Economic Monitor

Dec 21, 2016
No.2016-066
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 河合良介
03-3497-3655 [email protected]
インド経済:7%台の高成長が続くも、消費好調・投資低迷のア
ンバランスは変わらず
2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+7.3%と前期の同+7.1%と比べて加速し、6
四半期連続で 7%超の高成長が続く。ただ、11 月に実施された高額紙幣の廃止に伴う混乱が消費
減退をもたらしており、年度下期(2016 年 10 月~2017 年 3 月)には 6%台まで減速を余儀な
くされることから、2016 年度通年では+7.0%程度の成長率にとどまる公算が大きい。新紙幣に
よる現金供給が増えるにつれ次第に正常化に向かい、2017 年度には再び加速して 7%台半ばの成
長テンポに復すると考えられる。もっとも、ここまでの成長の中身を見ると、消費好調・投資低
迷のアンバランスは変わっていない。すなわち、インフレ率低下に伴う実質所得の増加から堅調
に拡大する個人消費がけん引役となる半面、同国の弱点である供給力の向上につながるような固
定資産投資は不良債権問題の足かせもあって低調に推移している。中長期的に高成長を持続させ
るには、ビジネス環境の改善による外資導入の促進に向けたモディノミクスの加速、とりわけ製
造業誘致の切り札となる“Make in India”政策の成否がカギを握っている。
7~9 月期の実質 GDP 成長率は個人消費がけん引してやや加速
インド中央統計機構(CSO)が先月末に公表した 2016 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率(市場価格表示、支
出側)は前年同期比+7.3%と、前期(4~6 月期)の同+7.1%と比べてやや加速した1。2015 年 4~6 月期
以降、6 四半期連続で 7%超の高成長を続けており、アジア新興国の中で存在感を増している。
需要項目別に見ると、内需の柱である個人消費は同+7.6%と、前期の同+6.7%から伸びを高め、景気をけ
ん引した。政府消費も同+15.2%と、公務員給与の引き上げを反映して前期の同+18.8%に続き高い伸びを
記録した。他方、個人消費と並ぶ内需の柱である固定資産投資(総固定資本形成)は同▲5.6%と 3 期連
続のマイナスとなったうえ、前期の同▲3.1%から落ち込み幅が一段と拡大。こちらは景気の足を引っ張
り、消費好調・投資低迷のコントラストが一段とはっきりした。外需に関しては、輸出が
実質GDP(支出側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%)
14
(前年比、寄与度、%)
実質GDP(供給側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%)
(前年同期比、寄与度、%)
10
12
10
8
8
6
その他
商業、ホテル、レストラン、運輸、通信、放送
製造業
実質GDP成長率
金融、不動産、専門サービス
建設業
1次産業:農林漁業
6
4
4
2
0
2
-2
民間最終消費支出
総固定資本形成
貴重品
誤差脱漏
-4
-6
-8
政府最終消費支出
在庫増減
純輸出
GDP要素価格
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
2013
2014
2015
2016
(出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉
1
0
-2
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
2013
2014
2015
2016
(出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉
インド特有の需要項目として、非貨幣用の金や宝石類などへの支出である「貴重品」の成長寄与度が同▲0.7%Pt と、前期(▲
0.8%Pt)に続き、成長率を大きく押し下げた。なお、
「誤差脱漏」は同+1.5%Pt と、前期の同+0.9%Pt から拡大。本来、誤差は
プラスにもマイナスにも発生するはずだが、9 四半期連続で押し上げ方向に働いており、推計の問題点として指摘されている。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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同+0.3%と前期の同+3.2%から伸びが鈍化したものの、辛うじて 2 期連続でプラスを維持した。一方で、
輸入も同▲9.0%と前期の同▲5.8%からマイナス幅が拡大。これらの結果、純輸出の寄与度は同+2.3%Pt
(前期は+2.1%Pt)と、2 期連続のプラス寄与となった。
産業別の動き2を寄与度で見ると、サービス業(第三次産業)が前期から横ばいの同+5.1%Pt と全体をけ
ん引した。サービス業の内訳は、金融・不動産・専門サービス業が同+2.1%Pt(前期は+2.1%Pt)、商業・
ホテル・運輸・通信・放送業が同+1.3%Pt(前期は+1.5%Pt)と、多くの業種で堅調な拡大を続けている。
また、農林漁業(第一次産業)は同+0.4%Pt(前期は+0.3%Pt)と、6~9 月のモンスーン期における降
雨の恩恵を受け、前期から若干伸びを高めた。第二次産業では、建設業が同+0.3%Pt(前期は+0.1%Pt)
と前期を上回ったものの、鉱業は同▲0.0%Pt と、前期(▲0.0%Pt)と同様わずかながらマイナス寄与が
続いたほか、製造業も同+1.3%Pt と前期の同+1.6%Pt から鈍化。第二次産業は成長への貢献が縮小した。
内需拡大と油価下げ止まりから輸入は前年比プラスに
輸出・輸入ともにこれまで減少傾向が続いてきたが、足元で増加に転じている。直近 10 月の通関輸出額
(名目、ルピーベース)は前年同月比 11.0%増と、3 か月連続のプラスとなった(ドルベースでも同 8.2%
増と 2 か月連続の増加)
。品目別(ルピー建て)に見ると、宝石・宝飾品が同 25.0%増と前月(23.5%増)
に続き高い伸びを示したほか、機械類も同 10.4%増と二けた増を記録、原油安を背景とした輸出価格の下
落から不振が続いていた石油製品も同 13.9%増と 2 か月連続でプラスとなった。国・地域別には、中国向
け(2015 年度輸出シェア 3.4%)の同 8.5%減、サウジアラビア向け(シェア 2.4%)の同 32.7%減など
減少傾向が続く半面、米国向け(シェア 15.4%)が同 26.6%増と 5 か月連続、UAE(シェア 11.5%)向
けも同+6.2%増と 2 か月連続と、増勢に転じた国・地域が増えている。
輸出額と輸入額の推移(前年同月比、%)
鉱工業生産指数(2004~05年=100)の推移(前年同期比、%)
50
10
25
輸出(ルピーベース)
8
20
輸入(ルピーベース)
6
15
30
4
10
20
2
5
40
0
0
10
▲2
▲5
0
▲4
▲ 10
▲6
-10
▲ 15
基本財
消費財
▲8
▲ 10
-20
中間財
資本財(右)
▲ 20
▲ 25
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
-30
2012
2013
2014
(出所)Mi ni s try of Commerce a nd Indus try 〈CEIC〉
2015
2016
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉
他方、10 月の輸入額(名目、ルピーベース)も同 10.8%増と、8 か月ぶりに増加に転じた。ドルベースで
は同 8.0%増と 2014 年 11 月以来およそ 2 年ぶりのプラスとなった。主な品目(ルピー建て)について見
ると、油価下落により長らく減少傾向が続いていた原油・石油製品が 9 月に同 4.2%増、10 月に同 6.7%
増と 2 か月連続で増加したことが輸入増の主因であるが、さらに 10 月は金・銀が同 85.7%増と 9 か月ぶ
りに増加に転じるなど、原油以外についても増加品目が増えている。国・地域別には、サウジアラビア(2015
年度輸入シェア 6.3%)の同 34.0%増、UAE(シェア 5.8%)の同 32.7%増など、中東産油国からの輸入
実質総付加価値(GVA)成長率は前年同期比+7.1%と、前期(同+7.3%)よりも鈍化。また、実質 GDP 成長率(同+7.3%)を
下回った。
2
2
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が増加に転じている。これらの結果、10 月の通関ベースの貿易収支は 104 億ドルの赤字と、前月(83 億
ドルの赤字)と比べて赤字幅が拡大した。
生産活動は投資財の落ち込みから基調として弱含み
消費好調・投資低迷の構図は生産活動にもそのまま反映されている。7~9 月の鉱工業生産指数(製造業)
は前年同期比▲1.0%と 3 四半期連続で低下した。当社作成の季節調整値でも前期比▲0.1%と 3 四半期ぶ
りに低下。続く 10 月も前年同月比▲2.4%(季調済前期比▲2.1%)とマイナス幅がさらに拡大するなど、
このところ基調として弱含みで推移している。7~9 月について商品別の内訳を見ると、消費財は前年同
期比+2.8%(季調済前期比+2.0%)と相対的に堅調な伸びが続く一方で、投資財は同▲24.5%(同▲5.2%)
と、前述の GDP 統計で 7~9 月期に固定資産投資が 3 期連続のマイナスとなったことが示すように、設
備投資の低迷を反映して大幅な落ち込みが続いている3。また、インド準備銀行(中銀)の産業予測調査
(直近は 9 月調査)でも設備稼働率の低迷が続いており、製造業の設備投資が盛り上がる状況にはない。
業種別対内直接投資の推移(百万ドル)
40000
35000
30000
25000
20000
15000
10000
5000
0
1-9月累計
その他
卸売
通信
保険
非金融サービス
金融サービス
電力
非在来型エネルギー
冶金
放送
ホテル・観光
病院・診療所
医薬品
建設
コンピュータ&ソフトウェア
化学品(肥料除く)
自動車産業
(出所)Depa rtment of Indus tri a l Pol i cy a nd Promoti on 〈CEIC〉
自動車販売台数の推移(季節調整済・年率換算、千台))
5,000
三輪車
4,500
商用車
乗用車
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Depa rtment of Indus tri a l Pol i cy a nd Promoti on 〈CEIC〉
対内直接投資は 1~9 月までの累計で 300 億ドル超と、既往最高となった昨年とおおむね同じペースでの
流入が続いている。2016 年 1~3 月以降については業種別の内訳は詳らかになっていないため、断定はし
かねるものの、2015 年までの傾向を見る限り、直接投資の対象はコンピュータ・ソフトウェアや金融サ
ービスと言った非製造業が中心で、半面、製造業のウエイトは小さい。工業の発展によって高度成長がも
たらされる他のアジア新興国とは異なる姿であり、モディノミクスの重要な柱のひとつ、Make in India
政策は道半ばの感が強い。
新車販売は好調続くが、高額紙幣廃止の余波で足元急失速
個人消費はインフレ沈静による家計購買力の向上を背景に、内需の柱として引き続きインド経済のけん引
役を果たしている。また、今夏のモンスーン期における降雨量回復に伴う農業所得の改善も農村部の消費
を押上げる一因となったと見られる。
個人消費の代表的な指標として新車販売台数の動向を見ると、乗用車については年初に値上げの影響で一
時的に売れ行きが鈍った4ものの、その後は好調を持続。商用車も小型を中心に堅調に推移していた。た
3
中間財は同+3.1%、基本財は同+3.1%
2016 年度(2016/4~2017/3)予算案の中で、自動車販売に対して 1~4%のインフラ税が課せられることが盛り込まれたこと
を受けて、タタ・モーターズなどが値上げに踏み切ることを発表。2015 年内に一部で駆け込み需要が発生したと見られる。
3
4
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だし、インド自動車工業会(SIAM)が 12 月 8 日に発表した、直近 11 月の新車販売台数(乗用車、商用
車、三輪車の合計)は前年同月比 4.0%減の 24.1 万台と、2015 年 6 月以来 17 か月ぶりに前年実績を下回
った。当社作成の季節調整値でも年率換算 400.2 万台と、前月の同 443.0 万台から急減。また、二輪車も
同 5.9%減の 124.3 万台と、2015 年 12 月以来の前年割れを記録している(季調済年率換算では 1,540 万
台で、前月の 1,819 万台から急減)
。11 月 8 日に突然発表された高額紙幣の廃止措置5に伴う現金不足が、
好調な自動車販売に水を差した格好となった。特に商用車や二輪車の場合、一般にローンを利用せずに現
金払いで購入する人の割合が高く、影響が大きく出ている模様である。新紙幣への切り替えにはしばらく
時間を要すると見られており、悪影響は 2016 年 10~12 月期にとどまらず、2017 年 1~3 月期の個人消
費も下振れの公算が大きい。
対ドル ルピーレートの推移(ルピー/ドル)
経常収支の推移(10億ドル)
70
30
20
65
10
0
60
-10
-20
55
-30
50
2012/1
サービス収支
-50
貿易収支
-60
45
2012/7
2013/1
2013/7
2014/1
2014/7
2015/1
2015/7
2016/1
2016/7
(出所)R es erv e B a nk of Indi a 〈CEIC〉
その他
-40
経常収支
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)R es erv e B a nk of Indi a 〈CEIC〉
ルピーは米大統領選以降、最安値圏まで下落
対ドル・ルピーレートは、夏場以降 66 ルピー/ドル台後半で比較的落ち着いた動きを続けていたが、11
月 8 日の米大統領選挙でトランプ氏が勝利すると、公約として打ち出された減税や公共投資、規制緩和な
ど一連の経済政策が米景気の加速につながるとの期待感が高まり、ドル買い圧力の強まりから 11 月末に
は一時 68 ルピー台後半の最安値圏まで下落した。中銀のドル売り介入を期に反転し、足元では 67 ルピー
台半ばまで買い戻されている。
これまでのところ他の新興国通貨と比べてルピーは相対的に安定しており、改善傾向にあるファンダメン
タルズを勘案すれば、この先さらに売り込まれる懸念はさほど大きくないと考えられる。例えば、経常収
支は、油価低下に伴う輸入減を反映した貿易赤字幅の縮小を受けて改善傾向にある。直近 4~6 月の経常
収支赤字は 2.8 億ドル(GDP 比▲0.1%)と、前年の 612 億ドル(同▲1.2%)から劇的に縮小している。ま
た、外貨準備高も 9 月末時点でおよそ 3,720 億ドルに上っており、対外短期債務の約 4.4 倍、通関輸入額
の約 16 か月分と、他の新興国と比べて潤沢である。前述の通り、対内直接投資が既往最高となった昨年
と同ペースで流入するなど、海外からの資金流入も堅調に推移している6。
11 月 8 日夜、不正蓄財や偽造対策を目的に、500 ルピー札と 1,000 ルピー札の 2 種の高額紙幣を翌 9 日に廃止することを突然
公表。旧紙幣は年内に銀行に持ち込めば、預金(金額は無制限)あるいは小額紙幣への交換(4,000 ルピーを上限)が可能。ただ、
不正蓄財に手を染めている当事者はもちろんのこと、資金の存在や出所を明らかにしたくない富裕層の一部が、泣き寝入り(放
棄)せざるを得ないと考えられている。両紙幣で現金流通額の 86%に相当するため、経済活動への影響が懸念されている。
6 証券投資についても、高額紙幣廃止による混乱が発生する前までは大幅な買い越しとなっている。7~9 月の海外投資機関によ
る対内証券投資が 67 億ドルと、4~6 月の 12 億ドル、前年同期(2015 年 7~9 月)の▲36 億ドルと比べて改善。
4
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インフレも落ち着いた状態を保っている。足元 11 月の消費者物価指数(総合)は前年比+3.6%と、前月
の同+4.2%からさらに鈍化。高額紙幣廃止で市中に流通する通貨が一時的に急減したことに伴うデフレ効
果から、2014 年 11 月(+3.3%)以来の低い伸びとなった。内訳を見ると、今年は 6~9 月のモンスーン
期間における降雨量が多かったことから生鮮品など食料品価格の上昇が抑えられているほか、油価低迷の
継続により燃料・電力価格も低い伸びにとどまっている。
外貨準備高(百万ドル)と同短期債務に対する比率(倍)の推移
380,000
外貨準備高(左)
360,000
短期債務残高に対
する比率(右)
340,000
320,000
対内証券投資の推移(百万ドル)
5.0
15,000
4.5
12,500
4.0
10,000
3.5
7,500
3.0
300,000
5,000
2.5
280,000
2,500
2.0
260,000
0
1.5
240,000
1.0
▲ 2,500
220,000
0.5
▲ 5,000
200,000
0.0
▲ 7,500
1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)R es erv e B a nk of Indi a , Mi ni s try of F i na nce 〈CEIC〉
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
2016
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)R es erv e B a nk of Indi a 〈CEIC〉
物価の先行きについては、今のところ中銀のインフレ目標(2017 年 3 月までに 5%)の範囲内に収まって
いるものの、足元のルピー安や OPEC 減産合意を受けた油価の持ち直しから輸入物価の上昇が見込まれ
ること、8 月に実施された国家公務員給与の引き上げが民間企業の人件費にも波及しかねないことなど、
物価上昇につながる材料には事欠かない点は要注意である。
そうした中、12 月 7 日に開催された金融政策委員会(MPC)では、中銀は市場予想に反し、政策金利(レ
ポ金利)を 6.25%に据え置いた。高額紙幣廃止に伴う悪影響が懸念される中、金融市場では利下げ観測が
強まっていたが、通貨防衛を優先した格好となった7。
2017 年の景気は再加速の見込み
インド経済はここまで 7%超の高成長を続けているが、前述のようにその中身はかなり歪な形をしている。
すなわち、インフレ率低下に伴う実質所得の増加から堅調に拡大する個人消費がもっぱらけん引役となる
半面、同国の弱点である供給力の向上につながるような設備投資は不良債権問題8の足かせもあって低調
に推移しており、消費と投資のバランスが良くない。生産面から見た場合、資本財が足を引っ張り、製造
業の生産が伸び悩むという点で、新興国における典型的な成長パターンとは姿が異なっている。
2016 年度(2016/4~2017/3)の経済成長率は、高額紙幣廃止に伴う消費減退から下期に 6%台まで減速す
る結果、通年では+7.0%程度にとどまる公算が大きい。ただ、新紙幣による現金供給が増えるにつれ徐々
に悪影響は縮小に向かうことから、2017 年度は再び加速して 7%台半ばの成長に復すると考えられる。
そうした中、モディ政権では着実に改革の動きを前進させている。9 月のモンスーン国会で、連邦税であ
7
他の新興国においては海外資金の流出に伴い金利上昇圧力が高まる動きがみられたものの、インドでは大量の旧紙幣を持ち込
まれた銀行が運用先に窮して国債を購入したことなどから逆に長期金利が大きく低下する事態となっている。
8 2011 年以降、事業採算の悪化等から電力インフラ等の既往投資プロジェクトの中断が多発したことなどから貸出条件緩和債権
が増加し、銀行のバランスシートが悪化。BIS 規制(バーゼルⅢ)の自己資本比率クリアのため貸出残高を伸ばせず、経済成長
の足かせとなっている。
5
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るサービス税と州税である VAT(物品への課税)を一本化するために必要な憲法改正案を成立させ、前政
権以来の最重要課題と位置付けられる物品・サービス税(GST)の導入にようやくメドをつけたことはそ
の象徴と言える9。また、5 月には倒産法が成立、企業の破産手続きが円滑になることで銀行の不良債権処
理が進め易くなる。11 月の不正資金の締め出しを狙った高額紙幣の廃止も、決して唐突に実施されたわけ
ではなく、汚職撲滅という選挙公約の一環である。短期的には経済を混乱させる恐れがあるものの、中長
期的には、インドという国の透明性を高め、外資を呼び込むうえで不可避な措置である。
消費者物価指数の推移(前年同月比、寄与度、%)
政策金利(レポレート)と短期金利の推移(%)
13
14
その他
燃料・電力
住居
衣類
食料・飲料・タバコ
12
CPI総合
政策金利(レポレート)と短期金利(3か月)の推移(%)
12
11
10
10
8
9
6
8
7
4
6
2
インターバンク・レート(3か月)
5
0
4
▲2
3
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)Centra l Sta ti s ti cs Of f i ce 〈CEIC〉
政策金利(レポ・レート)
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(出所)R es erv e B a nk of Indi a 〈CEIC〉
成長持続には Make in India がカギだが
国際協力銀行(JBIC)が 12 月 12 日に発表した、日本企業を対象に毎年実施している「海外事業展開に
関するアンケート調査(2016 年度)
」によれば、インドは 3 年程度先の中期的に有望な国として 3 年連続
で 1 位に選ばれている。さらに、10 年程度先の長期的なスパンでは 7 年連続の 1 位と、最も魅力の高い新
興国と言っても過言ではない。
グローバルに事業展開する製造企業では需要地生産が基本である。ASEAN 新興国の中にはミャンマーな
ど自国市場が未成長ゆえ、進出に二の足を踏むケースはあるものの、インドの場合、潜在的には十分過ぎ
る規模の市場が確実に存在しているにも関わらず、足元で進出する企業数は伸び悩んでいる。上記アンケ
ート結果では最も有望な国という評価をしながらも実際の行動が伴っていないのは、立地するメリットが
デメリットに相殺されてしまっている状況を示唆している。
外資を呼び込むには、道路や電力等のインフラ未整備、税制や行政手続きの不透明性など、進出上のデメ
リットを解消して、ビジネス環境を改善する必要があり、正しくモディノミクスの目指している方向であ
る。とりわけ、インド経済のアキレス腱である供給制約解消に向けた製造業誘致の切り札となる“Make in
India”政策の成否が高成長持続のカギを握っていると言えよう。国際競争力の高い産業集積を進めるこ
とで国内の供給制約を解消しない限り、内需が拡大すると自動的に輸入が増えてしまい、外貨獲得手段に
乏しい中で、結局、油価変動に振り回される不安定な経済構造から脱却できない。
与党・インド人民党(BJP)は、2014 年 5 月の総選挙で下院の過半数を獲得して政権交代を実現したも
のの、上院では 4 分の 1 程度の議席にとどまる少数派に過ぎない。改革を加速するには現状の上下院のね
じれ状態の一刻も早い解消が求められるが、そのためには、各州の地方議会選挙で着実に勝利を収め、上
9
現在、2017 年 4 月導入を目指し、中央政府と州政府との間で細則を調整中。
6
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院議席を積み上げるほかない10。BJP は政権交代直後こそ、ハリヤナ州、マハラシュトラ州と主要な州で
連勝したものの、2015 年 2 月のデリー首都圏の惨敗以降、同年 11 月のビハール州、2016 年 5 月のタミ
ルナドゥ州、西ベンガル州と苦戦が続いている。2017 年 4~5 月には全州で最大議席数を有するウッタル・
プラデシュ(UP)州の議会選挙を控えているが、モディ政権にとって同州における勝敗は 5 年任期の後半
戦を占ううえで一つの重要な試金石となろう。
連邦議会の上院は、下院のような直接選挙ではなく、定数 245 名のうち 233 名が州議会議員による間接選挙で選出される(任
期 6 年。3 分の 1 ずつ 2 年ごとに改選)
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