曲がり角を迎えた地域銀行経営

 曲がり角を迎えた地域銀行経営
マイナス金利政策に加え、人口減少、金融規制強化など、地域銀行の経営環境は足元
で曲がり角を迎えつつある。顧客ニーズに即した多様な金融サービスの提供を通じ
た「共通価値の創造」に向け、自らの強みを生かし、地方特性に応じた持続可能なビジ
ネスモデルを構築していくことが期待される。
みずほ総合研究所 金融調査部 部長 三宅恒治
ル期のピークを更新し過去最高水準に達するなど、
過熱感が高まってきている。
地域社会に目を転じると、人口減少という問題も
リーマン・ショック以降、地域銀行の業績は比較的
ある。金融庁が2016年9月に公表した「平成27事務年
堅調に推移してきたが、その経営環境は、足元で曲が
度 金融レポート」
によれば、
貸出は人口動態と高い関
り角を迎えつつある。
連性が認められ、多くの地域銀行において、貸出残高
まず挙げられるのが、2016 年 1 月に導入されたマ
は将来減少していくことが見込まれている。これに
イナス金利政策である。国内貸出金利回りについて、
伴い、
2024 年度には 6 割を超える地域銀行において、
2016 年度中間期決算をみると、多くの銀行において、
顧客向けサービス業務(貸出・手数料ビジネス)の利
前年同期比で10ベーシスポイント前後低下している。
益率がマイナスになるという試算も示されている。
地域銀行は収益の大半を国内業務、とりわけ資金利益
さらには、バーゼル規制をはじめとする国際的な
に依存する構造となっていることから、こうした貸出
金融規制強化に向けた動きにも留意が必要である。
利ざや縮小の影響は大きく、投信販売の伸び悩みなど
特に地域銀行にも大きな影響を及ぼすものとして
も相まって、通期決算は 8 割超が減益を見込む状況と
は、
「銀行勘定の金利リスク(IRRBB)」と「信用リス
なっている。日銀は、物価目標の達成時期を2018年度
クの計測手法見直し」が挙げられる。前者は、金利上
頃とする一方で、オーバーシュート型コミットメント
昇に係るショックシナリオや監督上の基準値(ア
も導入していることから、マイナス金利政策に伴う影
ウトライヤー比率)などの厳格化が図られており、
響は当面継続することが予想される。
2018 年から適用が開始される予定である。また後者
加えてボリュームの拡大についても、変化の兆候
については、標準的手法や内部格付け手法の見直し
が現れ始めている。全国銀行協会が公表している「全
に向けた検討が進んでおり、最終規則の内容次第で
国銀行預金・貸出金速報」によれば、地域銀行の貸出
は、自己資本比率規制上の分母が大幅に増加する可
は年率 3 〜 4% 程度の増加が続いているものの、都市
能性がある。こうした規制によって、貸出・債券投資
銀行では 2016 年 7 月にマイナスに転じ、以降も減少
といった事業活動や資産構造の見直しだけでなく、
が続いている。また不動産向け融資についても、国内
一層の資本の充実も求められることとなる。
金融機関による 2016 年度上期の新規貸出額が、バブ
1
でなく、証券子会社の設立や、アセットマネジメント
会社を証券会社や信託銀行と合弁で立ち上げると
いったことを通じて、サービスの幅を広げていく動
こうした厳しい経営環境を踏まえ、地域銀行は、ど
きが活発化している。このように自らのリソースに
のようなビジネスモデルへの転換を図っていくべき
加え、外部も活用した形で顧客ニーズに対応する事
だろうか。一つの方向性として、金融庁は、2016年10
例が増加しており、相続関連や保険事業といった分
月に公表した「平成 28 事務年度 金融行政方針」の中
野でも、業態の垣根を越えた連携が進んでいる。
で、顧客との「共通価値の創造」を示している。具体的
また、フィンテック(金融とITの融合)への対応も
には、金融機関が顧客本位の良質なサービスを提供
重要なテーマとなる。既存金融機関にとって、フィン
し、企業の生産性向上や国民の資産形成を助けるこ
テックは、競合によって収益悪化を招くリスクであ
とによって、結果として、金融機関自身も、安定した
る一方、その優れた技術を取り込み、他社との差別化
顧客基盤と収益を確保するという好循環を追求する
を図ることによって、新たな顧客層の獲得につなげ
ものである。
ていくチャンスでもある。さらには、業務やシステム
企業の生産性向上という点では、55 項目からなる
の効率化を通じたコスト削減も期待出来る。
「金融仲介機能のベンチマーク」を客観的な指標とし
いずれにしても、共通価値の創造に近道は存在せ
て活用することによって、担保や保証などに過度に
ず、顧客本位の良質な金融サービスを地道に提供して
依存しない事業性評価に基づく融資や本業支援を促
いくことが、
唯一の解と言えるのではないだろうか。
す方針が示されている。事業性評価(リレーション
シップバンキング)は、2002 年に策定された「金融再
生プログラム」の中で、中小・地域金融機関における
不良債権処理のあり方といった観点から提起された
ものであり、その後、地域全体の活性化や持続的な成
環境変化を受け、足元では経営統合の動きも加速
長に向けた平時の取り組みとして恒久化された経緯
している。しかしながら、経営統合はコスト削減の面
があるが、今回の「金融行政方針」では、さらに高い次
では一定の効果があるものの、トップライン拡大と
元に昇華させる必要があるという金融庁の強い意志
いう課題が解消される訳ではない。こうした中、新た
が感じられる。
な連携の形態として、地域銀行同士が経営の独立性
また、国民の資産形成という点では、フィデュー
を維持したまま包括的な提携を結ぶという事例も現
シャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)の確
れている。こうした提携が地方創生などの面で、今後
立・定着に向けて、商品の説明(資料)の改善や手数料
どのような効果をもたらすか注目される。
の開示、金融機関による取り組みの自主的な開示の
地域銀行は、厳しさを増す経営環境の下で難しい
促進といった施策が掲げられている。事業性評価と
かじ取りを迫られている。一方、金融庁自身も「金融
同様、フィデューシャリー・デューティーについて
行政方針」の中で、行政運営の変革が必要としてお
も、従来からその趣旨は提唱されていたが(2008年4
り、新しい検査・監督の基本的な考え方(形式から実
月に公表された「金融サービス業におけるプリンシ
質へ、過去から将来へ、部分から全体へ)を打ち出し
プル」など)、今後は、
「見える化」を通じて、金融機関
ている。また2016年5月に成立した改正銀行法など、
の取り組みが顧客から正当に評価されるメカニズム
銀行に新たなビジネス展開を可能とするような法整
が構築されることとなる。
備も実施してきている。地域銀行側としても、抜本的
共通価値の創造を追求していくうえでは、顧客の
な変革が求められていることを改めて意識したうえ
幅広いニーズに即した多様なサービスを提供するこ
で、自らの強みを生かし、地方特性に応じた持続可能
とも必要となる。こうした課題に対しては、例えば国
なビジネスモデルを構築していくことが期待され
民の資産形成に関して、銀行で商品を販売するだけ
る。
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