国際交流委員会ニューズ・レター 2016 5

さっている金 先 生 でした。空 港 まで来 てくださり様 々 な
な気持ちを払拭してくださったのが韓国語を教えてくだ
「行きたくない」という気持ちになってしまいました。
そん
フライトだったのですが、
心 配 のあまり空 港 に着 くなり
など様々な感情が沸いてきていました。
羽田空港からの
私は渡韓前に、
初の海外ということで、
不安、
緊張、
恐怖
流を図り自分の視野を広げることを掲げました。
目指すこと。
また海外の多彩な友達を作ることで国際交
しては、
現地で韓国語を学ぶことにより語学力の向上を
日まで)
交換留学をさせていただきました。
留学の目的と
今回、
私は韓国の金剛大学校( Geumgang Univ.
)
にお
いて、
一 か月 間(
平 成 二八 年 八 月二 七 日から一〇 月二
文化コース三年 髙橋 瞳
身延山大 学仏教 学部 仏 教 学 科
けました。
これが文 化 の違 いなのかと感 じる最 初 の出 来
でした。
また子どもが平気で走っていたことにも衝撃を受
かにしなくてもそれほど気にする人がいないというところ
は無料で入れ、
自 由に写 真を撮ることが出来、
あまり静
博 物館 で驚 いたことは、
日本 とは違 って、
韓 国の博 物館
で、
韓国語の勉強を頑張らなければと思いました。
あったのですが、
それは大きいパネルに限られていましたの
表記されている言語は、
韓国語、
英語、
日本語、
中国語と
物をはじめ、
国宝 も多 く展 示 されていました。
案 内板 に
してくださいました。
そこには、
百済第二五代武寧王の遺
二日目は、
朝からヒジェさんが公州市の博 物館を案 内
出来るところでした。
と自然の中にあり、
都会とは違う雰囲気を味わうことが
ろすことが出 来 ました。
金剛大 学 校 は周 囲 が山や田 畑
設備などを教えてくたさいましたので、
無事に荷物を下
しながら、
入寮の手続きをはじめ、
金剛大学校の施設や
た平成二五年度の交換留学生キム・
ヒジェさんが通訳を
しかし、
仁 川空 港 から大 学 まで私 を連 れていてくださっ
朝教室に入ると Hi! Hitomi!! Good morning!!!
といつ
も笑顔でみんなが迎えてくれたので、
とても安心するとと
れの言葉に訳して教えてくれました。
授 業 でどうしてもわからない言 葉 が出 てくると、
それぞ
スメートのなかにはバイリンガルやトライリンガルがいて、
が汲み取ってくれたので、
会話が成り立っていました。
クラ
会話をしましたが、
私の片言の韓国語と英語でもみんな
同様に行われました。
クラスメートとは韓国語と英語で
ャー も交 えながら授 業 が進 められ、
学 生 からの質 問 も
した。
基本 的 に韓国 語 でしたが、
英語 と、
全 力のジェスチ
授業は、
朝の八時三〇分から昼の一二時三〇分までで
アドルからの留学生がいました。
インドネシア、
マレーシア、
ブラジル、
中 国、
フィリピン、
エク
カ、
南米出身者もいました。
私のクラスには、
ロシア、
台湾、
界各地から来ていて、
ヨーロッパ、
アジア、
さらには、
アフリ
をすべて合 わせると四 〇 人 ほどの留 学 生 がいました。
世
になりました。
私のクラスは一三人でしたが、
ほかのクラス
した。
授業を受ける語学院で、
私は初級クラスに入ること
三日目、
この時 まで私 には学 校 の予 定 が知 らされてお
とが出 来 なくて、
申 し訳 ないという気 持 ちもありました
交 わしました。
最 初 は韓 国 語 も英 語 も少 ししか話 すこ
て、
とにかくありとあらゆるジャンルの話題について言葉を
Edit by Kim Byungkon
韓国での短期交換留学を終えて
そのおかげでこれから一か月間頑張ろうという気合が入
お話を交わして、
私の心を落ち着かせてくださいました。
らず、
それを知 ったヒジェさんが確 認 をしてくださり、
丁
が、
互いが理解 し合うためにも、
もっと学ぼうという意 識
もに、
今日 も一 日 頑張 れそうな気 になりました。
みんな
指定した日に入寮することが出来ず、
遅れて入寮するこ
寧に教えてくださったので、
本 当に感謝の気持 ちでいっぱ
が芽生えてきて、
自然とクラスに一体感が出来、
さらにみ
事でした。
それはともかく多 くの重要 文化 財、
国宝など
とになりました。
この時、
私はまだ韓国語を話すことも聞
いになりました。
んなが仲良くなっていったと思います。
りました。
いて理 解 することもままならず、
簡 単な言葉 でしかそれ
いよいよ学校が始まりましたが、
私はほとんど何も知ら
とたくさん質問をし合ったり、
また日本語を教えたりし
を行うことが出来 ませんでした。
入寮の時、
金剛大 学校
ずに飛び込んでいったので、
簡単な会話しか出来ませんで
をみることが出来、
とても感銘を受けました。
の事務の方は、
私が来 る日を把握していなかったようで、
私は今回、
京都 での博物 館 実習のため、
金剛大 学校が
日本語が通じる人がいないという問題が起きていました。
2016/9
交換留学体験記
MINOBUSAN UNIVERSITY INTERNATIONAL EXCHANGE COMMITTEE
NEWSLETTER 2016 #5
て送られてくるので、
解読 には時間がかかりますが、
そこ
こと、
その他諸 々のことがカカオトークでメッセー ジとし
やり取りが行なわれていました。
学園祭のこと、
体育 祭の
などはすべてカカオトークで行っていて、
韓国語と英語で
に会話をしながら、
食堂まで行っていました。
学校の連絡
授業が終わってからはみんなで昼食を取りました。
一緒
ものでもあると感じたのです。
言 葉というのは違 うと厄 介なものだが、
ある意味 面 白い
が絶えなかったなと今では懐かしく思っています。
そして、
く笑ってくれたことがあります。
私のクラスは本 当 に笑い
にはその発音が
なのか
なのか、
はたまた日本
VISA
PIZZA
語の膝なのか、
わからなくなると言 ったら、
みんながすご
最初の授業で先生が、
韓国人と外国人とでは VISAの
発音が違がって聞こえるという話をしていて、
日本人の私
た。
出来たわけではなく、
少しはわからないところもありまし
中で自動翻訳出来るようになりました。
ですが、
きちんと
私は大体 一 週 間と少 しで先 生の話している言 葉 が頭の
るのに苦 労 しましたが、
慣 れればなんてことはないです。
話調で、
質問はその都度行います。
最初は本当に理解す
です。
私の帰国前日にはみんながチキンを注文してくれ、
ら「本当にあっという間だね」と言われ、
とても切なかった
う間に来てしまったなと感じました。
知り合ったみんなか
「帰るな、
帰 るな」と言ってくれ、
本 当 に帰 る日 があっとい
韓国にいたいと思うようになりした。
友達も毎日のように
んと近づいて来ました。
一日 一日近づくたびにもう少 し
チュソクが終わり、
授業が進むにつれ、
私の帰国もだんだ
てしまいました。
にも怖くて、
職員の人だけでなく、
普通の人にも驚かされ
イベントで、
ゾンビが出てくるという演出でしたが、
あまり
とはロッテワー ルドに行 き、
その時 にちょうどハロウィンの
るキティランドに行き、
キティのお部屋をみてきました。
あ
お友達になることが出来ました。
ソウルタワーのなかにあ
みたり、
そこで思いがけない出会いがあり、
マレーシア人と
いるカカオショップを全制覇したり、
ソウルタワーに行って
をしました。
韓国で人気なカカオのキャラクターを売って
も多く、
椅子をみる時にはもみくちゃにされ、
大変な思い
宮 にも行 き、
王 様 の椅 子 をみてきました。
人 があまりに
心 の底 から救 ってくれそうだなと感 じました。
また景 福
ートル)
をみた時は圧巻でした。
とても大きくてみた人を
金泥の法 華 経をみたり、
尚 州 北長 寺の掛 仏(
一 三.
三メ
ムを食 べ、
韓 国 中 央 博 物 館 に行 き、
国 宝 をみたり、
紺紙
こから
(
日本でいう新幹線)
に乗って揺られること一
KTX
時間弱でソウルに着きました。
明洞ではバラアイスクリー
ていただきました。
スクールバスに乗り、
大田まで行き、
そ
韓国に行きたいと思っている人達に伝えたいです。
な国に行けて私は感動 しましたし、
この感 動をこれから
せだと、
自分は恵まれているなと感じました。
こんな素敵
素敵なところなのだろう、
たくさんの友達に出会えて、
幸
学校の図書館の上からみた景色が本当にきれいでなんて
を成長へと導いてくれたのではないかと思います。
金剛大
たねと言 われ、
韓 国 に行 って韓 国 で出 会 ったみんなが私
じています。
日本 に帰ってきて、
みんなからいい風に変わっ
自分がよりよくなるために成長出来たのではないかと感
して本当によかったなと、
日本に帰ってきて常々感じます。
たった一 か月 だけでしたが、
韓 国 の金 剛 大 学 校 に留 学
の気持ちでいっぱいです。
どの人々 、
その一 人一 人 に感 謝をしても足りないくらい
ト、
ルームメイトのジュミさん)
、
日本人の留学
주미언니(
生、
日本語学科の人、
私に関わってくれた数え切れないほ
オンニ・
平成二八年 度の交換留学生)
、
ヒジェさん、
언니(
ホソンさん、
金剛大学校の先生方、
職員の方、
クラスメー
られました。
身 延 山 大 学の先生 方 をはじめ、
親、
ヨンジュ
今回の韓国での交換留学は本当にたくさんの方に助け
友達だなと感じました。
には本 当 に涙をこらえるのに必死 でした。
そして中 国人
国語プログラム終
了書授与式」を
行いました。
Edit by Kim Byungkon
の友達が最後に中国式の茶道をしてくれ、
みんな素敵な
は根気強く頑張ることが必要です。
パー ティー を開 いてくれました。
ケー キまで登 場 した時
の14時より、「韓
授 業 の内 容 としては、
ハングル文 字 の発 音 から始 まり、
私の留学期間中には、
韓国にお盆(
チュソク)
があ
추석 ・
り、
一 週 間 ほど学 校 がお休 みになったので、
平成二 六年
11月30日(水)
日 常 会話 で必 要 なことを習 います。
習 うこともすべて会
度の交換留学生ミョン・
ホソンさんにソウル市内を案内し
2016/9
交換留学体験記
MINOBUSAN UNIVERSITY INTERNATIONAL EXCHANGE COMMITTEE
NEWSLETTER 2016 #5