◎ 特別寄稿 ◎ Kato Katsunobu 1 グローバルな格差拡大とわが国の状況 格差の拡大、固定化は、先進諸国においても大きな社会問題となっている。格差拡大が社 会の分断を引き起こし、社会を不安定化させるという状況もみられる。また、経済成長を低 下させるとも言われている。 世帯間の所得の格差を表わす指標であるジニ係数でみても、米国、英国を中心に上昇基調 にあり、富裕層と貧困層の所得格差は今や大半の経済協力開発機構(OECD)諸国において過 去30年で最も大きくなっているとの指摘もある。格差拡大の状況は予断を許さず、各国にお いて格差の拡大、特に貧困の問題に対して真正面からの取り組みが求められている。 わが国においても、先般発表された「ジニ係数」は、前回調査時(平成 23 年)より若干改 善がみられたものの、格差・貧困が社会的な課題として大きく注目されるようになってきて いる。デフレ脱却を目指して経済再生が軌道に乗ってきた今、わが国は、経済社会状況に目 配りをしながら、こうした課題に対してさまざまな政策を動員し、対応していくことが必要 と考える。 2 子供の貧困という問題 日本にも貧困の状況にある子供たちがいる、と言うと、信じられないという受け止めをす る人がまだまだ多い。例えば、Googleの画像検索で「子供 貧困」を検索してみると、出てく るのは 1 日を数ドル以下で暮らす発展途上国の貧しい子供たち、つまり絶対的貧困の状況に ある子供たちの画像ばかりである。 「子供の貧困」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはこ の絶対的貧困だろう。 しかしながら、わが国において問題となっている子供の貧困の「貧困」とは、わが国社会 において「通常」の生活レベルの暮らしをしているかどうかという相対的な概念、すなわち 相対的貧困である。その意味で、教育や生活などについてさまざまな支援を必要としている 子供たちが少なからずこの日本にもいる。 とは言っても、貧困の状況にある子供たちがどこに居るのか、どういう生活をしているの か、どのような困難を抱えているのか、その実態がわかりにくい。それが、この問題の特徴 であり、理解や解決が難しいゆえんでもある。 例えば、子供の相対的貧困率という指標が、2012 年において 16.3% と過去最高に至ってお 国際問題 No. 657(2016 年 12 月)● 47 ◎ 特別寄稿◎ 子供の貧困対策―一人ひとりが日本の未来を支えていくために り、 「日本の子供の 6 人に 1 人が貧困の状況にある」と言われることが多い。この指標は、算 出の基となる統計によって数値が異なったり、現物給付や資産の状況が反映されない等の課 題を有しており、この指標のみをもって子供の貧困の実態を論ずることは適当ではないと考 えるが、傾向的に上昇を続けているという事態には危機感をもっている。 子供の貧困を放置することは、子供自身の将来の可能性の芽を摘むことはもちろん、わが 国の発展を阻害することにもつながる。子供の貧困対策を「未来への投資」として積極的に 推し進め、すべての子供が夢に向かって頑張ることができる社会をつくることは、待ったな しの課題だと言える。 3 わが国における子供の貧困対策 そうしたなかで、わが国においても子供の貧困対策のための法律を制定しようという機運 が高まり、2013 年 6 月、議員立法により「子供の貧困対策の推進に関する法律」が全会一致 で可決成立、2014 年 1 月に施行された。同法に基づき、政府が子供の貧困対策を総合的に推 進するため策定することとされている「子供の貧困対策に関する大綱」も同年 8 月に閣議決 定された。 現在、政府はこの大綱に基づき、教育の支援、生活の支援、保護者に対する就労の支援、 経済的支援といった当面の重点施策を中心に総合的に対策を進めている。昨年末には「ひと り親家庭・多子世帯等自立応援プロジェクト(すべての子どもの安心と希望の実現プロジェクト 」を決定し、第二子以降への児童扶養手当の加算額の倍増、就職に有利な資格取得促 の一部) 進のための資金貸付事業の創設など、多方面にわたって施策を拡充することとした。また、 2016 年 6 月には「ニッポン一億総活躍プラン」をとりまとめ、希望する教育を受けることを 阻む制約の克服や、格差が固定化されず、社会的流動性のある環境の整備のための今後10年 のロードマップ、具体的施策を示している。 子供の貧困の要因は複雑多岐にわたり、さまざまな問題が絡み合っている。わが国の母子 家庭の母親の就労率は 80.6% と非常に高く、米国約 74%、英国 56% などに比べても高い水準 にある。しかし、半数以上が非正規労働であることや、男女間の賃金格差等から、平均年収 が約181万円と低い水準にとどまっている。また、生活保護を受けている母子世帯の25.3%の 母親に障害があったり、病気を患うなどしている。こうしたさまざまなことが、ひとり親家 庭の約85%を占める母子家庭の厳しい状況を生み出している背景にある。つまり、子供の貧 困を解消するには、働き方を改革し、非正規労働者の処遇を改善することや、男女の賃金格 差を解消することなど、直接関連がないと思われているような政策も含めて、多様な政策を 組み合わせた総合的な対策を行なっていかなければならない。 4 誰もが子供に寄り添い支える社会へ 先に述べたように、わが国の子供の貧困はその実態がわかりにくく、行政サービスだけで は、一人ひとりに寄り添うきめ細かな支援が難しかったり、必要な支援が届けられないこと がある。政府も施策の幅と質において行政サービスの充実を進めているが、民間においても、 国際問題 No. 657(2016 年 12 月)● 48 ◎ 特別寄稿◎ 子供の貧困対策―一人ひとりが日本の未来を支えていくために 子供たちに寄り添って支える取り組みがここ 1、2年で急増している。 子供が一人でも安心して来られる無料または低額の食堂「子ども食堂」や、経済的な事情 で塾に行けない子供や学習に著しい遅れが生じている子供に無料で勉強を教える「学習支援」 が全国各地で増えていることをご存じだろうか。いずれも食事や勉強だけでなく、さまざま な人たちの多様な価値観に触れることのできる「居場所」を子供たちに提供する、時には必 要に応じて専門的支援につなぐなど、地域において子供たちの困難に対するアンテナの役割 をも果たしている。 日本から子供の貧困をなくすには、国や地方公共団体による支援はもちろんのこと、こう した子供たちを孤立させない民間の取り組みが欠かせない。地域の大人たちが子供たちに寄 り添い包摂する環境を作っていくことが重要である。 今、政府は国民、各界各層の理解と協力の下、 「子供の未来応援国民運動」という官公民 の連携・協働プロジェクトを推進し、さまざまな主体による応援ネットワークを築き、社会 全体で困難を抱える子供たちを支える環境を整備することに力を入れている。これまで、上 記のような民間の取り組みを支援する民間同士の応援ネットワークを構築・充実させるため の「子供の未来応援基金」の創設や、国、都道府県および市町村等が行なう支援情報を一元 的に集約したポータルサイトの構築に取り組んできた。 子供の未来はわが国の未来そのものである。子供の貧困は、誰かに任せていればよい問題 ではなく、国民一人ひとりができることを行なうことにより、一歩ずつ解消に近づけること ができる問題である。 かとう・かつのぶ 一億総活躍担当大臣 国際問題 No. 657(2016 年 12 月)● 49
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