ニッセイ基礎研究所 2016-12-15 研究員 の眼 資産の世代間移転の状況 現役世代への資産移転は進んでいるか 井上 智紀 (03)3512-1813 [email protected] 生活研究部 シニアマーケティングリサーチャー わが国の家計金融資産は、かねてより高齢世帯に集中しており、現役世帯への資産移転が進んでい ないことが、家計消費低迷の一因として指摘されてきた。こうした指摘に対して、住宅取得資金や教 育資金、結婚・子育て資金といった目的での贈与税の非課税枠の新設・拡充が進められてきたほか、 本年4月からはジュニア NISA も開始するなど、 国としても高齢世帯から現役世帯への資産移転を支援 する動きが進んでいる1。実際に、国 税庁の「統計年報」をみても、住宅 取得資金の贈与にかかる非課税制度 の利用者は 2010 年度以降、 毎年7万 図表 1 住宅取得資金・教育資金の非課税制度利用者数の推移 90,000 80,000 人 71,956 73,522 71,943 75,241 77,588 65,414 70,000 人前後となっているほか、2013 年度 60,000 より新設された教育目的資金の贈与 50,000 にかかる非課税制度では 2013 年度 40,000 の6万9千人から 2014 年度の7万 30,000 8千人へと利用者が拡大しているこ 20,000 住宅取得資金 とがわかる(図表 1) 。 10,000 教育資金 このように世代間の資産移転を促 す施策が導入されてきた背景には、 69,231 0 H22 H23 H24 出所:国税庁「統計年報」各年版より作成 H25 H26 家計消費の拡大や少子化対策としての効果への期待が挙げられることが多い。国を挙げて現役世帯へ の資産移転を進めてきた結果、実際に世代間の資産移転は進んだのだろうか。 総務省統計局の「全国消費実態調査」および同「国勢調査」を用いて 2010 年と 2015 年の家計の総 資産および金融資産の世帯主年齢階層別の構成比を比較すると、 いずれも 70 代以上の構成比が3~4 ポイント上昇している(図表 2) 。図表は省略するが、実際の金額についてみても総資産では 60 代以 1 一般に、世代間における資産の移転は相続によりなされることが多いものの、厚生労働省「人口動態統計」によれば、2010 年以降、年間の死亡者数は 80 歳以上が過半を占めていることから、相続による資産移転の多くは高齢世代間で行われてい るものと思われる。 1| |研究員の眼 2016-12-15|Copyright ©2016 NLI Research Institute All rights reserved 上で、金融資産では 50 代と 70 代以上で、それぞれ増加し、その他の世代では減少していることから、 今のところ高齢世帯に家計資産が集中する傾向には変化がなく、むしろさらに集中が進んでいること がわかる。 図表 2 家計の総資産・金融資産の世帯主年齢階層別構成比 40 % 総資産 40 % 金融資産 35.4 35 30 2010年 2015年 28.328.6 2010年 30.4 2015年 30 25 28.9 30.7 25 19.2 20 15 6.8 18.618.1 20 17.6 15 12.211.5 10 5 34.6 35 31.6 12.211.5 10 6.6 5.5 5 1.8 1.4 5.5 1.5 1.3 0 0 30代以下 30代 40代 50代 60代 70代以上 30代以下 出所:総務省統計局「全国消費実態調査」、「国勢調査」各年版より作成 30代 40代 50代 60代 70代以上 このような変化の背景を探るため、それぞれの世代について金融資産の種類別の構成比の変化をみ ると、60 代以上では 2010 年、2015 年のいずれについても金融資産の5割前後を「定期性預貯金」に、 15~20%程度を「有価証券」に振 図表 3 金融資産の種類別構成比 り向けていることがわかる(図表 る。このように、この5年間、高 齢層がより期待収益率が高い金融 商品への資産配分を据え置いてき た一方で、若年層において期待収 30代 以下 金」が5ポイント以上減少してい 30代 え、30 代、50 代では「定期性預貯 40代 ポイント以上増加しているのに加 2015 50代 が最も低い「通貨性預貯金」が5 2015 2015 60代 から 2015 年にかけて期待収益率 0% 2015 2015 70代 以上 3) 。一方、50 代以下では 2010 年 2015 20% 40% 60% 55.4 2010 49.4 9.1 24.1 33.0 17.9 33.8 27.1 33.6 100% 11.1 32.0 44.9 2010 80% 27.2 21.3 25.5 6.7 7.3 5.8 7.2 8.7 5.1 2010 21.6 35.6 29.3 9.3 22.0 35.8 26.7 12.4 27.3 11.4 2010 2010 16.4 20.1 16.3 20.3 41.5 42.3 45.9 45.7 21.0 15.6 20.6 16.6 15.4 18.3 2010 17.4 50.0 15.8 16.5 通貨性預貯金 定期性預貯金 生命保険など 有価証券 その他 総務省統計局「全国消費実態調査」、「国勢調査」各年版より作成 益率が低い金融商品への資金シフトが進んだことは、金融資産全体でみた平均利回りについて世代間 の格差が拡大したことを意味している。このことは、この5年間における家計資産の高齢世帯への集 中が、このような世代間の平均利回りの格差拡大が背景となって生じた可能性があることを示してい るといえよう。 贈与税の非課税制度や、相続時精算課税制度など、現役世代への資産移転を促す政策は税制面にお いても様々実施されているが、今のところ目に見える成果にはつながっていないようである。制度の 周知や、利用の拡大には時間を要するであろうことを考慮すれば、これらの政策の成否を語るには時 期尚早ではあるが、仮に資産移転が進んだとしても、現役世代が譲り受けた資産を上手く活用できな 2| |研究員の眼 2016-12-15|Copyright ©2016 NLI Research Institute All rights reserved ければ、家計消費の拡大や、現役世代における資産形成の促進といった期待に対し、その効果は限定 的なものに留まることになるだろう。 3| |研究員の眼 2016-12-15|Copyright ©2016 NLI Research Institute All rights reserved
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