(2016/12/12)EUの証券化商品優遇策と国際的な動向の

新生ストラテジーノート 第 246 号
2016 年 12 月 12 日
調査部長 江川 由紀雄
[email protected]
(03) 6880-6035
EU の証券化商品優遇策と国際的な動向のフォローアップ
欧州議会の ECON 委員会が証券化市場活性化パッケージ法案を可決
欧州議会の ECON 委員会 1は一定の要件を満たす証券化商品の規制上の扱いを緩和また
は優遇する内容を含む法案のパッケージにつき、一部の文言を修正のうえ、2016 年 12 月 8 日
に可決した。将来的にこれらが法令として成立して施行されると、EU に所在する銀行にとっては
潜在的には多くの EU 産証券化商品の自己資本比率規制上の扱いが大幅に緩和され、運用会社
にとってはファンドの運用対象に EU 産証券化商品を組み入れる際のハードルが下がることになる。
欧州連合における証券化市場再活性化に向けての制度整備が大きく一歩前進したとも考えられ
る。
も っ とも 、 議 会 の ECON 委 員 会 が 可 決 した 修 正 法 案 は 最 終 形 で は な い 。欧 州 委 員 会
(Commission) が 2015 年 9 月に起草し、欧州理事会(Council) が修正のうえ 2015 年 12
月に可決し議会に提出した法案からは、多くの文言修正が加わったため、今後はこれら 3 者間の
協議が行われることになる。
さっそく、業界団体等から ECON が修正した法案の内容についての問題指摘がなされている。
証 券 市 場 関 係 者 の 業 界 団 体 AFME は 、 証 券 化 取 引 の originator/sponsor ま た は
original lender によるリスクリテンション義務の最低水準を原案の 5%から原則 10%へと引き
上げた点 2や、潜在投資家に対する開示を要求される項目の追加について証券化商品の投資家
を特定できるような内容が含まれる点などにつき懸念を表明し、法案パッケージの目的である欧
州の証券化市場の活性化に資するどころか、証券化を抑制してしまう可能性があると指摘してい
る
1
2
3 。法律事務所
Cadwalader が公表したニューズレター 4 では、たとえば、証券化取引の
Committee on Economic and Monetary Affairs
なお、修正法案では、原案の Article 4 にあった 5%を単純に 10%に書き換えただけではなく、
ファースト・ロス・トランシェの保有による場合は 5%とすることや、最低要求水準を最大 20%にま
で引き上げることを可能とする文言が書き加えられている。
AFME comments on STS securitisation vote: Europe risks losing a vital financing
tool, 8 December 2016
3
http://www.afme.eu/en/news/press-releases/2016/afme-stn-comments-on-stssecuritisation-vote/
4
Cadwalader, ECON Agrees Compromise Amendments to STS/Risk Retention, 9
December 2016
1
1
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
originator, sponsor または original lender の何れかが “regulated entity” であることを
要求する文言が追加されたために、金融監督当局による監督下に置かれていない事業会社等の
企業による証券化取引を用いた資金調達が困難になる可能性を指摘している。
なぜ日本から欧州の証券化周りの制度変更をフォローするのか
欧州連合(EU)で証券化市場を再活性化しようとの動きが 2014 年から本格化している。これは、
「新生ストラテジーノート」でこれまで継続的にとりあげてきたテーマである。欧州の2大中央銀行、
Bank of England と 欧州中央銀行(ECB)は、2014 年 5 月に証券化市場の活性化を論じるデ
ィスカッションペーパーを発表した 5。このペーパーの中で両中央銀行は、一定の品質要件を満た
す証券化商品について規制上優遇する扱いの導入を提案した。ECB は 2014 年 11 月に金融政
策の一環として ABS の買入れを開始しており、現在もなお継続している 6。
こうした欧州における動向は、国内の証券化市場参加者にとっても無関係ではなく、欧州にお
ける動向が証券監督者国際機構(IOSCO)やバーゼル銀行監督委員会(BCBS)における議論に
影響し、ひいては、国際的に合意されたものとして、日本における規制等に波及する可能性があ
ると筆者は考えている。既に、証券化の再評価と証券化市場の再活性化(rivival)を狙った動き
は、欧州における同様の動きとほぼ連動する形で IOSCO および BCBS にて生じており、ある程度
の進展を見ている。
BCBS と IOSCO に 2014 年に設置された Task Force on Securitisation Markets (TFSM)
は、2015 年 7 月 23 日、“Criteria for identifying simple, transparent and comparable
securitisations” (「シンプルで透明で比較可能な証券化商品を特定するための要件」) 7を公表
した 8。これが「STC 要件」として知られるものである。
「STC」は、欧州における「STS」に酷似しているが、筆者が見る限りにおいて、「STS」の方が明
らかに分量が多く規定する内容も多岐にわたるものの、「STS」が「STC」を含有する関係は成立し
http://www.jdsupra.com/legalnews/econ-agrees-compromise-amendments-to-2
4965/
5 新生ストラテジーノート第 155 号 「欧州連合(EU)の証券化活性策を ECB とイングランド銀行
が提案」 2014 年 6 月 2 日
6
買入実績・買入残高については、週次で ECB のウェブサイト上で公表されている。
http://www.ecb.europa.eu/mopo/implement/omt/html/index.en.html
7
BCBS and IOSCO, Criteria for identifying simple, transparent and comparable
securitisations, 23 July 2015
http://www.bis.org/bcbs/publ/d332.htm
8 新生ストラテジーノート第 196 号 「バーゼル委と IOSCO が共同で『証券化商品の特性』を公表」
2015 年 7 月 24 日
2
2
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
ていない。「STC」と「STS」とは、似てはいるものの、同一ではないうえ、どちらかがどちらかのサブ
セットになっている関係にもないと筆者は考えている。つまり、「STC≒STS」、「STC≠STS」の関係
があると認められても、「STC∈STS」の関係は成立していない。もっとも、欧州の法案においても、
BCBS の最終規則修正版(2016 年 7 月版)においても、STS または STC を満たす証券化商品の
銀行の自己資本比率規制上の優遇幅(リスクウェイトの軽減幅、リスクウェイトの下限値等)は同
水準となっている。
欧州で検討されている立法措置と BCBS の国際的な規則見直しは、同一ではないものの、極め
て似通っており、ほぼ同時に進行してきていると言えよう。
BCBS は 2015 年 11 月 10 日に「STC」要件を満たす証券化エクスポージャーの資本賦課の見
直し(2014 年 12 月最終規則対比では、軽減)案としての市中協議文書を公表 9し、2016 年 7
月 11 日に “Revisions to the Securitisation Framework” (「証券化の枠組みの改訂」)と題
する文書を発表 10した。この文書は 2014 年に改訂されていた最終規則を再改訂する新しいテキ
ストを含んでいる。なお、BCBS は、TSMF が策定した 14 の STC 要件に 2 項目を追加し、自己資
本比率規制上の優遇対象としたため、STC 要件は 16 項目となる。新規則は 2018 年 1 月から
適用すると文書の冒頭に明記されている。もっとも、BCBS は 2017 年 1 月(つまり、来月)をター
ゲットにいわゆる「バーゼル3」の最終化に向けた詰めの協議に入っているところであり、こういう
動向の中で証券化エクスポージャーの資本賦課規則が各国における導入時期を含め今後どう扱
われるかについてはやや不透明感がある。
欧州における動向の復習
欧州銀行監督局(European Banking Authority, EBA)は、2015 年 7 月 7 日に欧州委員会
(Commission)宛に証券化商品の規制上の扱いについての報告書を提出した
11。この
EBA の
提言にほとんど完全に沿う形で、 Commission は 2015 年 9 月 30 日付で資本市場同盟に関
するアクションプランおよび関係する2つの法令改正案
9
12を公表した 13。このうちひとつは銀行の
BCBS, Capital treatment for "simple, transparent and comparable" securitisations -
consultative document, 10 November 2015
http://www.bis.org/bcbs/publ/d343.htm
10
BCBS, Revisions to the securitisation framework, 11 July 2016
http://www.bis.org/bcbs/publ/d374.htm
11 新生ストラテジーノート第 195 号 「EBA が欧州委員会(EC)に証券化商品の規制上の扱いの
見直しを提言」 2015 年 7 月 9 日
12
ここまでの関連文書は、EC のウェブサイト上、ここに整理され掲載されている。
http://ec.europa.eu/finance/securities/securitisation/index_en.htm
13 新生ストラテジーノート第 198 号 「欧州委員会が証券化を奨励する規制改革案を公表」
3
3
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
自己資本比率規制の改正案であり、一定の要件(simple, transparent and standardised,
略して STS)を満たす証券化エクスポージャーのリスクウェイトを(バーゼル委員会による 2014
年 12 月最終規則によるものに対比し)軽減するというものである。これらの法案は、数次にわたり、
膨 大 な修 正 を経 て、2015 年 12 月 2 日 に 欧州 理 事 会 ( Council) に て可 決 され 、議 会
(Parliament)に提出された。議会では、ECON 委員会が法案の審議を行った。議会における法
案の審議過程で、ECB は、2016 年 3 月 11 日に Parliament に宛てて審議中の法案に関する
意見を提出
14した。趣旨には賛成、目的も支持するとする立場を明らかにしつつ、ECB
は細かい
部分で膨大な数のコメントおよび法案の修正要望を提出したことになる。ほぼ同時期(2016 年 3
月)に、欧州のいくつかの金融機関および業界団体が2つの意見書を公表した。
欧州議会(Parliament) ECON 委員会の書記(Rapporteur)である Paul Tang 氏 15(オラン
ダ労働党所属)は、2016 年 5 月 19 日、委員会における法案審議に資することを目的とした
“Working Document” 16 と題する文書を公表した。また、ECON 委員会は、2016 年 6 月 13
日に公開公聴会を実施し、専門家、市場関係者等からの意見聴取を行った
17。ECON
委員会は
2016 年 12 月 8 日、法案のパッケージにつき、一部の文言を修正のうえ、可決した。
4
(調査部長 江川 由紀雄)
2015 年 10 月 1 日
14
ECB, Opinion of the European Central Bank of 11 March 2016…(CON/2016/11)
https://www.bankingsupervision.europa.eu/ecb/legal/pdf/en_con_2016_11_f_sig
n.pdf
15
http://www.europarl.europa.eu/meps/en/125020/PAUL_TANG_home.html
16
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?type=COMPARL&reference=PE-5
80.483&format=PDF&language=EN&secondRef=01
17 プログラムおよび報告内容は公開されている。
http://www.europarl.europa.eu/committees/en/econ/events-hearings.html?id=20
160613CHE00081
4
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
5
名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社
はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである
ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、
特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取
引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について
は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及
び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその
関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する
ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う
ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は
限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。
信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま
たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場
合があります。
5
著作権表示 © 2016 Shinsei Securities Co., Ltd. All rights reserved.