゃないかって思ってただけよ﹂ ? 40 ? 全体に軽いし、創作系やからイタリアンテイストが混ざるなんてとき も結構あるんやけどなー﹂ ﹁へぇ。それは知らなかったわ。ありがとう﹂ この会話からだけでも、はやてがコース料理について一定の知識を 持っているとわかる。それは同じ﹃先生﹄に師事しているだろう高町 なのはについても近しい予測が立てられるという意味で、アリサに とって貴重な情報だ。 その辺りの思惑は伏せたまま、アリサは素直に礼を告げる。 ﹁ふふ、どういたしまして。ほい、これが電話番号や﹂ 向けられた携帯電話の画面を前に、アリサは必要以上の笑顔を浮か べないよう気を引き締めなくてはならなかった。図書室で電話番号 を聞き取りやすく口頭で伝えるのは難しいだろうと考えての作戦が 見事に当たっていたがために。 アリサは、朝に一度確認したその番号をゆっくりとメモ帳に書き込 うーん。ああいうレシピって学校の本に載っとるもんなのか ﹁へぇ。なら、助けてあげんとなぁ﹂ ││しまった、油断したっ。 はやてのどこか含みのある視線と声、そして笑顔に、アリサは自ら の失策を悟る。だが、多少の情報流出は覚悟の上だ。リスクとメリッ 41 みつつ、携帯の登録に店員の写真が使われていることや分類情報を確 認した。 ││八神はやても翠屋の関係者と見ていいわね。メールアドレス はmomoko⋮⋮つまり高町なのはの母親のものも併記してある みたいだし。 ﹁ありがと、はやて。││そうだ。今からここで料理のレシピを探す ﹂ つもりなんだけど、良ければ翠屋のディナーで出るようなメニューを 教えてくれない ﹁え アリサは作り物の笑顔を崩さない。 少々わざとらしかったかと思いつつも、必要なことだと割り切って ? ﹁近いジャンルがわかるだけでも助かるんだけど﹂ なぁ﹂ ? トを天秤に掛け、改めてそう判断した。 ﹁高町なのはから聞いてるみたいだけど、先生のお料理がとても美味 しかったから少し興味がわいちゃったの。だから勉強してみようと 思ったのよ﹂ 嘘は言っていない。﹁︵先生に︶興味がわいた﹂し、 ﹁︵目論みがあっ て︶勉強﹂するつもりだ。 もっとも、求められてもいない説明を自分からしてしまっている時 点ではやてにある種の確信を抱かせていたことには気づいていな かったが。 ﹁そうなんや。実は私も、先生の料理を手伝えるようになろー思て、勉 強中なんよ。仲間やなぁ、アリサちゃん♪﹂ ﹁あら、じゃあ良ければ私にも教えてくれないかしら﹂ 人懐っこい笑顔を浮かべるはやてに、幸先がいいとアリサはほくそ 笑んだ。 42 この勉強は、翠屋という高町なのはのテリトリーで優位に立つため 必須の努力であるとアリサは思っていた。 アリサは翠屋でのディナーにバニングス家のシェフを連れて行く 気でいる。フレンチであるかを確認したのもそのためだ。 レシピを勉強するのも、会話を高度にすることで高町なのはの介入 ﹂と言ってやりたい。 を防ぐため。できることなら口出ししてきた高町なのはに﹁貴女にわ かるの ニューや技法に関する基礎的な知識が備わっていたし、食べる機会の 幸 い、と 言 う べ き か。バ ニ ン グ ス 家 の 令 嬢 で あ る ア リ サ に は、メ そのために、アリサははやてへと真剣に向き合った。 八神はやてとの会話で得られる知識のレベルを一つの基準にする。 に仕立て上げられれば十分なのだから。 あった。高町なのはと、オマケで月村すずかが付いてこられない会話 けなら、来週までという限られた期間でも、十分に形に出来る自信が 立場にある。ある程度レシピを絞り込んで関連する用語を抑えるだ 幸いにも自分はバニングス家のコックたちから教えを受けられる ? あったレシピも多く、学習のとっかかりとなる記憶もあったため自信 を持って勉強を進められた。 ﹂ その結果わかったのは。 どないしたん ﹁足りないわね⋮⋮﹂ ﹁ん ? ﹂ ﹂ アリサちゃん帰りはいつも車やろ 時間 ? があるなら今から私が一緒に行って案内したろか ! それは助かるけど⋮⋮お願いしていいのかしら ﹂ ? ? ええな﹂ ﹁ああ、そっか。そういうのもあるわね﹂ 島 急に図書館へ行くなどと言い出したアリサに、何も言わず﹁畏まり る。 最も、未だ親にバレていないと思っている辺りはまだまだ子供であ う事実がバレるのは、アリサ的にはよろしくないのだ。 負けて悔しいからフクシュウの為に牙を研いでいる││などとい それに図書館への寄り道ならば大人への印象も良いだろう。 備を行えるのなら、それは大きなメリットと考えられた。 アリサ的に図書館は中立地帯である。味方を確保しつつ戦いの準 鮫 人に付いてきてもらって図書カード作らなあかんし、逆に車は都合が ﹁ええでええでー。図書館で本とか借りるんやったら、最初は大人の とであるとか。 合の良い位置へ縛り付ける気満々である。例えば送迎の車を出すこ ろん逃す気はない、という方向で。利をちらつかせてでもアリサに都 戸惑ったフリを見せた時点でアリサの答えは決まっていた。もち ﹁えっ その瞬間、アリサの頭脳は凄まじい勢いで回転を始める。 ? ﹁せやで。あぁ、そや ﹁図書館って言うと、市立図書館 まで行かんと見つからんかもしれんなぁ﹂ ﹁あー⋮⋮ディナーメニューの詳しい調理法あたりになると、図書館 話﹂ ﹁学 校 の 図 書 室 の 本 だ け じ ゃ 知 り た い と こ ろ ま で 知 れ な い っ て い う ? ました﹂と頭を下げた鮫島もまた、やや生温かい気持ちでアリサを見 43 ? 守る一人だった。 ◇ ﹁レシピだけでも結構あるわね。ここも三冊までしか借りられないの かしら﹂ アリサは知ったばかりの学校の図書室のルールを披露する。自分 から率先して読書することなどなかったせいか、少しばかり得意げで ある。 ﹁ここは八日以内の返却なら五冊までええんよー﹂ ﹂ ﹁⋮⋮ そ う な ん だ。そ れ じ ゃ あ 中 を 見 て 五 冊 選 ん じ ゃ う か ら、少 し 待ってて貰える 正直に言ってアリサは少し傷ついたが、しかし今はそんなことより 大事なことがあるのだと思い直して気合を入れた。 写真やイラストの量よりも情報の質が求められるのだ。文字を追 う習慣のないアリサにとっては最初の一歩こそ躓きたくないのだか ら真剣にもなる。 ﹂ ﹁ええよー。それなら一度閲覧室に行くのがええな。私も見たい本が あるから、ちょぉ取ってくるついでに閲覧室見てくるなー 一連のやりとりで流れを掴んでいたのが、誰であったのか。 う事の違和感に。自らに置き換えてみればすぐ分かったはずなのだ。 脳を持っているだろう相手が、全く自分の思惑通りに動いているとい この時アリサは気付くべきだったのだ。自分とほぼ同レベルの頭 ⋮⋮その後はここで本を探しているわ﹂ ﹁わ か っ た わ。行 っ て ら っ し ゃ い。私 は 先 に 図 書 カ ー ド を 手 配 し て ? ﹂ 料理本の棚を眺めるアリサの背後に、人の気配が静かに近づく。図 なんでアリサちゃんがいるの 書館であるから当然だが。 ﹁⋮⋮⋮⋮あれ ﹂ ? そこには本を取りに行ったはずのはやての他に、学校から一度自宅 とっさに声量を抑えられたのはファインプレーであった。 ! 44 ? ? ﹁たッ││高町、なのは⋮⋮ !!? に帰ったのだろう、私服姿の高町なのはと月村すずかがいた。 アリサは﹃どういうことだ﹄とはやてを睨む。が、当人はへらへら と笑ったままだ。 ﹁やー、閲覧室を見に行ったらそこでなのはちゃんたちと会うてなー﹂ ﹁私たちより後から学校を出たのに、私たちより早く図書館に着いて るなんてズルいの﹂ ﹁なのはちゃん、ごめんなー。図書室でアリサちゃんが本を探すー言 アリサちゃんも ﹂ うから手伝ってたんやけど、学校の本じゃ書いてあること足りひんで なぁ﹂ ﹁にゃ はなく不満である。 ﹁えっと││どういうことなのかな、はやてちゃん ﹂ 比較的に修羅場慣れしているすずかだった。ちなみにこれは自慢で 一番最初に状況の整理に乗り出したのは、生まれ育った環境から、 空調のゴォォという小さな音だけが、四人の間に流れている。 空気が固まる音がした。 ないからなぁ﹂ ﹁翠屋のディナーで出るような料理のレシピは、学校の本には書いて │ ﹁なぁんだ、そういうことだったのか﹂と、なのはは納得しかけて│ ? 行っているのだ。 すずかは﹁なるほど﹂と思った。つまり中立の立場で双方に支援を よ﹂ どええて思って、アリサちゃんにレシピなんかを教えとっただけや を勉強したいて言うてなぁ。私もその辺の勉強しとったからちょう ﹁アリサちゃんが翠屋のディナーで出てくるようなメニューのレシピ が返ってくる。 案の定、はやてからは戸惑うこともなく思惑を説明するような言葉 思っていない。 はずだ。はやてのような社交的な人間が、状況を理解していないとは 事を荒立てないよう選んだ言葉だが、はやてにはこれだけで通じる ? 45 ? アリサへはレシピの提供、なのはとすずかへはアリサの行動の情報 を提供する形。子狸のくせにコウモリとは笑わせてくれる。 現状で受けている利益はアリサの方がやや大きいだろうか。だが、 なのはたちへもアリサに教えたレシピを伝えないとは言っていない。 ﹂ 今の立場と有利不利を思えば、間接的に享受する利益ならなのはたち の方が大きいくらいだ。 ﹂ ﹁⋮⋮そうなんだ。じゃあ、私も教えてあげるよ、アリサちゃん ﹁貴女は必要ないわっ、高町なのは ﹂ ﹁ねぇ、どうして貴女はそういう言い方するの ﹂ なのはの機嫌が、バブルでも弾けたかのように急降下を始める。 くことにするわ。それで満足でしょ ﹁あらそう。それならはやてでも分からないことがあったら聞きに行 ﹁││でも私、デザートのレシピははやてちゃんよりも詳しいよ﹂ 故に﹁ノー﹂である。 為が、アリサ的に全く﹃あり得ない﹄のだった。 そもそもこの上から目線の高町なのはに﹃ものを教わる﹄という行 の場に確実に出てくるとも限らない。 アリサは基本的にそういうだまし討ちが嫌いだし、高町なのはが戦い 思い切りひっくり返してやる││などという手も考えなくはないが、 せておき、本番でしゃしゃり出てきた高町なのはを相手にその思惑を もちろん、アリサが学習している範囲をあえて高町なのはに把握さ ているのであるから。そこに互いの利益が共存する可能性などない。 たいのに対し、なのははアリサが調べる内容を把握したいから申し出 といっても当たり前の話だ。アリサはなのはが知らない話を知り た。 がビキッと固まり、またしても空気が凍てつく音がした││気がし アリサの即答に、セリフに合わせて即興で取り繕ったなのはの笑顔 ! ﹁まあまあ、なのはちゃんもアリサちゃんも落ち着いてやー﹂ 迫力でにらみ合う。 幼女と言っても良いだろう小学一年生の女児たちが、大人顔負けの ﹁必要ないって言ってるのにしつこいのは貴女でしょう﹂ ? 46 ! ? ﹁はやてちゃん ﹂ ﹁はやて、貴女も﹂ ﹂ ﹁今日は私がアリサちゃんに教えるって話やったし、なのはちゃんが 遠慮してくれへん なければ、大人な態度だったかもしれない。 ! ﹁じゃあ、私たちは先に本を借りてこよう ﹂ 情報がなければルートを定めることなどできない。 る必要があるだけで、未だにメリットの方が大きいままだ。目的地の 露見が早かったことこそ計算が違ったが、ここからは少し慎重にな られて困らない範囲ではやてに教わるという話になっただけだから。 いかける立場にあった自分が、それを知られていることを前提に、知 そしてアリサにもメリットが残っている。元よりリスク覚悟で追 にしていないのだし。 てはいない。なにせ、なのはは一言も﹁情報収集しない﹂などとは口 そこはなのはとしても譲れない点だ。むしろ今も情報収集を諦め ﹁││わかったの。だけど、あとで絶対お話聞かせて貰うからね ﹂ 入る。アリサのそれが﹃こじれた瞬間に罵れるように﹄という思惑で を破らせたくない﹄なのはが押し黙り、アリサも推移を見守る態勢に はやての口からたたみかけるようにされた提案に、﹃はやてに約束 ? 前に本を差し出す。 向けながらニッコリと笑って謝った高町なのはが、その手でアリサの 体だけははやての方へと向けつつ、わざとらしくアリサへと視線を ﹁あ、そうなんだ。ごめんね、はやてちゃん﹂ ﹁おーい、なのはちゃーん。その本、今から読みたいんやけどー﹂ 書かれたものを取り出したのだ。 ばらく悩んでフランス料理の棚からブレゼ︵蒸し煮︶の技法について なのははアリサたちのすぐ側の本棚の前で堂々と本を物色して、し 狙いに気付いて思わず席から立ち上がりかけた。 アリサは高町なのはとそれに続く月村すずかの姿を目で追い、その この場で仕掛けられることは仕掛けておく。 振り返ったなのはが聞こえよがしにすずかへ声をかける。そして、 ? 47 ! 大人びてはいても所詮は子供である。 月村すずかが小さく吹き出すのがアリサの視界に入った。敵認定 で あ る。は や て が 急 い で 口 元 を 抑 え た の は ア リ サ の 視 界 に 入 ら な かった。セーフである。 ││こっ、こいつら、やっぱり⋮⋮ イミングは今この時ではない 念のため拳は握っておくが。 ﹁あら。ワタシじゃなくて、はやて。でしょウ の本を読んでいるの。見てわからないのかしら。高町ナノハ⋮⋮ ﹂ いま、アタシは。別 備ができているということに他ならない。アリサに最適な反撃のタ が、耐える。こうして挑発しているということは、挑戦を受ける準 村すずか⋮⋮っ 国の血が泣き寝入りを許すとでも思っているのか、高町なのはっ、月 日本人だったら黙っているのかもしれないが、アリサに流れる合衆 うな偵察活動。 挑発と情報収集を一挙に行う、領海侵犯と船舶拿捕の合わせ技のよ !! でしょう ﹂ ﹁私が借りようと思った本を、アリサちゃんたちが使うっていうこと ﹁││私は、必要ないと言ったわ。高町なのは﹂ 親切に見せかけた起爆スイッチの押し付け合いが始まった。 から、ここに置いておいてあげるよ。アリサちゃん﹂ ﹁あっ、そうだね。だけど、その本を読み終わったら次はこの本だろう のは決意だ。 声が詰まり、震えたのは、アリサの中ではノーカンである。大事な ! ? ! ちょうだい﹂ ﹂ ﹁私は図書館へ本を借りに来たんだよ。貴女の邪魔だなんて⋮⋮言い がかりだよね﹂ ﹁い、言いがかり、ですって⋮⋮ 六歳児たちの会話のドッチボールが続く。 ﹁ここへ来てからの会話を思い出せばわかると思うの﹂ ? 48 ! ﹁貴女は、図書館に来た目的を果たせばいいの。私の邪魔をしないで ? ﹁そういえばおかしいわね ﹂ このコーナーに来たとき、貴女たちは いなかったように思うけど﹂ ﹁二人の方が図書館に早く着いていた、って聞こえてなかったの ﹁あら、貴女たちはあっち││閲覧室の方から来たじゃない。それっ て変よね﹂ ﹂ ﹁私たちはいつも、閲覧室が空いているのか先に確認するの。あ、もし かして図書館にはあんまり来たことがないのかな。アリサちゃん ││コイツ、またか ﹁あっ。││ふー⋮⋮。ごめんね、すずかちゃん﹂ ﹁二人とも、図書館で騒ぐのはダメだよ﹂ の小娘を始末せねばならぬと決意した。 アリサから挑発され、読書家のなのはは激怒した。必ずかの邪知暴虐 市立図書館どころか学校の図書室ですらこれまで見かけなかった ﹁ッ﹂ 高町なのは﹂ ﹁っ、貴女の利用方法が常に正しいとでも勘違いしているのかしら。 ? ても自分に謝らせようという性悪すずかの狙いに気付きアリサは激 怒した。絶対その流れに乗ってやるものかと決意した。 ﹁⋮⋮そうね。忘れるところだったわ。月村すずか﹂ ﹁っ││うん、他の人の迷惑にならないようにね﹂ そうしてアリサは﹁反省はするが謝っているとは取られない﹂ギリ ギリの表現を選ぶ。ついでに﹁お前を忘れるところだった﹂という意 味を込めて、月村すずかへの挑発も。月村すずかの笑顔にヒビが入っ たことに気が付いたのはアリサだけのようだったが。性悪のクソガ キにはちょうどいいカウンターであろう。 しかしその手段はともかく結果には助けられた。今の仲裁は高町 なのはを救うためのものであるが、アリサにも同等以上の恩恵があっ た。 なぜなら、ここで下手に引き分けても次に敗北する可能性が増すだ けだからだ。図書館で騒ぎを起こせばはやての顔に泥を塗ることに 49 ? ? 高町なのはを助けつつ、周囲の環境や置かれた状況を盾に、またし ! なる。はやてから協力が得られなくなれば、次の﹃戦い﹄において十 全な成果が望めない。 だとすれば、この状況での最良の一手は、勝利でも引き分けでもな く、結末の回避。 ││大丈夫。アタシは最善手を取ってる。 今のように彼女らがフォローしあえるタイミングで事を起こすべ ﹂と言わんばかりの目で ﹂と言わんばかりに瞳を燃やす きではない。やはり、勝負は翠屋でのディナーの席からだ。 ﹁おまえなんかに、絶対に負けない アリサ、 ﹁わたし吸血鬼だけど、いいのかな 獲物を見るすずか、 ﹁お話する時が楽しみだなぁ﹂と言わんばかりの笑 顔を浮かべるなのは。 全員が全員、視線を集めるほどに整った容姿であったため、迫力も ひとしおである。 三人は、はやてを除いた周囲の一般人には地球で一番おっかない女 の上位三人であるかのように見られていた。 聖祥大付属小には図書館の利用者から﹃一年生くらいの女の子四人 が料理コーナーで﹁その髪を引っこ抜いてカツラにしてやろうか﹂と 言わんばかりの迫力でにらみ合ってて非常に怖い﹄という苦情が寄せ られたが、悪戯電話と判断された。 ただ一人、はやてだけが本物の笑顔を││たぬきのようなにやけ顔 を浮かべていた。 少なくとも今回は最悪の事態は避けられたのだから、これで十分だ と思うべきだろうな。 50 ? ! アリサVS ││3 来たる食事会において、アリサが為すべきことは四つ。 一つ目は、食事を楽しむこと。これは翠屋の料理人たちへ向ける礼 儀としての話だ。両親と共に出かけるのが楽しみというのもアリサ の本心だが。 二つ目は、食事を分析すること。使われている食材、調味料、調理 法などは連れて行くシェフが語ってくれる。それを自分なりにかみ 砕いて理解できればいい。 三つ目は、二つ目の条件を満たした上で会話に発展させること。応 用技法、目新しい食材などの情報があった方がいいだろう。後々のた めにも。 特に、二つ目と三つ目の基礎部分はアリサの自主勉強にかかってい る。発展的な内容に踏み込むためにも素早く基礎を習熟してしまい たい。 幸い、はやての教えてくれたレシピは、雑誌に掲載されていたメ ニューの情報よりかなり詳しい内容と言えた。借りてきた本から該 当する部分をピックアップして、はやての情報、お抱えの料理人たち に検証させた情報と付き合わせながら一つずつ記憶していく。 アリサの天才はこういうところでも遺憾なく発揮された。 本場のコース料理から日本国内外で見られるアレンジ料理、肉や魚 や野菜で細かく異なる調理法などを自分の言葉で説明できる程度ま で理解するのにかかった期間、僅か二日。 はやての助言に従って、イタリアンにも手を伸ばしてもう一日。 さらに、料理人たちから空き時間に教わった﹃話の種﹄を持ち帰り、 一日で煮詰めて大人たちを驚かせて﹁さすがはバニングスの後継者で ある﹂とまで言わしめたりしつつ、本番を明日に迎えたのだが││。 ここに至ってなお、アリサは四つ目にして最も注意するべき問題に 頭を悩ませていた。 それは月ノ輪と桃子の二人をバニングス家に引き込む、ないしは関 係を強化すること。 51 こればかりはアリサの一存というわけにはいかない。まずは翠屋 で出されるディナーがアリサの両親の心を掴むこと。そして可能な らばバニングス家お抱えのシェフも納得すること。最後に最も大き な問題として、あの二人を頷かせること。ただ、これらの問題は、両 親が納得してさえいれば助力が期待できるため、いくらか楽観視して いる。 あの﹃先生﹄の料理がバニングス家のシェフのお眼鏡に適わないと きも、アリサ自身がシェフの知識を中継する形で﹃先生﹄にアプロー チをかけつつ、その行為そのものを高町なのはへの攻撃に使えばいい だけなので簡単な話だ。 もっとも、その可能性は低いと見ている。高町桃子という名の大き さを知ったが故に。 十年前のパティスリー世界大会優勝チームのメンバーであり、世界 屈指の菓子職人。少なくとも菓子作りにおいてバニングス家よりも 上であることは間違いない。 一方でシェフを唸らせるような料理かつ、バニングスの家への引き 込みに失敗した場合は難しい話になるだろう。その場合は、子供の特 権を活かし、わがままを言ってでも何度か店へ足を運んで貰うつもり だ。その数度のうちになんとか新たに﹃先生﹄の価値を示して両親か らアプローチしてもらうか、アリサ自身が新しい手を考える。 いずれのパターンでも二つ目と三つ目の、料理の分析と会話の発展 という目標を達成することはアリサの助けになるはずだ。残るは実 践、本番のみである。 さしあたって、ディナーの席では情報一つすら見逃さないよう注意 するべきだろう。さらに敵地であることも忘れるべきではない。 ◇ 夕方六時から始まったディナーも八時過ぎにはおおよそ終わって いた。 ﹁⋮⋮この店は、料理の質だけ見れば、日本最高峰の一角だろう。アル コール、チーズ、コースに見られる気遣いと斬新さ。どれも素晴らし い﹂ 52 ﹁だけどサービスは、ミシュランでは及第点に届くかどうかと言った ところかしら。アルコールとチーズも質は最高だけど種類は限られ ているし。ランチと喫茶の客層を切り捨ててサービスを充実させれ ば二つ星までは難しくないでしょう。現状でも、ゴー・ミヨあたりな ら高得点でしょうね。これだけの店が近所にあったことは驚きだっ たわね﹂ ﹁しかし、ここのパティシエールとシェフが﹃それ﹄を理解していない とも思えません﹂ 大人たちの発言に頷いた少女が、自分の言葉で感想をまとめる。 ﹁││つまり、ここの料理人は超一流。だけど、街の喫茶店としての客 層を大事にしてるってことよね﹂ ︶﹂ ブースの入り口脇でそれを聞いていた二人が、顔を見合わせた。 ﹁︵すごい子だ。なのはも大変かもね ﹁︵ふふ。ですね︶﹂ ﹁失礼します。ご挨拶と共に、食後のお茶をお持ちしました。⋮⋮こ ちらの赤いハーブティーは、ストレートとシロップを混ぜた時とで色 が大きく変化しますので目でもお楽しみ下さいませ﹂ 挨拶と共にシェフがティーを配り、横に並んだパティシエールが カートからミニャルディーズの菓子を配っていく。 早速、お茶にシロップを注いだアリサが感嘆の声を上げる。 両親とシェフもそれに楽しげに続いたところで、パティシエールが 一歩前に出た。 ﹁ミニャルディーズには当店自慢のシュークリームと宝石グレイスオ ペラをそれぞれミニサイズでご用意いたしました。⋮⋮本日の料理 は以上となっております。改めまして喫茶翠屋のオーナーでパティ シエールの高町桃子です﹂ ﹁シ ェ フ の 月 ノ 輪 春 樹 で す。本 日 は お 楽 し み い た だ け た で し ょ う か ﹂ 椅子に座ったままであったが、決して下には見ていないという意思表 示だ。 53 ? ア リ サ の 父 は 背 筋 を 伸 ば し て そ の 視 線 を 体 ご と 月 ノ 輪 へ 向 け た。 ? ﹁ああ、とても素晴らしい食事だった。⋮⋮私は、アリサの父親でデ ビット・バニングスという。先日は娘が失礼なことを言ってしまった ようで、申し訳ない﹂ ﹁デビットの妻でアズサと申します。私からも謝罪いたします﹂ ﹁ミスタ・月ノ輪。申し訳ありませんでした﹂ 月ノ輪はまずデビットの言葉で僅かに目を見開いた。そして、立ち ﹂ 上がって頭を下げたアリサの前で前かがみになると、優しく微笑ん だ。 ﹁ご両親へは、正直に伝えたの アリサは少しだけ顔を赤らめてコクリと頷いた。 両親を翠屋のディナーに誘うため必要にかられて││という面が いくらかあったのも事実だが、それ以上に、アリサ・バニングスがた だただ誠実な少女だったという理由が大きい。 笑みを深めた月ノ輪が頷く。 ﹁そっか。⋮⋮それは、とても難しくて、とても素晴らしいことだね。 ⋮⋮うん。それなら、私はアリサちゃんの決断を称え、過去の君の発 言を無条件で許そう﹂ ﹁あぅ⋮⋮あり、がと⋮⋮ございます﹂ ﹁このように私達の間で決着しましたので、親御様はどうかお気にな さらず﹂ ﹁││うむ、そうか。だが娘を口説くのなら十年待って欲しい﹂ ﹁あはは。では口づけはお預けにしておきましょうか。さあ、リトル・ レディ、お手を﹂ 月ノ輪は笑いながら手と椅子を引いてアリサを座らせる。 淀みない仕草で誰も止めることができなかったが、その過剰なほど の褒め言葉に、アリサは顔を真っ赤にして微笑んだ。 ﹂ ﹁ありがとうございます、ミスター。お料理も素晴らしかったです﹂ ﹁ありがとう、レディ。気に入ったメニューはあった す﹂ ズブーシュのペティ・パンに使われていたお魚は初めて食べたもので ﹁全て。どのメニューにも新鮮な驚きがありました。例えばアミュー ? 54 ? ﹁おや、庶民的なお魚だからかえって食べる機会がなかったのかな 扱いでした。塩加減から見て紙塩を当てたのでしょう ああ、しか ﹁⋮⋮カワハギの刺身は、過去に一度だけ。今回は随分と印象の違う する。 月ノ輪の視線に、アレンと呼ばれたシェフとアリサがピクリと反応 フであるミスタ・アレンは、その少数派でしょうが﹂ から生を食べたことのある人は少ないかもしれないね⋮⋮一流シェ あ、でも、加熱して食べるのは珍しくないのだけど、足の早い魚だ ? 町 ﹂ ﹂ 地から別に作って焼き上げた柔らかいものなんですよね、ミセス・高 ﹁私はペティ・パンとチーズにも感動しました。私に出したパンは生 れを確かめるのに最適でしたね﹂ うな絶妙なアクセントを感じました。カワハギの淡白な味わいも、そ ﹁いいえ。素晴らしい刺激でしたよ。口の中の世界から霧を晴らすよ ⋮⋮外国の方のお口には合いませんでしたか ﹁ええ、正解です。山椒はコースの準備のために混ぜ込んだのですが でしたね﹂ し、山椒バターというのは恥ずかしながら全く聞き覚えがありません ? う気をつけたのに﹂ ﹁食感に気を配っているのは、刺身の厚さで気付かれちゃったのかな ﹂ 感動しましたよ﹂ アリサと、アレン、桃子、月ノ輪の間で会話は弾んでいる。のだが、 それは燃え盛る鉄球、あるいは極低温のドライアイスをパスしあう姿 を幻視してしまうような、素敵なものだった。 アリサの父・デビットと、母・アズサは口を挟めなかった。という か、妙に緊迫感のある会話に戸惑っていた。 ││なんでこの人たち真剣勝負みたいな空気なの なにより、その空気を率先して作り出しているのが自分の娘という ? 55 ? ﹁ええ。よく気付きましたね⋮⋮すごいわ。焼色まで同じに見えるよ ? ﹁ええ、料理人を名乗るなら気付くでしょう。素晴らしい気遣いだと、 ? のが、二人にとってはひどく印象的であった。あんまりいい意味では ないが。 というか教育を間違ったかと若干の後悔とともに静観していた。 ﹁そういえば、アントレ・フロワードの野菜チップと塩加減にも驚いて いたわね﹂ ﹂ ﹁ええ。野菜チップというものの正体はわかりませんでしたが、素晴 らしい塩加減でした。あれは水塩ですか プレス機。それであの食感と香りが⋮⋮そんなものがある 元はおやつ用に開発された商品だそうで も珍しいエビなんですよね ﹂ 口で虜になってしまいましたわ。使われていたブドウエビってとて ﹁そういえば、あのスープはまるで海の全てがつまっているようで、一 に添えた春野菜のエチュベを生んでいるんですよ﹂ ﹁同じように行動した結果が、ブドウエビのアン・コンフィやポワソン てしまう﹂ めていますと、どうも食材が届くのを待って調理場に篭りがちになっ ﹁⋮⋮素晴らしい。その行動力は見習いたいものだ。長くシェフを勤 だったが。 自慢気な月ノ輪の表情に、一同が揃って笑みを浮かべる。質は様々 すよ﹂ 地元でも製造してもらえるよう特許元までお願いに行ってきたんで すが、私は一口食べて料理に使えると確信したので、去年、こちらの ﹁ええ、珍しいでしょう のですか⋮⋮﹂ ﹁ほう 固めるんです﹂ 菜のことですね。熱を加えながら金属を加工するプレス機で、潰して ﹁よくお気付きで。野菜チップというのは、プレス機で潰し固めた野 ? ビスク以外には惜しくて使えませんね﹂ だ。このお店ではシーズン中に毎日十五匹だけ提供できるんですよ。 のはそこだけ。一年に二ヶ月ちょっと、一日数百匹しか取れないん ﹁その通り。北海道の北で獲れるエビなんだけど、全世界でも獲れる ? ﹁それはすごい ああ、しかし。あの甘味はジャパニーズフレンチ ! 56 ? ! の渡辺シェフのガスパチョのように、替えの効かないスペシャリテに なり得ただろうに⋮⋮とても、とても惜しいですね﹂ 首を振るシェフ・アレンの目には、いくらかの愉悦が浮かんでいる ように見えた。 ﹁三つ星レストランと比較していただけるとは、光栄ですね⋮⋮。次 ﹂ のお皿の、柚子とキンカンのグラニテは桃子の担当です。あまり甘く なかったと思うけれど、アリサちゃんは気に入ってくれたかな ﹁ええ、とても。白ワインと⋮⋮杏のソースだったかしら。最初に柚 子の香り、続いて白ワインの風味とキンカンの甘みがさっと広がって すぐ消えていく中に、杏の香りが残る。でも、次の料理のために主張 は控えめでしたね﹂ ﹁そうね。次はポアソンだったから、薄味で優しい口当たりに仕上げ てみたの。僅かな杏の香りに気付けるなんて素晴らしいわ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ アリサは半ば義務のように微笑み返す。この会話を象徴するよう に。 ﹁イサキのポアレと、イサキの白子と真子のオランデーズソース。か のロブション氏とエチュベの技法について語ったときと同じ情熱を、 こちらの春野菜のエチュベからも感じましたよ﹂ ﹁ええ。凍結含浸法という次世代の真空調理法のような技法を使った んです。加熱時間を最小限に抑えられるので、特に熱で飛びやすい風 味を閉じ込めるのに向いています。流石のロブション氏もまだ知ら ないだろう、とても若い調理法なんですよ﹂ ﹁な る ほ ど ⋮⋮ 確 か に 程 よ い 歯 ご た え と 新 鮮 な 風 味 が 印 象 的 で し た ね。ポアレの加熱具合も絶妙でした。火の通った生のような⋮⋮高 い技術をお持ちのようだ﹂ ﹁値段以上の技術と思っていただければ幸運ですね。今日はシオデ│ ﹂ │山のアスパラとも呼ばれる山菜が手に入りましたから、海鳴の晩春 を満喫していただけたのでは 57 ? 翠屋は喫茶店だ。ディナーは提供しているが、その立地とサービス 笑顔を作ったシェフ・アレンはティーをゆっくり口に運ぶ。 ? は一流店から見れば明らかに格下。つまり、ほとんど料理の価値だけ に一人三万円を要求している。請求額からサービスに係る費用を差 し引けば、これは三つ星レストランクラスの強気設定だし、シェフと しての彼の経歴でも最上位の店に匹敵している。 その値段設定を超える技術であるとは、事実ではあったが口にして 肯定しがたかった。 ﹂ 空気を読んだアリサは、あえて流れを読まないことにして身を乗り 出した。 ﹁ミスタ月ノ輪、その次のお皿では秋を表現してらしたんですか ﹁惜 し い ね。広 島 産 ウ マ ヅ ラ ハ ギ の キ モ の フ ォ ア グ ラ 風 ア ン・コ ン フィにイチジクと椛のソースをかけて。イチジクと、椛の若葉と、産 卵前のウマヅラハギのキモ。どれも秋を思わせる要素のある食材ば かりだけど、全て初夏の幸なんだよ﹂ ﹁ああ、ソースには熟成したバルサミコ酢を使っていましたね⋮⋮ア ントレ・フロワードの皿とは反対に﹂ ﹁流石、一流の料理人ですね。そこに気付かれるとは⋮⋮﹂ ﹁お嬢様は自力で﹃落ち着きと調和、深みを求めている﹄と気付かれま したよ﹂ アリサへと視線が集まり、デビットとアズサは思わず息を呑んだ。 褒められているようで戦場の真ん中に放り出されたような、娘を取り 巻く雰囲気に複雑な気持ちとなったせいで。 ﹂ ﹁⋮⋮すごいな。じゃあ、アントレ・フロワードのバルサミコ酢に若い ものを使った理由もわかるのかな 使ったんですよね﹂ ﹁素晴らしい解釈だね。私が料理に注いだ手間と情熱に答えてくれて いる﹂ ﹁ふふ、ありがとうございます。それじゃあ、もう一つ。口直しのシャ ンパンのソルベと、ヴィヤンドのヴァン・ルージュソースにそれぞれ 白と赤のワインを選んでくれたのは、ワインを飲めない私のためです ね﹂ 58 ? ﹁野 菜 の 風 味 に ソ ー ス が 負 け な い よ う に、躍 動 感 の あ る 若 い も の を ? アリサの視線を受けた桃子が目を丸くする。自信と確信に満ちた 大人顔負けの視線だ。 ﹁⋮⋮驚いたわ。本当にびっくり。すごい子だわ⋮⋮﹂ ﹁正解だね。シャンパンのソルベはまだ分かりやすかったかもしれな いけど、ヴィヤンドのルビーポルトはお肉に合わせただけだろうって 納得されるかと思っていたよ﹂ ﹁なるほど。熟成ワインという選択肢が先にあってそのための熟成肉 でしたか。良い熟成肉が先にあったのかと勘違いしていましたね﹂ ﹁いいえ。近江牛の素晴らしい熟成肉があったからこそ、ルビーポル トという選択肢を得られたと言うべきですわ。最初は鳩の肉を考え ていたのですから﹂ ﹁そ し て そ こ か ら 釣 り 合 い の 取 れ る 白 ワ イ ン の 銘 柄 を 探 し て い た と き、お好みのワインを聞かせていただいたときに書き留めた、ドン・ ペリニヨンのエノテーク・ヴィンテージの名が目に入ったんです。続 く仕事は桃子のものですね﹂ ﹁パンといい、ソルベといい、この店のパティシエールは女性ならでは の気遣いでコースを素晴らしく盛り立てていると感じましたよ﹂ ﹁ありがとうございます。とても、光栄ですわ﹂ 裏を感じさせる、しかしそれが何であるかを悟らせない笑顔で大人 たちが視線を交わす。 デビットとアズサはゴクリと喉を鳴らした。映画のワンシーンの ような光景だ。しかも、主演は自分たちの娘。だが喝采を送れない。 これはどう対処すればいいのか。 ﹁パンについていたバターも素晴らしかったですね。チーズが使われ ていたようですが⋮⋮﹂ ﹁無塩バターと生クリームとチーズだね。詳しくは企業秘密で﹂ ﹁微かにウィスキーの香りがしましたし、ウォッシュチーズでしょう。 モン・ドールではないかと思っているのですが﹂ ﹁うちではお菓子にも使いますし、チーズには凝ってるんですよ﹂ 探り合いのような、自慢のような、きわどい距離感で主役たちが微 笑み合った。 59 脇役が迷っているうちにもアリサは全力で前に突き進んでいく。 ﹁⋮⋮ な る ほ ど。さ す が は 日 本 屈 指 の パ テ ィ シ エ ー ル で す わ ね。で ﹂ は、そのあとのフロマージュ、アヴェンデセール、グランデセールは 全てミズ・高町の作品なのですか チョコレートの品質も素晴らしくて、ミルクムースも素晴らしく ﹁すごかったです。特に、プレスフルーツ・コンポートのショコラ添え ﹁チョコレートなんかは全て私が準備したんですよ﹂ ﹁オレンジソースとミルクムースだけ私が、他は主に桃子が担当だね﹂ ? て、あんなに美味しいデザートは初めてでした﹂ ﹂ ﹁ありがとう。グランデセールは二人の合作だから、私も誇らしいよ﹂ ﹁本当に素晴らしいコースでしたわ。パパたちもそう思うでしょ ││来たぜぬるりと。 ﹁ねぇ、パパ。私、お二人のことがとても気に入ってしまったわ。また アリサも微笑んで。 それを見たアズサも安堵して微笑み。 な気がして微笑んだ。 デビットは非常に健全なやり取りに、ようやく肩の力が抜けるよう わ﹂ ﹁ありがとうございます。ミスターにそう言っていただけて光栄です 思います﹂ ﹁ありがとうございます、ミスタ・バニングス。シェフとして、嬉しく の料理だったよ﹂ ﹁あ、ああ⋮⋮そうだな。正直、期待よりも素晴らしかった。値段以上 代わりに口を開いたのはデビットだ。頼りになる男である。 は出てこなかったが。 自分の娘を中心に渦巻く得体のしれない張り詰めた空気から、言葉 笑顔を浮かべた。 アリサの母・アズサは、娘からのキラーパスにも狼狽えることなく ? ﹂ お相手していただきたいのだけれど、ディナーに来れば会えるのかし ら 60 ! ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? デビットは、まだ六歳の娘が何だかとんでもない方向へと成長し始 めていると痛感した。 ◇ ﹂ ソファーに深く腰掛けて﹁敵を知り己を知れば百戦危うからず、と それってどういう意味なんですか いう言葉がある﹂と月ノ輪は言った。 ﹁ か ﹂ ﹁⋮⋮ ⋮⋮。⋮⋮あ 相手が、私のことをどれだけ知っている 課題を与えられた二人は揃って首を傾けた。 ういつもの合図だ。 に含んだ。ヒントはあげたのだからあとは自分で考えるように、とい ウィンクを一つ、月ノ輪はカットグラスを傾けて琥珀色の液体を口 いる、ということの意味をよく考えればね﹂ う通りなんだけど⋮⋮もう一つ知っておくべきことがある。相手が ﹁なんで工藤をつけたの⋮⋮。ああ、まぁ、大雑把に言えばはやての言 う意味やな﹂ 理解すれば、どないな戦いになっても危なくないんやで、工藤。とい ﹁んー。なのはちゃんにもわかりやすく言えば、相手と自分をよぉく ? なるほど。さすがなのはちゃんや。相手がどれだけ実践し ! は微笑んだ。 というのは、戦わないことにとても似ていることなんだよ﹂と月ノ輪 サイドテーブルにグラスを置いて﹁完全に思った通りの戦いをする ﹁その通り。そして││﹂ い、戦わずに勝つことすらできるって孫子は言うとるんやな﹂ ﹁それがわかれば、戦って危うくなることもない、無駄に戦うこともな ﹁そっか⋮⋮﹂ ことの準備なんだよ﹂ うと考えているのか。それが、相手を知り、自分を知って戦うという を知らせているのか。相手が自分の何をどう見て、どんな戦いにしよ ﹁そうだね。言葉にするなら、相手にどれだけ知られているのか。何 とるかっちぅことか﹂ ﹁おぉ ? ! 61 ? ? ◇ 料理に関する会話も弾んだし、またディナーに来る約束も取り付け た。 目標のほとんどを達成したアリサは手応えを感じていた。 集中を重ねたディナーを終えて、心地の良い疲れもあった。 はっきり言って││油断していたのだ。 それは、レジカウンターの横に現れた。 貸し切りとなっている二階へと続く階段の下。 白い長袖のフリルブラウスと、黒っぽいキュロットとハイソックス という落ち着いた組み合わせながら、元来の可愛らしさが過ぎて、作 り物のような印象を与える少女。 何よりも印象的だったのは、その透明な笑顔だったが。 高町なのは⋮⋮っ﹂ ﹁こんばんは、アリサちゃん﹂ ﹁ ﹁││こんばんは、アリサちゃん﹂ ﹁っ、く⋮⋮こんばんは、高町なのは﹂ 何か高度な駆け引きがあったらしい、と大人たちは思った。 というか、さっきまで街のオシャレな喫茶店にいたはずなのに、今 ﹂ ・・・ や月明かりに照らされた夜の廃教会に迷い込んだような緊張感が 漂っていた。 殺し合いでも始まるというのか。 ﹁ディナーは楽しんでもらえたかな、アリサちゃん ﹁⋮⋮ええ、とても。落ち着いていていいお店、だったわ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮よかったの。気になることがあったら何でも言ってね だって、私でも食べたことが 大きくなったら私が継ぐお店だから﹂ ﹁あははっ││無理じゃないかしら ? ? の素振りをしているような。 火花が、散っているかのようだった。あるいは恐ろしく鋭利な刃物 料理なんだよ﹂ ﹁無理じゃないと思うの。だって、私が一歳の頃から食べ慣れてるお ないくらい素晴らしいお料理だったもの﹂ ? 62 ! ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 親たちも固唾を呑んで見守るが、笑顔で向き合い、表面上は穏やか なだけに止めづらい。 ﹁⋮⋮食べ慣れていることは作れることとイコールではないわ﹂ ﹁⋮⋮食べたこともない料理を作ることに比べたらとっても簡単だと 思うの。それに私、きちんと勉強してるもん﹂ ﹁あら。私だって勉強したのよ。この前いただいたオムライスが美味 しかったから、興味を持ってしまったの﹂ ﹁あはっ││と、ごめんなさい。そういえば、ブレゼのお勉強はできた のかなって﹂ ﹁っ、ええ。おかげ様で││貴女の助力が必要ないくらいには﹂ ﹁⋮⋮ふぅーん﹂ ﹁ふふ⋮⋮﹂ 63 ここしかない、とデビットは思った。なるべく刺激しないようこの ﹂ 子たちを引き剥がさなければならないと。親としての使命感から。 ﹁ああっと、アリサ。すまないが、紹介してもらえるかな ﹁⋮⋮クラスメイトの、高町なのはよ﹂ 介はしておく、それだけの言葉だ。 次はどんな風に高町なのはを攻めるべきか。あるいは回避か なんら違和感のない、ネイティブのような発音だった。 カン。 英語である。しかもアナウンサーが話すようなジェネラル・アメリ 気を取られていたアリサは、肝心なことに気が付いて愕然とした。 気取った言い回しと、やはり教え子だったのかと、そちらの情報に フ・月ノ輪春樹の教え子に当たります﹄ します。この店、喫茶翠屋のパティシエール・高町桃子の娘で、シェ ﹃申し遅れました。私はアリサさんのクラスメイトで高町なのはと申 に意識を引き戻された。 そんなことばかり考えていたアリサは果たして、次の言葉で強制的 ? 不本意だったが、しぶしぶ絞り出した、そんな言葉だった。一応、紹 ? バイリンガルのアリサには全く自然に聞こえていたため、英語だと 気付くのにいくらかの時間が必要だったくらいだ。 ⋮⋮もはや振り返らなくてもわかる。デビットとアズサは大いに 感心しているだろう。 アリサのとった態度と比較すれば勝敗など明らかである。いや、ア リサの態度があったからこそ勝敗が生まれ、そしてその落差は大き い。 ﹁た、高町、なのは⋮⋮﹂ アリサは目を見開いた。 見開いていたがために、透明な笑顔を浮かべた高町なのはの目に、 一瞬の愉悦が浮かんだことをアリサは見逃すことができなかった。 そうしてアリサは初めて気付く。 牙を研いでいたのは、自分だけではなかったと。 高町なのはもまた、アリサが隙を見せるのを待っていたのだと。 64 アリサのペースだった。介入の隙もなかった││はずだった。確 かになかった。食事中、そして食後も、乱入してくるような真似はさ れなかった。 ただアリサが食事を終えたあとの店内で会って会話して、そして自 己紹介しただけだ。食事会を逸脱するような行為ではない。むしろ、 欲張って当初の目的から逸れようとしていたのはアリサの方だった。 これは、アリサの油断という他ない。 勝利を目前にしたことで、戦いが終わってもいないのに気を抜き、 敵地の中で隙を晒し、一撃で逆転された。 アリサの戦争でアリサが無様を晒してしまったとしたら、誰がそれ を挽回すると言うのか。その答えがこれで、孤立無援の今だった。 ﹂ ﹁お引き止めしてごめんなさい。アリサちゃんとの会話が楽しくて、 つい⋮⋮﹂ ﹁なっ││あ、貴女⋮⋮ アリサは適当な文句が見つからず口をパクパクと開閉するしかで い感情から来る台詞だ。 ふざけるな、とアリサは思った。だがそれは、当人にも定義できな !! きない。一秒でも早く立て直すべき場面であったが、アリサは明らか に経験不足だった。次々に襲い来る事象に自らの立ち位置を見つけ 出せず、混乱が加速する。 ・・ ﹁それじゃあ、アリサちゃん。すずかちゃんを待たせちゃってるから、 続きはまた明日、学校で。││さようなら﹂ 別れの挨拶を突き付けられたことで、アリサは唐突に敗北を悟っ た。 出遅れた。これでは、高町なのはの英語が付け焼き刃かどうかも確 認できないではないか。 もっと早くに英語で話しかければよかった。会話に引きずり込め ばすぐにわかったはずなのに、できなかった。それはアリサを会話に 引っ張り込むための罠ではないのか、と。疑心暗鬼に陥り、解決法を 模索している間に主導権を握られた。 評価が定まってしまった今、付け焼き刃であったかどうかなど確か める意味もない。 もし仮に彼女の英語がここ一週間ほどで身につけただけのもので あったとしても、最も効果的なタイミングで最適量を使用されたそれ は、アリサの学習結果よりも効率よく自分を苦しめていると言える し、なによりアリサの耳にもよく出来た英語に聞こえていたのだか ら、評価が落ちるということもありえないだろう。 そして、もし先ほどの英語力が付け焼き刃でないとしたら││事実 を確認しようと見苦しく食いついたアリサが、逆に大火傷を負う可能 性すらある。 ゆっくりと階段を登っていくその後姿が、もはやアリサを誘う罠に しか見えない。というより、その先に月村すずかが待ち構えているの なら、ほぼ確実に罠である。 逆転に賭けるには、危険に過ぎた。 自らの迂闊さを呪う。臆病さに腹が立つ。 だが、もはや流れに乗るほかない。││アリサの敗北が決まった、 この流れに。 ◇ 65 アリサは部屋に戻るなり、お気に入りの名刺人形﹃ベイトマン﹄を 本気で殺しにかかった。 人間には現在は無論大切ですが、どうせなら過去の結果としての現 在より、未来の原因としての現在を、より大切になさるべきでしょう な。 66
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