発足2年目の アルゼンチン・マクリ政権

米州動向
発足2年目の
アルゼンチン・マクリ政権
─ 議会中間選挙後が構造改革の正念場 ─
アルゼンチン・マクリ政権は発足2年目を迎えた。1年目は、変動相場制への移行、資
本・貿易規制の緩和、国際金融市場への復帰など、順調に実績を積み上げた。財政収
支・インフレ目標の導入は評価されるが、10 月の議会中間選挙後、もう一段の緊縮
策に踏み込めるのか、マクリ政権は正念場を迎える。
2015年12月、アルゼンチンで中道右派のマクリ政
権が発足してから、1 年あまりが経過した。前左派政
権の大衆迎合的、介入主義的、保護主義的な政策運営
の結果、アルゼンチン経済は通貨ペソの過大評価と
外貨準備の枯渇、国際金融市場からの孤立、慢性的な
財政赤字とインフレ高騰といった深刻な課題に直面
してきた。マクリ政権は、政策を大幅に軌道修正し、
規制緩和、開放的な対外政策、ルールに基づく金融・
財政政策運営を志向している。
順調に実績を積み上げた1年目
マクリ政権は、発足直後から矢継ぎ早に構造改革
を推進し、着実に実績を積み上げてきた(図表1)。
政権発足後、真っ先に取り組んだのが、為替制度の
見直しだ。前政権では、ペソを小刻みに切り下げるク
ローリング・ペッグによりペソ相場は過大評価され、
厳しい資本・貿易規制によって公式・非公式レートの
二重相場が存在した。マクリ政権は、通貨切り下げを
実施して変動相場制へ移行すると共に、資本・貿易規
制を緩和し、二重相場は一元化された。ペソ相場は、
制度変更前の 1 ドル= 9.8 ペソから 2016 年 11 月末に
は1ドル=15.9ペソへと約38%下落し、過大評価は大
幅に修正された。ペソ相場を維持するための為替介
入の必要性が低下し、外貨準備の減少には歯止めが
かかっている。
2016 年 4 月には、15 年ぶりに国際金融市場への復
帰が果たされた。前政権では、2001 年の債務不履行
8
後の債務再編に応じなかったホールドアウト債権者
との法廷闘争が長期化し、他の債権者への返済が差
し止められたため、2014 年 7 月には再び債務不履行
状態に陥っていた。マクリ政権は、ホールドアウト債
権者との返済交渉で合意、165 億ドルのドル建て債
を発行し、返済資金を調達した。債務問題の解決を受
け、格付け機関は相次いで国債格付けを引き上げて
いる(シングルB格)。
マクリ政権は、より開放的な対外政策を志向して
いる。国際通貨基金(IMF)4条審査の受け入れや経済
協力開発機構(OECD)加盟への正式申請により、政
策運営の透明性が高まることが期待される。日本と
●図表1 マクリ政権発足後の主な政策変更
分 野
マクリ政権の政策運営
為替制度 変動相場制へ移行【2015年12月】
資本規制 個人・法人のドル購入規制撤廃【2015年12月】
貿易規制
財政政策
金融政策
対外債務
穀物輸出税の減免【2015年12月】
事前輸入宣誓供述制度の廃止【2015年12月】
基礎的財政収支の数値目標設定
エネルギー補助金削減、公共料金引き上げ【2016年1月】
インフレ目標の導入【2016年9月採用、2017年1月運用開始】
消費者物価統計の是正【2016年6月】
ホールドアウト債権者との返済交渉合意【2016年4月】
―15年ぶりに国際金融市場に復帰
市場開放志向の通商政策(EU・メルコスールFTA推進)
IMFとの関係改善(4条審査受け入れ【2016年9月】
)
対外政策 OECD加盟正式申請【2016年6月】
(3年内目指す)
日亜投資協定交渉開始【2016年9月】
2018年G20議長国
(資料)各種報道より、みずほ総合研究所作成
の経済交流も活性化しつつある。2016 年 9 月には日
亜投資協定交渉が開始され、11 月には安倍総理が 57
年ぶりにアルゼンチンを公式訪問した。
財政健全化・インフレ鎮静化の
道のりは険しい
げなどの構造改革の副作用により、2016 年は目標の
20 〜 25%を大幅に超過する 40%近い水準に達した
とみられる。2017 年には、ペソ安などの影響低減や、
賃金上昇率の鈍化により、インフレ率は 20%程度に
鈍化する見込みだが、目標の12〜17%達成は微妙な
情勢だ。
国内の経済政策運営では、拡張的な財政運営を中
銀の通貨供給拡大で賄う構図を修正し、財政収支・イ
ンフレ率の数値目標を導入することで、財政健全化・
インフレ鎮静化を進める方針だ。ルールに基づく政
策運営への転換は高く評価されるが、その実行に向
けた道のりは険しい。
財政政策では、基礎的財政収支(利払い費などを除
く収支)を 2019 年にほぼ均衡させるシナリオが描か
れている(図表 2)。財政健全化の具体策としては、中
銀による資金供給を制限することで財政規律を強化
すると共に、エネルギー・運輸等補助金の削減が実施
されている。他方で、穀物輸出税の減免、所得税の課
税最低限や年金給付の引き上げなど、歳入減・歳出
増につながる施策が実施されている。このため、政
府は 2017 年の基礎的財政収支目標(GDP 比)を当初
の▲ 3.3%から▲ 4.2%に見直さざるを得なくなるな
ど、財政健全化には遅れが見られる。
金融政策は、新たにインフレ目標を導入し、2019
年には目標中央値 5.0%の達成を目指す方針だ(図
表 3)。実際のインフレ率は、ペソ切り下げやエネル
ギー・運輸等補助金の削減に伴う公共料金の引き上
議会中間選挙後が構造改革の正念場
●図表2 財政収支と成長率の見通し
●図表3 インフレ目標と見通し
(%)
(%)
4
マクリ政権による構造改革の推進は、中期的には
安定成長につながるが、短期的には副作用として
インフレ高騰と景気後退が併存するスタグフレー
ションを生みだした。2016 年の実質 GDP 成長率は
▲ 1.5%程度のマイナス成長になったとみられる。
2017 年は、事業・資金調達環境の好転などに伴う投
資回復や、主要輸出産品である資源価格の持ち直し
により、政府は3.5%成長を見込んでいる(図表2)
。
2017 年 10 月には、議会中間選挙が実施される。野
党は汚職問題で弱体化しており、現在は議会少数派
である与党連合が議席を伸ばす可能性が高い。中間
選挙後、景気が上向いていれば、より緊縮的な政策に
踏み込みやすくなる。一方で、選挙後に緊縮策が見送
られれば、政権に対する信認は低下しかねない。マク
リ政権の構造改革は、正念場を迎える。
みずほ総合研究所 欧米調査部
上席主任エコノミスト 西川珠子
[email protected]
45
インフレ目標上限・下限
40
2
消費者物価実績・予測
35
30
0
25
25
20
▲2
17
20
15
▲4
▲6
▲8
12
12
10
2015
16
17
基礎的財政収支
(GDP比)
5
実質GDP成長率
0
18
19
(年)
2015年は実績、
2016・17年は2017年度予算
(2016年9月)
に示された数値。
(注)
2018・19年は2016年1月に提示された数値。
(資料)
アルゼンチン財務公債省より、
みずほ総合研究所作成
6.5
8
5
3.5
2015
16
17
18
19
(年)
インフレ率・目標は、各年12月の前年同月比。
(注)1.
2.
2015年はブエノスアイレス市、2016年以降は全国消費者物価。
○は2015年は実績、2016年以降はIMF予測。
●は2019年のインフレ目標中央値。
(資料)
アルゼンチン中央銀行、IMFより、
みずほ総合研究所作成
9